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閑人亭日録

2009-06-30

展示替え/撤収

 昨日触れた鈴木棠三「落首辞典」東京堂出版から。

  世の中も洗濯頃になりにけり上は汚れる下は破れる

  世の中を揺り直すのか潰すのか上はぐらぐら下はぎちぎち

  大学を中庸無しに戻されて孟子わけなき論語同断

 江戸の落首が今に通用するとは。鈴木棠三「短歌狂歌鑑賞辞典」角川書店1984年から。小堀遠州が以前に銘品「飛鳥川」にそっくりと感嘆した、先祖から伝わる瀬戸の茶入れを中川喜雲が質入して詠む。

  昨日といひ今日と暮れて飛鳥川流れて早き質(しち)に置きけり

 それを読んだ小堀遠州の返し。

  世の中は何か常なる飛鳥川昨日の質ぞ今日は銭になる

  本歌。

  昨日といひ今日と暮して飛鳥川流れて早き月日なりけり  古今集

 まったく月日の流れは早い。この前展示替えしたと思ったら、もう展示替え。撤収収納を終える。入れ替えに展示する候補作品を倉庫から出す。今度は肉筆画中心。

6月29日(月) 休館日 四方赤良/蜀山人

 昨日の狂歌の校注者、浜田義一郎「川柳・狂歌」教育社1977年には四方赤良の甥、紀定丸の「寄屁無常(へによするむじゃう)」という詞書のある狂歌が紹介されている。

  すかし屁の消えやすきこそあはれなれみはなき物と思ひながらも

「かような経過を見、またこれから幕末までの成行きを見ると、江戸狂歌は四方赤良に始まり蜀山人に終わった、すなわち一人の抜群の才能の発揮がすべてであった、と言って大過ないように思われるのである。」163頁

 その四方赤良の十九歳の作。原文は七言絶句。

  貧すれば鈍する世をいかんせん、食うや食はずの吾が口過(くちすぎ)、

  君聞かずや地獄の沙汰も金次第、かせぐに追付く貧乏多し。

「『世の中にかほどうるさきものはなしぶんぶというて夜もねられず』という落首の作者と伝えられたのもこの時分(天明七年=1787年)だが、彼自身がいうとおり誤伝であって、文筆を捨てた直接の原因ではない。」162頁

 鈴木棠三(とうぞう)「落首辞典」東京堂出版1982年にはこうある。

「では作者は誰か。やはり蜀山人その人だろうと臆測する。自作でなければ、それほどむきになって否認する必要もないわけだといのも一つの理由である。」314頁

 なるほど。鈴木は続けて書く。

「偶像破壊は作家の常であり、その創作欲は、計算とは別個に作動する。筆禍事件に遭遇した多くの作者たちは、こうした理性外ともいうべき創作意欲のほとばしりのいたましい犠牲者であるのが常であった。」

 ブックオフ三島徳倉店で四冊。モリー・マキタリック「TVレポーター殺人事件」文藝春秋1990年初版帯付52円、「世界文学全集43 ソルジェーニツィン『煉獄のなかで』」集英社1972年初版函帯付52円、草間彌生「マンハッタン自殺未遂常習犯」角川文庫1984年初版105円、福田紀一「日本やたけた精神史」旺文社文庫1980年初版105円、計314円。