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助産院は安全?

2011-02-05

ロシアンルーレット、その銃口は誰に?

助産院や自宅出産を選択して母子共に無事だった方は、「覚悟していました」って語るのはよくあることです。私も琴子が生きていたら、そういうことを言っていたのだろうなぁと、自分に嫌悪感を抱きつつ、子供の死を知らない方を幸福な方だと感じるようにも努めています。

妊娠してから何事もなく臨月を迎えて産めるとおもっていた妊娠生活の中で、突如として異常を知る方もいるし、最初から自分の妊娠と出産にはリスクが伴うと覚悟をして挑まれる方もいます。そういう方たちと一緒に少しでも無事に出産が終えられるように、リスクを軽減出来るようにと尽力くださる医師助産師(この場合は勤務助産師と断定するべきでしょうね)、看護師の方たちがいてくださって、結果が出る−そのような場合を「成功」とか、賭けのように表現することには私は全く違和感も反論も抱かないです。でも、自宅出産や助産院を選択することを賭けのように自ら言うのって、「成功しました」みたいに言うのには凄く違和感を感じますし、疑問も抱きます。

分娩場所選びの問題の際に、「私は子供や自分自身の生命の結果に対して覚悟していました、覚悟できていました」って宣言するのって、ロシアンルーレットで遊びました、引き金は自分で引きましたが、銃口は子供の頭にも突けていましたってことにしか私には聞こえない。だって、私がそれを琴子にしてしまっていたのだから。私が助産院で産むと決めたとき、琴子がそれを選んだって言う人いるけど、選んでいないよ。私が選んだんだよ。間違った情報しか得られなかったのも事実だし、助産師に騙されたのも事実だけど、それでも私がその引き金を引いたんだ。そして、その銃口は琴子にだけ向けられてしまっていた。でも琴子に銃口が突きつけられていたなんて、私は知らなかった。そういう私が馬鹿なだけだったということも認めるけど、真実、覚悟なんて出来ていなかった。だから、琴子が死んだことに違和感が生じたし、疑問も感じた。

「私はあなたとは違う、私はあなたような軽い覚悟じゃない」って言う方もいるでしょうね、何処かには。でもそのあなたの腕のお子さんは生きていらっしゃることが多い。それはそれでいいですよ、結果は子供が生きてくれているのだから。だけどね、どうしたって助産院や自宅出産(下手すりゃ無介助分娩)を選ぶのは「ロシアンルーレット」なんですよ。上のお子さんがいて面倒みられないとか、そういう事情もあるし、そういうことは行政含めて改善が必要な問題ですから、それはどんどんと意見してくべきだし。でも、簡単に「覚悟していました」なんて言わないで欲しい。

例えて言うなら『自慰行為』

当時はタイトルだけで叩かれました。でも言い換える必要性をちっとも感じません。ちなみに、今は助産院や自宅出産の問題を考えている日々の中で改善を感じることがあまりにも少なくて、存在、存続するのならば徹底して安全管理に力を入れ、いまだにホメオパシーを手放せないような助産師が何故存在許されるのか等等の問題を助産師自らが自浄していくことが出来ないことにも疑問を感じていますから、この頃よりも違う私もいますけどね。

自分が上手くいったことでお友達に薦めるってことは、「ロシアンルーレットしてみなよ!」って言っていることでして、その銃口をどこに向けているのかをきちんと説明してあげてください。

ふぃっしゅふぃっしゅ 2011/02/09 08:20 「覚悟」って、なかなか口にできることではないと思います。

出産に向けて覚悟された方もあるでしょうけれど、もっと覚悟が必要だった人の話を聞けば自分の覚悟とは比較にならない状況があることに謙虚な気持ちにならざるを得ないと思います。
「そういうことを言っていたのだろうなぁと、自分に嫌悪感を抱きつつ」と琴子ちゃんのお母さんが書かれるまでの思いはどんなものかと。
数年前にこのブログに出会った時の気持ちを思い出しました。
あの頃は、毎日琴子ちゃんのお母さんのブログを読んで、泣いていました。
産科医に委ねるべき分娩でひとりの赤ちゃんを死に至らしめた助産師がいることへの怒り、その過ちに向き合わない助産師がいることへの怒り、同時にいつ自分も判断の誤りで母子を死に至らせるかもしれないことへの恐怖、世の中の出産に対する安易な雰囲気への不安などさまざまな思いがこみ上げてきたのだと思います。

私にも、分娩進行中に死産になったお産の経験があります。
そばを離れたわずか15分の間に、突然赤ちゃんの心音が途絶えました。
お産が重なっていて、第一子のお産が大変だったのでとても不安だとおっしゃるもう一人の産婦さんにできるだけそばにいるために、「もう一人の方のお産が終わったら、ずっとそばにいますね」と伝えて離れた後でした。
心音を確認しに戻った時には、もう赤ちゃんは亡くなっていました。
翌日、お母さんのおなかの中で亡くなった赤ちゃんの出産を受け持たせていただきました。
もう20年近くも前のことですが、お母さんの表情、赤ちゃんの冷たい体、はっきりと思いだします。あのお母さんの思い、今どうしていらっしゃるだろうと思いださない日はありません。

「子供や自分自身の生命の結果に対して覚悟していました」と言うのは、その手で冷たくなった赤ちゃんを抱くことを、あるいは出産時の大出血でご自身が「赤ちゃんを残して死にたくはない」と考える暇もなく意識がなくなっていく状況があることも、覚悟されているのでしょうか。
いや、できなくて当然だと思います。そこまで突き詰められる出産を経験されたお母さん方は、本当に少ないのですから。

人は他の人の体験から学ぶことしかないのだと思います。
とくに母子二人の生命がかかっている出産に対しては、他の人の貴重な経験に真摯に学ぶことは大事だと思います。慎重になることは、それ自体が出産のリスクを減らすことになります。

それでも、「子供と自分自身の生命の結果に対して覚悟を持って、助産院や自宅分娩を決めた」という方がいらっしゃるのであれば、もう一度、その覚悟をその助産師に伝えてみてください。
「分娩時に大出血で医療処置が間に合わなくて死ぬ覚悟もしています」「分娩途中で、医療処置が間に合わなくて赤ちゃんが死んでも自分で受け止める覚悟ができています」から、私の出産の介助をしてくださいと。
たぶん、助産師の方が退くと思います。
分娩介助中に母子の死を体験する助産師は、今の日本では少数です。
体験した助産師は、開業して助産師だけでお産をしようとは思わないことでしょう。
「異常かどうか判断して、異常の場合には医療機関に搬送する」そのような猶予もなく、一気に母子に危険が生じるのが出産だからです。
私の体験は、医療機関でも赤ちゃんを助けることはできないことでした。
それでも多くの出産時の危機は、対応が早ければ早いほど救命率はあがると思います。
助産院は温かく産婦さんや家族を受け止めますというメッセージと引き換えに、医療介入への産婦さん側の気持ちの敷居を高くしてしまうような助産師側の姿勢が、問題なのだと思います。

琴子の母琴子の母 2011/02/11 17:10 ふぃっしゅさん、こんにちは。
いつもくださるご意見には、琴子へだけではなく、ふぃっしゅさんが出会った天使ちゃん達、ママやパパへのお気持ちが込められていて、厳しい言葉であっても温かさを感じております。
本当はこの厳しさこそが、開業する助産師に必要なものだというのに。

覚悟は自分の自由で選べるものではないです。
それは私は琴子から教わりました。
琴子妊娠中にしていた覚悟は、本当の地獄を知らないものでした。
むしろ、リンズやダンジを妊娠中の日々や産むときの方が怖く、今も思い出すと辛いです。

ありがとうございます。

ふぃっしゅふぃっしゅ 2011/02/12 10:54 琴子ちゃんのおかあさん、こんにちは。お忙しいのにお返事ありがとうございました。

今でもあの日のこと、映画の一コマ一コマのように思い出されます。
ドップラーで赤ちゃんの心音が聴こえなくて必死で探したこと。
先生に報告して、すぐにとんできてくださった先生がエコーで確認してくださったその時の先生の表情。
産婦さんと、そばに付き添っていらっしゃった産婦さんのお母様の表情。
私がもう少し何か気をつけていたら赤ちゃんは生きて生まれることができたのではないかと、すっと自分を責めています。周りからは誰も助けられなかったこと、と言ってもらってもそれで納得できるものでもないのですね。
あの頃は分娩介助をすることが怖くて、でも辞めることもできずにいました。
今でもあのお母さんと赤ちゃんのことを考え出すと、涙がとまらなくなります。
当時の私を知る人以外には、この話をしたこともありません。
同じような体験をしても心に封印したままのスタッフもいるかもしれません、私の周囲にも。でも、簡単に世間話をするようには話せることではないのです。
天使ママさんがたがその思いを外に向けて伝えられるまでに、時間がかかるのがよくわかります。同じ思いをした人に出会うのは大変だということも本当によくわかります。

自分が介助している時に産婦さんや赤ちゃんの死を体験した助産師や産科医、小児科医の先生方はどんな思いでいらっしゃるのかなと、時々思います。

助産院や自宅分娩を希望される妊婦さんにお産の厳しさを理解してもらっていますという開業助産師さんの姿勢は、矛盾していると思います。
お産の覚悟を妊婦さんに問うのであれば、医師のいる施設での分娩のほうが安全性において最も良い選択であることは明白ではないでしょうか?
安全性の土台がきちんとしたうえで、分娩のアメニティの部分の改善を図ればよいことです。
助産師が助産師だけで介助することにこだわるから、もっとも明確で大事なことをわかりにくくしてしまっているのだと歯がゆい思いです。
開業しているかたにとっての「覚悟」とは、どんなことでしょうか。

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