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タイにおける母語・継承語としての日本語教育研究会

この会では、タイで育つ日本にルーツを持つ子どもたちの幸福を、子どもを取り巻く全ての大人たちが、それぞれの立場から「ことば」を切り口に考えていきます。
ことばの力とは、自分を理解し、人を理解し、社会との関係を拓いていける力のことです。その力を育てるために一人でも多くの方々と一緒に考え、活動していきたいと思います。

2016-09-12

2016年9月セミナー「私とことばと、生きるということ」終了

私とことばと、生きるということ 〜ダブルの学生の声を聴く〜 



日時:2016年9月4日(日)13:00〜16:00
参加者:39名(一般:27名 学生:3名 委員:9名)


日・タイ国際結婚の子どもである大学生たちの生の声を通して、
当事者のライフヒストリーに迫るセミナーを無事に終えることができました。
今回はTくん(大学3年生)とHさん(今春大学卒業)の話を中心に聞きました。
また、会場からもAくん(今春大学卒業)が質問に答えてくれました。

保護者や教育関係者などの参加者からも多くの質問が飛び交い、
会場が一体となった大変活気ある時間を過ごせたのではないかと思います。
参加してくださったみなさま、ありがとうございました。
今回は残念ながらご参加いただけなかった方も、次回ご参加いただけると幸いです。
詳細報告は、後日、掲載致します。

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2016-07-08

第1回ダブルの大学生会「日本人なのに」「日本人だから」

タイトルの言葉、「日本人なのに」「日本人だから」は2016年4月2日に行われた第1回ダブルの大学生会で、最も印象に残った語りです。これらの語りを始めダブルの大学生たちが自分たちについてどのように語ったのか、この日の全体の模様をお伝えします。参加したダブルの大学生はタイの大学で日本語を専攻・副専攻する学生です。
※国際結婚児をダブルと呼んでお伝えします。
参加学生大学専攻移動両親
A(男)S大学
4年
主専攻タイ生まれタイ育ち(移動経験なし)母:日本
父:タイ
B(女)H大学
卒業
主専攻タイ(6歳まで)→日本(11歳まで)→タイ母:タイ
父:日本
C(男)R大学
4年
主専攻日本(6歳まで)→タイ母:タイ
父:日本
D(女)C大学
4年
主専攻日本(8歳まで)→タイ母:タイ
父:日本
E(女)R大学
4年
主専攻日本(10歳まで)→タイ母:タイ
父:日本
F(女)R大学
2年
主専攻アフリカ(2歳まで)→日本(6歳まで)→タイ(18歳まで)→日本(20歳まで)→タイ母:日本
父:タイ
G(男)C大学
4年
副専攻日本(2歳まで)→アメリカ(4歳まで)→日本(6歳まで)→タイ母:日本
父:タイ
H(男)S大学
2年
主専攻日本(7歳まで)→タイ(8歳まで)→日本(10歳まで)
→タイ
母:タイ
父:日本
I(男)R大学
2年
主専攻タイ(2歳まで)→日本(8歳まで)→タイ母:タイ
父:日本
                         (2016年4月2日現在)

今回のWSでは学生たちが「自分を語り、語り合う」場にすることが大きなテーマでした。
そこで彼らの言語使用体を目に見える形にし、お互いの経験をことばにしてもらいました。

日本語(ピンク)
タイ語(青)
英語(黄緑)

〈Iさん〉
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① 自分のマップを説明することでこれまでの自分史を語り、次に
② 「大変だったこと」をテーマにお互いの大変さの経験を語りました。

Dさん〉                        〈Bさん〉
f:id:jmherat:20160707231104p:image:w300:leftf:id:jmherat:20160707231142p:image:w300:right









                             〈Hさん〉
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矢印がついているところが大変だとおもったところです。今回の参加者9人中8人が日本とタイの移動を経験していて、移動したときに「大変だった」の印があります。そこでまず移動によってどんな大変さが起きたと言っているのか、報告します。









■移動で起こった「大変さ」
最も多くでてきたのが、ことばの大変さでした。
(1)言葉
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・親の都合で日本から急にC県に来た時に、環境ががらっと変わってしまった。言葉の面で苦労した。(Hさん)
・小学校低学年の時に、日本人父の定年を期に家族でタイに移住し、ことばがわからなかったので、クラスでビリの成績で、とてもつらかった。(Bさん)

日本でも家庭内でタイ語を使っていた人たちですが、それでもタイの学校に入って苦労します。
学習に必要な言語能力は生活で使う言語能力と少し違います。
学校で必要な言語能力は新しい環境に入って数年必要だと言われています。その数年間はどんな子どもでも苦労します。この子たちのも例外ではありません。(((注参照)))大切なのはその大変さをわかってあげるかどうかです。
ところでIさんはタイへ移動した時より、高校(())から学習言語が変化した方が大変だったといいます。

・中学までは日本人学校へ通っていて、高校からタイの現地校に入ったので、タイ語での授業になかなかついていけなかった。(Iさん)(高校からのタイ語習得例

これも言語環境の変化のよることばの問題です。タイに住んでいて日常会話に苦労していなくても学習言語が変わるとやはり学習のための言語能力習得に数年かかりますから、当人にとって大変なことです。しかし会話に苦労していなければ学習にも問題はないはず、と思うのがモノリンガルで育った一般の人の考えでしょう。

・日本語学科に入ったことで、周りからとても頼りにされ、日本語を教えてあげたりもするようになった。でも、自分が授業中タイ語が分からなくて困っていた時に、友だちに助けてほしいと頼んだら、助けてくれず、見捨てられた気がした。(Iさん)

周囲はIさんが、学習ためのタイ語に苦労していることが理解できません。「学習言語能力」と「生活言語能能力」の違いを教師でも知らず、しゃべれていれば大丈夫なはずと見なされて支援が受けられない場合があります。「学習言語能力」はただその環境にいれば身につくというものではありません。何らかの支援が必要なのです。Iさんはその支援を自分から求めたのに得られず、周囲の無理解は「見捨てられた」辛かった経験として記憶されています。


(2)学校文化
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ことばだけではありません。「タイ人の友達との勉強の仕方が違う。」(Eさん)と、学校が変わったことで学校文化の違いにとまどいます。Eさんの感じた違いが具体的にどんなことだったかは、わかりませんが、「宿題を写しあうことがあたりまえなのがいやだった」「授業中質問したら怒られらた」「けんかしたときの謝り方が違う」などと「ことば」だけでなく、「学校文化」や子ども同士の関係の取り方にも戸惑います。それだけではありません。こどもの世界そのものの変化が大きく彼らにふりかかります。


(3) 自分の世界の喪失
・それまで好きだった漫画やゲームやテレビ番組が突然見られなくなった。(Hさん)

Hさんが、最も印象に残っているエピソードとしあげたものです。子どもにとって、漫画やゲームやテレビ番組など、それまで大好きだったものから突然引き離されてしまい、その楽しかった世界すべてが一気に失われてしまうことは、大人が想像する以上に大きい衝撃だったでしょう。こどもにとって当然あった「今」の世界の喪失は「着れると思っていたS中学の制服が着られないとわかってがっかりした。」(Dさん)というように、漠然とそうなるだろうと思っていた自分の「将来」の喪失にもなるのです。

これまで、移動によって引き起こされた大変さについての語りをみてきました。
しかし、移動の経験のない人も含め全ての参加者が口にした大変さがありました。これはWSに参加した大人たちに最も印象に残った語りでもありました。

■「日本人」という押し付け
「日本人だから」「日本人なのに」
・いい点数をとれば「日本人だから」と言われ、できなければ「日本人なのに」と言われる。(Eさん)
・「日本人なのになんでできないの?」「日本人だからできるのが当たり前でしょう?」と言われるけど、私たちにだって得意なものと苦手なものはある。(Eさん)
・日本人だから日本語ができて当然と思われるけどそれは違うし、日本人だから日本のことを知っていると言われるけどそれも違う。(Hさん)

f:id:jmherat:20160402042105j:image:w360:left「日本人だから」「日本人なのに」と周囲に言われ続けた経験は移動と関係なく全員にあった「大変さ」の経験です。
今回参加したダブルの大学生たちは、学校で日本語を学んでいる人達です。ですから「日本語」の学習や成績を巡って周囲から様々な言われ方をしています。しかし「日本人」なら自然に日本語ができるわけでもないし、日本のことをなんでも知っているわけではありません。また「話す聞く」ができても「読み書き」が苦手なのはダブルの学生たちに共通してある能力の不均一性ですが、それも理解されません。それでもゼロから苦労しているタイの学生たちには「話す聞く」がどのようなレベルであれできる日本語使用者は疎ましかったり羨ましかったりすることでしょう。しかし自然習得してきた日本語だけに「自分が自然と身につけてきた日本語と、学校で勉強する日本語が違う。」(Eさん)とゼロ学習者にはない苦労もあります。またAさんは家庭内で習得した自分の日本語に不安もあり「大学に入って意識的に学びたかった」と言います。
今回の学生は日本語を自然習得する機会のあった人たちです。その人たちがそもそも、何故大学で日本語を勉強しようと考えたのでしょう。先ほど高校でタイ語の学習に苦労したIくんは「大学では少し楽をしたかった。」が動機だったそうです。高校での大変さは「将来の見通しがなくなった」ほどで「大学で自信を持てて今は元気」といいます。彼にとっては日本語は自信を取り戻すためのものでした。またDさんはWS後のインタビューで「日本語で言えるはずだったことばが言えなくなる自分への違和感を解消したかった。」と日本語学習の理由を言っています。このように、彼ら一人一人の日本語学習の動機もそれぞれ違うのです。それぞれに決して一括りされたくない様々な思いや経験があるのに押し付けられる枠づけ。その理不尽さが移動の有無に関係なく彼らが感じた「大変さ」の経験でした。

今回「大変だったこと」を軸に語ってもらいました。話題は大きく
移動による言語と文化の環境の変化
周囲の「日本人」という決めつけの理不尽さ
この二つでした。今後はさらにこれらの経験の詳細を細やかに聞き取って行きたいとおもいます。


さて、今回のWSでは学生たちが「自分を語り、語り合う」場にすることが運営側の大きなテーマでした。彼ら自身がこの場をどう感じたか、最後に彼らの感想を聞きました。

f:id:jmherat:20160402185602j:image:w360:left・問題は自分だけじゃないと思った。同じようなことを考えている人もいるんだと実感した。また来たい。(Aさん他)
・ダブルの仲間に会えることはめったにないので、意見や思いを話し合えることでとても勉強になりましたし、貴重な経験になりました。(Cさん他)

同じ背景の人が近くにいたとしても、ダブルだからこその問題について話せるわけではありません。ですから、話すことができる場と状況をいかにつくるか大きな課題でした。今回は、マップ作成という作業とマップという経験の視覚化で一気に対話が起こりました。このような場を企画する重要性を痛感しました。
また参加学生たちはWSの最後に、これからも会う機会を作っていきたいと連絡先を交換し、ダブルの学生の会ができました。ダブルの学生同士が集い、自分たちの話をする。ただそれだけでも大きな出会い、大切なものが見える「場」になるはずです。学生たちが自分たちの「場」をつくっていくことを願っています。
今回のこのWSは運営委員を中心に非公開で行いました。9月には当事者の声を聴く公開勉強会を予定しています。是非大勢の方々に学生たちの声を直接聞いていただきたいと思います。

IMHERAT 運営委員

2016-04-03

2016年4月第1回ダブルの大学生会開催のご報告

日時:2016年4月2日14:00〜17:00
場所:American School of Bangkok 幼稚園部


昨日、第1回ダブルの大学生会を開催いたしました。
現在、タイの大学で日本語を専攻・副専攻する学生の中で、日本とタイの国際結婚の子どもたち、ダブルの大学生が増えています。その学生たちが知り合うきっかけを作ること、また彼らの今までの人生と、今を知ることを目的に、運営委員を中心に開催いたしました。初めは初対面の者同士、緊張した面持ちで始まりましたが、すぐに打ち解け、それぞれの人生を語りながら、互いに共感し、互いに驚き合い、あっという間に会を終えました。

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2016年1月ワークショップのご報告

2016年1月31日に行われた、ワークショップの報告をします。今回は、前回8月に行われたワークショップと同じテーマで行いましたが、前回よりもしっかり話をする時間を設けたこともあり、参加者同士活発に意見が交わせたのではないでしょうか。今回も前回同様、言語と人とのかかわりを振り返るマップを作成しました。

■ワークショップ・当日の活動の流れ
12:00〜12:25開始、参加者全員の自己紹介、研究会紹介
12:25〜13:05自分自身のマップ作成
13:05〜13:35休憩
13:35〜14:10子どもマップ作成
14:10〜14:30ポスター作製(子どもマップをグループで1枚選び、気がついたことを書き出し、カテゴリー化した)
14:40〜15:30ポスターセッション
・各グループポスター特徴紹介
・前半/後半に分かれ、他のグループのポスターを見に行く
15:30〜15:50ポスターセッション後の気づきを書き、グループで共有
15:50〜16:05全体で気づきの共有
16:05〜16:15複言語・複文化の可能性、トランスランゲージングについて
16:30終了


会場の様子
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■マップの書き方
前回と同様に、今回のワークショップでも、言語使用状況と人との関係性を視覚化しようと試みました。

◆言語と人を色で示します
日本語・日本語人
タイ語・タイ語人
英語・英語人
その他の言語・言語人
◆人とのかかわりは線の太さ・種類で表します。毎日会う家族でも、心の捉え方次第で実践でなく点線となることもあります。
◆マップには大きい円が3重にひいてあります。内側から毎日、時々、たまに会うという頻度を示し、一番外側は月に一回会うか合わないか程度、または国外にいる場合を表します。

では、ワークショップの流れに合わせて、以下に詳しく写真付きで、ご報告いたします。

■自分自身のマップの作成
今回実際に作成したマップを紹介します。
前回は言語でその人の生活を分けましたが、今回は言語世界で分けず自由に使用言語状況と人との関係性を書きこんでもらいました。

≪作成した自分自身マップの例≫f:id:jmherat:20160131151749j:image:w360:right
生活の中に3つの言語が使用されています。言語によって自分の世界を分けていることはなく、3つの言語が混在しています。また仕事仲間も友人も複数の言語・文化背景の方たちだということがわかります。またどの言語でも太い線で結ばれる関係が築けています。





f:id:jmherat:20160131151916j:image:w360:rightこの方は自分の世界は仕事とプライベートで分かれていると感じています。3つの言語が使われていますが、プライベートではタイ語が中心で、仕事では英語と日本語が主な使用言語です。また一人の人と複数の言語使用が見られます。これは周囲に誰がいるかによって意識的に選択している時もあるし、無意識に使い分けている時もあるそうです。



≪自分マップを作成している様子≫
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■子どもマップの作成
次に子どもマップを作成しました。保護者の方は、ご自身の子ども、教師は担当している子どものマップを作製しました。大人にはなかったオレンジ色は、ダブルの子どもを表します。これは、子ども自身と同じ背景の子ども同士の関係を見るためです。

f:id:jmherat:20160131173218j:image:w360:right親が書いた子どもマップ例
(1)11歳男子 父:日本 母:タイ
現在インター校
複数の言語、そして様々な背景の人と関わっています。兄弟とは3つの言語が使用されているのがわかります。英語が太い線なのは二人ともインター校に通っていることも理由でしょう。また日常的でなくても、同じダブルの子との関わりもあります。様々な人と太い線で結ばれているのが特徴的です。


f:id:jmherat:20160131173500j:image:w360:right(2)19歳男子 母:日本 父:タイ
インター校を経て、本人の強い希望で日本の高校に進み、現在日本の大学に在学。
父親はタイの方ですが子どもとは、英語で接していました。タイ語が増えたのは成長してからです。マップでは日本語が大きな割合を占め、濃い関係性も日本語を使う人との間に形成されています。しかしこれは日本の学校に行ってからです。タイでは日常的に日本語は使っていましたが学習言語ではありませんでした。本人が自分の夢のために日本の高校に行きたいと自分で勉強しました。成長の過程でその子どもの言語世界も変化します。

■ポスター作成
グループの中で一枚を選び、一人5つ、気がついたことをポストイットに書きだし、似ている項目をまとめてカテゴリー化しました。
2つのグループのマップを紹介します。

【グループ3の例】
子どもの背景T君:5歳男児、父:日本(参加者)母:タイ
現地幼稚園のほか同じ背景の子ども達の集まる会に参加
この子どもを選んだ理由様々な人(大人も子どもも)との関わりが豊富にあるが、そのほとんどがタイ語での関わり。父親は日本語を使う世界をもう少し増やしてやりたいので、どのようにしたらいいか、他グループの人の意見も聞いてみたい。
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※色の違うポストイットは他のグループの人からのコメント

【グループ4の例】
子どもの背景Hさん:22歳大学生(国立大日本語学科4年生)父:日本 母:タイ
9歳の時日本からタイへ。父は日本にとどまり、妹と母の3人暮らしだった。大学で日本語を専攻したいとバンコクに上京した。
この子どもを選んだ理由Hさんのがどのような、人とどのような関係を築き、どんな思いで生きてきたか、当事者の話を直接話聞きたい。9歳の時、高校生の時、そして現在と3つのマップでその時の状況や気持ちを語ってもらうことにした。

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※色の違うポストイットは他のグループの人からのコメント

■他のグループのマップを見に行く
このように、書きだしたものを貼りだし、ポスターセッションをしました。
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■ポスターセッションで気づいたこと(気づき2から抜粋)

  • 今まで環境が言語を育てると思っていた。他人まかせ環境まかせだったが、基盤は親の愛の言語なのだと気づいた。(Kさん・母親/日本語教師)
  • 人は、″楽しい″から学ぶんだ!!(言語習得を第一義にしない。特に幼児期)(Sさん・母親)
  • 子供に影響を与える環境は、家庭、学校以外の周り(住環境、地域社会)にもあり、これをしっかりコントロールするのも親の責任だと感じた。小さい子供にとって楽しい経験、おもしろい経験は言語を習得するモチベーションになり、上達も早いと思う。(Aさん・父親)
  • 子供から見える親の他との関係(対 友人、学校、先生)を良好にすることで子供が安心する(Sさん・母親)
  • いかに子供を楽しい状態にもっていくか?もっとできる部分に着眼する。(Uさん・父親)
  • 言語の強さと友人関係の豊かさに大きな関係があるように思える。辛い思いをしている時にそれを乗り越える力はどこから来るのか。人間関係の多様さではなく、信頼できる人との絆ではないか。言語の習得は年令や環境によって常に変化するもの。親や教師としてできることは何か。(Sさん・父親/学校教師)
  • 子どもだからと言って新しい言語環境に容易になじめるものではない。(Iさん・幼稚園教師)
  • 必ずしも日本語が必要なのか。タイ語、英語、何語でも自分を語れるなら残念がる必要はないのでは。日本への興味があれば、日本語を使えるようになりたいと自分で思ってくれるのでは。でも、今興味がなくても焦ることはないのかも。(Mさん・日本語教師)

■複言語・複文化の可能性そしてトランスランゲージングへ
「複言語・複文化」では、ネイティブ並の能力を目指すのではなく、どのようなレベルであれ資源なのだと考えます。「話せるけれど書けない」ではなく「話せる」と捉えることが大切です。また現実の世界では言語は実は混ざり合っています。この混ざっている状況を今日のWSでも感じました。言語は混じり合ってその人の「言語世界」を形成しています。また、この「言語世界」は成長の過程で変化します。このように捉えるのがトランスランゲージングです。この混ざっている状況をより豊かに育てたいものです。(JMHERAT)

■ワークショップの感想

  • 参加者の方々の色々なケースを見て、新しい気づきや考え方ができるようになりました。年令も職業もタイにいる理由も様々な方達と話し合う機会が持て、気付かされた点も多く、有意義な時間が持てました。(Sさん・父親/学校教師)
  • 言葉は数や上手にはなすことができるなど表面的なものが大切なのではなく、まわりの関わり、人間関係が自己を認め、育む上で大切なことだということを学びました。(Nさん・幼稚園教師)
  • 自分と向きあう機会ができてよかった。(Hさん・学生/当事者)
  • ただ誰かのお話をきくよりも非常に分かりやすく勉強になりました。たくさんのケーススタディーが得られ参考になりました。(Uさん・父親)
  • 他の方々の話を聞いたりすることが出来、よかったと思いました。いろんな職業の方にお会い出来、話せることにより参考になることも多かったです。(Fさん・幼稚園教師)
  • 様々なバックグランドを持った方と話すことにより、より1つのことを多角的に考えることが出来した。(Sさん・幼稚園教師)

運営委員

  • 自分自身が色々な方と出会い話をする。世間話ではなくて、自分や家族のことについてテーマをもって話すので、新しい気付きがあったり参加者全員を刺激しているのだと思います。親の立場で参加された方は、自分のその心の動きが子どもへ反映されるだろうし教育者の立場の方は、接するお子さんへ反映されるのではないかと思います。私自身も色々な職業や立場、在タイ年数や年齢も違う方々と交流することが出来るのでたくさんの刺激をもらうことが出来きました。自分が経験したこと無いお話を聞くことで知識が豊かになるような気がしています。参加自身の心が揺れ動く場所になるのかなと思います。(K・聴覚療法士)
  • ダブルのお子さんの保護者の方から、「子どもはこの先ずっと周囲から、日本語が話せるもの、日本についてよく知っているものと見られてしまう。それを本人がどう感じるか」という内容の、お子さんの今後を気遣う発言がありました。多くのダブルのお子さんが経験していくことではないかと思います。ワークショップ終わり近くにこのお話があり、今回はこのテーマでの意見交換まではできなかったのが残念でした。(N・日本語教師)
  • 今回のワークショップは小規模で行ったため、グループ内や全体で話し合う時間をたくさん持つことができました。そのため、参加者された方々が話し合いで出たことを自分のこととして一旦飲み込む時間が持て、より深く話し合いの内容を考えることができたのではないでしょうか。そして、それにより一方通行ではない学びができる場になったのではないかと感じました。また私自身親として、子どもが楽しいと思える環境でことばの力を育み成長していくために、親ができることは何かということについて改めて考える機会になりました。(F・日本語教師・保護者)
  • 子どもにとって「楽しい」ことが大切だという感想が他の参加者からもたくさん出てきました。
  • 「幼児教育で楽しいことは重要だということはいつも言われていて、十分わかっていたつもり。でもきょうはなぜ楽しいことが大切か、ことんと腑に落ちたそんな気がします。」(幼稚園教師)

皆さま、お疲れさまでした!!
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2015-12-08

2015年11月勉強会のご報告

日 時:2015年11月7日
場 所:学習空間ノア(NOAH)会議室
参加者:9人
テーマ:【家庭内共通語について】
     ・第六回勉強会の感想の共有
     ・「トランスランゲージング」の紹介
     ・育児アルバムの実践から
紹介資料:「考えることばを育むことばの教育−メタ認知を活かした授業デザイン−」内田伸子
     「トランスランゲージング書評」
     (「母語・継承語・バイリンガル教育(MHB)研究」第11号)


2015年11月7日の第七回勉強会は、8月のワークショップ後から継続して考えている「家庭内共通語」について、第六回勉強会とは違った視点から意見交換をしました。
勉強会の冒頭で、深澤先生から「トランスランゲージング」についてご紹介頂き、復言語という概念について再考しながら勉強会はスタートしました。
大半が国際結婚ということもあり、各国事情入り混じった議論となりました。
豊かな体験とことばの繋がりとは? そもそも豊かな体験とはどのような体験なのか? 
体験とことばの関係をふまえて家庭内で出来る事とは?親の思う「成功」とか「失敗」ってなんなのか? 子供の選択権とは?


感想1

今回『トランスランゲージング』という考え方を聞き、親としてダブルの子どもに対する理解がしやすくなった気がします。
「言語能力は混然一体となっており、全体として一つのもの」というのはイメージではぼんやり持っていましたが、やはりモノリンガル、バイリンガル、トリリンガルと言語数で分けて判断・評価しがちになっていました。
それぞれの言語能力を伸ばしてやることももちろんですが、その人間の内部にある外部から見えない思考や思想の資源を豊かにしていくことが必要だと感じました。
(男性・国際結婚保護者)

感想2

先日の勉強会の感想を送らせていただきます。
詰め込み型と遊び型の勉強法を比較したディスカッションにはとても納得するものがあり、全ての親、教育機関が詰め込み型について考え直すべきではないかと思いました。
また、自主性を育てることはとても大切な事だと考えさせられ、反省しました。
子育てを始める前にこのような事を知っていたら良かったと、勉強会に参加する度に思います。
これは余談ですが、作文コンクールの作品、とても良いですね。感動しました。
(女性・国際結婚保護者)

感想3

今回も、たいへん興味深いお話しがいろいろとお聞きできました。
インター校の教育方針や実際していること、ドイツの高等教育のことなど
いいなあと思ったり、また、「成功」や「失敗」って、どういうことだろうと自問している最中です。
(女性・日本語教師)

感想4

今回の勉強会も私にとっては有意義な時間でした。
自分自身の子育ては終わってしまいましたが、今の仕事(教師及び生徒のサポート、保護者の相談役)をしていく上でのヒントになることがいくつかありました。
国際結婚の家庭での様々な問題も、共有することでシチュエーションを改善していける可能性が出てくることもわかりました。そんな場が持てることは素晴らしいと思います。
子供の成長にとって父親の役割が大きいことは分かっていても、どうしたら良いのか分かっていないお父さんが多いのだろうなとも思いました。多くのお父さんが勉強会に参加され、自分にあった子供との接し方を見つけられればいいなと。
(女性・国際結婚保護者/教師)

感想5

今回の勉強会に参加して、「遊びの体験」がとても大切だということに気付かされました。
遊びを通して、子供の自発性が生まれたり、効率の良い方法に気付かせたり、子供が自分の好きな事を見つけたり、親の理想だけを子供に押しつけて教育するのは良くないのだということに気付かされました。
また、「トランスランゲージング」についても、○語はこれだけしか出来ないからとマイナスに捉えるのではなく、「○語プラス○語全てが子供の資源であり、豊かな人間をつくる」という考えを知り、一つの言語に対して執着しなくてもいいのだという考え方に変わりました。
今回いろんな人のお話を聞くことができ、大変参考になりました。
ありがとうございました。
(女性・国際結婚保護者)

感想6

国際結婚のご家庭の娘さんが深澤先生と「ごっこ遊び」をしている、というお話を伺ったとき、最初は「もう中学生なのにごっこ遊び?!」とびっくりしたのですが、先生の「スキップはできない」という話で納得しました。
「○年生だから○○を教えなければいけない」ではなく、子どもたちひとりひとりの状況をよく観察して関わっていきたい、と思います。
(男性・国際結婚保護者/教師)

感想7

【豊かな体験・楽しさを教える】そういった事が家庭内で行えるということを再認識しました。
「父親として何ができるか」を考える日々ですが、「(体験や楽しかった記憶を)娘さんの心に残してほしい」という参加者の方のお言葉には本当に感謝しております。
「何かを残す」ではなく「関係性を築く」、そこに戻れた気が致します。
今回は各国事情や教育現場の事情が飛び交い、どれもこれももっと知りたいと感じた勉強会でした。
(男性・国際結婚保護者/日本語教師)


勉強会は毎回自己紹介からはじまります。この自己紹介で、実は個人の事情、参加の理由が話されます。人数の少ない勉強会ならではですが、今回は子どもさん(16歳)に「私は何人?」「出身国ってないよね?」と言われたと話した方がありました。アジア数国を移動し、子どもさんは親の母国に住んだことはありません。学校言語も家での共通語も親の母国語とは異なる言語です。住む場所も使用言語も子どもが自分で選択できるわけではありません。さて大学はどうしよう、父親の母国なら授業料はただだけど言語の限界があるしと、この子どもさんの進学の話は、子どもの生きる場所と言語選択の話題になりました。
また何度かご夫婦で参加されたフイリピン出身のお母さんが今回お一人で出席しました。お一人ということで運営側はちょっと慌てました。資料は日本語しか用意ありません。勉強会自体が複言語的ではないと反省したものの、対応ができないまま当日になりました。でも、その方が涙ぐみながら「ここに参加できてすごく楽になった。」と自分が勉強会に参加する意味を語ってくれました。「子どもの勉強ができないのは自分が外国人だから」「子どもにいつもすまない」と思っていたそうです。勉強会の一つの大きな意義は親が自分の思いを口にし、そこからまた自分と子どもとの関係を捉え直すことだと改めて思いました。
またあるお父さんから、子どもの「今」を見ずに、成長の先に描いた成功から逆算して今何をしようと考えてしまうと話がありました。そこから、そもそも何をもって子どもの成功とか失敗というのかと話が展開しました。先ほどのお母さんも、夫と自分が描く子どもの将来像に大きなずれがあると話し、どうも父親たちは「成功感」に縛られているのではないかと話題になりました。でもきっと父親だけではないでしょう。
インター校の教師でもある保護者から、インター校では一つのテーマを巡って総合的に学習を進めているので、そもそも失敗という見方はないと話がありました。到達目標に子どもを当て嵌めるのではなく、子どもの興味・関心によって起こる自主選択の繰り返しの先に目標が育つということでしょう。日本の学校経験しかない参加者は皆驚きました。
ここで改めて参考資料の内田伸子さんの講演録を紹介しました。こどもの遊びの重要さが書いてあります。遊びは、自発的に起こり自由に探索し自分で考えて行動するものです。この中に学力の基盤があります。また、遊びを大切にするということは、子どもの主体性を大切にした関り方をするということです。その関わり方が重要なのだと内田さんはいいます。「遊び」なら親の国籍も、住む場所も、使用言語も関係なく思いっきり関われるはずですね。でも子どもと遊ぶには自分が遊びを本気で楽しまないと見透かされちゃいます。「本気で関われる」こと、それが今の「成功」なのではないでしょうか。
トランスランゲージングについては8月ワークショップの記事をお読みください。最後に舘岡先生のトランスランゲージングの話を掲載してあります。

次回勉強会は2月6日(土曜日)です。
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2015-11-03

2015年8月ワークショップのご報告

みつめよう子どもの姿、考えよう子どもの現実

 タイで育つ子どもたちを新たな豊かさへ繋げる 複言語・複文化の視点 第3弾


2015年3月8日に終了したワークショップの報告をします。当研究会では舘岡洋子氏をお招きし、2011年から複言語・複文化ワークショップを開催してきました。本年はその3回目。今回は言語と人との関わりを振り返るマップを作成しました。

■ワークショップ・当日の活動の流れ
12:00開始
12:00〜12:10複言語・複文化とは(舘岡洋子)
12:10〜13:15自分自身のマップ作成
13:15〜13:35休憩
13:35〜14:10子どもマップの作成
14:10〜14:40子どもマップを1枚選んで話し合う(気づき1)
14:40〜15:00全体で共有
15:00〜15:40気付いたことの共有(グループ⇒全体)(気づき2)
15:40〜15:50複言語・複文化の可能性(舘岡洋子)
16:00終了

■マップの書き方
今回のWSでは言語使用状況と人との関係性を視覚化しようと試みました。

 ◆言語と人を色で示します
 日本語・日本語人
 タイ語・タイ語人
 英語・英語人
 その他の言語・言語人
 ◆人との関わりは線の太さで表します
 マップの内側から毎日、時々、たまにと会う頻度を示し、一番外側は国外にいる場合などを示します。
 関係の濃さ強さは線の太さや線の種類で表してもらいました。例えば、毎日会う家族でも実線でなく点線で結ぶなどです。

■自分マップの作成
実際に作成したマップを紹介します。
まず自分自身のマップを作成しました。

《作成した大人マップの例》
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様々な文化背景の人と2言語以上の関わりがある。
タイの人と日本語を使う、あるいは英語圏の人とタイ語を使うなど、
互いの母国語ではない言語で関わっている場合もよく見られる。
また、同じ人とタイ語と日本語など複数の言語を使用している。

《自分マップを解説しているところ》
f:id:jmherat:20151103145611j:image:w300f:id:jmherat:20151103145610j:image:w300

■子どもマップの作成

次に子どもマップを作成しました。
保護者は自分の子ども、教師は担当している子どものマップを作成しました。
大人になかったオレンジ色は自分と同じ背景の子ども同士の関係を見るためです。子どもマップの例を紹介します。

f:id:jmherat:20151103224415j:image:right
‘系幼稚園に通う5歳男児。日常の関わりに固有名詞がたくさん出ている。マップによっては「幼稚園の友達」「学校の友人」と集団との関わりしかない場合がある。また年齢が低い子どもほど最初の輪(日常)に固有名詞が現れるかどうか、子どもによって違いがでる。






f:id:jmherat:20151103150259j:image:right⇔梢討脇本人。日系幼稚園と夕方のタイの保育所に通う4歳男児。両親の使用言語と子どもの使用言語が同じわけではない。言語世界は混ざり合い、重なりあっているため言語境界は実際はないだろうと思われ、点線になっている。






f:id:jmherat:20151103150340j:image:rightインター校に通う11歳女子。言語によって世界は区切られていない。この子どものようにタイでインター校に通う子どもは3言語以上の言語環境にいる子どもも多い。メイドさんとの関りはタイならではの環境であろう。







■子どもマップを1枚選んで話し合う
気がついたことをカテゴリー化し名前をつけた。
子どもマップの中からみんなで考えたいものをグループで1枚選んで気づいたことをまず自分のメモとして書き(気づき1)次にポストイットに書いて貼りだし、カテゴリー化しました。
例を二つ紹介します。

‘本人学校に通う男子(8歳)父:タイ 母:日本
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日系幼稚園に通い、夕方タイ保育園に通う女児(5歳)父:日 母:タイ
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■マップの共有
カテゴリー化したあと、参加者全員でポスターセッションし、共有しました。
ー遡笋垢觧臆端
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⊆遡笋謀えるグループ担当者
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■気づいたこと
子どものマップを書いてから、グループで1人の子どものマップを選びました。その時に自分が感じたことを「気づき1」としてメモ書きし、他のグループの子どもマップ共有の後、気づき2を書いてもらいました。その中からいくつか紹介します。
気づき1気づき2
娘の幼いながらに二つの世界をうちに抱えている事。「日本人である自分」と「タイ人である自分」を自然に使いこなしている。(Eさん・保護者)近い家庭環境にあっても、年齢による違い、学校選択による違いで子供の世界観に異なる影響を及ぼす。「何人である(べき)」 identityを押しつけない。本人が心地よく感じる環境。(Eさん・保護者)
住国の選択と学校の選択によって、言語バランスが大きく変わるので、注意が必要だと思った。周りの言語環境、家庭の関係、親の気持ち、子どもの気持ちなど、影響を与えるファクターがたくさんあると思った。(Mさん・保護者/日本語教師)バランスが大事。両親の方針が揺れていると子どもも混乱する。「あなたは何人?」という質問は子どもにとっては辛い。アイデンティティが束になっている。親の期待に応えようとする。過ごす時間ではなくて関係性→気持ちが安定、よい結果。友達の影響が大きい。(Mさん・保護者/日本語教師)
子どもをよく見ることの大切さ。言語学習・言語使用に対する考え方。子どもの言語環境(学校など)を選択するときに迷ったらどうすればよいのか。先生という立場の人ができることは?(Aさん・日本語教師)(自分が)タイと日本のダブルだからといって両言語ができてあたり前、できた方がいいというつよい思い込みがあるのかもしれない。(Aさん・日本語教師)
1人の言語活動が単純なものではなく、その人の置かれた環境によって多様であること。1人の人間が同じ人と話す場合でも言語を変えることがあり、それがその時の心理状況に大きく影響されていること。(Iさん・幼稚園教師)家庭により、言語環境が大きく違い、それには父・母の子どもの言語に対しての考えが大きく影響している。言語は言葉を覚えるのみではなく、感情や感覚とともに記憶に残る。(Iさん・幼稚園教師)


■まとめ 複言語・複文化の可能性(舘岡洋子)f:id:jmherat:20151103151501j:image:right
何%であれ、全てがリソース
会場から出た「家庭内共通言語は必要なのか」が話題になりました。「家族の共通言語の確立は絶対必要」と強く主張する人がいる一方「一つの言語でやれるのか?いろいろミックスしてコミュニケーションをとっている。それが現実なのではないか。」という意見がでました。舘岡先生からは、「〇〇語が100%できなくても何%であれリソース。そのすべてを混ぜてその人のリソースと考えるのが複言語の考え方なのではないか」と話があり、トランスランゲージングの話へと進みました。

トランスランゲージングについて

舘岡:ガルシアという学者が発表したものですが、言語を一つ一つみず、言語を国家と切り離して考えます。つまり日本(国家)なら日本語(言語)というように結びつけ、バイリンガルの場合も、英語と日本語ができるというように二つの言語が独立したものと考えられていますが、そうではなく、ことばはごちゃごちゃまざった一つのシステムであるという考えです。だから〇〇語と〇〇語と〇〇語が混ざっているのがその人の一つのシステムだと言っている。
そういう見方で見るとダブルリミテッドという見方はない。ダブルリミテッドはあるべき姿があってそれに達していない、だから両方できないということになりますが、ちょっとずつ全てが、全部その人のもの、その人のリソース(資源)だと言っている。リソースフルな人間になるということが人間として豊かなことで、考え方としては国家と結びついた○○言語という見方をやめようということです。
ガルシアは今この移動の時代であったら(私たちは)国家間を移動している。だから、移動している人達の言語活動を考えようということですが、今日の話を聞いても、本当にそうだなあと思いました。
そういう考え方をすると、ある言語からある言語へコードスイッチをする、そういう話ではないと思います。私は完璧なモノリンガル人間なのですけれども、日本語も色々ある。何々語もいろいろある。それが全部混ざったのがその人なのだという考え方だと思います。

※トランスランゲージング資料(MHB紀要11号に掲載)
http://mhb.jp/archives/507
川上郁夫(2015)「ことばの力」とは何かという課題『日本語学』10月号pp56-61

■参加者の感想

  • 自分の家族の言語環境を客観的に見直す良い機会となったと同時に、様々な家庭の事例を知ることができ、色々と考えることができた。(Mさん・保護者/学校教師)
  • 貴重な場でした。生の声をたくさん聞けました。今後、子供たちの言語環境、また親御さんの気持ちも知ることができました。(Uさん・日本語教師)
  • 関係性マップは新しい視点で物事をとらえられて、参考になりました。(Yさん・日本語教師)
  • 家族がそろった時の共通言語がないと心配されていたが、子供が通訳してあげたりしてコミュニケーションをはかり、自分の役割があって、自信につながれば良いと思った。(Nさん、保護者)
  • あっという間でした。4時間が短いと感じました。(Aさん・保護者 他)


■これからのこと
「家庭内共通言語は必要なのか」を継続テーマとして9月の勉強会で取り上げました。
「家庭内共有語」と「家庭内共通言語」は同じでしょうか?先にアップした勉強会報告をご覧下さい。今後もテーマとして継続して取り上げ、複言語・複文化の子どもがリソースフルであることはどういうことか考えていきます。

舘岡洋子氏に感想をいただきました。

私がこの複言語・複文化のワークショップに参加させていただくのは、今回が3回目です。毎回、思うのは、この場自体が貴重なリソースフルな場だということです。自分自身はモノリンガルの世界に住んでいますが、いつもの自分の生活からは想像もできないような世界に住んでいらっしゃる方々がこの場に集まっていて、刺激的なお話を聞かせていただきます。タイ語と日本語のバイリンガルのお子さんばかりでなく、両親の共通語がタイ語でも日本語でもない、たとえば、英語の場合も少なくありません。また、タイ人ではなくフィリピン人と日本人、インドネシア人と日本人などのカップルもいらっしゃるので、英語を含め4つの言語が関係しているご家庭もあります。まさに国際都市バンコクならではだと感じました。
そんな中で、「家庭内での共通言語は必要か」といったことも話題にのぼりました。家庭内でいくつかの言語を使いながら、家族共通の話題や経験がもてればいいのではないか、という意見がある一方、1つの共通言語を家族が持っていることが重要だという意見もあって、これには単純に答えを出せないなと感じました。きっとご家庭の背景や歴史によって、何がベストの選択なのかは変わってくるのでしょう。また、ひとたび選択したからといって、ずっと同じではなく、状況によって変化するものでしょう。そもそも、いろいろな事情から、自由に選択すること自体が難しい場合もあるでしょう。
だからこそ、このようなみなさんの豊かな経験をもちよる場が重要な意味をもっているのではないでしょうか。多様な経験がいっぱい詰まったこの場こそがそこに参加するみなさんたちの羅針盤であり、勇気の源でもあるのだと思います。
また、関係性の中でこそ、ことばが育まれるということも、今回、再確認いたしました。親であっても接触が少なく、アヤさんと多くの時間を過ごしていれば、こどもにとっての第1のことばがアヤさんの使うタイ語になることはいうまでもありません。どんな友達と、どこでどんな関係を取り結んでいるのか、それによって、多様なことばが生まれてくることが言語マップから見えてきてとても興味深いものでした。


■ワークショップという活動
WSでは皆さんに知っていただくべき「答え」があるわけではありません。ですからすっきりした気持ちで帰る、というより疑問をたくさん抱えて帰る人の方が多いかもしれません。目指すのは共に作業し対話することで、考え、揺さぶられ、一人では気づかなかった何かに気づくこと。それが、研究会の人間も含めて関わった全ての人に起こることを願っています。これからも一緒に考えていけたらと思います。
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