ダイバーシティとはいったい何か

近年、日本でも企業におけるダイバーシティ・マネジメントの重要性が叫ばれつつあります。実務的には、多くの場合、女性活躍の話題であることが多いと思われますが、ダイバーシティは男女の問題だけではありません。そもそも、ダイバーシティ・マネジメントを効果的に行うためには、「ダイバーシティ(多様性)」とは何かについて適切に理解していることが大前提です。しかし、ダイバーシティは、わかりにくい概念であるため、それがダイバーシティ・マネジメントに関する議論においてしばしば混乱を招くことになります。例えば、組織内のダイバーシティといっても、組織内の人々の性別や国籍や人種が多様であるという話と、組織内の人々の専門知識や職種や経歴が多様であるという話とでは、相当意味合いが異なってきます。ダイバーシティには、異質(⇔同質)、相違(⇔類似)、不合意(⇔合意)、発散(⇔一致)、多様(⇔収束)、不平等性(⇔平等性)といった意味合いが含まれています。


HarrisonとKlein (2007)は、上記のようなダイバーシティ概念の曖昧性を問題視し、ダイバーシティの理解を促進するための分類分けを行いました。まず、HarrisonとKleinは、ダイバーシティを「ある共通する属性X(勤続年数、人種、職務、給料)について、同一ユニット内のメンバー間の相違の度合いを示すもの」と定義したうえで、実は、ダイバーシティには3つの異なる種類があり、ことなる種類のダイバーシティの本質、パターン、測定方法、そしてそれらがもたらす結果はそれぞれ異なることを指摘します。HarrisonとKleinが分類した3つの種類のダイバーシティとは、「分離(separation)」「多様(variety)」「格差(disparity)」です。


分離(separation)は、メンバー間で意見や立場が異なっている様子を指し、水平的な視点からのメンバー間の価値観、信念、態度、意見などの距離を示唆しており、不合意、相反、などの意味を含んでいます。多様(variety)は、情報、知識、経験といった視点からのカテゴリーが異なっている様子を指し、これらの差異が組織内に均等に散らばっている度合いも示しています。格差(disparity)は、メンバー間における給料、地位、権力、ステイタスといった価値のある社会的資産や資源の集中の度合いを指し、極端な例でいえば、少数の特権階級とその他大勢といった垂直的な視点を含みます。したがって、資源や資産がどの程度、不均質、不平等に散らばっているかの度合いを示しています。


分離(separation)に主に関連するダイバーシティの理論としては、類似−魅力(similarity-attraction)理論、社会的アイデンティティ理論、社会カテゴリー理論などがあります。これらの理論は、人々はお互いに似ている場合に惹かれあい、同一グループとしてカテゴリー化してアイデンティティを高め、それゆえにメンバー間の凝集性、信頼、統合が育まれることを示します。分離という意味でのダイバーシティが一番大きいのは、組織やグループ内が真っ二つに分離しているような状態です。それは好ましい状態ではなく、メンバーが皆、同じ価値観であって、意見や態度や類似し、統一感・統合感があり、信頼関係が形成されているような意味でのダイバーシティが小さいほど好ましいということが言えそうです。


多様(variety)に主に関連するダイバーシティの理論としては、情報処理理論やサイバネティクス理論、あるいは生態学的理論や認知理論があります。これらの理論が示唆するのは、一言でいえば、多様であるほど情報が豊富になることのメリットが大きくなるということです。例えば、情報が多様であるほど、創造性が高まったり、適切な意思決定が可能になります。この意味でのダイバーシティが最大ということは、1人ひとりが完全に異なっており、ユニークな視点や発想をするというものです。様々な情報が利用可能になり、それらが組み合わさることで創造性やイノベーションや良い意思決定が可能になるという点において、ダイバーシティが高いほど好ましいということが言えそうです。


格差(disparity)に主に関連するダイバーシティ理論としては、社会的階層の理論、不平等理論などがあります。この意味でのダイバーシティが低いというのは、組織内で重要な社会的資産や資源が均等かつ平等に分配されている様子で、ダイバーシティが高い状態というのは、それらが不均衡、非対称、不平等に分配されており、例えば一部のサブグループに集中しているような状態を指します。重要な富や資産が集中せず、均等かつ平等に分配されるというという意味においてはこの種のダイバーシティは低いほど好ましいといえそうです。


HarrisonとKleinは、上記のようなダイバーシティの分類と解説に基づき、今後、ダイバーシティ理論を発展させていくために重要なポイントを整理して示しています。まず、上記の解説からわかるように、異なる種類のダイバーシティによってその本質もパターンも効果も異なってくるため、ダイバーシティ理論を構築していく際には、どの種類のダイバーシティを扱っているかを明示的に示すことが大切です。また、組織やユニットレベルにおいて、それぞれの種類のダイバーシティが最大であるとはどんな状態でどんな効果をもたらしているのかを図示しながら理論構築を進めることも有用であると指摘しています。また、同一の基準でダイバーシティを議論する際にも、分離・多様・格差の3つの種類がありうることを念頭に置くことも大切だといいます。その他、実証研究においても、ことなる種類のダイバーシティを対象にする場合に、その測定方法などが異なることをきちんと踏まえておくことの重要性もHarrisonとKleinは指摘しています。

参考文献

Harrison, D. A., & Klein, K. J. (2007). What's the difference? Diversity constructs as separation, variety, or disparity in organizations. Academy of Management Review, 32(4), 1199-1228.