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日本比較文学会北海道支部

2018-10-14 2018年度第1回日本比較文学会北海道研究会のお知らせ(終了)

◇2018年度 第1回 日本比較文学会 北海道研究会プログラム

2018年10月15日公開

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〈開会の辞〉          テレングト・アイトル(北海学園大学

■研究発表 14:30-16:00
瀧口修造における〈オートマティスム
 
秋元裕子(北海学園大学非常勤講師
司会 平野葵(北海道大学大学院博士後期課程)


序説 谷川俊太郎とポップ・アート

中村三春北海道大学
司会 飛ヶ谷美穂子日本比較文学会理事

<休憩>

■〈比較文学比較文化 名著読解講座 第16回〉16:15-17:15
多和田葉子著『エクソフォニー 母語の外へ出る旅』(岩波書店、2003年)
袁嘉孜(北海道大学大学院博士後期課程)

司会 齊田春菜(北海道大学大学院博士後期課程)
〈閉会の辞〉         日本比較文学会北海道支部長 中村三春北海道大学

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【発表要旨】

〈研究発表〉
瀧口修造における〈オートマティスム

秋元裕子(北海学園大学非常勤講師
 瀧口修造における〈オートマティスム〉について、「『無意識』の自動的な働きを通して、『物質の真実性』=『一層高いレアリテ』を見出そうとする」心の働きであり、()自然の物体によって触発されて、()芸術創作の上での身体の動きによって、()自然現象(雨・雪・雲・風などの動きと形の変化)によって活性化されて、自動的に働き始めることを、筆者は既に明らかにした(秋元裕子「瀧口修造における影像の諸相」『北海学園大学人文論集』第61号、2016年8月)。一方、瀧口自身がその〈オートマティスム〉について深く披瀝したのは、次の引用である。「私自身の内部には、このオートマティスムという認識を普遍的な鍵として考える傾向がいつしか根を張っているのに気付きます。それは前提として想像力やイメージを喚起するための方法ではありません。このほとんど(略・引用者)表出することの不可能に近い、しかし存在する心の自動性が、自然の物理や化学にも存在している」(瀧口修造・粟津則雄往復書簡、初出『思潮』1970年9月、引用『コレクション・瀧口修造(一)』みすず書房1991年、468頁)。これをどのように理解すればいいのか。
 本発表では瀧口における「一層高いレアリテ」に至るまでの心の働きそのものについて、二本の補助線を引きつつ考えを深めてみたい。
 一本目の補助線として、瀧口が慶應義塾大学文学部時代に学んだ英文学から、英国詩人コールリッジ(1772〜1834)の「IMAGINATION」についての考えを検証する。瀧口自身が、コールリッジによる「IMAGINATION」の定義を翻訳・紹介している(瀧口修造浪漫主義と超現実主義」『純粋詩』第1号、1937年)ことを鑑みて、コールリッジに共感し、そこから刺激・着想を得ていたことは疑いない。
 二本目は、現象学バシュラール(1884〜1962)の〈詩的夢想〉である。直接的な影響関係は、明かには認められないにしても、「眺められた世界と夢想によって再創造された世界の弁証法を絶対にまでおしすすめる」(バシュラール著・及川馥訳『夢想詩学思潮社、1976年、243頁)さまを作品において読み取り、外的世界と内的世界との関係性について、特にその晩年現象学的記述に没頭したバシュラール著述を参考にして、瀧口の〈オートマティスム〉の理解を深めたい。

序説 谷川俊太郎とポップ・アート

中村三春北海道大学
 マルセル・デュシャンが男性用小便器に「泉」(Fountain、「噴水」という訳も考案されている)という題名を付してアメリカ独立美術家協会に送りつけたのは1917年4月のことである。こうして拓かれたレディメイド(ready-made、既製品)というジャンルは、20世紀を通じて、いわゆる流用(appropriation)に基づいた制作を本質とする様々な芸術潮流に受け継がれた。文芸もまたその例外ではない。
 『二十億光年の孤独』(1952)で登場し、『六十二のソネット』(1953)ではその原質としての形而上的な構成主義を確立した谷川俊太郎の詩作はその後多彩な展開を見せるが、その中でも〈詩の条件〉自体を詩の中で追究する詩集を点々と発表している。既に『定義』(1975)は百科事典パロディとして詩集を構築し、その冒頭の詩「メートル原器に関する引用」は『世界大百科事典』(平凡社)からの引用であった。この引用による詩の構築とそこにおける〈詩の条件〉の探索を全面化したのが、その名も『日本語のカタログ』(1984)である。冒頭に置かれたタイトル作品は、催馬楽から白秋編童謡集までの、出典を明記した21の〈レディメイド〉の引用から成っている。別の詩「彼のプログラム」に、「問題は『詩的なるもの』と『詩』との関連のさせかただ」とする構想の示唆が見られ、さらに、「画廊にて」には、アンディ・ウォーホルへの引喩が置かれる(「アンディ/殺されそこなったアンディ」)。
 この詩集は、「畸形」に関する百科事典の頁などの写真版、余白に押された足型(文字通りの footprint)、沢野ひとしの絵と組み合わせられた詩「玄関に若い女のひとが……」、前出「彼のプログラム」や散文詩の可能性について語る「散文詩」などのメタ詩、「K・mに」や「女への手紙」などのメッセージ形式の詩、「うぇーべるん」という言葉と人とをめぐる断章集や、「柏崎玲(事務員)」など5人の人物に触れて語る「人達」などの一見雑多な詩が雑然と輯(あつ)められ、最後はいろは形式のアフォリズム集「いろは練習」で閉じられる。この詩集はいったい何なのか。
 本発表は、ポップ・アートなどの流用アート観点から、ネルソングッドマン『世界制作の方法』(1978)の「いつ芸術なのか」を問うた詩人として、谷川を再評価する試みである。

比較文学比較文化 名著読解講座 第16回〉
多和田葉子著『エクソフォニー 母語の外へ出る旅』(岩波書店、2003年)
袁嘉孜(北海道大学大学院博士後期課程)

 エクソフォニーとは、「母語の外へ出た状態一般を指す」。多和田葉子は、この作品の中で、A語でもB語でも書く作家、つまり境界を越える作家になりたいというわけではなく、A語とB語の間に詩的な峡谷を見つけて、その境界の住人になりたいのだと言った。言い換えれば、多和田にとってのエクソフォニーは、母語の外へ出てある一つの外国語の中にいるというより、両言語の間にいる状態と言ってもいいだろう。このような両言語の間で生きる姿勢が、多和田葉子の作品の基盤となる。
 この作品は、主に第一部「母語の外へ出る旅」と第二部「実践編 ドイツ語の冒険」との二つの部分によって構成される。本発表は、まず多和田葉子が自らの体験に基づいて、いかに言語をめぐって語っているのかを検討し、その中で、どのように「世界」と「言葉」と「私たち」を考えているのかを明らかにする。次に、それを具体的にどのようにドイツ語の冒険で実践するのかを考察したうえで、エクソフォニーの概念を求める帰結を探ってみたい。

エクソフォニー――母語の外へ出る旅 (岩波現代文庫)

エクソフォニー――母語の外へ出る旅 (岩波現代文庫)

2018-01-29 2017年度第2回日本比較文学会北海道研究会のお知らせ(終了)

◇2017年度 第2回 日本比較文学会 北海道研究会プログラム

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〈開会の辞〉          種田 和加子(藤女子大学

■研究発表 14:30-16:00

太宰治『新ハムレット』の喜劇的精神

唐 雪(北海道大学大学院博士後期課程)
司会 井上 貴翔(北海道医療大学

小川洋子と〈大人にならない少年たち〉
 ―『猫を抱いて象と泳ぐ』とその周辺―

中村 三春北海道大学
司会 村田 裕和(北海道教育大学

<休憩>

■特別企画 16:15-17:20

著者に聞く 飛ケ谷美穂子『漱石書斎』(慶応義塾大学出版会)をめぐって
聞き手 種田 和加子(藤女子大学


〈閉会の辞〉         日本比較文学会北海道支部長 中村 三春北海道大学

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【発表要旨】

〈研究発表〉
太宰治『新ハムレット』の喜劇的精神
唐 雪(北海道大学大学院博士後期課程)

 太宰治のはじめての本格的長篇小説『新ハムレット』(1941、文藝春秋社)は、題名の通り、ウィリアム・シェークスピア(William Shakespeare, 1564-1616)の四大悲劇の一つに数えられる、全五幕二〇場からなる『ハムレット』(THE TRAGEDY of HAMLET, Prince of Denmark)に題材を仰いだ翻案小説である。
 原作においてハムレットは、作品冒頭での先王の亡霊との対面以降、狂気を装い、あたかも俳優であるかのように振る舞う。また、第三幕第二場における芝居の上演過程において、ハムレットは役者達を指導するなど、演劇に造詣の深い理論家として描かれている。
 一方、太宰は「役者になりたい」(「葉」1934)という俳優願望を抱き、その反映として「火の鳥」(1939)、「花燭」(1939)、『正義と微笑』(1942)など俳優や演劇を扱った、さしずめ役者物とでも言うべき作品群を相次いで書いたのである。
 ところで、『ハムレット』は、単純な悲劇にとどまらず、ノンセンス文学や喜劇的な要素をも同時に持ち合わせている。極めて多面的な性格を持つ作品であることを見落としてはならない。それに対して、『新ハムレット』は、原作において重要な役割を果たす道化役を削除したものの、その代わりに一種の道化役に相当するような登場人物たちが乱舞し、作中の随所に太宰独自の道化的精神が発揮されている。先行研究において、例えば小田島雄志が、『新ハムレット』において「悲劇の日常化」(「新ハムレット―太宰化の過程」、『国文學解釈と教材の研究』1967・11)が行われたと指摘したように、『新ハムレット』は悲劇として捉えられる傾向があった。
 本発表では、『新ハムレット』が持つ喜劇的な面に注目したい。『ハムレット』と『新ハムレット』を比較検証し、太宰がなぜ、そしてどのように『ハムレット』を翻案したかを明らかにする。

新ハムレット (新潮文庫)

新ハムレット (新潮文庫)

小川洋子と〈大人にならない少年たち〉―『猫を抱いて象と泳ぐ』とその周辺―
中村 三春北海道大学

 ウラジーミル・ナボコフチェス小説『ディフェンス』(The Diffence、1964)を訳した若島正との対談「チェス文学 言葉を抱いてチェスの海を泳ぐ」(『文學界』2009.2)によれば、小川洋子は『猫を抱いて象と泳ぐ』(2009.1、文藝春秋)を書いた際、「十八世紀に作られた世界初のチェス機械人形『トルコ人』」の話を若島から聞いた時に「この小説の色んな部分が空から降ってきて、これは書けるな、と思ったんです」と述べている。エドガー・アラン・ポーの「メルツェルの将棋差し」(Maelzel's Chess Player、1936)でも取り上げられた「トルコ人」は、伝説のチェス・プレイヤーで「盤上の詩人」と称されたアレクサンドル・アレクサンドロヴィチ・アレヒンの名に肖ったチェス人形〈リトル・アリョーヒン〉として再生し、この小説の主役となる。だが、それに入るのは「大きくなること、それは悲劇である」と心に刻んで成長することを止めた少年だった。
 一定段階で成長を止める、あるいは大人になる前に死ぬ少年・少女たちを、小川は繰り返し作品において取り上げている。「刺繍する少女」(『刺繍する少女』所収)、「百科事典少女」(『最果てアーケード』所収)、「竜の子幼稚園」(『いつも彼らはどこかに』所収)、さらに『琥珀のまたたき』などがそれである。その起源は、アンネ・フランクアンネの日記』に表された、ホロコーストの惨禍の中で、少年・少女のまま永遠化したアンネとペーターなのだろう。しかし、「八歳の時死んだ私は、どこへ行ったのだろう。[…]いや、やっぱりあの人が言うとおり、死んだ私は私の中にいるのだ。私は死者となった私と一緒にいるのだ」(『原稿零枚日記』)という感覚は解明されなければならない。このたびの発表では、『アンネの日記』とチェス小説との交錯において出現した傑作『猫を抱いて象と泳ぐ』を拠り所にして、小川文芸のこの要素を探ってみたい。

猫を抱いて象と泳ぐ (文春文庫)

猫を抱いて象と泳ぐ (文春文庫)

〈特別企画〉
著者に聞く 飛ヶ谷美穂子漱石書斎』(慶應義塾大学出版会)をめぐって
聞き手 種田 和加子(藤女子大学



 飛ヶ谷美穂子氏の新著『漱石書斎』は、比較文学の基本的な方法としての源泉研究を主軸としており、さらに著者の関心を反映して、英国文人のみならず、ポーランドドイツの作家と漱石との「共鳴」を前面に出している。典拠研究にとどまらずその先にある漱石の面白さ、新しさを知らしめた新著から得るものは大きい。今回、著者に直接うかがう機会をもち、苦労された点、新しく開けた展望などをお話しいただくことにする。聴衆からの率直な質問もまじえて、知的刺激に満ちた時間を作り上げたい。

2017-10-17 2017年度第1回日本比較文学会北海道研究会のお知らせ(終了)

◇2017年度 第1回 日本比較文学会 北海道研究会プログラム

2017年10月17日公開

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〈開会の辞〉          テレングト・アイトル(北海学園大学

■研究発表 14:30-16:00
伊藤恵子「イスカリオテのユダ」における神性と英雄性
 ―イエスとユダの関係から―
 
西岡沙都美(北海道大学大学院修士課程)
司会 平野 葵(北海道大学大学院博士後期課程)


日本と中国におけるW・H・オーデンの影響
 ―中桐雅夫と穆旦(ムーダン)を中心として―

陳セン(北海道大学大学院博士後期課程)
司会 秋元裕子(北海学園大学非常勤講師

<休憩>

■〈比較文学比較文化 名著読解講座 第15回〉16:15-17:15
坂口周著『意志薄弱の文学史―日本現代文学の起源』(慶應義塾大学出版会2016年10月)
齊田春菜(北海道大学大学院博士後期課程)

司会 寺山千紗都(北海道大学大学院博士後期課程)
〈閉会の辞〉         日本比較文学会北海道支部長 中村三春北海道大学

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【発表要旨】

〈研究発表〉
伊藤恵子「イスカリオテのユダ」における神性と英雄性
 ―イエスとユダの関係から―

西岡沙都美(北海道大学大学院修士課程)
 伊藤恵子は、大正・昭和において、翻訳、探偵小説、児童小説などを執筆し、それぞれの分野で大きな影響を与えた作家である。伊藤は、1891年に函館で誕生した。その後、青山学院英文科を経て、1916年2月より3年間渡英している。そして、渡英中に松本泰と出会い、結婚。1923年に夫の松本泰が「秘密探偵雑誌」を創刊すると、自身も中野圭介名義で探偵小説を発表する。また、1937年8月には共訳『ヂッケンス物語』を松本恵子の名で出版し、その後も英文学をはじめとして多くの文学を翻訳している。
 以上のように伊藤は様々な分野にまたがって活躍した。最も大きな影響を与えたと考えられるのは松本恵子の名で出版された翻訳小説である。さらに、伊藤の作品群で触れておかなければならないものとして宗教文学をあげたい。特に重要な作品と考えられるのが1916年2月に『新人』に発表された、「イスカリオテのユダ」である。この小説では、ユダがイエスに付き従い、裏切り、自殺するまでが描かれている。
 イスカリオテのユダは、イエスの弟子の一人でありながらイエスを敵の手に渡した人物である。福音書においてその動機ははっきりと分からず、その死についても描写が分かれている。しかし、西洋におけるユダに対する憎悪の根は深く、生活の場でその名が忌避されたり、悪魔と同義の存在として扱われている。また、文学においてもその傾向は表れている。竹下節子は「ローマ・カトリックが基礎を築いた白人のキリスト教世界ではユダの外見にありとあらゆる醜さが付与された」ことを指摘する。西洋におけるユダは卑怯であり、醜く、救いがたい悪魔なのである。
 しかし、日本文学におけるユダは救いがたい悪魔として描かれていることは少ない。太宰治の「駈込み訴へ」や、有島武郎の「聖餐」などの作品を見てみると、ユダへの眼差しが西洋文学と異なっていることがわかるだろう。伊藤の「イスカリオテのユダ」におけるユダは、イエスの力を信じ、「理想的の王国を此世に建てられる」事を信じる人物として描かれている。
 本発表では、伊藤恵子の「イスカリオテのユダ」におけるイエスとユダの表象について分析し、二人の関係が聖書や他の文学作品との比較において、どのような意味を持っているのか明らかにしたい。

日本と中国におけるW・H・オーデンの影響
 ―中桐雅夫と穆旦(ムーダン)を中心として―

陳セン(北海道大学大学院博士後期課程)
 W・H・オーデン(Wystan Hugh Auden,1907-1973)は、T・S・エリオット(T·S Eliot,1888-1965)に続き、日中の現代詩の発展に大きな影響を及ぼした詩人である。
 日本では、1930年代『新領土』、『セルパン』などの雑誌を通じて、オーデンの新作や動向は素早く報じられた。1940年代、太平洋戦争の勃発によって、海外雑誌の入手は不可能になったため、海外文学を知るための情報源は切断された。戦後、オーデン詩の紹介は再び高揚期を迎えた。特に、荒地派詩人の中桐雅夫(1919−1983)はオーデン詩と詩論(『荒地詩集』1954、1955と『オーデン詩集』1993に収録)を翻訳し、オーデンの詩法を自作に実践した。
 中国では1940年代にオーデンブームが巻き起こった。国立西南聯合大学の教員と生徒を中心にオーデン詩の研究と模倣は盛んに行われた。当時、「九葉派」詩人の穆旦(1918−1977)はこの大学の教員であったエンプソン(William Empson、1906−1984)の授業からオーデンを知り、生涯に渡ってオーデンに私淑する。中国現代詩の歴史において高く評価される穆旦は自作にオーデンに影響されたところが数多く見られる。彼はオーデンの作品55篇(『穆旦訳文集3』2005)を翻訳した。
 オーデンは20世紀の日中現代詩人らによって共通に愛された。彼はいかに両国の詩人に選ばれ、翻訳され、各国詩人の自作に吸収され、そして両国における現代詩の変革を促進したのか。本発表は彼らを日中現代詩人の代表者として取り上げて、オーデンの影響を、1)受容の時代背景と現代詩内部の要請、2)オーデン詩の翻訳の課題、3)オーデン体験と自作の三つの方面から考察する。中桐雅夫と穆旦を対比する上で、日本における「オーデン」と中国における「オーデン」の共通性と差異性を明らかにする。そして、比較文学の視座から日中現代詩の間に存在するコミュニケーションの可能性を論じて試みたい。

比較文学比較文化 名著読解講座 第15回〉
坂口周著『意志薄弱の文学史―日本現代文学の起源』(慶應義塾大学出版会2016年10月)
齊田春菜(北海道大学大学院博士後期課程)

 本書で坂口周が明らかにしたことは、柄谷行人の「『日本近代文学の起源』が不可避的に抱えていた盲点」(『意志薄弱の文学史』一三頁)である。それを明らかにするため「意志薄弱」を軸に近代・現代の日本文学を論じ直した。その基本的な骨格は、「文学の理論的な議論において使用された『曖昧』の変遷を追うこと」(二〇頁)、そして「『曖昧』の系譜を要所要所で裏側から照射して、その全体像を明るみに出し、議論を整理・補強してい」(二一頁)くことである。
 二部構成の本書は、第一部の三章では明治・大正期の作品を扱い、第二部の二章では昭和から現代までを扱っている。目次は次のとおりである。「序章 『曖昧未了』から『意志薄弱』まで」、「第一第一章 運動する写生――正岡子規と映画の論理」、「第二章 催眠、あるいは脳貧血の系譜――夏目漱石から志賀直哉へ」、「第三章 〈気づき〉の神秘主義――内田百けんと夢小説」、「第二部第四章 発声(トー)映画(キー)の時代――横光利一の〈四次元小説〉論」、「第五章 一九六三年の分脈――大江健三郎と川端康成」、「終章 『意志』をめぐる攻防」。
 今回は、坂口の「WEB寄稿『文学的人間の生存戦略』」慶應義塾大学出版会、二〇一七年九月二九日最終確認)といくつかの充実した書評などを参照し、本書の読解を行う。
 なお発表者は、本書が考察の対象とした作家や作品を専門としないため個別の評価について判断することは難しく、読解については限界がある。その限界を踏まえつつ本発表では、「第二部第四章」を中心に考察を試みたい。

2017-02-06 2016年度第2回日本比較文学会北海道研究会のお知らせ

◇2016年度 第2回 日本比較文学会北海道研究会プログラム

2017年2月6日公開

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〈開会の辞〉          飛ヶ谷美穂子日本比較文学会理事

■研究発表 14:30-16:00
司会 梶谷 崇(北海道科学大学)

水村美苗『日本語が亡びるとき』における「酔っぱらい」のエクリチュール
 ―フェティシズムとしての〈日本近代文学〉―

高田知佳(北海道大学大学院修士課程)

琥珀のまたたき』と監禁の終わるとき
 ―小川洋子と『アンネの日記』2―

中村三春北海道大学
<休憩>

■〈比較文学比較文化 名著読解講座 第14回〉16:15-17:00
司会 村田裕和(北海道教育大学

加藤典洋『村上春樹の短編を英語で読む 1979〜2011』講談社、2011年
袁嘉孜(北海道大学大学院修士課程)

〈閉会の辞〉         日本比較文学会北海道支部長 種田和加子(藤女子大学

■臨時総会

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【発表要旨】

〈研究発表〉
水村美苗『日本語が亡びるとき』における「酔っぱらい」のエクリチュール
―フェティシズムとしての〈日本近代文学〉―

高田知佳(北海道大学大学院修士課程)

 水村美苗の『日本語が亡びるときー英語の世紀の中でー』は、二〇〇八年の刊行当時から現在に至るまで、アカデミアを超えて幅広い読者を得てきた。英語が〈普遍語〉として席巻する時代における〈国語〉の危機と意義とを提起した水村の議論は、日本語に限った問題ではなく広く汎用性を持つ。二〇一五年には The Fall of Language in the Age of Englishとして英訳も出版され、その反響は小さくない。
 とりわけ日本国内においては、「国語教育」における「日本近代文学」の扱い方を論じる著者の姿勢をめぐって賛否両論が巻き起こった。むろん議論の内容の性質として、このような共感や反発が日本人読者から起るのはごく自然なことではあるが、こうした読者の反応を本書の事実確認的な側面からのみ説明することには限界がある。本書を支える問題意識は小説風の書き出しで始まるエッセイ部分に凝縮されているが、その重要な主張部分は、著者である「あたし」がほろ酔い状態で日本文学の凋落を嘆いて見せる場面から滑らかに接続されている。同様にエッセイ部分から繋がっている評論部分でも、一見整理されているようで、その論旨の運びはしばしば蛇行している。議論を巻き起こすような内容を扱うテクストにこそ、読み手の感情に訴えかけるようなレトリックが積極的に選び取られていないか目を凝らす必要があるだろう。
 本発表では、水村美苗の『日本語が亡びるとき』を、英訳版および英訳版と同時並行で改訂された増補版の二つのエディションと照らし合わせつつ、これまで「評論」という先入観のもとに看過されてきたその「本音」と「非公式」の言説が同居する「酔っぱらい」のエクリチュールに改めて注目し、水村が用いるところの〈日本近代文学〉なるものの内実を捉え直したい。

琥珀のまたたき』と監禁の終わるとき
小川洋子と『アンネの日記』2―

中村三春北海道大学

 死と消滅の危地から救われたテクスト、博物館的に収集されるアイテムへのフェティシズム、監禁と自己監禁、狂気的な技術者、そして幼体成熟(ネオテニー)、これらが、小川洋子が『アンネの日記』から受け継いだコードであり、〈ホロコーストなきホロコースト文学〉としての小川文芸の様式特徴であった。今回は、以前の発表で取り上げた『猫を抱えて象と泳ぐ』(2009)以後、『琥珀のまたたき』(2015)に至る最近の作品に重点を置いて、再び小川のテクスト様式について論じてみたい。
 秘密警察から逃れて隠れ家に隠れる『密やかな結晶』(1994)や、博物館技師が『アンネの日記』を携行する『沈黙博物館』(2000)以外にも、小川にはホロコーストに関わる挿話が見られる作品がある。『刺繍する少女』(1996)所収の「トランジット」で、祖父は強制収容所の生き残りであり、同様の設定は他にも多い。しかし、『琥珀のまたたき』など、直接そのような言及のないテクストにも、小川の『アンネの日記』およびホロコースト文学体験は認められるのではないだろうか。
 『琥珀のまたたき』は、魔犬を恐れた母によっていわば監禁され、名をオパール・琥珀・瑪瑙と改め、六年八カ月の間、家に籠もりきりとなった姉弟の物語である。ここには容易に監禁のモチーフが見出されるが、改名の由来は『こども理科図鑑』であった。宝玉のアイテムは、ここでは記載され読み取られることによって意味を持つ。このような図鑑・事典的なエクリチュールへの偏愛は、『原稿零枚日記』(2010)の奇妙な物象の続出や、『最果てアーケード』(2012)の「百科事典少女」などとも系列をなす。これらは〈アンネ・コード〉とどのように関わるのか。これは、小川文学の起源と現在とを結びつけようとする試みである。

琥珀のまたたき

琥珀のまたたき

比較文学比較文化 名著読解講座 第14回〉
加藤典洋『村上春樹の短編を英語で読む 1979〜2011』講談社、2011年
袁嘉孜(北海道大学大学院修士課程)



 評論集『村上春樹の短編を英語で読む 1979〜2011』は、加藤典洋が村上春樹の短編作品を英語で読み、留学生を含む学生たちと英語で行った講義を元に、2011年8月に講談社より刊行された。村上春樹の短編作品にアプローチした画期的な村上春樹論である。初出は「群像」2009年9月号から2011年4月号まで連載されたものである。
 本書では、村上春樹の短編作品を発表時期によって、初期、前期、中期、後期の四つに分類し、全80篇のうち、14篇の短編作品を取り上げ、順を追うことで、村上の作品の、ひいては村上自身の、物語や世界に対する態度がどのように変化していったのかを分析する。村上は阪神・淡路大震災と地下鉄サリン事件を契機に、これまで社会に背を向けていたが、現実社会と向き合うようになって、作品の方向性が変わってきたと思われる。要するに「デタッチメントからコミットメント」に転換したのである。ところが、加藤によれば、村上が「デタッチメントからコミットメント」へ転換したわけではなく、むしろ、デタッチメントを徹底した結果、コミットメントにたどり着いたという。
 本書の「序」では、三冊の本からなる日本語の『ねじまき鳥クロニクル』と、一冊の本となった短縮版の英語のThe Wind-Up Bird Chronicleとの違いには、翻訳によって日本語と英語のはざまの問題があると指摘する。その一方、翻訳のテキストを通して、作品がより明らかになることもあると述べる。『ねじまき鳥クロニクル』における「井戸」がその一例である。「井戸」は社会に背を向けるデタッチメントの形象である。このような「井戸」を通して考えれば、村上は「『井戸』を掘って掘って掘って」「デタッチメントの深化の果てに」、井戸の底の方で広がる世界にたどり着き、「コミットメント」につながるようになるという。それ故、村上の作風が「デタッチメントからコミットメント」へ転換したわけではなく、順接であると加藤は主張する。
 今回の「名著読解講座」では、このような順接として現れる「デタッチメントからコミットメント」への変容という加藤の考えから出発し、英訳のテキストと比較しながら、これまでの村上の短編を再考することで『村上春樹の短編を英語で読む 1979-2011』を読み直してみたい。

村上春樹の短編を英語で読む1979~2011

村上春樹の短編を英語で読む1979~2011

2016-06-20 2016年度第1回日本比較文学会北海道研究会のお知らせ(終了)

◇2016年度 第1回 日本比較文学会 北海道研究会プログラム

2016年6月20日公開

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司会 テレングト・アイトル
〈開会の辞〉              中村三春

■研究発表

ビートたけしの笑顔とその影
 ―『戦場のメリークリスマス』をてがかりに―
北海道大学大学院 博士後期課程 井川 重乃

■〈比較文学比較文化 名著読解講座第12回〉

牧野陽子著『〈時〉をつなぐ言葉 ラフカディオ・ハーンの再話文学』について(新曜社、2011年8月)

道都大学 横田 肇

■総会

〈閉会の辞〉              種田和加子

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【発表要旨】

〈研究発表〉
ビートたけしの笑顔とその影
 ―『戦場のメリークリスマス』をてがかりに―

北海道大学大学院 博士後期課程 井川 重乃
 本発表は多面的な活動を行うビートたけし(北野武)の、俳優としての側面を取り上げる。ビートたけしは1983年に映画『戦場のメリークリスマス』(監督・大島渚、以下『戦メリ』)に日本兵・ハラ役で出演し俳優として注目を浴びた。お笑い芸人として活動する彼が、映画に興味を持ち始めたのはこの時だった。
 本作で注目されたのは、ビートたけし演じるハラの笑顔。演技力は素人並みと揶揄されたビートたけしだが、独特な雰囲気と不可思議な笑みを当時の批評家たちは高く評価した。黒沢清は『戦メリ』とその後の北野映画との関連性を指摘し、職業としての「暴力」性と、TVスターとしての「笑顔」が並列する北野映画という構図を読み取り、ビートたけしが「理想化された完全なる人格」(黒沢清「ビート氏の“笑顔”について」『ユリイカ臨時増刊号 北野武そして/あるいはビートたけし』青土社、1998年2月、41頁)という虚像だと結論付ける。黒沢の指摘を踏まえつつ、さらに『戦メリ』のハラという役柄を具体的に検証したい。
 そのためハラの人物設定をとらえなおすことが重要となる。映画の原作はL・ヴァン・デル・ポスト『影の獄にて』(由良君美・富山太佳夫訳、1982年1月、思索社)、原作者の軍役体験を元にして書かれた小説である。登場人物の設定には原作者の他文化理解、また彼と親交の厚かったユングの影響が見られる。
 ハラという男を原作小説から見直し、その後の北野映画で登場するビートたけし演じる役柄との共通項が浮かび上がらせることが本発表の目指すところである。ビートたけしが原作を読んだ可能性は限りなく低いが、映画を通じて汲み取ったハラの人物像が以降の彼の映画製作に影響を与えていることを明らかにする。その影響が北野映画で反復されるビートたけしの「自死」のイメージに、従来言われてきた監督の問題に回収される結論とは別の指摘を導き出せると考えている。

比較文学比較文化 名著読解講座第12回〉
牧野陽子著『〈時〉をつなぐ言葉 ラフカディオ・ハーンの再話文学』について(新曜社、2011年8月)
道都大学 横田 肇

 文学作品は、程度の差はあれ、再話=語り直しに満ちている。それは、シラネ・ハルオ氏の言い方を借りれば、コードの継承と乗り越えであり、作者たちはそれを自身の作品で追求してきた。
 そこで、牧野氏による上記の書であるが、本書はラフカディオ・ハーンの作品の中のコードの継承と乗り越えの諸相、再話の諸相を丹念にたどり、真摯に考察した論考から成る研究書である。
 「はじめに」にあるように、本書での牧野氏のねらいは、「原話をハーンがどのように変容させ、更新したか」、「ハーンの作品において再話文学そのものがどう捉えられているか」、「(他のジャパノロジストとの関係も視野に入れた上で)ハーンが再話文学を通して日本に見出したものはハーンにとってどのような意味をもったのか」、の三点である。そして、この三点が交わる諸相が各章で具体的に論じられるが、その内、第3章、第4章、第5章、第6章、第7章、第9章では『怪談』の諸作品が取り上げられ、おなじみの作品であっても読み方によって新鮮味が出て来るという例となろう。また、第1章ではハーンの日本滞在時の紀行文がエドワード・モースとの比較で考察され、第2章ではマルティニーク時代とその後のハーンとの関係が考察され、第8章ではハーンとチェンバレンとの「浦島伝説」受容をめぐる相違点が述べられ、比較的手薄な分野が取り上げられている。
 筆者はハーンの研究を専門としないが、再話の方法に注目した本書での考察を通し、作品の目の付け所や研究方法の一端が理解され、参考になる点が多い。よって、本書を紹介し、本書を通して皆様といろいろと考えてみたいと思う。学生の皆様にもおすすめの一冊である。