猫を償うに猫をもってせよ

2013-10-29 昭森社の謎 このエントリーを含むブックマーク

昭森社

1935年森谷均が創設。森谷均(1897年6月2日−1969年3月29日)は岡山県出身。中央大学商学部卒。1934年斎藤昌三の書物展望社に入り、35年東京京橋で昭森社を創業。詩集、美術書など良書を出版。戦後神田神保町に移り、46−49年総合雑誌『思潮』、61−87年『本の手帖』を刊行。森谷のあとは大村達子が継いだが、91年ころ廃業。

  • 主な刊行物

小出楢重随筆集『大切な雰囲気』−最初の刊行物

堀口大學訳『マリイ・ロオランサン詩画集』1936

富本憲吉『製陶余禄』1940

『左川ちか詩集』1936

式場隆三郎『二笑亭綺譚』1939

土方定一『近代日本洋画史』1941

『棟方志功画集』1942

『金子光晴全集』1963

 のはずなのだが、荒木瑞子『ふたりの出版人 アオイ書房・志茂太郎と昭森社・森谷均の情熱』(西田書店、2008)は、森谷が死んだあと、次男の晋が追悼号『本の手帖・別冊』を出して、昭森社はきっぱりと終焉した、と書いている。だが、『本の手帖』はその後も出つづけているし、昭森社の刊行物もその後も続いている。同名の別の会社ではなく、旧著の復刊もしている。住所も同じで、社長は大村達子となっている。何ゆえ荒木がこんな記述をしたのか、謎である。

(小谷野敦)