永井洋一のフットボールスピリット

2016-12-05

ルールを逆手に取る...を考える

22:17

 JリーグCS鹿島の劇的な勝利で幕を閉じました。

 このCSで気になったことが一つあります。第一戦、浦和の勝利を決めたPKです。興梠選手が倒されたことによるものですが、同選手は後ろから迫り来る鹿島DFの気配を感じ、それを狙っていた由、語っていました。しかも、大げさに倒れると逆にシミュレーションのように見えるので、敢えて地味に倒れたとか...。

f:id:johan14:20161205221511j:image:w360:left このPKにつながるプレーに象徴されるように、近年、ファウルを「もらいに行く」という概念が定着しています。FKから直接ゴールを狙えるキッカーが増えていることもあり、もはや上手な「倒れ方」はサッカーの戦術の一つにもなりつつある気がします。

 私はこうした考え方は好きではありません。プロならまっとうに技術、体力、戦術で勝負してほしいと考えます。もちろん、そうした駆け引きも戦術のうち、といえばそれまでですが...。

 ところで日本柔道リオ五輪で大活躍しましたが、その一方で「指導」による敗戦という、実に納得のいかない試合も多くありました。投げるでもなく、組み伏せるでもなく、関節を極めるでもなく、何だかよくわからない基準でどちらかに「指導」が言い渡され、そのまま時間が過ぎると「指導」を受けた方が負ける。解説を聞いていると、どうやら相手に「指導」が行くような戦い方もあるらしい...。

 そんな柔道の本質から外れたようなルールがあるからでしょうね、無差別級のリネール選手のような、強さなど微塵も感じられない、実にみっともない、恥も外聞もかなぐり捨てた戦い方による金メダルが生まれてしまうのは...。それも5分という短時間で無理矢理に勝負を決しなければならない「時間通りテレビに映る柔道」の宿命なのでしょうか。

 ともあれ、第一戦の興梠選手のような、ルールを逆手に取るようなプレーは、どうしても好きになれません。逆にサッカーFWなら、押されても引っ張られても、反則などものともしない突進をするような逞しいプレーが見たいものです。第二戦、興梠選手は見事なシュートを決めました。あんなにいいプレーができるのだから「上手い倒れ方」なんていらないのに...と思いました。

 第二戦は、今度は浦和がPKを与えて制覇を逃すことになりました(このPKはまっとうなPKでしたね)。何だか第一戦の因果応報のようにも思えました。

 さて、ルールを逆手に取る駆け引きは嫌いだと言っている私ですが、考えてみれば、自分の指導するチームに「オフサイドトラップ」を仕込んだことがあります。これもルールの逆手を取るプレーと言えば、そうかもしれません。私もやっていました(笑)。でもまぁ、オフサイドは間接FKしかもらえず、それで直接ゴールを狙うことはないので、いいか(笑)。...勝手な言い分?

 

2016-11-18

本当はそれで十分なのにね....

11:58

 指導を担当する小学3年生が地元の大会で大敗続きです。

 幼稚園から叩き上げている他チームと違い、当方は3年生になって初めて勝ち負けで順位を競う大会に参加させます。特に今年の 3年生は春に入部し初めてサッカーを習うという子が多く、右も左も判らない状態だったので、春の大会は一つ下の2年生の助っ人を入れて戦うような状態でした。

 あれから数ヶ月、子どもたちは着実に成長したので、秋の大会は2年生の助っ人なしで臨んでいます。しかし、他チームのとの身体能力と経験の差は歴然。特に4年生相手の時には、まったく手も足も出ません。その結果、過去に例を見ないほどの大敗が続いています。

f:id:johan14:20161118115331j:image:medium:left 個々の成長が実感できているとしても、あれだけ毎回、完膚なきまでに打ちのめされると、サッカーそのものがつまらなくなってしまうのではないか...と心配になります。やはり他チームのように1年生の頃から大会に参加させて「勝ち方」を学ばせた方がよいのだろうか...という気持ちがよぎります。

 しかし、心配は無用でした。

 子どもたちは試合と試合の間の空き時間、誰に指示されるでもなく、自ら練習を始めます。負けたから悔しいとか、できない自分がなさけない、などという悲壮な感じは微塵もなく、仲間を誘い、嬉々として技術練習をしているのです。これには驚きました。

 過去の経験では、試合で成績が振るわない子の場合、何も指示のない自由時間にはサッカー以外の遊びに夢中になってしまい「その元気をサッカーに向けてくれれば...」と嘆かわしく思うことがよくありました。しかしこの子たちは違います。時間があれば自ら誘い合ってサッカー練習をしているのです。しかも、やっていることは、私が課している課題の練習です(驚)。

 きっとそれぞれが、自分なりに少しずつ上達していることを実感しているのでしょうね。試合では大敗したけれど、個々のプレーの中で、今までできなかったことができるようになった手応えがあるのでしょう。だからこそ、もっとできるように...と自ら進んで練習しているのだと思います。

 そういえば、大会の合間の定期練習などでは、皆、開始時間のかなり前にグラウンドに来るようになり、私が「集合」をかける前に子どもたちどうしてルールを決めてミニゲームなどをしている様子が見られるようになりました。欠席する子も少なくなりました。それまでは週末に参加するだけだったのに、ウイークデイ練習にも参加する子も出てきました。なんだか「やる気」のようなものが出てきているのです。

 考えてみれば、そういう状態が生まれてくれば、3年生、9歳の子どもに対するスポーツ指導はそれで十分なのですね。サッカーを楽しいと思い、もっと練習したいと思い、その中で着実な上達を実感し、指示されなくても自らより難易度の高いことに挑戦するようになる。少し前まで、サッカーのルールさえまともに知らなかった子たちが、いつの間にか仲間と誘い合って試合のまねごとをする中で競い合う楽しさを求めるようになる...。

 サッカーを始めたばかりの9歳の子どもにそれ以上何を要求するというのでしょう...まずはそこまでで十分ではないでしょうか...と私は気づきました。公式戦の大敗には落ち込みますけど(笑)、試合結果だけにとらわれずに、子どもたちの成長を見守っていきたいと思います。

 

2016-11-04

理想を追う果てに...

10:43

 名古屋グランパスがJ1から降格しました。

 サッカーバラエティ番組でボケキャラをやっていた小倉監督を担ぎ出し、J1生え抜きの監督を育てるとしたフロントの「理想」があり、また、全員が連動して攻撃サッカーを展開するという小倉監督自身の「理想」があったようですが、その両方とも「絵に描いた餅」になってしまったようです。

f:id:johan14:20161104104214j:image:w360:left 新監督が自分のカラーを打ち出すために、うるさいベテランを切って自分の言うことを聞く若手中心にチームを編成することはサッカー界の常套手段。しかし、闘莉王を切ったことが大きな間違だったと気がついた時には既に後の祭り。

 君のキライな監督は変えたから助けに来て...と泣きついたら、取るものも取りあえず故郷ブラジルから駆けつけてきてくれた「心意気」がある男。そういうキャラの男なんですから「ピッチ内の監督としてオレを助けてくれ」くらいのこと言って、味方につけておけばよかったのにね...。使い方を間違えましたね。監督の仕事は華々しく戦術を歌い上げて練習メニューを考え先発メンバーを決めることだけではありません。色々な面での選手の人心掌握はとても重要な仕事の一つ。その方法を間違えましたね。

 小倉解任、闘莉王駆けつけ後の成績は、決して右肩上がりではなかったものの、そのペースなら降格は回避できたという展開。だから、いつまでも小倉監督を担ぎ出した「理想」に拘泥し、適時に監督解任の決断が出来なかったフロントの責任も重大。

f:id:johan14:20161104104240j:image:medium:right そもそも、世界一安定した企業であるトヨタがバックにつき、豊富な資金力に恵まれ、過去の実績の積み重ねも豊かなグランパスで、あれほどひどいチームづくりしかできないということは、全ての意味でチーム運営者の資格なしと言われても仕方がないでしょうね、関係者は。

 まぁ日本代表からアマチュアのチームまで、日本人は「あるべき姿」みたいなものを掲げて、結果が出なくてもいいんだ...と突き進むこと、大好きですよね。成熟した完成度を愛でるよりも、発展途上の青さ、若さを楽しむ。だから、カラダは大人でココロは子供の高校生スポーツに異常なほどに熱狂する。私なんか、高校サッカーみたいな下手なもの見て何が楽しいんだ、と思うのですけどね(笑)。

 ともあれ、「明日につながる」などと言いつつ理想を追っても、グランパスみたいに負け続ければ「何やってんだ」となる。このあたりの外野席の日和見的な理想論が、もしかしたら日本スポーツの諸悪の根源かもしれませんね(笑)。

2016-10-28

最新のスポーツビジネスのアイディア求む

15:30

 東京五輪の経費削減問題に際し、競技場建設が見直されていることに対して、トップリーグ機構の川淵三郎さんが競技団体の代表として「新しい施設の建設は絶対に譲れない」という趣旨の発言をしました。

 川淵さんの発言を待つまでもなく、直接の当事者であるボート、カヌー、水泳、バレーボールなどの関係者は異口同音に「新しい施設が必要」と主張しています。

f:id:johan14:20161028152509j:image:medium:left それゃ誰だった新しくて大きな施設がほしいですよね。五輪を機に立派なものを造ってくれよと言いたくなる気持ちはわかります。しかし皆、言うのは「造って、造って」という要求ばかり。まるで「お菓子かって、おもちゃ買って」と駄々をこねる子供みたいで、みっとみない。

 そもそもスポーツ施設は基本的には消費する一方で利益は生まず、維持費がダダ漏れしていく巨大施設な「金喰い虫」。それを何百億という費用で作ろうというのだから、よほど賢い計画と堅い見通しがなければ無理。

 ところが「建設見直しなんてけしからん」と息巻く当事者は、自分たちは競技を楽しむだけで、費用捻出や維持管理には関わらないのだから、それは親のサイフの中身を考えずにお店の前で駄々をこねる子供と同じ。

 あのね、トップリークに関わる人たち、「立派なレガシー造って」と息巻くなら、その新施設の建設費用をこのようなアイディアで圧縮してみせます、とか、このような仕組みで維持管理費を捻出してみせます、といったブランくらい独自に用意してみましょうよ。

 今や、巨大競技場の赤字の維持費を自治体が払い続けるなんていう古式ゆかしい方式では競技場建設は成り立たない時代。世界の競技場では、いろいろなアイディアを投入して入場料収入などの「競技関連」以外の部分からオカネをひねり出す形になっているのが当たり前。だから、トップリーグの関係者も、お上に「オカネ出して」とせっつく前に、世界の競技場の色々な運営方法を研究して、「そういう方式なら建設してもいいですね」と言わせるだけのプランを提示するひとが必要なのでは?

 「オレたちには立派な施設が必要なんだ』と気勢を上げるだけで、造った後は使いっぱなし、金銭的な尻ぬぐいは行政まかせ...という放蕩息子みたいなことしかやらないから、スポーツ関係者は「バカだ」と軽蔑されてしまうんですよ。

 まぁ今回の「川淵宣言』は、オトモダチ関係の森喜朗氏から「小池に一泡ふかせてやりたいから頼む」と言われてのことでしょうな。正論では負けるから、周辺を巻き込んで「政治的」に仕返しをする。イヤラシイやり方ですが、それが「政治」というものといえば、それまでですが...。

2016-10-21

財産の喪失

10:51

 ラグビー平尾誠二さんの訃報を聞いた時は、思わず「嘘だ!」と叫び、椅子から立ち上がってしまいました。

 平尾さんとは、彼が主催する団体に私が講演で呼ばれた縁で知り合いました。お互いに日本のスポーツについて感じている部分がピッタリ一致し、あっという間に意気投合。その後、対談をさせていただくなど、何度か交流がありました。それぞれがスポーツに関して思うことをまとめた「キリカエ力』という本も出しています。

 f:id:johan14:20161021104945j:image:medium:left とにかくカッコイイ人でした。精悍かつ整った顔立ち、均整の取れた逞しい体つき。ラグビー界の大スターであるにもかかわらず、少しも奢り、偉ぶり、のような態度はなく、物腰は柔らかで、言葉も丁寧。しかし、日本スポーツ界が抱える矛盾を語り出すと俄然、口調は熱を帯び、次々に先進的なアイディアが理路整然と飛び出してきました。人としての心身両面の「力」が備わっているなら、尊大な態度を取らずとも自ずとオーラのようなものが滲み出てくるものなのだな、と実感したものです。

 とりわけ平尾さんが強調していたのは、プレイヤー自身の自主、自立ということでした。監督・コーチに怒られるから、OBや仲間に批判されるから、という動機で動いているうちは絶対にダメだ。自分自身が常に客観的かつ論理的な視点を持ち、課題を掘り出し、それを克服するための高い目標を掲げ、自ら限界まで追い込んでそれをクリアしていけるかどうか、それがアスリートの基本...と、繰り返し強調していました。

 その後、平尾さんは代表監督に。私に熱く語っていた自主、自立のマインドを代表選手に植え付けることを試みました。しかし代表監督としての平尾さんは芳しい結果が出せていません。

 私は当時の選手たちが、平尾さんの理想について行けなかったのではと分析しています。物心ついた時からずっと、監督や親の顔色を伺いながら過ごしてきた選手たちが、代表に選ばれて初めて「自分で考えて、自分で追い込んでみろ」と言われても、なかなか難しかったのではないか、と。苦しさ、辛さに直面した時、やはり「怒る人」がいなければ、知らず知らずに「易き方向」に流されてしまったのではないか、と。

 知り合った当時、平尾さんは引退してしばらくたっていましたが、私が「平尾さんなら、まだ代表選手として行けると思いますよ。フル出場は無理だとしても、スーパーサブのような形でいいから、またやってくださいよ」と言うと、「しばらくやらないとね、人に当たる(タックルする)のが怖くなるんですよ。この前もね、久しぶりにやったら当たるのが少し怖くてね」と笑っていましたが、まんざらでもなさそうな様子だったことが印象に残っています。

 日本ラグビー界は大きな財産を失いました。もうすぐW杯が初めて日本で開催されるというのに...神様は何というタイミングで彼を天に引き上げたのでしょう。

2016-09-30

ミンナ...の怖さ

16:37

 東京五輪、耳を疑う話が次々に出てきます。費用が3兆円???何十億円っていう建設費用の見積もりがゴーサインもらったら一千何百億円???ダチョウ倶楽部じゃないけど「聞いてないよ!!!」っていうこと次々。

 小池都知事、奮闘してますね。当然のことながら「話が違う」ことについては、正していかねばなりません。安く見積もっておいて「買う」といったら法外な値段ふっかけるなんて、ヤクザの商売と同じですからね。

f:id:johan14:20160930163252j:image:medium:left それで、小池さんが「見直します」といったら、出てきましたよ、あの日本中から諸悪の根源扱いされても平気な鉄面皮じいさん。某大学ラグビー部に数週間所属したらしいことから、いつのまにかスポーツというとしゃしゃり出てくるようになったあの人。曰く「これまでみんなで一生懸命やってきたこと。だから簡単にひっくり返すわけにはいかない」ですと。つまり「みんなで一生懸命」やれば、何でも正当化されるという、古く悪しき日本の全体主義象徴哲学

 どうしてこんなにも「みんな」という言葉は日本では「決めの一句」に使われるのでしょうかね。「みんな」がやっているといえば反道徳的に事も平気でやる。「みんな」が受験の準備を始めたといえばウチだけ遅れる訳にはいかないと根拠のない焦燥感に駆られて塾に通う。正しいかどうかはどうでもよくて、自分が「みんな」から遠い場所にいなければい、という発想。だから「みんな」が間違っていても、「みんな」に含まれていればいいと考える。

f:id:johan14:20160930163454p:image:medium:right 最近「みんな」が気持ち悪い使われ方したこと、ありましたねよね。何と国会で。「自衛隊、警察、海上保安庁の諸君にここからみんなで拍手を送ろうではありませんか」というアベ・ジョンイルの行為。「うぉー」と気勢をあげて拍手し煽る与党自民等、公明党の面々。あれれ中国???北朝鮮???アベ・ジョンイル君、一番「驚異だ」って言ってる国の指導者のマネするってどういうこと。結局、かの国の独裁者みたいになりたいってこと???

f:id:johan14:20160930163624j:image:medium:left 七十数年前、「ヘイタイサンノオカゲデス」と大声で唱和を強いられた子供たち。同じですね。やはり繰り返してしまうのでしょうか。あのときも「おかしい」と思っても「みんな」の前で言うことは出来なかったのです。

 そういえば先日、インターネットプロバイダが契約書にない値上げ通知をして来たので、「承知した覚えはない」「契約条項にない」と抗議の電話をしました。散々、法的、事務的に欠陥のある通告であることを羅列すると、反論に困った窓口の女性がのたもうには「みなさん苦情を言わずに納得してます」。はぁ、その「みんな」とは何人だ?全体の何%だ?そしてそれはどういう方法ではじき出したのだ?そんな適当な「みんな」という概念がどうして値上げを正当化できるのだ!!!と追求すると、「そういう数字の根拠はありませんが...」としどろもどろ。数値的根拠のないことを口からでまかせに言って正当化するな、と一喝。消費者センターにも通告して、値上げを阻止しました(笑)。

2016-09-20

久保君...本当に逸材なのか...?

11:04

 バルサの下部組織に鳴り物入りで加入、その後「大人の事情」(笑)で帰国FC東京に所属した久保君。今、メディアが大騒ぎしています。

 何でも、15歳なのにトップチームに登録し、Jリーグに最年少デビューする予定だとか。先日、アジアの大会で2得点したのだとか。確かに活躍した場面ばかりを切り取った画像を見ると、相手を翻弄するテクニックがあるようです。和製メッシと呼ばれているのだとか...。

f:id:johan14:20160920110353j:image:w360:left どう思います?と良く聞かれます。久保君のこと。もちろん、期待したいです。しかし...本当に彼が逸材かどうかわかるのは、トップレベルの成人チームに加わって真剣勝負をしたとき。期待と義務、責任などの精神的重圧。ピッチコンディション、レフェリーの判定、移動の疲れ、相手選手の挑発などプレー以外の障害。そして執拗なマークや激しい当たりなど技術を封印するために駆使される相手の戦略。そうしたものの中で、今と同じように取り囲む相手を翻弄し、決定的な得点に絡んでこそ「本物の逸材」と認定します。

 ティーンエイジャーの育成時代は、純粋にその時点の技術力、体力のみで比較できるので、才能に恵まれた子はとても目立ちやすいもの。しかし、それがその後、プロとして頼りになる「戦力」になるかどうかは別問題。

 少年時代に「天才」「怪物」と称された選手、これまでどれだけいたことでしょう。皆、その後、どうなってますか? 久保君の前に最年少J出場記録持っていた森本選手、久保君に負けないくらい騒がれ、期待され、海外にまで行きましたが、どうだったでしょう...。日本代表で決定的な仕事してくれたでしょうか?

 久保君が2得点挙げたという相手...キルギス? ...失礼ながら「どこ?、その国」というレベルですよね。私なんか昔、あの釜本さんがアジア予選でフィリピン相手にダブルハットトリック(6点)したの覚えてますからね~(笑)。そんなユースレベルの試合で弱小国に2点取ったからってね~...なんて厳しい見方をしちゃいます。

2016-09-08

あまり明るい材料がないなぁ

12:27

 タイ戦、嫌な予感と予想しましたが、とりあえず外れて良かったです。ネガティブ予想してすみませんでした。結果第一ですからアウェイ勝ち点3は文句なしなのですが、しかし...何だかモヤモヤしますねあの内容。

 二十何本もシュート打って2点。高温多湿、雨、ゆるいピッチ、笑える判定の審判(笑)、ホームで負けた後の重圧...言い訳はいくらでも見つかりますが、それにしてもねぇ。ええっ何そのキック...あんたたち素人?...みたいなミスが多いですよね。

 私が監督をしているアマチュアのチームでもよく説教(笑)します。勝っている試合で平気でチャンスの「無駄遣い」をするチームはチャンスの少ない大切な試合で痛い目に遭うぞ、と。だから、勝っている試合でも「惜しい」「ナイスシュート」と言いながら平気で得点機を逃すな、と。

f:id:johan14:20160908122004j:image:w360:left

 日本代表はタイ相手に12本のシュートで1点しか取れなかったのですから、より強敵と対戦してシュートが12本未満の場合、1点も取れない計算になります。しかも強敵の場合、森重、本田、香川が逃したような、中学生でも決められるような決定機は絶対に作られてくれません。シュート体制はもっと難しくなる。

 それと、シュートが絡む場面になって、最後に個の力で突破、シュートに持ち込めない貧弱さには毎度、失望しますね。日本アタッカーの中でも能力が高いとされているはずの本田も香川も、1対1なら絶対にかわしてシュートまで...という力がない。

 本田...左足を封じられたら、ただの選手でしたね。香川...どうでもいいバックパス、ヨコパスばかりが目について、私が相手監督だったら全然怖くないですね。いったい自分のチーム内での役割、何だと思ってるのでしょうか? ただの『無難なつなぎ役」なら、君でなく他の誰でもいいんだぜ、と言いたい。私が監督なら即刻、二人とも交代させてましたけどね。

 原口、宇佐見あたりには「目前の相手をやっつけてシュートまで行くぞ!」という意欲はうかがえます。そして実際、そういうプレーもしている。その点はいい。しかし、その意気込みは買うのだけれど、悲しいかな、シュートは枠に行かない。タイ相手にその程度であれば、強豪相手ではどうでしょう?

 森重がボールの空気圧をアピールした時のイエロー、不可解に思っている人もいるでしょうけど、審判の判定は正しい。プレー中に意図的にハンドしたのですから。

 ボールの空気圧に対する不備をアピールするなら、一度ラインの外に出すなどアウトオブプレーにしておかねばなりません。まぁボールは両チーム平等に関わることなのだから、森重の意図がわかれば、それを斟酌して、注意だけにとどめておき、両チーム平等のレフェリーボールで再開するくらいの度量が審判にあっても良かったとは思いますけどね...。杓子定規がウリの主審だったようですから(笑)それはムリだったようです。

 山口がハードワークしてくれたこと、少し明るい材料ですね。

 あとは...清武、柏木香川と似たり寄ったりで決定打がないし、武藤、浅野、岡崎は誰が出ても「帯に短したすきに長し」だし、小林も国際試合ではいま一つだし...。やはり日本サッカー界の限界(笑)が見えてきますね。

 オーストラリアは、あのいやらしいUAEをきちんと片付けました。サウジにも「中東の笛」がついているようです(笑)。なんだか、ロシアW杯大丈夫なのかな...。

2016-09-05

タイ戦もいやな予感

11:21

 日本代表UAEにホームで敗れました。

 最初からいやな予感がしていました。TV朝日が今、盛んに流している過去のW杯アジア最終予選のプレイバックにある98年フランス大会予選。1勝1敗2分けで解任された加茂周監督に代わり、岡田武史コーチが昇格。就任直後のアウェイ・ウズベキスタン戦、奇跡的同点ゴールで何とかクビの皮一枚つなぎ止め、『今度こそ』の思いで迎えた3試合ぶりのホームゲーム相手がUAEでした。

 その試合でも立ち上がりから攻勢をしかけた日本が呂比須ワグナーのゴールで先制、「もう期待を裏切られる試合はこれで終わり」と思わせておきながら、セットプレーからヘディングを合わされて同点。試合はそのまま1-1で終わり、怒ったファンが、カズに生卵を投げつけたり、選手に向けてパイプ椅子を投げ込んだり、といった事件が起きました。

f:id:johan14:20160905112056p:image:w360:left 今度もあのUAEか...何だかいやな予感、と思っていたわけです。アジアカップでもUAEには「シュートを何倍も打っているのに決め切れず相手のワンチャンスに泣く」という「日本のお家芸』丸出しで負けたしな~。さらに審判団がカタールと判ったとき、不安は増大。カタールは他の競技でも「中東の笛」と呼ばれるアンフェアな判定を平気で下すことで知られていところ。UAEのお隣さんだしね...。

 「ああやっばり」。吉田のファル、警告は???。あの自分から転んだ選手、イングランドなら「ヘタレ」としてブーイングされますよ。そしてあの幻のゴール副審は絶対に見えないはずはありません。例えばカウンターから早い攻めで一気にゴール前へ、という形なら副審が戻りきれずボールがラインを割ったか否かが見極められないことはあります。しかしあの場面は、しっかり戻っていた後のプレー。本田のヘッドの折返しを受ける浅野がオフサイドになるがどうかを凝視している状況。ボールがゴールラインを割ったかどうか確認しづらいポジションにいるということは絶対にあり得ません。それなのにあれだけはっきりとラインを通過している状況を無視したということは「その瞬間だけ気絶していて見えなかったんです」という言い訳しかあり得ないでしょう(笑)。

 サッカーは本来11対11なのですが、11対14じゃかなわないですよね(笑)。

 まぁそうしたこともサッカーのうち、と割り切るにしても、日本代表が決定機に見せる貧弱なプレーには毎度、失望させられますね。香川のもたつき、清武のアウトサイドキックの空振り、どうでもいいところで「テクニシャン」なのに一番大事なゴール前でヘタ丸出し。

 PKにつながったプレー。最初にボールを奪われた長谷部が盛んに「自分の責任」といっていますが、取らて直接ゴールされたわけではなく、その後、しっかりカバーして複数の選手で相手を追い込んでいるわけです。そこで単独突破をしかける相手に雑な対応をしたことで墓穴を掘っている。取られた長谷部よりそっちの対応力が問題です。こちらもヘタ丸出し。両ゴール前でヘタなんだから勝つのは難しい。

 タイ戦、不安です。勝たねばならない日本がボールを保持して攻め立てる。きわどいシュートがタイゴールに向かって雨あられ。しかしシュートは枠を外れるかGKの攻守にはばまれ、何度かポスト、バーを叩く。そうこうしているうちにカウンター受け慌てた守備陣がファウルセットプレーを与える。高さがない相手に油断したのか、ちょした守備の乱れをうまくつかれて失点。取り返そうとより果敢に攻め続け、クロスが何本もゴール前に送られるが合わず。再びカウンター受け対応するが、守備のバランス悪く相手を倒してしまいPK...なんてね。

 このところ、私の「負の予感」は残念ながら当たり続けているので、今度は「外れました。すみません」と謝らせて下さいな選手の皆さん。

2016-08-16

ルールの精神と日本サッカーのアタマの堅さ

11:57

 大阪学院大付属高校が大会の開会式に参加しなかったことで棄権扱いになり、全国大会への道を閉ざされたそうです。

 同校は150人近い部員を抱えながら、各校最低7人出席が「義務」の式に誰も行かず、大会本部から確認の電話を受けて慌てて選手を送ったものの「時間切れ」で後の祭りだったとのこと。

 同校の失態を云々を語る前に、まず感じたのは、開会式なるものを試合日とは全く別に別会場で開催し、そこに「最低7人の参加』を義務づけている大阪高体連のお歴々の古式ゆかしき意識の滑稽さです。

f:id:johan14:20160816115606j:image:medium:left 想像するに、「わざわざ開会式だけ半日かけてやるなんて...。大切な練習を休ませてまで部員を主席させるほどの意味があるのか?。誰かが出てればいいんだろう」と、たとえばマネージャーだけが参加するなどの形式的出席が過去にあったのではないでしょうか。そうした状況にオエラ方が憤慨し「大きな会場を埋め尽くす盛大な開会式という体裁が整わねばダメだ」と色めき立ち、「絶対に7人以上参加しろ』という「義務化」が通達されたのではないでしょうか。

 私の若い頃も少年大会の開会式を大きな市営体育館で行う際、「欠席したら出場取り消しにする」という通達を受けたたことがあります。大会場が大勢の参加者で埋まらないとバツが悪かったんでしょうね。当時、私のチームには1、2年生しかおらず、退屈極まりない進行の間、子供たちを大人しくさせていることに苦労したことを覚えています。

 さて、開会式の意義はさておき、同校は150人近い部員がいながら、部長先生、顧問先生、マネージャーを筆頭に、ただの一人も開会式のことに気づかなかったのでしょうか?みんな、片時もスマホを手放さず、ヤフーニュースなどを見ている時代なのに...。一軍が20人として、「その他大勢」が130人もいると、誰が何をやっているのかすらもわからなくなるんでしょうね。

 同校が開会式に誰も来ていないことを確認した上で連絡し、慌てて部員が駆けつけても「遅刻、時間切れ」とバッサリ切って落とす大会役員。「スポーツの大会だからルールはルール」という、どこに出ても胸を張れる大義名分ゆえの行動でしょうね。ワイドショーで不倫をなじるレポーターと同じ。正論、社会正義という後ろ盾がある人間は一番、態度がでかくなる。もしかして、大会失格を告げた人、同校が出場しないと助かると思っているライバル校の関係者??などと勘ぐりたくもなります(笑)。

 同校がもともと「そんなばかばかしい式、出席するつもりはありません」と拒否しているならまだしも、学校挙げてアホで(笑)、すっかり忘れていて、遅れてでもとにかく式に主席する意思があり、実際、式場に駆けつけているのなら、特例として遅刻参加を認めてもいいのではないか、というのが私の考えです。式典に遅刻することが、一つの大会、それも高校生にとって最も大切な大会に出場することを取り消すほどの重大な「罪」だとは到底思えません。中国で麻薬にかかわったら即、死刑になるのと似た感じです。

 大会役員は「一つ例外を認めてしまえば...」と言っているようですが、「あの時、大阪学院大付属が遅刻を認められたんだから、オレたちも堂々と遅刻するぜ」と今後、遅刻、遅刻で開会式が収拾がつかなくなることなんてあり得るんでしょうかね(笑)。

 以前、同じ大会の東京予選で、顧問が選手証を忘れてしまい、慌てて取りに帰ったもののキックオフに間に合わず、失格負けになったチームがありました。もちろん、ルールに沿った処置なのですが、いくらでも救済方法はあったはずです。例えばスタメンの名前を確認しておき、選手証がとどいてからハーフタイムに改めて照合するとか...。選手証は出場している選手が本人であることを確認するためのツールなんですから、その目的が果たされればいいわけでしょ?これも「一つ例外を認めれば...」が大義名分でした。しかしそれを認めたことで「選手証がなくてもいいんだ」とごり押しするチームが多数出て収拾がつかなくなることなんて、現実にはあり得ないわけです。

 スポーツだからルールに厳格というあり方は、ある意味、大切かもしれません。しかし時としてそれは、本質から遠ざかるナンセンスな縛りを生みます。ルールにはそれが制定される背景があります。何を守るため、というルールの精神が存在します。しかしその「ルール成立の精神」を忘れてしまい「守る」こと自体が目的になってしまい、もともとの精神を尊ぶことではなく「守ったこと」そのことに価値を見いだしてしまう人がいるのです。

 こうした、いわゆる「アタマの堅さ』は、日本のサッカーの弱点そのものです。「何のために」であるかはどうでもよく、決めたことを守ること自体が大切であり、それが和であり日本が世界に誇るチームワークであると。そして、その「自分たちのサッカー」で世界に出て「決められたことしか出来ない」「試合運びがつたない」と嘲笑されるのです。