肝、焼ける(朝倉かすみ/講談社)★★★★★

肝、焼ける
発売当時(去年の11月)に購入したのに、読むのをすっかり忘れておりました。読み終わった今、これを放置してしまっていた自分を多少どつきたい気持ちになってます。そのくらい、久々に見つけたいい恋愛小説だった。

収録された5つの作品のどれもいいのだけど、やっぱ表題作「肝、焼ける」が一番いい。
遠恋中の年下の恋人が住む稚内に、アポなしでやって来た31歳・真穂子の一日を描いた物語だ。恋人の御堂くんは優しくていい子だが、電話口で時折「もう少し、待っててくれる?」などと言う、まったくもってキモの焼ける男なのだ。やって来たはいいものの、直接訪ねる勇気のでない真穂子は、銭湯や寿司屋で一人時間をつぶす。そこで出会った地元の人たちとの何気ない会話が、物語をやさしく彩る。「惜しい男ならさ、あんまり急がないほうがいんでないかい」…うん、わかってるんだよねそれは。がっついてる女にだけは見られたくない、でもじゃあ待ってるしかないの?って話ですよ。何かが壊れてしまうのが怖いから、こうやって遠回りしてるわけなんだよね。何気ないシーンの描写による豊かな情感と、にっちもさっちもいかない恋心が、いいかんじでライトにミックスされた上等な小説だ。

二番目に好きなのは「一入」。こちらの主人公・沙都子は、13年つきあった男に思い切ってプロポーズしたところ返事を保留にされたのに腹が立って別れを宣言し、友達と温泉旅行に出かける。でその夜に女友達との会話の中で出て来た「紅白」のエピソードがね、絶妙なんですよ。「紅白に出場したいか出場したくないか」って結婚願望を計るのにいいかも。わたしはね、一アーティストとして紅白なんて出ない方針ではあるけど、「記念に一回くらい出てもいいか」って色気を出す可能性はあるね…と、この二人の会話に参加したくなった。ま、それはさておき。<13年が苦節に変わる瞬間>はそれが想像できるだけに、切ない。そうしたのは自分なのに、そうさせてしまった相手を憎んでしまう。それこそ自分がやりたくないことなのに。

「肝、焼ける」と「一入」は実は同じだ。恐れながら一石を投じようとする真穂子、一方投じてしまった沙都子。恋愛における二人の力関係が変わってしまうリスクを冒した一手が、リアリティたっぷりな細かな描写も手伝って、読むものの胸にぐいぐい突き刺さる。ホント、いい作品でした。

余談ですが、この人の小説の中には素敵な日本語がたくさん出てきて、とても好み。「身上つぶす」とかさ。

サマー/タイム/トラベラー (1) (ハヤカワ文庫JA) サマー/タイム/トラベラー (2) (ハヤカワ文庫JA)(新城カズマ/ハヤカワ文庫)★★★☆

サマー/タイム/トラベラー (1) (ハヤカワ文庫JA) サマー/タイム/トラベラー (2) (ハヤカワ文庫JA)
SFが読みたい!〈2006年版〉発表!ベストSF2005国内篇・海外篇』の国内編5位の作品ですね。この人のも読むのは初めて。

ラノベとSFのちょうど中間にあるような(気持ちラノベ寄り?)印象を受けた作品だった。

ほんのちょっとだけ時空を飛ぶことが出来る少女を中心に、変わり者の高校生たちが経験した不思議なひと夏を描いたもの。年季の入ったSFファンとかは楽しいだろうなぁ。主人公たちのたまり場になってる喫茶店の名前は「夏への扉」だし、時空を飛ぶという現象をを解明するために主人公たちはタイムトラベル系SFを読みあさって、あげくにはTT(タイムトラベル)しりとりとかやってるし。SF同好会とかのノリでしょうか。主人公たちは確実に私より頭の良い高校生なので論理的なやり取りになると理解できないんだけど、話全体はライトなかんじでさらっと楽しく読めました。