Hatena::ブログ(Diary)

今日日の私・新

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2008-07-31

晴のち曇 暑い


 出勤するも、使おうと思っていた書類やデータを忘れてきたことに気づき、昼休みに一旦取りにアパートへ帰る。暑さでボケているな>自分

 論文 F の改稿を済ませて再投稿完了。
 今まで言われたことが無かったけど、第1稿に対してエディターから、文章中に「new」「novel」「first」「successfully」を使うな、という注意が添えてあった。「論文にする以上、初めての、新しい、成功した結果なのは当たり前だ! いちいち強調するんじゃねえ!」ということだね。たしかに自分の文章中にはいくつも該当する箇所があった。あまり内容に自信がなかったから、余計に針小棒大に成果を強調しようとしたのかもしれない。

2008-07-30

晴のち曇


 11 日経ってもポンプが来ないので、イタリアのポンプメーカーにスカイプで連絡をとる。同型機の準備に手間取り、あと2週間かかると言われる。発注から5日で来るはずではなかったのか? と文句をたれたら、代案で米国にある機械を送る、それならあと5日で届けられる、という。とにかく少しでも早く入手したいので、その案でいく。それにしても、クレームが来てから初めて対処するという企業姿勢は、百円均一の安物の製品を作っているメーカーと同じじゃないか。
 というわけで製膜はあと5日間おあずけ。一方では9月の国際会議に口頭講演を申し込んだのにポスター発表にされてしまうし、なんだかやる気が半減したわ。

 化合物の分子構造図を Igor で描いてみる。完成した3次元の絵は自由に回転させて眺められるのがメリット。だがまだこのソフトに慣れていなくて、どこをどうすればどうなるかがわかっていない。

2008-07-29

晴のち曇一時雨 ムシムシした


 ポンプがまだ来ない。そうこうしているうちに職場の事務棟も夏休みに。無事手元に届くだろうか。
 しかたがないので、今日は論文 F の改稿作業をやっていた。

 ◇ ◇ ◇
 神戸の川で子供4人が亡くなった事故、ここでもニュースで伝えられていた。どうしてこんな急激な増水が起こるのだろう。山間部を開発したせいで雨水が地中に吸収されなくなったか、もともとそういう気候・地形の土地なのか(でも太古の昔からこういう増水が起こっていたなら川幅ももっと広がっている気がする)。
 同時に、金沢の浅野川が氾濫した映像も。
 たしかに地球規模で何かが変化しているようだな。

2008-07-28

晴 こんな日に泳ぎに行かずにいつ行くのか?


 …といった陽気だが、外出せず。部屋の掃除とか洗濯とか。
 テレビをつけたらツール・ド・フランスを中継していた。今まで全然観ていなかったけど、今日が最終日とのことなので、最後まで観た(初)。最終日のせいか選手達も、序盤はシャンパングラスを手にしたり互いにデジカメを向け合ったり(走りながら)と楽しんでいる様子。最後は、凱旋門の見えるシャンゼリゼ通りを何回か行ったり来たりしてからゴール。誰が勝ったとかには興味ないのだけど、コース周辺のフランスの風景の美しさと、それを伝えるためのカメラワーク(クレーン、空撮、バイク…)の迫力に感服した。昨日までのステージも観ればよかった、と少し後悔。ちなみに、ツール・ド・フランスという名にもかかわらず、トゥールはコースに含まれていないのですよ。

 昔よく雑誌で見た「ニッコリおじさん」記号、どっかに画像がないかとかねてより探していた。呼び名がわからないので検索のかけようもなかったのだが、今日偶然見つけた。「記号 BA-90」というんだね。ついでにこの記号の EPS ファイルを提供しているブログも見つけた。これならドット絵でないので、いくら拡大しても輪郭が美しいまま保たれる。(特に使うアテはないけど)

2008-07-27

晴時々曇


 La Riche Soleil へ買い出し。一旦帰宅して、自転車で町の中心のアジア食材店へ。
 旧市街一帯で路上市場のような催しをやっていた。ニンニクを束にして売っている店が多数。何のお祭りだろう? 市場の一角で3人組の楽団が奏でるジプシージャズをしばし堪能。

 この日記に載せる写真は通常は Apple のサーバー(「.Mac」)にアップロードしているのだが、まれにうまく送れないことがある。そんなときは自分のもう1つのブログ(FC2)のサーバーに写真をアップロードして、そこへこの日記からリンクを張るという、他人の褌で相撲をとるようなことをしている。
 ところで自分の仕事ページも新しく作らないといけないな、と考えていて、ふと思いついてウェブページの html ファイルを FC2 のサーバーに置いてみた。当然ながらちゃんとどこからでもアクセスできて、ページが表示された。無料ブログってすごいなあ。URL が長ったらしくなるのと、 500 kB を超える容量のファイルは置けないのが難点だけど。

2008-07-26

晴のち雨


 装置作業。いつでも製膜できるようになった。あとは代替ポンプを待つだけ。「5日以内に送る」と言われたのに7日経っても来ないんですけど…

駄サイクル


■ 漫画『ネムルバカ』石黒正数(2008 徳間書店)★★★★★

 4月にアマゾンで購入したものだが、今頃感想を書く。
 メジャーを目指してバンドで活動する先輩と、自分の目標を見定められずにそんな先輩を眩しく見る後輩、2人のルームメイト女子大生の話。

 よくある設定やプロットではあるけれど、本作では青春時代の人間が感じるいろいろなタイプの‘もどかしさ’や‘関係性’が、象徴的に絵でわかりやすく示されているのが秀逸だと思った。
 ミュージシャンである先輩は、音楽で成功するためには硬くて厚い「壁」があり、それをどうにかするために日々頑張っているのだという心境を語る。その背景には、コンクリの壁にシャベルで風穴をあけようと励む先輩の絵が象徴的に描かれている。ジャンルを問わず、何事かを成し遂げようとする者に共通の心理であろう。

 カフェなどの店内を使って、少人数で互いに作品を見せたりほめたりし合って自己完結する集団を、「駄サイクル」の一言で斬り捨ててしまう先輩の洞察にも唸らされた。こういう店、たしかに中央線沿線などにあるね! 作者はそんな奴らを「自称ア〜チスト」と呼び、これでもかと嫌味たらしいキャラに描くのだが、しかしその一方で先輩は、自分もたぶん駄サイクルの輪の中にいるのだと自覚してもいる。
 Garage Band Fan Club や YouTube に自分の演奏を投稿した人への他人からのコメントなど見ると、ほとんど褒め言葉ばかりなのだけど、これも駄サイクルかな。駄サイクルって何だろう。

 『ネムルバカ』の中には、アーティスト対観客の関係として3つの事例が描かれている。1つめは先輩のバンドが満員のライブハウスでライブ演奏する(観客数 200 人くらい?)。2つめは上記の、仲間内で自己完結している自称ア〜チスト(観客数20人くらい?)。そして3つめは、大手レコード会社が先輩をスカウトしてソロアーティストとして売り出すプロジェクトを立てる。自分の意志に関係なく先輩は芸名を与えられ、CM に登場させられ、話題の的となり、ついに大ホールを満員にするコンサートを実現させる(観客数 20000 人くらい?)。

 3つの事例で違うのは観客数の規模だけであって、アーティストが表現するものを観客が享受し賞賛で返すという構図はどれも質的に差はない。その意味で、カフェで自己完結する自称ア〜チストも、否定されるべきものではない。「やってることが小さい」と馬鹿にされるのは仕方ないが。
 つい研究の世界に連想を働かせる。研究者も作品(=論文学会講演)を発表し、それに対して世間から評価(=引用、招待講演、授賞 etc.)を受けるわけで、アーティストと共通するところが大きい。仲間内で論文を引用し合うだけの小さい輪の中にいる研究者は、まさにカフェ店内で閉じているア〜チストと同じで「自称・科学者」と呼ばれても文句は言えまい。せめてライブハウスを満員にさせるにはどうしたらよいか考えねば。

 終盤、大ホールのコンサートで先輩は、プロジェクトに乗ったのは誤りだったと気づき、すべてを放り投げてしまう。しかし私はこの展開にはカタルシスを感じなかった。ビッグになればいいじゃん、と思った(『カンゾー先生』を観た時も同じようなことを思った。中央で世界的な研究に携わるチャンスを自ら放棄して、地方の町医者であり続ける道を選ぶ話)。
 それはこのレコード会社の売り出し方が、いかに先輩の個性や尊厳を踏みにじった「毒まんじゅう」的なものかが、読んでいるこちらに伝わってこなかったからだろう。「キミのやりたい音楽は『売れた』後でもやれるんじゃないかなぁ」というプロデューサーの言葉ももっともだと思うし。そのへんのズレをじっくり描くには、全1巻ではページ数が少なすぎた。

 <以下ネタバレにつき反転>第1話で語られる後輩の中学時代の体験(寿司屋で殺人事件を目撃し、以来寿司が食えなくなる)は、先輩が失踪したあと後輩が音楽を聴かなくなるという結末の伏線になっている。後輩にしてみたら、先輩という一人のアーティストが音楽業界に殺されてしまったも同然だったのだろう。最後の4ページは一見平穏な日々が戻ってきたかのようで、ラストのコマも笑顔で終わっているのが救いだけれど、その裏には表立って描かれていない悲しみや喪失感が伺える。全体として笑いも多くて軽いタッチの読みやすい作品だが、結構シビアなテーマが内包されている。何度読んでも飽きない。

2008-07-25

晴 国内でトゥールが最高の31度(by予報)


 装置系の工作少々。スイッチボックスを作ったのだが、買った箱が小さすぎて配線を収納するのに苦労した。昔からよく同様の失敗をする。逆に買った箱が大きすぎたという失敗はした覚えがない。なるべく筐体を小さくしたいという深層心理が働いて、つい小さい箱を選んでしまう。日本人的価値観か。

 ここ数日、夕食は自分流卵スパゲティ。最初、明太子スパのようなものを作ってみたくなって、でも明太子やたらこなど手に入らないので、「同じ卵だ」と鶏卵で代用してみたのが始まりだった。そのうちに「これはむしろカルボナーラに近いのでは」と気づいて、チーズなど入れだした。
 今のレシピ:(1) 茹でたパスタを皿に盛る (2) そこへバター、卵黄、フロマージュブラン(クリームチーズ)、一味唐辛子、だしの素を加え、まんべんなくかき混ぜる (3) 塩、コショウ、きざみのりをふりかけて出来上がり。だしの素なんて使うあたり姑息だよね。でも後片付けは皿1枚洗うだけでいいので楽だ。

2008-07-24

快晴 暑い


 装置立ち上げ続き。先延ばしにしていた部品の工作を、実験室内のミニミニ工場で行う。帰途に Reloy Merlin に寄って部品購入。

 ◇ ◇ ◇
 幸い、今のところ精神的にも肉体的にも特にトラブルなく過ごしているけれども、平均寿命の半分を過ぎた今、自分にも「死」がいつかは訪れることを意識しないわけにはいかない。では死とはどのくらい近い(遠い)存在なのか。
 手始めに、統計データを元に、日本人男性の「年齢に対する生き残り数」グラフを描いてみる。ある年に生まれた数十万人の赤ちゃんが、10 歳、20 歳、…でどの程度生き残っているかを表わした図。当然、若い頃は微減で、中高年になるにつれ減少が急になっていくカーブになると予想される。
 きっかけは、掲示板(たしか 40 歳台の人が集まる板だったと思う)でこんな意味の書き込みを見たことだった。「自分の周りの友人たちは、この歳まで一人も死んだ者がいない。これって珍しいことかな?」その問いに答えるにはまず彼が何人の人間を友と認定しているかをはっきりさせなければならないが、同時に上記の人口-年齢カーブを参照する必要がある。

 ウェブ上で探したところ、数字の統計データは見つけられなかったが、1930 年から 2000 年まで(1940 年はデータなし)の日本の人口ピラミッドが画像ファイルで入手できた(出典:国立社会保障・人口問題研究所)。それを Plot Digitizer X にかけて主なデータ点を数値化し、並べ直したのが右の図。画像から数字を再現した際の誤差が大きいせいか、年齢と共に人口が増加するというありえない振舞いも一部に見られるけれど、大まかな傾向はわかると思う。
 だいたい上の予想の通りになっている。掲示板の疑問への回答は「もしあなたが 1960 年以降の生まれなら、40 歳までに亡くなる人はせいぜい百人に3人程度なので、あなたのクラスメートが一人も亡くなっていないのは珍しいことではありません」となる。
 が、グラフを見て驚いたのが、昔は子供の死亡率が高かったということ。1950 年以前に生まれた子は1割以上が成人できなかった。いわゆる団塊の世代かそれ以上の人々は、幼少時に厳しいサバイバルレースをくぐり抜けてきた世代でもあったことを認識した。

2008-07-23

快晴


 光学系アライメント。レーザー台を 1 cm 上げたり、光学系台を 2 cm 下げたり。レーザーにリジッドな配管が施されているので、管に少しストレスを加えてしまうが、仕方が無い。

 水準器が必要になり、近くのスーパーで € 4 くらいの安物を買ってくる。しかし液体の入ったカプセルが底面と正確に平行になっておらず、裏返すと逆の結果が出る始末。自分で手を加えて使えるようにする羽目になった。ノギスや圧着端子締めなどの工具も、日曜大工店で安物(数〜十数ユーロ)を買ってみたらひどい使い心地だった。日本の百均で売っている工具ですら(水準器は買ったことないけど、一般に)もうちょっと使えるけどなあ。

2008-07-22


 自転車で 30 分ほど出かけた他は、部屋でだらだらと過ごす。

 ◇ ◇ ◇
・菊池寛
 きっかけは、今朝見た、太宰治の写真で有名な銀座のバー『ルパン』の主人の死亡記事。現在のルパンの写真が記事に添えられていた。この店が今も存続しているとは知らなかった。早速店のサイトを訪れる。昭和初期の内装をそのまま残す店内は、映画などのロケにしばしば使われていて、最近の『丘を越えて』もこの店のシーンでクランクインしたとのこと。文藝春秋6月号の記事にも後押しされて、『丘を越えて』に登場する菊池寛や馬海松といった人物を調べ始めたら、面白くてのめり込んでしまった。
 菊池寛には出版界の大物というイメージが強かったのだが、時系列を追ってみると、一人の小説家が、自分の言いたいことを自由に言うために、雑誌『文藝春秋』を少部数で創刊したのが始まりだったのだな。それが予想外に大当たりして、本人はついに実業家のような存在に。アーティストが雑誌を企画し創刊するケースはたまにある(手塚治虫が『COM』や『れお』を作ったようなものか)けれども、ここまで成功した例はないと思う。
 菊池寛の書いた文章、とくに『話の屑籠』を読むと、表裏のない大らかさ、ユーモアとともに、何者にも左右されたくないという自由主義が伝わってくる。やりたいことをやり続け、その多くが世間にも受け入れられた幸福な人。その成功はもちろん、状況を読む確かな視点と感覚があってのことだったのだろう。

晴時々曇


 職場では半数くらいの人が夏休みで不在のようだ。私はあと3週間働かなければならない。

 ターボポンプの代替機が来るまで、装置の細々とした調整をする。
 レーザーは2回目のガス注入で、輸送前の出力が回復した。やれやれ、よかった。技術職員に作成依頼したターゲットも完成したし、これでポンプが来たらすぐ膜を作れる見通しが立った。

2008-07-20

晴時々曇


  秘書さん2名やグループリーダーを含む多くの人が来週から夏休みに入るので、今日は慌ただしい雰囲気。
 業者と連絡してポンプ交換の段取りをつける。来週に代替機が来るという。
 そんなこんなで、4日しか勤めていないのに1週間が終わった。なのにどうしてこんなに疲れるんだろう?


 いくつかの文献(pdf ファイルもしくはスキャン画像)に載っているグラフのデータを数値化する作業。対数プロットをノーマルに変換したり、抵抗-電圧グラフを電流-電圧グラフに変換したりする必要があったので。
 使ったソフトは PlotDigitizer X。長年見慣れているグラフでも、物理量を変換すると新たな様相を見せてくれることがあり、面白い。

 Carte Vitale の申請書類を何度送っても返送されてくるので、総合医を訪ねてどういうことかと訊く。パスポートではなくて Carte de sejour のコピーを送らねばならないのだと指摘される。添付の手紙を読めばわかることだった。でももういい加減にカード発行してくれませんかね。
 La Riche Soleil と町中のアジア食材店に買い出し。
 角野栄子先生のレシピに従い、若鶏を丸ごとパックされているのをスーパーで買って来て、煮てみる(初)。なんか黄色い液体が出てくるし、スープもえらく濃厚だし複雑な味があるし。足やもも肉だけ煮るのとだいぶ違うんだなあ。

 ◇ ◇ ◇
・なかいま強
 『わたるがぴゅん!』『うっちゃれ五所瓦』など、健全明朗スポーツ漫画の名作を多数描いてきた人。スポーツ漫画ではないけど、週刊少年マガジンに載った『おもろいやんけ』(1987 年)という読み切り作品が、個人的には初なかいま作品だったこともあり、印象が強い。ところで私は彼の作品に女の子が登場するのを見たことがない。もしこの人が女の子を描いたらどんなかな、と以前から思っていたら、現在進行中の作品は 18 歳の少女が主人公とのこと。こうなるのか、なるほど…。

2008-07-18

晴 朝は寒いし夕方は暑いし


 9月に米国に行く飛行機チケットを自分でパリの旅行代理店に依頼したら、それを知った同じ学会に参加する同僚2名から「なぜ一人で手配したのか」と少し詰問口調で言われた。前もって別の同僚から、自分で予約することもできると聞いていたので、何がまずかったのかわからない。いつも大学が使っている代理店で買った方が事務手続き上早く支払えるとか、空港から現地までレンタカーを使うのに皆で行った方が得だとかいう表向きの理由を彼らは並べていたが、結局のところそういった実務上の問題は重要ではなく、皆で一緒に楽しく旅をしたい彼らと、団体行動より単独行動を好む私の性格の不一致が問題だったのだと思う。
 前の職場では出張は単独行動が普通だったので、つい今回も他の参加者に相談せずに進めてしまった。「他人の助けを待たず、欲しいものは自分で勝ち取るべし」というのが此処で生きる鉄則なのだと、装置立ち上げなどを通じて身に染みていたし。でも今回の場合は、彼らにしてみれば「あんたらと一緒に行くのは嫌なんだよ」と言われたようなものだから腹も立つわな。次から気をつけよう。やっぱり機械と付き合うより人間と付き合うほうが難しい。

 いつもフランス国内かせいぜいヨーロッパ圏しか扱わないテレビの天気予報で、珍しく台湾近辺に発生した台風のことを報じていた。アサヒコムで確かめるも、天気図が見られるだけで文章記事は見当たらない。日本列島を直撃しないからニュースバリューが無いというのだろうか?

2008-07-17

快晴 しかし半袖では涼しすぎた


 たまたま製膜装置の隣室でグループミーティングをしていたら、どこからか異音が聞こえる。あわてて装置のもとに駆けつける。例のターボポンプがついに断末魔の叫び声を上げていたのだった。電流、発熱も異常。これはもう修理に出す以外にない。このポンプメーカー (Varian) のやり方は変わっていて、代替ポンプを有償で送ってよこすのだが、修理完了したら当方のポンプを返してくれるのではなく、そのまま代替機を使い続けろという。そして我々のポンプは彼らのものになる。故障が軽症だろうと重症だろうと費用は一緒。
 明日頼んだとして5〜6日かかる。故障するならもっと早く故障してくれればいいのに、と同僚と共に不運を嘆いたが、他方、秘書さんや同僚が休みになる来週以降でなくてよかったとも言える。

 ゲンナリして帰宅。メールチェックしたら、6月頭に投稿した論文 F についてポジティブなレフリーコメントが届いていた。ちょっと幸せになれた。装置トラブルの後でよかったよ。順番が逆だったらせっかくの幸福感が帳消しになっていただろう。

2008-07-16

快晴 暑い


 ポンプの異音の件、同僚が業者と電話で話した結果、ポンプの問題ではなく、装置との間で「共鳴」が生じているためではないかと結論。修理には出さずに済んだ。これを機に水準器を使って架台、チャンバー、ポンプの水平を出す。今更だがいままでチャンバーの支持の仕方がかなり手抜きだったことに気づく。
 8月の一時帰国の道中にロンドンに1泊するので、その宿を予約。

 暑かったので消耗した。帰宅してから飯も食わず2時間ほど活動停止。

2008-07-15

快晴 Tシャツで外出


 革命記念日で祝日。
 自転車で3時間ほど遠乗り。シェール川沿いの道を西方向へ。途中、通りかかった植物園兼動物園やら公園やらをぶらついたりしつつ。



 夜の 23 時から 30 分間ほど、ウィルソン橋のほうで打ち上げ花火が上がっていた。少し見に行った。日本の花火と変わらないとわかってすぐ帰った。

2008-07-14

晴のち曇


 自転車で職場へ。家で使う書類をピックアップしたりメールしたり。一旦帰宅。
 バスで La Riche Soleil へ買い出し。コドモ向けの夏休みの学習帳とかお楽しみブックみたいなのがたくさん並んでいる。ためしに 7 - 11 歳向けと表示された1冊を買ってみた。漫画、クイズ、パズル、豆知識、工作など雑多な内容で、自分もコドモ時代にこういうの読んだなあ、とちょっと懐かしい。
 大通りのウィルソン橋に色とりどりの旗が。革命記念日のお祝いだろうか。

快晴


 録画を見ていたら、期せずして『スピルーとファンタジオ Spirou et Fantasio』のテレビアニメシリーズが入っていた。スピルーとは 1938 年に誕生し、現在まで描き手を代えながら続いているバンドデシネの古典的シリーズ。日本では知名度は低い(私も2年前まで知らなかった)けれどベルギー、フランスでは知らない人はいない人気作のようだ。
 アニメを目にしたのをきっかけに「スピルー」をキーワードにしばしネットサーフィンし、フランスで過去に放送された TV アニメのデータベースに行き当たった。これが面白い。外国からフランスに入って来た作品ももちろん網羅しているので、馴染み深い日本製アニメが数多く見つけられる。ピノキオをモチーフにした『樫の木モック』『ピコリーノの冒険』がいずれも当地では『Pinocchio(ピノキオ)』のタイトルで放映されたこと、『太陽の子 エステバン Les Mysterieuses Cites d'Or』は 10 回以上も再放送されていることなどがわかる。そしてフランス本国の(特に 60 - 70 年代の)作品はやはり画面が美しい。

 自分で針と糸を使って、先日買ったズボン(死語ですか?)の裾上げをする。夏のセールで安く買ったズボンだが、裾上げを店に頼むとズボン本体の3割くらいの手数料がかかるので、普段着のラフなズボンでもあるし、自分でやることにした。‘まつり縫い’など小学校の家庭科以来だよ。

2008-07-12

雨のち曇 また肌寒い


 ポンプ修理の件で業者とやりとり。製膜系に使う PC を技術職員から譲り受け、インタフェースボードのドライバのインストールも一緒に行う。同僚が研究成果をセミナーの形で発表するのを聴講。応物の宿を押さえる。移設後初めてレーザーにガスを入れて運転してみる。1回目のガス注入では当然出力は弱いが、とりあえず発振を確認できた。ホッとした。
 夜、9月の国際ワークショップの講演受理通知が来た。期間中のスケジュールを見ると、口頭講演が朝8時に始まって夜9時半に終わる日があったりする(日中ずっと続くわけではないが)。講演申し込みの数が予想以上に多かったことを伺わせる。応物でもうちのセッションは4日間ずっと続くし、なんだかやたらに人の多い学問領域になってしまった。> 酸化物エレクトロニクス

2008-07-11

快晴 また夏らしくなる


 ターボ分子ポンプから無視できない音量の異音が発生し始めたので、真空引きを中止。メンテナンスに出すことになるだろう。ベアリング交換程度で済めばいいのだけど。
 そんなわけで今日は職場にいる必要がなくなったので、午後、久しぶりに共同研究先へ。同僚のドクター予備審査の聴講、光学顕微鏡観察など。

 朝、バス停で日本人の初老の男性と出会い、会話を交わす。そして偶然帰りのバスでも一緒になる。日本の職場を定年退職して、4週間のスケジュールで語学留学に来られたとのこと。毎日宿題が多くて大変です、と笑う彼からは、充実した時間を過ごしておられる満足感が伝わってくる。8ヶ月いるのにいまだに語彙が増えない自分を恥ずかしく思い、この人を見習ってもっとフランス語に時間を割こうと思った。いつも思うだけだけど。

 戸塚洋二先生が亡くなったというニュースを見てびっくりした。一度講演を聴いたことがあっただけだが、身も心も非常に若々しく元気な人だという印象を持っていた。66 歳は若い。因果関係の証明などできないけれど、カミオカンデの巨大プロジェクトを引っ張って行く重責、とくに大量の光電子増倍管が連鎖反応的に破裂した事故のショックと後処理などが、氏の身体を弱らせたのだと思われてならない。

2008-07-10

快晴 湿度は低く長袖シャツでちょうどいい


 チャンバーの真空度が上がらないなあと思っていたら、真空計のエミッション電流を間違えて1桁高くセットしていたことが判明。
 レーザーの調子が悪いなあと思っていたら、230 V の電源につなぐべきところを 115 V につないでいたことが判明。
 どちらも装置への害はなかったし、悩んでいた問題があっけなく解決したのはよいが、装置に関するこんな基本的なパラメータに今まで無頓着だったことは我ながらまずいな。

2008-07-09

曇一時雨 長袖シャツに薄いセーター


 悪天候のためバーベキューは室内での食事会に変更。予告通り所長が自分のシンセサイザーを搬入し部屋の隅に設置する。そして会の要所要所で、自らポップスや映画音楽など弾いて聴かせる(といっても伴奏はプログラムされていて、本人が弾くのは主旋律のみだが)。ああ、結婚披露宴会場みたいな感じね。自分も、イヤだったけどお声がかかって、数十人が注目する中、2〜3曲弾き語りをさせられた。もっと目立たない所で少人数の輪の中で弾いているのが楽しいのに。

 自分の出来はさんざんだった。後から「あの曲をやればよかった」「もう少し練習しておけばよかった」と後悔しきり。しかし、会がどんな流れになるかわからないうちから、自分が皆の前で演奏することを前提にあらかじめ練習したり選曲したりするような行為は、なんだかいやらしいとも思う(歌うことが決定事項になっている場合はもちろん準備するけど)。
 要するに、その場で選曲してパッと弾けるのがかっこいいのだ。ギター弾きの実力には、リズム感や正確な運指などの演奏技術のほかに、場に適した曲をレパートリーから短時間で選ぶ選曲センスとか、長時間弾いても疲れない指先の堅さとかいった付随的な能力も含まれるんだな、と認識した。今日の自分にはその総合的実力が不足していたということだ。

 まあそんな出たがりのシンセ奏者や腕の衰えたギター奏者に対しても、場がシーンとなることはなく、それなりに盛り上がってくれるのはラテン系のお国柄。音楽に対して寛容でオープンな人が多いので、演奏する側も楽しい。食事会終了後も、有志6〜7人でコーヒールームに移動して歌の続きが繰り広げられた。「二次会はカラオケ」のノリね。合計すると7時間くらいパーティーが続いたことになる。


 昨日は久しぶりに大酒を飲んだので、早く寝てしまった。今日は二日酔いというほどではないけれど疲労している。ああ、ラーメンが食べたい! 温泉に浸かりたい!(無いものねだり)

 ‘日本の歌’をリクエストされ、数十人のフランス人の前で『新宿・みなと町』を弾き語りした自分って、どうなんでしょうか。

2008-07-07

晴時々曇


 部屋の片付けを気合い入れてやっていたら、夕方までかかってしまった。あと髪を少し切った。裾を切りすぎてしまった。
 外出せず。最近日曜は部屋に閉じこもって過ごすことが増えている。

 洞爺湖サミットを明日に控え、各国首脳の現地入りのニュースが流れる。久しぶりに福田首相の顔を見た。同時にサミットに反対するデモが札幌で行われたニュースも。
 フランスではデモやストライキが毎日のようにどこかで行われている。それに比べて日本はおとなしすぎるな、と思っていたので、どんな形であれ日本人がデモ行進している映像を見るとちょっと安心したりする。「大勢の人間が思いを一つにする」ってのは嫌いなはずの自分がこんなことを思うのは我ながら妙だけれど、外から眺めていると、日本人は自分らを馬鹿にする為政者や経営者に対してもっと怒ればいいのに、と思う。たぶん各人は不満を抱えているものの、差し障りがないように怒りを表明する方法が見つからないのでは。

2008-07-06

曇のち晴


 結局、アパートに近い楽器屋で、自分基準からして安すぎもせず高すぎもしない €89 のギターを買った(ギター的には新品でこの値段は安すぎかもしれないが)。
 早速いじっているけど、半年以上ギターを奏でていないのでやはり腕が衰えている。かつてタコができて堅くなっていたはずの左手指先もすっかりふやけてしまった。
 カポタストやストラップは買わない。必要な時は身の回りのもので代用しようと思う。

 工具をとりに職場へ。ついでに職場近くの大型書店 Cultura へ。文具や手芸用品を買う。土曜に行ったのは初めて。当然ながら平日の昼間より賑わっている。

2008-07-05

曇時々晴


 ガス配管最終日。仕上がりには満足。
 しかし技師たちが帰った後、私の私物のモンキーレンチが消えていることに気がつき、一気にやる気が失せた。技師が自分たちの工具と一緒くたにして持ち帰ったに違いない。じつはこれまでも彼らが来て作業したあとは実験室にあった細かいもの(ペン、はさみ、粘着テープなど)が消えていることがあった。クライアントの私物を勝手に使って、しかもガメて行くのがフランス流なのですか? 勝手に使うだけでも日本では考えられん。こちらは何もない所でどうしたら早く仕事を進められるか考えた末、必要と思うものを一つ一つ(ほとんど自腹で)揃えてきたのに、その努力を外部の人間にこうたやすく踏みにじられると凹むわ。
 でも考えてみたら以前から感づいていたので、技師が作業する前に予防策をとるべきだったのだが、自分は工具箱の蓋を閉めることさえしていなかった。平和ボケしていると言われてもしかたがない。
 とりあえずできる作業を再開するも、小さな不運がいくつも重なり、何も完成させられなかった。モンキーレンチのショックが尾を引いて、細かいことがいちいち癪に障り、皆が自分の邪魔をしているような妄想が湧く。私は人生を楽しむべきだ、もう仕事のことはキッパリ忘れようと6時前に退勤し、市内のギター屋を巡る旅に出たのだった。

晴時々曇


 Leroy Merlin に寄って買い出ししてから出勤。製膜系立ち上げ作業。チャンバーに内部ヒーターを仕込む。レーザーを電源に接続する。細かい問題点がポロポロと出てくる。メインの作業を進めつつそういったホコロビを修繕しなければならない。

 来週の月曜に職場でバーベキューが予定されていて、同僚との雑談で「この機会にギターを持ち寄って弾いたらどうだろうね」などと軽い感じで語っていた。そんな折、主催者である所長がなんと「当日、私はシンセを持って来て演奏する」と宣言。おお、これはぜひ自分もギターで参加しなければ。でもシンセへのあてつけてのように誤解されたら困るので、参加の返事のついでに所長に「ギターを持って来たいのですが」みたいな了承願を書いた。所長は快く歓迎してくれた。それどころか、今日の追加連絡の際に「Joe がギターを持って来る」と全員に通知されてしまった。恥ずかしい。石川で助手会の時に「余興があります」と予告された時のように恥ずかしい。まあ「持って来る」と言っただけで「弾く」とは公言してないんだけどね。ギター(まだ買っていない)をちょっと真剣に選ばなければならなくなった。でもこの知らせをきっかけに他にも楽器を持参する人が増えたらいいな、という淡い期待も抱く。

2008-07-03

一転して肌寒く長袖シャツ着用


 ガス会社から2名の技術者が来て、実験室の配管の最終仕上げをしている。自分はデスクワーク。論文採集とか。

 アマゾンに注文していた品物が来る。早速『カエルの予言』の DVD を見る。幸い英語字幕がついていた。ああ、刺激が強いな。童画調のユーモラスな絵柄と、悲劇性・残虐性が同居している。日本で公開されなかったのは無理も無いかも。しかし全体的には生きるものへの賛歌という内容で、エンディングも明るい。自分がコドモの頃に見たらどんな影響を受けていたかな。一言では語れないな。

 6年にわたりコロンビアでゲリラ軍に拉致されていた I. ベタンクール氏が国軍によって解放されたニュースで、テレビは大騒ぎ。あらかじめスパイを忍び込ませておき、ゲリラ幹部を欺いてまんまと人質 15 人を国軍のヘリに乗せて運び出したという。まるで映画のような展開にいたく感心した。まだ一般人の人質が 700 人くらいいるそうなので、問題は残っているけど。北朝鮮にいる拉致被害者も、誰か有能なスパイの活躍で解放されないだろうか、などとつい考える。

2008-07-02

快晴 30℃超えの猛暑


 主にデスクワーク。
 真空ゲージのガラス管を切るために、地下の工場へ。同僚に通訳を頼んだけれど、それでも技術職員になかなか意思が伝わらなかった。作業は自分でやるからガスバーナーを使わせてほしいと言っているだけなのに、技術職員は「切ってくれ」と依頼されているものと早合点していろいろ切断方法を提案してきたりした。
 ここでは金属部品を工作するのも、セラミックのターゲットを成型して焼くのも、業者に製品を注文するのも、それぞれ担当の係の職員がいて役割分担している。上記のような作業は(小さいものなら)自分でひととおりやっていた日本でのやり方とは違う。もどかしいので、実験室の隅に自分専用のミニミニ工場を設置したりしているのだが、あまり日本流を押し通すと職員の心証を悪くしかねないのでほどほどにしようとは思う。

2008-07-01


 6週間ぶりに床をモップがけ。髪を切る。暑くなってきたこともあり全体的に軽くするも、耳にかぶる部分だけは頑に切らずにいる。最終的にどうしたいのか?>自分
 昨日と今日の夕食は、昔から好んで作っていた「中華風夏野菜炒め」(当地では初)。キュウリとトマトと卵の甘辛い炒め物。新聞からメモしておいたレシピがどこかへ行ってしまったが、検索したら同じ新聞記事に基づいていると思われるレシピがネット上で見つかった。

 ◇ ◇ ◇
 自分だけのために、昨日ダウンロードした『あのときの王子くん』を読める体裁に整える作業をした。テキストファイルを MSWord で開いてフォントをヒラギノ明朝と Times New Roman にする。原作の挿絵 47 枚の画像ファイルも一緒にダウンロードされたので、それらを指定の位置に貼付ける。最後に pdf 化(これは不要だけどなんとなく)。書籍にひけをとらない美しいレイアウトのサンテックス作品が完成した!
 早速、約 30 年ぶりに通読する。細部は忘れていた箇所も多いし、全体的に今の感覚の言葉遣いなので新鮮に読めた。改めて面白いなあ。物事をすべて数字で判断する大人とか、全員にヨーロッパの服の着用を義務づける偉い人(と、講演者を服という付随的要素で判断する学会の聴衆)とかのくだりには、我々の今の姿にも通じる点があってドキッとする。1つ1つの細かいエピソードについていろいろ語りたくなる。
 さて今回の翻訳文だが、原作の性格や意図を忠実に日本語に置き換えようと試みているのは認めるけれど、文章自体は期待したほどこなれていないように思った。Tu をどんな時にも「きみ」と訳してしまうのは必ずしも適切とは言えないのではないか。「ぼくも、いつ、〜〜になってしまうともかぎらない。」のように、明らかな日本語の誤りも見られる(と思ったが同様の使い方がネット上に山ほど。もはや正しい用法になっているのか?)。とはいえ、フランス語の原文の意味を追いかけるという自分の目的にはこれで十分。

 さらに、フランス語の原文もネットから拾ってくることに成功。和仏対訳テキスト教材がタダでできたよ。あとは、Amazon.fr に注文したフランス語朗読 CD が届けばリスニング教材も完成だ。


 国際会議の講演2件目(1件目とは別の会議)申し込む。今回も例年通りポスター発表を希望するつもりだったが土壇場で口頭発表に変更した。別に講演内容に自信があるわけではないけど、なんだか大きな紙に印刷して筒に入れて持って行くのが面倒臭く思えて来たので。

 帰りにバスを待っていたら、車で通りかかった中年男性に道を訊ねられた。周囲には誰もおらず私だけ。今度こそ相手の言う内容が理解できるかな、それともいつものように「フランス語話せません」と返す羽目になるかな、とドキドキしながら近づく。「リセガモー」と彼は言った。リセ…高校。職場の近くにあるあの高校のことか。苦節7ヶ月、初めて質問の内容がわかった!
 ただしフランス語で答えるのまでは無理だった。「ここをまっすぐ行って…」がもう言えない。身振り手振りになってしまった。まあ相手はわかってくれたのでまだしもだが。後で思えば「 右」「左」ぐらいは言えたはずなのに「まっすぐ」で引っ掛かって後が続かなくなった。これが今日の自分の限界であった。

教訓


 道を訊かれて、相手の言う目的地が聴き取れなかったら、それは私にとって熟知している場所ではないということだから、「(その場所は)知りません」と答えて差し支えない。「フランス語話せません」と答えるよりも少しマシだ。

- Tournez ce coin a gauche, et a gauche de nouveau.(その角を左に曲がって、もう1度左に曲がって下さい)