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こころはどこにゆくのか? このページをアンテナに追加 RSSフィード

2005-10-10 体育の日が体育の日に

[]犯罪予告の人が謝罪?

タイトルの件についてこちらで紹介されています。トリップの構造を考えても、おそらく同一の人でしょう。そもそも、これが本人によるものでなければすぐにトリップを使って「このトリップはキーワードがばれました。あれは別人です。キーワードは○○でした」と宣言されればそれまで。そして他人による騙りにしては内容が踏み込みすぎ。

また、個人的にはあの起伏のない、かつ終始論理的で破綻しない文体の特徴からいっても同一人物であろうと感じました。

書き込みの内容をそのまま信じるほどこちらも純粋ではありませんが、*1とりあえずこの内容からいって犯行は起きないのでしょう。*2…とすると、ひとまず事件は一段落したと考えて良いのでしょう。それだけでも良かったと思います。

全ての騒ぎが、可能な限り少ない被害で終結しますように…。

(追記)

上の見解は、それなりに2ちゃんねるに対する知識があればそれほど難しかったり珍しかったりする見解ではないと思いますが、果たして大手マスコミはこれをどのように報道するのでしょうか。のまネコ関係のblogなどではしばしば「マスコミはavex寄りだ!」という批判がありますが、私は単に知識がavex並みだということでしかないと思います。大抵の場合は。

そもそも、ある問題が起こったとき、「公平な報道」をしても6割以上の人間がそれぞれ「相手サイドに有利な記事だ」と感じるそうです。ある問題に関して一般に対立がある場合、人々の主張は「中間地点」を中心とした正規分布でなくむしろそこを谷間とする二極に分化するわけで、報道がどちら側から見ても「相手側有利」に見えるのはむしろ当然だといえるでしょう。

ただし、今回の件について言えばそこに「ネットに対する知識の有無」という事情が絡むはずなわけで、いわゆる「中間地点」報道をしている程度の知識しかないマスコミが上の書き込みの裏事情を正確に読み取るとすると、どうも「意識的に偏った報道をしてきた」という疑いもやや強まるような気はします。まあ、あるとしてもそれは言われているような「圧力」というより、「あうんの呼吸」による「配慮」位でありたいした問題ではないという気もしますが。

[]みんなが幸せになるルール(徳保氏に)

昨日のコメントでは、当初「説得は無理」としておられた【フォークロアを『若干改変してオリジナル主張』するのは冒涜ではない】という点に関する説明をしていただいたことに感謝します。お陰で徳保さんが見ておられる事例(私が知らなかったこともたくさんありました)やそれに基づいた判断〜主張の流れを見ることができました。ありがとうございました。徳保さんとのやりとりのお陰で、私も自分なりの考えを整理できてきた気がします。以下に、上記を見た上で考えたこと、そして私なりにまとめたことを書きたいと思います。

まずLinspire*3TurboLinuxについて。逆にお伺いしますがLindowsやLinspireの「L」って何でしょう? TurboLinuxが「Linuxである」ことを隠したりしたでしょうか? RedHatだってVineだってLinuxの一バージョンであることを誰かに誤認させようとしたりはしなかったのでは?*4これらの会社が本家Linuxの出自について鈍感であったワケがないので、私が「パクリにもルールがある」と書いて言いたかったのはまさにこういう「ささやかな気遣い」のようなことです。かならずしも「ロイヤリティの分配」が必要なわけではありません。こういう「出自への配慮」は、普通に商売するときにも(単にトラブルを避けるためだけにでも)必要なことだとあらためて感じました。創作物と過剰に主張しない、オリジナルであると主張しない、原典が何であるかを明記し原典を尊重する、……そういう「振る舞い」の部分まで含めて、それが「パクリのルール」でありavexに欠けている欠けていると言われている「リスペクト」だと思います。*5

ちなみに「Apple の独占商品 SafariオープンソースKHTML の派生物だなんて一般ユーザは知りませんが、やはり問題視されません。」とありましたが、必ずしもそうではなく、実際こちらにみられるように、両者の利益や感情的な対立を解消するのは大変なことであるようです。そこにある『この衝突を、オープンソースプロジェクトに取り組んだ企業が経験する失敗を象徴している、とする意見もある。』などの一節は、気軽にやったつもりのavex担当者には、反省の意を込めてぜひ理解してほしい一節です。

 KDEの開発者で、同グループの広報担当を務めるソフトウェアコンサルタントのGeorge Staikosは、「オープンソース側が制約を受けないことを誇りとしている事柄から、企業は制約を受けている。Appleは、KDEのKHTML開発モデルとうまく相容れない問題を社内に抱えており、その意味では以前から問題があったといえ、それがKHTMLとSafariの急速な分裂へとつながった。そして、時間が経つのに従い、この問題は複雑化してしまった」と語っている。 (引用元:上リンク)

『制約を受けないという誇り』は残念ながら利益を旨とし納期制限を守らざるを得ない企業の体質とは衝突するし、コミュニティが求める『透明性』は「守秘義務」がなければ利益を独占できない企業の目的と衝突せざるを得ない。両者には深刻な利益対立があり、決して単純に片づく問題ではないのです。

また、上記を踏まえ電車男に関する件について言えば、「電車男」というタイトルを使い続けている時点で何一つ出自は隠されていない、それが重要だと思います。私はテレビのドラマも映画も漫画も、そもそも書籍版すら見ていないので(まとめサイトだけは昔読みましたが)論じる資格があるかどうか不明ですが、「タイトルを変えない」ということは、上のような事情を考えたときとても大事なことだと思われませんか?

これまでこれらの「リスペクト」は必ずしも明文化されていませんでした。それは問題の質からいって明文化が難しい内容である(そもそもケースバイケースであることが多い、保護されるべき権利の『主体』がそもそも明確ではない=近代法の基本的な考え方と合わない、生じる被害も回避できたことによる利益も数値化できない、など)ためであると思われます。しかし、少なくともトラブルを可能な限り避けるやり方は他にもあり、avexは事前にそういう配慮を一切しなかっただけでなく、問題があることを認識してもいなかった、というのはほぼ間違いのない所であり、このような問題に見切り発車でGOサインを出せる…という社内のチェックシステムの不備・リスク管理の甘さも含め今回はそのツケを払うことになったということではないかと思います。KDEとの交渉に頭を悩ませるApple担当者に、あまりにも警戒心のないavexの態度とコメントを交えてこの事例の話をしたら、同情は示されてもむしろ「そんなのと一緒にしてくれるなよ」と言われそうでさえあります。

【「のまネコ」を成功例にする方法はもちろん『あり得た』と思います】。【「のまネコ」を成功例にすることが悪かったとも思いません】*6しかしavexが失敗したことは事実であり、失敗の原因は「2ちゃんねらーが子どもであり法や商慣習に無知であったこと」ではなく*7「avexが企業として無知であったこと、パクりにはパクりのルールがあること」である、というのが私の主張です。今回の件は確かに一コミュニティの問題に見えるかもしれませんが、徳保さんの表現を借りるなら、それが「300万人」という人口の(それも社会の様々な場所に普段は所属する)コミュニティであり、そのことからくる影響力は大きい。それがどういう決着を迎えるかによって今後の社会全体の流れも変わってきかねないと思っています。その意味でavexには今回の騒動の原因がどこにあるかを分析し理解する「責任」があるし、この問題にきちんと決着をつける「責任」がある。でないとavexが残したのは「企業がオープンソースコミュニティに手を出すと失敗する」という事例でしかなくなります。できれば「どうすればそういう失敗から再度信頼を構築するかという成功事例」、最低限「どうすれば成功できたかという教訓のための失敗事例」にしてこそ、今回の事件自体を「社会的な財」とすることができる。そして今後の社会的財の形成も保証することになり、そうしてこそ一部上場企業としての社会的責任を果たしたと言ってもらえるのではないでしょうか。

「2ちゃんねらーが馬鹿だったから失敗した」では、今後に何も残さない。2ちゃんねるが「圧力団体」然と振る舞うことに嫌悪感や危機感を感じられる気持ちは分かりますが、社会的な影響力を及ぼすほど2ちゃんねらーが一つになってねばり強く活動するというのは結構稀なことです。2ちゃんねらーであることに何の要件も強制も無い(匿名公開掲示板である)以上、それがどれだけ多数を抱えるコミュニティであってもそもそも力となる保証がない。たとえ過激な風説をもってしてもそれを一方向にコントロールするのは難しく、従ってそれは本質的に何の力もないイノセントな存在でありつづける他はない…という話は、以前書きました。逆に言えば、これだけの数の人が、一円の得にもならない活動をしているからこそ、この問題の根っこに「馬鹿だから」では済まない何かがあると感じられるのです。たとえば昨日TB下さった「俺様かく語りき」さんが述べておられた「生理的な不愉快という感覚」は、以前私が述べた「宗教的イコン」説まで含めて述べられた話ですが、私のまとめより相当説得力がある話です。*8法が必ずしも想定していなかった事例において判断を求められている、という状況認識が正しいとすれば、今回の件を「圧力団体(2ちゃんねらー)による横紙破り」だとみなす必要はなく、単なる一コミュニティの利害の問題というより法を改善する根拠となる(それゆえ一般にも益のある)事例と考えることはできないでしょうか。

…まあ、こう話しながら、ここ数日私もかなり徳保氏のものの見方考え方の影響を受けたなと感じています。現時点で感情的には依然としてavexと関連企業に許し難いものを感じますが、そういう問題が発生する素地は常にありむしろ問題は既にかなりの数で起こっており、かつ単純に「avex=悪」で了解し合えない考え方の領域がある、ということを知ることができました。その点、素直に感謝したいと思っています。*9

[]評価の一元化

かつてjo_30は「ゆるやかなサイト連合」としての「ポータルサイトはてな」について語り「はてなIDが通貨となる」可能性について語りましたが、そのために必要なのは、それぞれのサイトで通用しているはてなIDに対する「評価」を一本化する作業ではないか? と、ふと考えました。それは現在の「人力検索ポイント」とかではなく、「はてな」内部での振る舞いを元にその人のコミュニティへの貢献度を表すような制度です。現状では、フォトライフでどれだけおもしろい写真を公開し人々がそれを楽しんだか、ブックマークがどれだけ他の人に参照され利用されたか、どれだけ有効な回答を行ったか、ダイアリでどれだけ有用なエントリを書き続けたか…はそれぞれ異なる尺度でしか評価されなかったりそもそも評価自体得られなかったりします。それをたとえば★マークの累積……というような形で一本化することができれば、「私ははてなID××で、★17個の持ち主です」ということの意味が増すのではないでしょうか。個人的には、この★は「有効と見なされる行為」に対し「そのジャンルの一般的な能力の持ち主がどのくらいの時間を費やすれば同じくらいの成果をあげることが可能か」といった基準で評価されるのが良いと思います。個人的には「よく参照されたダイアリのエントリ一つ」が「有用とみなされる人力検索の一回答/質問」と同じくらいではないかと思いますし、それはまた「実装されたアイデア一つ」や、「よく参照された写真一枚のアップロード」と同じくらいの貢献度ではないかと感じられます。これらをそれぞれ1はてなポイントとして、30hpを★一つ、とするとか。これはユーザーをランク分けするものではなく(かけた時間によって当然★の数は増大していく一方なので、「質」を保証する評価ではありません。まあ悪質な行為に対して「★の剥奪」はあってもいいと思いますが。)単に「功績」を表彰するものです。*10

ではこのID一元的表彰制度は何の役に立つかというと、それはいわば「はてな」における「公共心」を醸成するためのシステムということができると思います。自分の「はてなID」に帰属意識を持っている人ほど「はてな」のために活動する傾向が強く、そうでない人ほど逆の傾向が強いということは一般に言えるのではないでしょうか。ならば、「自分のはてなIDに対する帰属意識」を強めるインセンティブを作ることで、「はてな」の為を考え活動する行為を増やす…というのがこのシステムのねらいです。また、現在「ダイアリだけ」とか「ブックマークだけ」で活動する人々の活動範囲を広げることも期待できます。「はてなIDこそがはてなという世界における通貨」という話を以前しましたが、現状ではフォトライフで活躍しておられる方のコミュニティへの貢献度がどの程度であるか、たとえば人力検索のみのユーザーにはよく分からないわけです。その意味で、IDはまだ「通貨」と呼ぶには物足りない。このシステムはそこを補うためのものです。

…とはいえ、デメリットがないわけではありません。たとえばその計算方法を公開すれば、サーバーに負担をかけるような無意味な競争を煽りかねない。★の付与は自動化されるべきではなく、どこかで複数の人によるチェックが入ることは絶対に必要です。*11。また、従来複数領域で活動していた人が、「自分的には活動時間から考えて○○で活動することは★の数からいって不利だから」ある領域(たとえばダイアリのみ)での活動に専門化していく…などの弊害です。が、これは「★」の設定の仕方の上手下手によるわけで、「★」がはてなコミュニティへの貢献度の正確な評価であればあるだけ、「★」を多く稼ぐ方向にユーザーが動くことはコミュニティの益の増大を意味することも明らかです。★への換算レートは自在に変化してもいいと思います。フォトライフが活性化してほしいとはてな運営が考えたら、フォトライフの★価値が高くなると発表する、など。それによって人の移動を促すこともできる。結構使いであるシステムになると思います。

…てなことを、のまネコ問題の合間に考えました。とりあえずアップしてみます。こういうのってはてなアイデアに出すのがいいんですかね?

*1:もし本当に「avexの自演」をいうなら、ここまでくれば身分を明らかにすべきだし"した方が安全"です。それをしない時点で、「自演だ!命を狙われた!」というのは多分嘘でしょう。「自首(というか出頭ですが)がない場合…」と書いているところを見ると、このままなんとかフェードアウトし最後までavex側に罪を被せようと努力している様子が伺えます。おそらく「見つからない」ことに賭けてなんとかこのまま騒ぎが(avex不利の方向で)収まらないかと考えているのでしょう。そのあたりを含め、犯人はそれほど年齢の高い人物ではなく、むしろ中学生くらいではないかとも感じました。

*2:これが実はavex側を油断させ警察のガードを少しでも甘くさせるための作戦だったりする可能性もわずかながらありますが、その場合犯人は相当危険な人物でありそうなるともう手の施しようもないですね…

*3:余談ですが、パクリパクラれ…という事情に関して、Linspireというのも現時点では相当ややこしいことになっているのですね……^^;:http://japan.cnet.com/news/ent/story/0,2000047623,20086922,00.htm

*4:知らずに新OSだと思って購入した人が"もし"いたら本当にお気の毒ですが…。

*5:後出しで「インスパイヤ」などと言ったから許せるというものではないです。また、後出しならせめて後出しなりの言い方というのもあるわけで、「インスパイヤ」といい「オリジナル」というその言い方には、配慮の欠片も感じられません。同時に「PVキャラは別」という主張を始めたこともいかにも「工作」っぽく、総じてavexの対処は悪印象でした。

*6:今更ながら思うのは、まだ素直に「マイヤヒぬいぐるみ」とでも言えばよかったのでは?ということですね。モナーという言葉を使わずにあのキャラを問題なく売る方法も無いではなかったと思います。「マイヤヒぬいぐるみ」といえば「マイヤヒ(のFlashに出てくるネコ=モナーの)ぬいぐるみ」と都合良く受け取って貰える可能性も無いではなかった。少なくとも批判者の数を減らすくらいのことはできたでしょう。

*7:KEDOの技術者が子どもであるからトラブルになったのではなく純粋に利害が対立するから問題となったように

*8:余談ながら、『「十字架に磔にされた全裸のモナー」とか「古いフードをかぶり子供を抱いてほほえむモナー」とかアリだよなとか変な方向に考えが進んだりする』。それは留保付きで「有り」でしょうね(ちょっと想像して笑ってしまいました(^^;))それは「パロディ」または「リスペクト」だと思いますので、グレーだと思います。某宗教の人に怒られたらやっぱり無しになる、という意味で。(・・)ノ"パロディ必ずしも白ならず。"

*9:…と書いても、別に問題を終わらせようとしているとかそういうつもりではありませんので、その点にかんして配慮的なお気遣いは無用です^^

*10:サブIDでの振る舞いはすべて本IDのポイントとするようにするのがいいと思います。本IDのありがたみも増すと思いますし。

*11:煩雑さをさけるために、小さい★と大きい★を分け、たとえば自動的に付与される小さい★が30個たまった時点で、それを「大きい★」にすべきか「全て取り消し」か「一部取り消し」かを論議し決定する……などが考えられます。小細工で小さい★をいくら増やしても、大きい★にはつながらない等のやり方を考える。