Hatena::ブログ(Diary)

劇団フルタ丸 フルタジュン日誌 2018ねん

2018-06-16 やってくる音楽

作品を創っていると、その世界観とマッチする曲が聴きたくなる。直接的に作品に使わなくとも、創る自分を盛り立てる音楽として聴くことがある。往々にしてある。要するに応援されたいのだ、音楽に。で、その作品にいかにも合いそうな音楽っていうのが、音楽の方からやってくる。

これを何回も経験していて、ほとんどの場合がこれに該当するかもしれない。

探さないと、の時は出会えない。

油断している時に、やってくる感。シンクロニシティという便利な言葉があるので、そういうものだと思っている。

カフェの店内音楽、付けていたラジオ、SNSのツイート、YouTubeの関連動画、時間潰しのためにたまたま入ったCDショップの視聴機(これは大学3年生の時、旅の途中の鹿児島で起きた)。

生活シーンの思わぬ所から、藪から棒的に現れる。

昨日も、出会いはカフェだった。

良い!この曲だ!

となり「Shazam」というアプリを起動する。知らない音楽を読み取らせて曲を判明させる。すぐにメモをする。こんなことばかりやっている。

2018-06-11 非日常から日常へ降りる

フルタ丸の本公演が終わって、いつの間にか37歳。自分の精神年齢に自信が持てないまま生きて来たが、いよいよ本格的に自信がなくなってきた。みんな、そのへんどうしてるの?一つ言えるのは、間違いなく僕が子供の頃にイメージしていた37歳の精神ではないんだよな、今の自分が。

本公演のために止まっていた色々な仕事に手を付け始めた。結果、毎日何かしら書いている。塵も積もれば山となる理論ではないが、毎日やればいつの間にか完成を迎える。で、頂上が見えて来たあたりから、ふっとラクになる。景色が見えて来るとギアを入れられるのは山登りと同じ。と言っても、僕に山登りの心得はない。きっとそうですよね?「コツコツやる」以外に執筆の正攻法はないな、といういつもの結論。

ひとつ宣伝。3月ぐらいに書いていた舞台が今週から新宿村LIVEで上演される。僕は企画と台本のみの提供。


『ゴールドフラワー』

6月13日(水) 〜17日(日)

新宿村LIVE

http://dp-isr.com/gold-flower/


ある日、ある財団が、何の説明もなく女の子にだけコインを一枚ずつ配った。

真ん中に花のマークが施されている金色のコイン。

女の子たちは、そのコインを「ゴールドフラワー」と呼んだ。

ただの記念コインなのか、それとも新しい貨幣か。

様々な憶測を呼び、大人たちは動揺した。

ある女の子はコインショップで幾ばくかの金と換え、

ある女の子は財布に入れたまま持ち続けた。

また、ある大人は女の子達から何百枚も買い集めたりもした。

あれから13年。もう誰もコインのことなど思い出さなくなった日。

郊外の山を切り開いた土地に巨大なランドがオープンした。

そこには、あのコインで体験できる摩訶不思議なアトラクションがあるという。


上記は、あらすじの一部。

演出家と連絡を取ったりはしたが、フルタ丸と被っていたこともあり稽古場には一度も顔を出せなかった。一つの演劇作品としてどんなことになっているのか、ほとんどお客さんと同じ目線で客席から楽しみたい。

2018-05-17 演劇おじさん

36歳。もうすぐ37歳。

僕は着実に演劇おじさんになりつつある。

色々な所で色々な形で色々な演劇に関わらせて頂くようになっても、

劇団の本公演だけは劇団を始めた大学生の頃に戻る。マインドが。

準備をしている時、稽古をしている時、あと何回稽古できるんだっけ?と指折り数える時。

何とも言えぬ不安がやってくる。

その直後には猛烈な自信もやってくる。

不安と自信。

大学生の根拠なき専売特許の二輪。

その二輪で動くバイクらしきのりもの。

それに劇団と名付けるならば、僕はまだその劇団に乗り続けている。

そのことが、今、とてつもなく有難いなと思う。

こういう勝負ができることが誇らしい。

本公演がやってくる。

やってくるんだなぁ、今年も。


長年、ずっと演劇作品の舞台にしたかった住宅展示場という場所。

そこで繰り広げられる異色のホームドラマ。


劇団フルタ丸 2018年本公演

『寂しい時だけでいいから』

5月30日(水)〜6月3日(日)

@浅草九劇

チケットのご予約はコチラから

https://www.quartet-online.net/ticket/furutamaru2018?m=0fbbhci

有難いことに6月3日(日)の千秋楽は完売。

他の日時は、まだご予約受付中です。

2018-03-21 本公演ってナンだろうか、雪降る祝日に。

劇団のことを書き始めたら書くべきこと、書きたいことはきっと山のようにある。

メンバーとは昔ほどは、年中、顔を突き合わせているわけでもなくなった。

会議やら何やらで定期的に会っている方だとは思うが、それでも4年くらい前までの狂ったように劇団公演をやっていた頃に比べれば鳴りを潜めた。

それぞれの活動や生活に少しずつ重きが移ろっているのかもしれない。年齢と共に、劇団の活動の形も変わっていく。

それでも絶対に譲れないのは本公演だ。

もうずいぶん昔だけど、かつてのメンバーに言われた。出演するかしないかはその都度決めたいと。僕はその申し出を断固として拒否した。

僕も若かったし、許容する心持ちもなかったんだろうね。

でも、その考えは今でも全く変わらない。僕等みたいなサイズの劇団の場合、本公演は劇団メンバー全員でやることが必須だと考えている。

そこがバラバラになるんだったら、本公演と銘を打ってはやれない。

本公演は「これがフルタ丸ですよ」という逃げの許されない最新のフルタ丸を見せる公演だ。

作品を見せているのと同時に劇団を見せている。僕がやりたいのは、そういうことだ。

ストーリーは作品にあり、やはり同時に、劇団にもある。そこは1セットであって、もっとも大事な所。

それと、いつからか本公演のナンバーリングを止めてしまった。それまでは「第〇回公演」と数えていたのに、もうどうでもよくなった。

回数を眺めて悦に浸るわけでもないし、何の意味もない気がしてしまって。

前置きが長くなったが、5月末に本公演を開催する。

冠は「劇団フルタ丸 2018年本公演」だ。

一年に一本。これが今の劇団フルタ丸で、メンバー全員の精力を注ぎ「うわああああっ!」と本公演を作ることができる本数だ。

僕も今の自分ができるベストの作劇と演出をぶちこみたいし、メンバーそれぞれが一年間に培ったものを持ち寄り、最新のフルタ丸を作り上げられれば言うことない。

お客さんに最高の気分になってもらいたい。いつも考えていることは、それだけです。


2018年本公演『寂しい時だけでいいから』

f:id:junfuruta:20180321104906j:image

公演詳細⇒https://goo.gl/TVifmm

2018-03-11 三月の散文

下北沢の事務所は、まだ底冷えがする。

今日もストーブを付けて、一昨年に上演した『ビッグマウス症候群』の平野BGMをエンドレスリピート。平野さんの曲は定期的に聞きたくなる。なんでこんなにも良いんだろうか。優しさと追憶と希望。全部入ってる。おまけに中毒性がある。感覚派の平野さんにしか作れない。映像なんか見返さなくても、東京と岐阜でやった公演を思い出せる。不思議だ。良いな。みたいなことを、僕は定期的に書いてる気がしてきた。いや、もう5、6回書いてるわ。それだけ良いってことなんだ。思ったことは何回も書く。

気になって仕方ないプロ野球オープン戦を横目に、仕事したりフルタ丸の準備をしている内に一日が終わってしまい、娘と何にも話してない日があったりする。もうすぐ一年生が終わり、二年生になるのだな。まだ一日も学校を休んでないことを誇らしく報告してきた。これは僕が暗に伝え続けていた帝王学。僕も学校を休まなかったのが唯一の自慢。

「ゆにばーす」というお笑いコンビがM−1グランプリで優勝したらコンビを引退すると明言していることを知って気になった。どんな覚悟であっても、覚悟を決めたやつからどうにかなっていく世界。演劇も同じか。