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日本ジャーナリスト教育センター / Japan Center of Education for Journalist

2012-04-01

「ニュースほど有力なコンテンツはない」J-CASTニュース編集長が語る成功の条件 参加者報告vol.7

3月3日に東海大学で行った「ジャーナリスト・エデュケーション・フォーラム2012」の参加者報告。第七弾は、イノベーションの大森千明さん(株式会社ジェイ・キャスト取締役社長)による「編集長生活15年〜新聞・雑誌・ネットと転身〜」のセッション。報告は山田竜司さんです。

私は現在WEB媒体で働いている。J-CASTニュースは一読者として楽しんでいたのだが、編集長が「お堅い」イメージの新聞、雑誌の編集長を歴任された人だと知ってまず驚いた。ネットの炎上、のような記事が多い媒体の編集長はよりギークな印象が強かったからだ。
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■AERA編集長からJ-CASTニュースへ
大森氏はAERAの立ち上げに参画し、同誌編集長、週刊朝日の編集長を歴任した後、大学講師やビジネス本の執筆等、幅広く活躍していた。
大森氏とネットの世界を紐づけたきっかけは2000年前後ITバブルの時期、IT企業社長インタビュー本をいくつか作成したことだったという。取材の為にITやネットの世界を勉強し、本を仕上げる中で、漠然とした興味が大森氏をJ-CASTニュースの設立へと導いて行く。
雑誌、新聞での記者経験は、ネット上の新媒体でも生かせるのではないか、という考えはあったものの、具体的な展望はあまりなかった。しかし、創業者メンバーの誘いもあり、とりあえずネットメデイア立ち上げに参画することを決めた。
これは、IT企業社長らが共通して述べていた「成功する人の条件」と同じものだったという。「とにかくやってみて、やったことから楽しみを見つけ、続ける」というものだ。

J-CASTニュースは委託業務として作成した経済ニュースの英語配信を日本語に翻訳して配信するなど、徐々にWeb領域に記事を広げていった。編集体制は大森氏と新入社員、2人でスタート。スタートアップ企業のフットワークの軽さを生かし、無名のメデイアでありながら、いきなり主要銀行各社に質問書を送りつけるような「無謀なこと」もしたという。開設当初媒体の規模は67万PV(ページビュー)だったが、PVは次の月には100万PV、数か月後に500万PVとなった。ブレイクのきっかけはネットの中で起きていることをニュースとして扱ったことだった。

「今でこそ、ネット上での炎上や発言はネット以外の記事と同様に報道されているが、当時(2006年)はそのようなメデイアはほとんどなかった」

ビジネス分野での記事を増やしていくことも考えたが、競合媒体との兼ね合いもあり、「ネットのいま」を中心に書くことにした。その後、ニュースポータルに記事配信をすることで大きく読者を伸ばしていく。当時無名だったJ-CASTニュースがポータルサイトから記事を紹介(フィード)されることにより読者を大きく増やすことに成功した。
ポータルへの記事提供はJ-CASTニュース本体への読者が減るのではないかという懸念もあったという。「当時のポータルサイトに記事提供することにより、多くの読者を獲得できたのでは。新聞や雑誌と違う、WEB媒体ならではのできごとだった」。そして設立当初は無謀とも思われた、目標1億PV、1000万人の読者を達成することができたという。

■新聞記者時代は視点が蛸壺化していた
何故大森氏が編集長を担当した媒体は成功し続けることができたのだろうか。15年間の編集長の生活を振り返ると、「始めから、『これで間違いない』という方向性を決めてしまうのではなくて試行錯誤の上、方針を定めていくことを貫いてきたからだ」という。

これは、午前のセッションのNHK有吉伸人さんも新番組を成功させるコツの部分で仰っていた事だ。「事前に計画は立てるけれど、定量的なデータだけでは判断できない」という事を改めて認識した。十分な計画同様、重要なのは計画通り行かなかった際の「しなやかさ」なのかな、と考えた。
また、大森氏がよく人に聞かれるという新聞、雑誌、ネットの違いに関しては「プラットフォームに違いは有るが、実はニュース記事を作成する仕事の本質はそれほど変わらない。例えば明治時代の新聞は心中の報道をばかりだった。それはその当時の社会の興味がそこにあるからなのだが、現在のJ-CASTニュースもそこまで変わりはない。例えば最近取り上げた記事の(早慶女子で増える「一般職」 「女子を捨てない」働き方)も社会の流れを表している点では同じで、これは雑誌に掲載しても違和感の無い記事だ。1面の大きさで重大さを評価できるのが新聞との一番の違いだ。雑誌の場合はその雑誌によってその編集長のその時の方針で決まる。販売部数がはっきり出るので、一番商業主義的ある。新聞は報道として読者に一番影響がありそうな政治、経済、社会が中心だ。新聞記者時代は視点が蛸壺化してしまっていた。それは付き合う人が一緒だから。付きあっている人との話題以外は下賤なものとして扱われてしまっていた。雑誌は売上がはっきり出るのでそうはいかない。雑誌は重要なことは人に依って違うので自分が面白いことと思ってもらえることをしよう、という点でネットメディアに近い」と説明していた。

■ニュースほど有力なコンテンツはない
新聞を取らない人は増えている。しかし、「取材した記事が読まれる、というニーズは無くなり様がないのではないだろうか。ニュースは日々存在し、異なったものが掲載される飽きの来ないコンテンツ。ニュースを見たいという欲求は根源的なものなのではないか」と語る。
新聞が儲かるビジネスモデルだったこともあり、ニュースを一生懸命作ろうとする人はたくさんいた。そのビジネスモデルが機能しなくなると、記事を作る人がいなくなっていくかもしれない、という懸念は残る。「3つのプラットフォームを渡り歩いた結論は、ニュースほど日々変化がある有力なコンテンツは、なかなか無い。ニュースのニーズが常にあるということだったから」と締めくくった。
(報告:山田竜司)

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