日本の企業組織の本当の強みはどこにあるのか

とりわけ1980年代までにおいては、世界中で日本的経営に対する憧れや関心が研究の的となっていました。しかし、バブル崩壊および失われた20年という時期においては、日本的経営への関心は薄れ、その代わりに中国などの新興国経営学の関心が大きくシフトしています。振り返るならば、いったい、日本的経営のどこが本当の強みだったのでしょう。今後、その強みをどう生かしていえばよいのでしょう。この点に関して、渡辺(2015)は、広義には日本の大規模組織において踏襲されてきた経営慣行全体を示す「日本的経営」もしくは「日本的企業システム(人事・雇用制度、企業内部の意思決定制度、系列などの企業間取引、企業統治制度)」を分析し、日本型経営の強みと継承すべき価値について分析しています。


渡辺は、日本の大規模組織において踏襲されてきた「日本型経営」は、日本の伝統的な家族制度である「イエ」に由来する部分が大きいと渡辺は指摘します。つまり、「イエ」の制度に由来する組織原理および社会関係の構造が、事実上の家族という単位を超えて、近代的な企業組織に移転されることによって、民間企業の主要な経営慣行が形成されていったのだというのです。そこでは、親族関係にない人々よりなる擬似家族的集団の中で「信頼」が日常的に醸成され、再生産され、「資本」として蓄積されていった。こうして蓄積された信頼と互酬的社会関係が、日本的経営の基盤となったのだと指摘します。。


もう少し詳しく説明しましょう。日本の近代的な大企業は、経営体としては擬似的な「イエ」として形成され、組織内の人間関係および社会関係は擬似的な家族関係として編成されてきたと渡辺は言います。また、日本的な企業組織の組織原理および行動規範は、伝統的な「イエ」家族組織と同様に、儒教倫理の影響を強く受けたものであったとも指摘します。伝統的な日本のイエ制度は、中国や韓国のそれとは異なり、イエの運営にあたって血縁関係へのこだわりが希薄であり、家の存続のために比較的容易に養子を受入れたといいます。そして、たとえ実子があっても、養子に家督相続をさせるケースもあったともいいます。このように、伝統的な日本のイエ制度には、組織維持のための人材選択や適材適所といった合理的要素が内包されていたと考えられます。


そして、日本ではイエ制度に由来する人間関係が、家族という単位を超えて近代的な企業組織に移転されたと渡辺は指摘します。つまり、民間企業の中でも、家族内部で浸透しているのと同じような信頼関係と互酬性規範が形成されていったのだと説くのです。企業は、親族関係に依存することなく疑似家族的な信頼関係を醸成できる中間的共同体(家族と市町村・国家など行政機関との間に存在する共同体)としての役割を果たしてきたのだと言うわけです。また、イエ制度にも影響を与えている儒教が江戸時代に用いられたときに、「忠」(忠誠心)が最も重視されたことが、近代企業におけるサラリーマンが企業戦士として会社に滅私奉公するといった「忠誠心」へと受け継がれたということも渡辺は指摘しています。


また、伝統的な日本型経営では、労使間の人間関係は包括的・家族主義的であり、集団や組織の安定が重視されてきました。その中で、雇用主は従業員の公使にわたる生活の諸局面において従業員の面倒を見るべきだという考え方が強いといえます。また、日本型経営では、階層間の待遇などの格差が少ない平等主義を志向しており、経営者自らが現場に行って従業員と接触するような現場主義も志向してきました。これらの経営的な特徴によって、社内にコミュニティとしての感覚が確立し、従業員が集団や組織に帰属し、同僚や仲間に受容され集団の一部になることに対する「社会的欲求」を満たすようになり、相互扶助と互酬性の規範が定着したことが、日常の協働的な接触を促進し、チームワークを効果的に機能させ、直接的・間接的に組織の目標達成に貢献してきたのだと渡辺は指摘するのです。


さらに渡辺は、伝統的な日本型経営の特徴である長期安定雇用は、息の長い研究開発、とりわけ創造的なイノベーションに向いている面があると指摘します。企業は安心して長期的視点から従業員の能力開発に投資でき、経営者は長期的視座に立った経営をすることが可能になります。また、日本の企業組織における義務としての労働以上の積極的なコミットメントが、社員間の自発的な協力によって可能な知識提供や知識共有を可能にし、単純な金銭的報酬では引き出すことのできない心理的エネルギーを引き出すこともできると渡辺は説きます。日本的な長期安定的な企業間ネットワークとその基盤となる企業間の信頼関係も、将来に対する不確実性を低減し、イノベーションに関する積極的な姿勢を促進するといいます。これは、日本型経営によって企業内に蓄積された社会関係資本のうち、積極的に外に向かう「展開型」の社会関係資本が、外部資源との連携や情報交換を促進し、企業内外でのより幅広い互恵的なシステムを生み出す上で有効に活用したのだと指摘します。


渡辺の主張をまとめるならば、伝統的な家族制度に由来する共同体主義が、資本主義社会において業績を生み出していくための近代的な合理主義、普遍主義と結びついて、日本の企業組織発展の強力な基盤を形成していったのだということなのです。