08-6-5-Thursday
■[Senya Senkyoku] 時代は痙攣する
0013 New Order "Ceremony" (1981)
80年代は「踊れること」が音楽の重要な要素であったことを、ロックがようやく理解した年代だったと思う。ブラックミュージックではごく当たり前のことでも、それに気付くか否かは大きな違いである。たとえエルヴィスやビートルズを聞いて踊り狂った時代がかつてあったとしても、70年代前半を見れば分かるように、踊れることが大事だなんてことはちっとも自覚されていなかった。
もちろんダンスといっても様々なリズムとそれに沿う様々な態様のものがあるのだが、この時代に「踊る」というだけの単純な視点からこれら雑多なものが一気になだれこんだ結果、ニュ−ウェイヴなる実体はなんだかわからない「新しい波」となった。
つまり、ニューウェイヴといわれるものにはエレポップ、レゲエ、スカ、ソウルからファンク、ジャズ、果てはノイズ・コンクレートのような現代音楽の影響を受けたものまで、まあ実に様々なのであるが、これらがニューウェイヴと総括されて捉えられ、歴史的に記述され、現代ではガイド本まであるのには、やはり理由があるだろう。私はそれを、勝手に「ダンス」だと理解しているのである(もっともその裾野からはみ出ているものもあるが)。
ニューウェイヴの直前のロックンロールを引っ張ったのは紛れもなくパンクである。しかし、パンクはそもそもは新しいものでもなんでもなく、ある意味過去の再発見、拡大解釈によるものだから(5,60年代にパンクとしか思えない音楽はいくらでもある)、時代に直面すことで嫌でも科学変化のようなものを起こす。だから、クラッシュもジャムもピストルズも、ウルトラボックスもブロンディーもトーキングヘッズ、バズコックスでさえ、ニューウェイヴになっていくのである。
その中で、奇跡的なほどにその経過を示してくれるのがジョイ・ディヴィジョンである。彼らのデビュー曲の"Transmission"は明らかにパンクだが、サビで「踊れ、踊れ、ラジオに合わせて踊れ」と騒いでいる。その後、あの嫌になるほど陰鬱で突き刺さるほどに文学的な歌詞で変拍子な素晴らしい曲の山を築くが、彼らが目指したものは紛れもなく踊れるものである。それは、最後の曲であって(ライブ音源のみ残る)、またイアン自殺後にニューオーダーとして再出発する彼らのデビュー曲にもなった、この「Ceremony」が表象する。もっとも、「踊れる」といっても、それは陰鬱なものでもあり、快楽でも開放でもないこともある。イアン・カーティスの歌っている映像を見れば分かるように、彼は癲癇にかかったかのようにひきつった様相で踊るのである。
踊るというのは、リズムに合わせて身体を動かすことであるが、時間の流れに乗ることでもある。音楽を聴くこと自体が、決定的に時間の流れに支配されるものであるが、踊る場合は、そのなかでも思考のリズムの独奏・独走を許さず、むしろ身体に従属させる。「やれ、心身二元論の限界」などとつまらないことを言い出すまでもなく、そこでは徹底的に身体が時間に乗り、思考をそれに従わせるのである。
踊ることは、思考を一瞬停止させる。その効果は絶大であって、時代、世界、いま体が触れているものに対し、思考は嫌でも謙虚になり、検挙される。70年代までの怨念は振り払われ、成長と発展は、極めて資本主義的になった。
それが80年代を切り開き、今に至る。しかし、思考は停めてはならない。従属し謙虚になることと、隷属することは違うのである。踊り終えた後は、また思考が始まらなければならない。
イアンの痙攣は、真摯である。彼のように並外れた視力をもつ人間には見えただろう。時代に合わせて踊るということは、こういうことだ。形式でなく、時代がその形式を決めるのである。80年代の初めにあって、彼は時代が痙攣することを身をもって示した。
それは、様式美となりセレモニー(=儀式)となった。
ニューオーダーはここから始めざるをえなかった。それは「新しい秩序」である。そこには、痙攣するしかない時代の先を見ようとする姿勢が十分であった。しかし、彼らの素晴らしい曲群は紛れも無く新たな秩序であったが、それは痙攣に対する答えとはなったのだろうか。彼らは、イアンがいたころからロック史上に残るバンドであったが、イアン死後にチャート的にも歴史に残った。しかし、それは、教祖の死後に様式化していく宗教のようでもある。92年に発表する"Reglet"で、彼らは後悔する。しかし、もはや遅く、次なる時代に合わせた踊りは、いまだに発明・発見されてはいないと思う。そこにあるのは孤独である。陽気に踊る人々は、世界や時代から決定的に孤独なのである。
今、イアンが踊るとしたら、果たしてどんな風に踊るのだろうか?その瞬間、何を見るのだろうか?そして、私は不器用だ。私の踊りは、抵抗にしかならない。それは、イアンの示したものとはまだ違うのである。
08-5-27-Tuesday
■[Music] Cajun Dance Party / The Colourful Life (2008)
年初辺りのクロスビートで、今年の注目アーティストとして紹介されていた彼ら。
アルバムはもう、聴くだけでいい、音楽を言葉でいちいち表さなくてもいい、とも思ったが、彼らに対して「今年の一推しはこれ」だとか、「若者の繊細な感情」だとか、もう余りに下らない言葉ばかりがネット上に溢れており、そこまで音楽を消耗品にするのかとかなり気分が悪くなったので、少しギャーギャー叫ぶことにした。以下はそのギャーギャー。
デビュー当初からのチェックなど一切無しでアルバムを通して聞いてみたが、全体的にマイナーコードの曲が多く、少し前のバンドのナイン・ブラック・アルプスに似た印象だが、曲調も単調なUSバンド勢とは随分と異なる。変調を繰り返し、ギターもヒリヒリしたものが多く、この辺はかつてのリバティーンズのようだ。それでいて、アークティックモンキーズの影響も感じる。こう見るといかにもUKのバンドで、時の流れに沿って素直に登場しました、といった印象。
しかし、彼らがまだ高校生。ということを考えれば、ある意味これは異常なテンションなのである。
ジャケットは、一見ヴァン・ゴッホの『ひまわり』を連想させるが(日本ではこれについて書いているものさえない)、それらは色褪せ枯れて、夏の終わりを思わせる。このアルバムの発売がつい最近の、これから夏、という時期なのにである。しかも、あえて古い言い方をすれば彼らはいまが「青春」、つまり春である。春から朱い夏へと向かうなか、なぜか彼らのアルバムはジャケットから枯れていくのだ。ポスト・アークティックモンキーズなどと言われており(もうポストが必要なのか?とも思うが)、確かにそうなのかもしれないが、アークティックのジャケットのあの髭面といい、彼らが、ちっとも「格好付けない」理由が不思議だ。ポップでキャッチーな売上げを狙っただけのような日本のジャケットとは恐ろしく異なるこの自己主張。陰鬱な自己主張。
歌詞も同じ。現在の自分を見つめたこの内省的な世界。それでいてタイトルの「色彩にあふれた生活」とのギャップ、これは彼ら一流のアイロニックなジョークなのか、しかし、それにしては、彼らは若すぎ、歌詞は直截であまりに真摯だ。(ちなみに、いちいち書くのも嫌らしいが、日本の彼らのオフィシャルサイトでは、このタイトルとジャケットのギャップを「矛盾」などと書いていて、もう呆れ果てて言葉もない。)
いくつかの曲にあるストリングスやピアノによる流麗なアレンジはプロデューサーのバーナード・バトラーによる部分が大きいのだろうが、余計に枯淡の色彩に溢れる。
現在のイギリスは、長く続いた労働党政権の失速が目立ち(ブラウン政権の支持率は福田さん同様の急速な低落)、本来革新的であった同党が保守アメリカと足並みを揃えた結果、かえって保守的な政党がますます保守的となり、世界的な経済的混乱と相俟って、何がなんだかわからない状況ではある。
*なお、「赤」は労働党の色、「青」は保守党の色、「黄」はイギリス自民党の色である。青い春はとうに過ぎ、朱い夏も終わる、そして黄色いひまわりは枯れていく。もし、ジャケットについてここまで考えていてのことだとしたら、もう凄まじいセンスである。もっとも、自分でも考えすぎだと少し思うが。
不安を抱えて夏を迎えるのは日本だけではない。
50年代のキラキラとしたポップスに溢れたような、ビーチボーイズが歌ったようなあの夏はもうどこにもない。季節も色彩も、いまは素直に若者に味方してくれたりはしない。若者はいつでも横の連帯の架空の夢を思い描き、オアシスがその反動のように始めた自己主張も、左右を見渡せない世界では、エゴと傲慢さの膨れ上がりを抑えられなくなった。かえって小さなコミュニティが氾濫し、小さな横の連帯と、膨れ上がった自己満足の追求で、もはや目の前に広がる青い空と海は、どこの夏にも存在しない。
小さな砂浜の片隅には闇が広がり、そこで起こる犯罪のニュースばかりで海の色は褪せて行く。
彼らの内省はひたすら精一杯である。これが限界か、その先へとどうやってつなぐのか。
このアルバムを聞きながら、思うことはたくさんある。
彼らの言う通り、確かに、私たちにできることをひとつひとつやっていくしかないだろう。
もし目の前に壁があるとしたら、私たちは空を高くしよう。翼があれば、それを越えられるだろう、だから、空をみる。
色褪せていることも、それもまた色彩に溢れること。
この作品は、必要なものはひたむきさしかないという今の時代を象徴する。こういうのを紛れも無い名盤と言う。これを聞いて『今年の「夏」フェスは』だとかそういうことを普通に考えられるのか?私には、そういう感覚はさっぱり分からない。だから、つまるところ、ギャーギャー言いたくなるのだ。
矢野
最高!いや、アルバムは聴いたことないので、文章が最高ですね。くそったれた音楽評ばかり目に付く最近にあって、通時的な意味も共時的な意味もわかりやすくまとまった、久しぶりに良い音楽評に出会えた気がします(もっとも、音楽批評がどういうものであるべきかなど、まったく確定していないと思いますが)。さすがですね。
久しぶりですが、お元気でしょうか?ご多忙だとは思いますが、ブログ楽しみに見ていますので!
julien
矢野くん、久しぶり!矢野くんのコメント読んでも嬉しいですけど、それ以上に元気そうで嬉しいです。
矢野くんに逢えていない間中、伝統的なのやら保守なのやら分からない世界に浸ってがむしゃらに勉強してましたが、色々学べたという実感はある一方で、自分の感覚とも反せずに両立できるものなんだなと思えて、それが良かったです。
これからどんなに時間が経っても、この感覚でやっていけるかもしれないと思えます。
もう少し落ち着いたら、またイベントやりましょう。今後もずっと。
08-4-25-Friday
■[Senya Senkyoku]
0012 A-Ha "Take On Me" (1985)
この人達はノルウェーのバンドで、最初にリリースされたヴァージョンとよく知られたこのヴァージョンが違って、いかにもニューウェイヴなエレポップになっているのも、渡英後に、同じく北欧のアバを意識してアレンジされなおされたせいなのかなと思う。日本ではほぼ一発屋扱いだが、イギリスではこれ以外にもヒット曲を飛ばし、ある時期にはライブに19万人も動員してギネス記録になったというほどのバンド。
けれど、その理由はやはりこの曲にあるだろう。イントロのインパクトでいえば、これに匹敵する曲はほとんどないだろうし、ファルセットが印象的で流麗なヴォーカル、切なさを持ったメロディ、これ以上ないほどに効果的なシンセ、シンプルな打ち込みのリズムとのバランスなど、これだけの完成度をもったポップな曲も滅多にない。爆発的に売れる曲の要素を全て兼ね備えた歴史的なスーパーポップミュージック。この感覚をお手本にして、表面的じゃなく自分のものにできれば、一流のポップクリエイターになれるだろう。
数年前に宇多田ヒカルがライブでカバーしているのを聴いたことがあるが、彼女のポップでソウルフルなヴォーカルと絶妙に絡み合って素晴らしかった。そう思ってから聴けば、なんてソウルなんだろうと再発見だった。ピコピコなエレポップのこの曲には実はソウルの血が流れているのだと分かった。
歌詞はなんてことないのだが、彼女と離れようとする去り際の感情、つなぎとめようと動く感情が目に見えるようで感動的だ。「Take On Me」は、訳せば僕を受け入れてほしいだろうけれど、Take On はTake Offと繋がって聴こえる。僕のもとにおいでというようにも聴こえる。
いつでもそうだろう。感情はシンルなほうがずっといい。
個人的にもとにかく大好きな曲、こういう感情と共に、ずっと聴いているだろうと思う。
この曲について欠かせないのは、80年代初頭にMTVが開局して、音楽を映像と一緒に受け入れるスタイルが浸透していくなかでのプロモ。漫画と映像を混交させたものだが、その出来のよさと曲の良さが合わさって爆発的なヒットにつながった。そういえば、10年以上前にアメリカにいた時も、この映像が懐メロとしてよくかかっていたのを思い出した。
08-4-16-Wednesday
■[Senya Senkyoku] in and out
0011 東京事変 "閃光少女" (2007)
ここでは古い曲ばかり書くつもりでもないんですが、最近は耳に入ってくる以上にすら積極的に新曲を聴いたりできないので、どうしても古いのばかりになる。そして、古いの定義は適当で、最近のもの以外は全部そちらのカテゴリーに入るので50年代も00年代も変わらない。通時的な視線は考えようとする時以外はあまり機能しません。
それでこの曲が新しいのかといえば、私にはものすごく新しいので、昨年のものでも新曲扱いです。
この曲にしたのは、先日書いた話と重なるようで重ならないからで、曲調と歌詞がなんとも合っていて自然に入ってくる。ナンバーガールの『透明少女』へのアンサーソングみたいに個人的には捉えてますが、椎名林檎はこういう歌詞を書かせると絶品。そして、この曲の主人公の子は、僕にはほとんど異質物であって、遺失物でもあるように感じる。こういう感覚で今を生きていけるとはもう思えない。
こんなのは単なる刹那的な生き方だと笑い飛ばせない。「昨日の予想が感動を奪うわ、先周りしないで」「昨日の誤解で歪んだピントは新しく合わせてね」の辺りで、別になんにも考えて無いわけじゃないって分かるし、つまりは、いつも先のことを考えてしまう自分、いまの瞬間を感じない自分をつきはなすようにする。このようにできないからしようとしてるのであって、偉そうでもなんでもなく、疾走する感覚、瞬間の閃光を切り取る。
作曲の亀田さんは何気なく思ったことを残したいと思ったといい、林檎がつけた歌詞に自分もこう感じたいと話してましたが、私にはたぶん不可能だ。そして、この感覚は憧れであって、予測可能なルールを理想とする社会、私が学ぶ法などはその最たるものであるから、私には憧れになってしまう。
私だけじゃない、大人はもちろん、少年にもこんなことはできるのだろうか。私はこんな瞬間にいつも少女が羨ましいと思う。10代の頃からいつもそう思っていた。いまになってこんな曲を聴けて嬉しいと思うけれど、同時にいまの自分との距離を感じる、そして、だから歌は素晴らしいと思う。
聴いていると瞬間的に開けてくる感覚はある、それが閉じないうちに曲は終わる。けれど、その瞬間にどこか閉じてしまう。せめて、少しだけでも光が漏れるくらいに開けておけたら。
08-4-13-Sunday
■[Senya Senkyoku] ある時期、感情は執拗にリフレインする
0010 Elsa (Elsa Lunghini) "T'en Va Pas" (1986)
邦題『哀しみのアダージョ』で日本でも広く知られるポップ・フランセーズの超有名曲。
大貫妙子さんも『彼と彼女のソネット』という曲名でカバー。
他にもカバーは多いが、それも納得する、一度聴いたら耳から離れないこのメロディ。
それは、ポップソングにしてはやや長い5分間の大半はサビの繰り返し、執拗にサビを繰り返すこの曲の構成にもよると思われる。
その繰り返しはとにかく印象に残る。美しいメロディだから、サビ以外などほとんど要らないのだと言うかのごとく、ひたすらにそれだけを歌い、聴かせてくる。
でも、それは、作曲家の技術が低いのでも、売れるために単純に分かりやすい曲を書いたのでもなく、この曲の歌詞の内容によると思う。訳詩では大きく変わってしまっているけれど、原曲を聴いていると耳につく「パパ」という言葉。
この当時のエルザ・ランギーニは13歳。そしてこの曲は、娘が父親にママを置いていかないで、と歌う曲。
こんな曲は、この歌詞のままでは間違いなく13歳ごろの少女にしか歌えないだろう。大貫さんが歌詞を変えたのはそういうことによると思う。
かなわない想いや感情は、消えて行かない。諦めもつかない、切り替えもつけられない、何度も何度も繰り返し口にする、そんな感情。行き場がない、ただリフレインするしかない。メロディになることで伝わるかもしれない、そうしてメロディは感情に寄り添ってリフレインする。そんな切ない想いがそのままメロディになる、歌になる、そしてこんな曲が生まれる。そんなふうに感じる。
ポップミュージックに少女の存在は欠かせない。古い時代のものから色々聴いているけれど、もしアイドルポップが無かったら、ポップソングの3分の1はつまらないものになっていただろうと確信をもって思う。そして、その大半は、彼女達が歌わなければ意味がなかったものだし、歌の作り手たちはそれを意識して書いただろう。そして、少女たちにとって、一年一年はとてつもない濃度で過ぎる。一日たりとも、重なってしまうような時間はないだろう。だから、この曲は13歳のエルザにしか歌えなかった。この曲を18歳の少女が歌ったらこれほど感動的な曲になっただろうか。
今も同じ年頃のアイドルたちが日本でも歌を歌ってる。けれど、どれも背伸びした恋愛を歌うものばかりだ。恋愛が彼女たちに必要なのも、彼女たちに花を咲かせるのも事実だろう。しかし、花咲く乙女達の影にあるのはそれだけだろうか。そういう歌しか歌わせられないとしたら、作り手たちはあまりに想像力に欠けてるのではないかと思う。
夜に花は何をしている?耳を澄ませば聴こえるはず、少しだけ想像してみれば。
エルザは、ヴァネッサ・パラディと当時よく比較されたというし、その後のヴァネッサの活躍に比べて低い評価をされたという。しかし、ヴァネッサの曲がその後どれだけ輝こうが(僕もヴァネッサの曲は好きですが)、この瞬間のエルザを越えたとは思えない。
※ちなみに、下の動画ではプロモーション用ということもあって、残念なことに後半のサビの繰り返しがカットされてます。
08-3-7-Friday
■[News] "Loss"疑惑
最近のこの事件は、一体なんなんでしょうか。
日本の最高裁が無罪と判断した事件を、なぜアメリカのたかが州警察ごときが、改めて逮捕できるのか。
カリフォルニア州法では、一時不再理を無視した判断(遡及処罰さえ)ができるというのですが、このような法律が成立したこと自体が理解できない。
一時不再理というのは、ニュースで報じられている通りの内容ですが、これって憲法にも明記された刑事法の大原則ですよ。日本に留まらず、まともな立憲国家であったら当然に認められている大原則であって、そもそも日本の憲法にそう規定されたのは、合衆国憲法でも定められているものだからであって、アメリカ人が「押し付けた」ものです。個人的には、このようなものを押し付けたこと自体は感謝すべきだし、単なる主観を越えて守るべきルールでしょう。それが、なぜたかが一つの州の法律で、これを無視するようなことを定められるのか。
確かに、一時不再理は、必ずしも国際的にも適用されるルールとは言えないかもしれません。日本の憲法にある一時不再理は、アメリカには及ばないとも考えられる。しかし、国外で犯した罪をも一定の場合は国内で起訴、処罰できるというのが、国際的な刑事法のあり方である以上、これに伴って、一時不再理の効果も、国際間で認められるのでなければ、意味がない。今日のように、人の動きが国際レベルで起きている以上は、刑事法の大原則も、それを共有する国家間では通用すると考えなければ、恐ろしい世界になりかねない。
なるほど、カリフォルニアでは移民による犯罪が多く、その母国法では軽く処罰されるだけだから、カリフォルニア州民にとっては耐えられない事態が起きているという。その反応は自然でしょう。しかし、それは国と国との外交問題であって、たとえばメキシコの量刑を合衆国と同じレベルに重くしてもらうように政府間で話し合う、そういった手続で解決すべきであって、一つの州が、刑事法の大原則を無視してまで立法によって解決すべき問題ではない。
また、ある人物が限りなく有罪の疑いが強くても、有罪認定するためのルールを厳密に定めた以上は(つまり、たった一つの冤罪を防ぐために、より多くの本来は処罰すべき人間を無罪とするような制度を選んだ以上は)、それはやむをえないこととして受け入れるしかない。
Mが日本の裁判で無罪になったことが多くの人の希望に添えなかったとしても、現在起きている状況に対し「やっと奴を処罰できる」などと考えるのは、部屋が暑いからという理由で窓や門を壊してしまうようなもので、一瞬風通しがよくなっても、寒くなったら困る、泥棒が入ってきたら困るという、後の状況をあまりに軽視しているのと大して変わらないことに思える。
判決が確定しても、再審という手続でこれをもう一度争える制度があります。しかし、これは有罪となった場合にのみ適用されるルールで、無罪になった後に、後から有罪を確定しうる証拠が出てきても、再審で争うことはできません。
ほかにも、警察がひどい違法捜査をして証拠を得ても、その証拠は、裁判のなかで証拠として採用できないというルールがあります。どんなに、その証拠が本当に被告人が犯罪を犯したことを証明できるものであっても、そのような証拠を使うことは許されないとされています。これは、そんなことをすれば、警察はいくらでも違法捜査をするだろうし(歴史を見れば警察がひどい捜査をすることはいくらでもある)、証拠として認めることでそのような捜査を裁判所が結果的に認めれば、だれも裁判所の判断など信用しなくなる。
つまり、刑事制度というのは、犯罪者の処罰を絶対的としているのではなくて、それ以上に、人権を守ることを絶対ルールとしているわけであって、たとえ結果的に有罪のものを処罰できないことにあっても、それをやむをえないものとしている。
それが、ひどい歴史のなかで、それを反省した後の人々が産み出してきたルールであり制度なのです。
なぜ、日本の政府も国会も、裁判所でさえも、現在起きていることに対し無口で冷淡なのか分からない。
カリフォルニア州がやっていることは、私たちの国の制度(のみならず、自分の国のルール)を否定しているのと変わらないように思える。
三権分立のもと、一国の最高裁判所の判断を無視するようなことは、あきらかに主権の否定ではないのでしょうか。別に、私はナショナリストでもなんでもないですが、そういう人が大勢集まっている国会は、なぜこういうことには不感症なのかわかりません。
捕鯨調査船への環境団体の妨害行為に対して怒り、中国のギョーザの日本で混入されたかのごとき発言に対して怒るなら、この問題については、なぜ冷淡なのか。あまりにもイマジネーションが欠けすぎじゃないのか。
どんな人間であろうと、仮にも国民が別の国の州に、最高裁の判断を無視した状態で拘束されてるというのに、しょせん、国なんてこんなものなのか、政治は法よりも強いのか、と、なかば悲しい気分になります。
ちなみに、私自身はMが犯罪を犯していないとか思っているわけでも、Mに個人的な親しみがあるとかそういうわけでもなんでもありません。
ほかの人がそのことに関してどう思っていようが、それも非難するつもりも全くないです。
つまり、私や多くの人のMに対する感情などは、本来「どうでもいい、まったく関係ない」問題なんだと言いたいわけです。
これじゃあ、ロス疑惑のロスはロサンゼルスなんかじゃなく、Lossだろう。そっちのLoss疑惑のほうが私には大きい。
喪失、敗北、まさにロス。I'm at a loss!
08-3-2-Sunday
■[Senya Senkyoku]
0009 France Gall "Poupee De Cire, Poupee De Son" (1965)
邦題 ”夢見るシャンソン人形”。歌手名との一致はともかく、この曲を知らない人などまずいないのではないかと思えるほどの有名曲であり、ポップミュージック永遠の名曲だと僕は思う。「フレンチポップ」の代表曲、フランス版ロックンロール”イェイェ”を象徴する曲、アイドルポップスを代表する曲、といろんなところで語られる曲でもある。
作者はセルジュ・ゲンスブール。イントロからサビにいたるまで、聞く人にインパクトを残さずにはいられない恐るべき名曲、こんな曲をもらえたらアイドルとしての成功間違いなしである。
しかし、実は歌詞はかなり強烈に皮肉が効いていて、夢見る人形という邦題はなんとも可愛らしいが、原題を直訳すれば、「ロウで出来た人形、糠で出来た人形」である。つまり、アイドルである私は、実際はロウや糠でできた人形にすぎず、恋の歌なんぞ歌っているが、実際は恋もしたことがないただのお人形です、という歌。こんな歌を、実際にもまだ歳若きフランス・ギャルに歌わせるゲンスブールは恐るべしである。どこか客観的に物事を捉え、そこで皮肉な笑いをいれる、要するにフランスのエスプリであって、意地悪なわけでもなんでもないんだが、聞き手の妄想を煽るだけの日本の現在のアイドル(いるのかどうかも不明だが)を百万光年突き放す感じである。
個人的には、アイドルポップスというのは絶対に必要である、むしろアイドルポップスを聞くことで、その時代のポップス全体の水準がわかるという立場なので、特に最近のJポップは淋しいです、ジャニーズは立派ですが、女性アイドルはどこにいるのだ、という感じで。実はいるんでしょうが、人気がないアイドルというものほど淋しいものもなく(偶像という意味でのアイドルにもなってない)、このような曲を生み出し得ない。
なお、下にリンクした動画では、出だし、途中と、彼女は音を外しまくってます。が、なんか勢いありますね。売れまくっている時期のひとつの記録ですかね。本人は、これほどまでの名曲になるとは(まして動画がこんなとこに貼られるなんて)思ってもいなかったでしょうが。
08-2-28-Thursday
■[Senya Senkyoku] 結局は言葉にできないという戒め
0008 David Bowie "Life On Mars?" (1971)
デヴィッド・ボウイといえば『ジギー・スターダスト』が真っ先に紹介され、世紀の名盤だと書かれる。あの作品が素晴らしいことを否定するどころか、僕も大好きである。あれを聞かなかったら、今の僕の一部分は違っていただろうし、いまだに一番好きなアーティストがボウイなのも、あの作品を聞いたからである、が、彼に取り憑かれたのは何もあの作品のせいだけでなく、彼のアルバムのどれを聞いても(80年代以降のものは含まれないが)、その楽曲の良さ、歌詞、あのバリトンの声、作品のコンセプトなど、駄作などほぼ無く、どれをとっても憧れるだけだった。見た目の格好良さ(というより美しさ)にも夢中になった。固く言えば、音楽はここまで表現媒体たるのか、である。この衝撃は大きく、音楽は好きだが、アートにも文学にも舞台にも興味が無く知識もないような連中にはわかるわけがないだろうと、当時は意地悪く思った。ボウイは完璧だった。
初期(もっとも最初期の彼はモッズだったのでそれを抜けば)のフォーキーなものも良いが、『世界を売った男』以降の、徐々にグラムロックになっていく時期の作品が、個人的にはベスト。特に、美しいピアノが印象的なこの曲を含む『ハンキー・ドリー』はいい。
邦題『火星の生活』は勿論誤訳であり、火星に生活は存在するのか?なんていう歌詞じゃ意味がおかしい。火星に生物は存在するか?である。そう思うのは、映画に集中しろと怒られる少女。その内容は後の『アラジン・セイン』に含まれるようなシュールな歌詞。歌詞を読まなければ、ただの美しい曲で終わるところが、歌詞を読み出すとどうにもよくわからなくなる。
PV(当然にYouTubeで見れる)では、まさにグラマラスなボウイが青のシャドウを入れた目で歌う。
この曲からの連想(または自己アンサー)で、次のジギーへと繋がったのは明白である。ボウイはそこは意識したに違いない。となると、あのジギーは、少女が待っていた存在なのか、しかし僕にはそうは思えない。この曲を無理矢理に次の作品へと結びつけて解釈するのは無用である。わからない、ここで終了。
08-2-27-Wednesday
■[Senya Senkyoku] 鳥かごは必要なもの
0007 It's A Beautiful Day "White Bird" (1969)
この曲のために、今でもガイド本などにはこのアルバムが紹介されています。そうでなかったら、僕などは存在すら知らなかったでしょう。69年とは言え、時代はハードロック全盛時へと向かう渦中、そういう時代だったからこそ、この作品は普通に愛されていたらしい。当時、俗にいうロックファンも、ハードロックだけを聴いていたわけではないんでしょうが、この曲の清廉とした佇まいは聴く人に何かを残す。だから、今でもガイド本に載っている。
おそらくソフトロックかフォークロックとして分類され、どこかバーバンク的な雰囲気もある。スローなテンポで進む美しいメロディ、ヴァイオリンの響き、男女の混声ヴォーカル、僕は60年代前半のポップ・デュオを連想する(現にあるヒット曲に似ている)。
しかし、歌詞は少しも明るくない。金色の鳥かごのなかの白い鳥、飛べるに違いないけれど、飛べなければ死ぬだけ、年老いていく白い鳥。まるで童謡の「かなりや」みたいだ。
間奏のヴァイオリンは延々と哀調を奏で、それがまた静かに美しいハーモニーに戻る。
この曲を、朝、コーヒーを飲みながら聞きたいなどと当時の評論家は言っていたそうですが、それだけ時代は幸福で、この鳥が象徴しているものなんかに誰も気付かなかったのか。
僕は、この鳥がいまどうしているかが気になるのです。結局、鳥かごから出れずに死んでしまったのか、しかし、この曲を聞きながら、そんなことを考える必要もない。それに、この鳥の名前を(それが、何かの比喩であり、たとえば、この鳥の名前が幸せ、自由といったようなものだとしても)、知る必要もない。この曲は今もこうして聴かれるだけで、考え込んで無理矢理に解釈しそうになる僕や誰かを、どこかで置いていく。気付けば鳥かごはもう目には見えなくなり、鳥は、飛んでいってしまう。けれど、また聴くと、鳥は再び鳥かごにいる。それが何かを考えなくてもいい、鳥かごを見るのは、結局、私。
ジャケットからだけでなく、この曲を聴くと青い空が見える。鳥かごは、だから必要。
08-2-26-Tuesday
■[Senya Senkyoku] 完全なこと
0006 Fairground Attraction "Perfect" (1988)
数年で解散したバンドの、世にも幸せなたった一枚のアルバム、その一曲目を飾るのがこの大ヒット曲。ワンヒットメイカーと呼ぶには惜しすぎる天才バンドの、このアルバム全体を包む幸福感はなんだろうかと思う。
歌詞はなんてことない恋愛への希望を歌うもの。
僕は半分になったハートなんて欲しくない、っていう出だしの言葉はパーフェクトだが、要するに失恋してしまい、若者はミスばっかりする、でも、恋(正しくはLove Affair)はパーフェクトじゃなきゃ、という強がりに似た感情、そういう歌。
1988年の英国なんて、英国病という不景気が果てしなく続く暗いトンネルの中だったんではないだろうか、ザ・スミスが極めて内省的で美しい歌を作るのをやめた翌年に、この軽やかなでいて、それでいて意思の強いリズムにサウンド、エディの美しいヴォーカルがどんなふうに巷に広がったか、想像するのは簡単。
けれど、それでいいんだろうか。なにもかも一過性に消費されてしまう空気のなかで、この曲はどこか抵抗しているようにも感じる。サビのラストの辺りでのマイナーコードは、単なる恋への強がりだけでなく、なんともいえない諦観を感じてしまうのだ。パーフェクトなのは恋愛でなく、この瞬間の感情に過ぎないのだ、と言わんばかりに。
この曲は、だから、どこか孤独です。パーフェクトであることは、調和や、周りに溶け込むことから逃れてしまう。だからこそ、この曲は永遠を与えられてるように「パーフェクト」なのだ。
















さすがかわべさんで、ケイジャン書いた後にニューオーダーを書いたのはそういう理由なんです。最初がセレモニーだなんて、いささか美しすぎるようにも思えますが、様式化される直前の混沌は何かについて色々考えていたら、イアンの踊りがいままでとは全く異なった印象で飛び込んできたので、一気に書いてしまいました。
僕は、前よりもかえって痙攣してます。麻痺するよりもいいかなと思います。どこか冷めて客観的に考えてばかりいたことがかえって良かったように思えます。どうなっても、自分の変わりようがない部分をかえって意識できました。
また近い内にお会いしたいです。話したいこと、報告したいことが山のようにあります。