猫を償うに猫をもってせよ

2012-10-04 サスペンス映画じみた展開

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 『文芸日女道』532号の巻末に、「芥川龍之介研究の権威」エス・ワイ氏から森本宛の手紙の抜粋が載っていた。そこに「私の名前を出してくださったことは全然かまいません。むしろ感謝しています」とあり、私は首を捻った。なぜならこれは、エス氏の『評伝松岡譲』を、私が「剽窃」したと森本が書いている箇所についてのものだからだ。

 私は『久米正雄伝』で、エス氏を批判もしている。怒るかな、と思ったがそんなことはなく、『週刊読書人』に書評を書いてくれた。会ったことはないが、それ以前から、手紙やはがきのやりとりはあった。

 森本は六月に、エス氏から私の『現代文学論争』を教えられたと言っていた。そこで今回、エス氏に調停を頼んだりしていたのだ。

 だが、今回の件で初めてエス氏に電話した九月十七日、私は森本の最初の攻撃文を見ていなかった。「剽窃」と書いてあると、Fさんから聞いていたので、そう書いてありませんでしたかと訊くと、「いや、さんざん利用して悪口を書いている、というような…」と口を濁した。まあ言いにくいだろうなと思ったのだが、はじめエス氏は、森本の連載をFさんが「ごっそり」私に送った、という話で、と言っていて、その「ごっそり」という口調に、それが悪いことだと思っているかのような風情があって、私が、公刊されたものを見せて何がいけないのか分かりませんと言うと、「そうか、公刊されたものだから…・」と初めて気づいたような口調で、「分かりました」と言い、森本にはメールを出して言っておく、と言っていた。

 ところが、私のブログを見た森本が、24、25日に逆ギレしてメールで言いかえしてきた。その中に「あの文章はエス先生に前もって見てもらって了解を得ている」とあったから、私は驚いてエス氏にメールを送って訊いたが、「雑誌が届いて初めて知った」とあったので、嘘だろうと森本にメールをしたら、なぜかそれ以後、ぱったりメールが来なくなった(のち森本は、嘘だったと白状した。恐ろしい男である)。

 だが、532号の「感謝」の念の表明を見て、「エス氏黒幕説」はよみがえったのである。森本は、エス氏のみならず、別の人からのメールまで、無断で掲載していたのである。まさかエス氏もそんなことをされると思わず手紙を書いたのであろう。

 森本の連載をまとめた著は、勉誠出版から出ると533号に書いてあったから、私は同社に電話をした。この会社は最近変で、『有島武郎事典』でも、私の書いた参考文献を編集部で削ったりしている。それもあってか、編集者はむちゃくちゃ堅い口調だった。私は、単行本にもし「剽窃」の類のことが書かれていたら訴える、と通告した。

 「森本さんは、勉誠出版から出すのは初めてですね。誰か紹介する人が…」

 「ええ、エス先生から…」

 『久米正雄伝』で批判されてコンチクショウと思ったエス先生、しかし表だっては反論できず、森本から、こんなことを書きますが、と言われて、よしやれ、と指示を出した。

 だから25日のメールの後、私の妄想の中では、

 エス「君、あんなことを漏らしちゃ困るじゃないか。誰のおかげで本が出せると思っているんだ」

 森本「す、すみません」

 といった会話が交わされていた。

 さて同時に昼すぎエス氏に、「感謝します」とはどういうことかとメールをした。返事がないので夕方電話したら留守だったので、夜、再度電話した。

 「なぜ剽窃というのを否定なさらなかったのですか」

 「いやーそんなことはね、書けませんよ」

 そして、

 「いやー小谷野さんね、そういう小さいことにこだわらず、仕事が勝負ですよ」

 などと言い、話をそらそうと懸命なエス氏であった。

 「森本氏の本は勉誠出版から出るそうですが」

 「ああ、そう言っていましたね。私は勉誠出版とは関係ありませんが」

 狸、確定である。芥川研究の権威も、つまらん小細工をしたものである。

 それでも私は、四時間ほど考えた。だが、自分の本から、自分が知っている誰かが剽窃をした、と書かれているのに対して、「剽窃ではありません」と一言も言わず、かえって「感謝しています」と書くのは、絶対におかしい。

 そこで寝る前、エス氏には「あなたは恐ろしい人です」と絶縁のメールを送っておいた。朝になったら、言い訳めいたメールが届いていて、「勉誠出版とは関係ない」とあったが、さて勉誠の編集者が、何ゆえそんな手のこんだ嘘を言う必要があるのだろうか。

 「さんざん利用しておいて悪口を書いている」とは、森本は書いていなかった。これはエス氏の本音が思わず出たものであろう。森本がむやみと自信を持っているのも、エス氏の後ろ盾があると思ったからであろう。

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ところで533号に森本が書いた「縫子」関係の戸籍、知り合いの弁護士に頼んで取得したというが、学問研究のための戸籍取得って弁護士特権で認められているのかなあ。不正取得だったらわりあい大変なことになるよ、勉誠出版さん。

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あ、そうそう。森本の連載の最後のほうの一節は「キューポラのある町」と題されている。なるほど、川口市がちらりと出てはくるが、題名にするほどの重要性は持っていない。これはエス氏の著書に、早船ちよの伝記があることから、エス氏に阿ってつけたものであろう。

2012-10-03

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 『文芸日女道』の532、533号が届いた。今度は本名で注文したが、26日に振り込んで今日である。途中で催促の電話をし、昨日は内容証明を出してしまった。

 それはさておき、533号の森本穫の連載の最終回はすごい。『事故のてんまつ』のヒロイン「鹿沢縫子」について、父と母の本籍から生まれから何から何まで調べ尽くしてある。もっとも肝心の本人には取材拒否されたようだ。

 もっともここに大笑いなのは、532号の「巻頭言」を森本は書いていて、私の『現代文学論争』に触れ、私が当時週刊誌などに出た、関係者の名前を書いていると言い、被差別部落も関係しているのだからどれほど迷惑がかかるか、と書いていることで、もはや二重基準ですらない、お笑いとしか言いようがない。もっともよく見ると、イニシャルになっている人がいる。そのイニシャルになる基準が、「被差別」かどうかということなのだが、77年当時の報道では、「縫子」の、実父母がそうなのか養父母がそうなのか、報道はされていなかった。ところが、森本がイニシャルにした人がそうなのだ、ということが分かる仕組みになっていて、これでは頭隠して尻隠さずである。

 単行本は勉誠出版から出るそうだが、早く知りたい方は郵便振込すると送ってくれるはずである。

 ところで勉誠出版は、近ごろ右翼っぽい本をけっこう出していることに気づいた。

 あ、そうだ。『文芸日女道』は巻末に、読者からのお便り、を掲載しているのだが、昨日、その一人に電話して、それが、私信を無断で掲載したものが少なくないことに気づいた。編集長は、著作権を理解していないのじゃないか。


2012-10-02 江戸時代の身長

[] 09:38 江戸時代の身長 - 猫を償うに猫をもってせよ を含むブックマーク

『文芸日女道』は未だに何の連絡もない。不誠実極まる。仕方がないから、532、533号の代金を郵便振替したが、音沙汰がないから、坂根武という、以前電話したら「俺は森本が嫌いやねん」と言っていたおじさんに電話したら、「市川さんからは何も言ってきてませんねー、ほな送りまひょか」と言い、私が、市川はなんで連絡しないのか文句を言おうとしたら、人が話しているのに切ってしまった。こいつら全然悪いことをしたという自覚がないね。生涯ないんだろうね。

 しかしトラブルを起こしている時に、相手が関西弁でしゃべるとものすごく腹が立つ。

 あと『文芸日女道』の事務局って市営住宅にあるんだが、いつ電話しても誰も出ない。市営住宅をそんな用途に使っていいのか。 

2012-09-22

[] 09:39 2012-09-22 - 猫を償うに猫をもってせよ を含むブックマーク

 『文芸日女道』の編集部宛、『久米正雄伝』あとがきの、関口安義氏の名をちゃんと出しているところのコピーと、私が書いた謝罪文案を昨夜ファックスで送ったが、まだ何も返事はない。あと、532号の巻頭言で森本がなおひどいことを書いているらしいので、それをファックスで送れと言ったのだが、これも来ていない。

 なお531号で森本が『現代文学論争』で、部落解放同盟の圧力で臼井が和解したと私が書いたのを「暴言」とし、それなら『事故のてんまつ』単行本に、なぜこの文言が残っているのかとあるのだが、『事故のてんまつ』が部落に関する箇所を削除して刊行されたのは五月、和解して絶版にしたのは八月である。あほらしくて話にならん。

 まあ「暴言」とあっても、これは「自分が正しいと信じていた」ということで名誉毀損にはならんから安心しろ。 

 

 

2012-09-21 『文芸日女道』と森本穫事件

[] 09:41   - 猫を償うに猫をもってせよ を含むブックマーク

さて、もうだいたいばれているだろうが、私は川端康成伝を書きあげた。刊行は年明けになる。調査の途中、Fさんという同年くらいの研究者の方の知遇を得た。その後で分かったのだがFさんは大学時代の級友の知人であった。さて『文芸日女道』という同人誌があり、「ひめじ」と読んで、姫路で出している。

http://bunren.himegimi.jp/himebun5.html

 これに森本穫(おさむ)という、今年70になる、元賢明女子短大教授が、川端伝を五年くらい連載していて、Fさんがこれを送ってくれた。ただ、それまで調べたこと以上に大した新事実はなかった。森本は第一回を書いたあとで、羽鳥徹哉の『川端文学の基底』を教えられて読んだ、と書いていて、この羽鳥著は、川端の子供時代に関する詳細な基礎研究なので、これを読んだこともなしに伝記の連載を始めたのか、と呆れた。

 ところが六月、川端研究会で森本に会ったFさんが、私が伝記を書いていて、『日女道』を見せたと言ったら、森本は、自分の40年にわたる研究が私にとられてしまうとでも思ったのか、私宛のメールではいくらか愚痴を言うだけだったのが、Fさんに長い恨みのメールを書いたらしく、「本来なら切腹してわびろと言いたいところだ」とか言ったらしい。しかし、刊行されたものなのだし、新発見などほとんどないのである。私はメールで森本に、平山城児の本など教えたが、どうやら伝記的な主要著作を碌に知らないらしかった。つまり内容は、ほとんど、作品論の連なりなのである。

 で、これで済んだと思っていたら済んでいなかったのである。Fさんは、森本から送られた『日女道』を見ていたのだが、それが以後ぱたりと止まった。ところがこのウェブサイトで分かる通り、531号に「『魔界の住人 川端康成』読者に告ぐ」という妙な一文が載っている。どうもこれが私の悪口らしいので、とりよせてみてたまげた。自分の研究が小谷野に筒抜けになってしまったと愚痴(?)が延々と続いている中に、「小谷野は『剽窃の名人』である」とあって、『久米正雄伝』は関口安義の『評伝松岡譲』を基礎にして成り立っているが、どこにも関口著の題名は出てこない、と書いてあるのだ。まったくの嘘である。私はこの文章を、中央公論新社の編集者にファックスしたら、電話がかかってきて開口一番「これはキチ×イですね」と言われ、妻に見せたら仰天していた。私は森本にメールして抗議し、『日女道』編集部にも抗議のファックスを入れた。なおこの編集部は、上のウェブサイトに載っているものだが、いつ電話しても誰も出ない。そこで「姫路文連」というところに電話して訊いたら、市川宏三という83歳になる人がいる事務所で、留守がちだという。そこで530,531号の分を郵便振替で申し込んだら、電話がかかってきて確認された(ただし、私の名前だと送らないのではないかと懸念したので、妻の名前を使った)。なお中公法務部に相談すると、誰が見てもおかしな文面だし、地方の小さな同人誌だから、これ一つだけでは動くほどのこともないと言う話。

 さて、一日たって、森本から謝罪のメールが来た。そして、私がファックスで送った抗議文を雑誌に載せると言う。私は、そちらの謝罪文も載せてくれ、それからFさんもかなりひどいことを言われているから謝罪するようにとメールした。それが19日のことである。森本は、編集部へ来たファックスを見たと言う。ところが今日の昼になって、謝罪文は勘弁してくれという。それが、編集長と相談したら、編集長は、載せた責任があるから抗議文は載せるが、謝罪文は関知しないので森本と私とで相談してくれと言った、という。だが、ファックスには電話番号も書いておいたのに、編集部からの直接の連絡はない。私は森本に、そんなバカな話はない、普通は謝罪文を載せるものだ、とメールし、編集部にも同趣旨をファックスした。

 さらに、私の『事故のてんまつ』の解釈が森本は気に入らないらしく、どうも532,533でも私の悪口を書いているらしい。

(付記)いま電話した。謝罪文を書くと言っている。

(さらに付記)ファックスで送られてきた私宛の「謝罪文」を見ると「不適切で憶測にもとづく」とあり、編集長に電話をして、「憶測ではなく虚偽ではないか」と言うと、それは『久米正雄伝』なんか読んでないから分からない、と言う。別に全部読まなくてもぱらぱら見れば分かることだ、と言ったのだが、うーうー言っていて埒が明かない。そこで再度森本に電話したら、森本も全部読んでいなくて、あとがきだけ見た、と言うのだ。Fさんに謝っていないだろうと言ったら、驚くべし、私はまだFさんに怒っている、無断で見せた、と言うのであきれ果てた。