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今日日の私・新

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2006-07-28

祀るということ


 7/26 (水):実験結果の解析。報告会準備。
 7/27 (木):報告会準備。報告会。自動測定装置の使用開始。基板の前処理開始。
 7/28 (金):自動測定装置の試料交換を何度か。秋の欧州行きの旅程を組む。学会以外にも寄るところがあって、まだ完全に定まっていない。金属加工業者へ完成品を取りに行く。ボスの名刺を印刷する。基板の前処理終了。書類書き。

「被祀者の遺骨・位牌などはなく、霊璽簿に氏名を記入し、合祀祭を行うことで、「御霊(みたま)」を招来して祀っている。‥‥なお合祀に関しては、本人・遺族の意向は基本的に考慮されておらず、神社側の判断のみで行われている。」
「靖国神社は、いったん合祀した霊魂は一体不可分となるので特定の霊のみを廃祀することは不可能であり、分祀しても元々の社殿から消えはしないので無意味であると主張し」(Wikipedia「靖国神社」の項より)
 靖国神社に御霊を祀る際の手続きなど、今まで考えたことが無かったが、ただ祀られる人の名前を紙に書いて儀式をすればいいのか。驚くほど単純だった。それにしても、遺族の承認なしに神社側が勝手に祀ることができて、それでいて後で取り消しもできないとはどういうルールだ。アンフェアも甚だしいのではないか。神秘的な論理を押し通す宗教にあまり大きな特権を許していたら危険だと思う。

2006-07-25

カメレオンマン


 製膜2回。途中、韓国の学生さんたちが見学にくる。ほとんど英語でやりとりしていたが、調子が出ず我ながらグダグダな喋り。これは相手がどれだけ英語に長けているかわからないため、加減して喋ろうとした結果、自分が喋るのが困難になってしまったためだと思う。日本人と話していても、相手が無口な人だと自分も会話力が半減することがしばしばある。いかなる相手に対してもマイペースで話せるようになることを課題にしよう。

半断食


 7/22 (土):本日は「酵素半断食法」を行う。酵素飲料と水と野菜ジュースだけで1日を過ごすというもの。この酵素飲料の匂いがかなり個性的で、しばしば「らっきょうの汁」「生ゴミ」の匂いに例えられる。そのくせ味はメープルシロップ並に甘ったるく濃厚。今回、これを 140 cc ずつ4時間ごとに飲む。噂には聞いていたが実際に飲むと結構きつい。腐ったタマネギの匂いのするメープルシロップをコップ1杯分飲み干すことを想像してみてほしい。2回目にはもうこの飲料が嫌いになり、3回目はなるべく舌で味わわずに急いで喉に流し込んだ。しかし空腹感は1日を通して全く感じなかった。さすが酵素パワー。
 知的活動は何もせず。『ハウルの動く城』やチャングムを見てゴロゴロして1日が終わる。固形物を食べないとやる気が出ないのか。それとも元々自分の中に潜んでいる怠け心が、ダイエットを口実に大手を振ってのさばっているだけか?

 7/23 (日):断食の回復期。酵素飲料やジュースに加えて、粥とかヨーグルトとか和風の総菜を摂る。動物性蛋白質はまだご法度。
 今日もちょっと買い物に出たくらいで、大した活動はしていない。なんでも世間では土用の丑の日らしく、スーパーの店頭に鰻の蒲焼きが並んでいて、よりによってこんな日を断食日に選んでしまった自分に苦笑。でも蒲焼きの匂いの誘惑に負けて‥‥ということはなかった。食べ物がなくても案外平気だと思った。
 『人生はフルコース』3回分一気に見る。ここでも食べ物の映像が!

行動記録


 7/24 (月):今日から普通食に戻る。断食の前後で体重は 1 kg ちょい減ったようだ。この程度ではどこの肉が落ちたのか全然わからん。
 ミーティング。製膜2回。並行して共同研究者と電話で論文打ち合わせとか、別の共同研究者とメールで実験計画とか、ボスとディスカッションとか。
 先日申し込んだ国際学会の講演が受理された。つまり、発表をしてもいいよ、という通知が来た。10 月にイタリアに行くことが決定。

 7/25 (火):書類書き。先週の金属加工業者を再び訪れて、加工の依頼をしついでに雑談少々。金属のプロの話はいろいろ示唆を含んでいる。部屋に戻って、論文の推敲をして、英文添削業者に投げる。プール。

2006-07-20

町工場


 7/19 (水):出勤前に、川北町にある金属部品の加工業者を訪問し、加工の相談。テストとして1個作ってくれることになる。出勤。自動測定装置用の端子付け。今回も初めての配置を試してみる。夕方、くだんの業者からサンプルが完成したと電話があり、取りに行く。見た目は満足な出来。念のため引き取って必要な分析をして、OK となったら改めて発注することに。
 この業者を選ぶにあたり、近場にあるこの分野の業者をネットで調べて片端から電話していったのだが、5軒に断られ、6軒目でようやく色よい返事をもらえたのが上記の川北町の工場。各工場には細かい得意不得意分野があるので、専門外のために断られるのは仕方がないのだが、中には電話口でハナから不機嫌そうに「はあ」としか受け答えをせず、依頼内容を聞いて「あ、それは無理ですね」と答える時だけなぜか明るい声になった業者もあって、仕事を受けるのがそんなにイヤか! とこちらも不愉快になったりした。ちなみに断られた5軒はいずれも金沢市や旧松任市の業者。町中にある工場が良くて、田んぼの中にある工場はダメという先入観とはまったく逆の結果となった。

 夕方から講座の新配属学生歓迎飲み会。店は『呑べ 玉鉾店』。料理はなかなか美味だし店内の雰囲気も悪くない。ただ送迎バスに待たされた。帰り、8号を通って大学方面まで行くのを途中の野々市二日町で降ろしてもらい、家まで約 3 km 歩いて帰った。家の近くまで送ってもらう手もあったが、バスも忙しそうだったし。

 7/20 (木):電車で出勤。自動測定装置の試料取り出し。午後はヒーターの修理と新しいヒーターの工作。プール。

2006-07-18

断食道場


 7/17 (月):海の日だったらしい。大雨で誰も海水浴には行かなかったと思うが。
 職場泊。前日のプールで使った水着を干すために一旦帰宅。昼前に再び職場へ。製膜用ヒーターの修理をして製膜1回。だがプロセスに問題があり、試料がダメになってしまった。もはや一から作り直していては 19 日の測定に間に合わない。緊張の糸が切れ、以後自堕落モードに切り替わる。帰ってうだうだして、夕食も忘れていつの間にか寝ていたようだ。

 7/18 (火):夕食を忘れることってたまにあるけど、そういう時は身体が食事を必要としていないんだろう。そういえばここ最近「おなかがすいたから」ではなく「食事の時間になったから」という惰性的な理由で食事をとっていたような気がする。せっかくなので断食道場の真似をして、朝食も抜いてにんじんジュースとヨーグルトで昼まで過ごしてみる。しかしお腹が緩くなるし歩く足に力が入らないし。仕事のある日にやるべきではなかった。

 ミーティング。こまごまとした用事。夜、「どうやったら学生の研究のモチベーションを上げられるか?」というテーマのセミナーを聴講。モチベーションは本来は周囲が上げてやるものではなく、自分の中で自然に上がるものだと思うけど、今は若者の理科離れが深刻でそんなこと言ってられないんだよな。

2006-07-17

旅芸人/鍼


 朝、職場へ。自分の測定が終わって試料を取り出し、研究室の学生に引き継ぎ。一旦帰宅。ビデオ見たり。
 夕方、再び職場へ。途中、模型店で工具を購入。製膜装置に試料を導入。真空引きの間にプールと夕食。2台の製膜装置で平行して別々の物質の膜を作製。

・探偵!ナイトスクープ アカデミー大賞 2006(朝日放送系列)
 旅芝居の一座に入ったまま家に帰ってこられない 15 歳の息子の仕事ぶりを見るため、母親が変装して舞台裏に侵入する。母のいる観客席に向かって息子が「おっかさん、俺は大丈夫だよ」と芝居の台詞を語るところ、何度見ても泣けるわ。我ながらこんなベタネタに弱いとは。あと、バブルリングというものの存在を初めて知って、その美しさと科学現象の奥深さに心を奪われた。
 ついでに、新探偵にしずちゃんが名を連ねている(ただし滅多に出ない)ことも別ルートで知る。やはりこの番組は毎週見るべきかもしれない。

・チャングム
 医女編に入ってから、鍼を打つシーンが頻繁に出てくる。本物の人間の腕に鍼が突き立てられ、グイグイ押し込まれる‥‥。うううう‥‥。腕のアップは代役かもしれないが、俳優本人に鍼が打たれているのがわかる画面も時々見られる。打つ人がちゃんとした鍼師でさえあれば大丈夫なんだろうけど、日本のドラマではそんな撮影はできないだろう。

2006-07-16

行動記録


 職場泊。試料への電極蒸着と端子付け、自動測定装置で測定開始。測定中一旦帰宅。洗濯とか。
 夕方再び職場に来て試料交換。新たな測定配置を考えて試してみるも、失敗。やむなく別の試料を測ることに予定を変更して測定開始。

 よく考えずにナイトスクープの特番を録画したため、オンバトを見逃してしまった。あとでネットで結果を確認したら、プラスマイナスが 541 KB(あとボール1個で満点)という高得点を叩き出していたので驚く。どんなネタだったのか気になる。誰か YouTube にアップしてー。

2006-07-15

八丁味噌


 久々にクリーンルームで微細加工作業。カンを取り戻すまで、うっかりミスを繰り返す。ここ数ヶ月デスクワークが多かったので、ものづくり人間のキモチを忘れてしまっていた。いかんなあ。

 昨日の『純情きらり』に、統制価格の影響で八丁味噌が作れなくなったという新聞広告を、山長ら味噌メーカーが連名で出すエピソードがあった。映し出された紙面についつい興味がわいて、ビデオを一時停止してディテールを観察する。広告の文面も周囲の記事も、本物の昭和 15 年の新聞(コピーだけど)を使ったように見受けられる。ちなみに広告主の味噌屋の名前は「山長」「六地蔵味噌本家」「一久本舗」「マルトヤ」「伊賀山」とある。これらもいかにもありそうな名前だけど、さすがに NHK が実在の会社名を出すはずはなく、検索したがやはりそんな味噌屋は無かった。きっと広告は当時の本物だが味噌屋の名だけスタッフが差し替えたんだろう。いま八丁味噌は「まるや」と「カクキュー」が二大メーカーだそうで、「マルトヤ」「一久本舗」はそれらをもじったものだと推測される。では他の「六地蔵味噌」「伊賀山」は? 昭和 15 年当時は他にも有力メーカーがあったのか? できたらそのためだけに当時の新聞を見て確かめてみたい。でもたぶんやらない。

2006-07-14

どうクラ


 基板前処理 → 製膜2回。合間に報告会、管理装置のメンテの立ち会い。

・水曜どうでしょうClassic(朝日系列)
 先週初めて見た。若い男2人(とスタッフ)が行き当たりばったりで日本を旅したりいろいろしたりする北海道ローカル低予算番組。本編は 2002 年に終了したらしく、今やってるのは 1998 年の回の再放送。しかし最近なんかあちこちで話題になってるし、出演していた大泉洋は売れっ子になるし、Wikipedia では膨大な字数を費やして番組情報や出演者情報が語られている。今放送されてるのは「絵はがきの旅」のエピソードだけど、Wiki を見るとこの先の展開が全部書いてあるんだな。とにかくこの番組について語りたくて仕方がないコアなファンが大勢いるのは確か。すっかり伝説的番組と化している。
 若い頃「コサキン」や爆風スランプの一生懸命バカなことをする芸風が好きだった。あの熱気に似たものを「水どう」にも感じる。出演者のキャラクターとか、ディレクターのポリシーとか、いろいろな要素がうまくマッチしたんだろうな。地方局で低予算だから人気番組が作れないというのは嘘であるという証明。

2006-07-13

ザベテン


・ドリーム・プレス社(TBS)
 生放送。1978 年 7 月 13 日の『ザ・ベストテン』のランキングをそっくり再現し、その歌手に登場してもらって当時の歌を歌わせる企画。なぜ唐突に今の時期に?という脈絡のなさは感じるが、それでも見ずにいられないのがザベテン世代のサガだ。黒柳さんと安住アナと大竹まことの掛け合いは、まさしく往年のこの番組の雰囲気。セットも演出も字幕も当時あった技術を使っている。しかも古さはまったく感じない。来られなかった歌手のかわりにオウムに歌わせようとするナサケナイ企画(しかも失敗する)も、あの頃の番組の発想の忠実な再現となっており懐かしい。以前年末にやっていたザベテンスペシャルよりも、今回のような通常時のザベテン再現のほうが懐かしさを呼び覚まされた気がする。しかしそう何度も通用する企画ではないだろうな。
 50 歳の世良公則が、とてもそうは見えない若々しさだった。(10分)

2006-07-12

富山


 講演会聴講のため富山市へ。行き帰りとも8号線を使ってだいたい片道2時間前後かかった。少し早く着いたので、会場の隣にある NHK 富山の映像ライブラリー(初)に寄ってみる。高速回線で、川口にある NHK アーカイブスと同じ資料が全国各地の NHK で視聴できるようになったが、北陸ではここしかなく、以前から行ってみたいと思っていた。といっても特別な部屋があるわけではなく、局ビルの入口近くにブースが3台あるだけの簡素な設備。そこで 1972 年の『ステージ 101』を見ていると背後のロビーで話し声がする。振り返ったら、元『生活ほっとモーニング』担当の松井治伸アナと元『爆笑オンエアバトル』担当の高山哲哉アナが談笑していた。仕事でやって来た高山アナを地元局勤務の松井アナが出迎えていたところらしい。TV に出る人は日常会話も声が大きいですな。
 講演会終了後、きりん飯店奥田店(初)で五目チャーシュー麺。以前本店で食べた時に比べ少し味は変わったようだが、チャーシューの大きさは健在で、厚さ 1.5 cm を超える豚肉が丼を覆い尽くしている。ギブアップして1枚お持ち帰りにする。しばらく食べないと懐かしくなるのが常だが、もう当分いい。(10分)

2006-07-11

ギャラはおんなじでございます(染之助染太郎)


 夏らしい天気になった。ミーティング。学生と測定。プール。長くかかっていた論文の第1稿を完了して共同研究者に送付。ふう。

倉科遼
 漫画原作者。なんとなく名前は知っていたが真面目に読んだことはない。あまり自分の好みのジャンルではないので。しかし上記のインタビューに「毎月の締め切りは35本から40本。原稿用紙で毎月約1000枚ですね」とあって目を見張った。ためしにコンビニの青年誌を手に取って見たら、見る雑誌見る雑誌どれにも彼の原作作品が連載されていてびっくり。ところで原作者と漫画家のギャラの割合ってどんなだろう。半日で1本上げる原作者と、アシを何人も使って徹夜の連続で締切地獄にあえぐ漫画家で、ギャラが同じだとしたら‥うーむ。

 今日はこの日記を制限時間 10 分で書くことに挑戦。テストのように 10 分経ったら途中でも切り上げる。

2006-07-10

情報整理


 ミサイル発射などがあって、何を書いたらよいかわからずに放置していた。重大事件には違いなく、内心穏やかではいられない。だが自分自身大騒ぎするでもなく普段どおり日常が過ぎて行く。あの国のやり方に対しては恐怖よりも「もううんざりだ」という気持ちの方が強いからだ。巷で言われるように、大騒ぎしたら彼らの思うつぼなので、冷静さを保ちつつ彼らの疲労するのを待つことが最上だろうと思う。

 とりあえず今日は職場に来て測定。合間に溜まっていたスクラップ記事の整理をする。論文、学会誌の記事、一般雑誌の記事、新聞記事など様々な媒体の紙片が入り混じっていたのを、テーマ別に分けて角2型封筒に入れる。かつては媒体ごとに分けていたが、それでは検索にひどく不便だとわかって、テーマごとの分類に変えることにした。自分がどんな話題に興味を持っているかが改めて一望できる。興味を持っているだけで、いかに各々の話題についての自分の知識が浅いか、も。
 ちなみに新聞記事の保存方法は、切り抜いた新聞紙のまま保存する原始的なやり方に変更した。ただし小さい紙片だと散逸してしまうので、原則としてどんな面積の記事も A4 サイズに切り取る(大面積の記事は折り畳んで A4 になるようにする)。見栄えは悪いけれども、今まで使っていた「切り抜いて台紙に貼る」「ゼロックスコピー」「スキャンして電子化」といった方法に比べて手間や金がかからない。

2006-07-05

発掘映像


 YouTube なるサイトに行って検索したら『ケンとメリー』の音源も『Love Me Tender』の PV も簡単に視聴できた! すごいサイトだと思った。しかし幻の曲があっけなく幻でなくなってしまうのには一抹の寂しさも付きまとう。

2006-07-02

今が通りすぎてゆく前に


 1年の半分が終わってしまった。信じられん。どうしよう‥と慌てているうちに後半も過ぎて行くのか。
 寝坊。食事作って食べる。洗濯。プール(今週4回目)。水が少し言うことを聞いてくれるようになった気がした。夕食後、職場へ。論文用の図面作成。

 通っているプールには常に有線と思われる BGM が流れていて、昨日は懐メロチャンネルだったのか、1973 年頃の歌謡曲や欧米ポップスが続けてかかっていた。どちらかというと今でもよく耳にする曲が多かったが、『ケンとメリー〜愛と風のように』(BUZZ)がかかった時は「うわー!」と思って泳ぐのをやめて最後まで聴き入ってしまったよ。当時はこれもスカイラインの CM ソングとしてメジャーだったと思うけど、今はほとんど聴く機会がない。自分にとって幻の曲だった。そういえば以前、セル CD でもレンタル CD でもどうしても見つからなかった『Love Me Tender』(D-LOOP)もこのプールでたまたま流れていたことがあった。あるところにはあるんだな。