手巻き時景

2016-05-02

's-Hertogenbosch / Oeteldonk

10:00

一瞬(といっても四日間だけど)の街のお祭り。この時だけは,'s-Hertogenbosch(伯爵の森)ではなく,Oeteldonk(カエル湿原)という街の名前.なにか形を、やることを決めすぎることなく、お酒を飲んで、変装して、マーチングがあって、あとは、積み重ねた誇りとしてのカエルのワッペン.

f:id:junji-urata:20160206193322j:image

f:id:junji-urata:20160206201717j:image

ゆるくても、みんなが集まよwみたいな感じなので。まあでもそういうお祭りがあって、国が小さいからみんなお祭りに帰れる距離にいて,集まってくる。きっと、そういうもんなんだろうなあ、祭りって。そういうのは自分では感じたことないけど、

なにか街に特徴があるわけでもないし、ランドマークもないけど、その空気を共有し、共有する人は仲間だという空気を持つ。ゆるりと。

f:id:junji-urata:20160206195423j:image

f:id:junji-urata:20160206214037j:image

駅裏にある空間は、さすがオランダという感じの機能的な作り込み、水を使った柔らかさと、配した大小の街路、そして駐車場に、採光。ビッグスケールであっても納得する作り込み、これは環境との調和が必要で、これにより、目減りしない(或いは目減りを織り込んだ)作り込み、これは街路と自然の細やかさ(かなぁ)を成す。

f:id:junji-urata:20160206191635j:image

f:id:junji-urata:20160206191059j:image

2016-04-28

Van Nelle工場

12:04

機能美極まれり。というところまでの説明は受けれなかったが。おそらく、機能美といっても、機能の美しさだけでなく、見た目の美しさを含んでいる。それがロッテルダムの街や外側を残した改装に通じているのではないか。

f:id:junji-urata:20160328104337j:image

f:id:junji-urata:20160328104336j:image

見た目が綺麗じゃなければ意味がない。それは、パブリシティ(外からの目)に対する考えや街の誇りとしての美しさの捉え方が影響して、なにが綺麗なのかを育んだ結果なのだろう。もちろん、アジアンな乱雑さを否定することは考えていないが、街の見た目を紡いで、風景を魅せ、アイデンティティーを保つことが、おらが街に繋がり、地産地消につながり、物と人のローカルな循環に繋がっていく。遠くの憧れを超える楽しさを。

ここまで書いていて思ったのは、日本ならではの、口混みではない人づてではない就職が、遠くの憧れの強さに繋がっているかもしれない。中国科挙明治維新の主要藩からの登用が国の真ん中で成功を集めることの羨望を生み、参覲交代や鉄道網の発達が中央への距離を縮め、天下御用達や金の偏在が文化の濃度をならしていった。

それでもバスクは天下のチームを倒せる平等な競技が、誇りを育めたのかもしれない。権力と金の前での鬱憤を目の前ではらしてくれる。相撲に郷土力士はいるが帰ってこない、野球は真ん中に寄りすぎた。

おらが誇れるものと目に留め置ける風景を。自分の職場に誇りのもてる建物を。

f:id:junji-urata:20160328104335j:image

2016-04-25

Basel

14:16

トラム。古くからあるのだろうが、それだけではなく、象徴的に駅前に作り込む。そこからあらゆる方向に数多く伸ばし、優先し、市民の足にする。目に見えることで歩行者も乗りやすく、歩きも促進し、少量しか運べないければ数を増やす。

f:id:junji-urata:20151222182645j:imagef:id:junji-urata:20160328101111j:image

ドイツフランスと接し、スイスとは山で隔てられた街であるからこそ、宿泊客のための交通無料券。これで足を少し伸ばすことができるはず。象徴的なものはないけれど、ちょっとずつ歩いてもらって、たくさんのミュージアムがあって、いることで刺激を受ける街にする、そんな感じ。

f:id:junji-urata:20160328101113j:image

渡し舟の静けさ。威。

f:id:junji-urata:20160328101112j:image

北の街は歩く休む。南の街は立ちどまる。そんな違いはあるのかもしれない。

中と外が形づくる、ハレとケ。中が少し大きくなるのが南の街かもしれない。

トラムの中の学校帰りの子供たちの多国籍さもすごく、この環境で育てば、それが普段になり、受容的になるのだろう。そんな環境はすごいなと思った。

2016-04-13

Leiden

12:25

あんまり歩いてないから、街自体はよくわからなかったけど、、博物館に行った。古くから大学のある都市であることが、博物館の充実に繋がっているのだろう。

f:id:junji-urata:20160328102023j:image

自然博物館は、見せることよりも、子供たちが親しむことをとことん考えた構造。図書館も同じであるが、学ばせるためにはなによりも楽しませることであるということが共有されているんだろうなあ。それは、大学であっても、議論させ、会話させ、作り上げるということになり、紡いでいる。親しませるための工夫は、オランダだけでもないかもしれないが、よーくしゃべる、話すことが楽しい大人を作っていくことに繋がるのかもしれない。

f:id:junji-urata:20160328102022j:image

だまることに美徳があったりする国、それはなんとなく小さい時から刷り込まれ、仮想空間での発露に繋がり、だまって見守る形が失われ、建設的な合意や温かい眼差しが失われていってるのかもしれない。

f:id:junji-urata:20160328102024j:image

2016-04-11

Zeeland

13:19

水との戦いの歴史がある。それは悲劇も呼んだけれど、成功も呼んだ。それでも、まだまだ小さく、時には大きく続く。

大きな枠組みで、徐々に作り上げる、それしか、大きな災害を防ぐ方法はないのだろう。それでも小さくは溢れてしまう。ビルバオもそうであるが、それを織り込んで街を作り、また逃げることを考える。その次の補償はどのくらいまで考えているのだろうか。。

もちろん、逃げるための準備の時間が違ったりするわけで、日本とは違うのだけど、、ひとつひとつ丁寧に向き合わなければならない。

遺構。として活用しやすいものがあったわけであるが、インタビューをみるとそんなにすぐ作られたわけでもないだろうが、いかに引き継いでいくのかは一番大事なはずで、それは地元にという面もあるが、末永く多くの人にという面もあるはず。それを国としてすぐに進められなかったことに残念に思うし、もちろん復興も大事だが、多くの人の記憶に残すための工夫も大事だと思う。そして、未来のための計画や工夫も示していくべきだろう。

場所が定まらないのであれば、仮設でさえよかったのではないか。もちろん、場所のもつ力、目の前のものの持つ力は偉大であり、それは代えがたいわけだか。

==

f:id:junji-urata:20160220125750j:image

(あふれた水を防ぐために堤防のパーツを水で浮かしながら運び,堤防を構築)

f:id:junji-urata:20160220133537j:image

(現在は地面のうねりと組み合わさった建物のように見える)

f:id:junji-urata:20160220125701j:image

(中は空洞のために洪水に関する歴史を伝える博物館として活用)

ページビュー
56211