Hatena::agenda

CSS、HTML、XHTML、XML、DOM、XSLT、XPath、ECMAScript、Python、ウェブユーザビリティ、その他に関連する文書等のリソースを挙げていったりします。より本質的な議論を志向。
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2007-08-22 ウェブサイト運営方針を考える(長文注意)

ウェブサイトを構築する上で、私が最初に読んでおくべきと考えている、オンライン・ハイパーテキストのためのスタイルガイドを久しぶりに熟読し、及びこの文書にリンクしている文書を読み漁った。その中で変わらないURIこそがクール - 徒書は参考になった。

「変わらない」ということがクールなURIであることの必要十分条件。ファイルの拡張子が示されていても、変わらなければクールなのだ。拡張子がなければクールかといえば全くそうとは限らない。例えば止むを得ない事情で、コンテントネゴシエーション等が使えないサーバに移転することになったら? 運営する主体によってクールなURIの形式は変わってくるかもしれない。

個人で運営する以上は、その個人に関する情報がURI、特にhost名に含まれてしまう。結局のところ消失しないPURLを取得しておき、ハイパーリンクはなるべくPURLを用いてInternet Archiveなどのウェブサービスに拾ってもらうことで、リソースの永続性を保っていくしかないのだろうか。

私がPURLを利用し始めたのは6年程前、言葉 言葉 言葉の野嵜さんに紹介されたのがきっかけだった。PURLにおけるtop-level domainというのは所謂TLDとは違い、http://purl.oclc.org/ tld/ の tldの部分をいう(※)。通常の申請ではtop-level domainは得られず、/NET/以下に「sub domain」と呼ばれるものを登録するのだが、PURLの管理者に申請する必要がある。私のときはメールフォームを使用したが今はどうだろう。there is no guarantee that your request will be grantedとあるから、申請しても却下されるケースはあるのだろう。JINTRICKというtop-level domainを申請したときには、why?と聞かれて困ったので、永続的なURIの重要性だの理念だのをつらつら書いて返信したところ、done.と返事が返ってきたのを覚えている。

※日本でこういうことをすると必ず「トップレベルドメインという言葉を誤って使っている云々」という馬鹿馬鹿しい揚げ足取りがやってくるが、単にその文脈における「最上位のドメイン」を意味する言葉なのだから、別にどうということはない。一部の日本人はカタカナで書いたとたんにその言葉の意味を狭義でしか考えなくなるので困る。

将来HTML4.01という形式をXHTML1.1に変更するとして、同じリソースとして同じURIで提供すべきなのだろうか。このあたりの問題を考えるとき、私はどうも拡張可能なXML形式のHTML、すなわちXHTMLの採用について疑念を抱かざるを得ない。たぶんMark Pilgrim氏と同じような理由だろうが、アクセス性を考えてもtext/html形式はまだ必要だと思う。また、数年XHTML(というかXML)を使ってみて、その厳密さから「公開に当たって必ず何らかのCMSを通さなければならない」と確信した。私は既存のCMSがあまり好きではない。というか無駄なものばかり吐くし、使用言語からして嫌いだ。だから自作したものの、それを改善したくなって時間をとられる。そこが時間の無駄遣いのような気がしていた。つまりローカルルールに関する意思決定の連続がである。私はこういったローカルルールとどうやら馬が合わない。

サイト側ですべきことは何だろう。trackbackがWeb2.0だとかなんとか言うひともあるが、私はそうは思わない。そういう文書間の自然な繋がりは第三者が提供すべきものなのではないかな。trackbackさえ辿れば十分というわけではなく、結局その文書に言及している文書を調べるときにはGoogle等のウェブサービスを利用したほうが潤った結果を得られることが多い。文書を提供するサイト、繋がりを提供するウェブサービスといった具合に、分散していたほうがすっきりする。それに大した根拠も示せない持論だが、閉鎖されたネットワークは必ず腐ると思っている。RSSとかtrackbackとか、その仕組みの中だけで完結されるような環境にいると、腐ってくるような気がする。個人的にRSSを提供してくれるサイトの方が有難いけれども、提供がなかったらなかったでアンテナがあるし何とかなるものだ。別に必要じゃない。というわけで決定。色々なサービスを提供しようとしてウェブサイトのインターフェイスをグチャグチャするより、そういったサービスは第三者にやってもらおう。ウェブサービスが潤沢な今、賢い閲覧者は関連文書を見つけることなどたやすい。賢い閲覧者をターゲットにしよう。

結局のところ、HTML文書を公開し、HTMLで可能な限り明示できるものをしっかり明示しておくことによって、既存のニーズの多くに答えることが潜在能力的に可能なんじゃないかと思う。XHTMLの採用は見送り、必要なときだけとする。Tim Berners-Lee信者(謎)としては苦渋の決断だけど。いざってときにはPythonでSAXのようなインターフェイスを経由してHTMLを扱える環境を持っているし、なんとかなるでしょ。

まあこんな調子だから、この世界では絶対に食って行けないわけですよ。もう気持ち悪くて全部とっぱらいたくなってくる。

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