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じゃぽブログ

公益財団法人日本伝統文化振興財団ホームページ  http://jtcf.jp/

2012年11月21日

文楽「冥途の飛脚」 Blu-ray発売

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マーティ・グロス監督が1980年に制作した文楽映画「冥途の飛脚」のデジタル・リマスター版による国内盤ブルーレイが、本日発売されました。作品内容の詳細は、当財団ホームページ内、文楽「冥途の飛脚」(VZBG-1001)の作品紹介ページをご覧ください。この映画は実際の制作に先立ち全米でテレビ放映されることが既に決定していましたが、その際の制作条件が、全体で90分間という時間の枠組みでした。この制約をマーティ・グロス監督は見事に乗り越え、逆に劇の本質を際立たせることに成功。ジャン=ルイ・バローによるイントロダクションを含めた全90分の作品として完成しました。(今回のブルーレイではジャン=ルイ・バローのイントロダクションは既発売のVHSビデオやDVDに収録されていた英語版ではなく、母国語であるフランス語版〔初出〕を特典映像として収録しています。)


f:id:japojp:20110302173143j:image:right:w180本作品の国内盤発売を検討するために最初にマーティさんとお会いしたのが2009年の夏。それから三年間の長い道のりでした。以前、当ブログでもご紹介したように、2011年のデジタル・リマスター版(日本語字幕付き)の完成以降、本作品はT&Kテレフィルムの配給によって日本各地で上映会が開催されていますが(ホームページ → 映画<文楽「冥途の飛脚」>)、ついにBlu-ray化が実現しました。以前、マーティ・グロス・フィルム・プロダクションが制作し発売していたDVD(2006年)はVHSビデオのマスターを使っていたため、今回のBlu-rayとは、画質・音質ともまったくレベルが異なります。既にDVDでご覧になっている方にも、ぜひ改めて接していただきたい作品に新たに生まれ変わっています。(右上の画像が2006年版DVDのジャケット写真)

参考;当ブログ過去記事
<文楽の映画「冥途の飛脚」>(2011年03月02日)

今回のBlu-rayにはオリジナルの英語字幕の他、日本語字幕が付きます。この英語字幕は、マーティ・グロス監督が「文楽」を映画で表現するに当たって熟考した演出上の重要な要素のひとつです。

この映画では、各カット割が主に太夫の言葉と連動して示されます。したがって、字幕は、作品の内的世界と外見的存在をつなぐ役割を果たすと同時に、情感と意味が絶え間なくせめぎ合って進む劇(ドラマ)の律動(リズム)を見事に構成しています。

また字幕は画面下の固定した黒い枠内に表示されます。──「太夫の声によって語られること、人形遣いによって実際に演じられることの双方を、視覚的にはっきりとしたかたちで分離させたいという理由から、画面の上に字幕を載せないこの方法をとりました。声で語られること、形で示されることが、それぞれの力を持ち得るように、観る側がそれを統合していくことで、我々が『信じていること』を常に想い起こしたい、との願いからです。」(マーティ・グロス)

グロス監督は英語の字幕が入った状態を「オリジナル完成版」と認識しています。ただし、今回の日本盤Blu-rayではオリジナル英語字幕と日本語字幕が選択できるほか、「字幕なし」も選択できるようになっています。


1979年の夏、京都の太秦撮影所の中に文楽の舞台セットを作り上げ、本作は18日間に亙って撮影されました。カメラマンは二人、大正8年生まれで昭和の日本映画界の黄金期を支えた大ベテランの岡崎宏三さんと、マーティ・グロスさんの前作『Potters at Work(陶器を創る人々)』(1976)でも撮影を担当したニューヨーク在住の小林秀昭さん。最初の三日間は太夫と三味線の撮影で、傍らには燃える蠟燭。冷房の音が邪魔なので本番撮影時はスイッチを切り、そこに照明の熱も加わって、スタジオ内は大変な暑さだったそうです。そして残りの15日間はこの録音をオープン・リール・テープで再生しながら、マーティ・グロス監督の演出指示のもと、場面ごとに人形遣いが演じて撮影が続けられました。

この作品の出演者は、太夫、三味線、主要な役の人形遣い全員が、当時そして現在の人間国宝です。本作の撮影に際し、文楽座が普通では考えられない規模で全面的な協力を行なった背景には、マーティ・グロス監督が何度も楽屋を訪れて映画への夢を語った情熱に応えたいと考えた、当時の文楽座のリーダー・竹本越路大夫の存在が大きかったようです。


フィルムによる撮影は細やかな光の陰翳をよく捉えており、昨今の高解像度ビデオの画面とはまったく異なった繊細な奥行きを感じさせる独特な質感を醸し出しています。その雰囲気を以下のキャプチャ画像でご覧ください。

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(ジャケット・カヴァーの写真は映画撮影時のスチールから取ったものです。美しいスチール写真の数々は、本ブルーレイの特典映像内「写真ギャラリー」でご覧いただけます。)


日本盤Blu-rayには、特典として解説書が二冊封入されています。オリジナルの英語解説書(オール・カラー32頁)に加え、充実した内容の日本語解説書(52頁)が附属します(目次の内容は、こちら→ 「じゃぽ音っと」の作品紹介ページに掲載しています)。

英語解説書に掲載されているスーザン・ソンタグのエッセイ「文楽覚え書」の他、文楽を海外に紹介するのに功績のあったバーバラ・C・アダチが文楽の歴史を分かりやすく繙(ひもと)いて解説した「文楽の伝統」(バーバラ・アダチさんが遺した文楽の貴重な資料はコロンビア大学のライブラリーに収蔵されています→ )、そして20世紀最大の文芸批評家のひとりノースロップ・フライと、芸術分野でカナダを代表するジャーナリストのロバート・フルフォード(グレン・グールドと幼馴染みで親友だった)、そしてマーティ・グロス監督による本作および文楽を巡っての鼎談「文楽という芸術」の全訳をはじめ、他にも、武満徹、戸部銀作、マーティ・グロス監督のテキスト、出演者プロフィール等を掲載しています。

この冊子は、文楽が海外でどのように位置づけられ理解されているかを知ることができる点でも、大変興味深いものといえます。スーザン・ソンタグやノースロップ・フライが提示する観点は、日本人が文楽を観る時のものとは異なっているかもしれません。しかし昨今、当の日本人自身が自国の伝統文化と疎遠であるのが一般的状況となっており、そこでは自国の伝統文化に“異文化”として新たに出会うという感覚も最早珍しいとは言えなくなってきています。であるならば、海外から見た日本の伝統文化への考察を知ることも、私たちにとって、なにがしかの意味があるのではないか…。(一頃、日本の芸術をめぐっては、海外で評価されないと国内でも認められないという屈折した状況がありましたが、現在は、それとは別のかたちで、文化を複数の視点から見ることが自然と求められている時代に入ってきているように思われます。)


〔解説書の上手な収納の仕方〕
 ブルーレイ・ケース内に解説書をセットする際、二冊を上手に収納するコツがあります。ケースを開いた左側に、解説書を抑えるツメが上下だけでなく真ん中にもあります。(じつは今回使用できるケースの選択肢が「色」のみで、このタイプのケース以外を選ぶことができませんでした。幅広のケースは最低ロットが1万枚だそうで・・・) まず、日本語解説書をこの上下・真ん中のツメに入れます。次に、その下に英語解説書を滑り込ませます。こうすると、二冊がきれいに収納できます。


〔「特典映像」の詳細〕
ジャン=ルイ・バロー、文楽を語る[フランス語版](2分17秒)〔日本語字幕付き〕
メイキング映像(11分23秒)
フォト・ギャラリー
[人形遣い(22枚)/人形(19枚)/太夫・三味線(26枚)/武満徹・撮影現場(10枚)/大映太秦撮影所にて(18枚)/マーティ・グロス監督とジャン=ルイ・バロー(5枚)]


国内盤ブルーレイ<文楽「冥途の飛脚」>は初回生産数に限りがありますので、お早めにお求めください。もし品切れになった際には追加プレスを行う予定ですが、ただしディスクをアメリカ国内で製造する関係上、品切れ解消まで数ヶ月以上お時間がかかりますことを、あらかじめお断り申し上げます。

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最後に、本作のVHSビデオが東芝EMIから発売された1989年(平成元年)、4月3日(月)の日本経済新聞に掲載された、マーティ・グロスさんが執筆した記事をご紹介します。マーティさんが日本の伝統文化とどのようにして出会い理解しているのかが、とてもよく分かる文章です。


画面に踊る“けれんの魔術”
歌舞伎・文楽……伝統芸術、映画で世界に

マーティ・グロス


◆越路大夫の語りに感銘

大阪・国立文楽劇場で、今日から竹本越路大夫の引退興行が始まるとうかがい、こみあげる寂しさを禁じ得ない。

私が文楽に魅せられたのは、越路さんの声を通じてであったと言っても過言ではない。1978年、「冥途の飛脚」映画化の構想を掘り下げるべく、私は道頓堀の旧朝日座へ足繁く通ったものだった。太夫の語りに耳を傾けつつ、私は太夫のやさしく気品ある顔の千変万化に心打たれた。

その翌年の夏、我々は京都の旧大映スタジオで撮影にかかっていた。文楽協会のほとんど全員が集まった大スタジオは、一部冷房が入っていたものの、汗だくの暑さだった。その場にいあわせたスタッフのほとんどにとって――外国人も日本人も――文楽は全くの未知の世界だった。ところが、越路さんが世評の高い「封印切りの場」を語り出すと、全員が息をのみ、スタジオは完全な静寂に包まれた。近松が、そして文楽の長い歴史が、我々に直接語りかけてきたのだった。

映画「冥途の飛脚」は1980年に完成し、1975年の短編「陶器を創る人々」に次いで、日本で作った私の映画作品第二作目となった。

◆単身来日、見習いに

これに先立つ1970年、カナダの大学に通っていた私は、伝統工芸と芝居にひかれ、日本を訪れたのだった。大学の教育体制から離れたところで“ものづくり”のありようを探ってみたかったのだが、初めての日本で、手がかりといえば友人のそのまた友人の住所を手にしただけの全くの単身。

運良く紹介してくれる人がいて、陶工見習いとして常滑(とこなめ)に住み込めることになった。日中はできる限りこまごまとした作業を手伝い、夜と週末は自分なりにロクロに向かって、手さぐりで学んだ数ヵ月だった。こうした日々の経験は、福岡県・小石原(こいしわら)と大分県・小鹿田(おんた)で五年後に製作した映画「陶器を創る人々」に、文体と骨組みを与えた。

この映画では、陶工たちの日常作業の音やリズムやイメージを、できるだけ純粋に再創造しようと努めた。陶工たちの日常が伝統に導かれている真の姿を写したかったのだ。この伝統ゆえに、我々西洋人が芸術に必須と考えるインスピレーション(ひらめき)は、ここの職人たちにとっては小さな意味しか持たず、それにもかかわらず、彼らはすばらしい芸術作品をつくる。

多くの先達がそうであったように、私も柳宗悦氏と英国の陶芸家バーナード・リーチ氏の著作に感銘を受けていた。映画製作に先立って、私はセント・アイブズのリーチ氏を訪ねた。当時、視力を失い、病身でもあったリーチ氏は日本と西洋、そして双方の持てるものの中から何を交換しあえるか、を語ってくれた。氏は西洋文明がはるか昔に喪失してしまったものを、日本はどこかにまだ秘めていると思われてならないと言われた。

このときリーチ氏から贈られたフィルムは、彼白身が1934年に訪日した際に撮ったもので、浜田庄司、柳宗悦氏とともに各地を回った記録である。貴重な記録フィルムとして、私は今も宝と思って蔵している。

◆猿之助との企画も

そして今、私は歌舞伎の人気者、猿之助丈との企画をあたためている。猿之助の復活狂言は昔から私の興味をそそり、「冥途の飛脚」の撮影準備中にも時間を割いて、歌舞伎座に通い「伊達の十役」のすばらしい舞台に接した。

私が映画で描きたいのは、歌舞伎の豊潤な世界に立つ猿之助である。笑い、活発な動き、舞台にあふれる魔術的なフィーリング……猿之助歌舞伎こそ映画の素材として最高のものであり、西洋の観客にとってもわかりやすくおもしろいものになると信じている。

度重なる猿之助との打ち合わせや、カナダ在住の日本人協力者の助けを借りて、脚本のあらすじを作成した。南北の作品を下敷きにして「ガマの妖術」と名づけたが、歌舞伎の「天竺徳兵衛」、小平次の怪談、「独道中五十三駅(ひとりたびごじゅうさんつぎ)」をからませた内容で、私自身のアイデアとして、ガマの油の口上、浮世絵の行商人など、西洋人の目をひくものを盛り込んだ。

迫跡シーン、水中シーン、火山の噴火、幽霊の復讐、そして特撮……現代映画との差はなく、特撮好きの今日の映画観客は、何世紀もの歴史がはぐくんだ歌舞伎舞台の手作りのからくり特撮にも魅了されることと思う。

この作品はろうそくの灯の下、昔ながらの芝居小屋の設定で撮りたいと思っている。そうすることで、日本や諸外国の観客に、江戸期の歌舞伎のえげつないまでの原初的味わいを伝えられたらと思う。また、この映画はあくまでも娯楽作品であり、歴史の講義とはしない。この点で、猿之助丈と私は完全に同意見である。

企画を煮詰めつつ、私はアメリカとヨーロッパでの、この作品のテレビ放映の計画を進めた。同時に日本ではスポンサーを求めて会合を重ねた。当初、日本の企業は乗り気と見えたのだが、円高が日本経済を根底から変貌させてしまい、今もなお、私はスポンサー探しに身を粉にしている。

そんな中で、ヨーロッパやアメリカでは公開されながら、日本では公開されていなかった「冥途の飛脚」が、ビデオで発売されることになった。越路大夫のほか、織大夫、文字大夫、三味線は鶴澤燕三、清治、人形遣いに吉田玉男、簑助の皆さんと今では見ることのできない豪華なメンバーによる文楽が、越路さんの引退に合わせて、日本の人たちの目に触れるのは、私にとっても大変うれしいことである。

◆西洋にない「伝承」

文楽や猿之助歌舞伎を撮る私に、日本の方は、なぜ西洋人が日本の劇場芸術に関心を持つのかと聞く。いろいろな理由があるとは思うのだが、私が確信しているのは、西洋には、劇場とその技術の中で、日本のものほど永く伝えられ、やすやすと現場で活用されるものがないということだ。西洋人にとっては、古典の上演とは、その度ごとの台本の再検討を意味する。世代から世代へと伝わった遺産といったものには、めったにお目にかかれないのである。

諸外国で敬意を払われている日本の文化遺産を、現代日本が守り育てていくことを私は願う。過ぎし時代から伝えられた膨大な日本の知恵は、今も活力を失わず伝統芸術の世界に生き続け、日本という国の本質を明らかにしてくれる。この企画の実現に着手するその日を私は熱望している。

(映画監督)


記事内に出てくるマーティ・グロスさんがバーナード・リーチ氏から贈られた貴重な映像資料は、その後、2012年(平成24年)にマーティさんの手でDVD化されました(当ブログ過去記事参照→ 「バーナード・リーチの国内盤DVD」2012年07月18日)。

一方、猿之助の歌舞伎映画の企画は、その後の経済不況の影響で制作資金が集まらず、残念ながら実現されていません。

マーティ・グロスさんのプロフィールは、当財団HP「じゃぽ音っと」内の「冥途の飛脚」作品紹介ページの下の方に掲載しています。

(堀内)