Hatena::ブログ(Diary)

30代からの脱オタク

2007-07-29

[][][]”否定”のファッション


脱オタクファッションガイドの久世氏からこのようなトラックバックを頂きました。

どうもありがとうございます。


「脱オタクファッションの限界」について


脱オタクファッションのあり方




さて、コレを読んでオレなりに感じ入ったことをつらつらと・・・。



脱オタファッションは「オタクスタイルの否定」という所からスタートしてる。

オタクっぽく見られたくない!」「ダサく見られたくない!」「侮蔑的視線で見られたくない!」等々・・・

その根底には「○○たくない!」という、強い「否定的感情」があるわけだ。

つまり脱オタファッションは「オタクというライフスタイルの表現」の”否定”を起点とする「”否定”のファッション」とも言えるのかも知れない。

氏が、批判を覚悟で敢えて名指しで「オタク定番ブランド」を設定したのも、そうやって「○○はダメ!」と”否定”することで「オタクというライフスタイルの表現の”否定”」を、わかりやすく提示するための手段だったのだろう(ソレにしても、なぜLeeやHanesやckカルバンクラインが槍玉に上がっているのかは今ひとつ得心が行かないんだけど)。

そしてソレは「脱オタファッション」という事を考えると、極めて妥当で、合理的な判断だっただろうと思う。

その意味で「”脱”オタク」とは、まさに言いえて妙ではないか。

そしてオレ自身も、そうやって”脱”ヲタ道に入っていった。

オタクだと思われ”たくない!”」「ダサいヤツだと思われ”たくない!”」等々・・・。

そしてソレは、突き詰めた考えたら「昔のオレに戻り”たくない!”」・・・つまり、オレ自身への否定的感情でもあった。

  




ただ、様々な雑誌や周りの人々を見て思うのは、往々にして人がファッションに興味を持つキッカケというのは「○○たい!」であるということ。

モテたい!」「カッコ良くなりたい!」「いい人だと思われたい!」「○○みたいになりたい!」・・・

その根底には「○○たい!」という肯定的感情がある。

言わば”肯定”のファッションだ。

そして、その「○○たい!」のために、前向きに努力する。

モテたいために服や髪型、メイクにも気を使う。

カッコ良くなりたいために、サーフィンアウトドア趣味を始めてみる。

いい人だと思われたいために、表情のつけ方や話し方等にも気を配る。

キムタクみたいになりたいために「キムタク着用」と書かれた服を買い漁る・・・。

動機がどうであれ、ソコには「○○たい!」ために前向きに生きようとする姿勢が垣間見える。

そしてその前向きさは、多分顔や表情、立ち居振舞いにも必ず影響が出てくるだろう。

そうやって、人はカッコ良くなって行くのかもしれない。



となると、所謂「脱オタファッション」は、普通一般の「ファッション」とは、全く性質が違う物なんじゃないだろうか。

脱オタファッションの持つ「○○たくない!」という否定的感情から来る物は、ファッションというよりもむしろ「他人に不快な思いをさせない(他人から不快な思いをされたくないという否定的感情)」ための身嗜み、社会に溶け込むための適応技術と言った方がいいかも知れない。

つまり、周りに対して自分をアピール”しない”技術だ。

ファッション」は全く逆で、「○○みたいに見せたい」自分をアピール”する”技術だ。

モチロン、全てがそうという訳じゃないけど、大まかに言ってそんな感じなんじゃないだろうか。

ただ、根本がこうも違うと(久世氏の意図はともかく)「脱オタファッション」の中の「脱オタク」の部分が一人歩きをはじめてしまうのも「むべなるかな」という感じだ。

そもそも「オタクっぽく見られ”たくない!”」から始まる「脱オタク」と、「カッコよく見られ”たい!”」から始まる「ファッション」は、相容れない概念なのだから。

そう考えると、「脱オタク”ファッション”」というのは実は適切じゃなく、例えば「脱オタク”行為”」等と言い換えたほうが良かったのかもしれない。



「○○たくない!」から始まった「脱オタク”行為”」と「○○たい!」が根本感情の「ファッション」の乖離。

結局の所、オレの躓きはソコなのかもしれない。

オレの場合、その「○○たくない!」がありとあらゆる物事に及んだ。

スタイルの無い人間だと思われ”たくない!”」「中身が薄っぺらなヤツだと思われ”たくない!”」「流行に流されるミーハー野郎だと思われ”たくない!”」「モテにしか興味の無い恋愛至上主義者だと思われ”たくない!”」そして「脱ヲタだと思われ”たくない!”」・・・・・・。

行き詰まるのも、当然の帰結だろう。

その「脱ヲタに行き詰まった人」の例は、ここにも書かれている通り。

オタクというライフスタイルの否定(それは、取りも直さず「オタクであった”自分”の否定」でもある)の行き着く先が「他人の否定」に結びつくか「自分の否定」に結びつくかの違いなのだろう(余談だけど、オレが「他人の否定」に走らなかったのも「脱ヲタ失敗者、説教坊だと思われ”たくない!”」という”否定的感情”からなんだけど、ソレはソレで別の問題がありそうな感じが・・・。)。

天馬氏が「ファッションは楽しむべし」と繰り返すのも、結局の所ソレは「”自分を”楽しむ」という肯定的感情が大切であるという事なのではないかと、今更ながらに思い当たった。



脱ヲタ道を進む人が須らくこんな問題を抱えるのかどうかは分からない。

全く行き詰らずに過ごす人も居るだろうし、壁にぶつかりまくって右往左往する人も居るだろう。

そして、そうやって行き詰った時に他人を否定するのか、自分を否定するのか、それとも自分の進んできた脱ヲタ道を否定して(「面倒臭いから、もう止〜めた!」ってな感じで)元のオタク道に戻っていくのか、それも人それぞれだろう。

ただ一つ言える事は、今のオレはそんな行き詰まり感をヒシヒシと感じているということ。

脱ヲタの”次”の段階が見えずに、どう進んでいいのか分からなくなっているということ。



・・・今のオレにとっては、ココが重要な岐路なのかも知れない。

Captain-YCaptain-Y 2007/07/29 20:43 一連の記事をずっと拝見しておりました。
自分も「普段家でアメコミとミニチュアいじっているだけの人間が
オシャレのふりしてキャットストリートとかうろついていいんだろうか」
とか悩んだ事もあったんですが、色んな販売員の方や他の客と対話してると、
服もつきつめればオタクの世界でしかないと感じるようになりました。
元々の動機は「他のオタクに埋没したくない!」だったんですけどね。
結局の所、ファッションはアニメや漫画以前から趣味として存在している訳で、
蓄積された経験知が比べ物にならない訳です。
それを少しづつ消化していく楽しみを見つければいいんじゃないでしょうか。
「俺の身につけている物は全て謂れのある物で、自らの意志と計算で
装っているのだ」と思えば適当な格好でも変な自信が沸いてくるものです。

しゅういちしゅういち 2007/07/30 01:48
たびたび失礼します。
このサイト面白かったので巡回先に入れてしまいましたw
暇だな、私(−−;

見事な分析だと思います、
でもこう書かれると、否定のファッションがだめだっていうのもやっぱり否定だよ、
とか意地悪言ってみたくなったりして(^^;

あれから、貴サイト経由でいろいろ脱オタクサイトを見てみました。
脱オタクファッションガイドさんも見せてもらいましたが、
私からすれば、あそこに書いてあることすらやりすぎに感じます。
問題のあるオタクさん(すべてのオタクが該当するわけじゃないので限定します)が改善すべきなのは、
低すぎるコミュニケーション能力であって、
服装は第1印象で引かれない程度で十分、
大事なのは中身だと思います。
そのレベルならファッション雑誌も日サロも不要でしょう。
まあ、私の信条がシンプルライフなので、余計にそう思うのかもしれませんが・・・

コメントに対する対応を見てもk-d-hideはコミュニケーションの面でも問題なさそうですし、
「はい、脱オタク終了、あとは自分のやりたいことやろー」
てな感じでいいんじゃないかと思います。
「脱オタクの次」とか深く考えちゃうから、迷走してしまうのではないでしょうか?

しゅういちしゅういち 2007/07/30 01:56 k-d-hide”さん”です。
いきなり呼び捨てになってた・・・申し訳ないです。

たまたま 2007/07/30 21:45 いつも楽しく拝見させてもらってます。
なるほどー、ファッションが「肯定的」なら脱オタは「否定的」ファッションなんですねぇ。個性、没個性のような。
そしてそんな「否定的」から始まったk-d-hideさんのファッションは今、その二つの中間にあるのかもしれませんね。そしてそこで行き詰まっていると。
知り合いの名言?に「ファッションは取り入れる”程度”のものよ!」といのがあります(汗)当たり前ですが。
k-d-hideさんもこんな軽い感じで考えていったらいいかもしれませんよ。今のk-d-hideさんだったらオタクスタイルもかっこ良く取り入れられるような気がします。

k-d-hidek-d-hide 2007/07/30 23:32 Captain-Yさん:
>服もつきつめればオタクの世界でしかない
そうなんですよね。
マニアックに突き詰めていくと、とんでもない領域に出ちゃいそうな感じです。
ただ、ファッションの場合「見た目に出やすい」分、アニメ趣味よりは色々と恵まれてるのかも知れません。
>「俺の身につけている物は全て謂れのある物で、自らの意志と計算で装っているのだ」
そういう自信を得るために、所謂「ブランド」に手を出すのもありかも知れません。
例えば自分の場合「ポロシャツ?だっせ〜!オヤジだろ〜!」っていう言葉には「何を言う!コレはラコステのポロシャツで、そもそもはフランスのルネ・ラコステが・・・」等と反論出来るようにするための予防線ですね(笑)。
そう思っている時点で全くファッショナブルではないですけど・・・。

しゅういちさん:
>否定のファッションがだめだっていうのもやっぱり否定だよ
それこそが正にジレンマですね。
ただ、やっぱり譲れない一線っていうのは誰にでもありますから、一概に「○○が嫌いなのは”否定的感情”であって、そんな目で物事を見ちゃダメだ!」とも言いきれないですね。
好みはそれこそ人それぞれですから。
>大事なのは中身だと思います。
その中身ってのが、結構クセモノですね。
表立って見えないものだからこそ「外見か中身か」で大論争になるんでしょうし。
自分的には、そんな不毛な論争には巻き込まれたくないですね。
ただ、やっぱり内面は外面に少なからず影響を与えるであろうことは感じています。
だからこそ、自分の格好が「浮いて」しまっている感が漂ってしまうのですが。

たまさん:
>「ファッションは取り入れる”程度”のものよ!」
それもまた、賢明な見解だと思います。
所詮は「着るもの」なんですから、あまりに意味を考えすぎると八方ふさがりになってしまいますね。
>オタクスタイルもかっこ良く取り入れられる
う〜む・・・これは結構難題のような・・・。
うまく合わせた小奇麗なアメカジスタイルがソレに当たるかもしれません。
エンジニアドガーメンツの提案するスタイルが、ひょっとしたら近いのかも。

しゅういちしゅういち 2007/07/31 07:14 むう、書き方が悪かったかな?
ちょっと誤解されているようなので、追加でコメントしてみます。

>表立って見えないものだからこそ「外見か中身か」で大論争になるんでしょうし。
>自分的には、そんな不毛な論争には巻き込まれたくないですね。

そうですね、外見か中身かって論争は私も不毛だと思います。
どちらも必要ですし。
実際中身のある人は、服装もTPOにあわせてちゃんとやってますし。
論争になるのは、中身があれば外見なんていらないという極論を展開した場合ではないかな?
外見だけよくても中身がなかったらてんでだめ、というレベルなら否定する人はいないのではないでしょうか?

と、ここまではファッション以前の身だしなみレベルの話。
で、身だしなみ以上のファッションについてですが、
これは趣味というか、個人の好みの範囲で楽しめばいいと思うんですね。
ただ、「やってもいいもの」だけど、「やらなくちゃいけない」ものではない。
多くの脱オタクサイトを見て思ったのは、
おちゃれにならなくちゃいけないという強迫観念を植え付けがちな内容になってるということ。
それに対して、そんなことはないですよ、必須なのは身だしなみレベルですよ、というのが私の意見です。
おしゃれしちゃいかん、といってるわけではないです。
ただやりたくない人はそこまでやらんでもいいのではということです。

まあ、私のライフスタイルが華美な服装を敬遠するものですので、
ファッション否定派っぽい文章になりがちですが、
そこは酌んでやってください(^^;

あー、それから、この文章はここが脱オタクサイトだという前提で書いています。
ここがファッション追求サイトであったら、こんなことは書くだけ野暮ですね(^^;

k-d-hidek-d-hide 2007/07/31 23:21 しゅういちさん:
>ただ、「やってもいいもの」だけど、「やらなくちゃいけない」ものではない。
まさにその通りです。
ただ、これまでそういった「身嗜み」にすらも全く気を使って来なかった人々に対しては、それくらい「強迫的」な方が身に染みやすいという部分はあるかもしれません。
ただ、そこで「身嗜み」と「ファッション」がごっちゃになってしまうのが、最大の問題でしょうね。
正直「ファッション」レベルまで行っちゃうと、それはほとんど「道楽」になってしまいますからね(自分も友人から「何そんな服ばっか買ってんだよ」といわれても「まぁ、オレの道楽だし」と答えるようにしています)。
あと、ファッションと言う概念が容易に「モテ」と結びつきやすいというのも、問題をややこしくしている要因かも知れませんね(「いい服買ってんだから、そろそろ彼女作れよ」等と、いらぬお節介を受けたことが多々あります)。
そして、いままで「オタク=非モテ」で過ごしてきた人々が強迫観念に迫られて頑張り過ぎちゃうというのもあるように感じます。

ホンダ。ホンダ。 2007/08/04 14:39 コンニチハ! いつも楽しく日記を拝見させて頂いております。
私の場合は貴殿と全く逆で“服ヲタ”から“アイドルヲタ”の世界に突入した人間としては、特攻服やヲタT、シャツインや白いソックスにケミカルジーンズの所謂“ヲタファッション”に衝撃を受けた者です。
さて、貴殿の場合、まだまだ“ブランド信仰”“雑誌信仰”から抜け出せていないようですね。
“ファッションはライフスタイルそのもの”だと思います。サーフィンをやるからサーフファッションであり、キャンプやらを楽しむからアウトドアファッションであり。。。
その辺り、“ライフスタイル=服装”を克服しないと、貴殿の悩みは解決しないのかと思いますが。。。

k-d-hidek-d-hide 2007/08/05 21:19 ホンダさん:
>まだまだ“ブランド信仰”“雑誌信仰”から抜け出せていないようですね。
確かにそうです。
というより、これまで服装に関して拠って立つものが全く無かったもので(ライフスタイルの欠如?)、どうしても「ブランド」とか「雑誌」とかの”権威”に頼っちゃう部分はあります。
その「拠って立つもの」を見つけるのが、次の段階かなと思います。

天馬唯天馬唯 2007/09/05 14:12 k-d-hideさんの書かれている通りでありまして
脱オタ者が大好きなw丸井突撃とかをあえて例に挙げて書きますが
自己「否定」の為に辛そうな、明らかにアウェーに来て嫌そうな顔をして
鬼の様な形相で挙動不審のまま店員のカモになる。
でも、オタクが定義する「一般人」は自己「肯定」の為に
着たい服を着てなりたい自分になるから丸井に行くのであるからして
この時点で絶望的でいかんともし難い差異があるのです。
服だけ同じにしても、根本的メンタリティが異なるのだから
脱オタ者は「一般人様」に溶け込みたくて、オタクに見られたくなくて頑張っても
どこか変な「一般人様とはなんか違う勘違い」になってしまう。
それで恋人も出来なければ、結果も出ないのでオタクを卑下差別する素晴らしい流れになる、と。
逆に、「一般人様」がやりたくもないのに罰ゲームか何かで
アニメイト池袋本店に無理やり強迫観念で突撃させられている様を想像してください。
絶対に滑稽でおかしいですよね?
ましてや、そんな状況で手に入れた作品やオタグッズをその「一般人様」が好きにもならなければ
オタクにもついていけない訳分からん人になるのがオチではありません?
自己否定なんて突き詰めても何も生みません。
「一般人様にバカにされなくなった」と本人が思っているだけで
実は陰で多くの一般人様にバカにされている、なんていう人もいますしね。

脱オタ成功者や、げんしけんのリアル高坂みたいな人って
けして服と外見だけで溶け込んでいるんじゃないんですね。
凄く趣味や自分の世界が広くてオタク趣味もあくまでも趣味の一環なんですよ。
要するに、様々な趣味や自分の世界があるから、様々な人と付き合える。
オタク趣味も、ファツションも、音楽も、スポーツも、レジャーも然りです。
ライフスタイルというと難しく考えがちでしょうし
ライフスタイルの薀蓄というとただのいやらしい人になります。
もっと簡単に、気軽に考えればいいのではないでしょうか?
ロックTを着てみた事がキッカケでロックを聴いてみる。
インテルのユニフォームをファッションに取り入れた事がきっかけでサッカーを見てみる。
ファッションをきっかけに新たな自分の世界を広げていけばいいのです。
服だけでは絶対に行き詰ります。
一般人様はバカだから服さえどうにかすればいい、なんてもんではありません。

k-d-hidek-d-hide 2007/09/07 22:46 天馬さん:
「一般人様」という幻想は、確かにありますね。
自分自身の過去を思い起こしてみたら、多分それは「クラスに馴染めなかった」「運動が出来なかった」「スクールカーストの最下位に居た」等の理由で、結果としてオタクに「成らざるを得なかった」という事が考えられます。
結局そうやって「(オタクである)自分以外はみんな敵!」みたいな状況がオタクの心に残存して「オタク以外の”所謂”一般人」という図式として完成されてしまったのが事の次第なのではないかと考えています。
自分も未だに、例えば会社、あるいはオフ会とかで他の人が和気藹々と、自分の知らない話題で喋っている(ドラマ、ロック、スポーツ等)と「オレはこの場に居てもいいんだろうか・・・」等と、何とも言えない疎外感を感じて落ち込むことが間々あります。
多分そういったコンプレックスが表に出ちゃうと、天馬さんの言う「脱ヲタ説教坊」になっちゃうんでしょうね。

天馬唯天馬唯 2007/09/08 15:51 その「一般人様」という方々にもいろんな人いるんですよね。
それこそ、もといじめられっこで脱・いじめられっこした人もいれば
ホント、様々な人がいるのです。
けして、一般人様=全員恋愛至上主義者でオサレでスクールカーストB以上ではないです。
その定義で「一般人様」を定義づけているのならば、それはただの「世間知らず」。
もっと一般人様を、情報としての記号ではなくて「知恵」として知って接しないと
永遠に「一般人様」妄想から「脱」せないかもしれませんね。

k-d-hidek-d-hide 2007/09/09 22:49 天馬さん:
まず初めに謝ります。どうもすみません。
実はここ数週間、ひどく落ち込むことがあったもので、今の自分には柔軟な考えが失われてしまっている部分が多々あります。
多分、もう少し時間がたって整理が付けば、また今まで通り前向きになれるかとは思いますが・・・。


いろんな人が居る・・・それは十分にわかっています。
いや「分かったつもりになっていました」と言うべきか・・・。
多分これを乗り越えて本当に分かれば、一般人様幻想から抜け出せるかもしれません。

celaeno_wcelaeno_w 2007/09/11 10:32 自己の否定は、危険な諸刃の剣のように思う。
体力・精神力、共に余裕があるときだけ使うべき薬。
劇薬だから、上手く使えば改善を生むけれど、副作用があることも忘れちゃいけない。

「否定」だけに目を向けてしまうと、自分で自分を追い詰めてしまう。

余裕がなくなったのなら、「許容」も必要だ。
せめて自分くらいはね。
それで、余裕が出来たのなら、また使ってみるのもいいけれど・・・

ところで、オタクファッションが嫌われるのは、その外見じゃなくて、それによって想定される内面であることがほとんど。
痛いオタク的な言動の象徴として、オタクファッションがあるわけで。
それから脱するのは、必ずしも格好いい、センスのいい服を身に纏うことじゃない。

自己を変えたいと望んだときに、オタク的なものを否定の象徴とするのは、あながち間違いでもないのだろうけれど、その「否定」が内面ではなくて表面的な事柄だけに向いてしまうと、結局は何も改善しないのではないかと思う。

改善には、大仰な「否定」はいらないと思うんだよね。
自分の中にほんの少し、他人のためのスペースを作ればいいだけのような気がする。

そうやってスネークしてる隠れオタクだって、驚くほど多いしね。w

k-d-hidek-d-hide 2007/09/11 20:37 celaeno_wさん:
>「否定」だけに目を向けてしまうと、自分で自分を追い詰めてしまう。
まさに今の自分が、ちょうどそんな状態です。
自分の外面否定(太っている、服がダサい等)から始まり、しだいには自分の内面否定(オタクであること、彼女がいないこと、マイナス思考な所等)までつながってしまいました。
たぶん、これが副作用なんでしょうね。
>自分の中にほんの少し、他人のためのスペースを作ればいいだけのような気がする。
他人のためのスペースですか・・・。
深すぎて今ひとつピンと来ないですねぇ・・・。

SubSub 2007/11/26 00:32 ファッションだけでかっこよくなろうとするから駄目なんじゃないでしょうか。
内面も外見も、着ている人次第な所はあるでしょうし。どんだけセンスの良い服
を着ようとも、ダサい人はダサいでしょう。
逆に服だけ見れば大多数の人が着こなせないような服を着こなせるセンスを持っ
ている人っていうのは、自分の身の丈をよく知っている人なんじゃないかと
思います。

見てくれや内面はオタクなのにオタクじゃない服装をしようとして、無理をして
「行き詰まり」諦めていく。そしておしゃれな人への卑屈な気持ちは輪をかけて
酷くなる。そんな負のスパイラルに何の意味があるんでしょうか。

k-d-hideさんが例としてあげているA子さんですが、マニュアルに捉われすぎた
極端な例であるように思います。それにそもそもファッションを楽しもうという
気持ちで脱オタクをしていないのだからどちらの立場にしても結果は同じでしょう。なんにしろどちらのサイトもファッションを楽しむきっかけになる事が大事
で、どういう事に気をつけたら良いか(最大公約数)をまず踏まえたうえで、どうやったらより良くなるか(ファッションを楽しむ)という事について知っていくと
いう流れもあるわけで、k-d-hideさんのお話で脱ファッション〜の方法を否定す
る理由にはならないように思いました。

また行き詰まりについてですが、別に万人おしゃれになるなんて事は
ないんじゃないかと私は思います。もちろん釣り人ベストで街を歩くのは
いかがな物かとはおもいますが、それこそ最大公約数のファッションでも
それに捉われすぎずに、いわば「普通」の格好であるだけでも構わないんじゃ
ないかと思います。

そもそものお二方のファッションに対する考え方が違っていて、k-d-hideさんは
脱オタさんに自身のやり方を押し付けているような気がします。それぞれのやり
方があっていいのではないでしょうか。
お二人の立場はいわば「薬」と「サプリメント」のような物な感じがします。

non.credonon.credo 2007/12/05 03:03 初めまして。横槍なんですが、凄く気になるので書き込ませていただきます。


皆さんの言う「スタンダード」とか「普通」ってなんなんですか?


本当に失礼な言い方なんですが、ファッションが「ダサい」か,いわゆる「脱オタ」できてない人に限ってこういう言い回しをよくしている気がします。

しかもそういう人に限って「流行は追わない」だとか「自分の丈に合った物を・・・」とか言ってませんか?


これって矛盾してますよ?


『普通』を広辞苑で引くと「ひろく一般に通ずること」とあります。

つまり、「自分」ではなく「周り」と調和することと同義ですよね?

「普通な服装をする」と言えばそれは「周りと浮き足立っていない服装をする」ということです。

じゃあ、「周りがしているような流行」を追わなかったら「普通ではないこと」になりませんか?

確かに、若者世代で最近流行しているやたら細いスキニーデニムや、SSサイズを着る様なタイトな格好は、一部にはハマっても大勢にはハマらないし、大体おかしいと私は考えている位です。

しかし、流行にはそうした「最先端の流行(一部のおかしな人がやってる場合もある)」と、「5〜10年レベルで顕在している流行」に分かれているはずです。

前者はやる必要はありませんが、後者を無視することは「普通ではないこと」になりませんか?それっていわゆる「ダサい」状況じゃないですか?

もちろんその後者の流行が「自分の丈には合わない」ことがあるかもしれません。

しかし、合うものも勿論ある訳です。私の話をしてみます。


・・・私は20代の男性なんですが、その頃(というか今も)ショートトレンチというものが特に流行っていました。

しかし私は学生の頃からトレンチコートが好きで、マルイに行ってはコートと言えば長いものを買っていました。

理由は簡単です。私はもともとオタだったのでとにかく落ち着いた服が欲しかったからです。目立ちたくなかったし、周りから「ぷっ。格好つけてやんの。」みたいに思われたくなかったからです。

それでいて、ショートトレンチは往々にしてロックテイストを醸し出して、若若しすぎる(=ガキっぽい)、派手かなと思い、避けていました。

しかし、ある時思い切って店員に勧められて試着してみたら、そのショートトレンチにはファーがついていて、上手い具合にしっくりきていて、周りからも大変好評でした。

それ以来「最先端ではないが、かなりの人がやっている流行のファッション」を試すようになり、今では大分ファッションには自信が持てました。

服装に自信が持てたことで、外見もすっきりして好評だったし、他人の負の視線を感じなくなったので、性格的にも明るくなり、それが功を為して彼女も出来ました。

まぁこれは私に限った例なんですが。

だから結論として私が言いたいのは、


1.皆さんの言う「普通」とか「スタンダード」ってホントは自分基準の「普通」とか「スタンダード」で、実は「最先端の流行」も「ここ10年位の流行」も知らない。
だから、周りから見たら実は「ダサい・モサい格好」になってはいませんか?

2.「自分の丈に合ったもの」を見つけるのも大事だが、仕事のオン・オフやお付き合いに合わせたTPOを考えるなら、頑固にならないで流行もちょっと取り入れてもいいのではありませんか?


ということです。

更に蛇足で加えて言うなら、


3.内面だけで評価するような女性は殆どいない。女性はなんだかんだでおしなべて外見で「まず」判断するし、だからこそ自分たちがオシャレ好き。「外見がまとも」の上の内面性ではないですか?
内面だけで評価するような女性がいいなら、自分が見て「格好がダサいなぁ・・・」と思うような女性に的を絞るのが筋。

4.自分が変われば周りも変わる。というより、周りは黙ってても変わらないのだから、今よりよりよい状況にしたいなら、自分が変わるしかない。だから、「あいつの今日の服さ〜・・・」みたいな人の視線は気にせず
ほっとけばいい。変わるんだから視線があるのは当たり前。むしろ「それがどうしたよ?」と思えるぐらいになるべき。

ということです。

ここまで言っといてなんですが、結局「普通」って言っても、仕事場次第で様々ですから、それを踏まえた上で私の意見を取り入れてくれれば嬉しいです。
会社が年配の方ばかりなら、年配の方にも今の流行にも合っていてしかも自分の雰囲気に合う色・柄の服を着てみたり(アーガイル柄のセーター等の所謂プレッピースタイル)するといいかもしれませんね。

※ちなみにこういった知識の90%は私は複数の雑誌をとにかくひたすら毎月読んで得ました。30代の方なら「Gainer」とか「Begin」で紹介されている服装が年代的に合ってると思います。
あと、お顔の雰囲気からは、「COOLtrans」で紹介されている服装もいいと思いますよ。「JOKER」や「Men’s Non-no」やましてや「ChokiChoki」は止めた方がいいと思います。

※マルイ系だろうと何だろうと、思い切って「アウターを探してるんですが、私の雰囲気的にはどんな(形態・色)が似合いますかね」って聞いたらいいと思います。
お店の販売員は、そういった「お客に合った雰囲気の服を選択する」研修を大体受けてますから、大手でやれば安心ですよ。

無礼な物申しになりましたが、私からの意見でした。

non.credonon.credo 2007/12/05 03:36 日記を読み返させていただいたら、もう少し書きたいことがあったので書きますね(笑)

「スタイルの無い人間だと思われ”たくない!”」
→ファッションに気を遣っててもスタイルある人はいますし、やっぱり内面性て外面に現れるんですよ。
だらしない服着てる人ってやっぱり実際だらしないし、緑色着てる人ってやっぱりどこかプライドが高い気がしますし。
嘘だと思うなら想像してみて下さい。k-d-hideさんはDJ.OZMAみたいな格好してみたいですか?したくないですよね?それはやっぱり目立ちたくないっていう心と謙虚さがあるからではないんですかね?
(まぁOZMAは極端ですけど・・・)

「中身が薄っぺらなヤツだと思われ”たくない!”」
→上と被るんですけど、ファッションは内面の表れと言います。やりすぎは勿論ダメですが、やらなさすぎ、ダサすぎはダメです。
少しはやらないと、「中身が薄っぺらに思われる」どころか、「中身が分からない」と思われる可能性があります。

「流行に流されるミーハー野郎だと思われ”たくない!”」
→ファッションに流されるのがミーハーと考える気持ちは、私もありましたから分かりますが、しかし現実として流行に流されない方が問題だと「私は」思います。
少しは流されてバランスを取らないと、他人からすればただ頑固な人にしか見えないかもしれません・・・。


「モテにしか興味の無い恋愛至上主義者だと思われ”たくない!”」
→年齢相応だから絶対誰もそんな事思いませんよ。意外に周りの反応ってドライですよ。「あぁアイツ最近オシャレだよねー」「そうだねー」位のノリですよ。
私もファッションに気を遣って始めはそう否定的になってましたが、いざ逆の立場で見るとホントにそういうの見てなんとも思わないです。
むしろそこから脱オタした人がどう行動するかによりますね。

「脱ヲタだと思われ”たくない!”」
→端的に言うと「何頑張っちゃってるの?」って思われたくないってことですかね?自分もそういう視線を感じて嫌だったことありますよ。
でもこれも上と被るんですけど、そこで過剰に「反応」しなければ皆意外に順応してきますよ。ある種の真剣さが伝わると思いますよ。
あとは、これは私の経験なんですけど、逆にそういう風に言いそうな人とはニコニコして仲良くなって取り込んじゃえばいいんですよ(笑)絶対何も言わなくなりますから(笑)

non.credonon.credo 2007/12/05 03:53 ホント申し訳ないんですけど、これだけ付け加えさせて下さい(笑)

結局の所、「普通の」ファッションなんて私はないと思います。言い方が不正確です。
「派手」か「適度に洒落ている」か「ダサい」の3つです。
脱オタ目指してる方がよく言う「普通」のファッションって、聞いてるとどうも私からすれば正直オタくさ(というか垢抜けない感じ。モサい)を感じざるを得ない「ダサい」感じなんですよ。
「普通」という言い方はまるで「自分は適度に洒落てる。脱オタはしてるんだ」と主張してるだけのように感じます。

あと、脱オタしてどうしたいかはっきりさせた方がいいと思います。ここは濁さないでしっかり目標を見据えるべきポイントだと思いますから。モテたいのかモテたくないのか、など。
自分は純粋に素直に皆と同じようにモテたかったので服装に気を遣いましたけどね(笑)

k-d-hidek-d-hide 2007/12/05 23:33 Subさん:
>ファッションだけでかっこよくなろうとするから駄目なんじゃないでしょうか。
まさにそうです。
服は服だけで存在していない、着る人が居て初めて存在する・・・そんな事が忘れ去られがちです。
と言うより、周りの人間(人間であり、あるいはファッション雑誌であり、サイト、ブログであり)が、ファッションに対してあまりに過大評価し過ぎな感じもします。
まるで「納豆を喰えば痩せる」等と誇大広告をした「あるある大辞典」の如く・・・。
そんな言説に踊らされる(服でモテよう等々)人々が後を絶たないんでしょうね。

non.credoさん:
「普通」と言うのは、実は一番難しいです。
20代にとっての普通と30代にとっての普通も違いますし、新宿での普通と秋葉原での普通と長崎での普通も違う。
「普通」なんて考えてしまったら、出口の見えない袋小路に陥ってしまうでしょう。
そんな「普通」の格好を考える上で、昔のメンクラに載っていたこんな言葉があります。
「いつでも同時代の思慮分別のある人と同じような服装をするように心がけなさい」
何でも、チェスターフィールド氏(あの「チェスターフィールドコート」の考案者!)の言葉らしいのですが、なかなか的を射ているのではないでしょうか。
勿論、これだけ物があふれている今このご時世にはなかなか難しいことかも知れませんが、ある程度の指針にはなりそうです。
本当に思慮分別のある人なら、TPOをキチンと考えて服を選ぶでしょうから。

ただ、オタクであった自分の経験上、オタクの中には「普通」という言葉に対する、拭い難きコンプレックスがあるのは事実だと思います。
これまでの人生の中で「変わり者」あるいはもっと端的に「変人」「キ○ガイ」「犯罪予備軍」等と、幾度にも渡って虐げられてきたのですから、けだし当然の事なのかも知れませんが。
「個性的なのがいい」って言ったって、そういったオタク的個性はむしろ嫌われる、煙たがられる個性な訳であって、そういった人々にいくら「自分にしかない物を大切に」等と尤もらしく唱えたって聞く耳なんか無いでしょう。
みんなと違う、個性的、変わり者・・・そんな自分が嫌で嫌で仕方が無いわけですから。
脱ヲタに際してあまりに「普通!普通!」と連呼するのも、そういった過去の嫌な思い出に足を引っ張られているからなのではないでしょうか(少なくとも自分はそうです)。

non.credonon.credo 2007/12/09 15:40 いえいえ、「普通」が難しいということは良く分かっています。
年代別であるかもしれないし環境別であるかもしれないから広義に定義することは無理でしょう。

しかし、いくら「いつでも同時代の思慮分別のある人と同じような服装をするように心がけなさい」という言葉があっても、これって結局個人の裁量に拠ることが大きく、皆さんのコメントを伺っても「これは普通??」という感覚が起きてしまうのです。

現にオタクな人がこの言葉を聞いても「じゃぁTシャツ+ジーンズは思慮分別ある(=自分or尊敬する人)人がやってるからいいんだ。雑誌みたいなのは派手(だと私が思う)から思慮分別ないからやっちゃ『いけないんだ』」と思ってしまえば、結局自分に都合のいいように肯定するための道具に成り下がります。流行を取り入れるという話以前に『まず』、皆さんのコメントしてらっしゃる「普通の服装」がそもそも「?」で、「自分がこうだと思うからこうなんだ!」という印象を凄く受けたのです。

「普通」は定義できないかもしれませんし環境にもよるから「絶対コレだ!」というのは無いと思いますが、環境一つ一つに対しては「絶対コレだ!」というTPOは有る、と思います。
だから(もちろん自分の考えを取り入れるのもいいですがそれに加えて)雑誌や周りの人などの対外的要素を『もっと』観察・研究して「普通」を描けばいいのではないか?と思います。
だから「雑誌=流行を追ってる」みたいな固定観念はどうかな、と私は思うのです。

あと勘違いされてるみたいなのですが、私は個性的であれとは書いてません。前述の結論の2は、長期的な流行を取り入れたらどうか、と書いているのです。例えばピーコートは昔は奇抜だったかも知れませんが今では常識的と言えます。
ですがオタクな人は絶対知らないだろうし、これを「流行だ」と決め付けて着ようともしないでしょう。
こういった長期的な流行を取り入れるのは「普通」ですし、逆にこれを「普通」と言い切れないのは自分に「普通」の感覚がないか、ピーコートが単純に嫌いかどっちかと言えますよね。

私は始めはピーコート=流行=ダメだと考えていましたが、良く見ると普通に着ている人を見かけるし、何より、どの雑誌でも紹介されていたので、「あぁこれが普通なんだな」と自分の「普通」のダメさ加減知った記憶があります。

因みに私の考える長期的でない流行=短絡的な流行は例えば↓です。
・スキニー
・元のトレンドを凝って作ったような服(丈の長いピーコート、襟の形が変わってるピーコート、色が奇抜なピーコート)
・メンクラで何故か取り上げられまくる日本の柄を取り入れた服



こういったもの『が』個性的と言うに値するんじゃないでしょうか。

k-d-hidek-d-hide 2007/12/13 23:06 non.credoさん:
>「自分がこうだと思うからこうなんだ!」という印象を凄く受けたのです。
皆様の事は良く分かりませんが、自分自身は「自分はこう思う」としか言えません。
何故なら、自分は自分の中にある事でしか物を語れないからです。
それだけ、視野が狭いという証左なのかも知れませんが・・・。

自分が考える「普通の格好」というのは、街の中で「浮かない」格好なのかなと(「浮く」というのは、他の人々と比べて「浮く」というのと、似合わない格好をしてチンチクリンになってしまって「浮く」の、両方の面があるように考えています)。
ただ、これは非常に難しい事でして(地域性、年齢層等々、様々な要因が複雑に絡み合っている)、そういった周りの人々の雰囲気や言動をキチンと吟味できる目を持たないといけないでしょう(当世風に言うなら「KY(空気読め)」でしょうか)。
ドレスコードが明確だったチェスターフィールド氏の時代ならまだしも、今このご時勢にそれは至難の業だと思います。
だからこそ、なるだけならそんな自分の考える「普通」を人に押し付けないようにはしているつもりではありますが、それでもついポロリと出てしまうとしたら、それは自分自身の性格の悪さに起因するものなのかもしれません。

魅剣 凪魅剣 凪 2008/03/11 20:54 ちょっと最近気になってファッションいじりしてる30代です。
調べてたらここにたどり着きました。
いま、自分はミュージシャンとして生きていくために修行中の身ですが、10年前オタクしていた関係上気になってました。
(典型的なオタファッションしていたわけではないんですけどね…汚くないのだけは心がけてました)

「脱オタクファッションガイド」を軽く立ち読みして愕然。
メタル系では当たり前だったクロスペンダントがオタクアイテムとして書いてあって、「どうすればいいんじゃ!?」と逆に悩んでしまいました。
しかも、単色系やめましょうとか…
仕方ないのでおとなしめに最近のお兄系で使えそうなのチョイスしてやってきたわけですが、やっぱり引っかかる。変なことになってないだろうかと妙に心配してしまう自分を止められない。

本日、ここの内容と、著者の方の見解見て、かなり落ち着きました。

あ、やっぱり全部が全部じゃないんだと。少し救われた気持ちです。

試行錯誤楽しむように行ってみます。

なんか、同じようなこと悩んでいる人がいると思ったらホッとしました。
すごく気が楽になりました。どうもありがとう。

k-d-hidek-d-hide 2008/03/13 21:23 魅剣 凪さん:
>メタル系では当たり前だった・・・
おそらくあのサイトは「本当にそのスタイルが大好きだからやってる」人は、対象外にしていると思います。
カッコイイとは何かがわからず、ただ「これならカッコイイだろう」と勘違いして、バックボーンやスタイルを理解しないまま安易に取り入れる事の危険性を指摘したかったんじゃないかなぁと。
なので、ホントにメタル系とかそのミュージシャンとかが大好きでそのスタイルを取り入れているのなら、何も心配することはないかと思います。
それはもう個人の好みの範疇ですから。

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