こころの寺仁隆寺の日記

2017-03-15

[尊号真像銘文]

「婆藪般豆菩薩論曰」というは、婆藪般豆は天竺のことばなり。震旦には天親菩薩ともうす。またいまはいわく、世親菩薩ともうす。旧訳には天親、新訳には世親菩薩ともうす。論曰は、世親菩薩、弥陀の本願を釈しあらわしたまえる御ことを、論というなり。曰は、こころをあらわすことばなり。この論をば『浄土論』という。また『往生論』というなり。「世尊我一心」というは、世尊は釈迦如来なり。我ともうすは、世親菩薩のわがみとのたまえるなり。一心というは、教主世尊の御のりをふたごころなくうたがいなしとなり。すなわちこれまことの信心なり。「帰命尽十方無碍光如来」ともうすは、帰命は南無なり。また帰命ともうすは、如来勅命にしたがうこころなり。「尽十方無碍光如来」ともうすは、すなわち阿弥陀如来なり。この如来は光明なり。尽十方というは、尽はつくすという、ことごとくという。十方世界をつくして、ことごとくみちたまえるなり。無碍というは、さわることなしとなり。さわることなしともうすは、衆生の煩悩悪業にさえられざるなり。光如来ともうすは、阿弥陀仏なり。この如来はすなわち不可思議光仏ともうす。kの如来は智慧のかたちなり。十方微塵刹土にみちたまえるなりとしるべしとなり。