Hatena::ブログ(Diary)

ピアノ・ファイア このページをアンテナに追加 RSSフィード

 HOME : リクィド・ファイア

   

Mon 2015.11/16

田中謙介プロデューサーの回想するアニメ艦これ

| 田中謙介プロデューサーの回想するアニメ艦これ - ピアノ・ファイア を含むブックマーク

 久しぶりに『艦これ』のアニメの話をしましょうか?


「このタイミングでですか? 来年に劇場版が公開、二期も並行して制作中、ってのが決まってるんでしたっけ」


 今だから、ということもないけど、最近は人と会うたびに話を聞かれることが続いていてね。

 特に、アニメが終わってから田中Pがインタビューに出ていたことを意外とみんな知らないようなんだ。


アニメ終了後のインタビュー記事というと、『Newtype』の……、5月号でしたか」

月刊ニュータイプ 2015年 05 月号月刊ニュータイプ 2015年 05 月号

KADOKAWA/角川書店 2015-04-10
売り上げランキング :

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


 そう、それだ。

 けっこう重要なことがいくつか書かれているんだけど、アニメ版の評価をするなかで、この記事があまり参考にされてないと感じていてね。だから相手に説明してみると、なかなかウケがいい。


「それで、どんな話をしたんですか?」


田中謙介プロデューサーと、集団制作

 要点はふたつある。

 ひとつは、アニメ版の感想を聞かれた田中Pが、アニメは大きな集団制作だなあ、と第一声で答えているんだ。スタッフらのイメージする『艦これ』の空気がそれぞれあって、結果的にキャンディ・アソートのような楽しさがあったと思います……と。

 オブラートに包んで言ってるが、次のアニメではこういうのよりも、もう少し同じ空気感の艦これを見てみたい、でもぜいたくな希望かもしれません、とも付け加えている。


「各スタッフの意思統一ができてなくて、イメージもバラバラで一致してなかったってことですかね」


 それは視聴者がみんな言いたいところだと思うんだけど、田中Pもそこはやんわりと認めるんだなあと。

 で、次回はイメージを一致させたい、というだけのことを『ぜいたくな希望かもしれません』で締めくくるというのが、『大きな集団制作』に対する無力感、諦めのようなものが……。


「でも田中Pもゲーム開発者でしょう? 集団制作なら今までも経験していたのでは……。あ、『大きな集団制作』って、『大きな』を付けて区別してるのはそのせいか?」


 プロジェクトの大きさ的に、ゲーム開発のようには意思統一しきれなかった、ということかもしれない。

 あと、ゲームよりTVアニメは納期がキツいってことも調整の難しさに関係しそうだけど。


「艦これは特に、イメージの共有が難しい作品でしょうからね」


 だからこそ、その共有にこそ時間的コストを注ぐべきタイトルだとも言える。


田中謙介プロデューサー、本来のコンセプト構想

 次に、田中Pが『艦これ』のテーマというか、コンセプトを説明してる部分があるんだ。これがね、ちょっと一読しても意味が取りづらいような話し方になっている。


「というと?」


 具体的には、ラストのMI作戦攻略に絡めてこういうことを言ってるんだ。


「艦これ」で言う「MI作戦」というのは、もちろん史実であった「ミッドウェー作戦」をそのモチーフとしています。

アニメでは、その悲しい記憶をどこかに宿した艦娘たちが、提督と自分たちの力で運命を乗り越えて「未来を変えていく」という筋立ては当初からの基本線で、そこは変わっていません。また同じ悲劇を繰り返すのかと絶望的な気持ちになったとき、前向きに努力を重ねた「吹雪」がキーとなって、状況や皆の気持ちに変化が生じて、自分たちで未来を変えていく。


「そこまでは理解できますね」


 続いて、ゲーム版も含めたコンセプトの話へと展開する。


「忘れない」「でも未来は変えていける」それは、ゲーム本編、そしてアニメ版「艦これ」共通のメッセージにしていけたら、と思っていました。

「艦娘」のモチーフとなった出来事、そして失われた艦や人たち。それを忘れない、という思いが原点ですね。最後の最後まで頑張って、しかし絶望のなかで沈んでいった、失われていった思いの先にある未来、それが「今」なわけで。

その未来は変えていけるのだと。そんなことを「艦これ」をプレイした提督の方の何人かが感じていただけたら、それ以上の幸せはないです。アニメ「艦これ」も、表現や内容は違えど、そんな思いを表現しようとしていることは同じだと思います。


「ふむふむ……?」


 理解が難しくなってくるのは、ここからだ。


アニメ「艦これ」のテーマは一見「史実の克服」のように見えますが、そうではなくって、物語全編を見ると「未来を変えていく」という軸がその水面下にはあったのだと思います。つらい過去があったとしても、未来は変えていける。

前向きな積み重ねで、いつか変えていける。希望のような思いを、吹雪や赤城に託して描きたかったのだと思います。


「え……? 『史実の克服』ではなくって『未来を変えていく』なんだ、って……どこが違うんですか? 運命を乗り越えて、MI作戦に勝つことが『未来を変えていく』だって言ってましたよね?」


 そう思うでしょう。でも田中Pとしては、その両者ははっきりと分けられていることのようなんだ。

 このインタビュー記事自体は、雑誌の2ページぶんもないボリュームしかないから、謎かけみたいな説明になっているが……。

 だから田中Pが、別の原稿ではどういう意味でその言葉を使っているのか、というのを見ていく必要がある。


 『未来を変えていく』というニュアンスの言葉は、私が知るかぎりでは、『海上護衛戦』(角川文庫版)に寄稿された解説のなかで使われている。


海上護衛戦 (角川文庫)海上護衛戦 (角川文庫)
大井 篤

KADOKAWA/角川書店 2014-05-24
売り上げランキング : 66022

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


田中謙介プロデューサーと、『海上護衛参謀の回想』

「よくお勧めしてる本ですよね」


 よくも悪くも、田中Pが『艦これ』をどう考えているのか? を知る上では必読の本っていうところです。きっと座右の書なんでしょうね。

 かつては『海上護衛参謀の回想―太平洋戦争の戦略批判』というタイトルでも出版されていた。戦後に記された批判的な戦記の例に漏れず、『巨大な組織の陥る、愚かな判断』が切実に表現されていて、かなり面白い。

 巨大な組織といえば、さっきの『大きな集団制作』発言を思い出して、つらさもこみ上げてくるけど……。


 ともかく、田中Pは解説のシメにこう書いている。


 現在と過去、そして未来は、繋がっていると思います。

 先の大戦の中で、また海上護衛戦や商船隊で亡くなられた数多くの人達の魂が安らかでありますようにお祈りいたします。


 過去を変えることはできませんが、現在、そして未来は、変えていけると信じます。


「この解説は通して読むと、かなり泣かせますよね。ぼくは好きだなあ」


 ここで『未来は変えていける』というキーワードが登場している。その対なのが『過去を変えることはできない』という言葉だ。

 『過去』というのはもちろん、先の大戦という(敗戦の)史実を指しているわけだが、変えるべきなのは『過去』ではなく『未来』なのだ……、という考え方を田中Pは基本的に持っている。

 『史実の克服ではない』、と否定しようとするのはそのためだろう。


「うーん、でも物語としてはミッドウェー海戦に勝って終わりますよね? それがどう『史実の克服ではない』に繋がるんですか」


 そこは妙なところなんだ。ミッドウェーに勝って運命を変え、そして悲惨な敗戦を免れるにしても、それは史実という『過去』の、上書きにすぎないことだから……。

 田中Pの言う『今』『未来』とは、あくまで終戦後の『今』の話であって、仮想戦記的な『あの時こうやってれば勝てた、負けなかった』というifの克服とは、相性が悪いテーマのはずなんだ。


「if戦争っぽいアイディアは『Newtype』のインタビューにも載ってましたね。ミッドウェー海戦で空母の防空が強化されていたら、攻撃目標を分散せずに絞ることができていたら、大和が後方に居座ってなくて合流できていたら……とか」


f:id:izumino:20150326200520j:image:w360

  • 第12話より

 あと『大鳳の建造が間に合っていれば!』なんていかにも仮想戦記的な、『if=たられば』の勝利フラグだろう。

 だから田中P自身も『アニメ「艦これ」のテーマは一見「史実の克服」のように見えます』という印象で捉えている。


「その後に続くのが、『「未来を変えていく」という軸がその水面下にはあったのだと思います』で……。少し歯切れの悪い言い方ですよね。『水面下には』あったのだと思います、か……」


 思うに、田中Pはそのコンセプトをアニメでうまく表現するイメージができていなかったのか、企画会議で各スタッフにうまく伝えられなかったんじゃないかと思うんだ。

 対照的に、自ら原作を手がけている『いつか静かな海で』というコミカライズ作品では、なるほど、未来を変えていくとはこういう意味か……、と納得できるコンセプトが提示されている。


艦隊これくしょん -艦これ- いつか静かな海で 1 (MFコミックス アライブシリーズ)艦隊これくしょん -艦これ- いつか静かな海で 1 (MFコミックス アライブシリーズ)
さいとー 栄 田中 謙介 C2機関

KADOKAWA/メディアファクトリー 2014-03-22
売り上げランキング : 5753

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


「艦娘が海上自衛隊護衛艦に生まれ変わるってやつですよね」


 そう。ただ、艦娘たちに『自分は護衛艦に生まれ変わる』という自覚がはっきりあるわけじゃないから、自衛隊ネタという点にはこだわらなくていいんだと思うけどね。

 重要なのは、『いつかこの戦争が終わったら(この戦争とは違う方法で)平和な海を護りたい』という願いを艦娘たちが抱いているという、その心理描写の方だと言えるだろう。


1巻p60-61 駆逐艦・響

f:id:izumino:20151115211401j:image:w600

1巻p94-95 戦艦・金剛*1

f:id:izumino:20151115211250j:image:w600

2巻p48-49 水上機母艦・千代田

f:id:izumino:20151115211740j:image:w600

2巻p102-103 軽巡洋艦・神通

f:id:izumino:20151115211810j:image:w600


「確かにこういうページの描写があるだけでも、そのテーマは充分に伝わってきますね」


 これらの想いが海上自衛隊の同名艦*2に受け継がれることを示唆している、というのは海上自衛隊マニアだけに伝わればいい話でもある。

 なんなら人間に生まれ変わって平和活動に従事してもいいんだからね。自衛隊と無関係でも成立するストーリーだ。


 『海上護衛戦』の解説からも窺えることだが、思想的に分類するなら田中Pははっきりと非戦論者だと言える。

 しかし彼は旧海軍ファンであると同時に、海上自衛隊ファンでもあるからこういう漫画を作ってみようとしたんだろう。


「『いつか静かな海で』にクレジットされている『C2機関』というサークルは、自衛隊同人誌も出してたんですっけ」


りくかいくう。 (イカロス・ムック MC☆あくしずMOOK)りくかいくう。 (イカロス・ムック MC☆あくしずMOOK)
C2機関

イカロス出版 2013-08-09
売り上げランキング : 45865

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


日本海軍の鎮守府跡を取材した同人誌「ちんじゅふ。」や、食べ物系同人誌「このお漬物め! 」「カレーにするぅ?」などで知られる大人気同人サークル「C2機関」。

そのC2機関が発行した、自衛隊テーマとした同人誌そうかえん。」「かんかんしき。」「くうじき。」が一冊にまとまり、「りくかいくう。」として発行されます。


 田中Pは『いつか静かな海で』の物語を、『万人受けするものじゃない』『100人中3人でも、心に響いてくれたら』と控えめに語っていたそうだが、『護衛艦平和利用』というものへの希望が強い人なんだろうと思う。

 つまり率直に言ってしまえば、『護衛艦はたくさん*3作ってほしい、でも一隻も戦争に使ってほしくない』、というのが軍船/護衛艦フリークである田中Pの気持ちなのだろう。


「それは解ります。っていうことは、そういう未来を想像させるようなストーリーアニメでもしたかったと?」


 だと思うんだ。それも、自衛隊の話とは無関係にね。

 だが、それは田中Pが水面下で望んでいただけで、アニメの映像にうまく反映されなかった……、というのがあの画面のちぐはぐさに繋がっていたと考えられる。


 さて、じゃあどうすればそれを表現できたのか? というのが問題となる。

 思うに、『一見して史実の克服のように見えてしまう』理由から解決していくべきだ。なぜだと君は思う?


「うーん、さっき言ってたみたいに、いかにも仮想戦記っぽいってことですよね」


 その通りだ。まぁ仮想戦記全般がそうというわけでもないと思うんだけど、『こうやったら勝てた、負けなかった』というのは、戦争を過去の知識として知っているからこそ言える話だよね。

 敗戦から教訓を学ぶのはいいが、歴史を遡って再チャレンジするというのは、現実的にあってはならない『if(もしも)』だと言える。


 第一、これはゲーム版の『艦これ』でもそうなんだけど、何度もチャレンジを続けて『正解』を見つけるというループ構造の解決法は、いわばチートでやる戦争であって、そんな戦争はどこにもない。

 それに『正しいやり方なら戦争に勝てる』という考え方をしていけば、むしろ非戦論から遠ざかってしまうだろう。それは田中Pがもっとも見たくないものじゃないだろうか?

 むしろ『負けた戦争を勝てるまでやり直したい』とでも言うような、執着心になってしまうからね。


 そこで、ただの『史実の克服』にならないよう、ゲーム版の『艦これ』がどう配慮しているか……、そのゲームシステムに注目してみる必要がある。

 艦これ――『艦隊これくしょん』というゲームの目的はなんだと思う?


タイトル通りに受け取れば、艦娘のコレクションですよね。イベント海域でも、海域のクリアやボスの撃滅というより、新規艦のコンプリートユーザーの勝利条件になってる気がしますし」


 そうそう。さらにもうひとつ挙げられる。『育てた艦娘をロストしない』という目的だ。

 単に図鑑(艦娘のカード)を埋めるだけなら、入手済みの艦娘を使い潰したっていいんだからね。

 だが、艦これの開発側は、この『艦娘のロスト』という現象をユーザー側が全力で避けるよう、巧妙にコントロール、誘導しようとしている。


「轟沈のシステムですね」


 ゲーム版における轟沈は、プレイ中のケアレスミスによって非常に発生しやすいように設計されている。ただしそれは、現状において『偶発的に発生するものではない』ことが明らかにされたシステムだ。

 不可抗力や強力な敵によって引き起こされるものではなく、あくまでもプレイヤー(提督)の判断ミスに責任が集中するように作られてるんだ。


「誰かが轟沈報告したら、まず『無能提督』ってみなされるくらいですしね。逆に言えば、慎重にプレイしてさえいれば確実に轟沈を避けられるゲームにもなってるんですけど」


 でもそれって、戦争シミュレーションゲームとしては不自然だとは思わない?

 だって戦争というものは、戦術的勝利と戦略的勝利があり、大局的な目標のために自軍の損耗も勘定に入れながら行うものだ。

 つまり『ここで突っ込めば戦略的勝利が得られる』=『ここで突っ込まなければ戦略的勝利を取り逃す』というシチュエーションにおいては、戦術的な敗北――戦争過程における犠牲も肯定されうる。

 大抵の戦略SLGにおいても、自軍ユニットの扱いというのはそういうものだろう。


 こうした戦争観については、田中P自身が『栗田ターン』について語っているインタビューを参照してもいい。


4Gamer

 私も最初,知人に勧められたときは,「ああ,また萌え系のゲームかな」と思っていたのですが,遊んでいるうちに,これはどうもそれだけじゃないぞ,と。それで「進撃」と「撤退」が何を抽象化してプレイヤーの体験にしているかに気がついたとき,これは本当に凄いと思いました。

 実際,「艦これ」のお陰で,俗にいう「栗田ターン」(1944年に行われたレイテ沖海戦において,栗田提督が率いる艦隊がなぜか途中でレイテ湾への突入を回避した事例。「謎の回頭」とされる)が再注目されましたよね(笑)


田中氏:

 栗田ターンは,史実として考えると「いったい何やってるんだ! すべての犠牲を無駄にして! ありえないッ! 俺だったらッ!」となりがちですけれど,「艦これ」を遊んでいると「いや,ちょっと待てよ」っていう気持ちになる(笑)。“あの”栗田ターンが再考されるというのは,本当に面白いですね。

 でも栗田ターンについて議論している人によく考えてほしいんですけど,あれは「艦これ」で言うと「あと3日くらいでサービスが終了する」というときに,ボス戦前なのに「撤退」ボタンを押すっていう選択ですからね?(笑)

「艦隊これくしょん -艦これ-」はいかにして生み出されたのか。その思想から今後のアップデートまで,角川ゲームスの田中謙介氏に語ってもらった - 4Gamer.net

「ああ、面白いですね。つまりゲームの艦これだと、道中で大破したから『撤退』を押したって再チャレンジができるけど、現実の戦争だとチャンスは一回きりだと」


 そう、ゲーム版『艦これ』では『何度も再攻略できる』というシステムによって、『進撃』よりも轟沈回避のための『撤退』が最優先されるように作られているんだ。

 田中Pが言うようなサービス終了直前……終了30分前とかね、それでも大破進撃*4は躊躇する、という人は多いんじゃないかな。


f:id:izumino:20151116034359j:image:w360


 この『ボス到達前に大破したら即、撤退ボタンを押す』というルーチン作業は、『艦これ』というゲームユニークな側面だし、大破撤退を選ぶごとに、『われわれは本当の戦争とは違う遊びをしてるんだな』という事実を噛み締められたらいいんだと思う。


言い訳がましい『転進』でもなく、素直に『撤退』と言うのも潔いですね。撤退は恥じゃないんだという」


 そこで、仮想戦記的な『史実の克服』はチートみたいなものじゃないか? という話に戻ってみよう。

 この『轟沈しそうになったら絶対に撤退しなければならない』、しかも『轟沈の危険性は事前に判明する』という要素を加えた戦争は、果たして現実の戦争よりもイージーだと言えるだろうか?


「ううん……? リセットして再挑戦、てのができない条件ならキツいですよね。轟沈を避けるというより、『大破させられた時点で撤退確定』ってことですから。一隻でも大破したらもうアウト、という負け条件が加わってしまう」


 そうなんだ。『艦これ』における戦争は、『犠牲の可能性を完全排除して攻略せよ』という、厳しいハードモードが大前提になっている。

 回天桜花といった特攻兵器を、運営のみならず艦娘自身も毛嫌いしているのはその端的な表現だね。

 意図的な『轟沈戦法』も戦術として可能とされているが、そうしたプレイはユーザー間において非常に忌み嫌われている。


だんだん理解してきましたけど、つまりアニメ版『艦これ』で欠けてるのってそこの表現なんですね? その……如月轟沈の後の演出が……という」


 だと思うんだ。

 如月轟沈の後で、視聴者の間では非難轟々のみならず、賛否両論もあったんだけど。むしろ見逃せないのは擁護側の主張だったろう。

 擁護したい側*5の意見によると、『死が日常的な戦争においては、味方の死が軽く扱われるのはそれはそれでリアルなんでは?』という解釈をすれば納得できるよ、というロジックになっていた。

 だがそれは、『艦これ』の基本コンセプトから最大限にかけ離れた擁護だというのは明白だろう。


「大事なフネのコレクションバンバン轟沈させてでも続けるのが戦争なんだ! ということですからね」


 百歩譲って、艦娘がそういう死に急いだ価値観を抱いているのはいいだろう。『死ぬまで戦わせろよ』と血気盛んなことを言う、天龍みたいなフネも実際にいるからね。


f:id:izumino:20151116024606j:image:w360


 ただし、天龍のようなボイスにしたって、プレイヤー(提督)がその考えに反発を覚えるようゲームデザインされているわけだ。イヤ、お前を絶対に死なせるものか、バカを言うなと提督は考える。

 そして艦娘たちへの責任が自分にのしかかる。『ほおっておけば死に急ぎそうな子たちだ』と思えるんだからね。


 では、アニメ版の提督はどうだったろう? ……というと、致命的なことに何も語らないんだな。キャラクターとして登場させられないから。

 言伝ての形で秘書艦(長門)が代弁するシーンはあるが、『二度とこんなことは起こさない』『絶対に繰り返させない』といった悔恨を伝えるということもないし、ストーリー上の行動でもそんなことを考えている素振りはない。


「まぁゲーム版の提督にしたって、誰でも一度は轟沈を体験すると思うんですよ。それで轟沈システムの詳細を学習して、『二度とこんな思いはまっぴらだ』と誓うことに意味があるという……」


 そうだね。アニメ版スタッフは、田中Pともども『轟沈する回は必要でしょう』と判断したそうなのだけど、それはゲームのプレイ体験との同期性を狙ったからだろう。

 ただし演出として、轟沈後の感情の処理が、ユーザーのプレイ体験とは逆方向になってしまっていた。さっき挙げたような擁護の意見が、かえってアニメ版の方向性をよく言い表している。


 本来なら、如月の轟沈回から提督の戦略スキーマは瞬時に切り替わっているべきなんだ。むしろ、そうしたほうが新たなジレンマを物語にできる。

 自分が沈んででも勝たなければならない! と想っている艦娘たちに対して、提督は『絶対にそれは許さない』という命令を徹底させなければならないんだからね。


 さらに、アニメの世界はゲームじゃないから『再攻略(リトライ)』のチャンスがない。

 史実でも惨敗に終わったミッドウェー海戦をですね、作戦成功を狙いつつ、なおかつ犠牲を一隻も出さない、という前提のもと、ワンチャンスのみで達成しなければならなくなる。

 これはゲーム版『艦これ』をよく遊んでいる人ほど、針の穴を通すように難しいオーダーであることは理解できるはずだ。


「ああ。ゲームでも攻略情報をネットで下調べしながら出撃したからって、そうそう一発クリアとはならないですからね。『また大破撤退か……』『また羅針盤が逸れた……これはキツいぞ……』ってなる」


 『史実の克服ではない』ということを伝えるなら、この、クリア条件の落差を作るべきだったと考えられるんだ。

 チート情報やif要素で勝つだけの話なら、まぁ予定調和でなんとかなりそうだと思えてしまう。


「合理的に対策を講じて勝つよりも、『一隻でも轟沈しそうになったら終了』という縛りを強調していた方が、よっぽどミッドウェー海戦無理ゲー感は伝えやすそうですよね。『史実だと空母4隻・重巡1隻も喪失してたのかよ』ってのは、ちょっと興味があればすぐ調べられますし」


 もっと言うと、太平洋戦争のシロウトから見れば『史実の敗北をアニメではどう回避したのか?』っていう戦術レベルの差なんて理解できないしね。

 ロジックを組んで勝つだけだと、なんとなくみんな頑張って、力を合わせたら死線を乗り越えたんだな、くらいにしか映らない気もする。


 ……というのが私が最近、よく人に聞かれていた『艦これ』アニメの話なんだ。

 つまり、一隻も失わせない、大破したら即撤退するんだという、絶対条件を与えてアニメの最終決戦を描く。『それは無理ゲーだろう』とわかる形でね。

 そして、大鳳が間に合ってギリギリ勝つ。これも『ありえない話だろうそれは』という展開なんだ。ゲームなら、史実の起工順も無視して高性能なフネを揃えてから決戦に臨むことが可能だけど、現実はそうでないからね。

 ゲームアニメだから、犠牲を出さずに戦争できてるんだ。


 現実では、犠牲を出さない戦争なんてありえないし、兵器を犠牲にしたくないなら、平和利用か抑止利用の途(みち)しかない。そして艦娘たちも、未来で――『いつか静かな海で』――そんな存在になれることを望みながら生きる。


 こうすれば『過去を忘れない』『史実の克服ではなく』『未来を変えていく』という、田中Pが本来見たかったアニメ版ストーリーに近付けられるんじゃないか、と説明していたんだ。


「それは……、そういうアニメなら、見てみたかったですね。『艦これ』のコンセプトを込めていたっていう、主題歌の歌詞にも合う気がしますし。EDテーマの、こことか」


強く 強く 想い紡いで

繋ぐよ その手を

感じて 明日(あした)を

静かな優しい海へ きっと届け

君へと届け


TVアニメ『艦隊これくしょん -艦これ-』エンディングテーマ「吹雪」TVアニメ『艦隊これくしょん -艦これ-』エンディングテーマ「吹雪」
西沢幸奏

フライングドッグ 2015-02-17
売り上げランキング : 1660

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

吹雪  西沢幸奏 - 歌詞タイム

「『静かな優しい海へ、君へと届け』っていうのは、『今』の視聴者たちに『私たち艦娘の、明日への想い』が届け、という意味になるのかな……。でも、田中Pがアニメをそういう風にできなかったのは何故なのか、というのが気になりますね」


 そこは結局よくわからないところなんだ。先述したように、本人に明確なビジョンがなかったせいかもしれないし、『大きな集団制作』ゆえの抗えない干渉や、ビジョンの伝えづらさがあったせいかもしれない。

 それこそ田中Pが、アニメ制作バージョンの『海上護衛参謀の回想』を、詳細に語ってくれるまでは闇の中の話……ですね。


関連記事

「艦これ」運営鎮守府公式カレンダー2016  壁掛け B3「艦これ」運営鎮守府公式カレンダー2016 壁掛け B3

エンスカイ 2015-12-21
売り上げランキング : 4

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

*1:戦艦としてではなく、イージス艦のような性能を欲する場面

*2:ちなみに「響」→「ひびき」は読みが同じだけで由来は異なったりはする

*3:『艦これ』の艦娘の名前をもっと受け継げるくらいに

*4ゲームの『艦これ』においては、「大破」した艦が生じた戦闘の後、「進撃」を選択すると、以後の戦闘においてその大破した艦の轟沈フラグが立つというシステムになっている。逆に言えば、「大破進撃」さえ選択しない状態であれば、「あらゆるダメージを受けようが絶対に轟沈することがない」安全性が保証されている

*5:批判側に反論したい側

熱血提督熱血提督 2015/11/18 23:43 興味深い評論でした。
艦これアニメのことになると、感情的な反発にとどまらず、田中Pの人格否定のような悪口雑言が出てきがちなので、このように冷静で論理的な批評を目にすることができて嬉しく思います。

そのうえで異論を差し挟ませていただきますと、田中Pのイメージがアニメスタッフに伝達されていない可能性は大いにあり得ると思うのですが、

>さらに、アニメの世界はゲームじゃないから『再攻略(リトライ)』のチャンスがない。
>史実でも惨敗に終わったミッドウェー海戦をですね、作戦成功を狙いつつ、なおかつ犠牲を一隻も出さない、という前提のもと、ワンチャンスのみで達成しなければならなくなる。

という点については、実はアニメ世界の提督はリトライし続けているという可能性はないでしょうか。
要はあの作品はループ物の一種ではないかということです。
ループ物にも時間の繰り返しや世界線の移動などパターンはいろいろあるので、どれに当てはまるかはひとまず置いておくとして、仮にループが正しいとすると、提督の方針がこの記事での主張とはちょっと異なってくると思います。
ループを知らない艦娘たちは「この1戦に全てをかける」「沈んだらもう戻ってこれない」と認識しているのに対し、提督は前回の結果を踏まえてより良い結果を出せるように工夫しているのかもしれません。
轟沈についても、いくら沈んでも構わないとは思っていないにしても、

>提督は『絶対にそれは許さない』という命令を徹底させなければならない

とまでは行かないかもしれません。多少の犠牲を覚悟しつつ、少しでも犠牲を少なくして勝利するにはどうすればよいか、を考えているかもしれません。
この世界観はゲームのユーザーの視点からは外れているかもしれませんが、ゲームの別の要素を表現することはできます。すなわち、ゲームではドロップという形で可能になる、艦娘の再取得です。

ゲームでは沈んだ艦娘と深海棲艦に繋がりがあることがほのめかされています。そして深海棲艦を倒すことにより、一度轟沈した艦娘であっても(レベルや装備は失われますが)再取得することができます。
アニメの世界でも、提督は轟沈した艦娘ともう一度会えることを知っているのかもしれません。それはループの結果であって、記憶は失われてしまいますが、ゲームと同じように再挑戦することはできるのかもしれません。

実際のアニメ劇中でも、提督の「吹雪を夢で見た」発言、赤城のMI作戦(史実ではなく対深海棲艦)の夢、最後に浮かんできた如月のリボン、OPの「世界がすべて反転しているのなら」「私のすべてが過去に消えても」という歌詞、それらに加えて田中Pの

>前向きな積み重ねで、いつか変えていける。

という発言など、彼らがこの戦いを何らかの形で繰り返していることを仄めかしている要素は多いと思います。

>物語としてはミッドウェー海戦に勝って終わりますよね?

物語は1期終了時点ではまだ全然終わっていないと思います。
史実でも、ミッドウェイに勝てたとしても戦争の結果は大差なかったとも言われます。
いくらなんでも2期は当初から予定されていたはずで、だとすると未来を変えていくための提督の戦いはまさしくミッドウェイ=道半ばであり、最初のフラグを立てたに過ぎないと思われます。
アニメ2期で田中Pの抱くコンセプトがより明確になるとともに、提督と艦娘が幸せな未来に到達できることを強く願います。

Mon 2015.06/15

「艦これ」「刀剣乱舞」「しんけん!!」におけるキャラクター×プレイヤーの関係性

| 「艦これ」「刀剣乱舞」「しんけん!!」におけるキャラクター×プレイヤーの関係性 - ピアノ・ファイア を含むブックマーク

6月上旬

「実はちょっと前、とうとう『刀剣乱舞』にログインできましてね。たまたまアクセスしてみたら、新規サーバーが開放されてまして。それで陸奥国サーバーに」


 私はしばらくログインしてないな……。代わりに『しんけん!!』に時間を充てています。新しいものは一応仕入れておこうかなと。

 ほら、元SKE48の秦佐和子さんがハマってて、開発者と対談までしたゲームだよ。君はしゃわこさん好きだったろ。


しゃわこの声のキャラが追加されたらぼくも始めようかな」


 『艦これ』も続けてはいるけど……。DMMの、キャラクターコレクションを目的としたソーシャルゲームブラウザゲームは他にも沢山あるわけだが、じゃあ今回はこの3作の違いについて考えてみようか。


「艦これと刀剣乱舞はUIやゲームシステムで類似があり、刀剣乱舞としんけん!は『日本刀』というコンセプトの男女逆バージョンという共通の話題性がある。面白そうですね」

 まず思うに、これらは一般に『擬人化キャラ』の文化として捉えられがちだが、実は一概にそうとも言えないんだ。

 中でも『しんけん!!』については開発者へのインタビュー記事で、取材する側もされる側も『刀の擬人化ではない』という意見で一致している。普通に遊んでいても『美少女化された刀を愛でるゲーム』かと思いきや、『全然そういうのじゃないな』とわかる内容になっている。


「刀の擬人化じゃない? じゃあこの獅子王とか、へし切り長谷部から名前を取った子たちはなんなんです」


 ゲーム内で『真剣少女』と呼ばれているその子たちは、『刀に魅入られて選ばれた、元は普通の女の子』ということになっている。

 どう説明したらいいかな……。例えば、『聖闘士星矢』のアンドロメダ瞬は、『アンドロメダ座擬人化キャラ』ではないでしょう?

 アンドロメダの聖衣を装着する資格を持って生まれ、たまたま聖衣を受け継ぐと『アンドロメダ瞬』と呼ばれるようになる。

 なんだか女の子っぽい見た目をしているから『アンドロメダ座の特徴を表現したキャラクター』ではあるだろうが、キャラクターの人格はあくまで人間の側にあって、星座にはない。


「刀の話だし、『風魔の小次郎』の小次郎風林火山の所有者になったら、名前が『風林火山ちゃん』になるようなものですかね」


 そっちの例えは通じない人が多そうだが……。

 そして、いわゆるインテリジェンス・ソード(知恵持つ剣)の類でもないようだ。

 真剣少女の人格は、刀が持つ『いわれ』に影響を受けて変化するが、その刀が魔剣・妖刀のような代物ではあっても、刀自身が喋ったり考えたりするような様子は今のところない。


「『BLEACH』の死神の刀みたいに、精神世界で『刀の人間体』と対話するわけでもないと」


 たぶんね。

 じゃあ次に、『擬人化』というのは何なのかをそもそも考えてみましょう。

 あいまいな概念ではあるが、私の考えとしては『見立て』が擬人化の根本にあると思う。古典的擬人化というと、多神教の神がそうだ。太陽を人間に見立てて太陽神としたり、死を人格化して死神とする。

 そして寓話があるね。『北風と太陽』なんて典型的だ。北風と太陽が会話しているというお芝居にして、絵に描くと、太陽や雲にユーモラスな顔をつけてキャラクター化させる。

 ここでポイントなのは、こうした神話・寓話における擬人化とは、お話の中では人間に擬していても、その話の裏には『実際の自然の姿』が存在しているということだ。


「太陽が昇ったり沈んだりする理由を、太陽神の物語に預けて説明するとしても、実際に目にする太陽が人間の形をしているとは思わないってことですね」


 そうそう。

 『北風と太陽』もそうで、物語の読み手は『目と口のある雲や太陽』が旅人に息を吹きつけたり、気合を入れて暖かくしたりするようすを思い浮かべるが、旅人にとってはリアルな気象現象でしかない。

 むしろ、旅人にも擬人化が認識できてしまうと、成立しないお話になっている。自分が、あの連中からゲームのコマにされているんだと気付いてしまうからね。


じゃぶじゃぶ紙芝居 北風と太陽 (じゃぶじゃぶ紙芝居シリーズ 11)じゃぶじゃぶ紙芝居 北風と太陽 (じゃぶじゃぶ紙芝居シリーズ 11)
西田 太一

フロンティアニセン 2006-12-11
売り上げランキング : 723052

Amazonで詳しく見る
by G-Tools
きたかぜとたいよう―イソップ童話きたかぜとたいよう―イソップ童話
バーナデット ワッツ Bernadette Watts

西村書店 1993-11
売り上げランキング : 210720

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


「食育に使われる『喋る野菜』とか、『焼き肉屋の宣伝をする牛』のキャラクターなんかも、実際に食べるものとは区別しないと食えなくなりますしね」


 風刺画もそうだね。

 だから『風雲児たち』のみなもと太郎先生が、漫画の中で『艦これ』パロディをやったとき、『ワタシが知ってる軍艦の擬人化といえばこういうのでした』と言って描いた例が、まさに『北風と太陽』的な、軍艦に表情を加え、軍艦同士で言い合いをしているような風刺漫画になっていた。

 ここでも、顔のついた軍艦が実際の海を航行しているとは見ていて思わない。


「『機関車トーマス』みたいに、本当にあんな形の乗り物があるんだ、という話なら、確かに列車の擬人化というより、元からその形をしたキャラクターである、と考えるでしょうね」


 デザインの原点は擬人化だったかもしれないが、結果的にオリジナルキャラクターになっていくんだと思う。

 太陽神などの神々が、『天界の神殿』みたいな異空間で、人間の姿のまま生活したり恋愛したりしていれば、やはり擬人化とは言いにくいキャラクターになっていくだろう。


「太陽そのものの擬人化から、『太陽を司る神』なんて設定へとランクアップしていくわけか」


 そういう意味で、日本の『擬人化キャラクター』の文化も、元々はイラストの分野で『◯◯を女の子にしてみた』という一枚絵の表現がメインだったはずだ。

 しかしそれをゲームに出そうとなると、それなりの設定が必要になってくる。


 特に、かわいい女の子に描いている以上、生身の肉体を持っており、ちょっとえっちなこともしたいと考えるだろうし、現物こそがその実体であり、キャラクターの絵はそのシンボルにすぎない……みたいな企画にはなりにくいはずだ。


「なるほど。それでいうと『刀剣乱舞』は『刀の付喪神を召喚した』みたいな設定にちゃんとなってますね」


 『付喪神』って、なんだか一周して戻ったような感じだけど、強引に分類すれば妖怪の一種になるわけでしょう、刀剣男士って。

 元は妖怪も『怪現象の擬人化』だったものが、水木しげる先生などの絵描きの力で、あたかも実体を持ったキャラクターへと成長していったものが多いから。


「まぁ付喪神だとしても、刀剣男士はちょっと独特ですけどね。人間体の方がかなり人間っぽいのと……肝心の刀がレプリカにすぎないってとこかなあ?」


 そこは遊んでみて意外に感じるところでしたね。


f:id:izumino:20150616175549p:image


 実は『鍛刀』というコマンドで作成する刀剣男士は、思いっきりその場で鍛冶師が制作していて、和泉守やら同田貫やらの実物ではないんだ。

 ユーザー側では、『レプリカを触媒にして付喪神を召喚している』といった解釈もなされているようだが、せっかくなんだし『散逸した名刀を探索して見つけ出す』というUIにしてもよかった気がするんだ……。


「そうですね。まぁ神道的な世界観ですから、『レプリカを使って神様に降りていただく』なんてのは、呪術的にむしろ正しいのでは? って逆に思ったりもしますけど」


 依り代とか、分祠の考え方だとすればそうかもね。

 でも、実際に武器としても振るうわけだから、本物でもよかったのになあ。


「骨董品でしかも貴重品だから、ホンモノだと使いにくいとか……?」


 付喪神化してるから、呪術的アプローチで全盛期の切れ味を取り戻したり、折れたって再生できたりしても構わないと思うんだけどね。

 紛失してたり実在してなかったりする刀にしても、伝奇小説のスタイルで『実は存在していた』ことにしてしまえばよい……。


 一方、その刀剣乱舞のUIの元になった艦これだと、『依り代』で済ませても別に構わない。

 なぜなら、軍艦はすでに解体・消失したものが日本刀よりも遥かに多く、しかも『地球と少し似た異世界』を舞台にしているのが艦これだからだ。


「そこって刀剣乱舞とは細かく違うところですよね。刀剣乱舞は数百年後の未来の地球だと明言される一方、艦これは何の説明もなく状況証拠しかない」


 状況証拠しかないから、『艦これは遥か未来の地球が舞台なのだ』派の解釈も強く否定できないけどね。

 ともかく、艦これのUIでは、小さな妖精さんが軍艦の模型みたいなものを『建造』すると、それが艦娘に生まれ変わる、という想像を誘うようになっている。


f:id:izumino:20150616174859p:image


 そして開発者が言うには『艦船の魂や記憶』がキーワードらしく、実体としての『船体』は重要視されていない。


「刀の形やサイズは実物と変わらない刀剣乱舞と、形からして実物からまるっきり様変わりする艦これの違いですね」


 あと、艦娘は『私はどこどこの海で沈んだままで……』みたいなことも言ってもおかしくはない。

 ロストしていた戦艦武蔵の発見をみんなで祝ったりね。

 つまり『死後、転生した人間』には『前世の遺体』が別に存在しているようなものであって、だから艦娘とは、『艦船の魂の転生体』とでも捉えておくのが素直かな。


「転生というと、死んじゃったペットを弔ったあとで、美少女に生まれ変わったペットがご主人様の元にやってくる……みたいな話ですかね」


 そこで話を戻すけど、そうした『生まれ変わり』も擬人化とはあまり呼ばないと思うんだ。

 童話や昔話の、変身譚・転生譚で考えた方が近いと思う。


日本人の動物観―変身譚の歴史日本人の動物観―変身譚の歴史
中村 禎里

ビイングネットプレス 2006-06
売り上げランキング : 690956

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


「なるほど、そこまで考えたことはなかったな」


 ただし、艦これには『史実で艦これ』というジャンルがあって、在りし日の艦船の生涯を、艦娘の絵で解説するという手法が広まっている。

 準公式では、『止まり木の鎮守府』というコミカライズコラムページがそうだった。


艦隊これくしょん -艦これ- 止まり木の鎮守府 (1) (電撃コミックスNEXT)艦隊これくしょん -艦これ- 止まり木の鎮守府 (1) (電撃コミックスNEXT)
ヒロイチ 「艦これ」運営鎮守府

KADOKAWA/アスキー・メディアワークス 2014-12-19
売り上げランキング : 6158

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


 さっきの流れで言った『船の生涯』という言葉自体、モノを擬人化して見ているわけだけど……。

 『見立て』を使っている点で、この手法はみなもと太郎先生が例示した風刺漫画のやり方に近い。


 だから艦娘というのは、ゲーム内にかぎれば『擬人化とは言えない』のだが……、『ユーザー擬人化を提供する』存在である、とは言えるかもしれない。


「なるほど? ゲームの中で『赤城さん』を愛でるだけなら擬人化ではないかもしれないが、史実の方の空母赤城を『赤城さん』として扱い、解説する行為は擬人化だと」


 細かく言うと、そうなる。

 細かいと言えば細かい問題だが、かといって擬人化という曖昧なフレーズが、正確でもない意味で使われていると、気になってしまうのは私の性分だな……。


「そう思うと、ガチな擬人化ゲームってほとんどないのかもしれませんね。これはスマホのアプリゲームなんですが、『妖刀 あらしとふぶき』という刀の美少女ゲームでも、『刀の精霊』という設定ですから」


 そういう意味では、美少女(女体)化、男体化などと言った方が、あけすけではあるが正当な表現になるのかもね。


「ところでですね、刀剣男士は『実物サイズの刀を持った男』であり、艦娘は『娘自身がフネ』である、という違いから考えていたこともあるんですよ」


 ほう、聞きましょうか。


「艦これを先に始めていたから思うことかもしれませんが、キャラクタープレイヤーの関係性についてですね。艦これでは、提督と艦娘です。刀剣乱舞では審神者と刀剣男士。一見、呼び名を変えただけのようで、実はけっこう違いがある」


 審神者というのは、さっき言った『付喪神を召喚する』役のことですね。


「そう、問題なのは、提督は艦娘を『集め』『運用して』いきながら、使用する側/使用される側という関係性を、実際の司令官と艦船の関係になぞらえられる一方で、刀剣男士は、刀剣男士が自分で自分?を持つじゃないですか」


 刀を持って戦うのは刀剣男士本人だから……。なるほど? 武器を『使う』者、つまり剣術使いの立場にならないんだね、刀剣乱舞プレイヤーは。

 刀剣男士の出撃中も、審神者は自宅待機してて戦わない設定みたいだしね。


「そうです。ちなみにさっき挙げた『あらしとふぶき』は、プレイヤーキャラクター(主人公)を剣士に設定した例ですね。だから『刀の精霊』が主人公に宿って、主人公の剣術が強化される、みたいな演出がされている。ジョジョのスタンドみたいな感じですね」


「そして刀剣乱舞では、『刀剣男士を召喚し、維持する者』である審神者と、『刀剣たちの主』である審神者の役割が二重になっていると言える。設定上は、審神者の役割なんて、艦これで言えば工廠の妖精さんが担っている建造・メンテナンスの領分にすぎなくて、提督のような上司の役割は『審神者』という称号とは別物のはずだ」


 提督が艦娘の建造・維持に妖精さんの手を借りているように、刀剣乱舞も『審神者の手を借りて刀剣を集めている』別のキャラクターを立てていてもおかしくはないということですか。

 しかし実装されたゲームにおいては、提督にあたる役回りも審神者1名に統合されている、ということになる。


「そういうところを気にしながら刀剣乱舞をプレイしていたんですが、ようやく分かってきたことがあって、このゲームは刀剣の『所有者』を、まさしく『所有者』として割り切って描いている。事実、秀吉やら家康やらの権力者の手を渡った刀で……といった『いわれ』を各武器が持つわけですが、お宝として所持していた武将なり大名なりが、その武器で人を斬っている必要はない。そして、その時その時の『所有者』は、ちゃんと刀剣たちから『主人』と認識されていたことが、セリフからは窺える」


 宗三左文字とかそんな性格ですね。『あなたも天下人の象徴を侍らせたいのですか……?』ってやつ。ただ所有しているだけでステータスにされたというね。


「刀剣たちは、純粋に『持ち主』というだけでも主人との関係を結び、それを自らのアイデンティティとしている。面白いのは、むろん刀の中には『武器として使われる』ことにアイデンティティを抱くやつもいて、そいつらからすると『所有されているだけの刀』は『置物』にすぎないという認識をするらしい」


 にっかり青江や、同田貫がよく言うやつですね、『置物の連中』『美術品』って。

 『刀は戦に出てこそだよ』『刀に何を求めてるんだろうな。俺たちは武器なんだから、強いのでいいんだよ』と。


「その、同田貫のセリフがかなり面白いところで、プレイヤーの心理としては、『確かに言う通りだな』と同意したい部分もあるじゃないですか。武器なんだから、そりゃあ強ければいいんだよって。でもどうも、同田貫から見た審神者は、そうじゃないらしい。放置してるとですね、『おいおい、あんたも刀を美術品かなんかと勘違いしてるクチかよ』と文句を言ってくる」


 私はそんなこと思ってないよ、って言いたいところよね。


「ところが、このセリフ自体が刀剣乱舞ゲームシステムを言い表していると言える……。つまり、剣士ではない審神者は、『コレクター』と『コレクション』という関係性でしか、刀剣との主従関係を結ぶことができない、という前提でこれらのセリフがある。戦に出ていない間の刀剣男士たちは、審神者に『飾られている』のであって、審神者も飾ってある刀剣を鑑賞している、という関係になる。そこで、置物勢と武器勢では思うことが違ってくるし、さらに『かっこよくて強い』……美術品としても実用品としても価値を求める刀などは、独自のプライドを抱くようになる」


「『プレイヤーは刀剣男士を振るうことができない』という設定上の制約があることを逆手にとって、ちゃんとその設定に合った関係性を描こうとしているのだな……と、少し理解できてきました」


 なるほど。

 言われてみれば、同田貫に審神者がかける言葉にしても、『確かに私はあなたを飾って楽しんでるけど、それは無骨な美しさが好きだからであって、あなたは自分で思ってる以上に美しいのよ』とでもフォローするのが思い浮かぶものね。

 逆に、『私があなたを振るってあげるから一緒に斬りにいきましょう』、とかは言えない設定になっている。

 戦闘もオート進行だから、審神者は戦いへの関与が少なく、自分の判断で戦うこともできる刀剣たちの自主性に任せている。


「そう、審神者の立場としては、刀剣とのそういう関わり方が推奨されているんじゃないかな、と。その点、しんけん!はどうなんです?」


 しんけん!はね、さっき審神者が『刀剣の召喚者』と『刀剣の持ち主』で役割が二重になっている……と指摘されていたけど、そのズレがもっと深刻に広い感じなんだ。


 とりあえず公式アカウントが、プレイヤーにどう呼びかけているのかを見てみるといい。



「『刀匠の皆様』……? これが提督とか、審神者にあたる用語になっているわけですか」


 そう、しんけん!では、プレイヤーが『刀匠』になるところからゲームは始まる。ちなみにこのゲーム刀剣乱舞同様、鍛刀して作成するのは『名刀のレプリカ』という設定だ。

 刀にはそうとうの思い入れのあるスタッフが作っているという触れ込みなのだが、その割にプレイヤーの役割が『レプリカ(写し)作り』というのはちょっとやり甲斐がないのではないか? という気もしてくるんだけど……。

 ともかく、ゲームとしてはプレイヤーに『刀匠』の仕事を追体験させるように作られており、鍛治場を中心とした町作りや、鍛治に必要な林業や鉄の採掘なども、実際の刀鍛治がやっていることとして、ゲーム内で再現しているそうだ。


「ふーむ」


f:id:izumino:20150616181455p:image


 その極め付けが、マウスクリックして一発ずつ焼けた鉄を打つという『鍛刀』のシステムだ……。これを何百、何千回と打ちつづけることで、刀匠の気分を味わってほしいということらしい。


「聞くだにとんでもないシステムですね」


 なお、雇いの鍛治師に頼んで代わりに打ってもらうこともできる。

 というか、大抵は代わりに打ってもらうことになる。


「そのシステムの存在によって、逆にプレイヤーは刀鍛冶の仕事をやらなくなるのか……」


 問題はここからなのだけど、刀匠は『刀鍛冶の町の長』でもあるから、『お館様』と呼ばれることが多い。

 刀を作成することで、それに魅入られたという女の子たちが、人類の敵に抗う戦力として集まってくるのだが、実はさっきも説明した通り、その『真剣少女』たちは刀そのものではない。

 元はそのへんにいる女の子ちらしい。


「なんか魔力のある刀をたくさん作って、それを民間人にバラまいて、部下にしていくような感じですか」


 そう、『部下』という表現をしたけど、少女たちはプレイヤーを『お館様』『先生』などと呼び、町の管理や、館での主人の世話もやらされてることになっている。

 ここで疑問が……特にさっき聞いた刀剣乱舞の話と比較しても思うのだけど、刀匠は『武器の作り手』でしかなく、武器を与えた女の子たちの『主人』になれるのかというと、それはどうだろう?という疑念が湧いてくる。


 しんけん!のメインシステムは、ラインディフェンスアクションゲームでもあるから、刀匠の役割以外にも『真剣少女を指揮して敵をやっつける』という役割があるのだが、艦これや刀剣乱舞のようにオート戦闘ではないから、プレイヤーが『一部隊の指揮者』として命令している感覚ははるかに強い。

 そこで『刀匠って部隊を率いるものだったっけ?』という疑問も浮かんでくるわけだ。


「刀匠にして剣の達人でもある、もしくは剣の達人にして刀も自分で作れる、というキャラクターフィクションでもよく見ますし、自然に受け入れやすいと思いますけど、確かに武将みたいなことする刀鍛冶ってふつうイメージしないですね」


 そうなんだ。『もののけ姫』のエボシ御前のように、タタラ集団の長でもあり、傭兵も率いる戦術家、という領主キャラなら分かる気もする。


 そして『刀』とではなく、『刀を与えた女の子』と直接関係を結ばないといけない設定上、さっきの審神者のように『刀のコレクター』という立場でかわすこともできない。

 結果、しんけん!のゲーム内では、刀を作る『刀匠』と、女の子を従える領主の『お館様』が、プレイヤーの中で二分されていることになるんだ。


「しかし改めて『刀匠の皆様』と聞くと、なんか突飛な語感がするな。なんでだろ?」


 それはたぶん、プレイヤーを『匠』扱いしてるから、かな……?

 むろん、プレイヤーを将官として扱う艦これや、神職として扱う刀剣乱舞も、『自分は士官学校を出たわけでも、神事ができるわけでもなく……』と思わなくはないだろうが、艦これのプレイヤーのすることは、ネットで攻略法を調べながら最適化を模索し、編成・改装・出撃のコマンドを選択することにすぎず、『提督として指示を出す』内容はゲーム内で完結している。

 ゲーム内において完結した提督の仕事を、現に最適化できているのだから、誰でも艦これの提督になれると考えてもいい。


「『俺タワー』の『オヤカタ』呼称もそっちですね。プレイヤーは自分で動かず、指示しかしないから、建設技術を持たなくても親方として仕事できる」


 逆に、審神者の役割はフレーバーに過ぎず、刀剣男士を集める能力がある、という設定の理由付けでしかない。審神者が具体的に何をする人かは、プレイヤーが知る必要もないんだ。


 でも『刀匠』はどうだろう? 提督やオヤカタと違って『指示する』だけで済む役ではないし、何千回と鉄を叩く気があるならともかく、なかなかプレイヤーの自覚は『刀匠』と一致しない気がする……。

 よくある職人SLGだと、『見習い』から始まって『徒弟』『マイスター』『職人の鬼』『神業の匠』などと称号をランクアップさせていくけど、あれはこうした不一致を埋めていく作業なのかもしれないな。


「ふむ……。しんけん!の開発者インタビューってWebで読めるだけでも、すでにかなりの量があるんですね。『ふつうの女の子に武器を与えて戦わせる』という陰のある設定は、けっこう残酷さを狙ってしてることなんだな」


 しんけん!は擬人化ではない代わりに、『刀を使うということ』の象徴化にポイントを当てているようですね。

 凶器である刀に魅入られ、取り憑かれるということを『ふつうの女の子が真剣少女になってしまう』ことで象徴させたいみたい。


「それと『闇堕ち』設定が好きなんですね、この人たち。真剣少女が闇堕ちすると妖刀少女に変化するとか。なるほど」


 そのあたりは刀剣乱舞と大きく差別化できて、よかったのかもしれない。


「企画や開発はだいたい同時期だったそうですから、結果的には差別化されてるんですね。面白いな……」


 じゃあ今度は、このみっつのゲームにおいて、資源の種類と資源消費のバランスがどう設計されているのか、という違いの話をしましょうか。どうかな。


「ええ、また」

Fri 2014.08/15

【告知】土曜日22時から伊藤悠さんと「艦これ」ゲームUst

| 【告知】土曜日22時から伊藤悠さんと「艦これ」ゲームUst - ピアノ・ファイア を含むブックマーク

 夏のイベント真っ盛りな週末ですが、今回コミケは不参加なので、気晴らしに土曜の夜にUstをします。

 お相手は、テキストサイト「指輪世界」の管理人で、今はゲーム関係のお仕事もされている「伊藤悠」さんです。


 主に、艦これのゲームデザイン的な部分から、ゲームの理屈の話をできたらと思います。録画はアーカイブ予定です。

 あと大井篤『海上護衛戦』の話も含まれているかもしれません。


海上護衛戦 (角川文庫)海上護衛戦 (角川文庫)
大井 篤

KADOKAWA/角川書店 2014-05-24
売り上げランキング : 11918

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

Sun 2013.11/24

仮想アングルと前意識の「面白さ」

| 仮想アングルと前意識の「面白さ」 - ピアノ・ファイア を含むブックマーク

[動いているのは誰か――仮想的身体、多元的草稿モデル、ゴースト?](没):攪乱の渦 - ブロマガ

 ちょっと前に読んだ記事ですが、このゲーム・映像論の記事は、ぼくの漫画論における「仮想アングル」説も引用して書かれたものです(底本は『ユリイカ』の荒木飛呂彦総特集号)。

 認知的な前意識(「意識」に上る以前の体感)による「面白さ」にメスを入れようとしており、まだ序論的な内容ですがなかなか刺激的でした。


 ぼくの原稿が載った『ユリイカ』はAmazonでもまだ注文できます。

 

ユリイカ2007年11月臨時増刊号 総特集=荒木飛呂彦 鋼鉄の魂は走りつづけるユリイカ2007年11月臨時増刊号 総特集=荒木飛呂彦 鋼鉄の魂は走りつづける

青土社 2007-11-26
売り上げランキング : 70909

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


 ちなみに、記事中で言及されている「コルネリス・ファン・デル・ヘーストの収集室」というのはこの絵画ですね。


f:id:izumino:20131124214919j:image



最新の日記
 あわせて読みたい なかのひと
000001
20030304050809101112
2004010203040506070809101112
2005010203040506070809101112
2006010203040506070809101112
2007010203040506070809101112
2008010203040506070809101112
2009010203040506070809101112
2010010203040506070809101112
2011010203040506070809101112
2012010203040506070809101112
2013010203040506070809101112
201401020304050608101112
2015010304060809101112
201601020612
20170107