多階層組織でのWeb制作の統率に関するメモ

事例

  1. 大きくは本社-支社-下請け(派遣など)の3階層での業務。
  2. 「下は考えるな」という方針。
  3. 支社の担当者にも「自分で考えない」が徹底されている。
  4. 一方、本社側でも担当する全員の思考が統一されているわけではない。Aが言ったことをBが後で否定することもある。
  5. 仕様書は細かい決定事項の羅列。

4番から察するに、多分本社内は普通の会社で、内部での厳格な階級制度はないのだろう。そこには、すべてをディレクターの判断にゆだねる、という行動が見られない。
一方、本社に対する支社は、「一階級下の身分」を全力で実践。例えば本社から誰か来たら支社の全員が起立してお迎え&お見送り。
そういった空気の下、問題が顕在化しているのは、支社の「自分で考えない」方針。本社ディレクターの統率下で品質を確保することにはつながるんだけど、支社側は本社の人から言われたことはたとえ仕様書に反していることであっても確認しないのが問題。

おそらく、本社から出る指示は疑ってはならない、みたいなレベルで考えることを放棄している。仮に指示書にイレギュラーなところがあっても、「指示書に書いてあるのだから黙ってその通りにやる」。記載ミスなどは絶対に疑わない。ここまでくると自分で考えないというより、「うちは指示通りにやりました。ミスした本社が全て悪い」と言うための責任転嫁としての従順さといったほうが正確かもしれない。

考察

プロジェクト遂行の際、本社側はディレクターを一度現場に派遣して顔合わせをして、心理的な壁をなくすなどの努力を行っていた。それは一定の効果があるが、それだけではチャットやチケットなど、顔の見えないツールで「ちょっとした質問」というのはなかなかできるものではない。例えば、「反論があればどしどし言ってくれ」と言っておきながら、実際に反論を受けるとあからさまに不機嫌になるというような面倒くさい人もいる。そのため口で言われたことを信じて本番でそのように動くのは、処世術として悪手である。部下は行動に慎重でなければならない。
そこまではいかなくても、相手の状況が分からない中で手間を取らせるのが良いのかどうか、遠慮が働く。また、返事がいつ来るのかわからないとなるとなおさら億劫になる。
それ以上に、この事例の場合は完全思考停止の支社側のマインドセットが問題。本社側のミスや不備を疑わずに突っ走るため手戻りが増大する。

このような環境下で密なコミュニケーションを確保するにはどうするか。
一つは、本社側からある程度定期的に、例えば3時間おきくらいに「何か質問や気になることはないか」と投げてみる。それにより「今ならすぐ返事を返せるぞ」という信号を出す。億劫で先延ばしにしていた質問をするきっかけになる。何より、質問を待っている、という宣言の裏付けを与えることで部下の不安を解消する効果を見込める。
もう一つは、質問を受けた後、即座に回答できなくてもとりあえず状況を説明して待ってもらう。

一方、より根本的な問題として、「考えることを放棄する」という環境をどうにかしないといけない。
「全てディレクターの判断に従え、自分で考えるな、聞け」というのは、正常な人間にとっては拷問でしかない。それならロボットにやらせろ、という話。それは統率が取れているように見えるが、実際は相当に病的である。「考えるな、指示通りに動け」のプレッシャーに対して、「本社を疑わない」というマインドセットが生まれる。病的であるポイントは、本社側のミスを疑ってもあえて放置し、傷を深くするという、ある種の復讐行動を誘発するところにある。その復讐が結実した暁には、本社側もすさまじいリスクを抱えることになり、潜在的な敵対関係(あるいは緊張関係)が醸成され、組織が病み始める。

考えさせるためには、例えば仕様書には決定事項のみならず、なぜそういう方針を取るのか、という理由を書き添える必要がある。それは作業に携わる人間に対し、設計図のみならず、その思想を共有するということにつながる。
設計図しかない仕様書では丸暗記するほかないが、背後にある思想が分かれば、体系的に理解することができる。思想が共有されれば、設計図から漏れたものに対しても現場は対処できる。その対策について、現場から提案を受け付ければよい。状況をすでに把握している現場のほうが、これから状況を把握しようとするディレクターよりも対応が早く効率的である。このとき、考えない習慣を持つ社員ならば「どうしたらよいですか」と自分がやるべき行動を聞いてくるが、考える社員なら「ここはこういう実装でよいか」という提案型の質問を投げる。思想の共有に成功していれば、その提案が外れることはほとんどない。あってもわずかな手直しで済む。それはディレクターの負荷を減らすことになる。

そもそも、「考えるな」という指示は、社員に経験を積ませる、教育をする、成長させるといった意識があれば決して出てこないものである。社員に対して思考放棄を指示をする企業は例外なく糞であるといっていい。他者の育てた人材をただ食いつぶすしか能のない消費者マインドのマネジメントである。

もしかすると、一時期流行したオフショア開発で、「失敗した」という話が散見されるのも、このような「現場が考えることを禁じるマネジメント」を行っていたのかもしれない。オフショアの流行はコストカットが主目的だから、人を道具としてしか見ていなかった可能性は大きい。「仕様書通りのことしかしない」という嘆きはよくあるが、現場に考えさせないというマネジメントを行うと、日本人であってもその失敗したオフショアと同レベルの仕事をするようになることは銘記しておいて損はないだろう。