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のうみそのなかみをちょっとだけ

2011-11-04

巨大津波「その時ひとはどう動いたか」テキスト書き起こし

Dailymotionにあがってた動画がなくなっていたので、書き起こしたテキストを貼っておきます。


[20111106追記]
2011年10月2日(日) 午後9時00分〜9時49分 総合テレビ
巨大津波「その時ひとはどう動いたか」
http://www.nhk.or.jp/special/onair/111002.html

NHKオンデマンドにはやくあがらないかなあ。


[ヘリコプターの音]

アナウンサー
「家が、津波で流されている様子がわかります。住宅や建物が津波で流されています。今、車が流されていくのがわかります」

ナレーション
宮城県にある閖上(ゆりあげ)という町。巨大津波に襲われ、全域が水没しました。閖上では、5600人の住民のうち、700人近くが逃げ遅れ、犠牲になりました。

この悲しい出来事を繰り返さないために、NHKでは時間をかけて調査を実施しました。閖上の人々を訪ね歩き、賛同を頂いた方にアンケート調査、さらに、聞き取り調査を行いました。
恐怖の瞬間をどのように迎えたのか。家族、隣人の安否はどうか。

[地図 青と黄色で色分けされている]

調査結果を地図に表しました。被災マップです。閖上地区の人的被害、その全体像があきらかになりました。

青く塗られた家は一家全員が助かった世帯。いっぽう、犠牲者がでた家は黄色です。

[行動マップ]

さらに、600人の方々の行動経路を詳しく教えていただきました。
それをもとに、行動マップを作成しました。
ひとつの球はひとりの人、もしくは、一緒に行動した集団をあらわしています。
これらを専門家とともに分析すると、災害時に陥りがちな心の罠がみえてきました。

被災者
『みんな冷静だったんだよね』
『やっぱ家の中にいると大丈夫なような、来はしていたということはありますよね』
『あ、これは私が助けに行かないと、死ぬんじゃないか…と思ったんですね』

[住民への復興計画説明会 住民の声をバックに]
ナレーション
「あの日から半年が過ぎました。かけがえのない命がなぜこれほど犠牲になったのか、その検証が不十分なことで行政と住民の対立も起きています」

名取市職員
『堤防の強化や津波防災機能をそなえた道路による多重防御、ふたつのこういった防御ラインで津波からまもっていくと…』

閖上町民
『こんなに犠牲になってる町というか地区はないと思いますよ(ないないない、と同意の声)。ですから、復興計画も大事でしょう、その前に、閖上で6人に一人なくなってる事実ですから、それの原因(究明)、それをもうけてくださいよ、
早期に儲けてくださいよ!それをやらないで復興計画っていったら我々遺族はどうなるんですか!』

ナレーション
地震発生から津波の襲来まで、1時間10分。
人々は何を考え、どう行動したのか。
詳細な検証からこれまで見落とされてきた教訓が浮かび上がりました。」


[タイトルコール『巨大津波 その時ひとはどう動いたか』]


[臨時ニュースの音]
[3月11日 午後2時46分18秒]

アナウンサー
国会中継の途中ですが地震津波関連の情報をお伝えします。
緊急地震速報が出ました。
宮城県岩手県福島県秋田県山形県緊急地震速報です。
強い揺れを観測した地域のみなさんにお伝えします。
落ち着いて行動してください』

ナレーション
仙台市の南に位置する港町、閖上地区です。この町では、地震発生から一時間10分後の午後3時55分に津波が到達。そのとき、700もの命が奪われます」

[被災マップ]

被災マップです。家ごとに全域を調査しました。青い色は一家全員が助かった世帯、黄色は犠牲者が出た世帯です。

さらに、赤く変わったのは一家全員が犠牲となった世帯です。被害は町全体に広がっていました。

人々は地震発生から1時間10分、どう行動したのか。時間を追って見ていきます。

最初の10分間、人々はほとんど動いていないことがわかりました。
激しい揺れだったにも関わらず人々は何故行動を起こさなかったのでしょう?

地震発生直後の町の様子を記録していた人がいました。
小齋誠進(こさい せいしん)さんです。

単身赴任中の東京から家族が住む閖上にかえってきたところ、バスの車内で地震にあいました。

[小齋さんが乗っていたバス]

小齋さん
『どーん、どーん、ってこんなかんじで、隣の家にぶつかりながら、こう…左右に動いてましたね。いやあ、激しかったですね。もう、電柱なんか、どこまでしなるんだ? っていうくらいの振れ方してましたし…まわりの光景が、今までみてた閖上の町では、なかったんで…ええ…。

[小齋さんが写真を手に歩く]

ここですね、ここだ、ここですね。この板なんか…』

ナレーション
「4分間続いた揺れがおさまり、小齋さんは趣味のカメラを鞄から取り出しました。

[午後2時54分 津波到達まで61分]

地震発生から8分後に撮影された写真です。このとき、町では電気がストップ。防災無線も故障していました。多くの建物の外壁がくずれ、ガラスも散乱しています。

さらに異常な事態も写っていました。地面のあちこちから水がしみだす『液状化現象』です。

しかし、こうした現象が広がっているにもかかわらず、町には意外な空気が満ちていました」

小齋さん
『なんか静か…だったですね、町の中は。自分の家の中を掃除する方もいれば、周りの雰囲気を確かめに来ている方もいれば。なんか…緊張感は…ちょっと感じられない…空気でしたね。はい』

ナレーション
「このとき、人々は何をしていたのか。
調査によれば、多くの方が一見のんきに見える日常的な行動を取っていたことがわかりました。

津波を警戒すべきこのとき、危機感からパニックになるような人はいません。

小齋さんが『静かだった』と証言する、閖上バス通り。そこに自宅があり、一家6人で暮らしていた高橋温子(たかはし あつこ)さんです」

高橋さん
『あの通りとかずーっと見てたんですけど、すーごい静かだったんですよ。しーんとしてて、隣の家の車もあるわ、ただ人影がひとっつもなくって、なんか妙に静かだなー、って思ったのがすごく印象的で…ただ静かなのが、やけに、こう…うーん、なんか、変な感じはしたんですね』

ナレーション
「高橋さんの家では、扉が倒れ、壁が崩れるなど、大きな被害が出ていました

[高橋さんの自宅(被災前)]

しかし、高橋さんは不思議な行動をとりました。被害の少ない部屋にこもり、ステレオの足の修理に熱中しはじめたのです」

高橋さん
『うん、あのう、もう、ポキって足は折れてて、完璧に。離れてなかったんですけど、木でできてる昔のビクターの4本足のステレオなので、ただもう根っこから折れてるから無理なんで、でも、とにかくこれを支えに持ち上げて4本足にしよう! と。でも、ものすごく重くて、それができないから、もうしょうがない、って思った…(じゃ、お一人で何度も?)そう、ひとりで何回も何回も。

でもやっぱり片付けなきゃいけない、なぜかそっちのほうが、その、普通に生活戻さなきゃっていうふうになるのか。なんかそれは無意識なんですね。多分、それは、危険っていうよりは自分の気持ちを平常心にするための作業だったのかもしれない…かなあって…』

ナレーション
「高橋さんの一家は津波が来る瞬間まで片づけを続けました。辛くも助かった温子さん以外、両親、妹、弟が亡くなりました。

[マップを見ながら、東京女子大学災害心理学)広瀬弘忠名誉教授]

多くの人が避難しようとしなかった現実。
しかし、これは不思議な行動ではないと専門家は言います。

広瀬教授
『我々は避難しないんだ、避難したがらない動物なんだ、ということをきちんと理解した上で、我々は“正常性バイアス”という、なるべく危険を感知したくないという、そういう心の仕組みを持っているわけですね。
あまり小さな危険をしょっちゅう感じてるとストレスがたまって、日常生活うまくいかないわけですね。
ですから、ある程度の危険は、それを無視してしまおう。という、そういう心理的な、心の枠組みがあるわけですね』

ナレーション
「“人間は危険が迫っても避難したがらない”
多くの専門家がその典型例としてあげる事件があります。
2003年、韓国でおきた地下鉄火災。200人近い死者を出しました。
その多くは車両の中から逃げ出すことなく亡くなっていました。

[写真]

その時の車内の様子を撮影した写真です。
煙が充満し、明らかに危険な状態にも関わらず、じっと座る人々。
危険の徴候には目を向けず、“しばらくお待ちください”というアナウンスを鵜呑みにして待ち続けました。

安心材料にすがり、危険から目をそむける心理、“正常性バイアス”。
それは、今回も大きな犠牲に繋がっていました。

一見、意外な調査結果からそのことが読み取れます。
海側に広がる3丁目や4丁目よりも、海から遠い2丁目の方が被害が大きいのです。

2丁目の犠牲者の数は215人、4人にひとりが亡くなっています。いったいなぜなのか。

二丁目の聞き取り調査からは“貞山堀”という存在が多くの人の安心材料となっていたことがわかりました。

“貞山堀を超えて津波は来ない”

海岸から1kmの位置を流れる貞山堀。閖上2丁目はこの貞山堀の内陸側に広がっています。
町を南北に貫くこの運河は400年前に伊達政宗が築いた閖上の名所です。

あの日、午後3時頃、貞山堀のほとりに人が集まっていました。

貞山堀のそばに住む森勝也(もり かつや)さん。
堀の水位を眺める人々の間には安心感が広がっていたと言います。

森さん
『どうなのー、って聞いたら、いや思ったほど引いてねーぞー、なんて言うから、あーそー、おっきいの来ねえなあそれじゃあ、って(笑)。どうかなあ、なんて、皆で言ってたんだけどね(そういう話を…)うんうん。みんなでしてましたものね。…うん…この辺にも車とまってたしね…寄りかかりながらね。煙草吸いながらみんな。うん(そうなんですか…)そう。軽い気持ちでしたね。うん…』

ナレーション
「なぜ貞山堀を見て人々は安心したのか。その背景には1960年チリ地震津波がありました。

南米チリで起きた地震津波が発生、東北地方を中心に甚大な被害が出ました。
しかしそのとき、閖上の被害はごくわずかでした。

この体験が長い年月をかけて語り継がれるうちに、根拠のないひとつの神話が産まれました。

津波が来るときは貞山堀が干上がる”

そして、

津波は貞山堀を越えて来ることはない”

貞山堀沿いの一帯では多くの人が避難せず、被害が拡大しました。

2丁目で亡くなったときの状況が判明した人は64人。その7割が自宅から逃げていませんでした。

閖上2丁目でとりわけ多くの犠牲者が出た理由…そこには貞山堀の神話が“正常性バイアス”を更に強めたという悲劇がありました。

[午後3時 津波到達まで55分]

午後3時。避難行動を始める人々が増え始めます。そうした人は、3丁目、4丁目に多く見られました。

人は、どんなときに正常性バイアスから解き放たれ、避難開始のスイッチが入るのでしょうか?
4丁目に住む佐藤勇子(さとう ゆうこ)さんは自宅前の路上で避難するきっかけになる体験をしました。

佐藤さん
『そこ(割れた地面)から水が、こう噴き出して。噴水のようにですよ。こう噴き出して…あとマンホールのふたが、ホントにあの怪獣映画とかで、よくねえ? ああいうふうに噴いたっていうのを見た瞬間に、何か我に返ったみたいに…なんか“やっぱりここから逃げなきゃダメだ!”っていうふうに…』

ナレーション
「海に近い3丁目、4丁目では液状化など異常な現象が多く発生したことから人々は避難を開始していました。

しかし、危機に気付いていち早く逃げ出す人々がいる一方で、町内にとどまり、動き回る人の姿が多く見られました。

3丁目で理髪店を営んでいた橋浦新一(はしうら しんいち)さん。異常を感じた橋浦さんが向かったのは、同じ町の仲間のもとでした。

橋浦さん
『一人暮らしの人たちを、もうとにかく、避難させないといけないから。んで別れて、手分けして。まあそういった行動をとろう、ということで、家内は4丁目の方に行き、私は3丁目の方に…貞山堀のほうに、こう戻ってきた…』

ナレーション
「この地域で75歳以上のお年寄りのいる世帯を色分けした地図です。
391世帯中、4割を越えています。
橋浦さんたちが向かったのは、こうした高齢者の家でした。

3・4丁目では、津波の危機が迫る中、お年寄りを救おうとする人が数多くいたことがわかっています。しかし、その行為が悲劇を生みました。少なくとも7人が避難誘導中に命を落としました。

自分の命を顧みず、他人の身を守ろうとする“愛他行動”。
災害時、人は愛他行動を取る傾向が急激に強まると専門家は言います。」

広瀬教授
『ごく普通の、我々のような一般の人たちもまた、危険な状況にある人たちを助けようと。災害時にはですね、そういう気持ちと行動が、非常に強くあらわれてきます。
この人を、この人を今助けなければ。この人死んじゃうかもしれない。そういう状況の中では、自分の命がここでなくなっちゃうかもしれない、っていうことは、あまり考えませんね。考えないで、その助けるという行動に集中するわけですよね。』

ナレーション
「午後3時15分頃。
高齢者に声をかけてまわっていたうちの一人が5分たっても10分たっても動かなくなりました。一人暮らしのお年寄りを避難させようとしていた橋浦さんでした」

橋浦さん
『ここに平屋の一軒家が…。吉田さーん、吉田さーん、って言って、こうやって、戸を開けるよーって戸を開けて。そしたら中でぽっと座って。こう…ひとりで。ぽつんとしてたんですよね。まあもちろん電気もないから、ほらねえ。ぽつんとして。で、なんか小さなお人形さんをだっこしてて、いたんですよ。ここに。待ってたんですよ。で、吉田さん、もうだめだよ、もう、津波来るから、危険だからもう、公民館に行くから、一緒に行こう、とお話したんですけれども。何度も話したんですけれども、行かない。と。いいわ、と。私はいいんだ。と。…言うけどまさか置いてもいけないので…』

ナレーション
「83歳のこの女性は夫に先立たれ、訪れる身内もなく、近所付き合いもほとんどありませんでした」

橋浦さん
『でも置いていけないよねえ…? ひとりぐらしの、身寄りのないおばあちゃんだしさ。誰かが、家族が来てくれるとかね。そういうのも来ないってもうわかってたし。誰もいない、っていうのわかってたし。だからもう、私達が連れていかなければもう多分ここで死んでしまうと思うし。でもやっぱりそういうのできないし、やっぱり…』

ナレーション
「橋浦さんはあきらめませんでした。すでに避難しようとしていた妻のトヨ子さんを呼び止め、二人でふたたび女性の家を訪ねたのです」

橋浦さん
『女房は怒鳴り散らすようなタイプではないんで、あの、せっぱつまってぎゃあぎゃあ言うようなタイプじゃないんで、まあ、普通に、冷静に、とにかく話はしてましたね。かえってその方が聞いてくれると思ったのかな。
まあとにかくここも水に浸かるよ、と。もう、みんな水没しちゃうんだからだめだよ、と。死んじゃうよ、ということで、まあお話はして説得はしたんですけれどね、それを…最後、いいんだ、もう、おらどうなってもいいんだ、とは言われたんですけれども。まあ、たぶんずっと一人暮らしだから、多分…自分はもういいんだ、っていう気持ちもあったのかもしれないですよねえ。おばあちゃん。まあ、そうだとしてもまさかね、置いていけないし。まあとにかく連れていこう、と。
もしそこで置いていったら、一生心に残りますね…置いていけなかった。』

ナレーション
「結局、説得は20分以上続きます。女性がようやく説得に応じた時、時刻は午後3時35分になっていました。
津波の襲来まであと20分ほど。愛他行動にかられた人々はこの後も最後の瞬間まで避難誘導を続けるのです」

広瀬教授
『これはもう本当に悲しいことだと思いますけれども、ただ、これをですね、美談ではあると思いますね、だけど特別視してはいけない。
災害の中では、助けようとしてですね、自分が災害に巻き込まれてしまう。そういうケースはしばしばあるわけですよね。で、そういうことが、あるんだということもですね、我々は肝に銘じておく必要があって、それを我々の中の、この災害の教訓として、考えるべきだと思いますよね』

ナレーション
閖上犠牲者はおよそ700人。その中には、他の人を救おうとして失われた命が数多く含まれていたのです。

[午後3時30分 津波到達まで25分]

地震発生から45分が経過した、午後3時30分頃。海岸から1.3kmほど離れた閖上公民館には数百人の住民が避難してきていました。
名取市では専門家の想定を元に、津波ハザードマップを作成。避難訓練も行っていました。
閖上地区の避難所は3カ所。大通り沿いに、公民館・中学校・小学校と集中しています。
想定では、津波はこれらの避難所までは来ないことになっていました。しかし、今回津波はその想定を超え、この三つの建物の1階部分まで完全に水没してしまいました。

調査の結果、最も犠牲者が集中したのがこの場所、公民館と中学校の間だったことが明らかになりました。そこで何が起きたのか。

[閖上公民館]

閖上公民館。鉄筋コンクリート2階建て。広いグラウンドがあります。
荒川美和子(あらかわみわこ)さんは午後3時30分頃、双子の娘とともに公民館避難してきていました。このとき、公民館の中に広がっていた雰囲気を覚えています」

荒川さん
『仲間同士でこう、やっぱ立ち話っていうか、いつまでここにいなきゃいけないんだろうっていう人もいれば、もう家に戻るわ、っていう人もいれば…』

ナレーション
「ちょうどその頃、ラジオから重大な情報が流れ始めていました」

アナウンサー
岩手県の予想される高さは10m以上となっています。宮城県は予想される高さ10m以上です。福島県で予想される高さは10m以上となっています」

ナレーション
公民館長の恵美雅信(えみ まさのぶ)さんをはじめ、避難してきた人々はラジオの情報にほとんど注意を払っていませんでした。

恵美さん
『来た人たちに対応しなくちゃならないし、「こうこうこうしてください」っていうような、来た人に指示いちいち出さなくちゃならないし。だから、あっち行ったりこっち行ったり、ね、しなくちゃならないから。私そのものが一個のラジオの所でじっとこうしてるっちゅーわけにはいかないから、その状況はね』

ナレーション
「この時、息子と母親を乗せ、車で公民館に向かっていた櫻井広行(さくらい こういち)さん。今回も、大きな津波は来ない、と信じ切っていました。
公民館に到着したときのことでした」

アナウンサー
宮城県は予想される高さ10m以上です」

ナレーション
ラジオの情報が危機感に火をつけました」

櫻井さん
『でも未だかつて10mって言葉を、日本で住んでて聞いたことがなかった。だからものすごいこう…頭に残ったっていうか、突き刺さった感じ…だったんで…』

ナレーション
「櫻井さんは大声で叫びます。

櫻井さん
『こっちに向かって、10mの津波くるから高いとこへ逃げて!っていうことを3回言って…(あ、こっちの人たちに?)こっちの人たちに。こっちいっぱい人いましたから。ずーっと立ってて』

ナレーション
「このとき、グラウンドにいた数百人の人々は、思い思いに過ごしていました」

被災者
『いっきなりもう、猛スピードで校庭のド真ん中走ってきて。駐車場とか関係なしに。ド真ん中入ってきて、もうだめだ! って。うん。半信半疑だよね。10m? って』
『うん。そんな、そーんな来るう? って感覚ですよね』
『何言ってんだろ、って思ったんですけどね』
『身内だからね』
『このお父さん何言い出したんだろって』

櫻井さん
『で、誰も動かないんで、とにかく…車そっちの方にいっぱいあったんっすよ、そっちのはじっこから駐車場に。で、情報がないんじゃないかなって思ったんで、車に戻ってラジオ聞け、ってことを2回、喋った記憶がありますね。それでも何も動かなかったんで』

ナレーション
「結局、津波襲来まで公民館のグラウンドに残った人の中から多くの犠牲者が出ることになります。

[午後3時40分 津波到達まで15分]

更に悲劇は広がります。午後3時40分頃、公民館にいた数百人の人たちの間に、根拠のはっきりしないひとつの情報が広がっていきます。

公民館は危ない”“閖上中学校に移動した方がいい”

聞き取り調査からは人々の間に漂っていたあいまいな空気が伝わってきます」

公民館から移動した住民
『だって、出てけろって言われたからねえ。ここの人の言うこと聞かなくちゃねえから、みんな出てって言われて2階からバタバタバタバタみんなもう2階にいた人もみんな出さったから、やっぱ出ねえわけにはいかねえっちゃ?』

ナレーション
「人々は周りの人と同じ行動をとることで安心していました。

“同調バイアス”(判断や行動を周りに合わせようとする心理)

これも、災害時に顕著になる心の動きです。この心理状態がたくさんの犠牲につながることになります。

[午後3時45分 津波到達まで10分]

津波閖上の防波堤の内側に侵入し始め、不気味な渦を作り始めました。
その頃、貞山堀の北の端にある水門に逃げようとしない人がいました。バスの中で地震に見舞われた小齋誠進(こさい せいしん)さん。水門を閉めようとしていた作業員に気がつき、手伝いを買って出ていました。

小齋さん
『電気が止まって、発電機でおろそうって話してまして。私、機械仕事してる経験あって、で一緒に発電機のあった部屋に入って、一緒に発電機をまわしたんですけれども』

ナレーション
「水門3階の窓からふと外を眺めたときでした。小齋さんは奇妙な水の山に気付き、危機感のスイッチが入りました」

『河口から津波が入ってくるのが見えまして。波っていうよりも海が…もりあがってたんですよね。したら、その奥の海も、もっともりあがってたんですよね。もう普通じゃない、です。さすがにそれ見て、逃げようっていうよりも、間に合わない、って思ったんですけど、でも、いちかばちか逃げようって思って。それで慌てて逃げようって思って。まあ、その場にいた水門の操作されてた方にも逃げましょうと声かけて』

自転車にのった小齋さんは貞山堀に沿って逃げます。堀の周りでは20人近い住民が依然立ち話を続けていました。

小齋さん
『今、河口でものっすごい大きい津波を見たから、みなさん逃げましょう。と。みんなに声をかけながら逃げて行きましたね…(相手の反応はどうだったんですか?)いやー、あのう…いやあ本当に? みたいな感じなんですよね…だからあの、ほんとに見ましたよ、ほんっとに来たんですよ、ほんっとにでかいの来たんですよ!! ってかなりしつこく言って、いやそれなら逃げなきゃみたいな感じであの…なんか家の方に向かったりされてた方いましたけど…』

[午後3時55分 津波襲来]

ナレーション
津波閖上の町に到達しました。
小齋さんが貞山堀に沿って走り去ったとき、ここに住む森勝也さんは自宅にいました。念のため家族を2階にうつし、一安心していました」

森さん
『みんなを部屋に入れた後、外へ出て…ちょうど私のウチの階段の脇に窓があったもんですから、その窓ぼーんと開けた時に、あっ津波だ!ということで。横を見たときに、全部横並びで、全部つぶれていくのがわかりました。ええ、その、なんていうか…その押されてなくなっていくっていうか…ああこれで自分も終わりだな、と思いましたね。
私からすれば地獄でしたね。流れていくウチに、2階に人がいる、車の中にも人がいる、見えるけど何もできない、助けて、助けて、って言われても、誰かもうはっきり見えないけど、ああいるんだな、ってことだけわかりますねえ、それでもう何にもできない状態でそのまんま…』

ナレーション
「森さんは流れてきた屋根にしがみつきました。しかし、家族は瞬く間に波に飲まれ、それが最後になりました。

貞山堀沿いを走り、大通り沿いに出た小齋さんは驚くべき光景を目にします」

小齋さん
『車が全部、もう渋滞が始まってて』

ナレーション
公民館から中学校へと向かう通りが大渋滞を起こしていたのです。3カ所ある避難所を繋ぐ片側1車線の道は整然と車が並んでいる状態でした」

小齋さん
『ガラス叩いて、もう車が動けないなら走っていいから、走ってでも逃げないと、もう間に合わないぞって車に声かけながら、歩いている人たちにも、歩いてちゃもう間に合わないから、走れ走れ、逃げろ逃げろ、って』

ナレーション
「危機に気付いた一部の人々は裏道を通って逃げました。それは可能でした。しかし、大多数の人が次から次へと渋滞にはまり、じっと待ち続けました。
人々はまだ“同調バイアス”にとらわれていました。
土煙をあげながら津波公民館や中学校にせまります。

[午後3時57分 閖上中学校から撮影]

津波到達2分前、閖上中学校から撮影された映像です。車が列を作っている様子が写っています。
この道を荒川美和子さんは二人の子どもの手を引きながら、中学校へと向かっていました」

荒川さん
子どもたちふたりに、ママ、お空きたないけど何あれー? って言われて、え、何だろーと思ってずうっと、あの…立って、振り返って見てたら、知らないおじさんとか逃げてる人たち何人かいたんですけれども、あれが津波だ!!! って言われて、ええっ!? って思って、走れー!!! って言われて、走ったんですよ。したら子どもたちまたふたりで振り返って、ママー! って言うから、何、早く走って! って言ったら、下からおうちとか、なんか流れてきてるよ、って言われて。振り返って見たら、がれきとか家とかがもう目の前まですうーっと流れてきてて』

[閖上中学校から撮影した映像]


『逃げて!』『急げ!』『逃げろ!』『おかあさーん』『おとうさーん』『やだー!』

荒川さん
『窓から…もう呼んでるんですよ、みんなが。走ってー! 来てー! とか。もう大勢の人たちが、走れー! とか、こう、わめいてて、手を振ってる人もいれば…首の所を持って、苦しいって言われたけどもう…必死で走りました』

ナレーション
「中学校に飛び込んだ荒川さん。階段には人が殺到していました。1階の奥へと進む他ありません。奥の扉を開けたところ、両側から津波がせまっていました」

荒川さん
『で、そこに降りたときには、両脇から水がわーっと来たから、子どもたちの手を握って、ごめんねえー!!! って言ったら、後ろで、戻れー! って言われて、一段、学校の校舎のほうにあがって、戸をばちんと閉めたときに、ざばーっと水が来たんですよ』

ナレーション
荒川さん親子は奥が階段になっている音楽室に飛び込み、机によじのぼって、危うく難を逃れました。」

荒川さん
「(その、ごめんねえー! っていうのは…それはどういう意味なんですか?)ええっ? 逃げ切れなかったから、ごめんねって言ったんですかね…(もう駄目だ、と?)はい。(もう…どうしようもないな、と、そのときに)そうですね。もう、ここまで来たけど、守れなかった、っていうのがありましたね(うん…)』

ナレーション
「午後4時頃。津波閖上全域を飲み尽くしました。
海岸に到達してからわずか5分のことでした。

妻と20分かけて女性を説得し、避難させた橋浦新一さん」

橋浦さん
『(ため息)ああ…かわいそうなことした…』

ナレーション
「その後、別の人を助けに行った橋浦さんは途中、建物に逃げ込み、間一髪助かりました。
しかし、妻のトヨ子さんは女性に付き添って中学校に向かい、一緒に津波に飲まれました。

橋浦さん
『ほんとに女房にはかわいそうなことしちまったなって…反省…つうかまあ、悔やんでも悔やんでも、悔やみきれないですね…』

ナレーション
地震発生から津波が来るまで1時間10分。そのほとんどを橋浦さんは町の人々を助けることに費やしました。

橋浦さん
『(ため息)(でもその20分間使わないで逃げて自分たちだけで助かってたらまた…)ああ、そうですね。一生悔やみますね。ああやっぱり、心の中にやっぱり背負って生きていかなくちゃなんないでしょうね、多分ね。まあ…これも運命なんですかね、やっぱりねえ…(ため息)ま、自分たちのとった行動ですからね。ま、決して…』

住民5600人の生死の狭間を見つめた今回の調査。“正常性バイアス”“愛他行動”“同調バイアス”。人は、災害が起きた時どう動いてしまうのか。この問題はこれまで避難訓練防災教育などにほとんど想定されてきませんでした。

[名取市新たな未来会議]

震災から半年。名取市閖上の地に町を再建する計画案を発表しています」

名取市職員
津波の防御につきましては多重防御に加えて防波堤の整備が必要なこと、この復興はスピード感をもって実現に全力を尽くすべきであると考える』

ナレーション
「高さ7.2mの防潮堤の建設など、ハード面を重視する姿勢は従来通りでした。そうした市の方針に住民たちは違和感を口にしはじめています」

市民
地震が来た、津波が来る、子どもが心配で戻って行って、途中でやられているんですよ? 例えばここに住まわした場合、津波がやっぱり来ます、そしたら親たちみんな津波が来るってわかってんのに戻っていきます、そしたらこれは絶対被害が出ます』

ナレーション
「失われた700もの命。残された人たちの心の傷。


『守ってちょうだいね』

私達はそこから次へと歩み出す教訓を学び取らなければなりません」

[タイトルコール]
[エンドロール]

kuboshigekuboshige 2011/11/06 21:33 録画したこの番組を見ていたら途中で録画が中止されていました。
先がすごくすごく気になっていたので、このテキストはすごく助かりました。
ありがとございました。

ぎんなんぎんなん 2011/11/25 12:47 文字おこしお疲れさまです。
もし映像で見たい方がいらしたらと思い、リンクを貼っておきます。

NHKスペシャル 動画 「巨大津波 その時ひとはどう動いたか」 TV小僧
http://veohdownload.blog37.fc2.com/blog-entry-11700.html

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