2011-12-22 (木)
■[clip] 文芸批評の起源
日本_「国家社会主義の夢の終わり」(その3) « ガメ・オベールの日本語練習帳v_大庭亀夫の休日
幸徳秋水の大逆事件以降、日本人は、自国に社会においては「当たり障りのないことは自由に言えるが、核心に触れることを述べれば必ず弾圧される」ということを学習した。
【中略】
左翼運動が興隆する1961年、深沢七郎、というギターが上手な小説家が、当時皇太子妃だった美智子妃を実名で登場させて、広場の民衆をF語に近い言葉で口汚く罵る様子を描いたあげく、斬首させてしまう、という小説「風流夢譚」を書きます。
このたいへんに文才に恵まれてはいたが、少し軽躁的なところがあった小説家にすれば、多分、なあーにを気取りやがって、という程度の気持ちで描いた悪戯に近い小説だったでしょう。
ところが、この小説を読んで激昂した日本の「愛国者」達、なかでもそのうち当時17歳だった少年は姿を消して遁走した深沢七郎の身代わりに出版元社長の嶋中鵬二の家を襲撃して社長夫人を重傷を与え、家政婦を殺害する。
身の危険を感じた深沢七郎は、この後4年間を潜行・放浪生活を余儀なくされる。
日本の戦後民主主義の特徴は、「言ってもよいこと」と「言ってはならないこと」があらかじめ決まっていて、物事を実効的に批判することは「言ってはならないこと」に分類される。
言ってはならないこと、すなわち、社会の誰も知っているが問題にするのは社会にとって過酷にすぎるというコンセンサスが存在する「ほんとうのこと」を口に出して指摘した場合は、発言者は必ず日本社会から抹殺されることになる。
その場合、「許容できない暴言である」、日本社会の構成員である人間の「気持ちをふみにじっていて、人間性が疑われる」、あるいは、発言者の生い立ちや行動を詳細にしらべあげていって、あるいは単なるでっちあげで発言者そのものの信頼性を否定する、という日本社会では極端に発達した「排斥の定石」に従って、発言者を排除する。
中国系社会においては、もともと政府のような支配層機構に対しての信頼がまったくないので、支配層のほうは言論を弾圧しなければならないが、日本においては国民(民衆)自体が「日本国」なり「日本社会」なりの「部品」として機能して、異分子を沈黙させる。
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