IMDのファカルティ・ディベロップメント

ローザンヌのIMD
お久しぶりです。昨日からローザンヌに来ています。ローザンヌはとても緑の多くて美しい街で、日が暮れるのも早いです(笑)。ていうか、バルセロナから東に2時間も飛行機で飛んできたのに時刻が同じっていうのは絶対におかしいですよね。昨日は街をふらふら歩いて、スーパーマーケットを見つけたので「夕食を食べたらここで飲み物でも買っておくか」と思って7時前にもう一度行ったら、もう閉まってました。バルセロナならどんな店でも8時までは営業してるのに、ローザンヌは閉店するの早すぎ!とか思ってしまった僕はもう完全なエスパニョールかも(笑)。

さて、今朝はホテルから歩いて5分ちょっとのところにあるIMDに行ってきました。キャンパスはクルマの走る通りから少し外れた静かな住宅街の中にあって、とても静かで良いところです。写真は、レセプションの建物。この建物だけはファサードが古めかしいですが、実はこの裏側はガラス張りのモダンなビルになってます。キャンパス内の他のビルも、ガラス張りの近代的な建物が多いです。受付で待っていると、IMDのファカルティ・ディベロップメント(FD)の責任者であるジョン・ウォルシュ教授が迎えに来てくれました。

IESEでそもそもFDという言葉の示すものがかなり違うと感じていたので、今日のためにグロービスがどんな歴史的経緯をたどり、どんな状況にあり、どんなFDをやってきたのかを英語のプレゼンテーションにまとめて、最後に「知りたいこと」という項目まで書いてPCに入れて持ってきてありました。まず最初にそれをプレゼンしたのですが、ミーティングにはウォルシュ教授だけでなく、今回のアポイントメントをアレンジしてくれたグロービスや日本企業のことをよく知るドミニク・ターパン教授も同席してもらい、2人ともグロービスのFDのシステムについてはとても興味深そうに聞いてくれました。

その後、IMDのFD、についての説明を受けました。予想通りというか、IMDにおいて「FD」という言葉は、こうしたファカルティの採用から選考、育成、報酬など、学校運営のファカルティに関する部分すべてのことを指します。ウォルシュ教授は「FDはIMDにとって非常に重要だ」と話し始めましたが、それはFDがファカルティ組織のHRシステムそのものだからです。

ビジネススクール業界の「上澄みをすくう」というIMDの戦略】

まず言われたのは、「うちは他のtenureシステムを採用しているビジネススクールとはまったく違う」ということ。IMDにはPh.DやDBAコースはなく、あくまで他のBSから引き抜いてきた教授たちだけで成り立っています。したがい、教授の出入りはとても激しく、「新しい教授を探して他のBSから引き抜くのも、いつも大変だ」とのことでした。

採用については、世界中のビジネススクールの教授で「実務のことがよく分かっており」「良いティーチングをしている」人を探し出して声をかけています。実務をよく分かっているかどうかは、その教授の研究論文などを見て判断します。「実務についてよく分かっている人は実務的な論文を書いている」とのこと。また、ティーチングについては周囲の評判などを聞くそうです。声をかけるのはどんなに若くても37歳以上、たいていは40代前半の人だそうです(IESEのファカルティ・キャリアの時間軸で言うと、ちょうど助教授から教授になるかならないかあたりに差し掛かっている人のイメージでしょうか)。「IMDにはファカルティ候補の人材発掘についての組織的な活動はなく、教授の持つ個人的なネットワークが頼り」とのことでした。

自分たちで教授を育てる仕組みを持たないにもかかわらず、なぜ優秀な人材がIMDに集まるのか?その秘密は報酬システムにあります。IMDの年俸は(具体的にいくらというのは聞きませんでしたが)他のビジネススクールに比べてかなり高く、さらに高額のボーナスも出るそうです。ただし、それだけの年俸をもらうためには「IMDで成果を出し、学校に貢献する」という成果を出さなければなりません。

ウォルシュ教授によれば、IMDに来たばかりの教授の年俸は「BS業界の中ではとても低い」が、IMDでまず最初の1年目に「90セッション」をこなしてそれなりの評価を獲得し、かつ学校と自分の所属する領域(Department)のチームに対して大きな貢献をしたと見なされれば、基本年俸が2倍になるそうです。この「2倍」の理由は、90セッションという「量」と、その講義や活動の「質」の両方に対して報いる、という考えからです。より大きな貢献をした教授に対しては、「質」の部分でさらに最大2倍の年俸が用意されています。つまり、最大で入社時の3倍の年俸+ボーナスという巨額の報酬が受け取れるのです。

これらの年俸は、あくまでIMDでのティーチングと、プログラム開発など学校経営への貢献に対するものです。IMDにはPh.DやDBA課程も研究活動もコンサルティングビジネスもありませんので、これらの活動は教授個人の活動になります。教授によっては、IMDである程度活動した後、もっと研究に力を入れたいなどの理由で辞めていく人もいます。その意味では「辞めるのもすごく簡単な場所だよ」、とのことでした。当然ながらIMDにはtenureというステータスはありません。本当に徹底した「エグゼクティブ教育のプロフェッショナル」だけが集まった集団なのです。

ティーチングの質については、上記のように初年度に「90セッション」を担当し、その結果によって評価されますが、あまりにもティーチングの質が低い場合は、45セッションを担当したところで先輩教授と一緒に改善方法を議論する場合もあります。ただ、基本的には「HBSのケースメソッド」に完全に準拠することと、教授自身の能力に対する信頼がベースになっているので、ティーチングの評価が低い教授にはIMDに残るという選択肢はほとんどありません。非常に厳しいプロフェッショナルの世界です。

FDに関する説明の中で、ウォルシュ教授がよく使っていた言葉の中に「de-centralized(中央集権的でない)」というものがあります。IMDのFDはすべてDepartment(領域)単位のチームが中心となっていて、その中でティーチングマテリアルの共有なども行われていますが、「あくまで教授個人同士での共有」であり、組織として共有するというルールはないそうです。ターパン教授は「これは、IMDがたった50人のフルタイム・ファカルティのみの集まりだから実現可能なことで、IMDの組織に対する貢献意識の低いパートタイムのファカルティが混じっていたら、とても機能しないだろう。おそらくグロービスがやっているように、組織的に共有する方法を考えざるを得ないかもしれない」と話していました。

【IMD型のBSが成立するための前提条件】

IMDのFDシステムは、まさに「世界中のBSから少数精鋭の教授だけを一本釣りして作り上げる」という、上澄みをすくう戦略なわけですが、この仕組みがうまく機能するためには、「50人のフルタイム・ファカルティだけですべてを回す」という上記の話以外にも、いろいろな前提条件が含まれていると感じました。

その1つは、「HBS流ケースメソッド」というBS業界のデファクト・スタンダードへの完全準拠です。IMDの教授には「IMDでの講義のし方は…」といったティーチングの方法論は一切与えられません。「ケースメソッドでやってください」と言われるだけです。これは、講義への参加者も英語によるケースメソッドに慣れており(あるいはそれが最良の教育法だというコンセンサスがあり)、かつIMDの外部にその方法を教授に対してトレーニングしてくれる強力な教育機関(HBS、スタンフォードなどの米国大手BS)が十分な数存在しているということが前提とされています。

また、IESEのFDの中では克服の非常に難しい対立概念として捉えられていた「実践的であること(practical)」と「学問的に高度な知見を持つこと(academic)」という2つの相反するものを、IMDでは「個々の教授のレベルで克服されている」ということを採用の前提としています。これは彼ら自身も「とても難しいことだ」とは何度も言っていましたが、でも世界は広いから一生懸命探せばそういう教授はいる、という認識なのでしょう。ウォルシュ教授は「良い教授は研究論文自体がとても実践的だから、論文を読めばある程度分かる」とも言っていました。

ターパン教授が「グロービスは他の大学から教授を盗んで来ていないのか?なぜ一橋や慶応から良い教授を取らないの?慶応BSにも良い教授がいるの、私は知っているよ?」と聞くので、「これまでも何回か若い教授で優秀な人を取ろうとしたことはあったが、模擬を受けてもらったところ、多くはグロービスの教授法に合わせてもらうことができなかった」と話したところ、「教授というのはみんな1人1人独立した存在だ。その教授の教え方にまず信頼を持つというところから始めなければ、成り立たないだろう。私だって、その模擬とかいうのは受けたくないよ。それは止めた方が良いね」と言われました。

「でも、私がIESEでも思ったのは欧米の参加者は教授のレベルに対する許容範囲が広いと思う。日本ではちょっとでも講義の質が低いと思われると、すぐに受講者から事務局にクレームが寄せられて、カネを返せと言われる」と反論すると、ターパン教授は「日本企業や日本人にとって、そこはグローバル化する際のチャレンジだろうね。私が知っている限りでも、ちゃんとグローバル化できている日本企業は、我々のビジネススクールのケースメソッドのやり方や個々の教授の教育法に対して信頼を寄せており、いちいち文句を言うようなことはしない。日本もグローバル化したいのであれば、米国のビジネススクールのやり方に合わせないといけないだろう」と言われました。

このあたりは、やはりドメスティックな市場を相手にしている時と、インターナショナルな市場を相手にする時とでは、もはや切り分けて考えていかなければいけない部分なのだろうと思います。もちろんグロービスが日本人に合わせて作り上げた独自のケースメソッドの方法論を、インターナショナルな市場に向けても押し通していくというのも今後の選択肢の1つではあります。が、もしそうするのであれば、IMDのように国際「教授」市場から最良の人材だけを一本釣りして連れてくるということは、まずもって不可能と言わざるを得ません。おそらく、これから10年20年という長い年月をかけて内部にDBA課程も持ち、内部でオリジナルの方法論を身につけた教授を自力で育てていくというプロセスを踏まなければならないでしょう。

IMDのFDシステムが持っているもう1つの前提条件は、「50人のフルタイム・ファカルティで面倒を見きれる数のプログラム/コースしか持たない」ということです。IMDの場合、1人の教授が1つ以上のプログラムを担当することになっています。例えばウォルシュ教授はコカコーラとのタイアップによる「消費財マーケティング」に関するプログラムと、欧州・アジア・北米を回りながら1年かけて行うEMBAプログラムのディレクター、ターパン教授は電通とのタイアップによる「ジャパン・マネジメント」プログラムのディレクターでもあります。

IMDのこれらのプログラムは、1〜2年と長いものから3〜4日と短いものまで本当にさまざまですが、どれもそのディレクターになった教授が顧客ニーズの把握から企画設計、自分のネットワークの中で教授やゲストスピーカーを集めるところまですべて担当したうえで、開催しています。プログラムの内容のみを決めるアカデミック・ディレクターの役割と、顧客ニーズ把握やマーケティングに責任を持つプログラム・ディレクターの役割とを分けているIESEとは全然違います。これが、IESEの加瀬先生が言っていた「IMDは規模を追求できない」ということの意味かと分かりました。

また、1人の教授がコースの何から何まですべて決めると、どうしても自分の専門領域に偏った内容になってしまわないかと心配になるのですが、IMDの場合はそこも「教授に対する信頼」がまずありき、ということになっています。しかし、そのためにざっと開かれているプログラムのパンフレットを眺めたところ、IESEに比べて領域横断的なプログラムは少なく、特定の領域に特化したプログラムが多かったです。

議論の中で、ウォルシュ教授に「グロービスではいったい年間いくつぐらいのコースを開いているの?」と聞かれましたが、グロービスの場合、スクール部門だけで毎四半期ごとに東名阪の3拠点で180本以上のコースが開かれているというと、何を言っているのかよく分からないという顔をされました(笑)。マーケティングで言えば、ビギナー向けのエントリーコースからベーシックコース、消費財にフォーカスしたコース、ビジネス顧客にフォーカスしたコースの4種類があり、それぞれにパートタイムの講師を2〜10人程度使って毎期20コース程度開催している、と説明してやっと分かってもらえました。

IMDの場合、7月2日時点で開かれているプログラムは8コースとのことでしたが、おそらくIMDの場合、企業研修を含めても年間通じてせいぜい100〜200本前後のプログラムしか行われていないのではないかと思います。50人のフルタイム・ファカルティがマンツーマンで責任を持って担当できるプログラムは、それが限界でしょう。だからこそ少数精鋭なのだし、世界最高のエグゼクティブ教育の機関だと胸を張って言うことができるのだろうと思います。ちなみに、ウォルシュ教授が担当するIMDのエグゼクティブMBAプログラム(1年で世界5ヶ所を回りながら6回に分けて行うパートタイムのディグリー・プログラム)は、学費だけで12万2000スイスフラン(1200万円)。いやはや、想像を絶する世界です。

IMDの話を聞いて、どちらも同じようにHBSが生み出したケースメソッドを用いて経営教育を行っているBSなのに、IESEとIMDは極めて対照的なのだと感じました。かたや伝統的な大学の枠組みとスペイン語経済圏という巨大な後背地を持ち、その中でまず国内、次にインターナショナルへと50年かけてフォーカスを高めてステータスを高めてきた学校。かたやネスレというグローバル企業の企業内大学としてのフォーカスを生かしながら、トップ・オブ・ザ・ワールドを目指して世界中のビジネススクール市場の上澄みだけをすくい取ることに徹してきた学校。そして、どちらも欧州ではトップレベルのビジネススクールと評価されるに至っています。どちらもグロービスにとって参考になる部分もたくさん持ちつつ、あまり参考にならない部分も同時に併せ持っていると言えそうです。

この1ヶ月あまりを通じて、我々グロービスはいろいろな意味で(良くも悪くも)グローバルなビジネススクールとしてのポジションを持つためにはまだ何もない組織なのだと痛感しました。しかし、国内市場で培ったアドバンテージは確実にあり、これをグローバルな市場の中でどこをどう使ってアピールすれば一番効果的かが問われているのではないかという気がしました。ターパン教授も、「グロービスの直面している問題は、極めて難しいと思う。我々も常に悩んでいるが、あなた方の問題は我々の比ではないと思った」とコメントしていました。我々は何を実現するためにどういう手だてを取るのか、IESEやIMDのどこをどう真似、どこを真似ないのか、これから1つ1つ議論していくほかありません。

***

明日から僕は、ツェルマットというスイスの山岳リゾートに行って、6日までアルプスの山歩きを楽しんできたいと思います。めったに来る機会のないヨーロッパで、つかの間のバカンスです。ツェルマットでは当然ながらインターネットはつながりませんので(笑)、留学報告もこれにていったんおしまいとなります。

ただ、まだここに書き切れていないエピソードや皆さんにご紹介したい経験なども残っていますので、帰国したらまたしばらく更新するかもしれません。また、皆さんからの「こんな話はどうなの?こういうことについて、IESEやIMDではどうか知りたいんだけど」といった質問などもお待ちしています。可能な限りお答えしていきたいと思います。

ここまで30回以上の長尺の連載でしたが、通して読んで下さった方、どうもありがとうございました。毎日のアクセスログが執筆の励みになっておりました(笑)。また、つまみ食いして読んでいただいていた方にもお礼申し上げます。ぜひお手すきの際にあちこち目を通していただけると幸いです。この報告が、皆さんの新しいインスピレーションや、「自分も留学してみたい!」という思いにつながることになれば、僕にとっても望外の幸せです。

では、これにてごきげんようAu revoir!