2007-07-06
■[トンデモ] 玄洋社々員横山雄偉 
大正14年12月8日 夜ニナツテ政木氏ガ横山雄偉ト云フ人ヲツレテ来テ有利ナ金ガアルカラ借リテ呉レヨト云フ。ソレヲモ断ツテシマツタ。
とある。
こういう金はうっかり借りてはいけない。横山雄偉という人物は、玄洋社々員として多少知られた人物。大西比呂志「ドン・ブラウンと横山雄偉」(『図説ドン・ブラウンと昭和の日本』有隣堂、平成17年8月)によれば、
ブラウンにとって公式ルートとは別の重要な情報提供者の一人が、横山雄偉という人物であった。横山は、1882年福岡県生れ。国粋主義的な政治結社として名高い玄洋社の社員となり、右翼の巨頭頭山満や後に外相、首相となる広田弘毅らの知遇を得、広田とは「親友で二人で腰弁をさげて福岡から上京をした」という(井上博之氏談話)。上京後は早稲田大学に学び、政論雑誌を主宰して憲政擁護運動に参加、尾崎行雄や後藤新平の側近として活動する一方、床次竹二郎や久原房之助・田中義一らの昭和の政界有力者の間で活躍した。
石瀧豊美『玄洋社発掘 増補版』(西日本新聞社、平成9年8月)中の「玄洋社社員名簿」によれば、横山は「(本名)勇。粕屋郡勢門村出身。独り和平を画策、スパイ容疑で検挙された。戦後、A級戦犯容疑者。蒋介石と親しかったという」とのこと。
追記:『編集会議』8月号に目白のブックギャラリーポポタム登場。どこかで聞いたことがあると思ったら、南陀楼綾繁氏が「小説すばる」7月号の「本屋さんになりたい」で紹介していた。
Hisako
2007/07/08 09:58
アメリカで入手できる明治期の日本人作家の小説の英訳本が少なかった、ということでしょうか……。日本では弦斎の本など、大衆小説としてほとんど重視されていなかったはずですから(笑)。博文館の少年文学シリーズ『紀文大尽』を、どういう経緯で吉田正雄が英訳したのかは、よくわかりませんでした。村井弦斎側の資料に何も残っていない上、英訳本自体もなかったので、アメリカにいた吉田が勝手に翻訳したのでは……などと想像していました。その2年後、日本の有楽社から同じ吉田訳で『Kibun Daizin』が出ているので、そのときはもちろん知っていたのでしょうが……。
神保町のオタ
2007/07/08 17:39
問題は、いつ、吉田という人から献辞を受けたのかですね。開港資料館のブラウン文庫蔵本には何が書いてあることやら。
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