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ユリキス伯爵領

 

2011-12-14 習作12/14

[]習作12/14 10:22

 文芸部の部室になっている多目的室で、大宮さんは大きな空の絵を描く。

 美術部は辞めたらしい。決まったモチーフで描くのが嫌なんだとか。大きな模造紙をベニヤ板画鋲でとめて、壁に立てかけて絵を描く。借りてきた脚立にまたがって青い空の絵を描く。

「脚立、乗ったまま動くの止めて!」

 私の声に、大宮さんは生返事する。

 おしりと足で彼女は、器用にがこがこ脚立を動かして移動するのだ。危ないったらありゃしない。床一杯に広げて描けばいいのに、と言ったら「地面に広がってる空なんて、無いでしょ」と言われた。空は縦で上に広がってるんだもん、と。

 大きな刷毛を使って、青を重ねていく。みずみずしく綺麗な色が幾重にも重ねられる。

「やあ、きれいだね。まるで大宮さんみたいだ」

 先輩は褒めた。彼女は照れ笑いした。先輩と大宮さんは二人で帰ることが多くなった。付き合い始めたのだ。大宮さんは変わっている。放課後に一緒に帰るまではずっと空のことばかり考えているのに、校門から一歩出たら、もう先輩にしなだれかかって固く手を結んでいる。いや、変わっているのは私のほうかもしれない。そんなふうになっても、私は大宮さんから目が離せない。先輩はいい人だ、と思う。けれどあの日から、大宮さんが先輩と手をつなぐようになってから、私はもう先輩のことをいい人だとは思えなくなっていた。

 私が部室にくるのは、大宮さんの絵を見るためだ。青いだけの薄っぺらい空を。

「いい空だろ」

 先輩は言う。

「あれを書いている彼女が綺麗なんだ」

 なるほど、先輩はよく見ている。

 真っ青な空。雲ひとつない空。鳥も飛ばない、彼女のためだけの空。汚れない青だけの世界。

 彼女はその空の下で、先輩とキスをする。舌を出し入れして、二人だけのキスをする。私はこっそりそれを見ている。もう大宮さんは学校の中でも、空のことばかり考えていない。先輩のことばかり考えている。私は多目的室に一足先に行って、彼女たちの逢引を盗み見る。苦しくなるくらい私は傍観者で、そして普通に大宮さんと友達だった。

 ある日、大宮さんが床に模造紙を敷いた。そして緑を青に混ぜて、深く深く塗っていった。珍しい。どうしたの? と聞いたら、海を描いているの、と彼女は言った。

「海は曇らないから」

「そのくせ、魚は一匹もいないのね」

 私の刺のある口調に、一瞬大宮さんは動きをとめて、それからまた黙って海を塗り始めた。先輩は大宮さんの描く海を見ない。深く暗く、底に底に沈んでいく大宮さんを見ない。波間も立たない、深く暗い海の底を描いて、大宮さんは静かに立ち上がって画材をしまって、お辞儀をして一人で帰った。

 次の日、彼女はベニヤ板を多目的室から持っていった。

 今は美術室で、ブルータスの胸像をデッサンする。

 私は自宅の部屋に捨てられた海を飾って、深く暗い青に溺れる。

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