Hatena::ブログ(Diary)

今日日の私・新

2000 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2001 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2002 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2003 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2004 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2005 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2006 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2007 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2008 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2009 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2010 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2011 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2012 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2013 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2014 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2015 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2016 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2017 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |

2008-08-31

8/24 - 31 の抄録


・石川 (8/25 - 28)
 金沢市役所へ (8/25)。今更ながら転出届を提出する。これで昨年 11 月の出国時以降の住民税が免除される。
 旧職場に (8/26 - 28)。素子の微細加工作業をしたり、旧研究室で使っていた消耗品の一部を分捕ってきた。製膜装置の調子が悪く、残念ながら滞在中に微細加工を完了できなかった。残りの作業は人に頼んで後日送ってもらうことに。
 最後の夜、元同僚(現・金大准教授)と片町で飲む。1年ぶりに『たく』でギター弾き語り。だが元同僚が「歌詞カードが無くて歌えないからつまらない」と言い、すぐ別の弾き語り店へ移動することになった。そこはあまり自分で弾くような店ではないのでちょっと残念だった。次の機会には「うたの世界○○○○曲」的な本を『たく』へ持って行くか?

・歯科 (2)
 焼肉屋で親知らずが痛みだした翌日に C 歯科に駆け込むも、依然として「抜くには3週間かかるから無理」の一点張り。どうしようと思いつつ1週間が過ぎる。何人かの人に「すぐやってくれるところがあるよ」とのアドバイスをいただき、日本滞在中に処置が可能な歯医者を見つけようと、実家近くの歯医者で高評価なところをネットの口コミサイトで探す。石川から東京に帰った翌日、実家から電車2駅の場所にある S 歯科へ (8/29)。初診のその場ですぐ抜かれるとは予想していなかったが、とにかくスピーディに事が運んで、抜歯完了。
 「抜きたくない」感がひしひしと伝わってきた C 歯科と、ハナから抜く気満々だった S 歯科とで、ずいぶん反応が違った。とはいえ上記口コミサイトでは、最初に行った C 歯科の評価もそう悪くはなかった。慎重に事を運ぼうとした C 歯科を悪く言うのは間違いかもしれない。でもやはり、切迫した状況にいる自分を助けてくれた S 歯科のほうを今後も信用したくなるのは人情というもの。
 ところで医院によらず、歯を抜かれた後って、なんか追いはぎに遭ったような精神的ダメージを受けるね。自分は打たれ弱い人間だなと認識せざるを得ない。

(10/19 記)

虫歯を抜いた瞬間


 一気に気分爽快になれたら良いのだけど、残念ながらそうではない。
 今日明日が痛みのピークでしょう、と医者。今日は一日負けモードで、アクティブに動く気がしなかった。
 ところで来週の学会のスライドがまだ半分もできていない。ふう。

2008-08-30

親知らず


 抜いた。朝9時半に歯医者に電話して、11時半には抜歯完了。もっと早くやればよかった。
 傷がふさがるまで、しばらくは不快感が続くだろう。でも日本で抜くことができて本当によかった。

2008-08-26

石川


 8ヶ月ぶりに来ている(28日まで)。懐かしさとか「帰って来た」感はあまりない。ただ、今度いつ来るかわからないと思うと、見慣れた町の景色でもカメラに収めたくなったりした。

2008-08-23

8/17 - 23 の抄録


・両親+妹一家と秩父へ (8/17 - 19)

・共同研究先の東海大学を訪問 (8/21)
 帰りに少し横浜で遊ぼうと降りたら豪雨になった。そごうの中で夕食して書店を物色しただけで、外には出られず。渋谷から小竹向原まで副都心線というものに初めて乗ってみた。

・友人夫妻と日帰りで銚子+吉祥寺へ (8/22)
 特急しおさいで銚子駅へ。銚子電鉄の一日券を買う。濡れせんべい1枚の引換券がおまけでついている。「銚電に乗って濡れせんべいを食べる」という目的が一度に叶えられる切符。
 昼食は、銚子港の前にある『丼ぶり定食屋 久六』で。人気店らしく、かなり待って席についた。金目鯛の漬け丼と秋刀魚の塩焼きを食す。とれたての魚を使っているだけあって肉がプリプリしている! 切り身もでかい! 美味かった。待つだけのことはあるな。
 犬吠埼灯台を見物。帰り、銚子に戻る前に、犬吠から終点・外川まで行ってみた。外川で乗り降りする客は少ない。銚電に乗りに来る人は結構いても、外川まで来る人は少数派なのか。取り立てて名所のない地味な風景、昔のままの駅舎。じつは自分はこういう裏ぶれた風景に身を置くのが好きなので願ったり叶ったり。
 濡れせんべい等で客を惹きつけるやり方を見て、銚電って意外にしたたかだなと思った。観光名所の少なさや経営の苦しさでは北陸鉄道石川線といい勝負だが、石川線には銚電のような戦略はない。
 吉祥寺『李朝園』に移動。焼肉を食べている最中、例の親知らずが突然痛みだした。肉を奥歯でシャニムニ噛んでいたのがまずかったか。もうせっかくの焼き肉も友人との会話も幸福な顔で楽しむことができなくなった。ああ。
 今回、銚子という行き先だけ私がリクエストして、個々の店は友人が探してくれた。お世話になりました。

・論文 F 掲載決定通知を受け取る (8/20)

<浦島太郎的体験 (2)>
・「ゲリラ豪雨」という言葉が造られ、普及していた。たしかに最近の天候の急変ぶりは異常と言うしかないね。地球がおかしくなっていると思わせるに十分なほどに。

(10/3 記)

2008-08-16

8/9 - 16 の抄録


・ロンドン(初)で一泊 (8/9)
 日本とフランスを行き来する際はいつも、H.I.S. で「長期滞在できる往復航空券」を購入しているのだ。今回は1月に渡仏して8月に帰国する British Airways の往復券。こういう長期滞在型は必ず乗り継ぎがある。ならばせっかくなので、行きか帰りのいずれか一方で中継地で外に出てしばし未知の町を探索しようというのが自分の常道。それが今回はロンドン。昨年 11 月はアムステルダムだった。次に帰国する 12 月はコペンハーゲンの予定。ロンドンの感想についてはいずれまた。

・iBook Mac 修理
 辻堂にある個人経営の修理店へ持ち込む (8/14)。 データ救出が主目的。この店のことは web 広告で知った。辻堂くんだりまで行かずとも近場に同様の業者があったかもしれないけど、まあいい。
 結局、本体はロジックがダメになっていて修理はお勧めしないとのことで、あきらめる。日記を見返してみたら本機は 2003 年 8 月に購入し、2007 年 12 月に今回の故障が起きたので、実質4年4ヶ月の命だった。内蔵 HDD のみ取り出して外付け HDD の筐体に入れてもらうことで、データは救出できる。
 ついでに江の電に乗って鎌倉に遊びに行った。トゥールを「フランスの鎌倉」と例えている方もおられるけれど、鎌倉のほうが賑わっているな。

・歯科 (1)
 日本に長期滞在するこの機会に、虫歯になっている右下の親知らずを抜いてしまおうと、とりあえず自宅に最も近い C 歯科へ (8/16)。ところがここの医師が抜歯にひどく消極的で、「事前消毒→手術・縫合→抜糸の全プロセスにどうしても3週間かかるので、滞在中の抜歯はしない方が良い」などと言いくるめられ、消毒のみで終わってしまった。
 このときは特に痛みもなかったので、まあ仕方ないか、フランスで痛くなったらその時に考えよう、とあきらめた。だが次週に事態が急変する。

<浦島太郎的体験 (1)>
・山田まりやが結婚していた。
・髭男爵が意外に売れている。
・上地雄輔という知らない男があちこちの雑誌のグラビアを飾っている。

(10/3 記)

2008-08-12

晴(東京)


 ロンドンで1泊した後、11日に無事日本に着きました。
 一時帰国中は更新頻度が低くなると思いますがご了承ください。

 ロンドンの1日目は、雨と寒さと睡眠不足で病人のようになりながら町歩きしていた。この季節にフリースジャケットが欲しくなるとは。2日目は幸い好天になった。
 レンガ造りの建物、ふんだんにある緑、狭い土地を有効利用する街づくりが印象的。パリと違って、町の人が全員英語を話せる(当たり前だが)ことにとても安心感を感じる。日本人観光客多し。

 予想していたこととはいえ、日本の蒸し暑さはこたえるな…。

2008-08-09

快晴


 8/5 (火):ターゲットをチャンバーに入れて、当地で最初の製膜。日本では使わなかった手法をいくつか採用。見かけは奇麗な膜ができることを確認。
 これから金曜の午前まで製膜に従事する。ポンプが小さいので少しでも長く真空引きしたい、しかし膜はできるだけたくさん作りたい、という2つの相反する要求の妥協点として「1日2回、12 時間おきに制膜」という方針を立てる。日中は暑くてたまらず、夕食とシャワーのためにどうしても1度帰宅したい。結果、朝9時頃に来て膜を作ったりデスクワークしたりして、夕方に一旦帰って、夜9時頃にまた来て膜を作って、12 時頃に夜バスで帰るという生活パターンに。

 8/6 (水):製膜2回。一時帰宅中、自転車の後輪に空気を入れるも、いくら入れてもポンプの手応えが固くならない。やがて「ポン」と軽い音を立ててパンクした。音が軽いということは、以前から小さい穴があいていたのだろう。夜バスの最寄りの停留所(アパートまで歩くと 20 分くらいかかる)から自転車で帰宅するというすばらしい計画は頓挫してしまった。

晴時々曇


 8/7 (木):朝、これから共同研究先へ向かう同僚と Jean Jaures のバス停で待ち合わせ、オープンカフェに入る。彼に測定してもらうため、これまでに作った試料を手渡し、今後の方針について相談する。
 出勤。製膜2回。途中、雷のために建物全体が停電になった。自分も職場にいたので真空装置の対処ができたが、無人の時に停電した場合の安全対策はまだ立っていない。
 夜に、測定してもらったデータが送られてきた。まあまあ良い膜ができているようで安心した。

 8/8 (金):午前中に、休み前の最後の製膜を1回して、装置をシャットダウンさせる。やれやれ、終わった。
 これから夏休みの一時帰国のための荷物作り。よりによって一番蒸し暑い時期に欧州から日本に戻るなんてバカバカしいけれど、ずっと前から決まっている便なので仕方がない。もし来年も此処にいるなら休暇の時期はよく考えよう。
 明日はパリからロンドンへ飛ぶ。アパートを早朝に出なければ。荷物を転がして駅まで歩くのも覚悟の上。残っている唯一の重大なノルマは「出発時刻に起きていること」だ!

2008-08-05

晴時々曇


 少し散歩に出た他はだらだらと過ごす。

 ◇ ◇ ◇
・赤塚不二夫

 幼少の頃、物心ついた時にはニャロメ、ケムンパス、シェーが日常的にすぐそばにあった。近所の理容室に行くたびに2冊だけ置いてある『おそ松くん』を読むのが楽しみだった。リアルタイムでマガジンに連載されていた『天才バカボン』は型破りすぎてとっつきにくかったな。踏み込んではいけない領域のような気がして少し怖かった。今なら面白く読めるのだろうけど。

 赤塚ワールドは空気のような存在だった、20 年前までは。少年サンデー 30 周年記念誌(1989 年)に寄稿された赤塚氏の短編を読んだ時、そのあまりのつまらなさ、暗さに面食らった。自分の中ではあの時には赤塚氏は漫画家として既に死んでいた気がする。晩年の闘病生活も痛々しかった。なので訃報を目にしても、今さら悲しみや喪失感は湧いてこなかったのだった。

 ただ、若い頃はほっそりした紅顔の美少年だったとか、もともとギャグではなく少女漫画を描いていたとか、売れなかったので仲間の漫画家の手伝いをして過ごしていたとか、少年時代に苦労して満州から引き上げてきたとか、いろいろなエピソードを聞くにつれ、一般に認識されている「ギャグ王」の姿だけでは彼を語り尽くせないのは確か。ギャグ作家としてあまりに強いインパクトを世間に与えてしまったので、以後はギャグ以外のことは表現したくてもできない状況になっていたかもしれない、と邪推したり。ともあれお疲れさまでした。

雨のち晴れ


 バス1日券で行動。出勤後、少し作業してから共同研究先へ。光学顕微鏡観察。一段落ついたので、置いてあった機材を引き上げて再び職場へ。22時半(初)の夜バスで帰る。
 久しぶりに暗くなってからの帰還。ちょっと前職場での生活パターンに近かった。帰ったら夕食をパスして寝てしまった。

 ポンプがまだ来ず、残された時間はあと5日しかないので、ダメ元でサブチャンバー用の小さいターボ分子ポンプを製膜チャンバーに装着して引いている。明日これで最初の製膜をするつもり。もちろん通常より真空引きに時間がかかるし、到達真空度も悪いかもしれないが、2〜3枚でも作っておかねば。

2008-08-03

雨のち曇時々晴れ 風が涼しい


 午後、La Riche Soleil へ買い出し。一旦帰宅。職場へ。荷物を置いた後、さらにバスで職場近くの大型書店へ。職場に戻って 20:30 頃まで作業。通常のバスがなくなり、「夜バス」(昼とは違うルートを1時間に1回循環している)で帰る。
 今日のバスは1日券を利用。いつもは一旦帰宅したあとダラダラ休憩して、結果、予定の作業が全部できずに一日終わったりするけど、「元を取らなければ!」感があると少々疲れていても頑張って行動するものだな。

 薄膜試料に液体を薄く塗布する必要があったので、ハンドドリルを上向きにスタンドに固定してスピンコーター代わりに使ってみた。今日の目的にはなんとか役に立った。ドリルの回転数が最高 1800 rpm とのこと。昔使っていた 3000 ~ 6000 rpm の(しかもその回転数を 1 rpm 単位で制御する)スピンコーターに比べたら性能は格段に悪いけれども、低い費用と労力でできることがあればまずそれをやってみるのだ。

2008-08-02

曇 涼しい


 8月は9日間しか当地にいないので、バスの一ヶ月定期券を今月は買わず、1回券(1時間は乗り換えも可)もしくは1日券でバスを利用することにする。1日券の値段は1回券3枚ぶん弱。3回乗れば元が取れる。職場への往復だけなら1回券、他にどこかへ行く用事があれば1日券を買うべし。元気があって、雨が降らなくて、買い物などの予定がなければ自転車で出勤してもいい。
 今日は、出勤後、午後から共同研究先へ。上記の事情をよく把握していなかったので1回券3枚使った。

 11 月の国際会議の講演受理通知が来た。こんどは口頭講演に決まった。自分で口頭を希望しておいてアレだけど、正直、ちょっと奇抜な内容なので、口頭と決まったら決まったで「うひゃー」と思った。パーティーにギターを自ら持参しておきながら、いざ弾けと言われたら「うひゃー」となったあの時の感じに似ているな。こういう首尾一貫していないところが自分の中にはある。

2008-08-01

晴 蒸し暑い のち一時雷雨


 昼休み、数人の同僚とサンドイッチを食べながら談笑、というか他の人々がフランス語で談笑するのを理解できずに傍で眺めていた。会話の中に「アニメ」という単語が聞こえた気がした。やがて一人が英語でこちらに話しかけてきた。
「僕らはいま‘シンシア’という日本のアニメについて話しているんだが、この作品は日本でも有名なのかい?」
 シンシア? 南沙織のことかな?(古い)そんなアニメは知らないな…
 すると別の一人が、白板にスペルを書いて見せてくれた。‘SAINT SEYA’
「ああ、聖闘士星矢か! すごく有名だよ!」
 その場には 20 代後半から 30 前後の男性が4名いたけど、全員が子供の頃に SAINT SEYA を見ていたらしく、話が盛り上がっていた。当時子供達の間で人気番組だったんだな。しかし親たちは作品中の暴力描写にクレームをつけ、テレビ局は一部カットして放送していたという。
 やがて再びフランス語で談笑が始まる。会話の中に「ピッコロ」という単語が聞こえた。「こんどはドラゴンボールの話題だね」「うん」