永井洋一のフットボールスピリット

2017-08-09

好対照の2チーム....どっちも、いかがなものか...?

10:41

 先日、とあるグラウンドで中学生の試合を観ました。計10点近く入ったのではないかという一方的な試合でした。

 負けているチームの方は、ボール扱いが雑で、いとも簡単にファーストタッチで相手に奪われてしまいます。集中力も乏しく、いわゆる「動き出し」がとても遅くて、パスが来てもすぐに相手に先を越されて奪われてしまいます。挙げ句の果てに、バックパスを受けたGKが素直に蹴り返せばいい場面で、プレスをかけてくる相手FWを足技でかわそうとして奪われ失点。勝ち負けがどこう言うより、サッカーのプレーとしてひどいな~という印象。 

f:id:johan14:20170809104658j:image:medium:right 試合で負ける要因には、生来の運動能力差や体格差など、努力してもどうにもならない部分もありますが、このチームの場合、ミスの多くが上手い下手のレベルではなく、「気をつける」「努力する」という意識のレベルで何とかなるものばかりでした。その点に意識さえあれば...という失点が5点以上あったと思います。

 試合が終わりました。私が気付いたことの幾つかでも選手どうし、あるいは指導者と選手とで話し合い、反省してほしいと思いました。

 ところが、驚いたことに、そうした様子は一切なく、まるで楽しかったイベントが終わったときのように冗談を言い合って談笑しています。俗に言う「ヘラヘラ」している態度。しかも、その異常とも思えるくらい明るい談笑の輪の中に、指導者とおぼしき大人も入っています。あれあれ...何か変だぞ。

 楽しく仲良くサッカーをする...異論はありません。勝ち負けの結果にばかりこだわらない...異論はありません。でも、少なくとも競技としてサッカーをプレーする以上、試合をして明らかになった「足らざるところ」を改め、より良い自分になるために努力していく、という姿勢は必要です。

 あきらかに「サッカーをする以上、それはだめ」というプレーを平気で繰り返し、大量失点で負けているのに、それをまったく意に介せず、反省も一切せず、それこそ「へらへら」と談笑し、「その元気が試合で出せなかったか?」と思うくらい明るく陽気にいつまでも輪になってサッカーとは関係ない話をしている。「楽しさ」のはき違えではないか、と思いました。

f:id:johan14:20170809104056j:image:w360:left 一方、勝ったチーム。さすがに一つ一つのプレーが的確で、大量リードに手を拭くこともなく、黙々と真面目にプレーしていました。

 後半、左サイドから突破を仕掛けた選手が相手のファウルを受けました。ボールに関係なく体当たりされたプレーだったので、「これファウルでしょ」という意味で、選手が両手を広げて審判にアピールします。もちろん、即座にホイッスルが吹かれFKが与えられました。

 その時です「てめぇ、何にやってんだ。アピールなんかしてんじゃねぇーよ!!」。自陣ベンチの指導者が叫びます。叱咤はさらに続きます。「てめぇ何様だ!。偉そうに。だったらてめぇで審判やれよ、こら!」「何なんだよそのアピールは、このやろう!」

 次のアウトオププレーでその選手は交代を命じられベンチに下がります。その後も約10分間、50m以上離れている私にはっきりと聞こえるくらいの大声で指導者は叱責を続けます。「ファウルを受けても振りほどくくらいの迫力が必要だ。それを弱気にアピールし審判にファウルを請うとは何事だ。そもそも判定は審判がするもので選手がするものではない」ということが叱責の趣旨でした。

 その指導者が言っていることはまったく正論だと思います。しかし、だとしても、あのような言葉遣い、態度で指導することで、本当に中学生の心に響くのだろうか...と思いました。即座に交代で退かせ、その後10分以上、自分はベンチに座ったまま、直立不動の子どもに怒鳴り続けるほどのことだろうか...と思いました。 

 そのチームはきっと礼儀も厳しく指導されているのでしょう。試合後、退場する際、次に試合を控えている我々港北FCの成人チームの前を通り過ぎながら、彼らは口々に「こんにちは」と声をかけてきます。見知らぬ初対面の大人にもきちんと挨拶をする、よくしつけられているな、という印象です。

 「ああ、こんにちは」「ご苦労様でした」私も彼らに挨拶を返していると、最後に先ほど怒鳴っていた若い指導者が歩いてきました。視線が合いました。当然、子供たちと同様、彼からも「こんちには」が来るものと思っていると、無視して通り過ぎました(笑)。

 どうなんでしょうね。この指導。

2017-07-28

勝利至上主義の果てに

11:27

 先日、とある少年サッカーチームでコーチをしている人と話す機会がありました。彼は今、チーム内で針のむしろ状態だと嘆いていました。ある大会で、自分の受け持ちの子どもたち全員を試合に出場させたために、結果として大敗したのだといいます。

 「子供たちは、特に他の指導者なら出場機会がなかったであろう子どもは、とても良い経験をしたではないですか」と言うと「そう信じてやったことなのですが...チームの方針と真逆のことだと散々、叩かれましてね...」と苦い顔をします。そのチームは勝利至上主義で、まず「勝つこと」ありきなのだと。それなのに、力が劣る子まで出場させて負けるとは何事か、と批判されているのだそうです。

f:id:johan14:20170728110130j:image:w360:left 私は言いました。「でもね、子供たちは皆、サッカーを教えて下さい、サッカーを上手くして下さい、という気持ちをもってあなたのチームにやってきたわけでしょ。子供たち皆、同じ志を持ち、同じ時間を費やしてあなたの指導に全面的に身を委ねている。ならば、それを受けたあなたは、一人ひとり、その子なりの成長を促すために、なるべく同じ経験をさせることが大切でしょう。その仕事を遂行しただけの話ではないですか。少年期の指導者としてはしごくまっとうな事をしていると思いますよ」

 「そうですよね。そうですよね。永井さんに理解してもらって良かった。でも、だめなんだよな...ウチのチームでは。本来のこととは違うことをした、結果の出せないダメな指導者みたいにいわれちゃう...」

 少年期の一時期に、サッカーを教えてください、と全てを委ねてきた子どもに対して、自チームの戦力になるいか否かで勝手に選別をし、等しく経験すべきことをあからさまに差別するなんて間違っています。ましてや、勝てば「結果を残した」と上機嫌になり、負ければ「今年はダメだった」とまるて子供たちの能力が劣ることが悪いのだと言わんばかりの負け惜しみを言う。これ、全て低級な指導者のエゴです。

 少年期の指導者には未だに、子どもの心身両面の育成よりも、自分が監督として勝ちたい、自分がいい気持ちになりたい、という身勝手なエゴで動いている輩が多い。子どものかけがえのない人生の一時期を、自分の虚栄心の道具に使っている。指導とか育成とか、口ではそれらしいことを言ってはいるものの、内容は「オレが勝利監督になるための子どもの調教」というケースばかり。

 そんな指導が大手を振っているから、本来なら夢と希望に満ちた3年生、4年生の段階で、「もう先がない、希望がない」と諦める子どもがでてくる。人生90年時代に、たかだか10歳になる前に、好きなことが上手くなる夢を断念させられる。これはゆゆしき問題です。自分の子どものチームがそういう体質だと知ったら、即刻、辞めた方がいいです。

 このようにチームの体質が「いかがなものか」というものであっても、運動能力が高い子は「戦力」として重用されますから、居心地がいいかもしれません。しかし、たまたま運動能力が高くて生き残った子どもたちにも悲劇が待っています。勝利至上主義の環境では「勝つために」その指導者の思い描くプレーを徹底させられて育ちますから、一本調子で決められたことをひたすら頑張り抜くことしかできなくなるのです。

 そういう子は、中学生になってスピート、強さ、角度、タイミング、状況などに応じて微細な調整が必要なプレーが求められても、まったく応用が効かない。そもそも指導者の言うとおりに忠実に動こうとすることは訓練されているものの、自ら考えたり判断したりしながらプレーする習慣がついていない、つまり、ずっと「調教」しかされていないことが露呈するわけです。

 クラプ内に中学生の部を立ち上げてはや十数年。色々なチーム出身者を受け入れ続ける中で、このように勝利至上主義のチームの「コマ」にされていたとおぼしき子供たちの長じた後を見せられる中、つくづく少年期の指導の在り方を考えさせられる毎日です。

 10歳前後で「これからのサッカー人生」を早々と断念させられることも、中学生になってから、まるでボールを追いかける犬のようにしか動けない哀れな姿を晒すことも、全て少年時代の著しく「不適切」の指導の被害です。そしてのその原因はただ一つ、大人が子どもを道具にして自分の虚栄心を満足させるというエゴに尽きるのです。

 

2017-07-03

礼!!!

12:07

 「礼!!!」というかけ声とともに、子供たちが深々と頭を下げる場面、少年スポーツでよく見ますね、我が子にスポーツをさせる意味の一つに「礼儀を身につけさせる」という親もいます。

 確かに子供たちはよく頭を下げます。まず入場する時に、グラウンドに礼。つぎに、本部役員に礼。試合が始まる時には対戦相手に礼、終わった時にも相手に礼。審判に礼。対戦相手のベンチにいって相手監督とコーチに礼。その後、自分たちの監督コーチに礼、応援してくれた父兄に礼、というチームも少なくありません。そして帰る時には再びf:id:johan14:20170703120701j:image:w360:left本部役員に礼、最後にまたグラウンドに礼...合計10回も「お願いします」「ありがとうございました」と頭を下げます。試合数が増えれば、その都度対戦の前、後、審判、相手ベンチ、自陣べンチ、父兄に向けての礼6回分が加算されていきます。

 礼儀正しいことは悪いことではないので否定はしませんが、問題はその「礼の精神」が本当に身についているのかどうかです。

 サッカーで使わせてもらうから...という理由で「グラウンドに礼」をしている子供たちは、グラウンドだけでなく、自分が使わせてもらう施設の全てに同様に感謝の意を示しているでしょうか?毎朝、登校するときに「校舎に礼」をしているのでしょうか? 「お世話になる」という理由で本部役員に礼をしているなら、両親を初め自分に「お世話」をしてくれている人たちに毎日、心のこもった礼をしているでしょうか? 「試合をしてくれてありがとう」と礼をするなら、運動会の時、一緒に徒競走をしたクラスメイトに同じように礼をしているでしょうか?

 残念ながら、あのグラウンドでの礼儀正しさが日常生活でも同様に実践されている、というケースはほとんどありません。つまり、あのスポーツの礼は、その場限りの形式、儀式のようなもの、といわれても仕方がないでしょう。

 実際、指導する子どもには一日に何十回もペコペコと頭を下げさせているのに、その指導者本人が無愛想で高飛車で高圧的、というケースはそこかしこにあります。特にチームの成績がいいと、まるでそれが自分の手柄であるかのようにふんぞりかえっている指導者には、そうした傾向が強いようです。

2017-06-23

印象操作

11:03

 70年代中盤に「皇帝」と呼ばれたドイツの名選手ベッケンバウアーは、冷静沈着なキャブテンシーで知られます。f:id:johan14:20170623111934j:image:medium:left しかし実際の彼は激情の人でした。激しく感情を爆発させてしまう本性ゆえに、ピッチでは「冷静沈着なキャプテン」を演じることに専念、自分の本性と真逆の行動を取ることに酔っていた...と言われています。今、はやりの言葉で言えば、自分自身の「印象操作」です。

 さて、自分に都合の悪いことを指摘されると「印象操作だ!」と息巻くアベちゃん。ははぁ、ではかく言うアナタは印象操作していないんですか?

f:id:johan14:20170623105642j:image:w360:left 外遊で飛行機のタラップ上り下りするときだけ、婦人と手をつなぎますよね。あれって、日常生活で恒常的にやっていることですか? 違うよね。他の場面で、二人が並んで手をつないで歩いているところ、見たことがない。

 あのシーン見せられても、二人が日常生活でも自然に仲良く手をつないでいるとは到底思えない。どう考えてもあの場だけの「とってつけたような」こととしか見えない。TVに映るということで、西欧の首脳夫妻をまねて「仲むつまじい」ということを「演出」しているんだろうと。そういうの「印象操作」っていうんですよ。

 庶民の気持ちを理解してます、末端の人々の生活を考えてますってことで、商店、飲食店などに立ち寄っている姿を報道させることありますよね。ほんとうにあんな店、行くんですか普段...って感じ。2~3分、立ち寄って、店主に得意料理を振る舞われて「ウマイっ!」なんて笑顔つくる。それで、いい「絵」が撮れたら完食すらせずに、そそくさと立ち去ってしまう。その後、その店には二度と来ることはない。これもミエミエの「印象操作」。

f:id:johan14:20170623105800j:image:w360:right まだまだありますよ。内閣会議だとか、与野党代表会議だとかの前の報道用の撮影。悪人ヅラした政治家がみ~んな揃ってTVカメラに向かってキモチ悪~いつくり笑顔してるじゃないですか。あれほど不自然な笑顔はこの世にないんじゃないかというほどのキモチ悪い笑顔(笑)。あれだって「印象操操作」。

 そもそも選挙そのものが「印象操作」。電通博報堂かはしらないけれど、彼らが「仕事」として党の選挙戦略を引き受けて、キャッチフレーズ、スローガン、イメージカラーなどを設定していくわけです。何色のスーツで何色のネクタイをして、どういう手振り、口ぶりで何を強調すればいいか、ということを戦略として政治家に授ける。そう、CMづくりと全く同じ。モロに「印象操作」そのものなのです。

 そうやって自分自身があらゆる「印象操作」の上に鎮座しているわけですから、政敵にだけ「印象操作するな」と言ってもまったく説得力がないわけです。

 でも一生懸命「印象操作」しても、ついふとした瞬間に「本性」は出てしまいますよね。予算委員会や国会でアベちゃん自ら飛ばす不規則ヤジのお下劣で低レベルであることといったら...。ああ、ホントはこういう人なのだなって思うわけです。

 

2017-06-16

ヤンキー先生の情けない“なれの果て”が象徴すること

14:58

 「上」が言うことには文句を言わず黙って従う。日本スポーツ界にはびこる悪しき慣習。

 だから選手は「自分の考え」を持たず、持とうともせず、ただひたすら「言われたこと」だけを忠実にこなす。

その結果、まじめでよく言うことを聞くけれど、状況に合わせた「賢い」プレーができない規格品のような選手が大量に生み出される。

 こうした規格品選手は、高校生くらいまでなら大人の言いつけを厳守することで大活躍できるものの、成人して本物の「大人の戦い」になると、悲しいくらい応用の利かない稚拙な姿をさらけ出す。

 さて、話は飛びますが「共謀罪法案」汚い“禁じ手”まで繰り出されて強行採決されました。「テロ防止」というもっともらしい看板をかげていますが、この法でフランスやマンチェスターで起きたテロが防げると思いますか? どう考えても絶対に無理ですよね。そもそもテロ防止」という意味では非常に未成熟な法案なのです。

 ではなぜ、そんな未成熟な法案を無理矢理成立させたのか。それは、この法案が国民の思想、活動の弾圧をする実態を持つからです。政権にとって都合が悪い人、つまり「抵抗する者」「うるさい奴」を捕まえたり拘束したりするための大義名分をつくった、というわけです。いうなればスポーツの鬼監督と同じ「テメェ、オレの言うこと聞かねぇとただじゃおかねぇぞ」「黙って言うこと聞いてればいいんだ」とスゴんで絶対に反論させない...という構造と同じ。

f:id:johan14:20170616145754j:image:w360:left 沖縄の基地反対運動や集団的自衛権反対の運動など、政権にとって都合の悪い、目障りなことをする人は、実行する前に計画段階で「テロの恐れあり』という理由をつけてして捕えてしまおうというわけです。「デモ、一緒にに行こうぜ」と誘い合っただけで「ハイ、共謀罪」となってしまう恐れがあるわけです。

 こうなると、鬼監督の下でプレーする選手と同じですね。絶対に監督が間違っていると思っても「ここは我慢して黙っておこう」となってしまうわけです。そこが政権の狙い。

 スポーツの場合、そういう鬼監督は間違いなく暴走します。誰からも意見される事なく独裁的行動を続けていくと、やがてエスカレートして、暴言、殴る、蹴るが平気な暴君になっていく。政治も同じです。この政権は既に機密保護法、集団的自衛権などを次々に決めてしまいました。ひたひたと、戦前の臭いが歩み寄ってきます。

 ところで、ヤンキー先生こと義家文科副大臣、加計学園問題で「ない」といっていた文書内部告発で出てきたことを受け「内部のことを漏らしたヤツは処分だ」的なこと言ってましたよね。あれれ、ヤンキーって、一般的な素行の善し悪しはともかく、仲間が危ないときは体張って守るっていう男気みたいなものがあるんじゃなかったの? 「不良上がり」を売りにしていたのに、君はいつから体制ベッタリの忠犬になって、おびえながら「正義」を貫こうとしている部下に脅しをかけるようになったの? 君の「恐喝」の経験がこんなところでこんな形で発揮されるとは思わなかったぜ義家君。ヤンキーの後輩が「情けねぇ」って泣いてるぜ。

 まぁ義家副大臣のあの極めて情けない姿勢は、つまるところ共謀罪と同じ精神ということです。大切なことは「正義」かどうか、とか「真理」かどうか、ではなく、上に逆らわず、上にとって都合の良いことだけを黙ってしておけ、ということなのでしょう。

 そんな羊の群れみたいな人間つくってどうするんでしょう。牧羊犬が「ワン」と一声吠えれば羊が一斉に動くように、「戦え」と言えば躊躇なく銃を撃ち、爆弾を落とせる人間が増えていくのでしょうか?

 

2017-06-14

ドーハの悲劇から24年、勝負弱さは全然変わってないです

10:44

 W杯予選イラク戦、引き分けでした。

 相手は内戦、テロ等で、代表チームの結成、強化も十分にはできないような国の代表。しかもすで予選敗退が決まっている。監督も替わって選手も入れ替わっている。そんな相手に対して、世界有数の経済大国J3までプロ組織があって、東京のど真ん中に自社ビルを構えるほど裕福な予算を持つサッカー協会の下で、高いギャラの監督と、海外チームのオーナーになったり女優と結婚したりできるお金持ち選手の集団が勝てないって、どういうこと(笑)。

f:id:johan14:20170614104358j:image:w360:left 日本にとって、失点場面以外に「肝を冷やした」というビンチの場面はほとんどなかったですよね。言い換えると、本当に危なかったのはあの失点場面の一回のみ。そのたったの一回をものにするイラクはさすがです。たった一度の...と悔やんでみても、勝負とはそういうもの。「こっちの方が押していた」とか「こっちの方がいいサッカーをしていた」という日本流の言い訳は世界では通用しない。

 ああ、これが相変わらずの日本のサッカーなのだな...と思ったのが右サイド深くまで突破した酒井がクロスを入れた場面。「ここしかない」というタイミングで大迫がゴール前に飛び込むのですが、酒井が一歩だけ余計にドリブしてしまいタイミングを逃したため、大迫が「ここ」というスペースを行き過ぎてしまい無理なシュート体勢になってボールはゴールポストに。大迫の怒りの表情が映されていましたが、きっと「声をかけたタイミングで蹴ってくれよ!」と言っていたのではないでしょうか。

 もう一つ、「あ~あ」と思ったのが1-1で迎えた後半40分前後のプレー。どうしても勝ち点3、つまり勝利がほしい日本がFKを獲得、キッカーは本田。相手ゴール前にはCB吉田も上がってスクランブル体制。しかし本田のキックは日本の選手が誰一人触ることなくイラクDFに簡単にクリアされます。

 おいおい、ここでそんな軽さでいいのかよ...キックの精度って、こういう時にこそ発揮されてナンボじゃないの?飛び込む側も、ファーサイドで吉田が構えるしかオプションなかったの?時間帯、状況からして、そんなにあっさりクリアされていいプレーなの?

 続く次の場面、押し込んだ日本が左サイドでスローインを獲得。へディングを活かそうと吉田は前線に残ったまま。何としてでもゴール前にクロスを入れねば...と見ていると、あれれっ...スローインはあっさりと相手に奪われボールは大きくクリアされます。「何だよ!!!」と吉田は大きなジャスチャーで悔しがってました。

 このように「ここぞ」という場面をあっさり逃してしまうのが、ずーっと直らない日本のダメなところ。たった一回のチャンスを乾坤一擲で活かしたイラクとの大きな違いです。

 考えてみれば、ドーハの悲劇の時も、同じイラクに終了間際に追いつかれたんですよね。あれから24年、日本サッカーは全然進歩していないってことですか(笑)。

 

2017-05-13

皆さん、どう思いますか?

11:03

 ずいぶん長くご無沙汰してしまいました。久しぶりに、ぜひ、考えていただきたいと思うことを書きます。

 先日、Jリーグ千葉vs徳島戦で、徳島・馬渡選手がボールボーイを小突くような行動を取り、レッドカードを受け、謹慎等の処分を受けました。

 判定、処分、いずれに対しても何の異論もありません。また、その一連の騒動に乗じて千葉サポーターが徳島のボールボーイ暴力的威嚇行為をしたことで処分を受けましたが、これに対しても何の異論もありません。

f:id:johan14:20170513105145j:image:medium:left ただ一つ気になるのは、連日、馬渡選手をつるし上げて「馬渡けしからん」という世論のみが吹き荒れたこと。もちろん馬渡選手が叩かれるのはいたしかたないのですが「馬渡けしからん!!!ひどいヤツだ」と大合唱するだけでボールボーイの行為に対して何も議論が起きなかったことが???と思うわけです。

 そもそもボールボーイが普通に素早くボールを馬渡選手に渡していれば何も起きなかったわけで、ボールボーイの行為に何か問題はなかったのか、という検証も必要と思うわけです。

 こういうと必ず「だってボールボーイは中学生だぞ」と叱られるわけです。「相手は子どもだろ?」「子どもに暴力振るったんだぞ」と。そうなんですけど、「中学生のやることだから...」と、すませていいものなのか?正すべき事があれば正さねばならないのではないか、というのが私の意見です。

 アルバイトであろうが、ボランティアであろうが、プロの試合会場で選手と直接接する形でお手伝いをするなら、それなりの覚悟と姿勢で臨むことが大事です。ボールボーイをするくらいですから、当人は間違いなく地元のサッカー部クラブチームの選手であるはずです。まったくサッカーに関する知識がないわけではなく、ボールボーイの果たすべき仕事についてはそれなりに理解しているはずです。あのような場面になったとき、選手がボールボーイに何を求るかは、サッカーを経験してきた立場として「まったく知りませんでした」ということはないはずです。

 動画を見ると、馬渡選手が「早く、早く」と要求しているのにボールボーイはなかなかボールを手から渡さず、馬渡選手が怒って近づいてきて始めてポイと捨てるようにボールを渡しています。私たちはボールがラインを割ったらすぐに手渡される光景を見慣れています。それは時として、あまりに早く渡しすぎ、選手が取り損ねてピッチ内にボールが転がってしまうことさえあります。そういう日常の基準から見ると、残念ながらあのボールボーイの中学生の手渡し方は、誠実に役目を果たしていたようには見えません。私は「確かにあれでは選手はカッとなってしまうだろうな~」という感想を持ちました。

 数年前、プレミアリーグで、リードしているホームチームボールボーイが、追いつきたいと焦る相手チームの選手に意図的にボール遅く渡そうとして、怒った相手選手に乱暴な行為をされたという事件がありました。サッカー大好き中学生なら、もしかしたらそういう情報も知っていたかもしれません。あの場面、千葉GKがペナルティエリアを大きく飛び出していて明らかに千葉のピンチ。千葉ファンからしたら徳島の選手にできるだけゆっくりボールを渡してほしいわけです。「勘ぐりすぎ」と叱られるのを覚悟で言うなら、千葉ファンのボールボーイが意図的にゆっくりボールを渡した....ということだって可能性ゼロではないわけです。

 言うまでもありませんが、だからといって「馬渡選手がキレるのも仕方がない」と言いたいのではありません。いかなる理由があれ、馬渡選手の行為は許されません。しかし、馬渡選手をよってたかってバッシングするだけでなく、そのような事態を招く事になった要因はしっかりただしておき、次回から気をつけて予防する必要があると思うのです。

 ボールボーイを務める時は、ボールを直接やりとりする選手が不必要に感情を高ぶらせるようなことがないよう、また、誰が見ても両チームに平等にフェアに接しているよう心がけ、スムーズな試合運営に協力するという態度を心がけねばなりません。誤解を招くような行動は極力慎むようにしなければなりません。それをアルバイト中学生各自の「自覚」にまかせることが難しいというなら、アルバイト、ボランティアを管理する主催者が事前にしっかりと「協力してもらう上でのお願い」として姿勢、態度を教育しておかねばならないでしょう。問題が起きても「中学生のやることなので」と幼い子どものような扱いをすることは、かえって中学生自身の自立や自覚の発達を阻害することになると思います。

 

 

2017-03-29

なんか心配なんだよな~

12:30

 日本代表、UAEとタイに連勝して上げ潮ムードです。一時のどん状態よりはかなり良くなってはいるのですが、手放しでは喜べません。

 まずは所詮アジアレベルの話だと言うこと。ブラジルW杯ではアジア枠で出場した4チーム全てが1勝もできていなかったという現実。その中の基準で勝った勝ったと喜んでいても、本大会の相手は全然違うぜ、と思ってしまうわけです。だってべスト8目標なんでしょニッポン(笑)。

f:id:johan14:20170329122916j:image:w360:left 以下は、よく私が指導する成人チームに言っていること...。同じリーグの下位のチーム、あるいは一つ下のカテゴリーのチームとの対戦では、こちらがミスをしてピンチになっても、相手がまたミスをしてくれて結局は帳消しになってしまうことが多い。試合には結果として勝つので、それらの修正点がうやむやに忘れられてしまうが、そういう細かいことをきちんと本気で修正しておかねば後で痛い目に遭う。

 上位のチームや上のカテゴリーのチームは、こちらのミスを着実に突いてくる。決定機は絶対に逃さない。それまでは「ラッキー」で済んでいたことが済まなくなる。そしてのその痛い1点で試合を失う。

 日本代表にも同じ事を言いたい気持ち。

 UAE戦、相手の雑なシュートに随分、助けられました。川島の好セーブもあった。タイ戦も相手のミスと川島の美技(2回も!!)に助けられました。UAEもタイも、あのチャンスを決め切れないからW杯になかなか出られない。言い換えると、W杯で上位に行くチームは、あのチャンスで着実に決めてくる。アジアで「ああラッキー」で救われていると、本番では痛い目にあう。

 アジアでも楽に勝てる試合は一つもない、と言われます。その通りです。下のレベルが底上げしていることは事実です。しかし、そもそも上のレベルがかなり頭打ち状態なのですからね...その中で「どの試合も難しい」と苦戦の正当化をしていても...と思うわけです。

 実際、サウジ、オーストラリア....最終予選のどの対戦相手を見ても、仮にW杯に出たとしても勝てるであろう力のあるチームは一つもありません。あ~あ、やっばりアジアのレベル低いな、W杯でどこも1勝もできないわけだよな~と思うわけです。

 日本代表、ロシアでベスト8目指したいなら、残り試合を危なげなく全勝で当たり前です。

2017-03-23

始まりました、学習虐待!!の季節

22:34

 例年、この時期になると「勉強、塾」でサッカーができなくなる子供がでてきます。「お受験」のためです。

 親たちの言い分のパターンは例年、判で押したように決まっています。「土日に模擬試験があるのでスポーツとの両立はやはりどうしても難しい。子供とよく相談した結果、子供本人も受検に専念したいと言うので辞めます」

 まず、10歳、11歳の子が自ら望んで友達自由に遊ぶこと、好きなスポーツを断念して、自ら受験戦争に身を投じたいと願うことは、人間の発達の摂理からして絶対にあり得ません。

 子どもは、歯が生え始めると噛みたがり、立ち上がれば歩きたがり、字を理解し始めれば本を読みたがる。子どもに生じる欲求は、体内で生じている機能の発芽とリンクしています。小学生の時期といえば、本来、体の色々な部分を思い切り動かして遊ぶ中から成長の基盤となる身体的刺激を受け、いろいろなキャラクターの友達と関わって自己主張したり、妥協したりする中から人との関わり方を学び、笑い、泣き、驚き、怒り、嘆き、感動する中から人格を豊かにする様々な感性を刺激され、夕方にはすっかり疲れてご飯をもりもり食べてぐっすり眠る、というのがあるべき姿。そうした成長に欠かせない自然の欲求を無理矢理抑えつけているわけです。

f:id:johan14:20170323223317p:image:w360:left もちろん、子ども本人は親に「どうするの?」と問われて「勉強を頑張ることにする」と実際に応えているはずです。親も、そうした子の反応を聞いて、言質を取ったのかのようにしたり顔になっていることでしょう。しかしそれは誘導尋問と同じです。そう言わざるを得ない状況に追い込んでいるだけの話です。もとより「やっばり僕、受験よりサッカーしたい」なんて絶対に口に出せないような環境設定があるわけです。あわれ本心とは違うことを言うように誘導された子は、心の底にある本当の自分の気持ちも言えないまま、本物の学問、研究とはまったく別次元の、単純記憶と機械的反復訓練の地獄に放り込まれるわけです。

 成長の自然の摂理に従って、遊んだり、友達と関わったり、スポーツしたりすることよりも、「受験勉強をしたい」と言わしめるような育て方など、私に言わせれば「教育」という衣を着た虐待そのものです!!!

 十分に遊ばず、スポーツもせず、友達とも深く関わらない中、ひたすら受験術ばかりと向き合っていると、大抵は異常に近眼が進み、運動不足で中年のように腹が出て、青白い顔をして簡単に骨折するようになります。まぁそれだけでも成長期の子供としては十分に惨めなのですが...実はそんなことは大きな問題ではありません。取り返しのつかない大きな問題となるのは、少年期の成長に適した環境を逸した事による、心の「歪み」です。

 その「歪み」は、はけ口をもとめてマグマのように膨張し続けます。そして、いずれ行き場を失い何らかの形で吹き出します。小学生のうちは、自分より弱い立場の子に対する陰湿ないじめ、などとして現れる例が多いようです。「えっ、あのおとなしい子が!?」と思うような子が、塾の同級生に大人の目が届かない場所でいじめに荷担していた、という例は何例も知っています。 

 念願の中学に合格の後は、無気力になって引きこもり、という例を知っています。「入学する」ことが最大の目的なのですから、達成すればバーンアウトするのは当然です。運良くバーンアウトが避けられても、体が大きくなり「父・母なんてもう怖くない」と思い始めると、解き放たれたように素行が乱れ、学習も進まず、反社会的な行動を取るようになったケースもあります。また、思春期になって自我が確立すると「今まで親の言うなりになっていたオレは何だったのだ」と悩み、親が望んでいたであろう俗な「出世コース」とはまったく異なる世界に突き進んでいく、というケースもあります。

 いずれにせよ「やればやっただけ効果が出る、やらない者は脱落する」という論理で親の焦りを誘う受検商法の良い「お得意様」になることで子どもの人格の形成を狂わすなんて、こんなバカバカしいことはありません。そもそも毎週、模擬試験をする必要はありません。学力の進展具合など、二ヶ月に一回程度確認するくらいで十分でしょう。たった一週間で利口になったりバカになったりしませんよ人は。

 

2017-03-14

ぜひ、日本代表のスタッフにしたいね(笑)

12:24

 日本のサッカー、一昔前と違って、技術も体力も戦術理解もある一定のレベルに達しました。あとはそれらの力をいつ、どこで、どのうように使いこなすか...という「試合運び」の問題。この部分、とても幼いわけです、日本の選手...。ブラジルW杯で3分間で逆点されたり、10人の相手を1時間も攻めあぐんだりしたわけです。

f:id:johan14:20170314122326j:image:w360:left でもね~真っ正直に生きなさい、それが大事、という国民感情が根付いていますからね、日本には。お財布が現金入ったまま持ち主に返される、世界でも希な正直国民なわけです。だから戦い方も、どうしても真っ正直になっちゃう。もっとずる賢さ、汚さ、抜け目なさが必要と指摘されて、それらしきことも一生懸命やるんだけど、やっばりとってつけたようで、まったく板につかない(笑)。

 そんな中、いましたよ、こういう桁違いの図太さが必要なんだ、と思わせてくれる人物。そう、あの人品骨柄があまりに立派すぎて眩しいくらいの(笑)教育者(と称している)親子。いや~すごいですね、驚きましたよ、あの恥知らずの図太さには。袋叩きなんて何のその。経歴詐称を追求されて「リークしたことの方が大きな問題」、資金が足りないと指摘されると「カネではなくお金と言いなさい」と見え見えの論点すり替えをしてドヤ顔でシレッとできる。

 日本人の美徳!!、道徳!!、礼儀!!と声高に叫び、自分が日本的倫理の先頭に立っているかのように喧伝する一方で、政治家、役人に裏取引を持ちかけ、ずるい方法で8億もの法外な値引きをさせる。虚偽の見積書を退出して補助金をだまし取る。適当な計画書の中に同意も得ていない進学提携先、教員名を記載する。そして不正を指摘するメディアを嘘つきと罵倒し、質問を遮る。それが正々堂々を旨とする「日本人の心の美しさ」?

f:id:johan14:20170314122327j:image:w360:right 大臣にもいましたね、すごいのが。「靖国に公式訪問して何が悪い」と鼻息荒く繰り返していたのに、防衛大臣になったとたん、海外視察を入れて知らん顔してアジア諸国の批判から逃げた人。「戦闘と日誌に書いてありますよ」と指摘されても「法的な意味では戦闘ではなく武力衝突です」と言い張った人。あの立派な(笑)理事長の弁護を引き受けた記録が残っているのに「名前を記載しただけで仕事はしていません」と言い張った人。

 すごいですね。こうでなくちゃ。常識から言えば「それアウトです」という事を「へん、私の中じゃセーフだもんね」と顔色変えずに自分の理屈を押し通す図太さ。

 この人たちが日本代表のスタッフに入ったら、さぞかし選手のメンタル強くなるでしょうね。きっと「そんな小さなことでビビるな」ってなことばかり言われるんでしょうね」(笑)。「ウソだって、矛盾だって、真実かどうかは関係ないんだ!!その場をうまく逃げ切れれば、どんな手を使ってもいいんだ!!」ってどやされ続けるんでしょうね、選手たちは。

 こういう勝負強さを持った人材をぜひサッカー日本代表のスタッフに迎えたいものです。そうすればきっと、チームの在り方、ガラリと変わりますよ。苦しい試合でもしぶとく勝ち抜けるようになると思いますよ。何よりも真面目すぎるキャプテン・長谷部なんか、きっと「目から鱗」状態になるんじゃないですか(笑)。