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2016-03-09

研究者が社会を動かした「組体操リスク」問題 10段ピラミッド崩壊の衝撃はネットでどう広がったのか?

研究者の持つ情報は「宝の山」。日本ジャーナリスト教育センター(JCEJ)が3月12日に開催する「ジャーナリスト・イノベーション・アワード2016」の出品者インタビュー第3弾は、「巨大組体操」のリスクを発信し続ける、名古屋大学大学院教育発達科学研究科・准教授の内田良さんです。昨年、ネット空間における内田さんの情報発信は全国的な社会問題へと発展し、今もマスコミや行政を動かす大きな力になっています。「ウェブを通じて、当事者に近づくことができる」と内田さん。インターネットを通じた個人情報発信の可能性について、アワード参加者と一緒に考えたいと話してくださいました。当日は、是非会場で意見を交わしてみてください!

▽動画のインパクトが、世論を喚起した

Q: 今回、「組体操リスクの「見える化」活動 ネット空間における問題の発見から改善まで」で出品して頂きました。とても長いスパンで取り組まれているシリーズですが、改めてこれまでの流れを教えてください。

2014年5月に、ウェブ上にヤフー個人のオーサーとして記事を一本出したのですが、それがかなり反響を呼びました。運動会は春と秋にあるので、季節に合わせてその後も記事を出していき、その度にマスコミが動いてくれました。

そして2015年秋に書いた記事が、本当に世論を喚起しました。それまではどちらかというとまだまだ教育問題の範疇でしたが、この記事をきっかけに、教育問題から社会問題になったと思います。国や行政が動き出したのは、もはやクローズドな教育問題ではなく、社会全体が共有している社会問題だということで、動かざるを得なくなったこともあると思います。

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Q: 記事がそこまで広まったのはなぜでしょうか?

10段のピラミッドが崩れる場面を撮影した動画へリンクを貼ったんです。みんながなんとなく、先入観や経験で「組体操」と呼んでいたものは、この10年ぐらいでかなり変化しています。巨大化と低年齢化が起きているんですね。しかもその巨大なものが崩れて、けが人が出ています。今の子育て世代やネットを使っている30〜40代の人たちが、それを動画という衝撃的な形で目の当たりにしたことで、かなり反響を呼んだと思います。今までそういう動画はありませんでした。

Q: そもそも、どうしてこの問題に取り組もうと思われたのですか?

実は自分から書いたというよりは、組体操事故のことを調べてほしいとツイッター上で注文があったんです。2、3人のフォロワーさんから「今大変なことになっている」という情報を同時に寄せていただきました。僕はそれまではほとんど問題意識はなかったのですが、そこまで言うなら調べてみようと。そこで10段ピラミッドの動画を見て ー それは崩れてはいなかったのですが ー これは大変なことになっていると思いました。僕の出発点も、ウェブ上の動画だったんですね。

さらにいろいろ調べてみると、ブログなどで危険だと書いている人はいたのですが、あくまで個人のブログに留まっていました。そこで、翌日の土曜と日曜はいろんなデータを調べる時間に費やして、月曜には事故件数などのデータも含めた最初の記事を出しました。

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(内田さん提供)

Q: すごくスピード感がありますね。

それもまたウェブの良い所だと思うのですが、ちょうど運動会シーズンの頃だったんです。研究者のペースでやっていたら1年かかるのですが、あまり時間をかけるとまた怪我を放置することになるので…とりあえず分かる範囲だけですぐに情報を出そうと、2日で一気に調べて出しました。それでも、ただ巨大なものを危険だと言うだけでは、研究者としては物足りません。いかに危険か、数字を使って示すことが大事だろうと考え、なるべくエビデンスを用意するようにしました。


▽ウェブを通じて、当事者に近づける

学校では子供が怪我をすると医療費を支払う保険制度があって、その制度から作られているデータ集があります。例えば、陸上競技中に何人が倒れて病院に行ったとか、図工の時間に怪我をして何人が病院に行った、という数字です。その中に組体操の項目もあります。どういうデータが存在するかを分かっている研究者だからこそ、そのデータを取得できたのだと思います。本当は、そういった細かいお役所データを整理して、メディアに伝える人が必要です。研究者は、クローズドなアカデミックの世界で共有することはあっても、それを外に出すことはなかなかありません。

Q: 論文や本と比べて、ウェブで発信することのメリットは何でしょうか。

これまで学会の中には、「象牙の塔」を抜け出てフィールドワークに行くことを重んじる空気がありました。でも、今の時代は閉じこもっていたとしても、ウェブで問題提起をすれば、ストレートに当事者の声が入ってきます。ICレコーダーを持って何時間も歩き回ったり、人づてに当事者を探さなくても、リアルな声を聞くことができる。そこからまた色々なデータの解釈につながっていくので、ウェブを通じて当事者に近くなったことは、僕にとってはすごく大きいです。

当事者だけでなく、学校の関係者や法律家など、色んな人から次々といろんな意見やアドバイスが入ってきます。なので、組体操問題は「自分で考える」というより、次々と入ってくる情報を整理して、自分が持っているエビデンスをくっつけて出していくことで、考えずに進んできたようなところがあります。


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▽ウェブでの活動を通じて感じた責任感

Q: 発信を続けられる中で、記事への反応や周囲の状況に変化はありましたか?

最初の記事の時点では、SNSなどで「よくぞ言ってくれた」という声もありましたが、やっぱり反発の声がものすごく大きかったんです。それでも問題提起を続け、10段ピラミッドが崩れた記事の時には、反発の声は自分の所にはほとんど届かないぐらいになりました。「世論が変わったな」と、すごく肌で実感したんですね。この2年で、徐々に僕に対する反対派が減っていって、みんなが問題を理解するようになってきたと感じます。

また、組体操を全面廃止するという自治体も複数出てきました。その報道を聞いた時、全面廃止はやめてほしい、ということを書きました。リスク研究者は、ゼロリスクを目指すのではなく、高いリスクを減らすのが仕事です。その記事が体育館関係者の心に届き、「この人は組体操の意義を分かってくれているんだな」と理解されたように思います。これは大きな成果で、意見交換したいという連絡も来ています。

Q: 自ら署名活動などのアクションも起こされていますね。

僕は研究者としてやってきたので、正直署名活動は考えてもいなかったし、研究者ってそこまでやるものなのか?と実はずっと思っていました。でも、これだけ自分の情報発信を起点にして世論が高まり、国や行政に改善を訴えるのは誰かと言われたら、僕しかいないだろうと…ウェブでの活動を通じて、責任感のようなものを感じてやりました。


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Q: 今後はどのような活動を予定されていますか?

「これなら安全に出来るのでは」「こういう技は危険だと思う」といったガイドラインの作成に役立つ具体例を出しているところです。5月には運動会がありますし、年度が明ければ学校は運動会の計画を練り始めますので、それまでにできるだけ具体的な情報を出していこうと考えています。また、もう少し先のことになりますが、この活動の結果として事故件数がどれぐらい減ったのか、きちんとまとめて出したいと思っています。


▽研究者からもっと情報を引き出してほしい

Q: アワード出展にあたり、期待されることはありますか?

研究者としてウェブメデイアを活用して情報発信している人はかなり少ないと思います。なぜかというと、そもそも記事の書き方をよく知らないからだと思います。今日あったニュースを専門的な観点から整理して明日出す、というトレーニングを受けている人は多くないと感じます。だから今必要なのは、研究者を活用するためのノウハウではないかと思います。

研究者は情報をたくさん持っている「宝の山」です。それをいかにアウトプットし、世論の形成まで持っていくかということが、今後の日本社会の問題発見と解決においては、すごく大事だと思います。その可能性をみなさんに考えていただきたいし、研究者も考えるべきだし、ウェブメディアも考えてほしい。そうすることで、研究者からもっと情報を引き出してほしいなと思います。

(取材・執筆:齊藤 真菜)


ここでは紹介しきれなかった制作過程や最新の動きなどについて、当日会場で直接質問してみませんか?2015年は、ウェブ上の発信が大きな社会的動きにつながる事例が多くありましたが、ほかにも反響を呼んだ多彩な作品が一堂に会します。普段はなかなか会えない作品の作り手との交流を楽しんでいただけたら嬉しいです。参加チケットはこちらのサイトからお求めいただけます。


これまでの出品者インタビューはこちらから:
「愛とノリ」で人と人をつなげる 「宮崎てげてげ通信」に見るローカルメディアの未来形
「VR」で現場感覚を丸ごと伝える! NHKが最新技術で挑む、ジャーナリズムのイノベーション


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