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2006-07-07

Software Designの日記

[]オタクじゃなくても、一人でモノを作りたいハズ 01:49

カテゴリを"OPINION"にしたけど、雑感と言った方がいいかも。

中学生の時分、冨田勲氏がMoog IIIを使って創った一連の作品を知って、衝撃を受けた覚えがあります。

月の光(紙ジャケット仕様)

月の光(紙ジャケット仕様)

今まで聞いたことのない音に一発でやられてしまったのですが、それと同時に思ったのは「ひとりでオーケストラと同じ事が出来るなら、将来技術が発達したら、きっと映画もひとりで制作できるようになる」ということでした。

「シンセサイザーは、あらゆる音楽シーンに浸透する*1」ということを友達と賭けたりしてそれが現実のものとなったあと、NHKデジスタを観て「あぁ、とうとうこういう時代が来たか」と感慨に耽ったものです。


小説や漫画はひとりで書ける/描けるのに、音楽や映画は多数の人の手を借りなければ作れない・・・集団で作ることのメリットも確かに存在するでしょう。 クラシック音楽は、作・編曲者だけでなく指揮者や演奏者の技量まで含めた、総合芸術に他なりません。

しかし「集団でなければ作れない」ことは、創作活動の本質とは無関係な、技術上の制約に過ぎないと思うのです。

教会に設置されているような大型のパイプオルガンは、昔は奏者の他に、ふいごを動かす人が大勢必要だったと聞きます。 今ではモーターが動力となり一人で演奏できますが、パイプオルガンの奏でる音に変わりはありません。 「ひとりでアニメを作れるようになったこと」は、そういう類のブレイクスルーだと思います。


ただ、これはまだ誰しも出来るというものではありません。

冨田氏は、作曲家でありながら電子工学にも精通していますし、竹熊氏が絶賛する新海誠氏にしても、相当の知識と技能(それに根気!)があったからこそ、ひとりでアニメを作り上げることが出来たのだと思います。

こうした特性を備えた人たちは、世間一般の理解では「オタク」になってしまうわけで・・・だから「オタクは一人でのモノ作りにこだわる」ように見えてしまう、ということではないでしょうか。


冨田氏はシンセサイザーを使ったことについて、「自分の自由になるオーケストラが欲しかった」という旨の発言をされています。 冨田氏に限らず、クリエイターなら誰しも、程度の差こそあれ「自分ひとりで思い通りの作品を作りたい」という思いを持っているような気がします。

結論:

・現在の技術は、一人でアニメーションを制作することを可能にした。

・しかしそれは、誰にでも使いこなせるものではない。 使いこなせる者は、自然と「オタク」と見なされる。

ついでに言えば、やっぱりオタクは、一人でものを作りたがる傾向があるかも知れません。 私がそうですし*2


P.S.

大泉さんへ:

奥様が欲しいとおっしゃるボイスチェンジャーとしては、こういうものがあります。

私も購入しましたが、残念ながらもう生産中止となっております。

これ以外だと、あまりいいのがないようですね・・・スタジオ用の非常に高価なものか、オモチャみたいなものに二極化してます。

*1:もちろん、純粋なクラシック音楽は除く

*2:自分でオタクを名乗るのもおこがましいですが、見ての通り標準からはみ出てますし

oizumi-moizumi-m 2006/07/07 22:23 ご丁寧にいろいろ教えていただき、ありがとうございます。確かに富田の出現には、僕も衝撃を受けた記憶があります。この結論は、オタクとは何かという問題を僕が追及していく過程で、大きな力になると思います。感謝。

k87p561k87p561 2006/07/07 22:55 つたない文章ですが、お役に立てば幸いです。
今後ともよろしくお願いします。

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