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理解というものは、つねに誤解の総体に過ぎない
 「スプートニクの恋人」とか「かえるくん、東京を救う 」より

こちらになりました → http://sadah.hatenablog.com/

2013-04-06

[]SOSの猿

SOSの猿 (中公文庫)
SOSの猿 (中公文庫)
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伊坂 幸太郎
中央公論新社 (2012-11-22)
売り上げランキング: 13,898

内容(「BOOK」データベースより)

三百億円の損害を出した株の誤発注事件を調べる男と、ひきこもりを悪魔秡いで治そうとする男。奮闘する二人の男のあいだを孫悟空が自在に飛び回り、問いを投げかける。「本当に悪いのは誰?」はてさて、答えを知るのは猿か悪魔か?そもそも答えは存在するの?面白くて考えさせられる、伊坂エンターテインメントの集大成。


伊坂幸太郎の「SOSの猿」を読了した。

Amazonのレビューを見ると賛否両論だった。僕はけっこう楽しく読めた。でもちょっと中途半端な気もした。

ゴールデンスランバー」、「あるキング」、「バイバイ、ブラックバード」は、最後まで読んでもわからないことがたくさんある。でもこの作品はある程度分かるようになる。でもそれがなんだか中途半端な感じだった。

でも、十分面白かった。

気になったところをいくつか引用する。物語にはあんまり関係ないところばっかりだけど。


「山田君が、学校行かなくて、すごく楽しそうなら僕も気にしないけど、そんなに苛々して、顔色も良くないし。やっぱり、それは今のままじゃ良くないってことじゃないの?学校行くのが正しいとは思わないし、学校はつまらないかもしれないけど、とりあえず、行かなくてもいいからもっと、楽しい毎日を送りなよ」

「思いわずらうことなく、愉しく生きよ」を思い出す。僕は楽しくなかったから、環境を変えようと思い至った。それで、いまはなかなか楽しい。


「なぜなら、家族以外の第三者が、利害関係のない誰かが、『良くなりますように』と祈ることは、誰かを助けたいと思うことは、ひどいことではないはずだからだ。悪いことではない」

「効果がなくても?」

「そう。良い効果はなくても、悪い効果があるわけでもない」

よしもとばななの「ハチ公の最後の恋人」には祈る人の話があって、思い出した。

「そう?それで毎日世界中のために祈るんだけどな。」

「誰もみてないのに?」

「そういうものなんだ。そういう人たちがこの世でいかに役に立っているか知らないな。いかにたくさんいて、いかに平和を保つのに力をつくしているか。」


ハチ公の最後の恋人

ちょっとは効果はあるんじゃないかな。


「人っていうのはやっぱり、言葉にして伝えないと相手には気持ちを理解されないんです。だけど、言葉にするのを省いて、うまくコミュニケーションが取れないと、『どうして分かってくれないのか』と腹が立ったり、『きっと相手は自分をこう思っているのだ』と勝手に先回りして、怒ったり、結局、雪だるま式に関係は悪くなっていくんです」

「それ、悪魔祓いの基本書とかに載ってるの?

「いえ、離婚調停の本に載ってました」

気をつけたいな、と。


つまり、恥ずかしさは、『見放される』という恐れと結びついているのではないでしょうか。失敗をしたことを誰かに気づかれ、自分の能力を低く見積もられる。その結果、自分が仲間から見放されるのではないか、そう恐怖するのかもしれません。

失敗したとき、言い訳はしないようにしたいけど、つい言い訳したくなってしまうし、言い訳してしまうこともある。それも「見放される」ということと合わせて考えると、ちょっとわかるかも。

人が言い訳しているときって、たいてい分かる。だから自分が言い訳しても、たぶん相手はわかってる。あと、言い訳と説明の違いって、なかなか難しい。


「人を知るには三つの面があるわけ。一つ目は、外から見える様子。二つ目は、その人が説明してくれた内面の様子」

「三つ目は?」

「心のなかの景色そのもの」

「それは誰にも見えない」

見えないものを、大切にしないとね。

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