2010-01-24 共和制の魂 その十四
■人民の魂、人民の海
まだ俺が大阪暮らしだった1975、6年頃。
爆弾かなんかでパクられた学生運動崩れは言ったとか。「人民の海なんて無かった」。ぱ〜新聞が書いただけかも知れねえけど。公安のでっち上げ話を。
それはそれ。人民の海はあるさ。おめえ自身人民になりゃあね。くだらねえ観念思い込みで娑婆なめるの止め、人見下すの止め、何もんでもねえ自分になりゃ。真っ当に汗かく中で。打ち込む中で。永年の実感さ。俺の。
労働ってのはこういうもんだと俺は思ってる。真っ当に汗流しゃ、感じたもん大事にして進んで行きゃ、必ず出くわす。ばらさなきゃなんねえ自分に。自分の馬鹿さに。他人の馬鹿さ腹黒さに。時にゃ真っ当さに。どっちも嫌でもあぶり出るさ。感性嗅覚、否応無く身に付く中で。
この手の感性生き方の総体が人民の海=共鳴共感の海だと俺は思ってる。委ねるのはこいつさ。ヒトがヒトとして生きるんなら。
気持ち真っ白にして、ぼ〜っとして、頭でヘタに考えねえで進んできゃ、嫌でも見えてくるもんはある。この感覚大事にするのが人民だと俺は思ってる。
ここからものごと興しゃいいのだ。どの田舎にもけっこういた明治初めの民権親父達も、上っ面、馬鹿右翼の始祖扱いの西郷南洲も、戦後の土建屋、町工場の親父達もみんな同じだったさ。普通のヒトってこと。ヘンな構造ん中、ちょこまか立ち回らねえところの。生身の感性体感で生きたところの。
ヒトも社会も、こいつが核にならなきゃね。へんなセンセイの説教規則、虚構の構造になんか頭垂れてねえで。
無理に決まってるさ。腐れ切った有りもんの中じゃ。どんなにばら播いても思い込めても、右往左往しても。腐った家捨て切れねえ善人共は結局ダシになり、馬鹿既得権が再度のさばるだけ。
またぞろのっそり出てくるさ。善人達が疲れ果てたあと。センセイ面、国家社会の親父面の既得権がね。構造がそうなってるからさ。社会も精神も。
簡単な話。作り直しゃいいんさ。人民の海、真っ当に映し出すもん。制度も仕組みも理念も国歌も国旗も。人民なるわが身に胸張れるもんに。
共鳴共感、義理人情、人の並立、人民民主の共和制万歳。一人ひとりに根ざしたインターナショナリズム万歳。
2010-01-23 土曜の昼のひとり言
■死んでも忘れねえぜ ―土曜の昼のひとり言―
今日の沢田聖子。
http://www.youtube.com/watch?v=WclRs5wq8oI
1991年6月ってば、組織マスコミ・田舎テレビの孫請けフリーター放り出された時。環境データちょろまかしの田舎行政の脅しにびびった、東京もんの天下り野郎の仕業。
不正誤魔化す田舎行政なんかより、平生田舎見下して聞いた風なことぬかし、肝心な時ゃびびって豹変の口先野郎の方に頭に来た。こんなもんだべと分かっちゃいても。
加担し脅し電話かけてきた、天下りまで親の真似っこ、東京仕込みの下請けコバンザメ野郎。ついでにおめえも死んでも忘れねえぜ。低脳田舎マスコミの肩書きちら付かせ、肝心かなめん時きゃするりと逃げた長兄なる男始め、窮地遠巻きで見物のクズ達も。
ろくでもなかったこの時代、素直に作ったってのはいいことさ。歌の話だが。
時代や社会、ぱ〜でんねんに迎合しなくたって、汗流してりゃ最低限食ってける。それでいいのだ。俺も嫁さんも子供達も、こうして今も生きてる。ぴょこんと孫達も生まれて。
共鳴共感、義理人情は必ずあるさ。世の中変わろうが変わるめえが。あっちでぶつかり、こっちでずっこけたって。
毎度お馴染み常套句。共鳴共感、義理人情、人の並立、人民民主の共和制万歳。一人ひとりに根ざしたインターナショナリズム万歳。
2010-01-21 統治法
2010-01-17 今日も一日ひとり言
■ダイヤの雪
朝っぱら。学校の庭で運動した。幾日ぶりで空は真っ青。一面きらきらダイヤの雪。冬場はこうでなきゃいけねえ。
道はテカテカ、氷だらけ。車だとブレーキ効かねえ。貧乏人のぼろタイヤ。
気合いじゃ車は止まらねえけど、今日も一日、根性でやるべぇ。
2010-01-16 共和制の魂 その十三
■小沢一郎がんばれ
この国が、郷土暮らしを富まそうと汗して学校作りした各地地域の人民から教育の主権奪い取り、手前勝手な目的合理性国家の中堅なる人材養成の制度を中核にしたってのは、地場の田舎の学校の昔の資料漁った時に肌身で感じた。
以来、言われたことの処理整頓だけ=人の力の一面だけ突出した宦官頭脳、偏差値頭脳共が不当に持ち上げられ、ピラミッドのヒエラルキーとつるんだ幻想にあぐらかき、不当に威張りくさり、でけえ面して社会かっ歩して来たのは散々見てきた。役人だけじゃねえ、普通のカイシャ、組織マスコミ、さらにはこの手と一線面の左翼、労働運動、市民共の性根の中にも、損得打算の本音と根深く結び付いて居座ってるのを。
小沢一郎はいいとは思わねえ。本音は帝国明治への郷愁だろうと感じるからだ。
だが今俺ははっきり言う。がんばれ小沢。おめえは今、人民主権に向かう流れの中にいる。おめえ自身、好もうが好むめえが。そういうおめえを、宦官共の損得打算、嫉妬ひがみが袋叩きしてるだけなのだ。おめえを多分意図せずそうさせてるのは、田中角栄という人民性の亡霊だ。言われたことはやりました、あとは権謀術策、立ち回り。こいつで威張り腐る宦官、偏差値頭脳、できあいのピラミッド・閨閥等々に載っかるあぐらの人生処世(東京もんの生き方)とは別の位相で生きたところの。
帝国明治のはりぼてに復帰か。人民性を貫くか。ここは一つの正念場。
共鳴共感、義理人情、人の並立、人民民主の共和制万歳。一人ひとりに根ざしたインターナショナリズム万歳。
2010-01-15 朝っぱらのひとり言 ―どこまで行っても人は土着派―
■朝っぱらのひとり言
偏差値仕様の学生共やガクセイ運動のたぐい、何んで駄目かって?
全部が全部、余生に過ぎねえからさ。その後の人生本番が。こいつはどの世代も一緒。今もずっと昔も。
人間、分かったつもりになるのが一番いけねえ。この手のイロハも分からずに、歳だけ食ったべ。知ったつもりで自負だけ抱えて。
どんだけ毒したことかいな。うんこたれ人生が。本番の娑婆を。真っ当な汗を。
三島由紀夫のたぐいも同類さ。活字で飯食うなんて奴のほとんど全部がこの手合い。サラリーマン記者だろうが作家だろうがフリーター、フリーランスだろうがセンセイだろうが。
真っ当な人生の手ざわり知らねえ、知りたくねえ、知るのが怖ええ。何ものでもねえ自分を。
トーキョー村の住人ってこと。雇われ武士=封建サラリーマンと地続きの。帝国明治のピラミッドが作ったところのね。虚構、お手盛り、嘘っぱち、二次世界の住人。
(追伸)
その昔吉本隆明が、丸山真男という東大のセンセイに「ああ、あの土着派ね」とか言われて烈火のごとく怒ったそうだけど、怒るこたぁねえ。土着派さ。普通のニンゲン様は。どこまで行っても。身体肉体(体感感性)へばり付くところの。上昇なんて虚妄あり得ねえところの。
毎度お馴染み常套句。共鳴共感、義理人情、人の並立、人民民主の共和制万歳。一人ひとりに根ざしたインターナショナリズム万歳。
■深夜のひとり言
雪の中寒げいこ。ついさっき雪明かりの中、学校の庭何周か歩いたのと鉄棒程度だけど。
地面ガリガリ。この方が歩きやすい。
情況きつい方が気合入るってのは、身に付いた習性だから仕方ねえ。考えようによっちゃ情けねえが。貧乏根性の一種。
昼間は仕事がてら、娘の赤ん坊の子守。去年の暮れ、里帰りして来てぴょこんと産んだ。
不思議なもん。家ん中明るくなる。赤ん坊いると。
未来ってのはこいつだべ。我々生物にゃ。苦労は当然背負い込むが、いいもんだ。この手の未来。
2010-01-14 共和制の魂 その十二
■[思想・哲学・宗教(自分とは)]組織的近代主義とたぶらかしの道義
小沢一郎を批判追及する立花隆(または検察)見て思い出した。大内兵衛っていう講壇社会主義者。
小児病のエキジビション=東大紛争真っ只中の頃、「東大は滅ぼしてはならない」という雑文を『世界』というアタマの雑誌に書いた。
三島由紀夫が当時、「大内さんが佐藤首相なんかと会って話をするのは、どっちも同じ近代主義者だからだ」という意味のこと言ったのは、まるで正しい。理論ってよりニンゲン様の嗅覚として。
近代主義者ってのは、目的合理主義者だ。ある種の体系、記号、理念、価値観の上に自分を重ねるところの。官僚頭脳ってこと。意識、脳みその構造が。サラリーマン頭脳と言ったっていい。組織的なもんに信を置き、人にゃ信は置かねえ。トータルに人は絶対に見れねえ。感じられねえ。感じても逃げる。
こいつはこの国の駄目さと根深けえとこでつながってると、六十年の人生ではっきりと思う。
三島にしたところで、近代主義者のアタマとそうじゃねえ自分の谷間に落ち込み、この国伝来の虚構―自然でもねえもん人の自然に見せる―とつるんで、解決になんかなりっこねえ馬鹿やったあげく、ろくでもねえ死に方した。
人の心と社会に巣食うこの手の嘘の構造ズバッと切り裂かねえ限り、真っ当な地動説やルネサンスのたぐいは、この国と社会にゃ永遠に来ねえ。
教養リベラルのたぐいは生身の土壇場じゃ必ず逃げる、差別の側に回るってのは、組織(的なもの)に信を置いて人にゃ信を置かねえ―こいつによる。世襲ぱ〜でんねんの二世三世、権力主義者共が虚構の自然持ち出し、道徳だの道義だの国柄だの言い出すのも、進歩が売りの善人共の心のからっぽと対。上っ面の近代化と麻原彰晃的暗愚たぶらかしで出来た帝国明治は、この手の馬鹿と阿呆のつるみ合いの結果だった。
何度だって繰り返すさ。同んなじこと。毎度打算と手ぇ握るこの手の嘘、上っ面がはびこる限りはね。
共鳴共感、疑義人情、人の並立、人民民主の共和制万歳。一人ひとりに根ざしたインターナショナリズム万歳。
2010-01-11 冬晴れの日は一番
■雪の晴れ間のひとり言
http://www.youtube.com/watch?v=Q2dWkC2YRsI
沢田聖子の良さは、自分に素直な歌作るとこだった。
この頃までなのかどうなのか、そこまでは知らねえ。
自分に正直。この延長上にしか見つからねえと俺は思ってる。自分の人生。納得ずくの人生。交換価値の上に転がってるたぐいの幸せがほほえむなんてことは、あんまりねえけど。
この持続がヒトの持続、世代の持続だとすりゃ、道は外さねえ方がいい。損だろうが得だろうが。自分のために。一緒に生きる者達のために。
2010-01-08 共和制の魂 その十一
■共和制の魂 その十一 教養リベラル、娑婆リベラル
結構長く人間やってきた俺が、娑婆で毎度出くわしたパラドックス。リベラル面ほど、本音は科挙学歴、組織の看板、地位立場。土壇場じゃ逃げる。差別する。
単純な話、娑婆でつかんだ生き方じゃねえからさ。護られたもんに過ぎねえからさ。
この嘘突き崩して、それでもリベラル。ぜひ出くわしてえもんだ。
皮肉でも逆説でもねえ。本音さ、俺の。あり得ねえ話じゃねえからね。片鱗共にゃ出くわしたからね。何人も。
リベラルってのは泥んこの娑婆、真っ当に生き抜く根本だ。強さだからね。ほんとは。たぶらかされねえで、たぶらかさねえで生きるってこと。作るってことさ。自分から。
それにゃ真っ当な法則がいる。わが身、肌身で直観するところの。嫌でもリベラルになるさ。嘘っぱちの集団主義。この手と縁切りしなきゃ見つからねえからね。
この国伝来教養主義、朱子学・科挙のセンセイがうやうやしく教えなくたってつかむさ。リベラル。真っ当な奴は。どろんこの娑婆で。
共鳴共感、義理人情、人の並立、人民民主の共和制万歳。一人ひとりに根ざしたインターナショナリズム万歳。
(付記)
人民信じる。イコール自分信じるってことさ。ヘンな尺度でお手盛りしねえ自分。
2010-01-07 共和制の魂 その十
■サルマスコミ
この国のマスコミはサルだ。目先のエサに、上っ面の力に飛びつくだけ。
大事なのは人じゃねえ、がらんどうの御家。封建武士由来のサラリーマンマスコミ。時代の流れ―人民の気持ちの流れつかめねえで、相も変わらず事大主義(自主性を欠き、勢力の強大な者につき従って自分の存立を維持するやり方「広辞苑」)。
民主党がいいなんてのは、これっぽっちもねえ。だが腐れ自民から政権が変わったのにゃ、人民の意識無意識が生んだ必然があると俺は思ってる。よく言われる幕末・明治初期と一緒。
幕末・明治をヒトの主体性の回復に結び付けず、近代化は上っ面だけ、気になるのは見栄体裁、外づらだけの帝国明治の御家万歳に仕立て上げたクズ達の一翼にゃ、政治屋共の周りにたむろした封建武士の食いっぱぐれゴロツキマスコミ、または同じ仲間の人民にゃ威張りたがりの権力迎合一心太助、汗流さねえ馬鹿達の床屋政談「庶民」マスコミがいたと俺は思ってる。今流にゃ前者が読売、後者が朝日なんてば分かりやすいべ。
この手の馬鹿達が花開いたのは、典型的にゃ日露戦争の頃だろ。ほんとのこと伝えずに「庶民」の劣情扇情し、低脳共の日比谷焼き討ちの露払い。以来、見栄体裁の国作りに官民一体。人民民主・自由民権の流れ引く幸徳秋水が、糞マスコミとたもと分かって反戦唱える『平民新聞』創ったのは当たりめえさ。
人民のなんたるかを考えることなく、ヘンテコリンな構造権威にわが身重ねて人民見下し、しったかぶりの説教。人に信を置かず、人の魂に依拠せず、科挙学歴・見栄体裁で仕立て上げられたぱ〜なアタマで迎合。上っ面のアメリカに。官僚制含む明治由来の構造権威に。
解体されなきゃいけねえのはこの手のクズ達と、クズ生み出すエセ自然の腐れ土壌、偏差値万歳教育その他の制度、自立できずに御家にすがる体裁婆あ・金玉無男どもの家族・家庭・社会構造だ。
共鳴共感、義理人情、人の並立、人民民主の共和制万歳。一人ひとりに根ざしたインターナショナリズム万歳。