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今日日の私・新

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2011-01-23

再々投稿


 昨年8月末に再投稿した論文、20 週間経った今も under review 状態のまま。その論文誌に投稿した経験のある3人の研究者にリサーチしたところ、口をそろえたように全員が1年近く待たされたと明かしてくれた。それで、ああこのまま待っていてもホープレスだなと確信して、ついに投稿を取り下げて第3の論文誌に再々投稿した。
 取り下げたと言っても、編集担当者に「取り下げます」とメールを送っただけで、返事はまだない。ちゃんと認識しているのかどうかやや心配。二重投稿にならないよう注意しなければ。じつは投稿を取り下げるのは生まれて初めてで、勝手がわからないところがある。

 以前書いたように、査読者に与えられる査読期間は3週間だから、under review 状態が 20 週間も続くのは異常だ。11 月頃に編集担当者とやりとりした時に教えられたのは「ほとんどの査読者は2度3度とお願いしてようやく査読を引き受けてくれる」「期限の数日前に督促をし、レポートが提出されない場合は期限の7日後と 14 日後にさらに督促をする」「今回の論文の場合は既に3回査読者を交代させた」ということ。なるほど、編集サイドでは然るべき努力はしているんだ。
 まあ私の原稿が査読者たちにとって興味津々な内容ではなかったのだろうが、それにしても引き受けておきながらトンズラする査読者たちは無責任の誹りを免れない。なぜこの論文誌に限ってそのようなひどい査読者ばかりが集まっているのか理解できない。Impact Factor はそう低くないし。

 ちなみに悠久の時が流れているその論文誌の名は Thin Solid Films といいます。(暴露)
 もちろんこの雑誌への全ての投稿が査読に1年かかるわけではない。憚りながら昨年私が査読に携わった論文は、1回の改稿を経て2〜3ヶ月で掲載可の判定を受けていた。この論文の著者には「ラッキーだったね」と声をかけたい気分。

2011-01-22

01/21 - 01/31 の記録


 1/31 (月):

曇、-4〜1℃ 試料移動チャンバー台改造計画。自分のテーマに関する本年度希望予算案を所長に送付。
 1/30 (日):

曇/晴、-4〜1℃、寒い 志村貴子ラヴ・バズ』(2002-2005)3冊一気に読む。★★★★☆ 威勢が良いヘタレの姐さんって意外に今までなかったキャラかも。 掃除。語学講座録音。散髪鋏を研ぐ。髪を切る。オシロ立ち上げ。
 1/29 (土):

曇 Atlantesに買出し。夕食:サーモンと根菜の味噌汁。ハウス「ほんとうふ」を使う(初)。
 1/28 (金):

-2〜2℃ スイスとの研究について所長と相談。所長は前向きでリーダーは後ろ向きだ。RHEED動作試験するつもりが、ビューポートにX線遮蔽がついてないのでできないということに。遮蔽材についていろいろ調べて一日終わる。精神的に疲れる。
 1/27 (木):

-1〜3℃ 電源等をラックに据え付け配線。差動排気開始。寝不足だったので帰ってすぐ寝る。
 1/26 (水):

雨、2〜5℃ メインチャンバーに基板導入、真空引き、並行して差動排気ポンプ2台装着。夕食後再出勤(今年初)。
 1/25 (火):

曇、3〜6℃ スイスとの共同研究を受けるかどうかリーダーと議論。決める前に現地を訪問した方が良いのでは、という話になる。そこへ当のスイス側から電話が来て少し話す。新チャンバー真空引き。メインチャンバーにRHEED装着。肉体的に疲れる。
 1/24 (月):

晴、2〜6℃ 2月10日頃配送予定のグローブボックスを運送会社が持ってきたので大慌てしたが、調べたらウチのでなくて別の研究室のだった。配達先住所をちゃんと業者に伝えておいてくれ>大学 スイスとの共同研究について先方とやりとり。新チャンバー作業(全ポートをフランジで塞ぐ)。
 1/23 (日):

晴、3〜4℃ 掃除洗濯。語学講座ストリーミング録音。一瞬職場へ。
 1/22 (土):晴、2〜4℃ 昼まで寝る。Petite Arche へ買出し。靴を買う。ジーンズを買いかけるもいろいろ条件が合わず断念。右下奥歯が少し痛むが気付かぬふりをする。夕食はカレー
 1/21 (金):

快晴、-1〜3℃ 早朝、論文再投稿。職場へ。メインチャンバーへのRHEED取り付けと、セカンドチャンバーへのフランジ取り付けを同時進行で。夕方からKKSにXRD測定に行く予定が装置故障と聞いて中止。

発注ミス


 昨年 10 月末に研究所の秘書さんに発注を頼んであったレーザー用ガスボンベ。納期を過ぎても届かないので今週業者に確認したら、発注がなされていないとの返事で、がっくり。今日秘書さんに確認したらやはり彼女のところで止まっていた。納品に2ヶ月かかり、これがないと製膜ができなくなってしまうので、現在のボンベを使い切る時期を見計らって早めに発注をかけ、念のため 12 月にも発注確認のメールを秘書さんに送ったりもしたのだが、これらの努力がことごとく水泡に帰した。

 発注していない事が明らかになったあとの彼女の第一声は「どうする? 研究所のお金を使えるか所長に聞いてみようか?」というもの。日本ならまず最初は平謝りだよね。彼女の口からは一度だけ「Sorry」というコトバも出たがそれだけ。初めて彼女に対し「頼むから全てのメールに目を通してよ」と文句を垂れたら、「私は出来る限りのことをやってるわよ」と開き直られてしまった。ベストを尽くしてこの程度なのだ、と自分で認めたことになる。ミスを今よりも低減するよう努める気はないらしい。

 頼んだ事案を済ませてくれたかどうか本人に訊くのは失礼な気がして、なるべくしないようにしていたのだが、自分の安全のためには遠慮なく確認しなければやはり駄目だな。彼女の人格否定まではしないけれども今回の件で彼女の仕事への信頼感は再びガクンと下がってしまった(最初に下がったのは昨年9月の飛行機チケットが発注されていなかった時)。

2011-01-11

01/11 - 01/20 の記録


 1/20 (木):曇、-1〜5℃ 技術職員JPから工作完了した架台を受け取り、チャンバーやらターボポンプやらを装着し始める。午後、講演会と研究所ミーティングに出席。退勤後Leroy Merlinにネジを買いに行く。論文再投稿する予定が帰宅したら力尽きて寝てしまった。
 1/19 (水):快晴、3〜5℃ 体重計おかしいんじゃないのと思うくらい体重が急増した。まあ昼食にパン2.5本食べたとか夕食後すぐ寝たとか歩かなかったとか、思い当たる理由はある。終日、ターゲット回転系のデザイン。帰宅後、電子書籍レンタルサービス「Renta!」を使ってみる。さらに安い。電子書籍は今まであまり顧みなかったけれどもやはり有用だなあと。
 1/18 (火):曇、3〜9℃ KKSにてPVDでSiにAu堆積(再)。何回かに分けてインターバルを置いて飛ばしたらうまくいった。職場へ。新チャンバーの光学系とターゲット回転系デザイン。帰宅後、漫画のネット配信サービス「ソク読み」を使ってみる。これはいい! 安いし場所をとらないし、とりわけ海外にいながら買えるのが有難い。
 1/17 (月):曇、8〜10℃ 早朝にスイスとの共同研究案をまとめてメールで送る。出勤。査読レポート送信。業者とやりとり。早速スイスから返事が返って来た。興味を持ってくれたが、一部の案はまさに同じことを先方で既に計画しているとのことで、複雑な気分になる。
 1/16 (日):晴、5〜11℃ 鶏大根大根はないのでラディッシュノワールで代用)を仕込んでから職場へ。査読レポート書き。帰宅して鶏大根で夕食。少し砂糖を入れすぎた。
 1/15 (土):曇 職場へ。論文推敲一応完成。共著者に送る。
 1/14 (金):曇一時雨、8〜12℃ KKSにてPVDでSi上にAu堆積 → 温度が上がりすぎて合金化し失敗。職場へ。論文推敲。再びベーキング開始。
 1/13 (木):9〜12℃ 論文推敲。架台工作状況チェック。柱のネジ穴が指定と違う場所にあけられていたのであけ直してもらう。真空度が上がらない件とRHEED電子銃がチャンバーに装着された場合に輸送用チャンバー台に当たる件で議論。ふぅ。
 1/12 (水):11〜12℃ PVD装置を使うためKKSに赴くも、ターゲットが交換されておらず計画中止。職場へ。ベーキング終了。
 1/11 (火):4〜8℃ ベーキング開始。昨年夏の論文を別の雑誌に再投稿するため推敲。昨年末に配達されたRHEED装置の梱包を解いてPLD部屋に入れる。

2011-01-04

01/01 - 01/10 の記録


 1/10 (月):3〜6℃ チャンバーベーキング準備。スイスとの共同研究のための案出し。
 1/9 (日):-1〜6℃ 掃除。髪少し切る。外付HDD経由で、職場で使っていたDell PCの中身をMacBookにコピー。今後は一部作業を除きMacBookを仕事用のメインマシンにしたい。
 1/8 (土):ダラダラと過ごす。Petite Archeに買い出し。洗濯。
 1/7 (金):9〜12℃ 査読論文読み。試料輸送チャンバーの真空度を確認。
 1/6 (木):10〜11℃ KKSにてPVD装置で同僚R用にAl膜堆積。職場へ。
 1/5 (水):6〜6℃ 架台の工作を技術職員JPに依頼。メインチャンバーの真空度を2台の真空ゲージで測定。
 1/4 (火):-1〜2℃ 25日ぶりに出勤。新チャンバー用の架台の設計を完成。
 1/3 (月):朝5:30に家を出る。成田発 → 仁川経由 → CDG着。23:00頃(現地時刻)アパート着。ドアツードアで25時間半かかった。
 1/2 (日):快晴 近所の神社初詣。母と練馬界隈散策。出発前の買い物少々。夕食:『カデンツァ』にて一族で会食。
 1/1 (土):晴 昼、妹宅にて一族で祝い。

のび太は昭和37年生まれだった(この巻では)


 姪甥にクリスマスプレゼントとして藤子・F・不二雄全集の1冊ずつを買った。姪は『ドラえもん』から、1巻が書店に無かったため2巻を選んだ。買ってから知ったが、全集版のドラえもんは「学年繰り上がり方式」を採用しているのだという。どういうことかというと、連載当時のドラえもんは『小学一年生』から『小学六年生』までのすべて(例外あり)の学年誌に載っていたので、あるコドモが小1から小6まで自分の学年に対応する学年誌を読んだとして、そのそれぞれに載っているドラえもんを1つの巻にまとめたということ。第2巻は「1962年生まれの小学生が読んだドラえもん」(小一〜小六)が収録されている。偶然にもこれは私がコドモの頃に購読したものと一致していたのだった(当時は2学年上の学年誌を読んでいた)。

 そんなわけで大人げなくも、先日あげたばかりの本を1日貸してもらって読む。ああ、ほとんど覚えているぞ。ミチビキエンゼルの「さとうは二はいにしなさい。むしばになるから。」というアドバイスは長い間コーヒーを飲むときに私の指針になった。「さわるなといわれるとさわりたくなるもんだ。ぜひさわろう。」(人間製造機)というのび太の傍迷惑な台詞も、実際に触ってはいけないものに出会うたびに思い出す。