東京飄然(町田康/中央公論新社)<26>

東京飄然
毎日愚痴ってるが、本当に新刊ラッシュで勝手にひとりでてんてこまいなのだ。好きな作家の新刊は何を差し置いても一刻も早く読みたいという欲望のカタマリなのだが、一日中本読んでるわけではないのでさすがに追いつかない。今日も町田康とソウヤーの新刊をたずさえ、うなだれてとぼとぼと仕事場に戻った。出版界はわたしに仕事させないつもりか。
で、町田康の新刊。エッセイである。この人のエッセイを読むのは実は初めて。ぱらぱらと読みはじめるとくすくす笑いながら一気読みしてしまった。仕事たまってるって…。
飄然とした旅人に憧れる著者が、飄然とした旅を目指して、でも現実にはなんだかやたら無意味な旅をしてしまう爆笑妄想エッセイ。都電に乗ればあきれるほど何もない町に降りて憤り、江ノ島では坂の上り下りに悪態をつき、梅田の串カツ屋では理不尽な仕打ちにうなだれ、銀座の串カツ屋でもさらにうなだれ、高円寺でロック魂は消沈……。
いやぁ〜笑わせてもらいました。妙に冴え渡る洞察力とどこまでもネガティブな脳内妄想が、著者独特のリズムのある文章で、笑いのツボを押しまくる。文章もかなり練られててエッセイとしてはかなり上質な部類に入るとも思う。
江ノ島で神様を祀った岩窟でのエピソードから、お気に入りの一文だけ引用。

私も暗くて音のしない洞窟を歩くうち、こんな「東京飄然」などと嘯いて、ろくに働きもしないでのらのらとしている自分はいつか、歩いていたら突如として頭上に豚の丸焼きが落ちる、レストランでビーフを注文だしたのにポークを持ってこられ、苦情を言うと、「いまさら四の五の言うな」とへらへら笑われる、といった手ひどい罰があたるに違いない、という抑鬱的な気分になってきて、せかせか急いで仏様を捜すと、ああ、よかった、奥の方に仏様がおわしたので、手を合わせて拝み、お顔を見ると仏様は、
「おまえだけは許さない」
と言ってるような顔をしていた。

ホント、好きだわこの人の文章。最高。他のエッセイも読みたいな。ていうかまだ小説も未読のものがあるからもちろんそっちも読みたいけど、あぁ、とりあえず今月が終わってから…。

カリフォルニア・ガール (ハヤカワ・ノヴェルズ)(T・ジェファーソン・パーカー/早川書房)<27>

カリフォルニア・ガール (ハヤカワ・ノヴェルズ)
ふー、思ったより読むのに時間がかかってしまった。いや、すごく面白いんだけどね。でもついつい読みやすい国内作家の作品が途中でいろいろ割り込んできて…。本年度エドガー賞受賞作。
この人の作品を読むのは二作目かな。「サイレント・ジョー」以外は未読だ。でもこの作品を読んで、未読のもの全部読みたいと思った。
現在を舞台にした短い兄弟の会話のシーンから一転、ときは1954年にさかのぼる。主人公のニックとアンディを含むベッカー家の4兄弟はヴォン兄弟との果たし合いに挑んだ。……それから十数年後、ベッカー家の長男・デイヴィッドは牧師に、二男・ニックは保安官に、三男・クレイはベトナムの戦場で命を落とし、末っ子のアンディは腕利きの新聞記者に。ところがある殺人事件が彼ら家族を引っ掻き回す。被害者はジャニス・ヴォン、子供の頃果たし合いをしたあのヴォン兄弟の妹で、もちろん子供の頃からの知り合いだ。その彼女がレイプされた後、朽ち果てた工場で首を切り落とされた姿で発見されたのだ。その数年前、兄からの性的暴行に耐えられなくなったジャニスから助けを求められたデイヴィッド、彼女の兄を逮捕したニック、ジャニスにほのかな恋心を寄せていたアンディ…彼女の兄たちとは犬猿の仲でありながら、誰もが気に懸けていたジャニスの死はベッカー家に衝撃を与える。ニックとアンディは職業柄得られるお互いの情報を交換しながら事件を突き詰めていくのだが、意外なかたちで長男のデイヴィッドが事件に関わっていることが判明しー!?
うぅ〜上手い!二転三転する事件の展開ももちろんいいのだが、何より素晴らしいのは人間関係。
まずニックとアンディの信頼関係が揺るがないことがこの物語の基盤となっている。お互い仕事上の利害関係があるものの可能な限り情報を共有し、幼なじみの女の子を殺した犯人を捕まえたいという同じ気持ちで、それぞれのツールを持って事件解明に挑む。もちろんこの二人だけではなく、デイヴィッドや今は亡きクレイ、そして両親とのシーンなどは、本当にこの家族の信頼関係がにじみ出て来る。側面としてではあるがひとつの家族小説でもあるのだ。デイヴィッドが(事件とは関係ない)衝撃的な告白をした後の家族だけのシーンなどは本当には感動的だ。
そしてニックとその相棒であるラッキーの関係もいい。最初は初めて事件を任されるニックに皮肉的な態度で向かってきたラッキーだったが、ラッキーの家族の問題などを話し合うようになっていつしか心を許し合えるようになる過程が読んでいて心強い。
もちろんこれだけじゃない。夫婦の関係、恋人との関係、友人との関係……あらゆる人間関係がこの物語を支え、この物語を引き立てる。ぶっちゃけ犯人逮捕から数十年後に明かされる事件の真相は、驚くほどの意外性はない。でも時間を経過させることによって判明する事件の真相や、思わせぶりなシーンから始まる展開の上手さ、そして何よりも濃密な人間関係の描写の上手さがこの小説を特別なものにしている。
がっつり堪能できる翻訳ミステリです。