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2008-02-03

夜行バスはJRバスがいっぱいぽかったので楽天トラベルで探した「旅の散策ツアー」とかいう川口君曰く日光とか伊豆とかに連れて行かれそうな名前の会社の3列シートの割と快適そうなやつにしたら、河野円さんに(チラシのプロフィールの)写真とぜんぜん違いますね、と言われ、神田聡さんや河野さんたちには、B-BOYが来ると思われていたらしく、神田さんにいたっては友人にB-BOYってどんなのと問われて私のこの写真を例に出したそうで、身に余る光栄である。ありがたき幸せである。行きのバスの集合時間はたしか22:35で出発がその15分後の22:50だったはずで、その前に無料配布の「小田寛一郎がyoutubeで、いろんな人が唄うMr.Children「しるし」「抱きしめたい」を聴く」(音が入った)CDRを焼いたりパッケージを印刷したりフロに入ったり、爪切りと髭切りを断念したりしていて、チラシのプロフィールの写真は、誕生日に姉が買ってくれたジムフレックスの外側がフワフワであったかいパーカーの帽子部分(?)をかぶってそのなかに髪の毛をぜんぶ入れるとなんだかスキンヘッドか坊主みたいに見えるのが好きなので、そういうものになっていて、以前勤めていた会社の社員旅行のときにつくる冊子のプロフィール写真もパーカーは違うものだけれど同傾向のものにした。3列シートの割と快適そうなやつにしたはいいものの、行きはいまいちどのくらい座席を倒していいのか分からなかったためか、寝ているのと目をつぶっているのを行き来するし、京都駅で乗って来た若いといっても30代後半の夫婦っぽい2人組の若旦那の方がいったんバスに荷物を置いてトイレと言って外に出て行って発車ギリギリに戻って来たため奥さんに怒られつつも手にはコンビニ袋を持っていて、何かと思いきやカレーを食べだして夜行バスでカレーを食べはじめてちょっとウケたのだが、奥さんも同じ気持ちのようで最初は怒っていたがそのあとは忍び笑いを漏らしていた。割と急いだ気持ちで家を出たからか、いや雨が降っていたからだと思うけれど、梅田までの電車のなかでいまからのバスの旅を思うと面倒臭い気持ちになってきたりもして、家から持って行ったビニール傘はループライン到着までよく働いてくれて、その後の余生は12日に宿泊させてもらった平間君のアパートの2階の平間君の部屋の玄関前の柵というか壁とまではいかないが鉄の骨組みにトタンみたいな風よけがついている柵以上壁未満を構成する横棒に持ち手をひっかけてぶらさがっている平間君のビニール傘の隣で過ごすことと思う。12日のイベント後はループラインで11時くらいまで、炒め物や豚汁ないしは煮物を出していただいて、それらを食べながら話していて、あまり時間は気にしていなかったが、その後ループラインをおいとまして代々木の方で飲むらしい吉村さんと直嶋君とKさんと神田君と古立君という5人組のリーダー格の吉村さんが12時くらいまで飲むけどと言っていたので、たぶんループラインを出たのは11時くらいだったのだろう。代々木組の5人と別れた帰宅組の川口君、平間君、私の3人は千駄ヶ谷の駅に向かうが、今回は吉村さんとゆっくりはなせなかったのでちょっと無理してでも行けばよかったなあと千駄ヶ谷の駅に向かう途中ですでに思っていたが、銭湯に行ってゆっくりしたくもあって、とはいってもこれを書いているいまは行けばよかったかなあと改めて思うが、平間君のアパートの近くの1時までやっている銭湯に行くと、番台のおじさんが江戸っ子っぽくて怖かったので礼儀正しくお金をお渡しして、更衣室に入り服を脱ぎながら平間君に目があまり見えないというか夜になると目が疲れるというはなしをしていると右の方から、視力?、という声が聴こえてきて、そちらを見てみると、更衣室に入った時点で気付いてはいたけれどとりあえずそっと触れないように触らぬ神に祟りなしという判断をしていた、3、40代くらいの多少くたびれた顔つきのわりに年齢不詳でもあるモヒカンっぽい髪型で金髪でもあったような気もする風呂上がりなのになぜかぼんやりと(服が?)臭う男性がどよーんとした目つきで服を着ながら話しかけてきていて、視力?、という言い方の感じからして大丈夫そうでもあると思ったがそれよりもはなしかけられたらはなさないといけないという理由の方が大きいが、まあはなしたらはなしたでなんとかする自信はあるので、目が悪くなってきてるんですよ、ブルーベリーがいいよ、あー、サプリメントとかありますもんね、おれサプリメント嫌い、ブルーベリージャムがいいよ、ブルーベリージャムならパンにぬって食べてますよ、パンにぬるともったいないから爪楊枝で食べるんだよ、ポケットに忍ばせて、というような会話をしているあいだ平間君は無言でなおかつ先に風呂場に向かってしまったので、それじゃあ、と言って私も風呂場に向かう。この銭湯の湯船はひとつの大きい湯船のなかでブクブクとジェットバスと電気の3つに分かれていて、ただお湯が入っているだけの部分がなくて、それはそれで珍しいが湯船が狭いし、髪を洗ってシャワーで流していたらものすごくギシギシになってきたのでいったんは、東京の水のせいか!?と思ったのだが、よく調べてみるとボディシャンプーで髪を洗ってしまっていて、シャンプーとボディシャンプーに共通する「シャンプー」という文字だけを見ていたような気がする。平間君の家では「小田寛一郎、ミスチルを聴く」と松本人志さんのラジオを録音したMDとこのまえのヴァンデルヴァイザーウィークエンドで買ったというラドゥ・マルファッティのCDRレーベルb-boim recordsのヴァンデルヴァイザーのサイトにあるオフィシャルサイト(ページ?)のカタログリストにもまだ載っていないっぽい13番の作品を聴いて寝るときにもラドゥのはかけっぱなしにしていて、玄関と合体しているかのようなキッチンを通って部屋に入って2歩ほど行った右に3段くらいの本棚があって、そのまま5歩ほどまっすぐ行った部屋の突き当たりにも4段くらいの本棚があって、入り口近くの方の本棚にレーモン・ルーセル「ロクス・ソルス」があったのでこれ面白いよね、というはなしをしたあとに、今日のイベントについて話していると、最後にやった2回目の全員での演奏について、「ロクス・ソルス」で科学者カントレルが自身の発明品をひとつづつ紹介してまわるように、順番に、この人はベースの弦にビンを載せてE-BOWで弦を揺らしていて、この人はミキサーからイヤホンで音を出していて、この人はスピーカーの上にコンタクトマイクを載せていて、この人はキッチンタイマーを机に並べていて、この人はテープレコーダーをプリアンプやミキサーに通していて、この人はヘッドフォンとマイクスタンドの前で座っていて、この人はイスに座って声を出したりしていて、この人…はイスを残してどこかに行っていて、というふうにてんでバラバラで、かつひとつだけ誰も座っていないイスがあるのに慣れてしまって変だった、というようなことを平間君は言っていて、この空いたイスは私のイスで、私は演奏が始まってすぐに3分くらいでステージ裏というのか物置きスペースに行ってしまったので、なんというか空いたイスがあるのが当たり前になってしまって変だった、ということを平間君は言っていて、私はこの2回目の全員での演奏で歩き回ろうとか決めていたわけではなくて、とにかくなにか変えなくてはいけないとだけ思っていて、そういう心構えだけしていて、そうしたら、なんとなくイスから立ち上がってなんとなく裏に行ったのだけれど、なんにも考えていなかったわけでもなくて、演奏開始後すぐに小さめの風船を空気入れで膨らませてどんどん空気を入れ続けてバンと割ってからしばらくして立ち上がって裏に向かうときには、シュッシュッシュッシュッ、バンを一回目の前で見た観客は、直接見えないところでシュッシュッシュッシュッが聞こえてきても私が風船に空気を入れているところを思い浮かべるかもしれないし、シュッシュッシュッシュッに続くであろうバン!に備えるかもしれない、ということを考えていて、ステージ裏の物置きスペースで、すぐに割るのもなんなので間をおきつつ、シュッシュッシュッシュッ、ブロロー(風船を飛ばす)、シュッシュッシュッシュッ、バン!(割れる)をやったあと、さきほどの考えの延長として、トイレに入ってシュッシュッシュッシュッ、バン!とやると、もちろん見えないしシュッシュッシュッシュッも聞こえなくて、バン!しか聞こえないけれど、バン!の前にあったであろうシュッシュッシュッシュッとそれを行う私の動作を思い浮かべるかもしれない、ということがあって、トイレに籠ってこれまたすぐに割るのもなんなのでしばらく間を置いてだいたいトイレに入って6分後くらいにせまっていた21時ちょうどにバン!と風船を割った。そしてトイレから出ると吉村さんがカウンターのあたりに佇んでいて、自分のイスに戻ると吉田さんの足踏みと直嶋君のミキサーの音しか私には聞こえなくて、頃合いを見計らって(その頃合いって一体なんなのかさっぱり分からないが)いくつか風船を割っていると、しばらく前に戻ってきていた吉村さんが立ち上がって、それに応えるように吉田さんが拍手というよりも手拍子をやり始めて、これだ!とひらめいた私はその手拍子に合わせてシュッシュッシュッシュッとやって割と大きめの風船だったのでなかなか割れなくて、バン!と割れたところで吉村さんがありがとうございました、と言って終了した。私はほとんどの時間をステージ裏の物置きスペースとトイレのなかで過ごしたので、そのあいだ何が行われていたのかは知る由もなくて、たまにビンが床に落ちる音とかピーという音が鳴っていたのは壁やドアごしに聞こえたので知っている。物置きスペースとトイレにいたあいだ考えていたのは、いま行われていることがお笑いでいうモノボケの応酬というか、いかに突拍子もないことをやるかの競争というか、キレ合いのようになっていたら、困ったことなあということで、私がやったこともそれに与しているといえばそうだし、もちろんそういうことが表現としてダメだなんてことではなくて、ひとつにはそういうことを受容するための枠組みがあまりないというか生まれにくいからで、演奏者や観客を含めてその会場にいた人たちにそのような枠組みが共有されないと、なんのまとまりも方向性も狙いもないくだらないものを見せられた!(怒)ということになりかねない。なんらかの考えや狙いや期待や思惑や予想を持ってものを見る人には(ふつうはそうで、私もそうだし)、なにも見るところがなかっただろうし、私が客席にいてそういうふうに見ていたら、なんかバラバラな「表現」以前のものを見せられたと思うかもしれない。もうひとつは、枠組みやルールや暗黙の了解そのものを越えあうような、いかに突拍子もないことをやるかの競争というか、キレ合いのようなものは、なにかしら競い合うようにものごとが起きていくので、それをやる人たち同士のコミュニケーションの土台としては汎用性に欠けるというか、そのノリが肌に合わないとかノリきれないとかそもそもノリようがないとかで取り残される人が必ず出てくる。これはやる人と見る人とのあいだでも同じ。いいかえれば、ある枠組みやルールや暗黙の了解によって生成する、感じ方とか見方などのなんらかの性質を持つ体系(場の空気とか?)のなかで、要素(演奏者または観客)と要素(演奏者または観客)が関係することで価値が生まれるのだけれど、そのプロセスを構成する要素(演奏者または観客)が、体系(感じ方、見方)そのものに(自己言及的に?)アプローチするので、要素(演奏者または観客)間の関係という体系(感じ方、見方)も変質するから、要素(演奏者または観客)の性質によっては要素(演奏者または観客)と体系(感じ方、見方)の関係不全も起きてしまうということで、このあたりの問題をどう解消するのか、どう調停するのかがやっぱり問われる。と演奏後はそういうことを考えていたが、よくよく思い出すと、演奏のあいだは、外から状況を眺めるよりもまずとにかくその状況の内に入ろうとしていて、内へ内へ、と思っていて、そうするとたしかに状況に対する瞬発力というかそういうのが出てくるような気がする。吉村さんも言っているけれど、状況に動かされるというような。正確にいうと、状況を動かし状況に動かされるのだけれども。そういうのをたしかに最後にやった2回目の全員での演奏には感じた。たぶん観客も演奏者も、状況の外に出ようとしたらいけないのだろう。厳密には誰も傍観者ではありえないのだし。もちろん内といっても、内でぬくぬくと状況に浸かってしまうのではなく、内において外の視線を持ち続けることが必須になるとは思うけれど。また、それが無理ならいっそ外の方がマシというのは分かる気もするが、それもよくはない。などと書いているが、そもそもなにかのものごとに触れて、それが良いか悪いか好きか嫌いかはほんとうにどうでもよくて、それよりもそれが自分にどう感じられたかを考えることで自分の思い込みや偏りを知ることが楽しいし切実だ。赤羽から池袋へ移動して休憩に入ったドトールを出て、ジュンク堂へ向かう途中だったか、池袋の三立湯へ行く途中に寄ったギョーザ屋というか中華屋に向かう途中だったか、直嶋君にミスチルまじめに好きなのと訊かれ、まじめに好きなのでまじめに好きだと答えた。三立湯のお湯はたしかに熱かったけれど、実家の近くにある武雄温泉の元湯のぬる湯(といってもたしか42〜43度)と同じくらいで、武雄温泉の元湯のあつ湯(43〜45度)よりは温度は低いと感じた。でもこのくらいがちょうどよい。あつ湯は熱すぎる。常連のやまださんが来ると温度を上げるらしく、いつもやまださんはガラッと風呂の窓を開けて番台のある方へ、ぬるかぞー!もっと沸かせー!というので、やまださんが来ると湯の温度が上がると、湯につかるおっさんじいさんのもっぱらのうわさ。最初にやった全員での演奏が、なんとなくダメ〜な感じに思えたのは吉村さんと川口君の感じ方に影響を受けたからかもしれないが、たしかに私もそんな感じはした。それぞれにそれぞれの場所に閉じこもっている感じがしなくもなくて、でもかといって決まり事なしにそれを解消というか調停するのはほとんど不可能に近い。吉村さんがでは始めます、と言った直後に私は梅田のロフトのあたりにあるスポーツショップで買った野田鶴声社製のプーマのサッカー用プラスチックホイッスル(イエロー)をピーッと吹いて試合の開始を告げる。たぶん吉村さんと古立君と直嶋君によるものと思われる高周波が鳴りはじめて、吉田君の声が入ったりしつつしていたという記憶しかなくて、しばらくして吉村さんが音を切って客席の奥の方、空気清浄機があるあたりに移動して、その移動する後ろ姿に向かってホイッスルを吹こうとしたが、ブシュというみじめな音しか出なくて、ひとりちょっと笑ってしまったが、ホイッスルの四角い空気穴というかそういうところに指を当てて空気を出ないようにしておいて吹きながら指で空気穴をすばやく開け閉めすることで短く音を出そうとしたところ失敗した、というだけで、しょうがないので前半終了の合図を吹くまでもうホイッスルを吹かないことにする。もう一回吹いてしまったらさっきのが失敗した「吹き」だということになってしまう。どうでもいいといえばどうでもいいこと。それで7人(というか正確には直嶋君神田君吉田君古立君川口君河野さんの6人だが)で音を出していて、吉村さんも空気清浄機を操作していたらしいが、なんとなく終わりかなーというところになっても吉村さんは戻ってこなくて、私は戻ってきてから前半終了のホイッスルを吹こうと思っていたので待っていたが、だからかどうかは分からないけれど、吉田君が椅子をガタッとして終わりになる。7人の並び方は客席から見て前列右から吉村さん、私、直嶋君、後列右から吉田君、河野さん、川口君、古立君、神田君、となっていて、吉田君と神田君は後列というより前列と後列のあいだくらい。同世代のみんなはなんとなく「君、さん」づけでいってみる。12日に夜行バスが新宿についたのは6時半くらいで、西口のロータリーのあたりの道ばたで降ろされて、14日には川口君直嶋君平間君山口君増田君に見送りをしてもらってこんなにたくさんの友人に見送られたことはなくて、車内には、行きのバスでふたつ前の通路を挟んで左の二人掛けの席にいた中年女性二人組がまた座っていて、また会いましたねとかそういう会話を交わす。帰りのバスではその二人組とおなじ二人掛けの席のひとつ前の席になる。なぜその中年女性二人組を覚えていたかというと、というか、私は誰でも二回顔を見たら言葉を交わさなくても覚えるのだけれど、行きのバスで出発前に同じ列の、ということは一人掛けの席の、ふたつ前の女性がシートの倒し方が分からずその中年女性二人組に訊いていて、その中年女性二人組は、ああ、このまえ私たちも分からなかったのよ!とか言いながら結局は自分たちも分からずきょろきょろしていて、ふたつほど後ろの席に座っていた私と目が合ったので、いや右のここのあたりですよ、と教えると、無事ふたつ前の席の女性と中年女性二人組はシートを倒すことができて、だから顔を覚えていたのだが、その中年女性二人組は私を覚えていなくて、帰りのバスで会ったときに行きも同じでしたよね?というと驚いたようで、うるさかった(から顔を覚えられた)のかしらと、と心配していた。12日に夜行バスが新宿についたのは6時半くらいで、西口のロータリーのあたりの道ばたで降ろされて、といっても周りには同じようにバスでやってきたらしき人々がたくさんいて、高島屋のほうへ出ようと地下をうろうろとしてみるがぐるぐると回ってなかなか進まないので仕方なく地上に出て高架の下を通りアルタ前に出て、だいぶ前に新宿のアルタを見て、ほーここでいいともが、けっこうごみごみしたところだなあ、と思っていたのだが、今回見たアルタ前はわりとさっぱりしていて早朝だったからそう思うのかだいぶ前に見たときは新宿中村屋のある通りを通って行ったからそう思うのかなんなんだろうと思っていて、そういえばいま思ったのだが、アルタ前って公園だったっけ?そんなこんなでなんとか高島屋のあたりにまでは辿り着いたのだが、別に高島屋のあたりに用があるわけではなくて、ただ見覚えのあるところに行きたかっただけだ。で、バスターミナルの向かいにスタバを見つけて、開いてるのかなと思って様子を見てみると、7時からのようで10分ほどバスターミナルのあたりにあるコンビニの前で待つ。最初の全員での演奏と最後の全員での演奏にはさまれた、全員それぞれの短いソロは開場前にあみだくじで決められたのだけれど、たしか、私、河野さん、古立君、吉田君、吉村さん、直嶋君、神田君、川口君、だったと思う。去年の5月に吉村さんを関西にお招きして開催した演奏会でも、吉村光弘七番勝負と銘打って吉村さんと関西の7人の刺客とのそれぞれ10分ずつぶっつづけのデュオをやって、紙に1、2、3、4、5、6、7と書いたくじで順番は決めたのだけれど、このときも私は一番だった。今回もだいたい10分くらいとのことで、直嶋君からストップウォッチを借りて時間を見ながら大小さまざま色もさまざまな風船を膨らましては飛ばす、という行為を続ける。前の方のお客さんに当たったり誰かの機材に当たったりしたかもしれない。大きな風船は口も大きいのでなかなか空気入れの口とサイズが合わずに手で押さえるのが難しく空気が漏れだして膨らみにくい。とはいっても、空気が漏れるから膨らみにくいなあ、という仕草ははんぶん本当ではんぶんわざとだ、たぶん。わざとその仕草を繰り返したフシがある。とくに意味はないけれども。それで、100均で買った風船と空気入れのセットに入っていた風船を10分のあいだに全て飛ばして終わりにしようと思って、必死に飛ばしていたら5分くらいで飛ばし終わりそうだったので、ストップウォッチを見ながら、5分でちょうど飛ばし終わるように最後で少しだけ調節するが、見た感じは切れめなく飛ばせたと思う。最初のもくろみは、ソロでは風船を膨らませて割り続ける、だったのだけれど、最初の全員での演奏を踏まえて最後の全員での演奏に風船割りは取っておくことにして、風船割りから風船飛ばしに変更する。妖怪風船飛ばしみたいだ。みたいだ、というより、おとのひびき的にそういうのがいそうだ、というだけ。枕返しとか。垢なめとか。自らの行為がそのまま名になっているのがよくいる、というのが「妖怪」に対する私のイメージだ。油すましとか。すましがどういうことなのかは知らない。小豆とぎとか。糸引き娘とか。牛打ち坊とか。送り犬とか。踊り首とか。折り畳み入道とか。傘差し狸とか。空木倒しとか。鑵子転ばしとか。首かじりとか。おしりかじり虫とか。こそこそ岩とか。砂ふらしとか。殺生石とか。畳叩きとか。釣瓶落としとか。寺つつきとか。天井なめとか。撫で座頭とか。一声呼びとか。屏風のぞきとか。べとべとさんとか。ふわふわさんとか。頬撫でとか。目玉しゃぶりとか。夜走りとか。笑い女子とか。小豆とぎ以下すべて(※おしりかじり虫とふわふわさんを除く)wikipediaの「日本の妖怪一覧」より。私たちというか私がふざけてふわふわしたものをふわふわさんと呼んでいて、試しに「ふわふわさん」でググってみたらば、ミッフィーのおとうさんの名前らしく、かなり驚く。福音館書店のサイトの「ブルーナさん、おしえてください!」の「うさこちゃんの家族について」を参照のこと。なにか強引な直訳なのだろうか。13日は平間君が10時半に目覚まし時計をセットしていて11時に高円寺集合だと思っていたからで、といっても家を出たのはおそらく11時半くらいで、どうやら実は13時集合だったようで、平間君と駅の高架のあたりのということは円盤も近い、タイ料理屋でカレーを食べる。平間君はグリーンカレー。私はフルーツカレー。フルーツカレーにはほんとうにブドウとかフルーツが入っているがけっこう辛い。辛いと同時にすこし塩辛くもある。濃厚な味でもある。平間君のうちにいったん戻り、アンプを「場所と出来事」に届ける。「場所と出来事」は齋藤祐平君が期間限定で開いたギャラリーで、名前が非常にクールだ。そして斉藤君の個展「23時59分」もやっていて、このタイトルも非常にクールだ。斉藤君は平間君とゴミ捨て場での展示をやっていたりして、それも非常にクールだ。展示もよかったなあ。外から見てドアの右側にいくつか貼ってあった作品を買えるのなら買いたいと思った。あと無数のレシートの裏に書いたドローイングも買えるのなら買いたいと思った。そしてどちらもどんなんやったかは忘れた。風景というか映像というかビジュアルとしてはもちろん覚えているけど。ことばとしては記憶しなかったように思う。昼過ぎに直嶋君と増田君とその友人の〜〜君と、うかつにも名前を忘れてしまった!顔は思い出せるのに。高円寺で集合し、琥珀という喫茶店とかスモールミュージックの入っているビルのすぐ近くの神社とかどっかの公園のトイレとかでいろいろ撮影する。まったく素性の分からない私たち(直嶋君は面識があるけれど)をいきなり撮るのはどういう気持ちだろうと琥珀では思いながらバカ話をして(それも撮られているわけだが)いたが、外に出てうろうろしているとだんだんみんなお互い分かってきていて、まあ最初から別に不安なんてないけれど、その分かっていく過程が面白い。どっかの公園では、マンションの踊り場から顔をひょこひょこ出しているのを撮ろう!いやいや、そりゃ盗撮だよ!堂々と盗撮だよ!とかいう。たぶんそういうふうな言い方だったと思う。打ち上げはなんだっけ、大将だったかな、という焼き鳥屋にて。そして頃合いをみて、夜からオープニングイベントが行われる「場所と出来事」に行く。余談だが、「場所と出来事」でググると東池袋で活動する女社長のブログが出てくる。オープニングイベントは斉藤君のあいさつから始まり、山下陽光さんとボアさんのパフォーマンスがあり、伊東篤宏さんの演奏があり、遠藤一郎さんの応援があり、斉藤君のあいさつで終わる。私のソロの次は河野円さんのソロで、くわしくは分からないし聞こうと思うのを思い付きそびれたのでなんともいえないが、テープの入っていないテープレコーダーの走行音をベリンガーの真空管のプリアンプとかミキサーとかで増幅しているのかなあと思うが、ゴゴゴゴという地味で(もちろん良い意味で)重い音をながーいスパンでコントロールしていたような。決めてあったのかどうかは分からないけれど、落ち着いたながーいスパンでの音の抜き差しだったような。チョロチョロしていないというか、聴いていて時間の流れに馴染んでいく感じがした。河野円さんのソロの次は古立太一君のソロで、(自作の?)スピーカーのコーンというのだったかそういう音の出る部分にコンタクトマイクがついた機材とミキサーで、おそらくスピーカーの振動をコンタクトマイクで拾ってそれをまたスピーカーから出して、というフィードバック。あんまりコントロールをしないというか、こういう現象を見せたいのかもしれない。このあたり吉村さんと似ているようでたぶん似ていないのが興味深い。古立太一君のソロの次は吉田稔啓君のソロで、吉田君は声。裏声だったか、とにかく声。少しのすきまを挟みつつ、ゆーっくりと旋律がすすむ。雰囲気に頼らない感じというか、あまり強く雰囲気をつくろうと思っていないのか、そういうバランスが面白いなあと。吉田稔啓君のソロの次は休憩を挟み、吉村光弘さんのソロで、私が飛ばして放ったらかしにしていてそのへんに転がっていた風船とマイクとヘッドフォンとミキサー(いつもの機材)を使っていた。おわりの区切りが強くあるとまた違う感じになる。と吉村さん自身が自身の日記であまり細かく書いていないので、それだけにしておく。(となると、みんなのことをあまり細かく書かない方がいいのだろうか、ということになるが、必ずしもそういうものでもなかろう、ということにする)吉村光弘さんのソロの次は直嶋岳史君のソロで、愛用のビンテージのミキサーが故障したとのことで、ベリンガーのミキサーが2台とテープレコーダーとねずみ除けの高周波が出るやつとかあったが、そのなかのどれを使っていたかは分からない。今回もイヤホンで音を出していた。どうやらあらかじめ決めておいたことをやっていた模様。でも内容というかどんなんだったかはさっぱり忘れてしまった。といっても、覚えられない、というのはひとつの美徳でもあるような気がする。また聴きたくなるから。直嶋岳史君のソロの次は神田聡君のソロで、アコースティックベースというのか、とにかくアコースティックベースギターで、E-BOWで振動させる弦の上にビンを載せて共鳴させるというのか、共鳴。神田君も持続音のながーいスパンでのコントロールだったような。ビンがゴトッと落ちる。ゴトッと。なんだかそういうモノ感がある。ぜんたいてきに。神田聡君のソロの次は川口貴大君のソロで、キッチンタイマーをなにかの模様のように置く。どんな模様だったかは忘れた。ああ、いやいや、線状に置いていた。そしてそのさきっぽにメトロノームを置いていた。そうして羽をとるとか足をとるとかそういう改造をした扇風機のスイッチを入れてブーンと回していた。回る部分しかない扇風機はもはや機能としても扇風機ではなくて、ただの回る棒というか棒を回す機械。棒を回す機械の回る棒はアルミホイルを擦る。13日は直嶋君のお宅におじゃまする。平間君も。いろいろといろいろ見せてもらう。youtubeの映像にて貫地谷しほりさんをふたりに紹介する。綾瀬はるかじゃなくて、とのことですが、綾瀬はるかさんじゃない。貫地谷さんはなんとなく松浦亜弥さんのような妙な落ち着きというか安定感というかどっしりした感じがある。塩山みさこさんの名前をどうしても思い出せなくて、塩山さんが出演しているNHKのなにか初心者向けのコンピュータ番組があったなあと思い出し塩山みさこさんの名前を探してNHKのサイトをうろうろするが結局探し出せなかったので、塩山さんの名前も思い出せなかった。よって、紹介することができなかった。13日のよる19時くらいから始まった、齋藤祐平君の個展「23時59分」のオープニングイベントは斉藤君のあいさつから始まり、山下陽光さんとボアさんのパフォーマンスがあり、伊東篤宏さんの演奏があり、遠藤一郎さんの応援があり、斉藤君のあいさつで終わる。minamoやvoimaの安永さんと会場でお会いする。はるかはるかむかしに京都メトロにminamoがやってきたときに一度お会いしているのだが、一度会いましたよね、とのこと。すごい記憶力。12日のイベントには同じくminamoやfourcolorなどの杉本さんの顔もあった。ソロの時にでっかい風船が杉本さんの方に飛んでいって、あっと思ったら杉本さんは笑っていた。fourcolor「watter mirror 」「AIR CURTAIN」をいまでもたまに聴くなあ。山下陽光さんとボアさんのパフォーマンスはまずカラーガムテープ(?)を丸く重なっている状態からはしっこをビーッとはがすのを、ロックのように1、2、3とカウントしてビーッ!とやる。テープをクロスさせたり□をつくろうとしたりいろんなかたちにビーッ!とやる。途中で私や知らない誰かも混じってビッ!とやる。ビーッ!とやるのがかっこいいんじゃないか、ロックのようにカウントしたらかっこいいんじゃないか、というのはなんとなく分かる。その次は、ふたりで「クウカン?」「クウカン。」と言いながら、眼鏡の柄と顔のすきまとか、マスクのヒモと顔のすきまとか、バッグのストラップのすきまとか、そういうすきまに指や腕を通してもう片方の指や腕で閉じる。その次は、ジーパンの裾だけ10cmくらいのもの、たとえていうなら裾上げして切ったあとの残ったやつ、というかたとえてではなくまさしく裾上げあとのアレそのもの。と、ロンTの裾だけ5cmくらいのものを使う。ズボンを履いているという感覚は、足(脚ではなく)に当たる裾の感覚だけで成り立つのではないか、また、ロンTを着ているという感覚は、手(腕ではなく)に当たる裾の感覚だけで成り立つのではないか、ということ。すごいな。深澤直人みたい。表面的にはぜんぜん関係ないが、関係ないこともないだろう。その次は、「サイトウ!」「サイトウ?」「コウカン?」「サイトウ。」と言いながら洋服を交換したり、いろんなものを「サイトウ」と名指してみたり、する。ことばの、対象と音(おん)の関係は恣意的なのだ。その次元ではいろいろズレることができる。最初、斉藤君は自分が呼ばれたと思って返事をしていたが、返事をしてもふたりは答えないので、おかしい。最後に、山下さんがなんかむかしのうたを唄いだすとボアさんが踊りだして、みかんがつぶれたりして、おかしい。斉藤君がどこかの美術館で行われたこのふたりのパフォーマンスで、泣いた、と言っていたが、たしかに非常に面白いと思った。伊東篤宏さんとは会場に行くまえにも駅前で出会ったのだが、はじめまして、と言われてちょっと面白い。2回くらい同じイベントに出ているのだが、そもそもちゃんと挨拶をしていないのが悪い。オプトロンと(オプトラムを混同している人がたまにいてもどかしい)あれはなんだろう、なんか打ち込みとかできるカオスパッドらしい、を使った演奏。それを使ったバックトラックみたいなのに合わせてオプトラムを演奏したり。割と大音量で1時間くらいやったような。オプトラムは観たことがないけれど、そちらでの活動もソロの方に反映されていっているのだろうか。最後は遠藤一郎さんの応援(!)。最初なにをやるのか皆目見当がつかなくて、平間君からあらかじめ得た情報は、車に住んでいるとか、六本木ヒルズに体当たりするパフォーマンスをやったとか、かなり期待できそうな感じで(もちろん大マジメに!)、なにが起きるかと思いきや、会場の前の道路にQUEENの「WE ARE THE CHAMPIONS」を鳴らしながら車でやってきて、会場の前で止まり、車の上に登って「ウィーアーチャンピオン!ユーアーチャンピオン!」と叫ぶでもなく呟くでもなく話すよりは大きい声で言う。車の前を足早に通行人が通る。この日は風も強くものすごく寒かったので、かなり寒かったんじゃないかと思う。遠藤さんは作業服というか特攻服のような出で立ちだった。帰りに、通りの向こうからやってきた、宴会が行われる会場へ戻るボアさんと目が合ったので会釈すると、ありがとうございました、だったか、お気をつけて、だったか言ってもらう。自分がいろんな方向に波長が合うようになってきたような気がしてとても喜ばしいことだと思った。そのあと、平間君のうちに荷物を取りにいって、三人で池袋の三立湯へ向かう。とにかく寒かったので温まりたい。という気持ちで。次の日は15時くらいに直嶋君のうちを出て、赤羽へ。立ち飲み屋へ行く。その日の最初の食事が立ち飲み屋っていうのがなんとなくものすごい。出るまえにおかしを食べたけど。古い崩れ落ちそうな飲み屋を見る。ビルの高さが低い。そのあと池袋へ。ドトールで休憩し、ジュンク堂へ。19時に入り口にて集合と決めて解散。したが、平間君とは何回か遭遇する。が、直嶋君とはぜんぜん遭遇しなかった。直嶋君は私を見たらしいけれど。3階で解散したあとすぐに大きい方の便意を催したので、男子トイレをもとめ4階へ。行くもひとつしかない大きい方のトイレは閉まっていて、といってもドアに取っ手も何もない、つまり閉まっているのがデフォルトのタイプではないので、閉まっている=誰かが入っているということで、仕方なくエスカレーターで6階を目指す。と、6階の男子トイレに向かうときにトイレの方からエスカレーターの方に向かう見覚えのある人がいるなあと思ったら、4階の男子トイレ付近でも見かけた男性で、この人も大きい方のトイレを探しているようで、ということは、案の定6階の大きい方のトイレも誰か入っていて、仕方なくエスカレーターで8階を目指す。が、8階の大きい方のトイレも誰か入っていて、トイレの張り紙に、最近、長時間に渡ってトイレを使う人がいる、とのこと。仕方ないのでエスカレーターで6階を目指すも、エスカレーターの途中でしんどくなってきたので、冷静になって考えてみて、「漏らす」という可能性を視野に入れる。と同時に移動し続けるよりも、ひとところに留まって待っていた方がいいのではないかとも思いつつ、どうしようかと考えていて、いっそのことジュンク堂を出てそのへんのコンビニなんかに行った方が早いのではないかと思い1階に。1階でいちおう再度フロア図を見てみると地下1階に身障者用のトイレがあるとのことなのでさっそく地下1階へ向かう。案の定ここは空いていたので、難を逃れる。6階で見かけた男性は大丈夫だったのだろうか。そのあとゆっくり本屋を散策したのち3人で再集合し、新宿へ。西口付近の飲み屋へ入る。直嶋君曰く、レモンハイだったかそういうのが安いらしい。つきだしの貝のなにかが美味しい。そしてあとから合流することになっている川口君に直嶋君が連絡する。で、待っていると、その飲み屋の2階から川口君と山口晋似郎君が現れる。ふたりでやるバンド(Hello)の打ち合わせを一瞬で終わらせ直嶋君ならここに来るだろうという見当をつけてすでに飲んでいたとのこと。5人で2階に移動し飲み会。いろいろとくだらないはなし。着エロというのがあるらしく、その字面だけは知っていてなんか着メロみたいに、というかみたいに、というのも変だが、携帯で見るそういうものかと思っていたら、服を着たままでの〜という意味での「着」とのこと。知らなんだ。あとは私がやたらおならをする、という平間君の苦情など。最初は断っていたがだんだん面倒になり無断でおならをしていたのが問題になる。ほとんどこういうはなし。後ろの席で女性二人組が飲んでいるにも関わらず。こういうところで女性二人組というのもすごい気がするけれども。そしてこの飲み会に来たいと言っていた増田君にも連絡するが、途中で音信不通になる。携帯の電池がなくなったらしく、どこかで充電していたらしい。22時半くらいに店を出て大通りに出る前のあたりで増田君と合流。近くには来ていたようだ。京急百貨店の地下においしいラスクがあるらしく、それを私にプレゼントしようとしてくれていて、でも閉まっていたので買えなかったとのこと。13日に「場所と出来事」に向かう前に荷物が多いためイベント不参加の撮影組の増田君とその友人(うっかり名前を忘れてしまった!申し訳ない!)を駅まで送る途中に寄ったパン屋で、ラスクいいよね、というようなはなしをしたからで、その気持ちがありがたし。なんだかんだと前に後になりながらバスのロータリーのあたりを目指し6人で歩くが、集合場所から大きく通り過ぎる。で、戻る途中の十字路のよこの筋の向こう100mくらい先にコンビニらしきものが見えたので、水とか買うべくコンビニへ。レジにもお客にも中国の人がたくさん。コンビニを出てしばらく歩くと尿意を催したので、さっきのコンビニに戻るもトイレを貸していなくて、向かいのコンビニに向かうべく横断歩道を渡っているときにすれ違った若い女子大生くらいの二人組が、あっちもないんじゃない、とか言っていて、案の定向かいのコンビニにもない。そのへんでしたら、とのことだったけれども、そのへんの地下でトイレを発見して難を逃れる。新宿のそのへんで、というのは田舎のそのへんで、というのとは微妙に違うしなあ。

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