猫を償うに猫をもってせよ

2014-03-18 二人の金子武雄 このエントリーを含むブックマーク

 同名異人については、もうだいぶ前のことだが、「松井みどり」について書いて、それが「朝日新聞」のネタになったことがあった。

 さてここに、金子武雄という国文学者がいる。私は以前、この人が晩年に書いた随筆集を二冊読んでたいへん面白かったので、書いておいた。

http://d.hatena.ne.jp/jun-jun1965/20130127

 古事記から平安朝文学まで、教科書まで含めて著作が多く、国会図書館では「金子, 武雄, 1906-1984」で54冊があがっている。なお国会図書館は、教科書には著者標目をつけない。

 ところが、日外アソシエーツの『人物物故大年表』を見ていたら、この金子武雄が、どうやら二人いるらしいことに気づいたのである。なぜならそこには、

金子武雄(1905年‐1984年11月22日)立教大学名誉教授

金子武雄(1906年‐1983年3月24日)日本史研究者

 の二人がいたからである。

 私が当該金子武雄について調べた履歴は、

金子武雄(1906年5月10日‐1983年3月24日)

新潟県生まれ。旧姓・井尾。第八高等学校卒、1931年東京帝国大学文学部国文科卒。第八高等学校、東京高等学校で教え、戦後、東京大学教養学部助教授、教授。1967年定年退官、名誉教授、駒澤大学教授、72年昭和女子大学教授。79年退職。

 であり、立教大学にいたことはない。

 私は国会図書館に、これは二人が混ざっているのではないかと尋ねた。その回答は以下のとおり。

「金子武雄」という方については「ジャパン who was who : 物故者事典. 1983〜1987」(日外アソシエーツ、1983年刊)に掲載がありましたが、明治39年(1906年)5月10日新潟県生まれ、昭和59年(1984年)11月22日死去となっていました。

これには、肩書として東大名誉教授、立教大名誉教授、元昭和女子大教授とあり、掲載されている著書から、当館の典拠データに該当するのはこの方と思われます。

この方については死去時の新聞報道があり(例:読売新聞昭和59年11月23日朝刊)立教大学名誉教授、78歳、日本古代中世文学専攻、とありました。

「東京大学教養学部人文科学科紀要」(44巻、1967年刊)には「金子武雄 略歴 著書論文略目録」が掲載されており、明治39年5月新潟県出生とあります。

死去後に刊行された「日本のことわざ」(文元社、2004年刊)にも、著者略歴に1906年新潟県生まれ、1984年11月逝去とありました。

これらの情報から、「人物物故大年表」にある 金子武雄(1905-1984,11、22)立教大名誉教授は(同じ日外アソシエーツの資料ですが)、「1906」の誤りである可能性があるように思われます。

また、 金子武雄(1906-1985、3、24)日本史学者に該当する方に関する資料は、確認できませんでした。

ああそうか、と私は、「立教大学」がこの履歴のどこに入ったのか、いささか釈然としなかったが、一応納得し、さらに日外アソシエーツに問い合わせてみた。すると返事は以下の通りであった。

ご指摘いただいた『人物物故大年表』掲載の‘金子武雄’2人については、

調査・確認したところ、別人と思われます。

1971年に刊行された『専門別大学研究者・研究題目総覧 人文科学編』に、

(a)1905.12生、立教大学教授。古代中世小説・平安女流日記文学研究。

(b)1906.5生、駒澤大学教授。日本上代文学研究。

の2人が掲載されています。

この資料は、本人回答の内容を掲載したものなので、2人は別人と言えます。

『人物物故大年表』に掲載した2人は、

(a)金子武雄(1905-1984,11、22)立教大名誉教授

(b)金子武雄(1906-1985、3、24)日本史学者

にあたります。

2人は同姓同名、生年・没年・研究分野も近接し、混同しやすいようです。

小谷野様が挙げられた資料のうち、

・読売新聞 昭和59年11月23日朝刊の訃報:

 立教大学名誉教授、78歳、日本古代中世文学専攻

 は、(a)金子武雄(1905-1984,11、22)ですが、

・「ジャパンwho was who : 物故者事典. 1983〜1987」

 では、2人が混同されていました。

 私は愕然とし、このメールを国会図書館へ転送し、『全国大学職員録』で確認するべきでしょうと告げた。今も調査中らしいが、個別の著作を振り分けるのが難しいのだろう。さらに「官報」で確認すると、1931年に金子武雄が東大国文科を卒業しているが、1933年に井尾武雄が卒業しており、確かに別人である。

 著書一覧を見ていると、立教の金子武雄は、中古が専門で、東大の金子武雄は古代が専門である。ただし前者は、徳川時代文芸についても、学生向け教科書や評釈を出しているらしい。それでだいたいの分別はついた。「日本史学者」とあるのは多分間違いで、『古事記』『延喜式』などをしているためそうなったのだろう。

 しかし、日外アソシエーツ、恐るべしである。

(小谷野敦)