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神保町系オタオタ日記

2006-07-20

[] 『『食道楽』の人 村井弦斎』余話(その7)


4 水島幸子、「女だてらに」新聞記者(承前)


女性記者水島幸子については、平凡社創設者の下中彌三郎とも関係があって、『平凡社六十年史』(昭和49年6月)にも名前が出てくる。



[下中彌三郎は]昭和三十八年になると、かねてから希望であった「婦女新聞」に移り、記者として活躍するようになる。(中略)

「婦女新聞」の投稿家の中には、水島幸子(画家水島爾保布の夫人となる)や、石上露子として知られる杉山孝子、晩年下中彌三郎のよき伴侶となった米谷(天野)照子などがいた。杉山孝子は夕ちどり、米谷照子はいそちどり、水島幸子は桂飛桃子の筆名で短歌や小品文を発表し、「婦女新聞」の新進として注目をあつめた。


まだまだ、近代のジャーナリスト、特に女性記者には埋もれた先人が多いようである。「女だてらに」(冗談ですよ)古書展に乗り込む黒岩比佐子さんにこそ、掘り起こしを期待するものである。

HisakoHisako 2006/07/21 08:43 女性記者については、羽仁もと子などを除けば、名前が知られているケースは少ないですよね。掘り起こせるものならやりたいものですが、はたしてどれくらい資料が集まるものか。村井弦斎は明治24年の時点で、女新聞記者をヒロインにした小説『新聞記者』を書いていますが、時代の先取りをしすぎているというか……。

神保町のオタ神保町のオタ 2006/07/21 18:13 一度には資料は集まらないでしょうから、古書展めぐりの積み重ねでためるしかないかも。
『新聞記者』・・・明治24年の時点では、婦人記者って、まだ一桁ではないかと思ってしまうけれど、さすが弦斎というべきか。