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Sat 2014.12/13

『ユリイカ』岩明均総特集号の拙稿「その画はどこから生まれているのか」(泉信行)の要旨と概論

『ユリイカ』岩明均総特集号の拙稿「その画はどこから生まれているのか」(泉信行)の要旨と概論を含むブックマーク

 9月には、伊藤剛テヅカ・イズ・デッド新書化していました。


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伊藤

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 ただし、底本からの加筆修正は最小限のみと聞いていたので、手元に置くのは遅れていたのですが、書き下ろしの「あとがき」は確認しておこうと、先日購読に至りました。

 その「あとがき」では、旧版『テヅカ・イズ・デッド出版以後から漫画学/漫画論の進展が主に記されており、特に泉信行岩下朋世・三輪健太朗の三名の活動を「次世代」の位置に挙げられている印象でした(中でも泉については何度も言及されていて、恐縮です)。


 そして奇しくも、この三名が同時に漫画論を執筆しているのが先日発売されたばかりのユリイカ 2015年1月臨時増刊号特集岩明均でした。

 各人がそれぞれの漫画論のアップデートや語り直しを行っているような内容でもあり、ただ岩明均の本というだけに留まらず、普遍的に応用可能な漫画論としても参照できる一冊になっているのではないかと思います。

(もちろん、いずれも本題は「岩明均」の作品作家論であるのですが。)


泉信行「その画はどこから生まれているのか―メディア本質のための岩明均論」の要旨

 そこで『ユリイカ』を読んだ人が振り返られるように、もしくは未読の人でも内容が理解できるように、拙論の要旨をレジュメ風にまとめたものを残しておきたいと思います。

 詳しい部分については、本誌をご確認ください。【】は原稿小見出しを表しています。



ユリイカ 2015年1月臨時増刊号 総特集◎岩明均 -『風子のいる店』『寄生獣』から『七夕の国』、そして『ヒストリエ』へユリイカ 2015年1月臨時増刊号 総特集◎岩明均 -『風子のいる店』『寄生獣』から『七夕の国』、そして『ヒストリエ』へ
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祭魚祭魚 2015/01/22 17:54 はじめまして。
少し前から漫画とその周辺文化について考えはじめて、こちらにたどり着きました。
ユリイカ誌の記事も拝読して、感想を自ブログに書いてみました。
今後の更なる理論的発展を楽しみにしております。

Thu 2014.12/11

「小説は漫画と違って文字だけで想像させるから偉い」に別の言い方はないのか

| 「小説は漫画と違って文字だけで想像させるから偉い」に別の言い方はないのかを含むブックマーク

 小説漫画などと比べたとき、「文字だけで想像させるので想像しなくてもよい漫画よりも優れている」「想像力を鍛えられるから優れている」と言われることがよくあります。

 年配の「漫画を読まない」人に多い意見でしょうか。


 すると「読者に想像させる力」というキーワードに対して、漫画家島本和彦先生がこんな反論も返します。「想像力」で優劣を競ってもあまり意味はないと言えるでしょう。



 文章には視覚情報がない。ゆえに視覚を補う想像力を要する、というのが直観的に思いつく「小説の優れた点」なのでしょう。でもそれは、実は逆なのではないかと。

 「あらゆる想像を文字だけで考えさせるので言葉能力が鍛えられるから優れている」とみなした方が、小説の魅力の実態をよく表せるんじゃないでしょうか。


 実際、漫画や、(ライトノベルも含めていいですが)ビジュアル付きのメディアに触れた後に比べて、「文字だけの小説」を読み耽った後は「文字ベース思考が頭の中でスムーズになる」状態を感じることがあります。

 もちろん読みながらビジュアル想像もするのですが、それよりも、純粋な「文字だけの思考に耽っている」時間の方が濃くて長いのでしょう。


 つまり小説漫画比較論は、「漫画には絵があるが小説にはない」という不足によって生まれる「ないものねだり」から考えはじめる時点で歪みが生じています。

 絵は存在しないが、「存在しない絵を想像させるから偉い」というのはビジュアル(=視覚情報)は文字よりも偉い」という、ないものねだりの理論武装です。


 「存在しないもの」を想像させるのが偉い、というならそれは漫画でも同じことで、漫画も「描いていないものを想像させた方が偉い」と言い切っていいのですが、それは別に「ビジュアル想像」じゃなくてもいいわけです。人間は、目に見えないものや形のないものも想像する生き物なのですから

(一応補足ですが、もちろん「小説の方が偉い派」の言う「想像」っていうのはビジュアルにかぎらず、観念的な思考言葉による想像のことを暗に含めて言ってるのだろうとは理解できます。)


 だから、「ビジュアル想像する素晴らしさ」よりも「ビジュアルなど想像せずに言葉だけで考えることの素晴らしさ」に意を向けるべきかもしれません。


 「ビジュアル想像させることが優れている」という理屈のままだと、ともすれば、「アニメ漫画映画的なイメージ喚起させるための書き方」に特化したタイプの娯楽アクション小説ライトノベル手法こそが、実は「小説は偉い派」が掲げる理屈に適っている、という話になってしまうのですから

(無論、どちらが小説として優れているかは別として、「映画のようにイメージさせるための手法」が「小説的」かというと、あまりそうは呼びにくいのではないかと個人的には思っています。)

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Wed 2014.12/10

『ユリイカ 2015年1月臨時増刊号 総特集◎岩明均』に寄稿しました

| 『ユリイカ 2015年1月臨時増刊号 総特集◎岩明均』に寄稿しましたを含むブックマーク

 漫画研究家泉信行お仕事報告です。

 『美術手帖』ボーイズラブ特集への寄稿に引き続き、『ユリイカ』臨時増刊号岩明均特集では、「その画はどこから生まれているのか―メディア本質を問うための岩明均論」寄稿しました。


 アニメ版寄生獣 セイの格率』と原作寄生獣』の比較検討から始まり、「ウェットなアニメ版」と「ドライ原作版」という対照から、「アニメ化によって見えてくる漫画メディア」の本質を照らそうという試みをしています。

 取り上げている岩明作品は『寄生獣』に加え『ヒストリエ』も含みます。


 元々『ヒストリエ』の作品論は、2008年から2009年にかけて『Review House 02』と『ビランジ』という非商業の冊子で論じていたのですが、今回それをブラッシュアップして掲載する機会にもなっています。

 タイトル通り、岩明均論としてだけでなく、「その画はどこから生まれているのか」「漫画を見るということはどういう体験か」という本質的漫画論としても読まれることができれば幸いです。


 臨時増刊号明後日1212日の発売です。よろしくお願いします。


ユリイカ 2015年1月臨時増刊号 総特集◎岩明均 -『風子のいる店』『寄生獣』から『ヘウレーカ』、そして『ヒストリエ』へユリイカ 2015年1月臨時増刊号 総特集◎岩明均 -『風子のいる店』『寄生獣』から『ヘウレーカ』、そして『ヒストリエ』へ
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Fri 2014.12/05

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