裁判員制度、こころ、恐れては不可せん

◆【裁判員制度】21日スタート 責任感と不安 思いさまざまMSN産経ニュース (2009.05/20)


 裁判員制度が21日、スタートする。昨年、通知を受け取った裁判員候補者は、この日以降に起訴された事件について、裁判所から呼出状が届く可能性がある。「人生の勉強になるかもしれない」「絶対にやりたくない」…。さまざまな反応が聞かれるが、「人を裁く」ということについては、複雑な心境ものぞく。制度をどう受けているか、直前の感想をまとめた。
(後略)


 テレビのワイドショーなんかでは、やれ、善良な市民になんでこんな義務が課せられなければならないのかとか、やれ、どうすれば参加せずに済むかとか、後ろ向きな取り上げ方しかされてないのが裁判員制度だよね。むしろ、いかにこんな制度に関わらずにスルーできるかの虎の巻を教えます、みたいな紹介の仕方をしてるくらいだと思うんだ。でもね、なんかその切り口ってチープというか発想が中学生レベルだと思わないかい。歯医者の予約入れちゃってるので放課後の合唱コンクールの練習は出れません、みたいな嫌なものは言い訳つけて敬遠しましょ、と大の大人が、大のマスメディアを通じて論じるなんてね。


 だからね、へそ曲りの僕は、こういう報道を見るたびに、やれと言われれば、はいはいと言って参加してやろうと思うようになってきたんだよね。もちろん、裁判員としてどっかに呼ばれることにだよ。こういう気持ちってわかるかな。同調しないことがかっこいいっていうホールデン・コールフィールド的な考え方だよ。


 でね、夏目漱石の『こころ』を読んでいたときに、「あ、裁判員制度には参加すべきだろう」と確信したんだ。もちろん、自ら積極果敢に申し出ることはしないよ。さすがに、それはめんどくさいからね。でもね、考え方次第では、自分にとっても大きな勉強になるし、成長にもなると思ったんだよね。

■『こころ』夏目漱石


田舎者は都会のものより、かえって悪いくらいなものです。それから、君は今、君の親戚なぞの中に、これといって、悪い人間はいないようだといいましたね。しかし悪い人間という一種の人間が世の中にあると君は思っているんですか。そんな鋳型に入れたような悪人は世の中にあるはずがありませんよ。平生はみんな善人なんです。少なくともみんな普通の人間なんです。それが、いざという間際に、急に悪人に変るんだから恐ろしいのです。だから油断ができないんです。


 まずね、殺人やそれに順ずる重罪ってのもがまったくをもってして自分とは関わりのない事件とは言い切れないわけだよ。そりゃもちろんできることなら関わりたくないよ、一生ね。でもね、いつ何時自分の肉親や知り合いが、誰かに殺されるか、また誰かを殺してしまうかどうかなんてことは、まったく予想だにできないんだ。そうだろ。小さな揉め事なんてそこらじゅうにあるわけで、それらがすべて丸く収まったり、つかず離れずの平行線で済むとは限らないんだ。ささいなきっかけで爆発しないとは言い切れないだろ。


 でね、万が一そんな事態に陥ったときに、まわりの僕らはひどくパニックになってしまうと思うんだ。だから裁判員制度で、悲惨な事件に遭った被害者なり加害者に触れておくというのは、少なからず自分を落ち着かせる後ろ盾になると思うんだよね。つまり、裁判員に選ばれて、被害者・加害者と同じ空間、同じ時間を共有することで、何かを学び取ることができるわけさ。どうしてこういった事件が起きてしまったか、そして遺族なり加害者の身内はそれからどうやって生活をしているのか、どんなバックアップを受けているのか、どんな心のケアが必要なのか、この人たちは何を訴えたいのか、何を主張したいのか……。心がタフになるはずなんだ、事件について真剣に考え、触れたという経験があればね。僕の言ってることわかるよね。逃げてたら経験値は溜まらないわけだよ。


 よく、とある事件の被害者が「この事件を風化させてはいけない。この死を無駄にせずに、今後同じような被害者を出さないようにしてほしい」みたいなコメントを残すけど、まさにそれだよね。どこかで起こった事件を、「あらあら、嫌だわ」で終わらせずに、自分の人生の教訓のようなものとして身につけていくことは、大きなプラスだと思うんだよね。


 システムうんぬんの問題じゃなくて、どうせやることは決まってるんだから、こちら側の考え方を変えてみようよと思うんだよね。


 まあね、僕がとやかく言うよりかは、漱石先生が端的に述べているよ。だから、それを参考すればいいと思うよ。僕の言いたいことは、この論を元に形成されていると言っても過言じゃないからね。

■『こころ』夏目漱石


私は暗い人生の影を遠慮なくあなたの頭の上に投げかけて上げます。然し、恐れては不可せん。暗いものを凝と見詰つめて、その中からあなたの参考になるものを御攫みなさい。