聞思莫遅慮

2013-07-24

こころのリセット

 お釈迦さまは生まれによる差別を否定され、平等を説かれました。「生れによって賤しい人となるのではない。生れによってバラモンとなるのではない。行為によって賤しい人ともなり、行為によってバラモンとなる」(ブッダ『スッタニパータ』岩波文庫)。お釈迦さまのお生まれになったインドは、牛が猿が車の行き交う道路を悠々と渡り、人の遺体が川のほとりで荼毘に付され、あらゆるいのちが混然一体となって本来平等であると考える国です。しかしながら閉鎖的な身分制度がいまも残り、生まれによる差別が根強く残る国でもあります。その国にあって、お釈迦さまは生まれによる差別を否定し、あらゆるいのちの平等、非暴力、非戦を説きました。「すべての者は暴力におびえ、すべての者は死をおそれる。己(おの)が身をひきくらべて、殺してはならぬ。殺さしめてはならぬ」(『ダンマパダ』)。殺してはならないという非暴力の教えは平等の教えと密接につながり、互いに補完するものです。「実にこの世においては、怨みに報いるに怨みを以てしたならば、ついに怨みの息(や)むことがない。怨みをすててこそ息む。これは永遠の真理である」(同)。怨みを捨てなさいという非戦の教えも平等の教えと密接につながるもので、これら平等、非暴力、非戦はお釈迦さまの教えの根幹を為します。
 
 後に大乗仏教として発展するなかですくいだけでなく慈悲が重んぜられるようになり、慈悲の実践として教育や医療土木事業や貧民救済の活動が各時代で様々に見られるようになりました。聖徳太子は怪我や病気で苦しむ人のために薬草を育てる施薬院(せやくいん)を四天王寺境内に開いたと伝えられ、行基(ぎょうき)は生活困窮者のために布施屋(ふせや)といわれる無料宿泊所を設置しました。さらに法然聖人の専修念仏親鸞聖人悪人正機自然法爾、還相回向、同朋同行という思想は、わたしたちの無意識の深層に他を思いやるこころの尊さを植え付けました。

 次第にこうした大乗仏教の慈悲の考えは、実に多くの経典と教学とに分かれました。あまたある教学について優劣を競うかのような議論は、「宗論はどちらが負けても釈迦の恥」と言われ、たしなめられています。すくいに優劣も差もありません。辺地往生と報土往生にふたつの往生があると言われた親鸞聖人のおこころを伺うと、ただ報土往生を薦める強いお気持ちを感じることはあっても、仮に従わなかったら地獄へ落ちるぞという脅しのニュアンスを感じることはありません。蓮如上人は「信心を獲得せずは極楽には往生せずして、無間地獄に堕在すべきものなり」と厳しくおっしゃっていますが、それも脅して言うのではなく、ただひとえに専修念仏をお薦めくださるお気持ちとわたしはいただきます。布施の多寡によってすくいの差が生まれるかのような説き方は誤まっていると唯円は言う一方で、『歎異抄』のなかですくいの世界を向いて生きる生き方を薦めておられます。あらゆるいのちが平等であるといただいたところから、自他が同一とする世界といただいていくところに、優劣も差もないことは明らかです。
 
 お釈迦さまの教えはこころのリセットです。いろいろあったときに一度こころを無くしてみる。こころを完璧に無くすということはできなくても、無くすイメージの重要性を説く、それを無我という言葉で表します。これに対して西洋哲学ではこころの整理を説きます。我考えるゆえに我ありと言ったデカルトの言葉に、こころを整理して整頓して次の段階へ進もうとする西洋人ならではの考えを感じます。リセットを説く仏教と整理を説く西洋哲学、少々乱暴ですがそんな違いがあるとわたしは考えます。リセットした段階から次になにが浮かぶか。仏教は、人間の考えることなど妄想だ、人間の言うことなど妄言だという立場、ゆえに慈悲の実践の重要性を説きます。わたしに真の意味で真心などない、他者と自分が一緒であると見ることを究極的な理想としつつ、ともに生かされ、ともに生きていることを報恩感謝でお返ししていけるようになることを、この世で大切な行いであると説きます。リセットした次の段階を説いているのです。リセットし慈悲行、リセットし慈悲行、この繰り返しを親鸞聖人は「報恩行」という言葉で示されています。

2013-07-05

お釈迦さまの道は「和をもって貴しとなす」

検察OBの知人は真剣な眼差しで言いました。「ご住職、罪を罰するとはどういうことか長年考えてきたけれども、答えが見つからない。仏教では一体どう説く のでしょう」。話はその方が現役検事だった頃にさかのぼります。資産家の夫人が自宅で殺された事件を担当、その事件は、刑務所服役中に知り合った三人の男 が出所後、強盗目的で資産家の自宅へ忍び込み、居合わせた夫人の首を絞めて殺害に及んだものでした。男たちは実行犯と見張り役にそれぞれ役割を分けました が、結果的に刑もそこで大きく分かれ、実行犯の男ふたりは死刑、見張り役だった男は懲役刑でした。「その殺害方法は残忍でしたが、いま思えば実行犯が自供 した、その自供さえなければふたりの男が死刑になることはなかった。私はいまこの年齢になって、そのことが頭から離れません」。犯行が行われた部屋 の壁と床には、手の指でついたと思われる深い爪痕が残り、被害者の手指の爪には血痕が付着していたそうです。被害者がいかに苦しんだか、凄惨な状況に目の 前が暗くなる思いです。

実行犯の取り調べは、その方と後輩のふたりで臨みました。男はなかなか自供せず、取り調べが 遅々として進まないなか、その方が手洗いに中座して戻ってくると、聴取室の空気はなぜか一変していました。男が殺害時の様子、殺害後も執拗に首を二度絞め た経緯を少しずつ話し始めていたのです。犯行現場を調べただけでは首を二度締めたことまで分からず、男が自供しなければそのまま闇に葬られていた事実です。後輩から後に聞いたのは、手洗いに中座した時、金の懐中時計を机に置いたまま、聴取室を出た。残った後輩がその時計を指差し、「あの検事は大学を主席で卒業された優秀で、将来を有望視された人だ。正直に言えば再犯のお前も必ず刑を軽くしてくれる。話したほうがいいぞ」。そんなことをあのとき言ったと。こ の時の自供はすべて調書に記録され、その後しばらくしてこの方は別の任地へ異動。公判を引き継いだ先輩検事から、しばらくして電話がありました。「調書を読んだ限り、私は死刑求刑が妥当だと思うが、求刑が空欄のままだったので君の意見を聞きたい」というものでした。「あの時、あの自供を聞きさえしなければ。せめてトイレに立ったのがもうひとりの検察官で、私一人がその自供を聞いていて調書に書かずに済ませば、男は懲役刑で済んだのではないか。見張り役のほうが非道な男だったのに、不公平だ」。いろんなことが頭の中を一瞬にして駆け巡りましたが、「先輩がそう思われるなら、そう進めてください」と受話器に向かって言うのがやっとでした。

男は死刑判決を受け、執行されました。執行書類に署名する法務大臣も、執行のボタンを押す執行官も、死んだことを確認する検死官も、死刑につながる調書を 作る検事も、一様に苦痛を感じて生きていることを、この方から伺って、わたしは 初めて知りました。最近は一般市民も裁判員として参加するようになり、死刑判決の瀬戸際で心に深い傷を負うケースがあるとも聞きます。法治国家において罪 を裁くことは法に基づいていても、法を作るのは人ですから、人が人を裁いていることに変わりはありません。では、仏教は罪を罰すること、人を裁くことをど う考えていいるか。仏教は世俗に関せず、すべてに空を説き、すべてを肯定し否定し、すべては赦され、他を怨んではならず、本質的に善も悪もない中道であ り、生きとし生けるすべてが仏と考え、私を含めみんな悪人と見るなど、視点がさまざまあるなかで、ゆえに裁くこともせず、罪を罰することもない立場だと言えます。

その一方、お釈迦さまはお弟子に集団生活を求め、ルールを定め、ルールに反することを戒めました。仏教では 三宝を敬いますが、三つの宝のひとつ僧宝とは集団生活の大切さとそのなかでのルールを守ることをセットにして考えるものです。聖徳太子が十七条憲法で「和 をもって貴しとなす」とお示しになられたのは、和合を旨とする仏教の根幹にあるおこころでした。罪を犯した者も罪を罰する者も本質的に赦されるかどうかは 永遠に正解のないテーマですが、お釈迦さまのメッセージを受け止めるならば、永遠の真理があるにせよ、決してそれを振りかざすことなく、どこまでも和合を 目指すことの尊さではないかと思うのです。(住職)