Hatena::ブログ(Diary)

今日日の私・新

2000 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2001 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2002 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2003 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2004 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2005 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2006 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2007 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2008 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2009 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2010 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2011 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2012 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2013 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2014 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2015 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2016 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2017 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |

2006-01-30

オンバトチャンピオン大会


 いつもより早く来て、2つの測定装置を並行して使う。合間にミーティングとか伝票処理とか。

・爆笑オンエアバトル
 チャンピオン大会に出場する20組の芸人が決まった。年間に4回以上オンエアされて、その中で合計キロバトル数が高い順というルール。年間のランキングを見ると、大会出場のボーダーライン近くに多くの芸人が犇(ひし)めいていて、大接戦だったことがわかる。イシバシハザマはボールがあと1個、ハローケイスケはあと2個足りなかった。さらに井上マ−は同点20位だったのに何の基準でか大会出場者から漏れてしまった。これは残念。それからパッション屋良は1/7の回で461キロバトルという高得点を叩き出したにもかかわらず6位だったために4回目のオンエアが叶わず、もしこの時オンエアだったらキロバトル数では余裕で大会出場できていた。これも残念。
 こんなふうに見るといろいろ不公平な点があるなあと思うが、そもそも毎週の10組の出演者を決めるのもスタッフの独断であるという時点で既に不公平なので、まあしかたがない。大会初出場組のイワイガワ、ハイキングウォーキング、星野卓也、U字工事の健闘を楽しみにしている。ひょっとしたら番組登場1年目の新顔が優勝するような番狂わせが見られるかもしれん。

2006-01-29

情報量と製作期間


 久々に快晴で、道路の気温はなんと12℃を示していた。しかも日曜日。奇跡だ!
 午前に職場に来て試料交換。髪を切る。プール。大戸屋で夕食。再び職場に来てデスクワークと試料交換。

 一般に漫画作品はすいすい読めてしまうが、描く側はたとえ4コマ漫画でも多大な時間とエネルギーを費やす。小説は、読むのは時間がかかるが、書くほうはワープロをカタカタ叩けばスピーディーにできてしまう。映画は時間芸術なのでちょっと事情が違うが、例えば2時間の映画を見て受け取る情報量は漫画を2時間読むよりも大きいだろう。そして映画を作る費用と人手は漫画とは桁違いであることは周知のとおり。
 つまり一連のメディアにおいて、‘情報伝達の流速’と‘製作に要する労力’は反比例する傾向にある。言い換えれば、情報を伝わりやすい形に拵(こしら)えようとすればそれだけ手間がかかるのは当然なのである。
 時々漫画家の人が「こんなに時間をかけて描いても読むほうは一瞬なんだよな、バカバカしい」と愚痴るのを見かけるが、それは飛行機を作る人が「こんなに時間をかけて作っても乗客が飛ぶのは一瞬なんだよな」と言うようなものであろう。漫画は読みやすいがために多くの人に読んでもらえることを忘れてはいけない。

2006-01-28

庶民の台所


 昼に1回職場に来て試料交換。次の交換まで8時間空くので、一旦職場を出る。シネモンドへ職場からもらった割引券を使って映画を見に行く。『灯台守の恋』。ヨーロッパの映画は美しい。
 せっかく土曜日に町に出たので、近江町市場に足を運んでみる。既に夕方5時を回っており、魚屋さんたちは店じまいの直前だった。アンコウのアラ(200円)を買う。金沢在住12年目にして初めて近江町市場で鮮魚を買った。スーパーと違って値段がキリのいい数字なのが気持ちいいと思った。市場で店の人と言葉を交わし、値切ってもらったり調理法を教わったりしつつ、夕食の材料を買って帰る生活。ちょっと憧れる。また土曜に来よう。次はもう少し早い時間に。

 帰宅。洗濯しながらメシを炊きながら土鍋でアンコウ鍋を作り、夕食。アラの中に肝が一切れ混じっていたのでちょっと幸せになる。
 ランドリーで乾燥したのち職場へ。再び試料交換。

2006-01-27

よみがえる空


 1/26 (木):出勤してから急に製膜2枚することに決める。そのまま深夜まで。職場泊。
 1/27 (金):引き続き製膜さらに2枚。昨年7月に完成させた製膜系制御用プログラム、他の人は使っていたけれども今日初めて自分で実際に使った。なかなか便利だね(笑)。並行して自動測定装置のマシンタイムが始まる。2つの実験室を行ったり来たり。合間に講演会を聞いたり共同研究者の相談に乗ったり。2日半風呂に入っていないや。

 小松市が舞台のTVアニメだそうだ。
 地元(に近い)民としては見てみたい気もする。しかし石川県では放送されていないのだった。ハハハ。

2006-01-26

愛国心とか


 一日中書類書き。並行して今後取り組むべきテーマについて考える。
 猫も杓子もナノテクといった感じの近年、自分は天の邪鬼だからナノテクだけはやるまいとなんとなく思っていたが、やろうと思えば主要な道具立ては揃っていることに改めて気付く。まあ本格的に取り組むとしても先の話だろうけど。

 「若者に‘愛国心’を持つことを強要する偉い人が多いが、民が国を愛するためには国のほうも民を愛する必要がある。しかし今の日本の首相や政治家や役所を見ると、そういう‘愛民心’を持っているとは思えない」といった意味のことを藤原新也氏が書いていた(06.1.23 朝日)。
 なるほど、愛国心の有無をめぐる議論について自分がなんとなく抱いていた胡散臭さの正体がわかってきた。卒業式で日の丸掲揚や君が代斉唱を拒否する教師や生徒がいる。マスコミで報道される彼らの意図はたいてい、日の丸や君が代が先の侵略戦争と結びついているというものだったが、果たしてそうなのか。戦争を振り返るまでもなく、今の日本が愛するに足らない国だということを肌で感じているから愛国心を持てないだけの話では。そんな彼らを躊躇(ためら)いなく処分する教育委員会など、強制的な愛国心教育を施そうとする人々には、なぜ強制しなければ皆が従わないかが理解できていない。
 もっとも藤原氏の言う‘国’とは政府や役人のことで、‘自分’に対して‘国’があるというスタンスらしい。実際には‘自分’も‘国’の一部である。国に良くなってもらうには自分が周囲に良くすることから始めなければならないのも事実。

 雪の兼六園とか農村の風景とか和食とか、人の奥ゆかしさや手先の器用さなど、‘日本’を構成する要素の中で好きなものは多い。一方で政治の闇、巨大企業のなりふり構わぬ利益追求、じめっとした人間関係、皆と同じであろうとする国民性などは嫌いだ。何にでも好きな点と嫌いな点があるのは当然。‘愛国心を持て’とは、そういった良し悪しを全部ひっくるめて盲目的にこの国を愛せよということか? そう考えると、なぜ愛着を持つことを強要される対象が‘国’であって‘町’‘県’‘世界’でないのかも不思議だ。

2006-01-24

あったかもしれない日本


 朝食にラーメンと野菜と豆腐を土鍋で煮て食す。つい湯と具を多く入れ過ぎ、結局食べ過ぎ。水は鍋半分くらいでいい(自分用覚え書き)。
 装置の使用法を学ぶ。学生の修論原稿チェック。

 堀江社長は堀江容疑者になってしまった。特に感慨はない。

 『三丁目の夕日』の‘六ちゃん’は、原作では少年だったが映画では少女に変更された。演じたのは堀北真希。
 『野ブタ。をプロデュース』の‘野ブタ’も、原作では少年だったがドラマでは少女に変更された。演じたのは堀北真希。だから何だと言われても。

■『SAYURI』ロブ・マーシャル監督 (2005)
 原作本は読んでいないけれども評判を聞く限りでは、長年欧米人が持っていたステレオタイプなゲイシャ・イメージを一新させたとして、結構評判が良いようだ。映画のほうも、ストーリーそのものにはそれほど違和感は感じなかった。日本人の役を中国や東南アジアの俳優が演じたり台詞が英語だったりするのも私は別に気にならない。
 とすると、ツッコミどころ満載なのはやはり映像なのだな。置屋街の曲がりくねった町並み、置屋内部のゴテゴテした装飾品、和服のだらしない着こなし方、桜の花を弄んではしゃぐヒロインの仕草、何から何まで何かが違う。ウェルズの短編SF小説を思い出した。タイムマシンで太古の昔に旅行した男が、そこでうっかり苔の群れを踏みつけたため、歴史がほんの少し狂って、現在に戻ってきたら風景とか文字が微妙に変わっているという話。この映画の世界もそんな感じだ。
 ハリウッドの眼に映る日本はいまだにこれか。せめて美術さんだけでも日本人を使ってくれたら‥と思ったり、同様にハリウッド映画に登場する中国やタイも現地の人にとっては違和感だらけなんだろうなと思ったり、原作小説は説得力がある(らしい)のに映像をつけただけで嘘っぽくなるので映画作りは大変だなあと思ったり。まあそれがわかったのは面白かった。なので入場料返せとは言わない。というよりむしろ、このズレを味わうためにこそ私はこの映画に足を運んだのではなかったか。

2006-01-23

行動記録


 1/20 (金):助手新年会。1次会:汁べゑ。以前も書いたけどこの店はBGMの音量が大きかったり他の客の話し声がうるさかったりするから好きではないのだ。店に入った時の店員の「いらっしゃいませー」のかけ声からして大音量でゲンナリした。これはもう「賑やかに騒げる店」というポリシーの店だと考えるしかないか。来たオレが悪いのか。2次会まで行ってバスで帰る。が、料理をあまり食べなかったせいか酔いが回り、乗り過ごして終点の南部車庫まで行ってしまう。加賀産業道路をテクテク歩きタクシーをつかまえて帰宅。なんだか馬鹿みたいだった。

 1/21 (土):二日酔いなのでベッドに寝そべりつつ、借りていた『タイタニック』のDVDを見る。
 午後、資料返却のため松任図書館へ。気分が悪く何も借りる気にならず退出。何か腹に入れたいがラーメンは身体が受け付けそうになく、コンビニでカップ春雨を買って食う。人心地がつく。CCZ温泉。汗と共に毒素を出してなんとか平常状態に落ち着く。食欲が出てきたので『らーめん一鶴』で黒味噌ラーメン。本屋で注文の本を受け取る。帰宅。
 本を読んでいる間に眠くなって寝る。

行動記録


 1/22 (日):朝食。先日買った土鍋の防水処理。湯をわかし片栗粉を溶かして5分ほど煮て冷ますと、土鍋が水を吸わなくなるそうな。洗濯。
 ランドリーで乾燥。プール。ホームセンターで車の中に置くテーブルの材料を物色。帰宅。夕食に、先ほど防水処理した土鍋を使って鮭と野菜の鍋を作って日本酒と共に食す。鍋はつい食べ過ぎてしまうので注意しなければ。
 職場からもらった映画館の割引券を使うことを考えたが、なんだか無理している自分に気付き、今日は諦めた。次の週末にしよう。

 1/23 (月):また雪だ。今週は木曜頃までずっと雪らしい。
 1ヶ月ぶりに製膜。朝から夜まで2枚。製膜中は装置のそばを離れられず、手持ち無沙汰なので溜まっている学会誌に目を通す。するといろいろ研究の案が浮かんでくる。せっかくやる気モードになったので、2枚作った後、もう1枚くらい作るか?とオレ会議で審議してみたが今日のところはやめて帰ることに決定。なんだかあらゆることを先延ばしにしているみたいだな。

2006-01-20

映画賞


 毎日映画コンクールで『パッチギ!』が日本映画大賞を受賞。井筒監督の弁。

「“何十年前の夕日がきれいだった”なんてことだけで、日本の歴史を語るなと言いたい」

 ははは‥。(ちょっと賛同する気持ちと、そこまで言うかという気持ちと)

2006-01-18

ニュースな男たち


 1/17 (火):前日深夜と本日早朝に作業があったので職場泊。測定装置使用終了。今日まで3種類の装置をウチの研究室が使っていて、それが同時に終った。新しい物質の調査とか見積り依頼とか勉強とか。寝不足の影響は避けられず、8時頃に退勤。疲れたので11時頃に寝てしまう。
 1/18 (水):報告会。

 宮崎勤裁判の最高裁判決! 小嶋社長の証人喚問! ライブドアに強制捜査! 大ニュース3連発。まあ自分は高みの見物なのだが。
 堀江社長のブログを見てみた。昨日の更新分には簡単なお詫びの言葉。コメントが500件以上ついていて、ざっと見た感じでは8割以上が「堀江社長、頑張れ!」だったのでいささか意外だった。まあ彼を嫌いな人はそもそもここに来ないか。なんか最近学生もネットで株をやるようで、働かずに金儲けしたがる風潮が強くなっているけれども、ライブドアショックを機に額に汗して働くことの尊さが見直されでもしたら少し嬉しい。
 今日の小嶋氏の煮え切らない答弁がマスコミに批判されてるのは、先日来の居丈高な態度とあまりに対照的だったせいもあるだろうと思った。この間まで小嶋氏がイジメっ子で姉歯氏がイジメられっ子のように見えていたが、今日は小嶋氏もイジメられっ子のようだった。きっと影で誰かエラい人にイジメられたのだろう。
 宮崎勤の‘現実の見えて無さ’には‥‥困ったもんだ。死刑になってもならなくても本人にとって大した違いはないんじゃないか。

2006-01-17

サラリーマンの死


 ミーティング。自動測定装置の試料交換など。
 昨夜、コンビニに‘うまい棒’があったので購入してみた(初)。1本9円だって。これ1本だけ買ったら店員がどんな顔をするか興味あったのだが、さすがにできず、必要ないのにカップラーメンを一緒に買った。気が弱い。

■『椿山課長の七日間』浅田次郎 (2002 朝日新聞社)
 昨年末に読了したやつね。死者が成仏する前に7日間だけ現世に戻って未練を晴らすという、まあよくある話である。ユニークなのはあたかも運転免許センターのような天上界の入口のシステム、そして現世に戻る人は姿を変えて別人になりすますというルール。中年サラリーマン、ヤクザの組長、7才の少年の3人がそれぞれの思惑を抱えて、近しかった現世の人々に正体を隠して会いに行く。
 死んでしまった彼らのことを、周囲の者はいったいどう思っていたのか。その解明だけでも結構なサスペンスで、引き付けられる。結局、3人ともとても愛され慕われていたことが明らかになって感動を誘うが、しかしながら(だからこそ)誰も100%幸せにはなれない。人は悲しい。企業戦士の悲哀、ヤクザの悲哀、コドモの悲哀、それを囲む老人や女性や親のそれぞれの悲哀が描き出されて、そのたびに読んでいて目頭が熱くなる。どうして浅田氏はあらゆる層の人間の涙腺のツボを知っているのだろう? タイトルには椿山課長とあるけど、登場する全員が主人公と言っていい。特に、課長と同期入社の女友達が思いを吐露するくだりと、どこまでも人を救おうとする爺さんと聡明な孫の活躍が印象的。
 殺人のエピソードなども含まれているにもかかわらず読後が爽やかなのは、殺した人間も殺された人間も天上界でピンピン振舞っていて、よほどの悪事を働いたのでない限り極楽に行けるという免許センターのシステムのおかげかもしれない。皆に愛されたり大抵の人が極楽に行けたりと、かなりメルヘンチックではあるけれども、死について考えさせられ、生きることが愛おしくなる物語。
 春にドラマ化だそうで。とりあえず見てみよう。

2006-01-16

古典SF


 昨夜は帰りそびれて職場泊。早朝に帰宅して昼まで寝る。洗濯・入浴・炊飯を同時進行。食事して、ランドリーで乾燥して、また職場へ。測定装置の試料交換とか共同研究者との連絡とか勉強とか。

■『幼年期の終り』アーサー・C・クラーク/福島正実訳 (1953年)
 毎日風呂の中でちまちま読み進めてようやく読了。
 前半の展開にぐいぐい引き込まれた。折しも米ソの宇宙競争が激化している地球に、はるかに高度な技術力を持った異星人集団‘オーバーロード’がやってきて君臨する。自分たちを凌駕する大きな存在が現れただけで、人々は愚かな身内争いをやめ、地球上から一切の戦争が消える。その過程がじつに科学的説得力に富んでいて、なるほどと思わせる。現実の組織でも、畏怖すべき大ボスがいるだけでまとまりが生まれることってある。
 その後、地球上に生じる変化がかなり長期的なスパンで描かれるのだが、ラストの展開はあまりに壮大で、ただ「ほえー」と感心しながら追うのがやっとだった。じつは自分はこのように身近な世界からかけ離れたスケールの物語が苦手だ。しかし「もしも人類を凌ぐ大きな存在が現れたら」という命題に対する作者の描像には心が踊った。本当にオーバーロードがやってきて戦争を止めてくれたらなあと思ったり。
 人間ってのは最後の瞬間まで探究することをやめない生物だという主張も伝わってきて、元気づけられる。

2006-01-15

ものづくり


 雨がザーザー降って地面の雪をあらかた消した。路肩に積まれた雪はまだ堆(うずたか)く残っているが。職場の駐車場に来たら本当に久しぶりにほとんどの駐車区域で地肌が露出していて、思わず「おおー! おおー! おおー!」と感動の声を上げたのだった。結局1ヵ月くらい雪にまみれた生活が続いたのだな。できればもう春まで降らないでほしいんだけど無理?

 職場で自動測定装置の試料交換を数回。合間にプールに行ったり車の1ヵ月無料点検に行ったり。
 キューブの内部に小さいテーブルを設置することを考える。助手席でパソコン作業したりデスクワークしたりでき、かつ運転席から楽に見られるロードマップ用の書見台としても機能するようなもの。もちろんそんな都合の良いものが市販されているはずもなく、自作するしかない(もしくは町工場に作ってもらうか‥でも費用がどれほどかかるのか)。朧(おぼろ)げなアイデアができたので、実現に向けて動きだそうと思う。

2006-01-13

メイキング


 自動測定装置のマシンタイムが始まったので、数日間は測定を。あとは寒剤を汲んだり回路を考えたり勉強したり。

 12月31日の『三丁目の夕日』の感想に「CGであることを強調しないでほしい」と書いたけど、考えてみたらある程度メジャーな作品には、観客(視聴者、読者)に作品製作の舞台裏を披露するような企画がつきものなのだった。メイキング映像とか、NG集とか、作家が執筆の動機や苦労を語るインタビューとか。作品世界に馴染んだ客が、次の段階としてこういう舞台裏を見たいと欲するようになるのは昔からの道理。作り手側がそれに応えて情報開示することを非難はできない。そういう情報を欲しない客の目にも否応無しに飛び込んできたら困るけれど。

 ただそういう情報を目にしたら、客はもはや純粋な受け手の目で作品を楽しむことは難しくなる。かつて大河ドラマ炎立つ』の放送中に、その撮影のために作られた岩手県の‘えさし藤原の里’を見物に行ったことがあった。画面に登場するセットを実際に目にするのは楽しかったが、以後ドラマを見るたびに「あの館の裏手には実は朝廷の宮殿が建ってるんだよな」などと画面に映っていない部分に意識が行くようになり、物語に感情移入できなくなってしまった。舞台裏を知るということは、言わば‘受け手’から‘作り手’の側に回ることなのだ。それによって失うものがあるにもかかわらず、そうしたがる客が多いのは面白い現象だと思う。
 たまたまある雑誌の編集者が日記に「夢を与える仕事の漫画家が、インタビュー等で製作の裏話を語るのはやめてほしい」と書いているのを見た。ちょうど1月5日の私と同じようなことを言っている。まあこういった舞台裏公開企画には安定した需要があるのだろうから、客のほうで見る見ないを選択するしかないのだろう。

2006-01-12

超メジャーな教科書だが


 米国アマゾンで『キッテル固体物理学入門』の原書のカスタマーレビューを見てみる。8割以上の人が「不親切」「初学者には向かない」「ひどい本だ」と否定的。オレだけじゃなかった、と安心した一方、これほど酷評されているとは意外だった。
 そう、素人がいきなりこの本で独学しようとすると、あまりの説明不足さにすぐに袋小路に陥って、投げ出してしまいかねない。講義の教科書や、辞書的な参考資料として使うぶんにはまあ良いのだが。自分で何かを学ぶには、同じ分野の教科書を複数用意して、適宜見比べながら進めるのがやっぱり基本ですな。

 バラエティにおける今の梨花のポジションって、30数年前のゴールデンハーフのエバに似てるかも(こればっかり)。

2006-01-10

自分会議


 午前中からプールへ。その後職場へ。年頭でもあるので‘オレ会議’を開いて今後の仕事のやり方を決める。あまり大風呂敷を広げずに、できることを一つ一つ片付けるべきだという当たり障りのない結論になる。
 夜8時半頃に職場を出て、ワーナーマイカル(今年初)のレイトショーに行く。映画は『SAYURI』。すべてのシーンがツッコミどころ満載。パラレルワールドの話と考えればいいですか?

 休日はたいてい、家事や仕事や買い物やら多くのことに気が向いて、何をすべきかわからずパニックになるのが常だが、今日は最初から家のことは一切顧みずに、研究関係で自分が考えたい問題を考えることに時間を割こうと決めて臨んだ。きっかけは茂木健一郎氏の以下の文章。

 毎朝、コーヒーを飲みながら、「今日もあの未解決問題についてたっぷり十時間も考えることができるのか!」と胸を弾ませる数学者がいる。(06.1.5 朝日新聞

 研究って本来そういうもんだったよなー、と我に返った思いだ。やらなければならない雑用は平日に消化して、休日は存分に好きなテーマについて考えるという生活もいいなあと。

キネ旬ベストテン


 キネ旬ベストテンが発表された。ベストテン選出邦洋画計20本のうち、自分が観た映画は2本。「観ようかな」とちょっと思ったものの見逃してしまった作品は3本。昨年もそんな感じだった。「今年は観たい映画は絶対に観てやる」と決めたのにあまり状況は改善されなかった。別にキネ旬ベストテン映画は観ていないとダメなどという権威主義に陥るつもりはないけれども。
 公開作品の多様化している近年、いつかビデオに落ちたらレンタルで観ようなどと思っていたら二度とお目にかかれない場合も多い。映画も一期一会だと考えたほうがいい。大都市でしか上映されない作品が結構あるので、今後は出張や帰省などで東京にいる時に少しでも興味を引く映画があればできるだけ時間を作って観に行こう。これが映画に関する今年の目標。

2006-01-08

紅白舞台裏


 昼頃まで寝る。食事したり洗濯したり。夕方、プール(今年初)。職場へ。共同研究者と連絡少々。

 紅白の録画をひととおり(見たい部分のみ)見たあとで、2日に放送された紅白舞台裏紹介番組の録画を見た。現場はまさしく時間との戦いで、時間を削りたい構成係と時間をもらいたい司会者や技術陣が、放送開始直前まで丁々発止の鬩(せめ)ぎ合いを演じている。冒頭の

 みのもんた「緊張してうまく喋れないよ〜」
 仲間由紀恵「みのさん、じゅうぶん喋ってますよ」

といった些細なやりとりまでが、あらかじめ台本に印刷された台詞だったことがわかる。画面で見ると構成関係のスタッフは10人以上いるようで、それだけの人が台詞を作りこんでいるにもかかわらず、正直言ってトーク部分の盛り上がりは例年今一つだ。『ザ・ベストテン』が黒柳さん久米さんのアドリブと機転で1時間視聴者を釘付けにしていたのと対称的。生放送の限られた時間だからこそ、作られた台詞よりも生の言葉がより人々の心に訴えるんだろうな。みの氏は別に好きではないけれど、「自由にやらせてくれなければ僕を使った意味がない」と訴える彼の主張には賛同する。

 出演者の楽屋や出番待ちスペースがいかに手狭かということも紹介されていた。自分の歌が済んだらすぐ帰ってしまう歌手がいることに不満の声があるけれども、もし全出場歌手が最後まで残っていたら楽屋が足りないのでは、とも思った。

耳に残るフレーズ


 鼻水が出たりしてやや風邪気味で、活動も今一つ気合いが入らない。
 夕方から職場に来て、書類書いたり新聞記事をスキャンしたり。

 いいとも増刊号でオリエンタルラジオを見る(2回目)。「♪武勇でんでんでんでん」というフレーズが耳に残ってしかたがない。へえ、デビューしてまだ半年か。
 ところで子供らの間に蔓延している「フォー!!」って、40年前に大流行した「シェー!!」といろんな意味で似てるね。

2006-01-07

行動記録


 春の学会に講演を申込む。実はこの学会で自分が発表するのは2年半ぶりである。人々に忘れられているのでは。この機会に、今年行なわれる学会や国際会議の情報をまとめて自分のページにアップしておく。
 今日覚えたこと:ビットマップ画像を含むWordファイルをpdfに変換する時には、グレイスケールビットマップイメージを選択し、かつ解像度を 300 dpi くらいにすると綺麗にできる。テキスト形式で書かれたウェブページのソースファイルをWordで開くと、htmlのタグをいちいち書かずともハイパーリンク機能などを使って比較的楽に編集ができる。

 久々に丸1日雪が降らなかった。雪の付着していない自分の車が新鮮に見える。そのかわり地面は凍結していてスケートリンクのようだ。ちなみに現在、職場付近の積雪は 70 cm くらいだろうか。

2006-01-06

アインシュタイン in 日本


特別展『アインシュタイン日本見聞録』(~06.2.26、東京国際フォーラム)
 相対性理論で名声を博していたアインシュタイン博士は1922年に来日し、約2ヶ月間に渡って講演したり観光したりして日本各地を回った。博士に対する当時の日本人の熱狂ぶりはものすごく、行く先々で群集に迎えられ、研究者から一般人まで大勢の人が講演を聞きに押し掛けた(もっとも理解できた人は少なかった)。その時の博士の日記や写真や肉声、新聞記事などの記録を一堂に展示した催し。じつはよく似た内容が『アインシュタイン 日本で相対論を語る』(講談社)という本に網羅されているのだが、本にない内容もある程度見られるかもしれないと思い足を運んだ。
 結論として、初めて知った事柄も少しはあったけれどもさして目新しい資料もなく、展示としても不満な点が多かった。会場の構造のためか照明が当たらないパネルがあったり、引き延ばされた当時の写真に壁の柱がかぶっていたり。さらに博士の日記の英文・和文対訳がパネルに記されているのだが、明らかに和文が英文に対応していない箇所があった。受付の人にその誤りを指摘したら先方も既に認識していて、パネルの印刷はドイツで行っているので現在修正版を依頼中とのこと。まあいいけど、800円の入場料の割には気合いが入っていないと思った。特別協賛に自分の母校の名が入っているのが今ではやや恥ずかしい。
 しかし当時、自然科学とは縁のない大衆の間でも「相対性理論」という言葉が大ブームになった事実は面白く、どういう時代背景がそうさせたのかという興味は尽きない。とフォロー。

S30チルドレン


■ 『ALWAYS 三丁目の夕日』山崎貴監督 (2005)
 徹底的にこだわって集められた昭和30年代の記号の数々は期待どおりだ。集団就職で蒸気機関車に乗って上京する東北の少年少女たち。彼らを迎え入れる上野駅。オート三輪。初めて見るテレビ映像に熱狂する近所の人々。子供らの心を虜にする月刊少年誌。内装が木造の路面電車。氷の塊で冷やしていた電気式でない冷蔵庫。当時の東京の風景やモノや人々の姿に触れたいという目的は十分に達せられた。
 もっとも物語としては、なぜか世間が言うほど感動はしなかったな。いろいろなエピソードが取り入れられているので話が分散して、誰に感情移入すればよいのかわからなかったせいだろうか。それともセオリー通りの筋運びで感動させようという安直な考えが垣間見えたためか。映画でもドラマでも、観客の心を揺さぶるのは粗筋よりも、登場人物が生きて呼吸していることが伝わってくるような一挙手一投足だ。それが演出というものなのだ、といったことを考えた。VFX技術者出身の監督にそこまで求めるのは酷か? ついでながら、一般に映画などで「CGで再現した○○」といった裏話はあまり強調しないほうが良い(これは映画スタッフよりは映画を取り上げる雑誌やTV番組に言うべきことだが)。CGというだけで観客が有り難がる時代は終わり、いまやCGは現実に作ると金がかかりすぎる大道具やアクションの代用品である場合が多いのだ。
 そんなわけで、本作は時代の雰囲気やディテールを味わうという楽しみ方でよいと思う。昭和30年代アイテムの資料として再び観ることもあるかもしれない。

2006-01-04

ユーミン in 上海


 紅白でユーミン(+アジア歌手のユニット)の歌っている場所がふつうのビルの屋上だったので「なんだ、このチープさは」と少しびっくりしたのだが、じつはもともと夜景の綺麗な公園で歌うはずだったのが前日になって中国側の使用許可が下りなくなったので仕方なくホテルで歌ったのだ、と今日になって知らされた。
 アジアのアーティストたちが友好を示すためにわざわざ中国で歌うことに決めたのに、よくわからない理由をつけて邪魔するとは、彼らのメッセージを踏みにじるのに等しい。昔も今も中国の役人のやり方ってこんな感じだな。民意をすくい取る努力をせずに自分の権威だけを重んじている。今回の嫌がらせを含む最近の強い態度の背景には、自国が経済的に強くなったという自信があるのだろう。とりあえずこの裏話はもっと報道したほうがいいと思う。視聴率の不振な紅白のことだから、憤慨の声を上げる日本人が多いとも思えないが。 
 いろいろな意味で、今年気になる国は中国だ。

Connection: close