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劇団フルタ丸 フルタジュン日誌 2017ねん

2017-09-14 これは、すべて、ひとりごと

ひらフル版「ひとりごとターミナル2017」の公演初日まで一週間を切った。残り少ない稽古日数だが、ビルド&クラッシュを重ねたい。昨日まで正解だったものが、今日は正解ではなくなる。昨日まで不正解だったものが、今日は正解に転じる。そういう作品かもしれない。変化を怖がると上手く行かない。

フルタ丸で初演した2010年。当時、不安で仕方なかった。稽古をしてもしても手ごたえがまるでない。指と指の間から、実感だけがスルスルと抜け落ちて行った。僕も演出という立場でいながら、この作品の明確な指針、この作品の存在意義みたいなものを言葉に出来ずにいた。それはメンバーの中にもあった。工藤君に至っては、過労か何かの理由で栄養ドリンクを3本くらい飲みまくり、1日だけで10000タウリンを摂取して下痢していた。当たり前だ。劇場入りして、場当たりをやって、ゲネプロ前だったか。そこで、やっと分かった。「ひとりごとターミナル」がなんなのか、それをようやく言葉に出来た。本当にギリギリだった。作品は好評だった。その後もフルタ丸作品の中で、唯一再演を重ねていくことになる。他は一つも再演したことないのに、これだけは繰り返した。

フルタ丸で最後に再演したのが4年くらい前。登場人物の年齢設定もあり、フルタ丸での再演はもう厳しいと思った。だから封印した。しかし、ひらフルという場で再び舞い戻ってきた。今、稽古していると、再び不安になる。何回やってもやってくる。でも、この不安であることこそが、この作品の肝だ。不安であることが作品のモチーフとテーマと絡み合う。

昨日は稽古が終わった後、稽古場近くの飲み屋で役者陣と馬鹿話。演劇の話はちょっとだけ。贅沢な時間だった。こういう時間の先に上演があるってことが、演劇の素敵な所だなと思うばかり。

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東京。夜。往来と発着が繰り返されるバスターミナル。

それぞれのバスを待つ、それぞれの事情を抱えた旅人たち。他人事だと思っていたはずが…傍観者のはずが…

スマホを弄る手元と、それでは追い付かない脳内が交差する2017年。ひとりごとアンサンブルコメディー。

【劇場】

下北沢小劇場「楽園」

http://www.honda-geki.com/map.html

【日程】

9月20日(水)〜24日(日)

【公演タイムテーブル】

9月20日(水) 19:30

9月21日(木) 19:30

9月22日(金) 19:30

9月23日(土) 14:00/18:00

9月24日(日) 13:00/17:00

※受付開始は開演時間の40分前

※開場開始は開演時間の30分前

【チケット予約】

前売:3,500円

当日:4,000円

※全席自由席

ご予約フォーム⇒

https://www.quartet-online.net/ticket/hitorigoto2017?m=0gagjji

2017-09-04 36歳のロックンロール

大学生の頃、どうしてあんなにもロックという言葉に侵されていたのか。読むもの、触れるもの、友人らとの会話に頻発した、ロックという姿勢。あれがなんだったのか明快な答えが出ないまま未確認飛行物体(UFO)やツチノコみたいに期待と希望を傘に、燦燦と君臨し続けた概念。今思えば、ほとんど熱病だ。東京に出て来て、自分を奮い立たせなければならないと何かに追われていたような気もするし、怖いものが今より少なかったのかもしれない。大学2年生の時、初めての海外一人旅の旅先にインドを選んだのも自分の意思よりも何かに追われるようにして決めた所が大いにあった。「いやいや、フルタくん、インドくらい行かないとダメだよ」そんなプレッシャーだ。誰に言われたわけでもなく、自分の中で勝手にリフレインしていた。案の定というか、真夜中のデリーで拉致されてカシミールという紛争地域へ連れて行かれそうになったが、それはもう終わった話だ。インド人を憎んでない。けど、もしあのまま戦場で死んでいたら、俺はロックで良かったと言えたのか。いや、いいわけがない!断じていいわけがない!ロックの馬鹿野郎だ。

うだうだと書いている。月曜という一週間のスタートを気持ちよく切りたいと思った矢先、雨かよ。ちくしょう。犬の散歩も途中で折り返して来たわ。

それはそうと、最近は演劇のことばかりやっている。

目下の「ひとりごとターミナル2017」(9月20日〜24日@下北沢楽園)の稽古。この作品独特のルールみたいなものを役者の皆さんに伝え少しづつ形になってきた。来週から、もう一つの「白と黒の同窓会」(10月12日〜15日@新宿村LIVE)の稽古も始まるので準備している。来年のとある舞台の台本を書いている。やっと見えて来たのでこのまま一気に書いてしまいたいと思っているのが、今。〆切を待たせているので少し焦っている。今日、ロック云々のことを書こうと思ったのは、こういった演劇のことと無関係ではないからだ。

夏の盛り、ふと伊久磨さん、清水さんと取り組んだ二人芝居「虎の館」をもう一度動かそうと思い立った。思い立った瞬間から、どうにも落ち着かなくなった。新しいアイデアと方向性、具体的な公演のこと、色々と湧いて来た。それで思い出したのだ、あの急き立てて来る、くそロックを。くそロックにスケジュールなんていう大人の都合は通用しない。まずは二人と会わなければと思った。そして、昨日会った。

2017-08-26 損したくない

一昨日、事務所から少しだけ足を伸ばし、三茶でラーメンを食べた。不味かった。で、昨日、観劇の帰りに中野でつけめんを食べた。不味くはなかったが美味しくもなかった。どちらもネットの情報をアテにした。

結果は2連敗だ。ただのハズレを引いたと言えばそれだけだ。けど、妙に考え込んでしまった。

僕は美味しいラーメンやつけめんを食べたかった。そんなとき、食べたことのない店を選ぶ必要が本当にあったのかどうかということだ。いやいや、これはフロンティアスピリッツなんだ!と、説明できなくもない。けど、その結果、空振り三振とピッチャーゴロだった。

以前、後輩の和田と焼き鳥を食いながら「フルタさん、今、僕らは損したくないんですよ」と言っていたことを思い出す。そんな価値観の中で生きていると。チャンネル、コンテンツにあふれかえり、選択肢が増えまくった。けど、僕らの生きる1日24時間だけが変わらない。と、なると、有限な時間の中で損をしたくない。つまらないものを選びたくない。そんな出発点が、ものを選ぶ時のスタート地点になりつつある。納得した。自分にも驚くほど当てはまる。

なのにだ。損したくないと願いながら、知らないものに手を伸ばしてしまう。そこに金脈があると、一瞬でも思ってしまう。ギャンブルか。

もう少し考えたい。損したくないとギャンブルの狭間を。

2017-08-14 長い帰省はいつか終わる

長い帰省が終わり、東京に戻って来た。8月4日から今日まで11日間いたことになる。上京してから一番長い帰省だったかもしれない。かつて経験した夏を、もう一度なぞるような瞬間が何度もあった。傍らには娘がいた。僕にとっては何度目かの風景も娘にとっては初めてだった。数日前、中学の同級生と昼飯を食った後、その近くにある旧美濃駅へ立ち寄った。僕が高校生の頃まで美濃町線というチンチン電車が走っていた。そう言えば、もっとさかのぼり小学生、いや保育園に行ってた頃、亡くなった祖母がその電車に僕と弟を乗せて隣町の関まで連れて行ってくれたことが何度かあった。あれをよく憶えている。ねだったんだ。連れて行って欲しいと。電車に乗りたくて仕方なかった。窓からの風景、関に到着して薄暗い駄菓子屋へ行ったことや、祖母の行きつけらしき喫茶店でジュースを飲んだことを思い出した。あの電車は廃線になってしまい、祖母も亡くなった。時間の流れは確かに無常で、僕なんかの力で押しとどめておくことは到底できない。今日も、明日も、刻、一刻と無常は続く。よし。

2017-08-07 実家のリビングの中心で

今週いっぱいは岐阜にいる。

昨日、奥さんは仕事で東京に戻ったので、実家には父、母、僕、娘。この4人での生活が昨日から続いている。不思議な形だ。まるで元気が止まらない娘の後を追って歩く、時に走るのは、父と母に任せ、僕は本を読むことに飽きると仕事をしている。仕事をすることに飽きると本を読む。そのシーソーゲーム。夕方から台風が来ているので雨の音がうるさい。それに対抗するかのように、蛙の鳴き声もする。夜10時、リビングのエアコンを付けて仕事を始めた。娘は一人で部屋で寝ることができず、僕の真横のソファでねむる。明日はどんな日が待っているのか、僕にもよく分からない。きっと娘にも分かってないだろう。