2007-03-12 刑法 緊急避難の法的性質
■[刑法 緊急避難の法的性質] 
緊急避難の法的性質
甲に成立の罪責及び不可罰とする根拠
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緊急避難は違法性阻却事由である。
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緊急避難は責任阻却事由である。
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緊急避難は原則として違法性阻却事由であるが、法益が同等の場合は責任阻却事由である。
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船が、難破して海に投げ出された客船のうち、Xと甲の2人が1枚の板に泳ぎついたが、この板は1人を支えるだけの浮力しかなかったので、Xが甲を突き落とそうとしたが、甲は自己の身を守るために、やむを得ずに逆にXを突き落としたところ、Xは板をつかまれずに溺死した。
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XがYに対し、突然棒で殴りかかってきたところ、これを見ていたYの友人甲がYを助けるために、Z宅のガラス戸を壊して逃げ込むように唆し、Yは甲の指示に従い、自己の身を守るため、やむを得ずZ宅のガラス戸を壊した。
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教唆犯不成立
(制限従属性説)
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教唆犯成立
(制限従属性説)
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教唆犯不成立
(制限従属性説)
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批判
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自己の生命に対する危難を回避するために無関係の第三者の生命を犠牲にすることを法によって、正当化される行為とし、何の落ち度もない被害者に正当防衛の権利を認めないことになる。
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刑法37条が、「他人」のための緊急避難を認めていることを説明できない。
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行為者は不可罰であるのにそれに協力したものが、共犯として処罰されるのは不都合である。
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参考文献
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2005-11-15 日本国憲法
■ 立法議会の成立 
1791年10月、新憲法による選挙で一院制の立法議会が成立しました。立法議会では、右翼に立憲君主派のフイヤン派が、左翼に共和政を主張するジャコバン派が陣取っていました。さらに、このジャコバン派には、小市民を支持基盤とする左派と、中産市民層を代表する穏健派がいました。
左派は、議会の最左翼の高い所の議席を占めていたので、モンターニュ派(山岳党)と呼ばれていました。一方、穏健派はジロンド県出身の議員が多くいたので、後にジロンド派として呼ばれ、ジャコバン派から分離し、両者は対立するようになりました。
このとき、ヨーロッパ各国の君主は、フランスの亡命貴族のはたらきかけもあり、フランス革命の進展に警戒心を強めていきます。そこで、1791年8月プロイセン国王とオーストリア皇帝はドレスデン近くのピルニッツで宣言をだし、フランスに対する行動の決意を告げます。
これに対して、立憲君主派とジャコバン左派は戦争には慎重だったものの、ジロンド派は革命を強化できると考えて開戦を主張し、開戦を望むフランス国王によって組閣を委ねられたました。このとき、国王は、戦争に勝てば王の威信を高めれれることと、逆に諸外国の君主が勝てば革命が崩壊することを期待して戦争を望んでいました。
そこで、1794年4月、フランスはオーストラリアに宣戦布告しました。プロイセンはオーストラリアと結びました。フランス軍は、国内が混乱状態にあり、準備不足であったフランス軍は劣勢ででした。このことが原因で、ジロンド派で組織された内閣は罷免され、替わってフイヤン派内閣が成立しますが、プロイセン、オーストラリア同盟軍はフランス国境に迫っていました。
7月11日、立法議会は「祖国の危機」を宣言し義勇兵を全国で募集しました。さらに、フランスのナショナリズムが高揚し、地方からパリに義勇兵がぞくぞくと結集しました。
7月25日、プロイセン軍司令官ブラウンシュバイツ公はコンブレンツで宣言を発し、フランス国王に危害が加えられればパリ市を破壊すると警告した。この宣言は、後に王政を瓦解を早める結果ととなります。ジャコバン派とパリの各地区の市民は国王の廃位を要求します。
8月10日、パリ民衆と義勇兵は、チュイルリー宮殿を攻撃し、宮殿を警護していたスイス衛兵は惨殺されました。このとき、議会は民衆の圧力に屈して、王権を停止し、普通選挙による憲法制定議会となる国民公会の招集を布告しました。
■第一共和政の成立と、内外の危機 
1792年8月末から9月初めに普通選挙により議員が選ばれ、国民公会が成立した。国民公会は王政廃止と共和政(第一共和政)の樹立を宣言しました。立憲君主派は姿を消し、共和派のみとなった国民公会では議場の右のジロンド派と、議場の左のモンターニュ派(山岳党)が敵対しました。そして、じゃこばん派はモンターニュ派が支配していました。このとき、ジャコバン派の穏健な中間グループは平原派と呼ばれ、両派の間を揺れ動き情勢を左右しました。
国王は、公的自由に対する陰謀と国家の安全の侵犯により、数名の危険を除き満場一致で有罪とされました。モンターニュ派の提案した国王の死刑が可決され、ジロンド派の提案した、死刑執行の延期は否決されました。
1793年1月、革命広場(後の、コンコルド広場)で、ギロチンによるルイ16世の処刑がおこなわれました。
革命軍の攻勢と国王の処刑は、イギリスをはじめとする、ヨーロッパ諸国の革命への敵意と警戒心を強めていきます。イギリスのピット首相の呼びかけで、93年第1回対仏大同盟が結成されました。
フランス国内では、ヴァンデ県で王政派が指導する農民の反乱がおこり、インフレと買占めと食糧難から民衆の不満が高まってました。国民公会のモンターニュ派は、反革命を抑えるために、革命防衛のための改革を進めました。この改革の中身として、革命裁判所、監視委員会、国民公会の委員で構成する公安委員会などが設置されました。、この公安委員会は、行政活動を監視、促進を目指すものでありましたが、しだいに権限を強めていきました。
ジロンド派はこのような措置に反対しましたが、モンターニュ派は93年6月のパリのサンキュロットの武装兵力に国民公会を包囲させ、ジロンド派議員を追放し、独裁権を握りました。ジロンド葉の議員や大臣の多くは逮捕され、処刑されました。
■モンターニュ派(山岳党)の独裁と恐怖政治 
独裁権を握ったモンターニュ派は、亡命者財産の売却、共有地分割法などで、土地を農民に分配し、1793年憲法を制定し、封建的諸特権の無償廃止を決定しました。1793年の封建的諸特権廃止では、封建地代は有償廃止であったので、93年のこの憲法はジャコバン憲法と呼ばれ、革命期の中でも、最も民主的な内容を持つもので、人気投票で採択が決められました。しかし、革命権まで保障したこの憲法は、平和が到来するまで実施が延期されることになり、結局実施されずに終わりました。
このころ、国内では政治的にも、経済的にも、混乱が続いていました。地方都市ではジロンド派の蜂起がおこなわれ、対仏大同盟の軍隊はフランスに侵入し、国民総徴用例がだされました。インフレや小麦不足も深刻でした。
このような、危機に対応するために非常措置が強化され、恐怖政治が行われました。公安員会は、権限が強化され、強力な独裁政治の執行機関となりました。さらに、反革命容疑者の逮捕、裁判の促進が図られ、革命委員会はあらかじめ容疑者リストを作成しました。
王妃マリ=アントワネットが10月に処刑された後、ジロンド派指導者の処刑が続きました。さらに、最高価格令が出され、生活必需品、労働賃金の価格統制が行われました。古い伝統がひていされて、革命暦が制定され、非キリスト教運動の展開の中、理想が崇拝の対象になっていきました。
93年末には事態は好転し、外国進入軍は撃退され、国内の反革命内乱も鎮圧されていきました。
■テルミドールのクーデターと総裁政府 
革命政府が、国外や国内で勝利を得た1794年の段階で、モンターニュ派の中で指導者間の対立と不信が表面化しました。パリのサンキュロットの間に支持者が多かったエベール派は、民衆の過激な行動を扇動し、非キリスト教運動を進めて、銀行課の逮捕など過激な主張を繰り返してきましたが、国民公会に対する蜂起計画を告発され、逮捕、処刑されました。一方、ダントン派は恐怖政治の緩和を要求しましたが、ダントンの汚職が摘発され、処刑されました。そんな中、公安委員会を指導するロベスピエールが独裁権を握り、恐怖政治は、ますます強化されていきます。具体的には、革命裁判の迅速化がはかられ、94年6月プレリアール法により、弁護、証人、予審を省いて行うことができるようなり、処刑者が激増していきました。
しかし、革命戦争の勝利は逆に恐怖政治の正当性を困難にしていきました。ブルジョワジーは経済活動の自由を要求し、労働者は賃金統制に不満を持ち、他方で恐怖政治は腐敗と結びついていきました。土地を得た農民はそれ以上の革命の進展を望まず、保守化する傾向をみせました。
公安委員会でも、ロベスピエールの独裁への反感が生まれ、国民公会ではロベスピエールより告発されることを恐れる腐敗分子が反ロベスピエール派を形成していきました。
94年7月27日、革命暦でテルミドール9日、国民公会はロベスピエールを告発、ロベスピエール派の逮捕を決定しました。ロベスピエールらは、一度は支持者により釈放されたが、国民公会も部隊を集めてロベスピエール派を襲撃し逮捕し、裁判を経ずに直ちに処刑されました。
このテルミドールのクーデターで恐怖政治は終止符が打たれ、国民公会では穏健派が主導権を握るようになりました。さらに、公安委員会の権限も縮小されて、プレリアール法も廃止されました。革命裁判所も改組されて、ジャコバン=クラブも閉鎖されました。
しかし、革命政府は安定性、権力の集中性、反革命勢力の鎮圧力を失っていきました。価格統制も撤廃されて経済活動の自由が認められましたが、買占めや投機により、物価は高騰しました。これに反対する民衆(サンキュロット)運動は抑えられました。このとき。反革命派や王党派が勢いづき、恐怖政治の報復として、白色テロが横行しました。
1975年、国民公会は新憲法を制定し、秩序の安定を図りました。財産額によって資格が制限された選挙で選ばれる二院制の議会と、5人の総裁により構成される政府がつくられることになりました。10月に成立した、総裁政府は共和政維持と社会秩序の回復を宣言しました、しかし、総裁政府は左右勢力の攻撃により動揺する不安定な政権でした。
一方、王党派は総裁政府発足直前にパリで反乱をおこしましたが、これはナポレオン将軍に鎮圧されます。しかし、平等主義を唱えるバブーフは総裁政府打倒の計画が発覚し、左派右派は毎年のようにクーデターを繰り返した。対外的には軍事的勝利が続いていました。フランスはオランダを征服し、95年プロイセンと講和を結び、ナポレオンのイタリア遠征の勝利でオーストリアと97年カンポフォルミオの和約を結び、第1回対仏大同盟を崩壊させました。
■ まとめ 
これ以後、フランスはナポレオンが皇帝となるナポレオン帝政の時代に入っていきますが、日本国憲法との関係では、この市民革命の話までが重要ですので、フランスの歴史については、このあたりにしておきます。
このフランス革命については、長々と話をしてきましたが、憲法との関係で重要なことは、フランスにとっては、恐怖政治の影響より、革命裁判所に対する不信から、裁判所に対する不信が高くこれから話をする法の支配よりは、法治主義の考え方を重視していることに注意しておく必要があります。
そこで、次回からはこの法の支配、法治主義について、解説していきたいと思います。
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2005-09-03 日本国憲法
■フランスの憲法制定 
国王が8月の法令の裁可を遅らせ、パリの食糧事情が悪化したことで、10月4日〜5日にまた民衆の行動が行われます。国王にパンを要求するパリの中央市場、場末街(ばすえがい)の女性達はこの日パリからヴェルサイユへ行進し、宮殿に乱入、国王一家をパリに連れて帰りました。このとき、国民議会もパリに移り、国王と議会はパリの革命的な民衆の監視下におかれることになりました。
この後、91年宮廷と議会の間の調停にたっていた穏健派のミラボーが病死すると、革命の急進化に不安をもったルイ16世とその一家は、6月20日パリを脱出し、王妃マリーアントワネットの母国オーストリアの亡命を計画し行動をおこします。しかい、国境近くのヴァレンヌでこの逃亡は発覚し、国王一家はまたパリに連れ戻されます(ヴァレンヌ逃亡事件)。このことは、民衆にさらに国王への不信を強める原因となりました。
このような、急進的な共和主義者の行動を恐れた議会は、憲法制定による秩序の維持を急ぎました。そこで、91年9月、立憲君主制を定めた憲法が制定されました。
この憲法で、王権は縮小されたましたが、議会が制定した法案の裁可を一定期間拒否をすることができるという「停止的」拒否権をが王に残されました。
この中で、市民はただ市民権だけを享受する受動市民と、政治に参加する資格を与えられた能動市民に分けられることになります。そして、一定の資産を有する市民のみが能動市民として選挙権を持つことになりました。
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2005-09-01 日本国憲法
■フランス人権宣言の採択 
バスティーユ襲撃事件そのものは囚人を7人を解放した程度で、都市騒乱としてとるにたらない事件の思えましたが、革命に市民が介入したという象徴的意味や政治的影響力は大きいものでした。
1789年7月16日に財務長官をクビにされたネッケルが呼び戻され。7月17日国王はパリを訪問し、国民衛兵創設や新市長バイイ就任など、パリ市が独自におこなった改革を認めるようになりました。
事件の影響は地方にも波及し、各都市でも新しい民兵や組織が組織され、農民達も貴族の館や商人や高利貸しを襲撃する等の騒動も多く発生しました。
このような騒動についての収拾することにあせった議員は8月4日に封建的諸特権の廃止を、集団的熱狂のなかで可決し宣言した。さらに、租税上の特権、領主裁判権、教会の10分の1税、官職売買などのさまざま封建的特権が廃止されました。
8月26日、国民議会は自由主義的貴族のラファイエットらが起草した、「人権宣言」を採択します。この人権宣言は、正式には「人間と市民の権利の宣言」といい、人間の自由。平等の権利、自由、財産の安全及び圧政に対する抵抗の権利、国民主権、法の支配、言論・出版の自由、私有財産の不可侵など近代市民社会の基本原則を確認しています。
フランス人権宣言
前文
国民議会として構成されたフランス人民の代表者たちは、人の権利に対する無知、忘却、または軽視が、公の不幸と政府の腐敗の唯一の原因であることを考慮し、人の譲りわたすことのできない神聖な自然的権利を、厳粛な宣言において提示することを決意した。この宣言が、社会全体のすべての構成員に絶えず示され、かれらの権利と義務を不断に想起させるように。立法権および執行権の行為が、すべての政治制度の目的とつねに比較されうることで一層尊重されるように。市民の要求が、以後、簡潔で争いの余地のない原理に基づくことによって、つねに憲法の維持と万人の幸福に向かうように。こうして、国民議会は、最高存在の前に、かつ、その庇護のもとに、人および市民の以下の諸権利を承認し、宣言する。
第1条(自由・権利の平等)
人は、自由、かつ、権利において平等なものとして生まれ、生存する。社会的差別は、共同の利益に基づくものでなければ、設けられない。
第2条(政治的結合の目的と権利の種類)
すべての政治的結合の目的は、人の、時効によって消滅することのない自然的な諸権利の保全にある。これらの諸権利とは、自由、所有、安全および圧制への抵抗である。
第3条(国民主権)
すべての主権の淵源(えんげん=みなもと)は、本質的に国民にある。いかなる団体も、いかなる個人も、国民から明示的に発しない権威を行使することはできない。
第4条(自由の定義・権利行使の限界)
自由とは、他人を害しないすべてのことをなしうることにある。したがって、各人の自然的諸権利の行使は、社会の他の構成員にこれらと同一の権利の享受を確保すること以外の限界をもたない。これらの限界は、法律によってでなければ定められない。
第5条(法律による禁止)
法律は、社会に有害な行為しか禁止する権利をもたない。法律によって禁止されていないすべての行為は妨げられず、また、何人も、法律が命じていないことを行うように強制されない。
第6条(一般意思の表明としての法律、市民の立法参加権)
法律は、一般意思の表明である。すべての市民は、みずから、またはその代表者によって、その形成に参与する権利をもつ。法律は、保護を与える場合にも、処罰を加える場合にも、すべての者に対して同一でなければならない。すべての市民は、法律の前に平等であるから、その能力にしたがって、かつ、その徳行と才能以外の差別なしに、等しく、すべての位階、地位および公職に就くことができる。
第7条(適法手続きと身体の安全)
何人も、法律が定めた場合で、かつ、法律が定めた形式によらなければ、訴追され、逮捕され、または拘禁されない。恣意的(しいてき)な命令を要請し、発令し、執行し、または執行させた者は、処罰されなければならない。ただし、法律によって召喚され、または逮捕されたすべての市民は、直ちに服従しなければならない。その者は、抵抗によって有罪となる。
第8条(罪刑法定主義)
法律は、厳格かつ明白に必要な刑罰でなければ定めてはならない。何人も、犯行に先立って設定され、公布され、かつ、適法に適用された法律によらなければ処罰されない。
第9条(無罪の推定)
何人も、有罪と宣告されるまでは無罪と推定される。ゆえに、逮捕が不可欠と判断された場合でも、その身柄の確保にとって不必要に厳しい強制は、すべて、法律によって厳重に抑止されなければならない。
第10条(意見の自由)
何人も、その意見の表明が法律によって定められた公の株序を乱さない限り、たとえ宗教上のものであっても、その意見について不安を持たないようにされなければならない。
第11条(表現の自由)
思想および意見の自由な伝達は、人の最も貴重な権利の一つである。したがって、すべての市民は、法律によって定められた場合にその自由の濫用について責任を負うほかは、自由に、話し、書き、印刷することができる。
第12条(公の武力)
人および市民の権利の保障は、公の武力を必要とする。したがって、この武力は、すべての者の利益のために設けられるのであり、それが委託される老の特定の利益のために設けられるのではない。
第13条(租税の分担)
公の武力の維持および行政の支出のために、共同の租税が不可欠である。共同の租税は、すべての市民の間で、その能力に応じて、平等に分担されなければならない。
第14条(租税に関与する市民の権利)
すべての市民は、みずから、またはその代表者によって、公の租税の必要性を確認し、それを自由に承認し、その使途を追跡し、かつその数額、基礎、取立て、および期間を決定する権利をもつ。
第15条(行政の報告を求める権利)
社会は、すべての官吏に対して、その行政について報告を求める権利をもつ。
第16条(権利の保障と権力分立)
権利の保障が確保されず、権力の分立が定められていないすべての社会は、憲法をもたない。
第17条(所有の不可侵、正当かつ事前の補償)
所有は、神聖かつ不可侵の権利であり、何人も、適法に確認された公の必要が明白にそれを要求する場合で、かつ、正当かつ事前の補償のもとでなければ、それを奪われない。
■フランスの憲法制定 
国王が8月の法令の裁可を遅らせ、パリの食糧事情が悪化したことで、10月4日〜5日にまた民衆の行動が行われます。国王にパンを要求するパリの中央市場、場末街(ばすえがい)の女性達はこの日パリからヴェルサイユへ行進し、宮殿に乱入、国王一家をパリに連れて帰りました。このとき、国民議会もパリに移り、国王と議会はパリの革命的な民衆の監視下におかれることになりました。
この後、91年宮廷と議会の間の調停にたっていた穏健派のミラボーが病死すると、革命の急進化に不安をもったルイ16世とその一家は、6月20日パリを脱出し、王妃マリーアントワネットの母国オーストリアの亡命を計画し行動をおこします。しかい、国境近くのヴァレンヌでこの逃亡は発覚し、国王一家はまたパリに連れ戻されます(ヴァレンヌ逃亡事件)。このことは、民衆にさらに国王への不信を強める原因となりました。
このような、急進的な共和主義者の行動を恐れた議会は、憲法制定による秩序の維持を急ぎました。そこで、91年9月、立憲君主制を定めた憲法が制定されました。
この憲法で、王権は縮小されたましたが、議会が制定した法案の裁可を一定期間拒否をすることができるという「停止的」拒否権をが王に残されました。
この中で、市民はただ市民権だけを享受する受動市民と、政治に参加する資格を与えられた能動市民に分けられることになります。そして、一定の資産を有する市民のみが能市民として選挙権を持つことになりました。
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2005-08-25 日本国憲法
■フランス革命の流れ(その2) 
三部会は1789年5月5日にヴェルサイユで開かれ、その議員の数は、第一・第二身分議員がそれぞれ約300名、第三身分議員が約600名、合計約1200名でした。聖職者議員の中には、改革に理解を示す下級聖職者も多く、第三身分の中には、ミラボーやシエイエス神父など、他の身分から離脱して選出されたものも多くいました。
この、第三身分議員は、自分達こそが国民を代表しているとして、1789年6月17日みずからの会を「国民議会」と宣言します。さらに、6月20日、第三身分議員は議場が閉鎖されたので、宮殿の球戯場に集まり、憲法を制定するまで解散しないことを、ほぼ満場一致で宣誓しました、これを球戯場(テニスコート)の誓いといいます。
国王は、聖職者と貴族に第三身分と合流することを勧告し、国民議会を承認します(6月27日)。このとき、国民議会は正式に憲法制定国民議会と名前を変えて憲法制定にとりかかります(7月9日)。この国民議会の成立は革命的なものでしたが、最終的には国王の承認をえて、法にしたがってつくられたものでしたので、庶民の力だけで作られたものではありませんでした。
このような情勢の中、国王の側で働く役人の人たちは、国王にもっと強硬で、強引な態度をとらせようとしました。その結果、国王は、ヴェルサイユに軍隊を集結させ、財務長官のネッケルを罷免(クビ)にしました(7月11日)。
温厚で優柔不断な国王ルイ16世には、断固とした方針も戦略もありませんでしたが、軍隊の威嚇(軍隊の武力にたいする不安と恐怖)を感じたパリでは,市民の騒ぎが過熱していきました。
7月12日、デモは武器製造書の略奪や入市税関所の放火などの騒乱に変わり、秩序維持のため都市民兵(国民衛兵)が編成されました。7月14日群衆は廃兵院で小銃と大砲を奪い、武器と弾薬があると思われたバスティーユ監獄を襲撃しました。
そして、監獄が占拠された後、革命最初の虐殺がおこなわれ、このときバスティーユ司令官・パリ市長が犠牲となりました。
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2005-08-22 日本国憲法
■フランス革命の流れ(その1) 
旧制度(アンシャン=レジーム)と呼ばれるフランス革命前の社会は、その正当性をほとんど失っていた伝統的な身分制度を残していました。第一身分の聖職者、第二身分の貴族様々な特権を持つのに対して、市民や農民等の第三身分の平民は生産し、経済を支えているにもかかわらずなんらの政治的権利を与えられていませんでした。そんな中、ルイ14世以来宮廷の浪費や戦費、貴族たへの年金などで支出が増え、フランス財政は赤字を累積していきます。さらに、アメリカ独立戦争の援助の20億ルーブルも加わり、革命期前の財政は赤字の危機にありました。
これに対して、ルイ16世は重農主義経済学者のチュルゴー、スイスの銀行家のネッケルなどを財務長官に起用して財政改革を試みました。しかし、この改革は特権身分への課税という改革案だったので、聖職者や貴族の代表からなる名士会に拒否され、聖職者や貴族の反抗を招きます。
その結果、聖職者や貴族は、特権身分の立場から王の絶対権を制限しようと、1614年以来開かれていなかった全国三部会の召集を要求します。さらに、第三身分である平民の異議申し立てもこれに加わり、結果として国王は彼らの間から出た三部会召集の要求を承認することになりました。そして、財政の危機が王政の危機につながっていくことになります。
参考文献
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nikkou
はじめて書き込みいたします。掲載していらっしゃる図版に、とても興味を惹かれました。三者三様の装いで、おもしろいですね。
この図版は、どの本に掲載されているのでしょうか。
教えていただけるとうれしいです。
よろしくお願いいたします。
ヤンウェンリー
nikkouさんコメントありがとうございます。個々の図版は特に本とかはなく、適当に美術関係のものから、関連する図をあちらこちらから拾ったものですので、特定の本とかは特にありません。ただ、美術関連のサイトでは、歴史に関連する多くの絵画がありますので、良ければ一度ご覧になられると良いと思います。ぜひ、またよろしければ、何でもよいので、コメントくださいね。
2005-08-18 日本国憲法
■アメリカの市民革命についての考察 
先日も話をしましたが、このアメリカの市民革命具体的にはアメリカ独立宣言で、現代に言われる人権の内容に近いものができあがりました。
このアメリカ独立宣言には、生命・財産および幸福追求の権利という自然権(法ができる前から天から自然に与えられた権利があるとするもの)・自然法・社会契約論に立つ政府の役割、人民主権、革命権などの、ロックの政治理論に強く影響を受けた思想が述べられています。このことは、後に話をしますが、法の支配という考え方とつながっていきます。
また、そもそもアメリカの独立はイギリスの植民地だったアメリカの、イギリスの議会に対する反発から始まったものです。この当時のアメリカは煙草の栽培等で、経済的にうまくいっていました。ところが、植民地たるアメリカに対して、イギリス本国が高い税金を課すようになりました。そこで、そんな高い税金はとても払えないということで、アメリカに住んでる人々がイギリスとは手を切って独立してしまえということになったわけです。
そこで、アメリカは合衆国として1776年7月4日に独立することになります。その後1787年にアメリカ合衆国憲法ができあがります。
このような動きは、そのままフランス革命に影響していきます。ですから次回ははフランスの市民革命について述べていきたいとおもいます。
■アメリカの政治システム 
アメリカの政治システムはこのアメリカ独立戦争の動きの中で生まれました。ですから、アメリカの政治システムについてもここで説明したいと思います。
先に説明したとおり、植民地たるアメリカに対して、イギリス本国が高い税金を課すようになりました。そこで、そんな高い税金はとても払えないということで、アメリカに住んでる人々がイギリスとは手を切って独立することになります。ですから、アメリカは独立するときには、議会、とくにイギリス議会は信用ならない、とんでもない法律をつくると考えていたのです。このように、議会はそもそも信用ならないという発想がアメリカの独立の根本にはありました。
そこで、アメリカという国は、議会に対していかに歯止めをかけるかという発想があります。最初から、法律をあまりあてにはしていません。議会に歯止めをかけようと、憲法による人権保障を徹底しています。このことが、アメリカの政治の特徴である議会と行政と裁判所は対等であるとする三権分立に現れています。議会とホワイトハウスは対等な関係になっています。
つまり、アメリカ大統領制では、議会とホワイトハウスは真っ向から対立し、抑制し、反発しあう関係にあるということができます。
このように、徹底した三権分立システムを採用していているがアメリカの大統領制というシステムなのです。
これに対して、日本の場合は、議院内閣制を採用していますので、議会である国会で多数を占める第一党の党首が内閣総理大臣になりますから、国会と内閣が密接に繋がっており関連した協力関係にあります。
なぜ、このような違いがあるかといえば、この議院内閣制は実はイギリスから輸入した制度だからです。
このように、日本国憲法は第二次世界大戦、太平洋戦争後、人権部分を含む根本はアメリカから持ってきていますが、統治機構に関するいくつかの部分はイギリスから持ってきているものがあります。つまり、日本国憲法は、各国の憲法の寄せ集めてできています。だから、日本国憲法は難しいといえるのです。日本国憲法は、発想のかなり違うイギリスの議院内閣制とアメリカ憲法の様々なシステムが一緒になっているために、互いに矛盾衝突もあったりして難しいものになっているのです。
ですので、日本国憲法わ勉強するときには各国の憲法と比較しながら、勉強する必要があるため、各国の歴史も知っておく必要があるのです。
参考文献
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2005-08-17 日本国憲法
■市民革命の流れ 
1620年、スチュアート朝の絶対王政から逃れ、信仰の自由を求めてイギリスの清教徒(ピューリタン)が、メインフラワー号に乗ってヴァージニアの北部に渡航し、この時メインフラワー号上で、代議政治の確立を誓約し、その後、1732年までに、13の植民地がアメリカ大陸に成立します。
また、この時同時にフランスもアメリカ大陸での植民地を開始していたので、イギリス、フランスは数回の植民地争奪戦を繰り返し、七年戦争(1756〜1763)では、イギリス人は、フランス人、インディアンを相手に戦い(フレンチ=インディアン戦争)、最終的に勝利をおさめ、1763年のパリ条約でイギリスはカナダ・ミシシッピ川以東を獲得します。
このように。植民地をイギリスや原住民のインディアンからの攻撃から守る必要性から、植民地自体にある程度の自衛力つけさせる必要があったため、ある程度の自由な貿易や製造業をなし、植民地の自治を認めていた。
しかしながら、この七年戦争以後、フランスを排除したイギリス本国は、高い税金を課す等して、植民地に対する規制を強化し始めました。これに、反対する植民地は1774年第1回大陸会議を開き、イギリスの政策に抗議し、イギリス本国との通商を断絶するに至ります。
そして、1775年4月にイギリス本国と殖民地民兵の最初の武力衝突が、ボストン郊外のレキシントンとコンコードで起こり、アメリカ独立戦争が始まります。この、直後の5月、第2回大陸会議で、大陸軍が組織され、ジョージワシントンが最高司令官に任命されます。
その後、1776年7月4日、大陸会議で独立宣言を採択し発布します。これが、有名な、アメリカ独立宣言です。
さらに、1783年に、パリ条約が締結され、アメリカ合衆国の独立がイギリス本国により承認されることになります。
このような、経過を経て、1787年に、アメリカ合衆国憲法が制定されることになります。
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2005-08-16 日本国憲法
■考察 
先日、イギリスにおける市民革命は、人権の発生となる出来事と話ましたが、しかしその内容は現在の我々が知っているような人権の内容とは違っていることに注意する必要があります。
まず、1215年のマグナカルタについては、王に対する諸侯が身分の特権を守るため作成したものであり、庶民のために出されたものではありません。
また、1628年の権利請願についても、ヨーマンと呼ばれた、比較的豊かな農民や、商工業者によりなされたものであり、庶民のためになされたものでありません。
さらに、1689年の権利章典についても、議会の抗争によりなされたものです。つまり、この頃の政治家である貴族やお金を持つ資産家により、自己の権利財産を王権から守るために権利章典は作られたのであり、やはり庶民のために作られたものではありません。
すなわち、このころのイギリスの人権というものは、本当に特定された人々、つまりグレートブリテンとかイギリス本国に住む、しかも貴族達の特権を守るという意味での人権です。ですから、よくイギリスが「人権の母国である」と言われることがありますが、これはあくまで人権というものの考え方の、「きっかけ」が始まったというぐらいにとらえておくほうが、良いかもしれません。
我々の知る本当の意味での人権の内容が登場するのは、18世紀末のアメリカで登場します。しかもこれはイギリスからの独立という形で登場します。
ですから、今度はアメリカの市民革命について見ていきたいと思います。
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2005-08-15 日本国憲法
2005-08-14 日本国憲法
■市民革命の流れ 
それでは、このイギリスの市民革命について説明したいと思います。まず、1215年のマグナカルタが出されます。これは、王に対して諸侯たる貴族が、自分の身分の特権を保障するために作った一番古い憲法と言われているものです。
そして1628年、市民派は権利請願を提出するも、チャールズ1世はこれに反対をしたため、1649年に、専制君主のチャールズ1世を処刑し、自由共和国を宣言して、共和政を成立させます、この一連の動きを清教徒革命(ピューリタン革命)といいます。
しかしながら、この清教徒革命の後に、クロムウェルの率いる独立派の独裁政治が始まり民衆の反感をかい、再び王政復古につながります。具体的には、王党派はクロムウェルの死後、その息子の政治が不評であることに乗じて、1660年フランスに亡命していたチャールズ1世の子チャールズ2世をイギリスへ呼び戻し王政が再び始まる事になります。
もっとも、この後の国王ジェームス2世の政治も専制的であったこと、イギリスの国教とは異なるカトリックの復古を意図しているとの疑惑も合わさって、1688年、議会は一致して、ジェームス2世をフランスに追放し、代わって、王女メアリとその夫であるウィリアム3世を、共同統治の王ととして迎えることになります。そして、この二人の王が、議会が提出した「権利の宣言」を承認し、「権利章典」として発布しました。
そして、この権利章典によって、国王の権利が大幅に制限され、議会が主権を握る立憲王政が確立して、絶対王政は消滅することになります。
この権利章典による革命のことを名誉革命といい、始めの清教徒革命と合わせて、イギリスの市民革命と呼びます。
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2005-08-13 日本国憲法
2005-08-11 日本国憲法
■立憲主義 
このように、みてみると、憲法とは、国家権力を制限して人権を保障するものと言うことがいえます。
このように、憲法で権力を法的に制限して、憲法に基づく政治を行うことを、立憲主義といいます。この、立憲主義に基づく憲法は、人間の権利・自由の保障と、その他広く国家の組織の基本を制度化したものです。
そして、この立憲主義に基づく憲法は二つのことを規定しているといえます。
一つは、国民の権利・自由の保障です。
二つ目は、国民の権利自由を保障するための国家組織の基本としての権力分立制です。このことは、フランス人権宣言(1789年)の16条に「権利の保障が確保されず、権力の分立が定められてない社会は、すべて憲法をもつものではない」と規定されてます。すなわち、権利、人権の保障と権力分立が、立憲主義に基づく近代憲法の核心であることをあらわした規定といえます。
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2005-08-10 日本国憲法
■ドイツ憲法 
先日は、日本国憲法を守べき人は公務員等の権力者であり、国民には守る義務は無いといいました。
では、他の国の憲法も国民が守る義務はないのでしょうか?
実は、ドイツの憲法では、国民に憲法を守れということを強制しています。このこと、少し難しいですが、憲法忠誠といいます。憲法に忠誠を尽くさせるという意味です。
では、なぜドイツ憲法は日本国憲法と異なり、国民に憲法忠誠を強制しているのでしょうか?実は、ここには、ヒットラーで有名なナチス党、ナチズム等の思想が影響しています。ドイツはこのようなナチズムを経験しているので、このナチズムへの反省から、ドイツ憲法は、ドイツ憲法の価値観(ドイツ憲法の価値観は、自由で民主的な基本秩序を憲法の価値としています)を守れ、すなわち、自由とか民主主義を守りなさいと国民にも要求しているのです。
ところが、今まで見てきたように、日本国憲法にはそのような規定はしていません。日本の憲法には、国民に対しては憲法を守れとは言っていないのです。
それでは、なぜドイツ憲法のような憲法忠誠が、日本国憲法には無いのでしょうか?
それは、憲法の本質として、憲法に反対する自由すら国民に与えているほどの、徹底した自由主義を採用しているからというのが、答えだといえます。
何度もいいますが、憲法に反対する価値観を持つことを私達には許されているといえます。このことは、憲法を守る価値観はもちろんのこと、憲法に反対する価値観を持つ人もいるかもしれないので、反対する価値観を持つことも許す徹底した自由主義の憲法だといえます。
このように、憲法を国民に守れとする、ドイツ憲法とは違い、日本国憲法は、憲法99
条により、日本国民ではなく、公務員に対し憲法を守れと規定しているということは、とても重要なことなのでぜひ、覚えておいてください。
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2005-08-09 日本国憲法
2005-08-08 日本国憲法
■憲法尊重擁護義務 
さて、ここでもう一度、憲法を守るべき義務を負うのは誰だったか確認しましょう。前にも述べました憲法99条を見て下さい。
〔憲法尊重擁護の義務〕
第99条
天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。
この条文は、「憲法を尊重し、守りなさい」という条文です。さて、ここで憲法は誰に憲法を尊重し守れと言っていましたか?条文を見ると、「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員」に守れといっています。「公務員」とは、まさに国家権力を持つ側の人達のことです。
そして、ここに「国民」は入ってませんでした。憲法は「国民」に対しては憲法を守れとは言っていません。憲法は誰が守るべきかと言えば、それは「公務員」が守るべきものなのです。すなわち、天皇から始まり、摂政、国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員が守るべきだと条文には書いてあります。
それが、まさに憲法だといえます。ここにいう、公務員は国家権力を持つ側の人たちであると思っておいていいと思います。
このように、公務員に対して憲法を守れといって、憲法は国家権力による人権の制限に対して歯止めをかけているのであり、国民に対して守れと言っているわけではありません。
したがって、憲法というのは、国家権力の側に対して向けられたもの、国家権力の側を規制するものであると解釈(このように考えられるという一定の考え方を「解釈」といいます。)することができます。それが、この憲法99条にはっきり現れていることを知っておきましょう。
したがって、日本の憲法においては、国民は憲法に反対する自由があります。憲法に対して、「こんな憲法は気にくわないから、別の憲法にしたい」とか「新しい憲法に変えたい」ということは国民が持っている自由なのです、ですから国民には、もっと良い憲法にどんどん変えていくことが出来ます。「この憲法を守りなさい」と命令されているのは「公務員」に対してであって、憲法は国民には、憲法を守れとはということが義務付けてはいないのです。
長くなりましたが、これがなぜ国民には、義務を負わせないようにしているのか?に対する答えだといえます。
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2005-08-07 日本国憲法
■憲法の性質 
さて、先日の事例1について、何が問題になるのか?まず、この事例の中では、国会議員の発言に、「多数決で正当な選挙により選ばれたのであるから、どんな法律を作っても国家議員は良いのだ」という内容の発言がありました。
皆さんも、このような体験が無かったでしょうか?例えば、学校の文化際等の行事を決めるときにも、賛成グループと反対グループに分かれたときに、多数決で決めることにし、それに絶対に従わないのいけないとか、皆で多数決で決めた事には必ず従わなければならないとか、このような経験をしたことはあると思います。
このような体験に照らすと、この国会議員の発言もそれと同じで正しい事を言っているとも考えられます。そうだとすると、この国会議員達が作ったこの国家活性維持法にも、国民は従わなければならず、毎年所持金の半分を税金で払うことを強制され、しかもこの事に反対する言論も許されず、これに反対すれば刑罰を課せられることになってもかまわないことにもなりそうです。法が守られない世の中は、法治国家とはいえません。
そもそも、国を統治するということの基本は、権力の行使にあります。権力とは「力」のことです。すなわち、文句を言わさずに従わせること、これが国家を統治することの根本です。国家を統治するということは、文句を言わせずに一定のことを実現することをいいます。
しかし、国家権力で国を統治するわけですが、このような好き勝手にやられた社会が現実となれば、それは、勘弁して欲しいと思うでしょう。特に、国家活性維持法により、国家への批判はしてはならないとなると、私達の日常生活はとても窮屈なものになります。
国家は、国を治めるのに、国民の権利自由を制限する必要がありますが、このように、好き勝手にされたのでは、人権が侵害されて「超ヤバイ〜」というイメージを持つことは誰にでも出来ると思います。
そこで、国家が好き勝手しないようにするために、国家権力の行使に歯止めをかけるもの(国家を制限していくもの)が必要となります。
実は、これが「憲法」なのです。
つまり、法律による人権侵害がなされることの無いように一定の歯止めが必要となり、それこそまさに憲法の役割となのです。
したがって、法律が国民の自由を制限するものであるのに対して、憲法は国家権力の側を制限して国民の自由を守るものなのです。
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とももです
はじめまして、ヤンウェンリーさん。(由来は銀英伝ですか?)
訪問いただきましてありがとうございます。
とても勉強になるページで、ぜひ参考にさせていただきます。
憲法を守らないといけないのは公務員、っていうのは、
伊藤真氏の入門シリーズで読んで初めて知って、
とても驚いた記憶があります。
日本国憲法って結構いい憲法かも、って思いました。
ヤンウェンリー
コメントありがとうございます。名前の由来はその通りです。この銀河英雄伝説という小説は、憲法、自由主義、民主主義のあり方を考えるには、大変参考になる文献です。この中で、ヤンウェンリーは常に自由と民主主義のあり方を模索する姿に大変共感を覚えたので彼の偉業にあやかって、名前をつけました。
憲法は、とてもいい奴です。ぜひ身近な人々に、広めて頂けると嬉しく思います。
2005-08-06 日本国憲法
■憲法の性質 
先日は、なぜ、日本国民には憲法に反対することも出来るのかという質問で終わっていたと思います。その答えの手がかりになるものととして、次のような出来事について考えてみます。
事例1
「 ある年に、近年の不況が続くなか、赤字財政であり、かつ将来の国民健康保険、介護保険などの社会保障費も足りず、少子高齢化が進む非常に深刻な状況が続いていることから、このような状況を脱するため、国家活性維持法が制定された。
この法律の内容は、『大人や子供であることは関係無く、全員毎年所持金の半分を国家の税金として、国に収める事を義務付けるものとし、この法律に違反するものは刑罰を課すものとすること、またこの法律についての国家への批判的な言論を行った者も、厳しい刑罰を課す』というもであった。
その際、ある国会議員は『私たちは、正当な選挙による多数決で選ばれた国民の代表である。法律をつくるという、立法権を持っている。だから、どんな法律をつくることも自由であり、国民はそれを尊守しなければならない。それが、法治国家というものである。』との発言をした。」
さてこの出来事については、何が問題になるでしょうか?これも皆さん一度考えてみてください。
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2005-08-05 日本国憲法
■憲法の性質 
それでは、昨日の続きを始めたいと思います。昨日は憲法99条に書かれている人々がどういう人々であるか?という質問で終わっていたと思います。
これをずばり、答えると、ここに書かれている人々は、国民に対して、権力を行使する人々であって、一言で言えば権力者であるというのがその答えです。
つまり、憲法99条には、日本国民に対して権力を行使する権力者に対して、憲法を守るべきことを条文で規定してあると言うことが出来ます。
そして、もう一つ注目すべきことは、この憲法99条の中には国民とは、一言も書かれてはいません。実は、日本国民である私達は、この憲法を守る義務はありません。それどころか、国民はこの憲法に反対することも出来るのです。
このことも、以外に思うかもしれませが、憲法は権力者には、憲法を護らせる義務を負わせて、国民にはそのような義務は負わせないようにしました。
では、なぜそのように国民には、義務を負わせないようにしているのでしょうか?これもまた一度考えてみてください。
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2005-08-04 日本国憲法
■序章 
今日は憲法について、話してみたいと思います。
まず、憲法は何条まであるか、知っていますか?100条?200条?300条?以外に答えられる人は少ないのではないでしょうか?
答えは、103条までです。以外に少ないと感じるのでは、ないでしょうか?
この憲法は、たった103条しか無いにも関わらず、日本国において、根本規範あるいは、最高規範と言われ、あらゆる法律よりも、強い影響力を持っています。このことを、憲法は法律よりも、優先的な効力を持つという、言い方をします。
では、なぜ、そのような強い効力が憲法にはあるのでしょうか、それをこれから考えて見たいと思います。ちなみに、これから物事を考えていこうとすることを、検討(ケントウ)すると言う言い方をしますので、この先、このように、物事を考えて行こうとするときは、「検討する」という表現を使っていきます。
■憲法の性質 
それでは、また、質問ですが、憲法は一体誰が守らなくてはいけないのでしょうか?多くの人はそれは、日本国民だと、答えるのではないでしょうか?
実は、このことについても、憲法にはしっかりと書かれています。ここで、今もし憲法を見ることが出来る人は、憲法99条というのを観てみてください。(もっていない方は、憲法99条のところをクリックしてみてください。)
ここで、99条を観てくださいと言いましたが、このように〜条と書かれている部分を、「条文」といいます。
話を元に戻しますが、この99条を読んでもらうと、良く分かると思います、そこには「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。」と書かれていると思います。
そうすると、ここをみてわかることは、一言も日本国民とは、書かれていないことが分かります。
これは、一体なぜでしょうか、それは、この条文にヒントがあります。
条文をもう一度読んでもらうと、ここには「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員」という人々が「この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。」と書いてあります。この最後の部分の尊重し、擁護する義務というのは、尊敬して、守る義務を持っていると言う意味です。丁度、学校の規則を守ると言うのと同じ意味です。
そして、この憲法のきまりを守る義務を負うとされている人は「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員」という人々に限定されています。
では、この人々はどのような、人々でしょうか?もっというと、どのような特徴をもつ人々でしょうか?
皆さん一度考えて見てください。
本日の参考文献
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2005-08-03 日本国憲法
■前文 
日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたって自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないようにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。
そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。
これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基づくものである。
われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。
われらは平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永久に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う。
われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであって、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従うことは、自国の主義を維持し、他国と対等関係に立とうとする各国の責務であると信ずる。
日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓う。
2005-08-02 日本国憲法
■第1条 天皇の地位 
天皇は、日本国の象徴であり、日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。
※明治憲法下では、「天皇」が主権者でした。しかし「日本国憲法」においては、「象徴」であることを明らかにしています。「シンボル」といったところです。
■第2条 皇位の継承 
皇位は、世襲のものであって、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する。
※天皇は日本国の「象徴」です。そこで、特殊な地位であることから、代々引き継がれる「世襲」であることをここで確認しています。
更に、国民主権のもと、具体的な規定は、民主的コントロールが及んでいる国会の議決した「皇室典範」の定めることにしています。
■第3条 天皇の国事行為に対する責任 
天皇の国事に関するすべての行為には、内閣の助言と承認を必要とし、内閣が、その責任を負ふ。
※天皇の「国事行為」は、すべて「内閣の助言と承認」を必要とし、その責任は、「助言と承認」をする内閣にあることを定めています。
■第4条 天皇の機能 
(1)天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない。
※何度も言いますが天皇は日本国の象徴です。前条の内閣の助言と承認で国事行為を行うものとし、国政に関する権能がないことを確認してます、
(2)天皇は、法律の定めるところにより、その国事に関する行為を委任することができる。
※天皇は、国事行為を委任できる旨の規定です。
■第5条 摂政 
皇室典範の定めるところにより摂政を置くときは、摂政は、天皇の名でその国事に関する行為を行ふ。この場合には、前条第1項の規定を準用する。
※天皇が成年に達しないとき、また天皇が精神若しくは、身体の重患または、重大な事故によって、国事行為を行うことができない場合には摂政を置くことができます。これは天皇を全部代理します。
■第7条 国事行為 
天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ。
※省令は含みません
2 国会を召集すること。
※常会、臨時会、特別会すべてです。
3 衆議院を解散すること。
※両議院ときたらひっかけで間違いです。
5 国務大臣及び法律の定めるその他の官吏の任免並びに全権委任状及び大使及び公使の信任状を認証すること。
※「認証」です。
6 大赦、特赦、減刑、刑の執行の免除及び復権を認証すること。
※「認証」です。
7 栄典を授与すること。
8 批准書及び法律の定めるところその他の外交文書を認証すること。
※「認証」です。
9 外国の大使及び公使を接受すること。
10 儀式を行ふこと。
2005-08-01 日本国憲法
■日本国憲法 
(昭和二十一年十一月三日憲法)
日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。
日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。
■七 
栄典を授与すること。
■十 
儀式を行ふこと。
■ 第三章 国民の権利及び義務 
■第十二条 
この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。
■3 
栄誉、勲章その他の栄典の授与は、いかなる特権も伴はない。栄典の授与は、現にこれを有し、又は将来これを受ける者の一代に限り、その効力を有する。
■4 
すべて選挙における投票の秘密は、これを侵してはならない。選挙人は、その選択に関し公的にも私的にも責任を問はれない。
第十六条 何人も、損害の救済、公務員の罷免、法律、命令又は規則の制定、廃止又は改正その他の事項に関し、平穏に請願する権利を有し、何人も、かかる請願をしたためにいかなる差別待遇も受けない。
第十七条 何人も、公務員の不法行為により、損害を受けたときは、法律の定めるところにより、国又は公共団体に、その賠償を求めることができる。
第十八条 何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。又、犯罪に因る処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない。
第十九条 思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。
第二十条 信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。
○2 何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。
○3 国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。
第二十一条 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
○2 検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。
第二十二条 何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。
○2 何人も、外国に移住し、又は国籍を離脱する自由を侵されない。
第二十三条 学問の自由は、これを保障する。
第二十四条 婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。
○2 配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。
第二十五条 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
○2 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。
第二十六条 すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。
○2 すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育は、これを無償とする。
第二十七条 すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負ふ。
○2 賃金、就業時間、休息その他の勤労条件に関する基準は、法律でこれを定める。
○3 児童は、これを酷使してはならない。
第二十八条 勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、これを保障する。
○2 財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。
○3 私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる。
第三十条 国民は、法律の定めるところにより、納税の義務を負ふ。
第三十一条 何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。
第三十二条 何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない。
第三十三条 何人も、現行犯として逮捕される場合を除いては、権限を有する司法官憲が発し、且つ理由となつてゐる犯罪を明示する令状によらなければ、逮捕されない。
第三十四条 何人も、理由を直ちに告げられ、且つ、直ちに弁護人に依頼する権利を与へられなければ、抑留又は拘禁されない。又、何人も、正当な理由がなければ、拘禁されず、要求があれば、その理由は、直ちに本人及びその弁護人の出席する公開の法廷で示されなければならない。
第三十五条 何人も、その住居、書類及び所持品について、侵入、捜索及び押収を受けることのない権利は、第三十三条の場合を除いては、正当な理由に基いて発せられ、且つ捜索する場所及び押収する物を明示する令状がなければ、侵されない。
○2 捜索又は押収は、権限を有する司法官憲が発する各別の令状により、これを行ふ。
第三十六条 公務員による拷問及び残虐な刑罰は、絶対にこれを禁ずる。
第三十七条 すべて刑事事件においては、被告人は、公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利を有する。
○2 刑事被告人は、すべての証人に対して審問する機会を充分に与へられ、又、公費で自己のために強制的手続により証人を求める権利を有する。
○3 刑事被告人は、いかなる場合にも、資格を有する弁護人を依頼することができる。被告人が自らこれを依頼することができないときは、国でこれを附する。
第三十八条 何人も、自己に不利益な供述を強要されない。
○2 強制、拷問若しくは脅迫による自白又は不当に長く抑留若しくは拘禁された後の自白は、これを証拠とすることができない。
○3 何人も、自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合には、有罪とされ、又は刑罰を科せられない。
第三十九条 何人も、実行の時に適法であつた行為又は既に無罪とされた行為については、刑事上の責任を問はれない。又、同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問はれない。
第四十条 何人も、抑留又は拘禁された後、無罪の裁判を受けたときは、法律の定めるところにより、国にその補償を求めることができる。
第四章 国会
第四十一条 国会は、国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関である。
第四十二条 国会は、衆議院及び参議院の両議院でこれを構成する。
第四十三条 両議院は、全国民を代表する選挙された議員でこれを組織する。
第四十四条 両議院の議員及びその選挙人の資格は、法律でこれを定める。但し、人種、信条、性別、社会的身分、門地、教育、財産又は収入によつて差別してはならない。
第四十五条 衆議院議員の任期は、四年とする。但し、衆議院解散の場合には、その期間満了前に終了する。
第四十六条 参議院議員の任期は、六年とし、三年ごとに議員の半数を改選する。
第四十七条 選挙区、投票の方法その他両議院の議員の選挙に関する事項は、法律でこれを定める。
第四十八条 何人も、同時に両議院の議員たることはできない。
第四十九条 両議院の議員は、法律の定めるところにより、国庫から相当額の歳費を受ける。
第五十条 両議院の議員は、法律の定める場合を除いては、国会の会期中逮捕されず、会期前に逮捕された議員は、その議院の要求があれば、会期中これを釈放しなければならない。
第五十一条 両議院の議員は、議院で行つた演説、討論又は表決について、院外で責任を問はれない。
第五十二条 国会の常会は、毎年一回これを召集する。
第五十三条 内閣は、国会の臨時会の召集を決定することができる。いづれかの議院の総議員の四分の一以上の要求があれば、内閣は、その召集を決定しなければならない。
第五十四条 衆議院が解散されたときは、解散の日から四十日以内に、衆議院議員の総選挙を行ひ、その選挙の日から三十日以内に、国会を召集しなければならない。
○2 衆議院が解散されたときは、参議院は、同時に閉会となる。但し、内閣は、国に緊急の必要があるときは、参議院の緊急集会を求めることができる。
○3 前項但書の緊急集会において採られた措置は、臨時のものであつて、次の国会開会の後十日以内に、衆議院の同意がない場合には、その効力を失ふ。
第五十五条 両議院は、各々その議員の資格に関する争訟を裁判する。但し、議員の議席を失はせるには、出席議員の三分の二以上の多数による議決を必要とする。
第五十六条 両議院は、各々その総議員の三分の一以上の出席がなければ、議事を開き議決することができない。
○2 両議院の議事は、この憲法に特別の定のある場合を除いては、出席議員の過半数でこれを決し、可否同数のときは、議長の決するところによる。
第五十七条 両議院の会議は、公開とする。但し、出席議員の三分の二以上の多数で議決したときは、秘密会を開くことができる。
○2 両議院は、各々その会議の記録を保存し、秘密会の記録の中で特に秘密を要すると認められるもの以外は、これを公表し、且つ一般に頒布しなければならない。
○3 出席議員の五分の一以上の要求があれば、各議員の表決は、これを会議録に記載しなければならない。
第五十八条 両議院は、各々その議長その他の役員を選任する。
○2 両議院は、各々その会議その他の手続及び内部の規律に関する規則を定め、又、院内の秩序をみだした議員を懲罰することができる。但し、議員を除名するには、出席議員の三分の二以上の多数による議決を必要とする。
第五十九条 法律案は、この憲法に特別の定のある場合を除いては、両議院で可決したとき法律となる。
○2 衆議院で可決し、参議院でこれと異なつた議決をした法律案は、衆議院で出席議員の三分の二以上の多数で再び可決したときは、法律となる。
○3 前項の規定は、法律の定めるところにより、衆議院が、両議院の協議会を開くことを求めることを妨げない。
○4 参議院が、衆議院の可決した法律案を受け取つた後、国会休会中の期間を除いて六十日以内に、議決しないときは、衆議院は、参議院がその法律案を否決したものとみなすことができる。
○2 予算について、参議院で衆議院と異なつた議決をした場合に、法律の定めるところにより、両議院の協議会を開いても意見が一致しないとき、又は参議院が、衆議院の可決した予算を受け取つた後、国会休会中の期間を除いて三十日以内に、議決しないときは、衆議院の議決を国会の議決とする。
第六十一条 条約の締結に必要な国会の承認については、前条第二項の規定を準用する。
第六十二条 両議院は、各々国政に関する調査を行ひ、これに関して、証人の出頭及び証言並びに記録の提出を要求することができる。
第六十三条 内閣総理大臣その他の国務大臣は、両議院の一に議席を有すると有しないとにかかはらず、何時でも議案について発言するため議院に出席することができる。又、答弁又は説明のため出席を求められたときは、出席しなければならない。
第六十四条 国会は、罷免の訴追を受けた裁判官を裁判するため、両議院の議員で組織する弾劾裁判所を設ける。
○2 弾劾に関する事項は、法律でこれを定める。
第五章 内閣
第六十六条 内閣は、法律の定めるところにより、その首長たる内閣総理大臣及びその他の国務大臣でこれを組織する。
○2 内閣総理大臣その他の国務大臣は、文民でなければならない。
○3 内閣は、行政権の行使について、国会に対し連帯して責任を負ふ。
第六十七条 内閣総理大臣は、国会議員の中から国会の議決で、これを指名する。この指名は、他のすべての案件に先だつて、これを行ふ。
○2 衆議院と参議院とが異なつた指名の議決をした場合に、法律の定めるところにより、両議院の協議会を開いても意見が一致しないとき、又は衆議院が指名の議決をした後、国会休会中の期間を除いて十日以内に、参議院が、指名の議決をしないときは、衆議院の議決を国会の議決とする。
第六十八条 内閣総理大臣は、国務大臣を任命する。但し、その過半数は、国会議員の中から選ばれなければならない。
○2 内閣総理大臣は、任意に国務大臣を罷免することができる。
第六十九条 内閣は、衆議院で不信任の決議案を可決し、又は信任の決議案を否決したときは、十日以内に衆議院が解散されない限り、総辞職をしなければならない。
第七十条 内閣総理大臣が欠けたとき、又は衆議院議員総選挙の後に初めて国会の召集があつたときは、内閣は、総辞職をしなければならない。
第七十一条 前二条の場合には、内閣は、あらたに内閣総理大臣が任命されるまで引き続きその職務を行ふ。
第七十二条 内閣総理大臣は、内閣を代表して議案を国会に提出し、一般国務及び外交関係について国会に報告し、並びに行政各部を指揮監督する。
一 法律を誠実に執行し、国務を総理すること。
二 外交関係を処理すること。
三 条約を締結すること。但し、事前に、時宜によつては事後に、国会の承認を経ることを必要とする。
四 法律の定める基準に従ひ、官吏に関する事務を掌理すること。
五 予算を作成して国会に提出すること。
六 この憲法及び法律の規定を実施するために、政令を制定すること。但し、政令には、特にその法律の委任がある場合を除いては、罰則を設けることができない。
七 大赦、特赦、減刑、刑の執行の免除及び復権を決定すること。
第七十四条 法律及び政令には、すべて主任の国務大臣が署名し、内閣総理大臣が連署することを必要とする。
第七十五条 国務大臣は、その在任中、内閣総理大臣の同意がなければ、訴追されない。但し、これがため、訴追の権利は、害されない。
第六章 司法
第七十六条 すべて司法権は、最高裁判所及び法律の定めるところにより設置する下級裁判所に属する。
○2 特別裁判所は、これを設置することができない。行政機関は、終審として裁判を行ふことができない。
○3 すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される。
第七十七条 最高裁判所は、訴訟に関する手続、弁護士、裁判所の内部規律及び司法事務処理に関する事項について、規則を定める権限を有する。
○2 検察官は、最高裁判所の定める規則に従はなければならない。
○3 最高裁判所は、下級裁判所に関する規則を定める権限を、下級裁判所に委任することができる。
第七十八条 裁判官は、裁判により、心身の故障のために職務を執ることができないと決定された場合を除いては、公の弾劾によらなければ罷免されない。裁判官の懲戒処分は、行政機関がこれを行ふことはできない。
第七十九条 最高裁判所は、その長たる裁判官及び法律の定める員数のその他の裁判官でこれを構成し、その長たる裁判官以外の裁判官は、内閣でこれを任命する。
○2 最高裁判所の裁判官の任命は、その任命後初めて行はれる衆議院議員総選挙の際国民の審査に付し、その後十年を経過した後初めて行はれる衆議院議員総選挙の際更に審査に付し、その後も同様とする。
○3 前項の場合において、投票者の多数が裁判官の罷免を可とするときは、その裁判官は、罷免される。
○4 審査に関する事項は、法律でこれを定める。
○5 最高裁判所の裁判官は、法律の定める年齢に達した時に退官する。
○6 最高裁判所の裁判官は、すべて定期に相当額の報酬を受ける。この報酬は、在任中、これを減額することができない。
第八十条 下級裁判所の裁判官は、最高裁判所の指名した者の名簿によつて、内閣でこれを任命する。その裁判官は、任期を十年とし、再任されることができる。但し、法律の定める年齢に達した時には退官する。
○2 下級裁判所の裁判官は、すべて定期に相当額の報酬を受ける。この報酬は、在任中、これを減額することができない。
第八十一条 最高裁判所は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である。
○2 裁判所が、裁判官の全員一致で、公の秩序又は善良の風俗を害する虞があると決した場合には、対審は、公開しないでこれを行ふことができる。但し、政治犯罪、出版に関する犯罪又はこの憲法第三章で保障する国民の権利が問題となつてゐる事件の対審は、常にこれを公開しなければならない。
第七章 財政
第八十三条 国の財政を処理する権限は、国会の議決に基いて、これを行使しなければならない。
第八十四条 あらたに租税を課し、又は現行の租税を変更するには、法律又は法律の定める条件によることを必要とする。
第八十五条 国費を支出し、又は国が債務を負担するには、国会の議決に基くことを必要とする。
第八十六条 内閣は、毎会計年度の予算を作成し、国会に提出して、その審議を受け議決を経なければならない。
第八十七条 予見し難い予算の不足に充てるため、国会の議決に基いて予備費を設け、内閣の責任でこれを支出することができる。
○2 すべて予備費の支出については、内閣は、事後に国会の承諾を得なければならない。
第八十八条 すべて皇室財産は、国に属する。すべて皇室の費用は、予算に計上して国会の議決を経なければならない。
第八十九条 公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない。
第九十条 国の収入支出の決算は、すべて毎年会計検査院がこれを検査し、内閣は、次の年度に、その検査報告とともに、これを国会に提出しなければならない。
第九十一条 内閣は、国会及び国民に対し、定期に、少くとも毎年一回、国の財政状況について報告しなければならない。
第八章 地方自治
第九十二条 地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基いて、法律でこれを定める。
第九十三条 地方公共団体には、法律の定めるところにより、その議事機関として議会を設置する。
○2 地方公共団体の長、その議会の議員及び法律の定めるその他の吏員は、その地方公共団体の住民が、直接これを選挙する。
第九十四条 地方公共団体は、その財産を管理し、事務を処理し、及び行政を執行する権能を有し、法律の範囲内で条例を制定することができる。
第九十五条 一の地方公共団体のみに適用される特別法は、法律の定めるところにより、その地方公共団体の住民の投票においてその過半数の同意を得なければ、国会は、これを制定することができない。
第九章 改正
第九十六条 この憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする。
○2 憲法改正について前項の承認を経たときは、天皇は、国民の名で、この憲法と一体を成すものとして、直ちにこれを公布する。
第十章 最高法規
第九十七条 この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。
第九十八条 この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。
○2 日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする。
第九十九条 天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。
第十一章 補則
第百条 この憲法は、公布の日から起算して六箇月を経過した日から、これを施行する。
○2 この憲法を施行するために必要な法律の制定、参議院議員の選挙及び国会召集の手続並びにこの憲法を施行するために必要な準備手続は、前項の期日よりも前に、これを行ふことができる。
第百一条 この憲法施行の際、参議院がまだ成立してゐないときは、その成立するまでの間、衆議院は、国会としての権限を行ふ。
第百二条 この憲法による第一期の参議院議員のうち、その半数の者の任期は、これを三年とする。その議員は、法律の定めるところにより、これを定める。
第百三条 この憲法施行の際現に在職する国務大臣、衆議院議員及び裁判官並びにその他の公務員で、その地位に相応する地位がこの憲法で認められてゐる者は、法律で特別の定をした場合を除いては、この憲法施行のため、当然にはその地位を失ふことはない。但し、この憲法によつて、後任者が選挙又は任命されたときは、当然その地位を失ふ。
2005-07-28 日本国憲法
■ドイツ憲法 
先日は、日本国憲法を守べき人は公務員等の権力者であり、国民には守る義務は無いといいました。
では、他の国の憲法も国民が守る義務はないのでしょうか?
実は、ドイツの憲法では、国民に憲法を守れということを強制しています。このこと、少し難しいですが、憲法忠誠といいます。憲法に忠誠を尽くさせるという意味です。
では、なぜドイツ憲法は日本国憲法と異なり、国民に憲法忠誠を強制しているのでしょうか?実は、ここには、ヒットラーで有名なナチス党、ナチズム等の思想が影響しています。ドイツはこのようなナチズムを経験しているので、このナチズムへの反省から、ドイツ憲法は、ドイツ憲法の価値観(ドイツ憲法の価値観は、自由で民主的な基本秩序を憲法の価値としています)を守れ、すなわち、自由とか民主主義を守りなさいと国民にも要求しているのです。
ところが、今まで見てきたように、日本国憲法にはそのような規定はしていません。日本の憲法には、国民に対しては憲法を守れとは言っていないのです。
それでは、なぜドイツ憲法のような憲法忠誠が、日本国憲法には無いのでしょうか?
それは、憲法の本質として、憲法に反対する自由すら国民に与えているほどの、徹底した自由主義を採用しているからというのが、答えだといえます。
何度もいいますが、憲法に反対する価値観を持つことを私達には許されているといえます。このことは、憲法を守る価値観はもちろんのこと、憲法に反対する価値観を持つ人もいるかもしれないので、反対する価値観を持つことも許す徹底した自由主義の憲法だといえます。
このように、憲法を国民に守れとする、ドイツ憲法とは違い、日本国憲法は、憲法99
条により、日本国民ではなく、公務員に対し憲法を守れと規定しているということは、とても重要なことなのでぜひ、覚えておいてください。
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2005-07-27 日本国憲法
■憲法尊重擁護義務 
さて、ここでもう一度、憲法を守るべき義務を負うのは誰だったか確認しましょう。前にも述べました憲法99条を見て下さい。
〔憲法尊重擁護の義務〕
第99条
天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。
この条文は、「憲法を尊重し、守りなさい」という条文です。さて、ここで憲法は誰に憲法を尊重し守れと言っていましたか?条文を見ると、「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員」に守れといっています。「公務員」とは、まさに国家権力を持つ側の人達のことです。
そして、ここに「国民」は入ってませんでした。憲法は「国民」に対しては憲法を守れとは言っていません。憲法は誰が守るべきかと言えば、それは「公務員」が守るべきものなのです。すなわち、天皇から始まり、摂政、国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員が守るべきだと条文には書いてあります。
それが、まさに憲法だといえます。ここにいう、公務員は国家権力を持つ側の人たちであると思っておいていいと思います。
このように、公務員に対して憲法を守れといって、憲法は国家権力による人権の制限に対して歯止めをかけているのであり、国民に対して守れと言っているわけではありません。
したがって、憲法というのは、国家権力の側に対して向けられたもの、国家権力の側を規制するものであると解釈(このように考えられるという一定の考え方を「解釈」といいます。)することができます。それが、この憲法99条にはっきり現れていることを知っておきましょう。
したがって、日本の憲法においては、国民は憲法に反対する自由があります。憲法に対して、「こんな憲法は気にくわないから、別の憲法にしたい」とか「新しい憲法に変えたい」ということは国民が持っている自由なのです、ですから国民には、もっと良い憲法にどんどん変えていくことが出来ます。「この憲法を守りなさい」と命令されているのは「公務員」に対してであって、憲法は国民には、憲法を守れとはということが義務付けてはいないのです。
長くなりましたが、これがなぜ国民には、義務を負わせないようにしているのか?に対する答えだといえます。
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ただの軍資金稼ぎのつもりでヤってたんだけど、
パチも負けねーもんだから金が余りまくりっす・・(^^;
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