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神保町系オタオタ日記

2007-04-29

[] 親バカとしての岩波茂雄


岩波文庫創刊の謎を探るべく野上彌生子の日記*1を見る。


昭和2年5月31日 岩波書店の小林さん来訪。今度レクラムを学んで出すチープセリーズの件につきて。私の伝説の時代を入れることにする。


昭和2年6月27日 伝説時代*2岩波文庫に入れるために春陽堂にも手紙かく。


残念ながら、面白い記述は見当たらない。

でも、後に小林勇岩波小百合(茂雄の次女)の仲人となる野上なので、二人が結婚するまでの経緯がわかり興味深かった。


昭和6年

10月7日 朝小林勇来訪。岩波小百合さんとの交渉に関する件。彼の正式のプロポーズは拒絶された。小百合さんと彼の組合せはさう不自然とは思はれない。むしろ小百合さんがあの事大主義岩波家の空気の中で彼を択んだことは進歩した選択だと云つてよい。小林は涙を出して悄げてゐた。父さんはとにかく機会を見て岩波さんに話さうし、私はまた小百合さんに彼の気持ちを伝へまた彼女の気持ちをきいてあげようと約束する。


10月9日 夜小百合ちやん来訪。小林との気持ちの流通は可也なり久しき以前からのもの。彼女の気もちを岩波氏はひどくカンタンに考えてゐるが、しかし中々根深い熱情を持つてゐる。しかしひどく朗らかで、正しく処女らしい節制を持つてゐる。彼女が来るまへ岩波氏からデンワでいろいろ注文をつけられたのであるが、しかし私たちの気持ちはどうも若い人々を支持し度くなる。


10月13日 帰つて見ると岩波夫人が待つてゐた。例の問題につき意見をのべあふ。岩波夫人は主人ほど一方的でなく可なり迷ってゐるらしい。彼女の選択をひどく誤つたものとも考へてゐないらしい。たゞKの大酒と才気に任せた奔放な生活ぶりに懸念があるらしい。それは私たちよりも長く彼を知つて来てゐる母親の気持ちとしては自然であらうとおもふ。


10月28日 夜は岩波小百合ちやん。例の話。奥さんは私に対する時の気持ちと小百合ちやんに対する時とは違ふらしい。小石川の家の生活は彼等にとつては堪らないものらしい。とにかく気長くやることをすゝめる以外にはいたし方がなかつた。しかしこんな打ちあけ話をするだけでも気がほぐれるらしく、来た時には泣いたやうな顔をしてゐたが、帰る時には勇気を出して快活になつて帰つた。

*1:『野上彌生子全集』第挟第3巻(岩波書店1987年1月)

*2:『希臘羅馬神話』と改題して昭和2年10月に発行