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神保町系オタオタ日記

2011-11-17

[][]小さなものへの視線を忘れなかった黒岩比佐子さん

黒岩比佐子伝書鳩 もうひとつのIT』(文春新書)は、2000年12月刊行。同月27日付毎日新聞が早速「ひと」欄で、「「伝書鳩 もうひとつのIT」を出版した黒岩比佐子さん」を掲載している。そこには、例えば、

防衛庁の人に「こんなことを聞きにきた人は初めて」と不思議がられた

・夫は会社員

・「インターネットのように実体のないものがあふれる今だからこそ、血の通った生身の鳥による通信の歴史が知りたくなった」。連日、昼食もとらず図書館にこもったが、文献は驚くほど限られていた。

・「ハト通信なんていう究極の“ローテク”にこだわるのは時代遅れの人間だからなのかもしれない。でも、周辺からこぼれてしまいそうな小さなものへの視線を忘れずに書いていきたい」

とある。この『伝書鳩』は、伝書鳩に関する話題が網羅的に盛り込まれているが、新書という制約があった。最近出た吉田和明『戦争と伝書鳩1870−1945』(社会評論社2011年8月)は、軍用鳩に関しては決定版と言ってもよいだろう。ただし、次のような不思議な記述がある。

いや、そもそも、黒岩さんは岩田(巌)さんや武知(彦栄)さんの一節をどう解釈して、ここに、「日露戦争は始まると、ロシアバルチック艦隊の回航によって台湾孤立する恐れがあったため、非常時に備えて鳩を台湾へ送って配置している」と記したのだろうか。その台湾に配置された鳩は、「バルチック艦隊の回航によって台湾孤立」したときに、どのように使われるはずのものだったのか。筆者がさんざん悩み、考えてきたことについて、黒岩さんはどう決着をつけたのだろうか。聞いてみたい気もするが、その問題はさておくことにしよう。

「聞いてみたい気もする」というのは、黒岩さんが亡くなっていることを知らないのであろうか。

なお、「あとがき」によれば、吉田氏は、本書の後、『神秘主義宮沢賢治が待望したファシズム』などを書き上げる予定という。

また、吉田氏は、「はじめに」でNHK教育「地球ドラマチック」の「戦場の伝書鳩 知られざる情報戦」を見ていないと書いているが、この番組の放送があることを黒岩さんに教えて喜ばれたことがあった。「古書の森日記」2006年6月30日だが、

1. Posted by 神保町のオタ 2006年07月01日 07:15

7月5日(水)午後7・00〜7・45に教育テレビの「地球ドラマチック」で、「伝書鳩の活躍〜第二次世界大戦の情報バトル〜」(仮)があるみたいです(参考、http://www.nhk.or.jp/dramatic/)。

2. Posted by Hisako 2006年07月01日 11:09

オタさま、いつも貴重な情報をありがとうございます。それはぜひ見なくては……。以前もNHKで、鳩レースの方の伝書鳩ドキュメンタリーを放送したことがあったのですが、誰か鳩好きでもいるのでしょうか? こちらには、全然コンタクトはないのですが。

放送のあった同日記7月5日では、

1. Posted by 神保町のオタ 2006年07月05日 20:52

テレビ見ますた

黒岩さんの監修で大東亜戦争版を作って!?

2. Posted by Hisako 2006年07月05日 21:14

オタさまのおかげで見逃さずにすみました。軍用鳩は軍の機密事項に関わるので、あまり実態がわからなかったのですが、最近になって新たな事実が公開された、と言っていましたね。初耳の話もいろいろあって、面白かったです。

それにしても、ナレーターは鳩が「人間のために命を捧げた」などと言っていましたが、鳩の方では「命を捧げよう」などとは全然思ってもいなかったわけですし、勲章をもらったところで鳩には意味がないし、人間って本当に勝手な生き物ですね。

3. Posted by 神保町のオタ 2006年07月06日 06:26

サイト上のバックナンバー欄(http://www.nhk.or.jp/dramatic/backnumber/60.html)で見られるようです。

4. Posted by Hisako 2006年07月06日 07:56

バックナンバー欄、たしかにありました。ご教示ありがとうございました。

大東亜戦争版”は、証言できる人たちがかなりのご高齢なので、もしつくるとしたら、早くしないといけませんね……。

伝書鳩』はあまり売れなかったようだが、このブログの「2006年4月6日」へのコメントには、

Hisako 2006/04/06 08:11

伝書鳩』の著者です。昨日の相馬黒光のエピソードにも驚きましたが、反ユダヤ主義者と伝書鳩がつながっていたとは! 連日のように目が釘付けになりました。伝書鳩については、知られざる事実がまだたくさん眠っているようですね。続篇が書けるかも……(売れないとは思いますが)。

と書いておられる。小さなものへの視線を大切にした黒岩さんが、伝書鳩のように帰ってきてくれないものかしら。

(参考)「伝書鳩と均一小僧は古本道楽が過ぎてコショテン依存症に!?

2011-10-26

[][]上毛新聞社伝書鳩に餌をやる草野心平

草野心平の『わが青春の記』の「詩への絶望感」に、草野が上毛新聞校正部時代にしていたもう一つの仕事が書かれている。

(前略)大晦日のひるひなか、それは私の日課の一つだったので工場のはじっぽの梯子段をあがって屋根上に出た。そこには伝書鳩の鳩舎がある。私は鳩たちに伝書の技術は教えなかった。知らなかったから。そしてまたその要もなかった。伝書鳩を使う新聞社としての用意も小さな新聞社としては何もなかったから。私の仕事はただ豆をやることだけだった。

伝書鳩ではなく、ただの鳩だったようだが、それでは上毛新聞社は何のために飼っていたのだろうか。

伝書鳩というと、黒岩さんの『伝書鳩』だが、福岡伸一氏が次のような文章を書いていた。

私は黒岩さんと何度かお話する機会があり*1、また温かい書評を書いていただいたりもした*2ので、とても悲しい思いをしました。

その黒岩さんの名著に、『伝書鳩 もうひとつのIT』(文春新書)があります。(略)こういう「発掘もの」こそが黒岩さんの面目躍如たるところです。

ブログ「めぐり逢うことばたち」の「「伝書鳩」が飛び立つものなら」に、

Commented by Atsuko at 2011-04-30 12:20 x

五月の朝のしののめ うら若草のもえいづる心まかせに(萩原朔太郎「旅上」)きままなる旅にいでてみたい季節ですね。

妻と別れて子を連れて郷里に帰っていた傷心の朔太郎と、東京で食い詰めて友人に誘われて越してきた前橋で極貧生活をしていた草野心平は、徒歩数分の距離に暮らし、交流がありました。

心平は地元の上毛新聞社に職を得ます。校正伝書鳩の飼育係でした。

黒岩さんの『伝書鳩――もう一つのIT』読んでみたいです。

とコメントしたAtsukoさんは、その後読んだだろうか。

(参考)「草野心平の前橋時代と煥乎堂の高橋元吉

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アキバで古本合戦!

じゃなかった、「書評合戦 ビブリオバトル首都決戦2011」というのがあるようだ。

10月30日 12:00〜17:00

会場:ベルサール秋葉原住友不動産秋葉原ビル)1F・B1F)

ゲスト:猪瀬直樹わたせせいぞう東浩紀 ほか

*1福岡氏は2008・2009年読売新聞読書委員、黒岩さんは2009・2010年同委員。

*2:「2010年7月11日」参照。

yukunoki-ayukunoki-a 2011/10/27 00:24 わ!見なかったことにしようかしら(汗)
「谷川岳の遭難救助」を読んで、いたく興味をひかれたと申しております。

jyunkujyunku 2011/10/27 06:42 あっ、Atsukoさんじゃなくて、yukunokiさんだ(笑)
群馬県立図書館所蔵の「谷川岳の遭難救助」について、コメントされていましたね。失礼しました(汗)

2011-01-22

[][]黒岩比佐子さんと岡林信康氏

「フォークの神様と鳩」『正論』平成13年12月号によると、『伝書鳩』(文春新書)の刊行により、黒岩比佐子さんは、「鳩ともだち」とも呼ぶべき人脈が広がったという。様々な便りをもらい、その一人が、フォークの神様岡林信康氏だった。同年秋に会うこともできたという。岡林氏は、中学一年の時から鳩を飼い始め、高校二年まで続けたという。氏は、5年前(平成8年)テレビでちらっと鳩を見て懐かしく思い、再び鳩にのめりこみ、21羽のドイツ鳩を飼っている愛鳩家だった。

この話は、平成18年6月4日の岡崎武志氏とのトーク(同月5日参照)で初めて聞いたが、「daily-sumus」によると、黒岩さんは岡林氏からの手紙をもってきていたようだ。この時のトークでは、黒岩さんが生まれた1958年には、他に坪内祐三氏、武藤康史氏、永江朗氏、喜国雅彦氏などの古本好きも生まれていること、岡崎氏が最近「ブ」(ブックオフのこと)で狙っているのは、新潮文庫の日記『マイブック』であることなどが印象に残っている。

黒岩さんのように、伝書鳩に関心を持つ女性は、少ないようで、前掲書を読んで、手紙をくれたのはすべて男性だったという。『三田評論』平成13年5月号の三人閑談(鶴見みや古、黒岩、渡辺茂)「ハトの知恵とちから」によると、

黒岩 なぜか、女性はハトを嫌う人が多い。伝書鳩って聞いただけで鳥肌が立つという人はほとんど女性ですね。この『伝書鳩』という本を書いてずいぶんお手紙をいただきましたけど、全員男性でした。

渡辺 確かにハトを飼っていたのはハト少年で、ハト少女というのはあまりいなかったね(笑)。

TAKESHITAKESHI 2011/01/23 20:43  初めてコメントさせて頂きます。以前こちらでご紹介させて頂きました、村井弦斎で二回学会発表をした名古屋の研究者です(現在は満期退学して伊豆にいます)。亡き黒岩さんにはお世話になりました。只今、「明治の平和主義小説」と題する、矢野龍渓、福地桜痴、遅塚麗水、村井弦斎、木下尚江を扱った博士論文を書いております。完成の暁には、小林秀雄をひっぱたき・・・いや徹底批判する論文も書いてみたいと思っております。なにとぞよろしくお願いします。

jyunkujyunku 2011/01/24 06:34 はじめまして。覚えております。「古書の森日記」の方にもコメントされておられましたね。素晴らしい論文の完成を期待しております。

kokada_jnetkokada_jnet 2011/01/24 18:24 レポートありがとうございました。私も参加したかったのですが、体調不良で断念しましたので・・。
>『宇宙気流』の編集長(誰?)
欠番だったという『宇宙気流』60号を、最近、編集・刊行されたという林芳隆氏(平井和正作品の「林石隆」のモデル)ではないでしょうか。

jyunkujyunku 2011/01/25 06:42 トーク中、名前が出てこない時に、会場からすかさず「谷孫六」と声があがり、ヨコジュンさんが、「今の人は、一の日会、『宇宙気流』の編集長です」と言ってました。トーク中その前に林氏の名前は別の関係で出ていたのに、「林氏です」と説明されなかったので、別の人かと思ってしまいましたが、林氏だったのでしょうね。もっと、よく見ておけばよかった。

広島桜広島桜 2011/01/29 12:43 本日注文していた、横田氏の本をとりに行きました。手に取ると、高校生の頃用いた、数学の公式問題集のようです。最初からではなく、途中の箇所を辞書のように読んでいく気持ちになりました。いや、本当にでたんだ、という感慨です。うれしいです。

jyunkujyunku 2011/01/29 16:29 でましたね。当日、最初、ヨコジュンさんは、あまりしゃべらないという司会の説明でしたが、始まると、よくしゃべっておられました。お元気そうでなによりでした。

2010-07-04

[][]黒岩比佐子古書の森 逍遙』(工作舎)への補足(その3)

書籍コード183は軍用鳩調査委員会編『軍用鳩通信術教程草案』(北林鳩具店印刷所、昭和10年)。これの原型は既に昭和2年6月には完成していたようだ。2007年3月17日に書いたが、井崎於菟彦大尉が、「鳩通信仮教程」を三田村鳶魚に渡している。三田村の日記の一部を再掲すると、

昭和2年6月18日 ○井崎大尉、鳩通信仮教程持参恵与、八重と三人にて天金会食、古本市にも往く。

  7年8月6日 井崎少佐、同鳩夫。

  8年5月28日 ○井崎少佐、満洲へ来る四日出発のよしにて来至、満雄さんの事を頼む。

  8年8月26日 ○山田益次氏・井崎少佐今朝上京、帰るまで一度御尋可申と伝言。

  8年10月14日 ○井崎少佐の妻、及び、満洲行につき暇勾ひ来る。

  10年10月17日 ○ラヂオ聞きたりとて、井崎少佐新京より電報、如何にも其人らしくてよし。

その後判明した井崎の経歴を記すと、

大正12年9月1日 近衛師団司令部の鳩係り将校だった井崎に、特別命令が下り、日光御用邸に行き、東京との鳩通信に当たった(「大震災と伝書鳩」『文藝春秋』昭和32年10月号。執筆時の肩書きは、元通信学校鳩部長・日本伝書鳩協会顧問)。

昭和3年4月22日 陸軍通信学校付軍用鳩調査委員[会]幹事歩兵大尉井崎於菟彦は、熊本師団に属し青島に向うため、野口曹長を従え、軍用鳩を携えて、同月21日東京駅を出発(東京朝日新聞)。

  8年5月31日 「日本伝書鳩協会/陸軍歩兵少佐」井崎於菟彦が、午後6時25分ラジオ(JOAK)で、「日本に於ける民間伝書鳩の今昔」を講話(東京朝日新聞)。

  8年 日本陸軍の鴿通信研究家陸軍少佐井崎於菟彦を満洲国軍の応聘武官として採用し、鴿通信の教育整備をはかった。12年9月11日軍用鴿育成所が寛城子に完成し、鴿の育成と鴿通信士の教育を開始した(蘭星会『満洲国軍』)。

 14年11月頃 満州国軍に情報課が創設され、井崎が課長となる(蘭星会『満洲国軍』)。

この井崎の子供である井崎鳩夫(と井崎鳩児?)が健在ならば、ぜひ黒岩さんに取材してもらいたいものである。

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渋谷のブックファーストでも始まった。

●7月上旬〜ブックファースト渋谷文化村通り店

<『古書の森 逍遥』と明治・大正・昭和の私たち>

『明治のお嬢さま』(角川選書)に代表される、黒岩さんのテーマ「明治・大正期の女性・結婚観」の書籍を集めます。

・場所:地下1F 文芸書コーナー(渋谷区宇田川町23-3 渋谷第一勧銀共同ビル地下)

・開店時間:10:00〜23:00

・お問合せ先:ブックファースト渋谷文化村通り店 03-5459-3531

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ボーナスの出たよい子も、出なかった悪い(?)子も、『古書の森 逍遙』を買いましょう。

古書の森逍遙?明治・大正・昭和の愛しき雑書たち

古書の森逍遙?明治・大正・昭和の愛しき雑書たち

2010-01-31

[]朝日新聞社の伝書鳩を心配する高見順

高見順の日記に伝書鳩ネタあり。


昭和20年1月26日 帝国ホテルの横山氏の部屋を訪れたが不在。四丁目まで歩く。朝日新聞社の上に伝書鳩が舞っている。何か眼をひかれた。

    1月30日 (略)爆撃の被害地を見に行くことにし、地下鉄で銀座に出ようとすると、新橋までしか行かない。(略)朝日新聞社のガラスはみんな破壊されていて、窓から破片を集めたのを掃き棄てている。伝書鳩はどうしたろう。

高見が心配した伝書鳩だが、朝日新聞社は直撃を免れているので、伝書鳩は無事だったと思われる。

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大阪市立中央図書館でIT関係の棚に黒岩さんの『伝書鳩 もうひとつのIT』(文春新書)があるのを見た時、何年か前の黒岩さんと岡崎氏のトーク*1で、黒岩さんが「某書店では、ITの本と一緒に並んでいました。写真に撮っておけばよかった」と言われたのを思い出して、笑ってしまった。しかし、図書館的には通信関係ということで、間違っていないようだ。でも、日本史か、軍用鳩の面を重視すれば軍事関係に置いた方が、しっくりくると思うがどうだろうね。

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ある名簿を見せてもらった。大原竜子は出てこないが、「Wells 実践女子大学教授 東京都港区青山南町五の45」はあった。フローレンス・ウェルス女史だ。

*12006年6月4日でした

ma-tangoma-tango 2010/01/31 19:39 謎のウェルズ女史も人間グーグルに包囲されつつある?
ところで大原竜子は女性なんでしょうかね?玄龍子とは関係、ないか。

shomotsubugyoshomotsubugyo 2010/02/01 00:09 ほかでもない黒岩さんの本をめぐるオタどんの疑問なれば、ちと調べてみるだす(=゜ω゜=)

jyunkujyunku 2010/02/01 06:20 ma-tango氏:大原女史は謎のまま。英米文学の研究者ではなかったか。
書物蔵さん:よろしく頼むだす。

2008-11-22

[]井伏鱒二がリポートする大原漁業組合の伝書鳩通信


井伏鱒二の「外房の漁師」*1によると、


ここの大原漁業組合には伝書鳩を飼つてゐる。現在、七十羽ゐるさうだ。漁師は万一必要だと思ふときにはこれを三羽づつ持つて沖に出る。網が岩礁に引つかかつて潜水夫を入用のとき、または魚の大群に遭つて仲間の船を呼ぶときなどに船から鳩を放つ、鳩も人間と同じく船に酔ふのと酔はないのがゐる。(略)酔ひを醒ましてから漁業組合の鳩小屋に向つて飛んで行く。組合では鳩小屋のベルの音で、直ちに通信に応じる処置をとるのである。


伝書鳩の基本書というか、現在入手できる唯一の本である黒岩さんの『伝書鳩』(文春新書)にも、昭和33年春、千葉県大原漁業組合に協会海洋通信所が完成したことが書かれていた。


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藤原書店の別冊『環』の特集「図書館・アーカイブズとは何か」がようやく出たらしい。


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久しぶりに海文堂書店へ。なぜか店頭で愛媛のみかんを売ってたりする。『佐野繁次郎装幀集成――西村コレクションを中心として』が西村義孝・林哲夫両氏のサイン入りで売っていた。


現代書館のフォー・ビギナーズ・シリーズが生まれ変わって、『民俗学の愉楽』(谷川健一)、『北一輝の革命』(松本健一)刊行。と、『出版ニュース』で知る。

*1:「釣師・釣場」『小説新潮』昭和34年1月号〜12月号。『井伏鱒二全集第二十一巻』所収

HisakoHisako 2008/11/22 18:10 井伏鱒二と伝書鳩ですか! 山椒魚ではなく、伝書鳩の短篇を書いてくれたらよかったのに……(笑)。

shomotsubugyoshomotsubugyo 2008/11/22 23:05 およよ。神戸を散歩しただすか(・o・;) 誰と一緒なのかすら(σ・∀・)σ

神保町のオタ神保町のオタ 2008/11/23 06:20 Hisako:井伏には、中学か、高校の課題図書で『黒い雨』を読まされた強烈な印象が残っています。
書物奉行さん:おっさんは、いつも独男なのじゃ。トンデモ好きの「おにゃのこ」が出現しないかすら。

2008-09-25

[] 小野賢一郎と東京日日新聞の伝書鳩利用計画


黒岩さんの『伝書鳩』(文春新書)に出てくる東京日日新聞による菱田少将の「鳩の講演会」や「伝書鳩利用計画」。東日の記者だった小野賢一郎が関係していたらしい。『明治・大正・昭和』(萬里閣書房、昭和4年4月)所収の「鳩通信の話」によると、


(大正九年)六月二十一日、水戸市に於て鳩通信の講演会を開いた。

中野では陸軍々用鳩調査委員会事務所が出来て、フランスから教官を招聘し研究してゐた時代である。まだ長距離の練習はやつてなかつたが、菱田少将が鳩を携へて来て、東日の屋上庭園から放すや中野の鳩舎に戻つたといふのでビツクリして記事に書いたことがある。その縁故から菱田少将と相知つたのと、本山社長が鳩に非常な興味を有つて奨励されたのが一つの原因、また、私自身が小鳥が好きで少年の頃から鳥や兎を飼つてゐた等々の興味から、通信鳩を使つてみやうといふことになつた。/(略)/この鳩の講演会は諸方でやつた(略)

新聞社が鳩を通信に活用しようと肚を決めたのは実にこの時である。東日でもいよいよ鳩舎を拵へることになつたのは、私が事業課長になつた頃であつた。(略)

始め中野から十番、二十羽を分けて貰つたが、今日ではそれが七八百羽に殖えてゐる


小野が地方部副部長兼事業課長になったのは、大正9年12月。ちなみに、小野は大東亜伝書鳩総聯盟の創立賛成人でもあった。


(参考)昨年5月30日9月24日