CD買うしか楽しみがない



 Amazonでずーーーーーーっと続いていた「輸入盤2枚買ったら10%OFF」キャンペーンが3月26日で終了するという。もはやそれがキャンペーンであることを忘れるほどに続いていたキャンペーンだったので、終わってしまうのは残念を通り越して腹立たしいほどだ。私なんて輸入盤は常に2枚以上セットで注文していたのに。しかし何事も永遠ということは無いのである。世の無常をはかなんで、悟りを開くべきなのだ。
 キャンペーン終了を知った後に私が取った行動は、少しでも安く買えるうちに買っておこうと在庫やウィッシュリストをチェックすることだったから、悟りには程遠いが。
 しかしキャンペーンは終わるとはいえ、今輸入盤のCDはアホみたいに安い。一時よりは円安に振れたものの、まだ1ドルが83円ほどだから充分に円高であることも関係はあるだろう。しかしそれ以上に英米のCDの価格設定そのものが気狂いめいている。


Otis Redding  5CD ORIGINAL ALBUM SERIES BOX SET

Otis Redding 5CD ORIGINAL ALBUM SERIES BOX SET

 オーティス・レディングアレサ・フランクリンジョン・コルトレーンリトル・フィートJ・ガイルズ・バンドモンキーズなどなど、「ORIGINAL ALBUM SERIES」として5枚組のボックス・セットで発売されているタイトルの内、ワーナー系レーベルが権利を持つものが4月9日までの期間限定で1900円になっている。
 ポーグスとかプリテンダーズとか、正直なところこの5枚があれば他は無くても困らないよなと言いたいアーティストも少なくない。そのバンドのハイライト部分がわずか1900円で把握されてしまうことに、シェーン・マゴウワンやクリッシー・ハインドは虚しさを覚えないのだろうかと心配になってしまう。
 トッド・ラングレントム・ウェイツは「ORIGINAL ALBUM SERIES」であってもこのキャンペーンの対象外なので、ワーナー系なら全てということでもないらしい。今回チェックするまで知らなかったが、ヴァイオレント・ファムズなんて渋いところも5枚組で出ていた。これも今なら1900円。
 他にも調べていると、失礼なほど安いCDも出てくる。
THE RHYTHM OF THE SAINTS

THE RHYTHM OF THE SAINTS

 ポール・サイモン『Rhythm of the Saints』は466円(笑)。リマスター盤ですぜ。
Human Touch

Human Touch

 ブルース・スプリングスティーン『Human Touch』は321円(笑)。確かにブルースのアルバムの中ではそれほど人気の高い作品ではないが、それでもブックオフのバーゲンコーナーより安いのは異常だろう。これで原価を割っていないのなら、私は何を信じて生きていけばいいのか分からない。念のためここに書いてある値段は全て3月22日現在のものなので、それ以降に見てみたら高くなっていても怒らないように。
 Amazonのバーゲン・コーナーを見ていると、ジャケット・デザインがチープな編集盤も割と多く見かける。装丁や編集意図に首をかしげる部分はあるにせよ、この安値の前には言葉が出ない。
Puresinger Songwriters

Puresinger Songwriters

 『Pure Singer Songwriters』という4枚組セットで478円!1曲あたりいくらなんだ?Amazonのページには曲目情報が無かったので、調べたところこんな内容らしい。


Disc 1


1. It's All Over Now Baby Blue - Bob Dylan
2. Bridge Over Troubled Water - Simon And Garfunkel
3. Leaving On A Jet Plane - John Denver
4. Satellite Of Love - Lou Reed
5. The Air That I Breathe - Albert Hammond
6. Lean On Me - Bill Withers
7. I Will Always Love You - Dolly Parton
8. Blue River - Eric Andersen
9. Dead Skunk - Louden Wainwright Iii
10. I'm Alright - Kenny Loggins
11. Bette Davis Eyes - Jackie De Shannon
12. Wedding Bell Blues - Laura Nyro
13. We Just Disagree - Dave Mason
14. Arms Of Mary - Sutherland Brothers & Quiver
15. Beg, Steal Or Borrow - Ray Lamontagne
16. Last Goodbye - Jeff Buckley


Disc 2


1. Seven - David Bowie
2. Frederick - Patti Smith
3. Sara Smile - Hall & Oates
4. Stranger In My Life - Marvin Gaye
5. To Be Young, Gifted And Black - Nina Simone
6. One Love - Bob Marley
7. Coconut - Nilsson
8. You Never Know Who Your Friends Are - Al Kooper
9. Look What They've Done To My Song, Ma - Melanie
10. Personally - Karla Bonoff
11. Here's To You (Live) - Joan Baez
12. Low Rider - J.J. Cale
13. The Best I Can - Roger Whittaker
14. Anita, You're Dreaming - Waylon Jennings
15. Sunday Morning Comin' Down - Kris Kristofferson
16. Man In Black - Johnny Cash


Disc 3


1. Brown Eyed Girl - Van Morrison
2. On The Road Again - Willie Nelson
3. In The Year 2525 (Exordium & Terminus) - Zager & Evans
4. San Francisco (Be Sure To Wear Flowers In Your Hair) - Scott Mckenzie
5. We Shall Overcome (Live) - Pete Seeger
6. Different Drum - Michael Nesmith
7. Groupie (Superstar) - Delaney & Bonnie And Friends
8. All By Myself - Eric Carmen
9. Could It Be Magic - Barry Manilow
10. Caroline Goodbye - Colin Blunstone
11. Longer - Dan Fogelberg
12. Two Fisted Love - Phoebe Snow
13. Hoboin' - Tim Hardin
14. Life Without You - Stevie Ray Vaughan
15. I'm Yours And I'm Hers - Johnny Winter
16. Once Bitten Twice Shy - Ian Hunter


Disc 4


1. Father Figure - George Michael
2. Caravan Of Love - Isley Jasper Isley
3. Wishing Well - Terence Trent D'arby
4. The Sweetest Taboo - Sade
5. The Way It Is - Bruce Hornsby
6. You're Only Lonely - J.D. Souther
7. Stones In The Road - Mary Chapin Carpenter
8. Sunny Came Home - Shawn Colvin
9. She Cries Your Name - Beth Orton
10. Microscope - Mads Langer
11. Strange Condition - Pete Yorn
12. King Of Anything - Sarah Bareilles
13. White Flag - Dido
14. Do You Want The Truth Or Something Beautiful - Paloma Faith
15. Family Portrait - P!Nk
16. A Woman's Worth - Alicia Keys

 ご覧のようにソニー系の音源を集めたもので、「Singer Songwriters」とは言うものの音の傾向や年代に統一性は無く、自作自演アーティストであれば何でもという感じ。しかしこの中に好きな曲が3〜4曲もあれば、iTunesで1曲ずつ買うより安い。
 同じ趣向のシリーズでこんなのもあった。

Purealternative 80s

Purealternative 80s

 80年代音源のコンピレーション4枚組。こちらは755円。上記同様曲目を貼っておく。


Disc1


1. Stand And Deliver - Adam Ant
2. No Mercy - Stranglers
3. E=Mc2 - Big Audio Dynamite
4. Pretty In Pink - Psychedelic Furs
5. You Spin Me Round (Like A Record) - Dead or Alive
6. Love And Pride - King
7. Crash - Primatives
8. People Have The Power - Patti Smith
9. The First Picture Of You - Lotus Eaters
10. When Love Breaks Down - Prefab Sprout
11. A Girl In Trouble (Is A Temporary Thing) - Romeo Void
12. I Want Candy - Bow Wow Wow
13. John Wayne Is Big Leggy - Haysi Fantayzee
14. Sweet Sanity - Hurrah!
15. Liberator - Spear of Destiny
16. Brassneck - Wedding Present
17. I Wanna Be Adored - Stone Roses


Disc2


1. Wishing (I Had A Photgraph Of You) - Flock of Seagulls
2. (Feels Like) Heaven - Fiction Factory
3. Einstein A Go Go - Landscape
4. Der Kommissar - After the Fire
5. Brilliant Mind - Furniture
6. Bridge To Your Heart - Wax
7. Dream To Sleep - H2O
8. I'm Not Scared - Eighth Wonder
9. She Bop - Cyndi Lauper
10. Loco Mosquito - Iggy Pop
11. Up Around The Bend - Hanoi Rocks
12. Birth, School, Work, Death - Godfathers
13. And We Danced - Hooters
14. All Cried Out - Alison Moyet
15. Disappearing - Sinceros
16. Something's Jumpin' In Your Shirt - Malcolm McLaren
17. Can U Dig It? - Pop Will Eat Itself


Disc3


1. Quiet Life - Japan
2. I Love You, Suzanne - Lou Reed
3. Talking In Your Sleep - Romantics
4. Goodbye To You - Scandal
5. Freak - Bruce Foxton
6. Boxerbeat - JoBoxers
7. Hot Shot - Brood, Herman & His Wild Romance
8. She Talks In Stereo - Myrick, Gary & the Figures
9. Irene - Photos
10. Video Killed The Radio Star - Woolley, Bruce & the Camera Club
11. Love Plus One - Haircut 100
12. Doot Doot - Freur
13. In The Name Of Love - Thompson Twins
14. Radio Africa - Latin Quarter
15. I Like Chopin - Gazebo
16. Flaming Swords - Care
17. Digging Your Scene - Blow Monkeys


Disc4


1. Happy Birthday - Altered Images
2. Living By Numbers - New Musik
3. Baby's Got A Gun - Only Ones
4. Motorcycle Rider - Icicle Works
5. Heaven (Must There Be) - Eurogliders
6. Your Love - Outfield
7. Sweat As Radio - Spliff
8. The Rhythm Of The Jungle - Quick
9. People - Mi-Sex
10. So Good To Be Back Home Again - Tourists
11. My World - Secret Affair
12. Burst - Darling Buds
13. Voices Carry - 'Til Tuesday
14. Beasley Street - John Cooper-Clarke
15. Rain, Steam And Speed - Men They Couldn't Hang
16. Through The Barricades - Spandau Ballet
17. 99 Red Balloons - Nena

 何というおっさんホイホイ…。レコードが買えなくてFM放送の番組表をチェックしてカセットテープに一生懸命録音していた80年代の自分に教えてやりたい。そんなことしなくても30年後には文庫本程度の値段でどっさり買えるぞと。
 最後に個人的に一番狂喜したブツがこれ。

50th Anniversary: Singles Collection 1961-71

50th Anniversary: Singles Collection 1961-71

 テンプテーションズの3枚組シングル・コレクション。これは即カート行きでした。

 鴨田潤(a.k.a.イルリメ)『てんてんこまちが瞬かん速』



 地元書店にて昨日『てんてんこまちが瞬かん速』(ぴあ)を購入した。岐阜の実家へ引っ越してきて2ヶ月余り。レコード屋も映画館も無い、文化的に貧困な人口10万ほどの田舎の書店で手に取れるとは思っていなかったので驚いた。市内の3軒の書店に立ち寄り、内2軒に在庫があったので相当数配本されていることが分かる。因みに市内書店ではミュージックマガジンは一度も見かけたことがない。そう言えばTwitterでは話題の高木壮太の『プロ無職入門』は3軒とも置いていなかったな。


てんてんこまちが瞬かん速

てんてんこまちが瞬かん速

 寝る前に少し読もうと思ってページを開いたところ、冒頭からぐいぐいと引き込まれ、スピードとメリハリのある展開は、読んでいる途中でその流れを切ることをためらわせるに充分だった。気が付いたら深夜までかかって一気に読み終えていた。こんな体験は実に久しぶりだ。
 時は恐らく80年代の中ごろ。主人公は東京でも大阪でもない地方の中都市に暮らす女子高生の悦子。趣味のスケートボードを通じて同じ高校へ通う1年先輩の千代と翔子と出会うところから物語は始まる。悦子の前に開いた小さなドアは、さらに別の部屋へと通じていた。次のドアを開けた悦子はハード・コア・パンクに目覚め、やがて憧れだったはずのバンドの世界に自らが足を踏み入れ…。
 単純にストーリーが面白いのはもちろんのこと、登場人物の心象や時代背景が丁寧に描写され、空気感がリアルに伝わる。どこにでもありそうなスモール・サークル・オブ・フレンズが別のスモール・サークルと接近、共鳴してドラマが生まれるのは小説なのだから当たり前だが、「小説だから」とエクスキューズを必要とするような無理が生じていないのは著者、鴨田潤の成せる技だろう。
 例えば、主体性が無さそうで実はある悦子のキャラクターだったり、ハード・コア・パンクに入れ込みながらもそれ一辺倒ではなく、ジョージ・クリントンビーチ・ボーイズに触れた時に覚える新鮮な感動だったり、苦労してレコーディングしたレコードのプレスが上がってきた時の浮き足立つメンバーの表情だったり、ツアーの先々で起きる対バンド、対メンバー間の感情のもつれだったり、そうした描写は軽やかで瑞々しく、そして少し屈折した若者特有の感性を想起させ、荒唐無稽な絵空事ではないドラマとして転がっていく。
 青春小説、特に登場人物がパンク・バンドのメンバーともなれば、音楽的才能に恵まれた者は人格的に破綻しているとか、とかく過激でエキセントリックな人物が描かれがちだが、ここにはそうしたキャラクターが出てこない。バンドのメンバーは個性の違いはあれど、社会性を持った市井の人として描かれている。実は悦子はSF的な能力の持ち主なのだが、それすら許容できるリアリズムがある。むしろやばくて手に負えないのはライヴハウスのフロアで暴れる観客の中にいるのではないかと思わせるあたりまでリアルだ。
 この本を読みながら、私は昔雑誌で読んだ江川ほーじんの言葉を思い出していた。それは自分がステージに立つことを想像した時、ステージ上の自分を見ている人と、ステージから見える観客を見ている人の2種類がいる。プロのミュージシャンになれるのは後者だというもの。プロになれるかなれないかは置いておくとして、確かにその視点、発想は両者で180℃違う。『てんてんこまちが瞬かん速』は間違いなく後者の視点で書かれていると思う。
 実はあとがきで安田謙一も同様の指摘をしていて、わが意を得た思いだ。

先の妄想(注:ライヴハウスでの演奏中、アクシデントでドラマーが退席する。ヴォーカリストの「ドラム叩ける奴いるか?」の問い掛けに応え、ステージに上がった自分がスティックを握るというもの)で、私がイメージするのは、受け取ったスティックでカウントをはじめ……途中は省略して……、喝采の中、客席に帰っていくという図。鴨田は同じ妄想の中で、バンドと共にプレイして、グルーヴを生み出しているのだった。この差は大きい。決定的である。

 この小説は実際にミュージシャンとして活動する鴨田潤だからこそ実現した作品であり、音楽を通じて何かをしたいと考えている者への彼の愛あるまなざしを感じる。
 非常に映像を喚起する筆致でもあって、映画かテレビ・ドラマで映像化されないかと期待している。NHKの朝の連続テレビ小説で取り上げられたりすると最高だ。

 Bahamas『Barchords』



 TennisとかBeirutとか、インディー・ロック界隈にはわざとサーチ・エンジンに嫌われたいのかと思うバンド名が散見される。ここにまた一組、検索しにくい名前ランキングに入りそうなバンドが。
 そのまま検索すると今のところバハマ諸島の情報ばかり出てきてしまうが、バハマとは何の関係もない。バンドというよりはギター/ヴォーカルを担当するAfie Jurvanen(アフィ・ヤルヴァネンと読むのか?)のソロ・ユニットのようだ。ライヴはバンド編成の時もあれば、Afieとドラムだけの編成で行うこともある。
 Afieは北欧っぽいファミリー・ネームからも分かるように、フィンランド系の血筋で、カナダのオンタリオ州で生まれ、現在はトロントを拠点に活動しているとのこと。
 私はつい最近まで全く知らなかったのだが、先月発売された彼にとっての2nd.アルバム『Barchords』がとにかく素晴らしい出来で、目下我が家ではヘヴィ・ローテーション中である。


Lost In The Light

 禁欲的とも言える簡素なサウンドに支えられて響く、憂いを帯びたヴォーカルが何とも印象的。ヴォーカルと同じくらい大きな役割を果たしているのがエモーショナルなフレーズを聴かせるギター。Afieはソロ活動を始める前、Feistなどいくつかのバンドでバッキング・ギタリストとして仕事をしていたそうで、なるほどその表現力は確かだ。
 レコーディングは人里離れたカナダの山小屋を借りて行われ、暖炉のある部屋に機材をセッティングしての録音の様子がYouTubeにもアップされている。ザ・バンドを思わせる制作スタイルを取り入れているのは、音楽的に相通じる部分があるからだろうか。
 ソウル、ゴスペル調の女声コーラスを起用しているせいか、いくつかの曲からは懐かしの「スワンプ・ロック」の香りが立ち込める。中でも特に濃厚なのが、アルバムのラストに収録されているこの曲だ。個人的にはアルバム中、最も好きなナンバーでもある。


Be My Witness

 ルーツ音楽との間に絶妙な距離を保ちつつ、Afie Jurvanenにしか出来ないサウンドを創り上げるセンスが光る。曲作りにおいても才能の豊かさは明白で、一度聴けば覚えてしまうようなキャッチーな曲がゴロゴロしている。同じカナダ出身のせいか、安直な連想だがBahamasの音楽にはロン・セクスミスが登場した時と似たような感触を覚える。エルヴィス・コステロさん、今前座に使うならBahamasですよ。


Barchords

Barchords

 Feistレスリー・ファイストもコーラスで参加。Feistは何度か来日したことがあるので、もしかしたらAfieも日本へ来たことがあるのかも。本作を2月に発売すると同時に、Bahamasはアメリカ、イギリス、オーストラリアを回るツアーを行っている。Bahamasとしても来日して欲しいものだ。CDの他、LPでも発売中。
Pink Strat

Pink Strat

 Bahamasとしてのファースト。カナダでは2009年、アメリカでは昨年春に発売された。カナダのグラミー賞と言われるジュノー賞において、2009年の最優秀ルーツ&トラディショナル・アルバムにノミネートされている。

 V.A.『CHIMES OF FREEDOM The Songs Of Bob Dylan』



 アメリカでは1月、ヨーロッパでは少し遅れて2月に入って発売になったアムネスティ・インターナショナル設立50周年記念のボブ・ディラン・カヴァー集。ほんの少しだけアメリカ盤より安かったという理由でヨーロッパ盤を予約していたのだが、某ショップが予約分を確保していなかったために出荷が遅れ、私の手元に届いたのは2月の20日頃だった。早速聴き始めたものの、何せ4枚組全73トラック、トータルでゆうに5時間を超えるボリューム。チビチビ聴いているうちに3月になってしまった。


Chimes of Freedom: Songs of Bob Dylan

Chimes of Freedom: Songs of Bob Dylan


CD1
Johnny Cash featuring The Avett Brothers 「One Too Many Mornings」
Raphael SaadiqLeopard-Skin Pill-Box Hat」
Patti Smith 「Drifter's Escape」
Rise Against 「Ballad of Hollis Brown」
Tom Morello The Nightwatchman 「Blind Willie McTell」
Pete Townshend 「Corrina, Corrina」
Bettye LaVette 「Most of the Time」
Charlie Winston 「This Wheel's On Fire」
Diana Krall 「Simple Twist of Fate
Brett Dennen 「You Ain't Goin' Nowhere」
Mariachi El Bronx 「Love Sick」
Ziggy Marley 「Blowin' in the Wind」
The Gaslight Anthem 「Changing of the Guards」
Silversun Pickups 「Not Dark Yet」
My Morning Jacket 「You're A Big Girl Now」
The Airborne Toxic Event 「Boots of Spanish Leather」
Sting 「Girl from the North Country」
Mark Knopfler 「Restless Farewell」


CD2
Queens Of The Stone Age 「Outlaw Blues」
Lenny Kravitz 「Rainy Day Woman # 12 & 35」
Steve Earle & Lucia Micarelli 「One More Cup of Coffee」 (Valley Below)
Blake Mills 「Heart Of Mine」
Miley Cyrus 「You're Gonna Make Me Lonesome When You Go」
Billy Bragg 「Lay Down Your Weary Tune」
Elvis Costello 「License to Kill」
Angelique Kidjo 「Lay, Lady, Lay」
Natasha Bedingfield 「Ring Them Bells」
Jackson Browne 「Love Minus Zero/No Limit」
Joan Baez 「Seven Curses
The Belle Brigade 「No Time To Think'
Sugarland 「Tonight I'll Be Staying Here With You」 (Live)
Jack's Mannequin 「Mr. Tambourine Man」
Oren Lavie 「4th Time Around」
Sussan Deyhim 「All I Really Want To Do」
Adele 「Make You Feel My Love」 (Recorded Live at WXPN)


CD3
K'NAAN 「With God On Our Side」
Ximena Sarinana 「I Want You」
Neil Finn with Pajama Club 「She Belongs to Me」
Bryan Ferry 「Bob Dylan's Dream」
Zee Avi 「Tomorrow Is A Long Time」
Carly Simon 「Just Like a Woman」
Flogging MollyThe Times They Are A-Changin」
Fistful Of Mercy 「Buckets Of Rain」
Joe Perry 「Man Of Peace」
Bad Religion 「It's All Over Now, Baby Blue」
My Chemical Romance 「Desolation Row」 (Live)
RedOne featuring Nabil Khayat 「Knockin' on Heaven's Door」
Paul Rodgers & Nils Lofgren 「Abandoned Love」
Darren Criss featuring Chuck Criss and Freelance Whales 「New Morning」
Cage the Elephant 「The Lonesome Death of Hattie Carroll」
Band of Skulls 「It Ain't Me, Babe」
Sinead O'Connor 「Property of Jesus」
Ed Roland and The Sweet Tea Project 「Shelter From The Storm」
Kesha 「Don't Think Twice, It's All Right」
Kronos Quartet 「Don't Think Twice, It's All Right」


CD4
Maroon 5 「I Shall Be Released」
Carolina Chocolate Drops 「Political World」
Seal & Jeff Beck 「Like A Rolling Stone」
Taj Mahal & The Phantom Blues Band 「Bob Dylan's 115th Dream」
Dierks Bentley 「Senor (Tales of Yankee Power)」 (Live)
Mick Hucknall 「One Of Us Must Know (Sooner Or Later)」
Thea Gilmore 「I'll Remember You」
State Radio 「John Brown」
Dave Matthews Band 「All Along the Watchtower」 (Live)
Michael Franti 「Subterranean Homesick Blues」
We Are Augustines 「Mama, You Been On My Mind」
Lucinda Williams 「Tryin' To Get To Heaven」
Kris Kristofferson 「Quinn The Eskimo (The Mighty Quinn)」
Eric Burdon 「Gotta Serve Somebody」
Evan Rachel Wood 「I'd Have You Anytime」
Marianne Faithfull 「Baby Let Me Follow You Down」 (Live)
Pete Seeger with The Rivertown Kids 「Forever Young」
Bob Dylan 「Chimes Of Freedom」

 収録曲は上記の通り。4枚目の最後に入っているディラン自身の「Chimes Of Freedom」はお馴染み『Another Side of Bob Dylan』に収録されているテイクと同じもの。2枚目収録のジョーン・バエズ「Seven Curses」は彼女の92年のアルバム『Play Me Backwards』の2枚組リイシュー盤(2011年リリース)に収録されていたものと同一。それ以外の71トラックはこのアルバムでしか聴けないものだ。
 もちろんこのアルバムはディラン公認であり、現在ディランの公式サイトへアクセスするとトップページに大きくアルバム・ジャケットを掲載し、大々的に告知されている。またディランの公式Twitterアカウントのアイコンも、このジャケット写真が使われている。ディラン側の全面的な協力の下、実現した作品のようだ。
 参加アーティストの顔ぶれを見ても分かるように、老若男女、音楽的傾向も多種多様、著名ミュージシャンも多数で、さすがにディランとアムネスティの取り合わせでなければこれだけの面子は揃わなかっただろう。


Make You Feel My Love

 これは先般グラミー賞主要部門を独占したアデルによる「Make You Feel My Love」。彼女のデビュー・アルバム『19』でもこの曲は取り上げられており、後にシングル・カットされてヒットもしたが、ここでは未発表のライヴ・テイクで収録されている。ディランのオリジナルは『Time Out of Mind』の収録曲だ。
 アデル自身のヴォーカルの上手さもさることながら、楽曲の美しさに改めて感銘を受けた。アデルのこの曲は象徴的だが、4枚組のアルバムを聴いて実感したのはメロディ・メイカーとしてのディランの底力であった。
 参加アーティストはディランの楽曲をそれぞれ自分の土俵へ持ち込んで、独特の解釈でカヴァーしている。それぞれの持ち味、注ぎ込まれたアイディアは聴きものではあるのだが、どんなにアレンジが施してあっても案外メロディは崩されていない曲が多い。相手が相手だけに畏れ多くて…ということもあるだろうが、ここは崩してしまうにはもったいない美メロだからと解釈したい。それだけにディラン本人はライヴになると原型を留めないほどメロディを破壊してしまうのが不思議でならない。


With God On Our Side

 ソマリア出身でカナダで活動するラッパー、ケイナーンによる「神が味方」。これも美しいっすなー。
 収録曲のほとんどはBob LudwigとAdam Ayanという2人の著名エンジニアによってポートランドの同一スタジオでマスタリングされているせいか、音の質感に統一性がある。世代も音楽性も雑多な曲が73トラックも収録されていながら、ちぐはぐな印象を受けないのもこの作品の秀逸なポイントだ。

 The Explorers Club『GRAND HOTEL』



 3月に入り、長く厳しかった今年の冬もようやく息切れの様子。ここ岐阜県中濃地区でも、ずい分過ごし易い気候になってきた。根が単純なせいか、陽気が良くなるとポップな楽曲が聴きたくなるのが常であって、この時期の私の部屋にはカラフルで軽快な音楽が溢れ返る。スクイーズ、ウイングス、ELO、ラズベリーズなど大御所から、70年代後半の泡沫パワー・ポッパーまで、様々なレギュラー陣が控えているが、それら一連のポップの匠たちに加え、今年新たにベンチ入りを果たしたアルバムがある。それがThe Explorers Clubの『GRAND HOTEL』。


GRAND HOTEL(紙ジャケ仕様)

GRAND HOTEL(紙ジャケ仕様)



 2008年にリリースされた彼らのファースト・アルバム『Freedom Wind』はビーチ・ボーイズへの過剰なる愛と敬意が込められた作品で、かなり笑わせてもらった記憶がある。今回はジャケットからも分かるように、60年代のA&M作品を始め、ソフト・ロックサウンドを標榜。また『Sunflower』、『Surf's Up』あたりのテイストを色濃く反映し、引き続きビーチ・ボーイズの溺愛ぶりも感じられる。
 知っている人はよく知っているが、知らない人は全然知らんという類のアルバムだろう。しかし一部のマニアにだけ占領させておくにはもったいないクオリティを誇る作品だと思う。例えばアルバムに先駆けてシングル発売された曲はこんな具合。


Run Run Run

 60年代後半から70年代前半ぐらいのソフト・ロック、ハーモニー・ポップに造詣が深い人であればあるほど、このメロディやアレンジ、コーラス・ワークを含め、サウンド作りのセンスと技量には舌を巻くのではないだろうか。ミックスはビーチ・ボーイズの一連のリイシューや『PET SOUNDS SESSIONS BOX』、『SMiLE』のエンジニアでもあるマーク・リネットが担当しているのだから、お墨付きとも言える。
 この1曲のみならず、アルバム全体がこうしたサウンドで統一され、きらびやかな一大ポップ絵巻となっている。例えるならばカート・ベッチャーがプロデュースを手がけ、バート・バカラックやジミー・ウェッブが書いた曲を、カール・ウィルソンが歌っているとでも言えばいいか。
 それのどこが絢爛豪華なのか、例えが理解できなくても大丈夫。そうした予備知識など全く無くても、このアルバムは楽しめるはずだ。
 思えばCDで昔のアルバムが容易に入手できるようになった90年代あたりから、ビートルズビーチ・ボーイズを筆頭とした60年代のサウンドを標榜するバンドはあまた登場した。そうしたバンドは少しでもかの時代のニュアンスに近づけようと、ヴィンテージの楽器や機材を導入したり、オシロスコープで60年代のレコードの音の波形を分析したりと、涙ぐましい努力を重ねた。個人的にはLilysとかStairsとか、好きなバンドもあるにはあったが、大半は「なるほど、こういうサウンドね」で片付いてしまうものでしかなかった。
 何故なら彼らは60年代サウンドのフォロワーであり、クローンの域を出ることができなかったからだ。せいぜいマニアックな知識のあるリスナーを、にやりとさせるのが最大の成果だったのだ。一時的に面白がることはできても、残念ながら何年も愛聴できるほどのクオリティではなかった。予備知識が無ければなおさらのこと。何となく古臭い音と思っただけだろう。
 一方、後年評価が確立されてから初めて聴いたという人にとってはどうなのか知らないが、中学生の時発売された大滝詠一の『ロング・バケイション』をリアル・タイムで聴いた者から言わせてもらえば、『ロン・バケ』がオールディーズからの大量の引用で構成された大滝流ポップの集大成などということは全く知る必要はなかった。そんなことは知らなくても田舎の中学生が毎日ターンテーブルに乗せて楽しめる魅力があったのだし、そうでなければあの時代に100万枚も売り上げるヒットになるはずはなかったのだ。
 このThe Explorers Clubの『GRAND HOTEL』もそれに匹敵するアルバムだと思う。既に80年代の中学生ではないのだから、聴いていれば「これはバカラックのあの曲、これはフィフス・ディメンションの…」と元ネタに気付いてしまうのは致し方ない。日本盤CDには萩原健太さんによるライナーノーツに、それら元ネタが列挙されてもいるので、興味のある向きはそちらに当たっていただきたい。
 そうしたマニアックな聴き方ももちろんできるのだが、私は何も知らない中学生の頃に戻ってこのアルバムを聴いてみたい欲求に駆られている。The Explorers Clubは60年代70年代のポップスへの深すぎる愛と探究心によって、内容が模倣を超えてしまったという確信があるのだ。中学生の頃の私なら、このアルバムをどう聴くだろう。
 先日ビーチ・ボーイズの来日公演が発表された。デビュー50周年を記念して、ブライアン・ウィルソンを含む現存メンバーが集結して行う、ワールド・ツアーの一環で日本にもやって来るそうな。しかし先月のグラミー賞授賞式でのパフォーマンスは見るに忍びない無残なものだった。私にとって既にビーチ・ボーイズは「本人である」以外に見所は何も無い。The Explorers Clubは60年代サウンドオリジネーターでこそないが、今こうしたサウンドを鳴らすバンドとしては右に出る者はいない。それこそビーチ・ボーイズとて、今はもうこれだけの音は出せないだろう。同じ見るならThe Explorers Clubのライヴの方が見たいと思う。
 最後にこのアルバムのトレーラー映像を。どうやらオフィシャルなものではなく、ファンが勝手に作ったもののようだが、大変良く出来ており、思わず吹いたので転載。





Grand Hotel [Analog]

Grand Hotel [Analog]

 こちらは輸入盤のみのアナログ。音やジャケットのデザインを考えるとアナログ向きかも。ただしよくあるダウンロード用コードは付いていないようなので、PCで聴く人は要注意。
Grand Hotel

Grand Hotel

 日本盤CDはゲートフォールドの紙ジャケ仕様でボーナス・トラックが2曲入っているが、こちらの輸入盤CDはデジパック仕様、ボーナス曲は無し。
FREEDOM WIND

FREEDOM WIND

 これは3年半前に出た彼らのファースト。現在とは一部メンバーが違っているが、この時点で完成度は非常に高い。ジャケットからも分かるように完全にビーチ・ボーイズになりきっており、ビーチ・ボーイズよりビーチ・ボーイズらしい音を実現。

 踊ろうマチルダ・バースデイ記念ワンマン@名古屋得三

得三マチルダワンマン



 ライヴとは常に一期一会。その日その場で見聞きした内容は、二度と再び体験することはできない。余りにも月並みな物言いに我ながら頭痛を覚えそうだが、つくづくそう感じるライヴだった。
 この日行われた踊ろうマチルダのワンマン・ライヴは特別なものだった。黒田元浩(ベース)、小春(アコーディオン)、まるむし(フィドル)がバックを務めるフル編成だったことに加え、マチルダの31歳の誕生日だったからだ。
 個人的にもまるむしさんが入る編成を見るのは初めてで、非常に楽しみにしていた。会場に集まった観客も同様に期待に胸をパンパンに膨らませていたに違いない。普段はテーブルを出して営業する得三が、オールスタンディング形式でフロアを開放。それでもぎゅうぎゅう詰めになる約200人の観客でごった返した。
 開演時間を過ぎてメンバーと共にステージに現れるマチルダ。もちろん観客は大喝采で迎える。演奏に入るかと思いきや、「すいません、ウンコしてきていいっすか?」とマチルダ退場。やっと戻ってきたかと思ったら、今度は「あ、ピック忘れた」とまた楽屋へ戻る。冒頭からこんなグダグダな態度では客が苛立っても不思議ではないのだが、マチルダのファンは彼の了見がよく分かっており、「しょーがねえな(笑)」という感じで暖かく見守るのだから、強固な信頼関係が出来上がっている。

 そして始まった演奏は、出だしこそマチルダの声の調子が悪そうで、前日の津でも大層盛り上がったようなので、その疲れが残っていたのかと思われたが、2曲、3曲と進む内に調子を取り戻し、徐々にしわがれ声の詩人の歌声に没入することができた。「ミミズクポルカ」、新曲(?)の「パーティー」などはとても良い出来で、観客の反応も熱を帯びてくる。
 フル編成によるバッキングの効果は想像以上だった。4人での演奏は単純にアンサンブルに幅が出るし、まるむしさんのツボを押さえたオブリガートが曲の哀感や壮麗さをより引き立てていた。黒田さんの文字通り基礎(ベース)部分を受け持つようなウッドベースと、パーカッシヴな小春ちゃんアコーディオンも絶妙。小春は目を見張るような華麗なブレイクを何度か見せてもくれた。メンバーそれぞれがバラバラの地方に住んでいるし、踊ろうマチルダ以外の活動もあるので、「なかなか練習できない」とマチルダはこぼしていたが、それでもこれだけの演奏を聴かせるのだから、凄腕のバンドであることが分かる。

 第1部の後半はバンドがステージ裏に下がって、マチルダの弾き語りコーナー。それも他人のカヴァーばかりという趣向。最初は「ブルーハーツ、というかマーシーがすげえ好きなんすよ」とブルーハーツの「手紙」を披露。続いて観客からのリクエストに応え、「キーは何だったっけ?」と言いながら北原ミレイの「石狩挽歌」。その後もリクエストは色々と飛んだが、「今日は意外性を追及したい」とマチルダ自身が昔好きで聴いていたというヴァセリンズ「Jesus Doesn't Want Me For A Sunbeam」(ニルヴァーナのカヴァー・ヴァージョンで聴いていたそう)とCoccoの「Satie」を続けて。

 これらは確かに現在のマチルダの音楽とは直接結びつかない曲だ。しかし90年代のある時期に意識的に音楽を聴いていた者なら必ず触れたであろうクラシックであり、世代を考えれば彼が聴いていても不思議ではない。対外的にはむしろ隠しておきたいルーツとも言えなくもないが、無防備に露わにするマチルダ。観客はまるでマチルダの自宅に招かれて居間で聴かせてもらっているような、秘密を共有した喜びを味わった。
 恐らくオリジナルも交えてなのだろうが、このコーナーを拡大したようなゆるーい弾き語りのライヴも名古屋でやりたいそうで、5月30日に同じ得三で実現するそう。これはこれで楽しみだ。

 10分ほどの休憩を挟んでからの第2部は、マチルダアコーディオン弾き語りによる「箒川を渡って」からスタート。年初に放送されたNHKのドラマ「とんび」で使われて大反響を呼んだ曲だ。何故大反響と分かるかというと、放送直後から「踊ろうマチルダ」で検索する人が急増し、Googleの検索結果のかなり上位にこのブログ(の3年近く前に書いたこのエントリー)が表示されるので、ここのアクセス数が飛躍的に伸びたのだ。
 話題の曲だけにフロアがウオオォーー!!と湧く。もしかしたらこの曲で初めてマチルダを知って、このライヴを見に来た人もいたかもしれない。中入りによる散漫した空気を吹き飛ばし、たった1曲で再び観客の心を掌握したマチルダはさすがだった。

 第2部ともなるとライヴでは定番のキラー曲を中心に、ぐいぐいと盛り上げる。既に順序は定かではないが、「Bus to Hell」、「ロンサムスウィング」、「ギネスの泡と共に」などイントロだけで大歓声に包まれ、サビのみならずほぼフル・コーラスで大合唱が起きる。アンプを通しているはずの演奏がかき消されんばかりの歌声なのだが、それがまるで不快ではない。マチルダの曲はアイリッシュ・トラッドの流れを組んだメロディが多いのでシンガロングしやすいせいもあるのだが、それ以上にこれらの曲に対する思い入れの大きさ故、切迫した気持ちが歌わずにおれなくさせると言った方がいい。大して昂ぶってもいないのに予定調和の一環として起こるおざなりな、或いはこれ見よがしな合唱とは訳が違う。

 CDで発表されている曲はおろか、まだレコーディングされていない「放浪の歌」、「踊ろうマチルダのテーマ」といった曲でも同様の反応が起きることからも、ファンが如何に熱心で、マチルダの曲を切望しているかが分かろうというもの。

 観客のほとんどは普通に社会生活を営む大人だろうし、日々の暮らしの中で喜怒哀楽、色々な感情を押し殺さなければならない場面にも遭遇しているだろう。マチルダの音楽はそんな人々の感情に架かるたがを外し、解放させる力を持っている。観客が普段の姿から逸脱して、狂ったように歌い、踊り、涙を流し、へべれけになるほど酔っ払ってしまうのはそのためだ。社会性をかなぐり捨てた本来の姿に戻る瞬間でもある。
 ただでさえマチルダのライヴは特殊な場になり得るのだが、この日はさらにスペシャル感を高める出来事があった。宴の主役の誕生日だったからだ。この日の最初の方のMCで、「生まれたのは9時ごろらしいんすよね」と話していたのを覚えていた客が、曲間に「9時になったよ!」と叫んだのを合図に、一際大きい拍手と共に「Happy Birthday to you」の大合唱が湧き起こった。31年前のこの日にこの男が生まれたこと、そして彼と同じ時代を分かち合えた慶びを最大限に表現するような温かい歌声だった。

 そしてライヴもいよいよ佳境。古くからの人気ナンバー「マリッジイエロー」はもちろん最高潮の盛り上がりを見せ、しかしただでは終わらなかった。この曲のアウトロはワーグナーの結婚行進曲を引用するのが普通なのだが、この日はまるむしさんと小春ちゃんが「Happy Birthday to you」に変更して演奏する粋な計らい。それに合わせて楽屋からケーキの差し入れが行われた。もちろんマチルダは知らされてなかったようで、照れながらろうそくの火を吹き消すのだった。写真でその表情が分かるかな?

 アンコールは(確か)2回。既に記憶が曖昧だ。2度目のアンコールは恐らく予定外だったと思われる。鳴り止まない拍手に促され、全身全霊を捧げた後の、足元も覚束ないマチルダがフラフラと登場。この日は力が入りすぎたのか、弦を切りまくっていたため、もう交換用のスペアが無く、3弦の無いギターで「夜の支配者」を弾き語った。興奮に包まれた会場を落ち着かせるように、しっとりと響き渡る「夜の支配者」は絶品。この瞬間が永遠に続いて欲しいと祈りたくなるような奇跡的な演奏だった。

 踊ろうマチルダに限らず、今まで数々のライヴを見てきた中でもこの日得三で見たライヴは間違いなく最上級のもの。生涯忘れたくないと願うほどの幸福な経験を得た。また個人的には会場でびっくりする出来事も。開演前にカメラのセッティングをしているところへ声を掛けてくれた人たちがいたのだが、どこかで見たことあるなあと思ったら、新宿Red Cloth夜のストレンジャーズワンマンなどで見かける一団だった。東京から遠征してきたのかと思えば、元々名古屋とその近郊の人たちで、夜ストやマチルダのライヴは東京と言わず大阪と言わず、あちこち遠出して見に行っているらしい。何ともクレイジーでパワフルな人たち。真似は出来ないけど、気持ちはとても分かる。しかもその中のひとりは、以前からTwitterで私のことをフォローしてくださっていた。何という狭い世界(笑)。類は友を呼ぶんですねえ。




故郷の空

故郷の空

 現在のところ踊ろうマチルダの最新作。Amazonの「内容紹介」は私が3年前に書いたエントリーからの引用では?それとも偶然似ているのか。まあそれはともかく、今聴けるマチルダの音源では、内容、録音ともこれが一番充実していると思う。繰り返し聴くには充分な出来だが、ただライヴの魅力はこんなもんじゃない。最近彼を知って、まだライヴを見たことがないという方は、お近くの街にマチルダが来た時は是非足を運ばれることをお勧めします。

 Sam Cooke特集誌を読んでみた



 ソウル・ミュージックの開祖と言ってもいい、偉大過ぎて困ってしまうほどの巨人、サム・クックが21世紀の日本で俄かに衆目を集めている。サムと言えば、これほどの人でありながら何故かそのオリジナル・アルバムのCD化が遅々として進んでいなかったのだが、いよいよ来月、RCA時代のアルバムの大半が日本盤CDとして発売される。それに合わせてサムの特集をフィーチャーした雑誌が2誌、相次いで発売されたので早速購読。


 こちらは現在休刊中のシンコーミュージックのTHE DIGのエクストラ・イシューとして発売されたムック。『グルーヴィ・ソウル・ミュージック』と題され、表紙及び巻頭特集がサム・クックになっている。サム以外にはボビー・ウーマックオーティス・レディングの特集、1月に来日したチャカ・カーンのインタビュー、星の数ほどあるソウルの名曲の中から、スロー・バラードとアップ&ミディアムのそれぞれベスト50セレクションなどで構成されている。
 「サム・クック〜その生涯と作品」のサブ・タイトルによる巻頭特集は全49ページ。何と言っても鈴木啓志さんによる「今こそ聴かれるべきサム・クック」という記事が読み応え有り。サムの経歴を辿りながら展開されるサム・クック論なのだが、正鵠を射た内容はまさに目から鱗だった。
 ゴスペル・グループのリード・シンガーとしてプロ・デビューを果たした後、サムが世俗歌手として独立したのが1957年。不幸な死を遂げるのが64年12月なので、ポップ・スターとしてのサムのキャリアはこの7年余りしかない。今でこそ「ソウル・ミュージック」と言えば確固たるカテゴリーが出来上がっているが、サムの活動期間に於いてはジャズやブルーズやゴスペルの要素を残した未分化な音楽だった。結果的にサムの音楽は「ソウル・ミュージック」の土台を形成するものだったという歴史的事実を踏まえつつ、単に「パイオニア」として祭り上げるだけでは見落としてしまうサムの音楽の全体像を改めて検証する必要性を説いている。
 サムの死後20年以上経って突如リリースされた『ライヴ・アット・ザ・ハーレム・スクエア・クラブ1963』は非常に人気の高いライヴ盤だ。ここで聴けるサムの飛び散る汗まで見えるような熱唱、血が煮えたぎるようなシャウト、そして詰め掛けた黒人客の熱狂ぶりはいつ聴いても興奮させられる。存命中に発売されたオリジナル・アルバムでは白人マーケットを意識したぬるいポピュラー・ソング集のような作品が多かったサムだが、これを聴いた多くのファンは「これこそがサムの真の姿だ!」と溜飲を下げたものだ。実は私もその口。それまで「ユー・センド・ミー」などいくつかのヒット曲はラジオなどで聴いて知っていたが、『ハーレム・スクエア・クラブ』によって改めてサムの凄さに打ちのめされた。
 それは当時毎週聴いていた山下達郎のラジオ番組「サウンド・ストリート」で、2週に亘って全曲を放送する異例のプログラムを組んだことと、「こんなに内容の優れた、録音も良いライヴがどうして今まで出なかったのか」と山下達郎氏をして語らしめたことも影響しているかもしれない。このアルバムが出た時、私は3ヶ月に1枚ぐらいしかレコードを買えない高校生だったが、『ハーレム・スクエア・クラブ』は割とすぐ購入した記憶がある。
 だがしかし、今回鈴木啓志さんのサム・クック論を読んではたと気付かされた。『ハーレム・スクエア・クラブ』は確かに歴史的な名盤だ。ただそれはソウル・ミュージックがジャンルとして確立されていた85年に発売されたからこその評価ではないのか。オーティスもアレサもJBも経験した耳には、このブラックネス丸出しのサムの歌声は砂漠に水を流すように吸収されていく。
 このライヴが収録されたのは63年。当時ライヴ盤で発売することを前提で録音しながら、リリースを見送ったのはRCAの判断だったらしいが、サムはそれを容認したのだ。その理由を考える時、黒さを強調し過ぎることを良しとせず、かと言って黒人としてのアイデンティティも忘れない、黒人にも白人にも支持される音楽を目指したサムのポテンシャルの高さが見えてくるではないか。「『ハーレム・スクエア・クラブ』最高!」で済ますことはサムの本質とかけ離れているとも言え、改めてサムのオリジナル・アルバムを聴き直してみたいと思った。
 新井崇嗣さんと小川真一さんによるオリジナル・アルバム・ディスコグラフィは、その意味でもサムの理解に役立ちそう。全アルバムについて1ページないし、見開き2ページを割いての詳細な解説で、特に今まで未CD化だった作品は情報が乏しいため重宝する。ただ編集盤、オムニバス盤の類は取り上げられていないのが惜しまれる。


 資料性の高さでは、こちらのお馴染みレコード・コレクターズ誌に軍配が上がる。こちらも全48ページのボリュームでサムを取り上げている。
 カラーで掲載の各種レア盤、メモラビアは眺めているだけでため息が出る。サムの現役当時、日本でもこれほど多くの7インチ盤が発売されていたとは知らなかった。また58年のコパ出演時のサイン入りフライヤーといった重要文化財級のお宝も。これらの写真を提供している秋山弘昭さんは、記憶違いでなければ以前サムのコレクターとしてコレクター紳士録に登場した方ではないかな。
 本文記事は最近『Twistin' the Night Away』の完コピアルバムをリリースしたトータス松本のインタビュー、バイオグラフィー、その生涯に残された音源の解説、サムが設立したSAR/DERBYといったレーベルからリリースされた音源まで網羅して取り上げている。徹底した音源主義、資料性重視の方針は貫かれており、この雑誌の面目躍如と言える内容。最近はロック史の著名作品のデラックス・エディションなどによる再発と連動した特集が多く、今回のサムのように単一アーティスト全史を辿るような特集は久しぶりのような懐かしい気がする。
 もちろん80年代、90年代と比較すると情報量が格段にアップしている分、資料としての精度は高く、チャート・ポジションを記した7インチ・ディスコグラフィや、オリジナル・アルバム未収録音源の解説は一リスナーとしてもとても役に立つ。しかし論考の弱さは否めないのも事実で、特にアルバム解説ではポピュラー寄りの作品を一段低いもの、サムの世を忍ぶ仮の姿と捉えた表現が散見される。まさに『ハーレム・スクエア・クラブ』原理主義的発想であって、私には目新しいものには感じられなかった。
 ということで読み応えを考えると『グルーヴィ・ソウル・ミュージック』に分があるし、史料価値の高さではレココレが優勢と判断できる。私はリファレンスとして両方手元に置いておくことにする。


Mary, Mary Lou

 これは58年に放映されたテレビ番組出演時の映像。ドレス・アップした白人ギャラリーに囲まれてジャンプ・ナンバーを歌うサム。豪奢で清廉な画面に溶け込み、アナウンサーのような明瞭な発音で朗らかに歌う洗練されたサムの姿が映っている。そこから白人文化への対抗意識やおもねりは伝わってこない。正々堂々としたサムのスタイルであり、紛れもない個性である。黒人向けクラブで歌うサムの姿との間に優劣を付けること自体が誤っているのではないかと思えてくる。
 そこは私自身も認識を改めるべき点であり、この機会にサムの残した音楽を再検証してみたいと思う。


Sam Cooke RCA Albums Collection

Sam Cooke RCA Albums Collection

 RCA時代のアルバム8枚をまとめたボックス・セット。昨年ヨーロッパで発売されたもの。来月日本盤CDが出るのはここに入っていた8タイトル、と『The Best of Sam Cooke』の9枚。日本盤は紙ジャケ+Blu-specCD仕様でバラ売りされる。
 紙ジャケ云々に魅力を感じないユーザーとしてはこのボックスで充分。アルバム1枚あたりの単価は圧倒的に安いし。しかしこのボックスは昨年暮れには売り切れており、今はマーケット・プレイスだけの在庫になっている。ただ2/25現在、AmazonUKでは在庫が復活しているので、日本のアマゾンも再入荷するかも。


8 CLASSIC ALBUMS PLUS

8 CLASSIC ALBUMS PLUS

 『グルーヴィ・ソウル・ミュージック』もレココレ誌も、この4枚組について全く触れていないのは権利関係が怪しいからか?昨年アメリカで発売されたセットで、4枚のCDにアルバム8枚+シングル曲を詰め込んでいる。収録作品はKEEN時代の『Songs by Sam Cooke』、『Encore』、『Tribute to the Lady』、『Hit Kit』、『I Thank God』、RCA時代の『Cooke's Tour』、『Hits of the 50's』、『Swing Low』で、RCAの3枚は上記RCAボックスと重複する。
 権利関係を疑ったのは、オリジナル・マスターからのCDではなくレコードからの盤起こしだから。そのためよく聴くとチリチリというレコードのスクラッチ・ノイズが入っている。ただ録音された時期を考えればそれほど悪い音質ではなく、私は今回の特集雑誌を読みながら、ずっとこの4枚組を聴いていた。このボリュームで1000円以下の価格は破格。