k-takahashi’s 雑記

2012-06-15

[]寧々さんと結婚できる日が来る前に

先日、オバマ大統領が同性婚を支持する発言をして、一部で話題になっていた。

同性愛自体を害悪視する人を別とすれば、「そんなの本人同士が勝手に結婚したことにすればいいんじゃないの?」というのがまあ普通の感覚であって、私も「なんで、結婚などという古い形式にわざわざこだわるのかな?」と不思議に思っていた。

実際、同性カップル養子縁組などの枠組みを使って家族として暮らしてきたわけですから。


何年か前、この疑問に対する回答をどこかで読んだ。正確な再現でないが、こんなケースを紹介して必要性を説明していた。

AとBが同姓カップル。A親は反対したが、AとBは養子縁組を行い、家族として同居していた。(事実婚状態)

ここでAが交通事故で昏睡状態になってしまった。延命治療を続けるかどうかでBとA親の意見が対立。

結論は、Bにとって不本意なものとなってしまった。

配偶者と親であれば配偶者の意見が優先されるが、親と孫であれば親の意見が優先されるからであった。

こういった悲劇を避けるためにも、同性婚は認められなくてはならないということを解説していた。

確かに、遺産相続でも配偶者は親子より強い権利を持っている。本人同士の合意に基づく強い権利を求めているのであって、結婚という習慣にこだわっているのではない、問題解決の際の法的裏付けの問題である、というわけだ。なるほど、と思った。


もちろん、ここには論理の飛躍があり、その法的裏付けが結婚である必然性はない。二者間で現在の配偶者と同等の権利(および責務)を有することができるような相互後見制度みたいなものでよいはずだ。

もっとも、同性婚の支持者はそれを「結婚」と呼ぶようになるだろう。(以下「」付きで表現)


「結婚」のポイントは、法的な権限責務の規定と生物学的な繁殖とを切り離したところにある。現在の結婚は、繁殖及び繁殖に繋がる性的関係を事実上前提としている。その繁殖に関わる部分を切り離せば、繁殖のための制約と無関係に「結婚」ができるようになる。性別の制約は繁殖のためのものであるから、繁殖と切り離せば性別の制約を付ける必要が無くなる。性別の制約がないのだから、同性婚が認められるという理屈だ。


さて、繁殖と切り離す以上は、年齢や血縁関係による制約も取り払われることになる。これらが現在禁止されているのは「生物学繁殖」に関わる理由からなので、その理由がなくなれば幼児婚や近親婚を否定する根拠はなくなる。となると幼児同士や幼児成人間で「結婚」を結ぶこともできるようになるし、近親者と「結婚」を結ぶこともできる。そもそも歴史を振り返れば、同性婚よりは、幼児婚や近親婚の方が事例は多いのだし。性的関係を完全に切り離せるかどうかはともかく、こうして「結婚」は広がっていくだろう。


現在の欧米には、自分のペットを養子にしている人がいる。生物学的な親子関係は無く、財産や身分(安全)の確保が目的の親子関係である。それが認められるのであれば、当然ペットとの「結婚」も認められることになるはずだ。

ペットが認められるのであれば、当然ペットロボットだって認められなくてはならない。人との関係という観点から言えば、ペットロボットはモノよりはペットに近いから。そしてペットロボットが認められるならば、アンドロイドだって当然認められるだろう。

アンドロイドやペットロボットソフトウェアで制御されている。ハードとソフトとを不可分のものとするか、分離可能なものとするかは議論があるし、コピーされたソフトウェアをどうするかは難しい課題だが、通常の合法的範囲においてはハードはソフトに結びつけられ、コピーガードがかかるだろう。よって、通常の合法的範囲においてはソフトウェアアンドロイドと同等に見なすことができるはずで、とするならば、ソフトウェアとの「結婚」も認められるだろう。


ということで、はれて寧々さんと「結婚」できるわけです。同性婚を認める議論の先には、こういうバラ色の未来が待っている(かもしれない)わけですから、紳士の皆さん、頑張りましょう。


もっとも、「バラ色の未来」の前に、婚外子の待遇をきちんとするのが先とは思いますが。

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