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Tue 2012.11/20

漫画の左右の向きの研究史

| 漫画の左右の向きの研究史を含むブックマーク

 今回はちょっと、主に漫画研究者へと向けた更新です。

 泉信行漫画研究ではたびたび言及され、中心的とも言えるのが漫画に描かれたものの左右の向き」というテーマです。


泉信行2005年〜)

 ネット上では2005年6月に発表、商業では同年12月からユリイカ誌上で研究を展開してきました。

 基礎原理の追究から応用法の発見、具体例の分析など、幅広く記述されています。


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 以上の研究内容は同人誌漫画をめくる冒険シリーズ2008年〜、絶版中)やマンガルカ vol.1』2011年)で理論化されています。


 他の研究者の皆さんの理解のお陰様で、いわゆる「マンガ学」の世界では、現在それなりに膾炙した理論になっていると言えそうです。


漫画の向きについての指摘の歴史

 ただ、当時は学術書を意図した研究ではなかったため、先行研究引用は最低限に留めていたのは事実です。

 先行研究の網羅などは他の研究者に任せていい仕事だとも考えていたのですが、自分でも調べているうちに参考文献の数だけは揃ってきました。


 よって、「研究史」を振り返る役には立つだろうと考え、覚えのあるものだけでも挙げてみたいと思います。

 他にも抜けや心当たりがあれば追加しますので、情報を集める場にもなれば僥倖です。


 余談ですが、この「研究史」において特徴的なのは漫画の技法書」の類ではほとんど言及されてこないテーマだった、という事実です。国内においては、ですが。

 そこから「意外と実作者は意識したことがない」という側面が見えてくるのですが、それも今後は変化してくるのかもしれません。


エルジュ(1975年〜)

 まず海外からですが、「タンタンの冒険旅行シリーズで知られるエルジェ(Hergé)の言葉がBD(フランスベルギー圏のコミックス)の世界では広く知れ渡っているようです。


 日本語で読める文献としては、フランスのBD研究家、ティエリ・グルンステンがマンガシステムで紹介したものがあります(p96)。


 マンガ家はもちろんこの方向性こころえている。あまりにしばしば引用されてきたものであるが、エルジュの言葉を思い出そう。


 読者が簡単にお話をたどれなければなりません。とりわけ大切なルールがあるのです。私たちの国では左から右に読みます。[…]わたしが登場人物を走らせるとき、たいてい左から右へと進ませるのはこの単純なルールに従っているのです。しかもこれは視線の習慣に対応していて、眼は動きに従い、それにアクセントをつけているのです。左から右に進むと、右から左に行くより早くなります。わたしはこの反対の方向を登場人物が引き返すときに使います。もしいつも右から左登場人物を走らせると、それぞれのデッサンはまるでうしろに進んでいるように、自分自身を追いかけているようにみえるでしょう……。


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 引用されているのはTintin et moi : Entretiens avec Hergé』という書籍1975年)で、直訳すると『タンタンと私─エルジェとの対話』でしょうか。

 Numa Sadoulというライターによるインタビュー集のようなものだと思われます。


Tintin ET MoiTintin ET Moi
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福井康之(1984年

 日本では、心理学者である福井康之による指摘が確かめられます。

 これは日本の「絵巻物」の読み方を紹介する流れから述べられたものです。


福井康之『まなざし心理学―視線と人間関係1984年創元社、p286

このような画面展開の仕方は、劇画場合基本的に変らないようである。108図は手塚治虫氏の長編火の鳥』の一コマであるが、現代の絵巻ともいえる数篇のドラマ不死鳥火の鳥」が案内役をつとめる。日本コミック右から左へとページが進んでいくのが絵巻と同様であり、ドラマの展開を進行させる左向きに主人公火の鳥によって移動の方向が差し示されているということになる。


f:id:izumino:20121120200756j:image


まなざしの心理学―視線と人間関係まなざしの心理学―視線と人間関係
福井 康之

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 この指摘は、日本の「絵巻物」に対する考え方をそのまま応用したものです。ですから、絵巻物の研究まで遡る必要があるでしょう。

 福井康之が影響を受けていると解る(同書p283)のは、美術評論家である奥平英雄によるものです。参考文献に挙げられているのは、1962年の『国宝絵巻』という本でした。


国宝絵巻 (1962年) (カラーブックス)国宝絵巻 (1962年) (カラーブックス)
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 こうした日本の絵巻物研究は、1999年アニメ演出家高畑勲研究書を一冊出すことで現在に引き継がれています。


十二世紀のアニメーション―国宝絵巻物に見る映画的・アニメ的なるもの十二世紀のアニメーション―国宝絵巻物に見る映画的・アニメ的なるもの
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 この本は、泉信行夏目房之介をはじめ、漫画研究者が良く参照する文献にもなっています。

 その際に引かれやすいのがこの画像です。


f:id:izumino:20121120202449j:image


夏目房之介1995年〜)

 さて、日本において「漫画」を専門に扱った本の中では、夏目房之介視線誘導論の一部として言及したものが見つかります。

 これが1995年です(もっと古い例はあるかもしれません)。


マンガの読み方1995年宝島社、p175

 左方向はコマのメタ・レベルでの方向特性で進行方向・前方であり、右は戻る方向・後方だが[→P.209]、絵はそれと必ずしも一致しない。ここはそのズレを巧妙に使った展開になっている。


マンガの読み方 (別冊宝島EX)マンガの読み方 (別冊宝島EX)

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 この夏目の考え方は『あしたのジョー』の分析に応用され、それは作者のちばてつや自身に伝えられたこともあります。*1

 2002年『ジョー&飛雄馬』第1号ちばてつやインタビューから(底本は『マンガの深読み、大人読み光文社版p257)。


ちば 〔略〕僕は本能的に描いてるだけで。ホセ戦では、僕の中で丈のコーナーは右側、ホセは左側になってるんです。だから、最後燃えつきた場面も、丈は右側に座って左向いてるんですね。

夏目 そこがすごいと思うんです。日本マンガ右から左に読んで話が進みますから、時間は右→左に向かう。だから敵は左にいる。左はマンガの中で「未来」なんですね。〔略〕

ちば ホセ未来になる……。なるほど。そこまで計算してたわけじゃないけど。


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 ここで「本能」「計算してたわけじゃない」という言葉が返ってくるところに、先述した「意外と日本漫画家意識したことがない」という側面が表れていると言えるでしょう。


 その後、ちばてつや「ジョーは死んだようにも見えるが前を向いているのだ」という両義性を自ら解説する際に、夏目による「左右の向き」の分析を借りるようになっています。


 僕は本能的に描いているだけですが、ホセ戦では、僕の中でジョーのコーナーは右側、ホセは左側になっています。だから、最後燃え尽きた場面も、ジョーは右側に座って左を向いてるんです。

 〔略〕子供たちは、ジョーはただ目をつむって休んでいるだけで、明日はまたサンドバックを叩いて世界タイトルを目指すんだろうな、と考えられるように描いたんです。〔略〕何とでもとれるように描いたんです。僕にはあれしかありませんでした。


(『ちばてつやとジョーの闘いと青春の1954日』2010年講談社、p257-258)

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 とりあえず、今覚えている資料ではこのくらいですが、他にも参照できるものがありましたらご教示ください。


小池一夫2000年〜)/20140521追記

キャラクターはこう動かす! (スーパーキャラクターを創ろう 小池一夫のキャラクター実践論)キャラクターはこう動かす! (スーパーキャラクターを創ろう 小池一夫のキャラクター実践論)
小池 一夫

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 小池一夫漫画実践テクニックを説いた本の中に、「コマは右から左に動かす」と題されたページがあります(p58-59)。

 以下に記述引用します。


 漫画では、キャラクター右から左に動くのが基本です。

 と書くと、すべてを右から左に動かす人がいますが、場合によっては左から右に動かしても一向にかまいません。

 しかし、ページの最初のコマや、最後のコマのようにポイントとなるコマは、原則として右から左キャラクターを動かします。

 日本漫画本は、右起こし、つまり右ページから先に読み、左ページに進む、という形式をとっています。コマの流れもそれと同じです。

 この流れに沿って構成するのですから、キャラクターの動きも、やはり右から左に流れるのが見やすい要素です。

 逆に左から右に動かすときは、この流れに逆らうわけですから、ここで動きが止まります。

 すると、読者の視線もそこで止まり、じっと見ることになります。

 ですから、読者の視線を引きつけたい場合は、左から右に向かう流れを描くことも一案です。

〔中略〕

 ページの最後のコマは、次のページに読者の目を送るための大切なコマです。そのため、キャラクターを必ず左向きにすることが基本になります。

 構成を長く続けていると、これらのことは自然に身についていきます。

 しかし、初めのうちは、こういったミスを見落としがちです。画稿の段階では気づかず、印刷されてから、おかしいと気づくことも多いようです。


 基本的にはエルジュや夏目房之介の発言と変わりはなく、より実践的な観点(最初最後のコマを重視する点など)から書かれていると言えるでしょう。


20131003追記

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 元は学術論文ですが、2002年に『マンガ研究』誌上で発表され、書籍としては2007年に刊行された押山美知子さんの漫画論です。

 「コマの右側は優位、左側は劣位」という主張が、前出の夏目房之介や絵巻物研究を参照して論じられています(絵巻物を参照しているのは2013年に出た増補版の加筆部分から)。


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 これは2004年に出た本で、ぼくが漫画研究を始める際に先行研究を調べていた中で読んだ漫画技法書のひとつです。

 漫画技法書の中では珍しく、「コマの構図を反転したときの印象の違い」を解説しています。

*12015年2月2日追記:この説は『BSマンガ夜話』第19弾第一夜(2001年8月6日)でも夏目によって語られ、いしかわじゅんが「漫画のコマって右から左に流れてるから、こっち(左)向いてるってことは、そっちにベクトルが向いてるってことなんだよね」とコメントしている。

フランス在住フランス在住 2013/02/09 05:36 とても細かいことですが、『Tintin et moi : Entretiens avec Hergé』は、直訳すれば『タンタンと私:エルジェとの対談集』になります。Tintinはフランス語ではティンティンではなくちゃんとタンタンと読みますし、entretiensは語録ではなく対談集、あるいはお書きになられているようにインタビュー集が近いと思います。
本当に細かいことで済みませんが、気になったので。

izuminoizumino 2013/02/09 17:05 ご指摘ありがとうございます。「Entretien avec〜」で始まる洋書は「〜との対話」と訳すことがあるようですしそれに合わせ、Tintinもご指摘通り「タンタン」に訂正させていただきました。



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