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2014-04-28

【二次創作(未完)】艦娘の脳髄

以下、昨年の冬コミ頒布しました艦隊これくしょん×屍者の帝国による二次創作同人誌、『艦娘の脳髄』本編になります。ルビは()で代用しました。

あと、屍者帝パロなので未完なのは仕様です。



 何をおいてもまず、「建造」に必要なものは脳髄だ。

 それも、生きた若い娘のものが一番良い。

 その方が、『媒体(メディア)』からの「流し込み(ストリーミング)」が成功しやすいからだ。

 なぜ若い娘の脳髄しか「流し込み」を受け付けないのか――それは男女の脳それぞれが有する霊素(スペクター)の重さが違うからとも云われているし、そうでないとも云われている。霊素学や骨相学の発展に伴い、やがて老若男女の別なく「流し込み」が可能となるだろう、という主張も度々耳にする昨今だが、要するに皆、お国のためとはいえ、年端も行かぬ娘の脳髄を弄り回すことに何かしらの後ろめたさを感じているのだろう。職務上の経験から、私はそのように思う。

 陰気な地下室に取り籠もり、うら若き乙女たちの頭蓋を開いては、その灰白質に電極を突き立て続ける――このような仕事にあって、正気を保ち続けるのは実に難しい。気を病んで田舎に帰るという同僚の背中を見送る度、私は自らの職の異常さを自覚する。口さがない連中はといえば、私のことを「憑き物降ろし」呼ばわりするといった始末で、そんな呪術的な業務に就く者の中にあって、私は比較的古株と見なされている。登戸からここ横須賀に出向して五年足らずの若輩者に対し、古株も何もないものだとは思うものの、もとより少数精鋭の工廠部門であり、こうして人員の入れ替わりの激しい職場であることを考えれば、ひょっとしたらこれは天職なのかもしれないと、不謹慎な思いを抱くこともしばしばだった。

「――君、田舎は」

 薄暗い密室にあって、私は目の前に座る女学生にそう呼びかける。要らぬ不安を与えないよう、つとめて平静な声音を作ったつもりだが、上手くいっているかどうかはわからない。

青森、です。青森の戸来村……」

 女学生は俯きがちにそう応える。やはり緊張しているのか、セーラー服に包まれたその肩はこわばり、声はいまにも消え入りそうに小さい。無理もないと思う。大声を張り上げる海軍の士官に連れられ、工廠の地下室に引っ立てられるや、こうして陰気な白衣姿の若造と一対一など、緊張するなという方が無理な話だった。これから女学生の身に起こることを考えれば、それはなおさらだ。

「私の出身は下北の方にあってね――戸来の方と云えば十和田の東か。風光明媚な場所だと聞いているよ」

 娘は俯いたまま応えない。

「――ご家族は」

「……父は戦死しました。父の他には母と祖父母、それから弟が三人います」

 そう応えた女学生の瞳に、わずかに逡巡の色が浮かんで消える。これからその脳髄に「艦の記憶」を埋め込まれようとしているそのときに、望郷の念を煽るようなことを訊くのはいささか不味かったか、と私は少しだけ反省する。

「……八甲田の麓で育ちました。牧草地と畑と、それから雑木林しかない、静かな村です。私の家は馬を飼っていました。年老いた牝馬で、とても大人しい馬です。小さいときはよく厩の藁で一緒に寝ました……弟たちと一緒に、毎日飼い葉をやって……それから……」

 一瞬だけ饒舌になり、やがて黙り込む女学生を見、そんな彼女の記憶をこれから私は自分自身の手で消し去るのだと考える。少しばかり、遣り切れない気持ちに囚われる。だが無闇な憐憫は禁物だ。私の職業にあって、「躯体」の少女たちにいちいち同情していては身が持たない。その背を縮め、工廠の門から田舎へ帰っていった同僚たちを思い起こす。彼らはおそらく、こういった躯体の娘たちに対して、職務的な無関心を貫けなかったのだろう。

 そういうわけで、私は慣れない世間話を打ち切り、一転して事務的な遣り取りに移ることにした。

「いまから君の脳に「艦の記憶」を流し込む手術を行う。『大日本帝国海軍艦艇媒体』からの「流し込み」によって船魂を上書きされた君は、『艦娘』に生まれ変わるんだ。いままでの名前も、記憶も、人格も、何もかも失って、君は海軍省管轄下に置かれる「備品」としての人生を送ることになる。家族の財産の保証と引き換えに、一切の人間性と自由が失われる――それでも、志願する心に変わりはないかい」

 私はテーブルを挟んだ向かい側に一枚の書類を差し出して云い、

「家族の生活が楽になるのであれば……」

 幾分か哀しげな顔でそう告げる女学生に、私は胸ポケットから万年筆を差し出した。

「では、この誓約書に印鑑とサインを」

 女学生に向けて、無表情にそう告げる。

 書類に筆を走らせるその手は、少し震えているように見えた。

 

          *

 

 春の海は穏やかに波立ち、私はドックの片隅からそれを見渡す。

 娘への「流し込み」は無事成功した。吹雪型駆逐艦一番艦「吹雪」、彼女はその百二十七番目の同位体として、これから南方の戦線へと派遣される手筈になっている。周辺海域における『奴ら』の侵攻に対抗できるのは彼女たち『艦娘』だけだ。であればこそ、私のような職業が必要とされるし、『艦娘』になることを志願する娘たちは後を絶たない。各鎮守府、各泊地からは、毎日のように新しい『艦娘』の派遣要請がやってくる。その度に、私は地下室に連れて来られた「躯体」の脳に「艦の記憶」を書き写す。まるでルーチンワークのように、淡々と『艦娘』を「建造」する。そんな毎日の連続。

 それにしても――と私は先刻までの出来事を思い返す。

 つい半時間前まで己の名を名乗っていた娘が、記述台から目覚めるなり、まるではじめからそうであったかのように吹雪型駆逐艦一番艦「吹雪」を名乗る様は、何度見ても憑き物か何かが少女に降りたとしか思えぬ光景だった。彼女は彼女としての実の名や記憶、そして人格の全てを失い、その脳髄に「吹雪」の記憶を上書きされたのだ。他ならぬ、この私自身の手によって。

 青森の戸来にいるという彼女の家族には生活の保証が与えられ、その代償として娘は船魂の依り代に捧げられる。もちろん二度と田舎へ帰ることはない。運が良ければ、解体されるそのときまで海軍の備品扱い。運が悪ければ海の藻屑。何不自由のない生活と引き換えに、彼女たち『艦娘』は元の生活の全てを失う。その元の人格もろとも。

 そう考えれば、確かに私は「憑き物降ろし」としか云いようのない存在だ。生娘の脳髄を器として、そこに大日本帝国艦艇の魂を呼び戻す。国のため、陛下のため――そのような名分をもとに、娘たちの脳髄は私という「憑き物降ろし」の手によって祭壇へと差し出される。

 実に因果な職業だ――私は自嘲的にそう思う。

 とはいえ、この種の経験を何十回としてきた私にとって、そのような自嘲を経た上でなお職務上の無関心を貫くことは、そう難しい問題にはなりえなかった。多くの同僚と異なり、平気な顔でこの工廠に送り込まれる娘たちを『艦娘』なる存在に造り替えてきた私は、やはり海軍工廠呪術師という職にうってつけの人間なのだろう。あらためてそう自覚し、私は白衣の胸ポケットから両切り煙草を取り出して、その先端に火を点す。海から吹き込む風が紫煙を洗い、遠い桜並木の色と一体になって消える。その光景を見るともなく見遣っていると、

「こんなところで黄昏れてたのか――横須賀の「憑き物降ろし」様よぉ」

 背中から呼び声が掛かり、私は後ろを振り返る。

「その渾名、誰に聞いた……」

 声の主の正体を認め、私は憮然としてそう返す。

「久しぶりだな中禅寺」

「木村、貴様いつ横須賀に戻ってきた」

 振り返った私は、第二種軍装の男に向けてそのように呼びかける。男の一歩後ろに付き従うのは彼の秘書艦だろうか――艤装を着けた若い女性が、微笑みを湛えて彫像のように佇んでいる。

「ついさっきだよ。輸送任務の報告に寄っただけだがね――煙草、くれないか」

 私は煙草を一本だけ差し出し、

ガダルカナル沖(アイアン・ボトム・サウンド)の戦況はどうだったんだ。大本営発表は我が軍の圧勝を伝えているが」

実態はひどいもんだ。駆逐艦の娘たちが大勢死んだ。それも何十隻もな」

「そんなにか」

 苦々しく吐き捨てられた言葉に、私は思わず眉をひそめる。

「本当だったら小学校に通ってるような歳の子がだぜ、至近弾を受けて木っ端微塵だ。思い出したくもないよ」

 本当に思い出したくないことなのだろう。何かを拒絶するかのような彼の面持ちを見、私は話題を切り替える。

「そちらのお嬢さんは確か」

軽巡洋艦の龍田だ。秘書艦として、俺の身の回りの世話をしてくれている」

 ぺこりと礼儀正しく頭を下げる秘書艦に、ふと、私はかつて「流し込み」を手がけた娘の面影を思い起こす。

「大きくなったな。この工廠へ来たのは二年と三ヶ月前か。こうも見違えるとはな」

 そう云い当てる私に、秘書艦は「その節はお世話になりましたー」と間延びした声で応える。

「全く、何でも覚えてやがる男だぜ」

 苦笑しながら木村は云い、

「ここから送り出された『艦娘』たちは皆、戦地で立派に戦っているよ。「憑き物降ろし」中禅寺秋彦少尉殿はいまや、横須賀海軍工廠になくてはならない存在だからな」

 木村は私の肩をわざとらしく叩いて笑う。

「「憑き物降ろし」ね――陸の元同僚にそう呼ばれる私の身に、一度なってみるがいいさ」

「そう云うなよ。陸海の別を問わず、アンタら由来の技術なしで『奴ら』との戦いは成り立たないだろう。南方では陸軍管轄の『艦娘』も大勢見たぜ」

「俺たちの技術を必要悪として取り入れた結果にすぎないと思うがね。登戸から癲狂院に直行する研究員は後を絶たない。その上で技術の適用を継続しているんだ。必要悪でなくて何なのだ、という話だよ」

「年若き女の子の頭を開いては閉じ――確かに愉快な職場とは思えないな」

 吐き出した紫煙で輪をつくり、木村は面と向かってそのように云う。彼らしい、実に率直なコメントだった。

「先の戦争が終われば登戸の研究所からお役御免になるはずだったのが、事情が変わってこの様だ。復員後は悠々自適に古本屋でもやろう、などと家の者とは話していたのだが、見ての通り全てご破算といった次第でね。散々な人生だとは思わんかね」

 私がそう云うと木村は苦笑し、

海軍省管轄の自律航行型特殊艦艇――進駐軍科学者、帝大の医学者に陸軍研究者、それから海軍技術者たち、そんな有象無象の野合が生み落とした『艦娘』。アンタら技術者が生み出した成果は、いまや『奴ら』の侵攻から人類を護る盾だ。実態はどうあれ、お国のために必要な仕事には変わりないさ。まぁ、必要悪ってのはアンタの云う通りだとは思うが……」

 そして木村は傍らの秘書艦を見遣り、

「でもな、アンタはこいつらに艦の魂を宿してくれた。何かとギスギスしがちな艦内生活よりも、こいつらと寝食を共にする前線の方がよっぽど気楽さ。それがどんな技術で造られたかなんて、俺たち前線の皆は気にしちゃいないよ」

 そう云って、木村は彼女の頭をぽんぽんと優しく叩いてみせる。耳たぶを赤く染めて俯いてしまった秘書艦の有様を見、私は「寝食」という言葉の意味を思わず考えてしまう。昔から好色な男ではあったが、まさか秘書艦に手を出しているのではあるまいか――そんな要らぬ心配をしてしまう。そこで、

「中禅寺! 中禅寺秋彦少尉はいるか!」

 そんな声が聞こえ、私は反射的に声の方へと振り返る。軍服の男たちと一人の『艦娘』を伴った洋装の紳士が、どういうわけだか私を捜してドック内を大股で歩き回っている。

「誰だ、ありゃ……」

 木村がそっと小声で云い、私は反射的に直立不動の姿勢を取っている。上官かもしれないと思ったからだ。

「知らんよ。横須賀じゃ見ない顔だ」

 私は小声でそう返し、

「どうもアンタを探してるようだが――あの後ろにいる『艦娘』、ありゃ「不知火」だ。何番目の同位体かは知らんがな」

「そんなことは……」

 私はそこで言葉を切り、木村と並んで気をつけの姿勢を取っている。声の主が、私の方へ向けて大股で近づいてきたからだ。

「中禅寺少尉は君か」

 つかつかと歩み寄ってきた洋装の紳士が、私の爪先から頭までを舐め回すように見て云った。そして男は、どういう風の吹き回しなのかと訝しむ私を余所に、

「少しつき合い給え。なに、茶飲み話程度の用に過ぎんよ」

 そう云って、曰く形容しがたい不敵な笑みを浮かべてみせた。

 

          *

 

 茶飲み話が聞いて呆れる――私は声に出さずにひとりごち、車窓を流れる桜並木を見遣っている。かれこれ一時間は車に揺られているだろうか。目的地を知らされないまま連れ出された私は、公用車の座席でいささか据わりの悪い思いを味わっていた。隣に座る「不知火」の仏頂面といい、やはり居心地悪いことこの上ない。そのように思う私を余所に、洋装の紳士は助手席から声を発し、

「中禅寺少尉、君は自分を愛国者だと思うかね」

 などと、低く通る声で、そのように問いかけてくる。

「もとより愛国者でなければ務まらない職務であります」

「違いない」

 私の返答に、何が可笑しいのか男はやおら肩を揺すって笑い出した。

「ときに君は「憑き物降ろし」の専門家だと聞き及んでいる。今回呼び出したのは他でもない。君のような人間にしか務まらない重要な任務があってね。引き受けるかどうかは君の意思次第だが――適任とだけは云っておこう」

「重要な任務、でありますか……」

 含みのある言葉に対し、私は片眉を吊り上げ、

「化けて出た芥川龍之介のような風体――機知に富み、性格は偏屈そのもの。堂島君に聞いていた通りの人物だな、君は」

 男はそのように言葉を継いで、再び肩を揺すって笑い出した。

堂島大佐をご存じなのですか」

「元大佐だ。いまは軍を離れ、GHQの下で働いている」

 堂島静軒――登戸陸軍研究所にいた時分、私の上官であった男の名だ。洋装の紳士が彼を詳しく知る者であるとすれば、軍の機密に触れることのできる立場の人間である可能性が高い。年の頃は五十代前後。その立ち振る舞いは軍人よりも文民といった体で、私は情報機関の高官だろうとあたりをつける。

「失礼ですが、貴殿は一体」

「『内務省特務機関の明智』、とだけ応えておこう。色々制約があってね。私の身元に関して、これ以上は応えられんのだよ」

「私の隣に座るこの『艦娘』は」

 云った瞬間、「不知火」の三白眼がこちらを睨む。その目つきは、年の頃十代前半の娘とは思えぬ迫力だ。

「陽炎型駆逐艦二番艦「不知火」、その三十二番目の同位体だ。うちの組織で働いている、いわば助手だな。海軍の軍役を離れた後、解体されかけていたところを内務省が引き取ったのさ」

「退役した『艦娘』も『艦娘』で大忙し、というわけですな」

 私は窓の外を眺めて応え、

横須賀で屍者(フランケン)の衛兵を見ない日はないだろう。それと同じさ。まだまだ数は少ないがな」

 なるほど――と私は返し、しばしの間黙考する。

 内務省特務機関。なぜそんな組織に属する彼が特殊工廠の一技師に過ぎない私をわざわざ呼び出したのか。それに重要な任務とは何か。鎮守府の外へ連れ出された私はどこへ向かっているのか。疑問が浮かんでは消え、私は憶測をはたらかせる。だがそれに先んじるようにして、『明智』を名乗る紳士は座席越しに私を見遣り、そしてにやりと笑った。

「なぜ、なぜ、なぜ――そんな顔をしているな。無理もないが、まぁ追々わかることさ。そら、もうすぐ目的地だ」

 やがて公用車の車列は日比谷濠の通りを抜け、立哨する屍兵の検問を通過すると、第一生命館の前で停止した。『奴ら』の襲来により有耶無耶のまま終戦を迎え、空襲の難を逃れたこの一帯は、開戦前と何ら変わらぬ静けさを湛えているように思える。そんな昔と寸分違わぬ風景にあって、余所者である進駐軍がこの第一生命館に本拠を構える様は、云い知れぬ違和感を私に抱かせる。

「さ、降りたまえ。ここが目的地だ」

 促されるまま公用車を降り、私は明智某の後ろに続いて建物に入る。その更に後ろには護衛の軍人だろうか、軍服姿の偉丈夫が二人。その更に後ろからは例の「不知火」が足音もなく着いてくる。

 明智某は受付の米国人に来訪の旨を告げ、奥へ通された私たちは、昇降機に乗り込むや真っ直ぐに六階へと向かった。その間、私たちを先導する明智某の足取りには迷いがない。おそらくここGHQ本部には何度も足を運んだ経験があるのだろう。そのように推測する。

 回廊のそこかしこには、進駐軍に業務委託された民間軍事請負会社(PMC)の屍者が、M1ガーランドを掲げて立哨していた。生きた人間よりも遙かに忍耐強く従順な屍者は、GHQ本部の警備という役にあって、まさにうってつけの存在なのだろう。霊素の失われた人間――つまり死体――の脳に制御機構を上書きすることで生産されるのが屍者なわけだから、好奇心旺盛な生者と違って、機密を覗き見られる心配も全くない。

 進駐軍雇用主としたGHQ関連施設の警備職は、今日その大半を屍者が担っているといって良い。そればかりではない。かつて空襲により焼け野原となった下町復興は、土建屋米国の業者から買い付けた屍者たちによって、わずか半年で成し遂げられてしまったという。どこもかしこもそんな有様だから、雇用の口を屍体に奪われた生者たちが職業安定所に押しかけ、ラダイト運動よろしくその建物を打ち壊し、火を放つという事件も過去には発生した。それにしたところで、暴動により発生した死者が次の日には屍者となって都電を運転していた、などという真偽定かではないオチがつくのだから、実に笑えない話だと私は思う。

 屍兵たちは「憑き物降ろし」の技術の原型となった洗脳理論で実現されたという点で、『艦娘』の元祖たる存在であると云える。十九世紀における霊素学と骨相学、そして脳機能局在論の飛躍的な発展は、各国軍がこぞって競った屍兵の改良なしではありえなかった。そして今日、『艦娘』の建造技術は、死者ではなく生者の脳に偽の魂を書き込むことを可能ならしめている。自律思考のベースとなる船魂のデータと、そして四肢を駆動させる各種制御系。東京帝大が策定した最新の艦娘制御プラグインは、『艦娘』たちにほとんど普通の人間と区別がつかない動作と喋りを実現させた。いわゆる『不気味の谷』は、技術の進歩によりあっさりと越えられたように思う。

 かつて屍兵の登場が陸戦の在り方を根本から変えてしまったように、『艦娘』の登場は今まさに海戦の在り方を変えつつある。ノルマンディーにおける連合軍の上陸作戦では、双方の屍兵合わせて八十万体が激突する地獄絵図が顕現したという。だとすれば、木村が云っていたガダルカナル沖の戦況は新しい海戦のかたち、その予兆なのかもしれない。背後を着いてくる「不知火」――その非人間的とも云える整った顔立ちをちらりと見遣り、私はそのように思う。

「着いたぞ」

 明智某が云い、私の視線は部屋に掲げられた『社長室』のプレートに釘付けになる。

「失礼します」

 部屋の扉を三度叩くと。「入りたまえ」という声が返ってきた。明智は「不知火」と護衛の二人に外で待っているよう短く伝え、ドアを開けると、私に中へ入るよう促した。

「――小五郎、その青年が『我々の切り札』か」

 チューダー王朝風の調度品に囲まれた執務室――開口一番、奥のデスクに座る白人の偉丈夫はコーンパイプを燻らせ、そのように云った。

横須賀の「憑き物降ろし」、一度面ぁ拝んでみたかったんだが――仏頂面の石地蔵、呪術師ってぇより八卦見みてぇな面だな、実物は」

 続けて云ったのは来客用の椅子に座る海軍軍人で、私は両者の顔を交互に見比べ、

「曰く「堂島静軒の懐刀」。一級の洗脳技師でありながら、宗教や故事来歴に精通した博学者――私は想像通りといった感じですがね」

 海軍軍人の向かい側――陸軍の軍装姿の美青年が言葉を継いだ。

ダグラス・マッカーサー元帥山口多聞海軍大将、それとあちらが陸軍情報部の本郷義昭少佐だ」

 占領軍総司令官に聯合艦隊の指揮官、そして陸軍の情報部長――錚々たる顔ぶれに、私は「重要な任務」とやらの内容にあたりをつける。

「そこに掛けたまえ」

 マッカーサーが云い、明智が私に椅子を勧める。促されるまま席に着くと、山口の隣に座る若い婦人が私に向けて微笑みかけるのがわかった。臙脂色の着物。その人形めいた表情から明らかに『艦娘』であることが見て取れたが、艤装は身に着けていない。そんな彼女に私は、過去に「流し込み」を手がけた女学生の面影を捉えている。航空母艦飛龍」。その記念すべき一番目の同位体だ。まさか山口司令長官の許で秘書艦を務めていたとは。

「あらぁ僕の三番目の家内みたいなモンでね」

 私の視線を察したのか、秘書艦を指差した山口が、おもむろに口を開いた。

「いや何、家内に頭が上がらないのはどこの家も同じってこった。要するにこいつぁ影の聯合艦隊司令長官だな」

 そのように云うと、マッカーサーと明智、そして本郷が笑った。

「突然の呼び出し、大層困惑させてしまったことは承知している。悪く思わないでくれ。我々が今日ここに雁首揃えていること自体、一種の国家機密なのだからな」

 陸軍の美青年――本郷大尉がそう断りを入れる。

内務省特務機関の関係者からの接触、私に与えられるという重要な任務、そしてGHQ本部に揃ったこの面々とあれば、だいたいの想像はつきますよ」

「ほう、云ってみたまえ」

 私の言葉を、マッカーサーがそのように続けた。

「『艦娘』建造技術――つまり洗脳技術に対する専門知識を持った間諜【スパイ】が欲しい。GHQと情報関係者における秘密裏の協議の末、横須賀の「憑き物降ろし」こと私に声を掛けることが決定した――そういったところですかね」

「そんなら、聯合艦隊司令長官の僕が同席してるってぇことはどう説明するんだい」

 山口が私を試すような目で云い、

「私に与えられるであろう任務は、聯合艦隊による『奴ら』への反攻作戦に関わることでしょう。おそらく次の大規模海戦に備えた極秘調査、その他諸々、私を前線の泊地に間諜として送り込む。そのためには海軍の協力が必要です。違いますか」

「参ったね、こりゃ。さすがの洞察力だ」

 そう山口は苦笑し、次いで明智が私の方に身を乗り出して云った。

「ご明察だ「憑き物降ろし」。まさに我々は今、君のような間諜を欲している。周辺海域における『奴ら』の跋扈。ガダルカナル沖で聯合艦隊は辛くも勝利を収めたが、実に油断ならぬ状況だ。あそこを含めた南方海域の戦況が今どういう状況にあるかは、云うまでもないな」


〈未完〉

2014-03-08

【告知】衣ママ・アンソロジー同人誌『衣ちゃん、ママになる。』にSS寄稿してます

【告知】3月9日咲オンリーおしながき by まりりん on pixiv

イベント概要

日時:2014/03/09 日曜日 大田区産業プラザPiO

イベント名:スーパーヒロインタイム2014春 咲-Saki-オンリーイベント「りんしゃんかいほー! 8」

スペース:SSBさん(咲-38)

新刊情報

ジャンル:衣ママアンソロジー

誌名:『衣ちゃん、ママになる。』

判型:A5 本文16ページ

予定頒布価格:200円

コメント

明日、03/09(日)開催のスーパーヒロインタイム2014春、その中で開催されます咲-Saki-オンリー「りんしゃんかいほー! 8」にて頒布予定の衣ママ・アンソロジー同人誌『衣ちゃん、ママになる。』にSSを寄稿しました。スペースは咲-38、「SSB」さんになります。

そういうわけで、「衣ママいいよね……」「いい……」「乱数調整で天江衣ちゃんの息子として生まれたい人生であった……」「透華おばちゃん」「井上おじちゃん」「あーいい……」「最高を感じる……」なる謎の遣り取りを夜中Twitter上で交わしていた面々が、あのときの深夜ノリそのままに暗黒アンソロ同人誌を作ったよ! 的なノリでの寄稿なわけですが、肝心のSSの内容はこんな感じになっております。馬鹿SFショートショートです。察しの良い方は本文トリミング画像でどんな話か想像つくとは思うのですが、詳細は実際に読んでからのお楽しみということで、ひとつ。

合同誌そのもののコンセプトはタイトルの通りです。説明不要。天江衣ちゃんがママになります。以上です。

参加メンバーは私を除いて、まりりんさんとりさん律さんLuuさんです。なにこの面子すごい。無限のやばさを感じる。

なお、「オラッ、ママになれッ!!!!」みたいな18禁本ではなく、健全本となっていますのでご注意ください。私たちはいつでも家族の団らんと木の暖かみを大切にしています。よっていかがわしい前後行為は一切ない。いいね?

てなことで、明日の「りんしゃんかいほー! 8」は、『衣ちゃん、ママになる。』をよろしくお願いします。いや、ホント、こんなブッ飛んだ内容のアンソロをこの面子でやるの、かつてないアレだと思いますので、マジで……。

2014-03-01

姫松と神の火

 何から書いていいかわからない上に、そもそも合同誌原稿の締切も差し迫っていて、本来ならこんなところに文章書いてる場合じゃないんですけど、「木と木と木」やくよじのさんの記事に少し思うところがあったので、忘れないうちに書いておこうかなと。

 さておき、「木と木と木」さんの新刊、「姫松in Sister’s Body」を読んだ感想としてまずあったのが、「こういう姫松二次創作を待ってた」というものでした。それがどんなストーリーの二次創作なのかというのはPixivのサンプルを読んで頂くとして(滅茶苦茶面白いので咲二次創作好きならメロンの委託分買って読んで、マジで)、そもそも私が姫松二次創作に関して「待ってた」のが一体何だったのか、ということについて、今回は話してみたいかなー、と。

NGKライクな軽快かつ軽薄なギターソロがBGMに流れる事の無い、曇天な姫松が私の中に合った姫松でした。


「咲オンリーのお礼と委託販売の事。」 - 木と木と木

「告知」東京咲オンリーの愛宕姉妹  by やくよじの on pixiv

 上の一文はやくよじのさんの記事から引用したものなんですけど、私が姫松二次創作で「待ってた」のって、まさにこういうアプローチなんですよね。街自体の持つ空気感を上手いことキャラクターとストーリーに連動させて、両者の関わりを大事にしつつ、一本の二次創作に落とし込む、的な。

 こと姫松のキャラとなれば、特に愛宕姉妹とか南大阪の街でずっと育ってきた可能性が高いわけじゃないですか。出身地に密着したキャラクター性、みたいなものが付与されているのが姫松(と宮守)キャラの魅力だと思っているので、そこは是非とも二次創作に取り入れるべきポイントかなと。個人的にそういう風に思っていたのです。

 だとすれば、阪堺電車姫松停留場一帯(阿倍野区帝塚山辺り)のランドスケープであったり、あるいは空気感であったり、そういったものをストーリーに取り込んだ姫松二次創作があってもいいよなー、と思っていたわけです。

 そういう意味で、やくよじのさんの「姫松in Sister's Body」は私的クリーンヒットでした。もうね、切り取るランドスケープというランドスケープが物憂げなの。雑然とした町屋という町屋に、家屋という家屋。その隙間に走る街路に落ちる影の雰囲気とか、夜道の寂しげな雰囲気とか、「ああ、そうそう、姫松高校の界隈って多分こんな『空気』なんだろうなー」っていう。あとは愛宕家が住む団地の、決して広くはない間取りが醸し出す曰く言い難い閉じた感じとか、そういったあれこれがいちいち「曇天な姫松」という感じで、えらく真に迫ったものとして感じられたわけです。「あの漫画の姫松、姉妹の胸中と同様、たぶんずっと曇ってるよね」っていう説得力。それを前面に押し出した演出が光っていました。なんばグランド花月めいたギターソロなんか鳴りようのない、鬱々とした影に覆われた大阪の街並み。それが愛宕姉妹の関係性といやーにマッチして、「この手があったか」と思わせられたわけであります。

 で、何が言いたいかというと、曇天な姫松――要するにそれが二次創作において私が「待ってた」姫松像だった、ということです。

 灰色の雲が天蓋を覆い、街路には複雑な陰影が刻まれ、ひとたび雨が降ればそれらのランドスケープは鉛色に沈む――姫松界隈のランドスケープに関して、なぜだか私はそんなイメージを持っています。丁度やくよじのさんが作品を通じて表現した姫松の空気感、ああいった空気感って、そもそもあまり姫松関連の二次創作で言及されないポイントでして、そのあたりを補完したいと思って書いたのが、ちょうど一年半前に私が出した既刊収録の姫松SSでした。

 あれは末原さん視点でインハイ前の顛末を描いた話だったわけですけど、今読み返すと、夏の大阪が持つ曰く言い難い物憂げな感じを苦心して演出しようとしていたことがわかって、ちょっと小っ恥ずかしくなったりします。

 とはいえ、姫松高校のメンバーって、こう言っていいかどうかはわからないんですけど、所謂大阪人の、フィクションにおけるステレオタイプそのものなわけじゃないですか。そもそも洋榎ちゃんに声を当てている松田颯水さんでさえ、「コテコテな、地元大阪人でも言わないような大阪弁でやってます(笑)」*1って言ってるわけですし。

 そういったステレオタイプ大阪人キャラに対して気の利いたアレンジを施してみせるのが原作の魅力だったりするわけですけど、こと二次創作に関して、そういったフィクションめいた大阪人キャラを、地に足の着いた、リアリティのあるランドスケープに配置しようというアプローチが採られないのは、個人的にちょっと不思議でした。「姫松in Sister's Body」に対する「こういう姫松二次創作を待ってた」という感想は、そういった認識に基づいた不満の裏返しであったりします。

 この認識、SS含め、私が全ての二次創作を把握し切れてないというのも勿論あるんでしょうけども……とにかく原作が緻密なロケハンをもとに描かれたものであるという点に比して、土地ごとのランドスケープだったり、街そのものが有する空気感だったり、少なくともそういったあれこれに意識を向けた二次創作作品ってこれまであまりなかったんじゃないかなー、と思うわけであります(あったら紹介してください、是非もなく読みますので)。

 断っておくと、私、実際に姫松高校のある(であろう)辺りには行ったことがありません。大阪自体は競馬観戦目的で二年に一度の割合で行ったりするのですが、どうしても行動範囲が梅田仁川と限定されてしまうため、姫松のある辺りには中々足が向きませんでした。

 ですけど、上に引用したやくよじのさんの言葉はなぜだか説得力を持ったものとして私には聞こえるわけです。実際にその街を訪れたことさえないにも関わらず、です。

 それって何でだろうなーってことを、この一週間あまり色々と考えていたわけですが、答えはすぐに見つかりました。


神の火〈上〉 (新潮文庫)

神の火〈上〉 (新潮文庫)


 『神の火』という小説があります。

 著者は『マークスの山』、『レディ・ジョーカー』で知られる高村薫さんです。緻密な取材に基づいた重厚な世界観が持ち味の作家さんで、犯罪小説、国際諜報小説といったジャンルを得意とされています。『冷血』や『太陽を曳く馬』など最近の高村作品はちょっと文学寄りというか、以前のようなエンターテインメント寄りの作風は見られなくなってしまいましたが……ともあれ初期の高村さんといえば、徹底的に書き込まれたディティールと謀略のスケール感、組織と個の間で揺れる人間の情念、そういった個々の要素を地に足の着いたランドスケープや街並みの中にまとめ上げてしまう――そんな希有なバランス感覚を有した作品を書く力を持った作家さんでした。

 そして『神の火』もそんな初期高村作品の特徴を有する作品で、これがどういう小説かというと、国際諜報モノの小説なわけです。諜報といえばスパイ、つまりスパイ小説です。

 物語の舞台は冷戦末期の大阪。主人公は元原子力技術者である島田浩二。緑の眼を持つ混血ナイスミドルな元ソビエト工作員です。そんな彼がある日、己をスパイとして育て上げた男と再会したことから、物語は破滅へ向かって動き出します。阿倍野の理系専門書店に勤務し、ささやかな隠遁生活を送っていた島田は、平穏な日々から一転、過去の因縁に絡め取られるかのように苛烈な諜報戦の渦中へと引き摺り込まれてゆくわけです。極秘のウラン濃縮技術が収められたマイクロフィルムめぐり、島田の周囲で公安やKGB、北朝鮮情報部やCIAが蠢きはじめ、冷戦末期の大阪で国際政治の激流が交錯し合う――『神の火』のストーリーは、大体においてそんな感じになっています。やたら生活感のある大阪の街を舞台に、日本、北朝鮮アメリカロシア工作員たちが、泥臭くも激しい暗闘を繰り広げる、そんな諜報劇が上下巻約800ページに渡って展開される小説です。

 そもそも世の中にはスーパースパイ系とリアルスパイ系、2種類のスパイ小説の系譜がありまして、『神の火』は後者のリアルスパイ系の小説にあたります。

 スーパースパイ系の小説といえば、何といってもイアン・フレミングの『007』シリーズです。超人的スパイ、ジェームズ・ボンドが秘密道具を手に八面六臂、といった絵面でお馴染みのアレです(007シリーズにもリアルスパイ的要素はあるんですが、それはそれとして)。

 そしてリアルスパイ系の小説といえば、たとえばジョン・ル・カレの『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』といった作品が思い浮かびます。ル・カレでわかりにくければ、福井晴敏さんの『亡国のイージス』とかを思い浮かべて頂ければいいですかね。ともかく、リアルスパイものの小説においては、ジェームズ・ボンド的なフィクションめかした超人スパイではなく、現実にありうる政治劇や謀略劇の世界を生きる、リアルな工作員の姿が描かれます。『神の火』は、そういった現実に存在する国家情報機関工作員の姿を描いた、リアルスパイ系の小説なわけです。

 あっ、ちなみにスーパースパイ系/リアルスパイ系なんて分類は公的には存在しません。私個人の勝手な区分けですので、ごく一部の諜報小説オタク以外に使うと「?」って顔をされること請け合いです。あしからず。

 余談はさておくとして、何でこの『神の火』と姫松高校が関係あるかというと、それはずばり、『神の火』の舞台が姫松高校のすぐ近くだからです。『神の火』のストーリーは、主に大阪阿倍野天王寺西成、十三界隈で展開されます。特に阿倍野天王寺姫松のめっちゃ近くですね。どれくらい近いかというと、阪堺電車でわずか五駅とか、そのくらいの距離です。

 仮に『神の火』の舞台探訪をしたとして、おそらく『咲-Saki-』の舞台探訪を同時に行うことは、そう難しいことではないのではないでしょうか。

 で、ここが重要なんですが、この『神の火』の阿倍野天王寺界隈って、とにかく「生活感のある陰鬱さ」とでもいうのか、そんな空気感を纏ったものとして描写されているんですよね。徹底した実地取材に基づいたディティール周りの描写を、これでもかって具合に重ねるのは高村文体最大の特徴なんですが、たとえば阪堺電車の軌道沿いに位置する島田の職場から見える風景を描写したこの一節。


 阿倍野筋に面した窓の外は、阪堺電車の軌道が走り、電車が通ると、クリーム色の車両の屋根とパンタグラフが見える。ほかには、電車道の両脇に残った古い二階屋の商店街のアーケードの屋根と、その周囲に建て込んだ雑多なビルの窓。右に阪神高速松原線の高架。絶え間ない車の音と、道路工事の掘削機の震動。ガラス越しのそれらの風景が心なしか黄ばんで見えるのは、窓拭きを滅多にやらないのと、木村の吸うタバコニコチンのせいだ。


『神の火』(新潮文庫・上巻・42p)


 これ、Webで読むとそうでもないんですが、実際の紙面における明朝体ビッチリの組版で読むと、えらい迫力のある文章に見えます。上記の例を筆頭として、高村文体の導入って、粘っこく、密度のある街並みの描写を1〜2段落続けるところから始まるんですよね。で、そのすべてに独特の影が落ちている。上に挙げたシーンは残暑厳しい彼岸過ぎの風景を描写したものなんですけど、日が照っていながら、どことなく薄暗い影が街並み全体を覆っているような印象を受ける。灰色に囲まれた風景が黄ばんだ窓越しに見え、それらを車や掘削機の発する騒音が彩っている、的な。それこそ「曇天の姫松」といったような、ああいった物憂げで、暗く、硬質なランドスケープ描写がなされているわけです。

 偉そうなことを言うようでアレなんですが、小説の風景描写って、そもそもそんなに長々と続けちゃ駄目なんですよ。基本的に。だって読みたくないでしょう? 八段落ぐらい延々と風景描写が続く小説なんて。だから風景描写は、フォーカスを当てるポイントをいくつか絞って、演出意図に沿ってディティールを詰めていく必要があります。要するにある種の視線誘導です。見せるべきところだけを切り取って、演出意図通りに、然るべき順番に描写する必要があるわけです。

 風景を構成する要素ってのは色々あります。たとえば上の一節は、まず最初に阿倍野筋を走る阪堺軌道について描写しています。でも職場の窓から見える風景を描写するなら、他の要素を選択することもできるはずです。たとえば残暑過ぎであることを示すために、それっぽい空の描写をしてみせるとか。でも高村さんはそうしない。まず視点人物が窓から空を見上げてない。若干俯いて、二階から階下の路面を見下ろしています。だから最初に阪堺電車の描写がくるんです。それで次に「古い二階屋の商店街のアーケードの屋根」と「雑多なビルの窓」、「阪神高速の高架」、「絶え間ない車の音」「道路工事の掘削機の震動」といった具合に続き、風景の描写は終わります。気づきました? 全部無機物ですよね、これ。しかも描写から想起される色の種類も、クリーム色と灰色、あとは屋根の色、といったところでしょうか。あまり彩りの豊かさを感じません。暖色系のものもありません。しまいには窓が黄ばんでいるという。

 で、何が言いたいかといいますと、ここには光や暖かみを感じるような、たとえば空模様や植物といったものが一切描かれていない、ということです。引用した段落の前段落において、一応窓際の鉢植えの描写があるにはあるのですけど、その鉢植えは「枯れている」と明記されているんですよね。晩夏の大阪の街並みを描写しているはずなのに、そこには暖かみを感じるものが一切描かれていない。

 で、一事が万事こんな風景描写なんで、ストーリーそのものの虚無的なテイストも加わって、作品世界独特の「空気感」が醸成されていくわけです。そして作品世界の「空気感」は、阿倍野天王寺といった街が持つ「影のある空気感」と一体となって、はじめて演出として機能する。

 読者から見たら、主人公の島田が落ちてゆく虚無と、冷戦末期の大阪ランドスケープを覆う影が、どことなくリンクしたものとして感じられるのです。

 で、ここからが本題なんですが――たとえば乗り継ぐ電車のひとつひとつの描写だったり、阿倍野筋を行き交う人の様子だったり、『神の火』にはそんな描写のひとつひとつに曰く言い難い生活感が貼り付いていて(たとえば上に引用した文章、「道路工事の掘削機の震動」ってワンフレーズを入れるのがニクいですね、街並みの書き割り感を上手いこと回避して、人の住む街感を演出しているので)、いつしか私の中で阿倍野天王寺といったら『神の火』の街、となっていったわけです。冷戦末期、名もなきスパイたちが人知れず暗闘を繰り広げた街――それは裏を返せば、スパイたちの暗闘など知る由もなく、市井の人々による日々の生活が営まれていた街ということであって、リアリティのある国際諜報戦と、そして生活感のある大阪の街並みは、ある種表裏一体ものもとしてある、ということもできるかもしれません。で、高村文体が醸し出す複雑かつ重厚な陰影が、それらすべてを覆っている、と。

 そういったあれこれを経て、冒頭引用した「曇天の姫松」という言葉に私が頷いた理由を考えるに、高村薫が描いた天王寺阿部野橋界隈のランドスケープを、要するに私自身が「フィクションにおいて、あるべき南大阪の街並みだ」と考えているからに他ならないわけであります。

 ……ひどい思い込みですね。

 繰り返して言いますが、私はあの辺りに実際に行ったことはありません。ただ単に、『神の火』で描かれた大阪がエラく描写としてハマっていたから、という理由で「曇天の姫松」というフレーズに深く頷いただけに過ぎません。

 で、『神の火』の街たる阿倍野天王寺は、姫松高校から五駅離れた位置にあるわけです。おそらく姫松の生徒は、登下校に阪堺電車を使って、JRや近鉄からの乗り換えに天王寺大阪阿部野橋を使ったりするのではないでしょうか。

 だとすれば……といったところで、ちょっとキリが悪いところではありますが、気力が尽きつつありますので、今日はこの辺で。

 また加筆します。


〈書き途中〉

*1ヤングガンガン2/21発売号 咲-Saki-全国編 リンシャン会報 08局より

2014-02-24

2/23咲オンリー「あンた、背中が透けてるじぇ!!」東京1回目にサークル参加しました。

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昨日、東京の綿商会館にて行われました咲オンリー「あンた、背中が透けてるじぇ!!」、拙サークルはSSBさんとの合体スペース参加でございました。

昨年末の冬コミ後、SSB主宰のまりりん先生と「1月から咲-Saki-全国編やりますね」「やりますね」「せっかくだし2月のオンリー出ますか」「いいですね出ましょう」「出ますか」「出ましょう」「出ますか」「出ましょう」「出ますか」「出ましょう」的な契りを交わしたのがおよそ二ヶ月前、そういった流れで決定したあれこれを、今回無事完遂できたという次第でございます。

コミケから中2ヶ月で新刊を出すのはさすがに初めての経験で、正直なところ様々な苦難を経ての入稿だったわけなのですが、こうして無事イベントに参加し終えた今となっては、むしろ充実感で一杯といった感じです。イベント参加してよかったなぁ、などと素直に思っているわけでございます。

さておきまして、拙サークルの新刊でありました怪異ハンター戒能良子本、そして既刊の宮守アフター本、双方とも全在庫完売という大変ありがたい結果を頂きました。幸甚の至りでございます。当日スペースまでご来訪頂きました全ての方に、この場をお借り致しまして心より感謝申し上げます。本当にありがとうございました(まさか既刊の宮守アフターの感想や、果ては禁書×計劃アンソロの感想まで頂けるとは思いもよりませんでした……)。今回の新刊の感想や今後に向けた要望等、もしありましたら、遠慮なくコメント頂ければと思います。

そういうわけでして、手元の在庫が全て捌けてしまった『退魔雀士戒能良子 遠野の山姫編』。手に入れられなかった方々もいらっしゃると思いますので、現在電子書籍での再頒布に向けた準備を行っている最中でございます。当日会場にお越しになれなかった皆様におかれましては、是非そちらの追加告知をお待ち頂ければと思います。

では、そんなこんなで、またどこかのイベントでお会いいたしましょう。C86には禁書×計劃アンソロ第三弾(最終巻だけあって派手にやります、あと新執筆者が加わります、乞うご期待)で申し込んでおりますので、運が良ければまた8月有明で、ということになりますが――その前に、スーパーヒロインタイム2014春にて開催されます咲オンリー、「りんしゃんかいほー!8」にて頒布予定の「ある合同誌」(企画趣旨がぶっ飛んでいる上にめっちゃ豪華面子です、乞うご期待)への寄稿予定が入っております。今度は異能伝奇バトルからガラッと色を変えまして、「咲-Saki-SFショートショート」な二次創作です。こちらの方も、是非追加告知をお待ち頂ければと思います。ぶっちゃけ締切まで間がないです。やばいです。頑張ります。というか豪華絢爛な参加者ラインナップにあって私だけ文字書きでいいんでしょうか。ともあれ、やると決まったからには全力でやらせて頂きます。

次回の咲小説本は、順当にいけばC87ですかね。『ゴーストハンター戒能良子 劇場版』的な感じで200pオーバーの長編を一本やろうと考えております。

長くなりましたが、今回はこの辺で。

2014-02-22

【2/23咲オンリー】新刊『退魔雀士戒能良子 遠野の山姫編』

イベント概要

アイノベルシステム主催・咲-Saki-オンリーイベント「あンた、背中が透けてるじぇ!!」東京1回目(2/23・日)

綿商会館 5・6階(アクセス

咲-18(渡辺書房)

※咲-17「SSBさん」との合体スペースになります

新刊情報

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ジャンル:咲-Saki-二次創作伝奇小説

誌名:『退魔雀士戒能良子 遠野の山姫編』(試し読み

判型:新書オンデマンド 本文52ページ

頒布価格:700円

書店委託:現場で余部が出たら……程度に考えております


どんな本なの?

武装霊能力者戒能プロ vs 食屍鬼およそ100体 in 姉帯豊音ちゃんの村。怪異殲滅異能バトルデスマッチ二次創作伝奇小説です。

バイオニックソルジャー南雲秋人並みの戦闘力を持った戒能プロが対化物用改造デザートイーグルを両手に、食屍鬼の軍団を千切っては投げ、千切っては投げ――な血風と硝煙まみれの一編となっております。一巻完結52ページなのですぐ読める安心設計!

あらすじは?

戒能良子、二十歳。松山フロティーラに所属する、押しも押されぬプロ麻雀リーグトップランカーである。しかしてそれは「表」の顔。彼女の「裏」の顔はイタコ傭兵――高額の依頼料をもとに怪異の殲滅を請け負う、民間委託審霊官であった。

ある日のこと、公安調査庁対怪異専門チームの上級審霊官を名乗る男から、戒能のもとへある依頼が舞い込んでくる。岩手の「地図にない村」から私宅監置された『山姫の少女』を奪還すること――曰くありげな背景に、依頼の受諾を渋る戒能。そしてその裏では、永田町が、防衛省が、基督教異端殲滅班が、更には『寺院』なる謎の結社が、『山姫の少女』を巡って水面下で蠢きはじめていた。

果たして戒能プロは依頼を完遂させることができるのか? 「地図にない村」で何が起こっているのか? そして因縁にとらわれた『山姫の少女』の運命は? ……何かそんな話です。

冒頭試し読みはこちらにて。


何でこんな本書いたの?

昨年暮れ、Pixivやくよじのさん「戒能良子ちょい昔話。〜姉帯村の巻〜」という二次創作漫画を読んだ際、「こういう伝奇っぽいアプローチもあるのか!!!!!!!!!!」と感動し、矢も立てもたまらずノープランでテキストエディタを開き、やくよじのさんリスペクトのもと無我夢中でキーを叩き続け、ついでとばかりに菊地秀行リスペクトやら朝松健リスペクトやらを文章に込めまくったところ、気がついたら朝になっていて、冒頭2シーンが完成していました。

その冒頭部をコピー本化したのが、C85にて発行の『委託審霊官 戒能良子の事件簿』でして、今回の新刊はそちらの完全版になります。

そういうわけでこの小説、二次創作とは銘打ってありますが、実のところ三次創作であったりします。「神代の守人」シリーズへのオマージュも少し入っていますし。

そんなこんなでイベント当日、お隣のSSBさんともども、よろしくお願い致します。SSBさんの方では永水ドスケベ本が出るようです(やったぜ)。成年同人誌を買える年齢の方は、そちらも併せましてよろしくお願い致します。