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神保町系オタオタ日記

2018-10-02

[]ようやく解けた謎の宮本三郎サンカ画集』

私には長らく抱えている未解決の謎が幾つかある。そのうちの一つが宮本三郎サンカ画集である。これは、サンカ研究会編『いま、三角寛サンカ小説を読む』(現代書館平成14年8月)の佐伯修「三角寛サンカ小説を読者はこう読むーー読者アンケートよりーー」に出てくるものである。この中で『三角寛サンカ選集』全7巻の読者アンケートが紹介されていて、広島県の81歳の男性が「宮本三郎画伯の挿画にハマリ、サンカ画集も買ったことがありました」と回答していた。宮本三郎サンカ画集なんてあるのかと驚いたのだが、色々調べても実在が確認できなかった。

ところが、先日京都古書会館で開催された「京都まちなか古本市」で見つけた『名作挿画全集』2巻(平凡社昭和10年8月)の目次を見ると、宮本三郎画として三角寛丹沢山悲炎記」と菊池寛「三家庭」があがっていた。宮本のサンカ画集とされるものはこれだろうと思い、早速購入。あがたの森書房出品で500円。気になるのは、想定していたのは一冊全部がサンカ小説の挿絵である画集だったが、本書は190頁ほどの本のうち宮本画は36頁、更にサンカ小説である「丹沢山悲炎記」に係る分は15頁に過ぎない。他は、富永謙太郎、中村岳陵、斎藤五百枝、太田三郎細木原青起、河野通勢の画である。一応老人の記憶違いで本書を「サンカ画集」と表現したとみておくが、国会図書館人文総合情報室の優秀な諸君なら「オタさん、その本ではなくて、こんな本がありますよ」と真相を教えてくれるかもしれない。

なお、本書には附録として『さしゑ』2号が付いていて、宮本の「山窩をたづねて」が掲載されている。これによると、昭和9年三角の山窩物の挿画を頼まれた宮本は、山窩生活を全然知らないので、三角に頼み石神井川畔に住む大利根の元吉というサンカの様子をスケッチに行っている。

いま、三角寛サンカ小説を読む

いま、三角寛サンカ小説を読む

貉 2018/10/07 07:02 朝早くにすいません。戦争画の方から宮本三郎に興味持ってますが、ちょうど日本の古本屋検索してみたら、サンカ血笑記が口絵宮本装幀松野一夫で中野書店で出ています。他にはサンカ奇談とその続編も装幀や口絵で関わっています、たまたま重なったんでしょうけれど。

jyunkujyunku 2018/10/07 07:33 コメントありがとうございます。宮本の装丁本は、かわじもとたか『続装丁家で探す本追補・訂正本』(杉並けやき出版、2018)に90冊あがっていて三角のサンカ本も何冊か入っていることはわかっているのですが、問題は「画集」とあることです。平凡社のがピタリとあてはまらないので、もしかしたら宮本のサンカの挿絵だけを集めたものが存在するのかなあと思ってます。

2016-08-29

[][][]戦時下のユダヤ研究会と丸山敏雄の日記

久しぶりに驚愕の日記を発見。『丸山敏雄全集』日記篇(社団法人倫理研究所)だが、この日記が凄い。増田正雄のユダヤ研究会、田多井四郎治のウエツブミ研究会、契丹古伝などがボンボン出てくる。未知のトンデモ本にも言及されていてたまげました。とりあえずは、第18巻から戦時下のユダヤ研究会に関する記述を紹介。

(昭和二十年)

三月二十四日(土)晴 ユダヤ会 竹秋かへらんかとまつ

一、「神国意識の復古と実践」前半仕上。原氏*1に提出(十一時)。

(略)

◯(略)一時よりユダヤ研究会(ヨミウリ五階)。

二、福来博士、二重性、テレオロギー、戦局と神霊と戦、日と火、太陽と星、剣と蛇、文化。(略)

三月二十五日(日)晴

(略)

◯午後一時半より、ユダヤ研究会。増田先生、戦局、神霊と戦争、支那及日本におや[け]るユダヤ人の研究、よし。

五月十九日(土)曇雨

(略)

妻を伴ひ、読売五階、ユダヤ研究会出席。「独滅亡の因」と其教訓。

五月二十日(日)雨寒

(略)

◯九時より、読売五階にて、ユダヤ研究会(神霊と戦争(二))。増田理事鹿島ダチセン。前[戦]局の前途。

「福来博士」は福来友吉だろうね。「ユダヤ研究会」は、第17巻の「猶太研究会」の注に「四王天延孝(後出)が主宰する研究会」とある。この日記は国会図書館が所蔵する『猶太研究』(国際政経学会)昭和19年11・12月号以降の反ユダヤ主義団体の状況がわかる貴重な資料だ。

丸山は、ひとのみち教団の幹部だった人物。増田とは山本英輔が会長の八光会経由で知り合ったと思われる。第18巻の注によると、丸山の友人石毛英三郎が常務理事を務め、増田は会員であった。丸山も同会の機関誌『八光』に寄稿している。

ひとのみち教団(後のPL教団)と偽史関係者が直接関係したとは思わないが、礫川全次サンカ三角寛』(平凡社新書平成17年10月)にあるように三角も信者で本日記にも名前が出てくる。まあ、色んな名前が出てくる日記である。藤澤親雄酒井勝軍の名も出てくるし。

なお、引用文中の「神国意識の復古と実践」は三菱重工業訓育部から頼まれて書いた文書で、次のような驚くべき記述がある(同全集第2巻)。

(略)文字についても、我国に曾て存した神代文字が世界各地に分布して、支那の鳥跡、蝌蚪の文字となり、アッシリヤの楔形文字となり、エジプト文字となり、インカ帝国の文字と成つたことについての研究は、今急速に進行しつゝある。又言語学よりする民族学・人種学の方向も、スメル族こそ世界最古、中心の民族であり、我国こそその根本中心なることが、次第に明瞭になりつゝある。土俗としても、我がみそぎの風習キリスト教の洗礼となり、仏教の灌頂となつてゐること。

*1:原耕三。三菱重工業本社常務・総務部長。八光会の会員。

2010-08-17

[]姨捨山だった日本女子大学校

正体不明の自笑軒主人による『秘密辞典』(千代田出版部、大正9年6月)を見ると、

[おばすてやま 姨捨山] 小石川豊川町の日本女子大学の異名。不美人が多い処といふ意より来る。

とある。日本女子大学(戦前は「日本女子大学校」)は、昔ブスが多かったらしい。今は、美人が多いようだ(よく知らないが)。

その他、同辞典によると、

[青豆] 昔京都にて朝早く遊郭へ来る客を罵りていふ詞。

[せぶり付き] 山窩の山間又は河原に屯営するもの。刑事又は山窩の用語。

山窩用語は他にも幾つか立項されている。この辞典を田端の天然自笑軒の主人宮崎直次郎が編集するのは無理ではないかと思うが、一方で取引所の用語が多く収録されていることから、元株仲買人の宮崎の執筆かなとも思ったりする。仮に宮崎が関与したとしても、自笑軒に集った文化人グループの合作の一員とするのがもっとも合理的だろうが、それを裏付けるような資料はない。

(参考)2010年8月2日同月5日

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今日は、夜10時25分NHK教育テレビの「歴史は眠らない」の倉田真由美「婚活白書」に黒岩比佐子さんが登場。

2010-07-14

[]島尾敏雄が聞いたNHKラジオ「社会探訪」の「山窩の瀬降りを訪ねて」

『新潮』連載の「島尾敏雄 終戦後日記」が終了。楽しませていただいたが、先月号の昭和25年9月9日の条には驚いた。

昭和25年9月9日 Radioの社会探訪、山窩のセブリを尋ねての録音。突然新聞記者がフラッシュをたいたので山窩の女房怒る。心にしみて残る。

これは、NHKのラジオ番組「社会探訪」で、三角寛がNHKのアナウンサーをサンカの瀬降り(天幕)に案内していたら、無断でついてきた新聞記者らがサンカの女房が裸で箕を修理しているところを撮影したため、女房が怒って鎌を持って、カメラマンを追いかけた事件だ。島尾が、そのラジオを聴いていて、日記に書き残していることにも驚くが、サンカの女房が怒った部分まで放送されていたとは初耳で、驚いた。というのも、三角は『山窩物語』で、

ところが、その放送をきいていて私はがっかりした。もっとものクライマックスである女房が鎌でカメラマンを追った前後、藤倉君*1が小田君*2を呶鳴るところなどがすっかり消されてい、私を編集に立ち会わせてまとめたところを無断で消してある。藤倉君に詰問したら、小田君が重役に土下座をして三拝九拝によって、一生の願いとして拝みたおし、このクライマックスの段までついにカットしたのだという。

と書いている。また、昭和25年8月26日に収録され、同年9月1日・8日の二回に分けて放送されたこの放送は『マージナル』1号(1988年4月)で再録されているが、騒動があったような記述はないのである。しかし、島尾の日記によれば、どうやら、騒動のかなりの部分はカットされたものの、サンカの女房がフラッシュに怒った時点までは放送された、というのが事実のようだ。

(参考)昭和25年8月27日読売新聞朝刊によると、

酔うほどにひろさんのおしゃべりは度を越えて写真班がたいたフラッシュの光に興奮、あわやウメガイ(山刃)が飛ぶかと思われるようなさわぎになつたため三時間にわたる録音もそこでおしまい

*1:NHKのアナウンサー藤倉修一。

*2:NHKのプロデューサー。小田が「社会探訪」でサンカのセブリを訪問することを記者クラブに事前発表したことが、この騒動発生の原因となった。

2010-06-12

[][]三角寛を激怒させた宮本幹也の『魔子恐るべし』

KAWADE道の手帖『サンカ 幻の漂泊民を探して』所収の田中英司「まぼろしのサンカ映画『魔子恐るべし』」によると、鈴木英夫監督の「魔子恐るべし」は昭和29年6月封切り。原作は、宮本幹也の同名の作品で、『東京タイムズ』に28年6月21日から29年7月20日まで連載。桃園書房から29年2月上巻刊行。下巻の刊行は確認できない。なぜか、同年12月大日本雄弁会講談社から上下巻刊行。

三角が福田蘭童「ダイナマイトを喰う山窩」(『別冊小説新潮』昭和32年7月)に対し、自分が創造したサンカ用語を盗用したと著作権協議会に訴えた事件については、礫川全次サンカ三角寛』に詳しい。この事件を報じた朝日新聞掲載の三角のコメントに、「これまでも度々同じケースがあったが、私的に話合いをつけてきた」とあるが、宮本の『魔子恐るべし』もそのようなケースの一つだったことが、伊藤文八郎『紙魚の鼻いき 編集者生活五十年 私的戦後文壇史』(桃園書房、1998年5月)で判明した。伊藤は、戦後鎌倉文庫、博文館、桃園書房、筑摩書房、共栄社などで編集者を務めた人物。同書によると、

神田神保町の古本屋街で、大阪警視庁*1の隠語辞典なるものを買い求めた。辞典の中には山窩用語とおぼしきものがあり、これは作家にとっては珍重される資料のものと考え、宮本幹也に贈った。(略)

次の連載は東京タイムズになるが「魔子恐るべし」を発表。これが山窩小説の創設者三角寛の逆鱗にふれたのである。「山窩用語」を無断で使用したということだ。山窩が怒って、抜き見のうめがい(山刃)を預っているという。

伊藤は、宮本に依頼されて、人生坐の三角を訪ね、詫びを入れながらも、山窩用語は三角の独占するものではないことをチクリと入れたという。最初は、「けしからんよ、宮本という男は。俺は宮本が山窩小説を書いたことはかまわないと思っている。でもな、山窩たちが大変に怒っている。大変にだ」と言っていた三角だが、伊藤が戦後三角に山窩小説を二度執筆してもらっていたという関係もあってか、この一件は伊藤の訪問で解決したという。

他の作家が自分の縄張りの山窩小説に手を出すと、サンカが怒っているとか、「山窩用語」の盗用だと騒いだ三角。雑司ヶ谷の怪人とも言うべき存在の一人だ。

(参考)『魔子恐るべし』は小説としては面白くはないが、ヒロインの魔子はサンカの娘で、「セブリ(瀬降)」、「テンバ(転場)」、「サイギョウ(密報)」、「ウメガイ(山刃)」など「山窩用語」が出てくるサンカ小説である。他のサンカ小説については、2007年6月27日同年8月5日

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京都新聞にも出てたようだが、明日は一箱古本列車の日だ。

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トンデモ本大賞」の日だが、当日券はないらしい。

*1:正しくは、大阪府警察部か。

2009-04-26

[]三角寛と人世坐


名古屋の上前津〜鶴舞間の古本屋は多すぎて、個別の情景は思い出せない。そんな中でも、上前津の海星堂書店で何年も売れ残っていた『日本探偵作家クラブ会報』の合本が印象的であった。さて、同誌の167号(昭和36年9月1日)の土田喜三(世文社社長)「『三角寛さんのお仕事をめぐって』」によると、


去年の夏から山窩小説の三角寛さんとタイアツプして、かつて人世座[ママ]に起つた争議の経過を本にする仕事にかゝつていますが、この秋には上下二巻、各千枚位の原稿を出版する予定です。題は『春闘の騎士は全滅せり』−/略/仕事の都合で、三角さんがその間に挟んで『サンカ社会の研究』という、これも五百枚位の原稿を某大学から頼まれて書くことになり(非公開)、ことの序でに、それもお手伝いしているのですが、これにはまた驚きました。


この『春闘の騎士は全滅せり』は、結局世文社からは刊行されていない。上巻に相当すると思われるものが、三角寛サンカ選集第十五巻の『人世坐大騒動顛末記』として、近年刊行された。三角のこんな裏話の発見だが、これを面白がってくれるとすれば、『彷書月刊』の田村編集長くらいかしら。


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2ちゃんの諸君は本日の日経新聞を買いましょう。猫猫先生が、書評面の「あとがきのあと」に登場しているだす(『東大駒場学派物語』の紹介と顔写真付)。

2008-12-18

[]都島のサンカと志賀志那人


岡田播陽『大衆経』(昭和5年6月)に一文を寄せた一人*1、志賀志那人は、大阪市立市民館の初代館長であった。森田康夫『地に這いて 近代福祉の開拓者・志賀志那人』には、志賀の日誌が収録されているが、その大正13年12月30日の条によると、


都島橋下山窩の人々に餅をくばり活動写真を見せる。六巻を一人でやり、寒さを感ず、竹中君等ハアモニカを演奏してきかす。


山窩」とあるものの、これはただの浮浪者かもしれない。


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最近妙に「おにゃのこ」づいている「誰ぞ」だが、この本は好きそう。竹縄昌『日本最初のプラモデル 未知の開発に挑んだ男たち』(アスキー新書)。


内堀弘氏がカクダンに面白いという「古本屋ツアー・イン・ジャパン」。ちゃんと「本街探偵」に入っていたのね。


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『小説トリッパー』冬号の永江朗「永江堂書店 動物とのつきあい方を考える10冊」で、内澤旬子『世界屠畜紀行』も選んでいた。

*18月7日参照

shomotsubugyoshomotsubugyo 2008/12/18 23:39 おにゃのこといってもかりそめのもんだからなぁ(*゜-゜)
プラモも歴史の一こまになっちまうのかしら… もう子供とか作らんよーになってもうたし…

jyunkujyunku 2008/12/19 06:08 そかそか。お持ち帰りでもしてたかと思ってた(笑